刹と栗丸:邂逅編

 イシュガルド方面は寒い。

第七霊災で起きた、急激なエーテルの変化で豊かな牧草地は雪原に変わったそうだ。俺はその雪に包まれる前のイシュガルドを見た事がないからよく分からないが。少なくとも、雪だらけで寒い場所だ、としか認識できない。キャンプ・ドラゴンヘッドのあるクルザス中央高地も今、立っている西部高地も辺り一面雪だらけで真っ白だし、吹雪続けているのが常だ。厚着をしている方である俺でも気をぬくと寒気で震えそうだ。

豪雪地帯を歩き回る趣味はないが、今は街中で宝探しをしに行かないか、と人を募って居た連中に乗っかってそれぞれが持ち寄った宝の地図を元にうろついている。俺の手持ちの地図がクルザス西部高地を示していたから仕方がない。一体どこのどいつが地図を認め、そこらの草むらや岩場に隠しているか分からないが、薬草を集めたり鉱石を集めている時、草の根の下や岩場の割れ目から、古ぼけた地図が出てくることがある。凄いときは何気なく釣りをしていた釣り針に引っかかって文字通り地図が釣れる。

そいつを解読して、場所をだいたい特定したらその場所を掘るなり、触れるなりすると…誰が埋めたのか、チェストが見つかる、という寸法だ。雪の中に埋めるのはやめて欲しいところだが…ともかく俺の手持ちの地図に示された場所を少し探ると程なく、チェストが見つかった。

同行者達に合図して、鍵をこじ開ける。この手のチェストには決まって罠が仕掛けてあって大概は、封じてあった魔物が中から湧いて出たり近辺の魔物を呼び寄せる香が拡散して現地の魔物が襲って来たりする。よそ者に盗られないように、というトラップなのかもしれないが、だったらそこらの草の根や岩場に放り込んでおくなとしか言いようがない。水辺に放り込むのもそうだが。瓶詰にして海に投げたら誰かに届くか、みたいな真似なら話が別だが多分違うだろうし。

案の定、異臭がしたあとワラワラと寒冷地に適応した魔物の群れが寄って来た。即座に、ナイトと戦士の二人がその魔物達の注意を引いてくれる。俺や他の攻撃役や回復役ではあの数で殴られたらひとたまりもないがタンク、とも呼ばれる彼らなら耐えられる。耐えてくれている内に魔物達を叩きのめすのが俺たち攻撃役の仕事だ。

一緒に宝探しをしている俺以外の攻撃役も戦士が択一、指示してくる奴から倒して行く。ナイトは敵全体を引きつけて部分的に戦士に任せているらしい。程なく、寄って来た魔物達は全て倒しきった。白い雪に、目立つ赤が散っているがこの場の全員が冒険者なのもあってあまり皆、気にしていないらしい。もっとも、血も魔物達の死体も、すぐ、吹雪が上書きしてしまうだろうが。

「他には居ないね。」

周りを念のためにと警戒していたエレゼンのナイトが、そう言って、開けよう、と俺に促してくる。頷きを返してから片膝をついてチェストを開いた。仲間内で分けられる貨幣とサベネアの方で作られる布が数枚と素材が少しにクリスタルがいくつか。大ハズレでも無いが大当たりでも無い。まぁ、こんなものか、という感じの中身だ。仲間達に金を分け合ってから布の類はサイコロを振って出目の多い者が貰い受けるルールだったが、同行者達は、遠慮してくれて俺が持ち帰ることになった。

「…ここで最後だったよな?」

大きな斧を軽々、片手で担ぎながら戦士が確認してくる。立派な体躯のルガディンの男で、いかにも、というような豪快な性格をしてるように見える。こういうのを脳筋、なんて呼ぶのかもしれないが、見ている俺としてはサッパリしていて嫌いではない。

「そうだね。全員分、済んでる。」

羊皮紙のメモを覗き込みながらアウラ族の、回復魔法の使い手である占星術士が間違いないね、と応えた。俺もアウラ族だが、驚くほど彼女は小さい。男女で体格の差が異様にあるのがアウラの特徴だ。彼女はこの宝探しの道中、誰の地図がどこにあるというのをまとめてメモしていてくれて、次はそこ、その次はあそこ、と指示をしてくれていた。おかげで移動がスムーズで助かった。星を詠むための天球技を片手にアルカナというカードを引いて、運命を切り開く、という術式を使う占星術士は、回復魔法のほかのカードや星座から力を引き出して味方を鼓舞することも出来る。風の星の加護で動きが早くなったり、火の星の加護で力が湧いたり、そんな感じだ。

「そこそこ稼げたかな。これで食堂の飯も食える。」

ワッハッハ、とルガディンの戦士が笑うのを見て彼とは旧知の仲らしいヒューランの学者が呆れたように恥ずかしいからやめて、と呟くのが聞こえて来た。学者、とだけ聞くと研究者か何かに聞こえるが、俺達冒険者が学者と言った場合、それは回復魔法の使い手を意味する。彼女もそうで、傍らにフェアリーと呼ばれる使い魔を従えて回復を担当してくれていた。最も、攻撃もこなせるのでスイッチが入るとすさまじい勢いで攻撃魔法が飛んでいくのが見えていた。その間はちゃんとフェアリーが回復してくれていたが。

「いやなに、金がなくても腹減ったら狩りすりゃいいからなぁ。」

「絵に描いたような脳みそ筋肉よね昔から…。ともあれ、済んだのだしせめて街中に帰りましょう。寒い。」

吹雪の中で長話するもんでは無いだろう。同意して、立ち上がろうとした時指先に何か触れた。空にしたと思っていたチェストにまだ何か入っていたらしい。

「忍者さん、どうかしたのかい?」

俺が立ち上がろうとしたのをやめてチェストを改めて漁り始めたからだろうずっと、敵を引きつけてくれていたエレゼン族のナイトが声をかけてくる。スラリとした長身で美青年と言った出で立ち。イシュガルドで貴族だったら女たちが放っておかなそうな顔だ。本来なら、ナイト(騎士)と言うやつは特定の主人に仕えてその人を護ったりするものなのだが、冒険者のナイトはそうではない。その時々、仲間となった人たちを護ることが彼らの仕事になる。

今、彼は俺を忍者さん、と呼んだが、行きずりの冒険者たちで徒党を組んだ場合(俺達はパーティを組む、と言うが)、個人の名前を呼び合うことは少なくて、そいつの職種を呼んだりするのだが、そのせいで今、俺は忍者さんというわけだ。東方由来の隠密行動や情報収集、暗殺に長けた連中をそう呼ぶ。魔法に似た忍術と、二つで一揃えの双剣という武器を扱っての攻撃が主だ。不意打ちやだまし討ちもするが。

「…まだ何かあったらしい。」

「もう空に見えたのにね。何だろう。」

念のために、と周囲を警戒してくれながらエレゼンのナイトが近づいてくる。それを気配で察しつつ箱の隅にある丸っこいものに触れた。とたんソイツが動いた。しかもどういうわけだ、手触りが何かの毛のようでフワっとしていて、しかも暖かい。これは…生き物か?

「……。」「忍者さん??」

「……コイツは…何だ…?」「え?コイツって…?」

えらく無感情な声を出した俺に何事だ?とナイト以外も近寄ってくる。俺自身を含めて全部で8人いるこの場限りの仲間たちが箱を覗き込んだ。

「…いきもの、だねぇ。」

小さな体躯のララフェルの吟遊詩人がソイツを確かめて呆けた声を出した。弓を携え、狩人顔負けの射撃をこなしながら、隙を見て詩を吟じ、仲間を鼓舞したり敵をほんろうしたりする。戦っている最中、後ろから彼の吟じる声がしていたが、どこかで練習でもしているのか大変な美声だった。声に魔力を乗せて吟じるのだが聞いていると不思議な感覚がある。力がみなぎる感覚の時もあれば、不思議と護られているような感覚になることも。魔法というか、魔力…エーテルを扱いだすと不可思議なことが当然のように起こるから面白い。

「…なんすかコレ。」

年若いハイランダーのモンクが凍えてしまわないように、と体を動かしつつ、疑問を口にする。凍えてしまわないように、とはいえ彼は元が薄着だ。上着を貸してやりたくなる。己の肉体と拳で敵をなぎ倒す、破壊の神ラールガーを信仰する僧達から生み出されたモンクの体術は、俺達忍者と同様身軽でありながら破壊力がすさまじい。文字通り、すべて殴り壊していくような戦い方をする。足技もあるが、どうも俺の目を引くのは拳で繰り出す技だ。

箱の中に転がっていたソイツがなんなのか、俺もそうだがみんなも良く判らないらしい。とりあえず、凶暴では無いのか噛みついたり蹴飛ばしたりはしてこない。丸くて、どこかチェスナットのような形の変な生き物だった。俺が触ったのに驚いたのか人間でいう、仰向けにひっくり返ったような格好で固まっている。

「…誰か…これ、知らないか?」

改めて、俺が口に出すと少しの沈黙の後に声を出したのはエレゼンの召喚士。
緋色のカーバンクルが彼女のそばでソワソワとしているのが分かる。学者のフェアリーと似た感じで、召喚士はエギ、と呼ばれる使い魔を使役する魔導士だ。蛮神という、まがい物の神…と言えばいいか、そういう連中を無事に倒しきったもの…蛮神が倒された際に霧散するエーテル(魔力だとか生命力と思えばいいと思う。)を浴びた者でなければ、エギを呼び出すことができないそうだから、彼女は神狩りをなしたことのある人、と言う事になる。本来、この紅いカーバンクルは炎の蛮神、イフリートの魔力を宿したイフリート・エギのはずだが…呼び出した主人のイメージする力が影響されるらしいから、彼女はカーバンクルの姿の炎のエギを想像したんだろう。

「…パイッサじゃないかな…。」

「…アバラシア雲海にいる、あいつか?」

イシュガルド地方にアバラシア雲海、という場所がある。文字通り雲海なのだが、そこに浮島が点在していて、驚くことに人がある程度生活できる程度の陸地がある。浮いているのを陸地と呼んでいいか分からんが。ともあれそこに、パイッサという魔物が棲んでいる。目をひんむいた、羽をむしり取ったフクロウといった出で立ちで…どこを見ているんだか分からないまん丸の目が特徴的すぎる生き物だ。腹だか胸だかにハート型の模様があるのも特徴だろう。

一部の冒険者たちは、あれを気持ち悪いが何かがカワイイ、と気に入っている。俺としては、なんとも変な生き物だ、という印象だが。召喚士に言われて改めて、ひっくり返ったままの丸っこいのを見ると…確かに、雲海にいるパイッサとよく似たまん丸のひんむいたような目だし、ハート柄の模様も似たような感じを受ける。

「そう。あそこウロウロしてるのは成体で、幼生体は隠れててなかなか見れないんだけど…図鑑では見たことがあるよ。その絵にソックリなんだよね。なんで箱から出て来たのかが全然わかんないけど。」

「…ど、どうするのソレ?」

占星術師に言われて確かに、どうしたものか、と考える。ここに置いていくのは容易いしそもそもパイッサと言う奴は魔物の一種だから本来、保護する必要も無い。置いて帰れば程なく、寒さで死ぬのは俺以外でも想像できているはずだ。本来の生息地であるアバラシア雲海も、空の真っただ中だから空気は冷たいが、豪雪地帯の吹雪く場所よりは多分、マシだろう。コイツがこの猛吹雪の場所に耐えられるとは思えない。

「…忍者さんが決めたら良いけど…置いていくのは可哀想な気もするね。」

「…だなぁ。なんか結構、可愛いなコイツ。パイッサは嫌いだけど俺。」

ナイトと戦士が続けてそんなことを言う。確かに、ちょっと可愛いかも、と学者と召喚士まで同意し始めた。子供のうちは大概、どんな種族もかわいいものだ。あのバカでかいヒキガエルのようなギガントードですら、小さいときはただのでかいオタマジャクシだし、背中に卵をしょった不気味な生き物のニンキ・ナンカの幼生体であるタイニー・ナンカも成体に比べたら随分と可愛らしい。パイッサの幼生体が多少可愛く見えるのも無理はないだろう。目はひん剥いてるが。

「なんか饅頭見たいっスよね。」「分かる。お饅頭みたい。」

モンクと吟遊詩人のお気楽な会話に占星術師が、コッソリ頭を抱えたのが分かる。しょうもない会話を…と彼女が思ったが伝わってくる。饅頭か、見えなくはない。俺にはチェスナットに見えるが。

「……仕方がない。俺が連れて帰るよ。」

「あ、本当かい?ちょっと嬉しいな。」

ナイトがこの上ない程爽やかに笑うのがわかって苦笑してしまう。驚くほど嫌味が無さ過ぎた。エレゼンはお高く留まっている印象が強いんだが、彼は全くそういうタイプではないらしい。エレゼン族はかなり昔からエオルゼアにいて、どちらかと支配側に居ることも多かったから誇り高い連中が多いのだ。冒険者に至っては、お高く留まっている奴は少ないかもしれないがグリダニアやイシュガルドに住んでる普通の連中は、ややそういう傾向があると感じる。

「いや、だって幼生体じゃ子供って事だろう?…ここに置いていくの偲びないじゃないか。アバラシア雲海でならまだしも…クルザスじゃ…すぐ死んでしまうだろうし。」

俺が苦笑したのを見てナイトが釣られたように苦笑に変わる。魔物の世話を
押し付けてるように感じたのだろう。犬や猫とはわけが違う。コイツは魔物なのだ。成長する過程で狂暴化する可能性だってあるわけで、危険が伴うだろう。最も、どこかのモノ好きみたいに魔法で隕石を呼び起こせる魔獣、ベヒーモスを育てるよりはずっと安全だろう。逆に言えばベヒーモスすら懐くことはあるのだから、コイツが人に慣れて狂暴化しない可能性だって十分にある。

「おう、怖え見かけによらず良い奴だなぁ忍者のにーちゃん。俺も正直、ホッとしたぜ!」

戦士が相変わらずガッハッハっと笑いながら言う。俺は気にしなかったが、旧知の仲の学者が、片手で額を抑えた。主人の思うことが解るのだろうフェアリーが控えめに、ぺちん、と戦士を叩くのが分かる。俺の顔が良い奴には見えない。つまりは悪人面だ、と遠回しに言っているのを気にしてくれたらしい。俺は自分が悪人面なことくらい自覚があるから気にしないのだが。実際、悪人じみた《仕事》もしている。

「…アンタさらっと失礼な事を。悪意ないから許してあげて?」

「気にしてないから安心してくれ。そう思われる見てくれなのは自覚してる。」

「…なんというか、そこまで言うほど顔、怖くないわよ忍者さん。」

私はそう思うけどな、と学者が言うのを聞いて一応、ありがとう、と言っておく。俺としてはこんな目つきの悪い大男が怖くない方がおかしいと、思う。ひとまず箱の中でひっくり返ったままのパイッサの幼生体と思わしき生き物を両手で拾い上げると手持ちにあった装備の手入れ用の布に包んでおく。

「…置いてくことも出来るのに忍者くん優しいねぇ。歌にできそうだなぁ。コワモテのアウラ・ゼラとはぐれ子パイッサの奇跡の出会い、とかって。」

「恥ずかしいからやめてくれ。才能豊かなのも考えものだな。」

「いやぁ、照れちゃうなあ。」

吟遊詩人がポロンポロンと竪琴を爪弾きながらにこにこ、と笑う。冗談なのだろうが、戦っている時の彼の詩歌を聴いていた限り間違いなく才能豊かだ。おそらく物語も即興で吟じて見せるだろう。本来の吟遊詩人が吟じるというのはそういったお話だの、伝記だののはずなのだが…戦いに特化させるという発想は面白いな。

「あ、オレ、イシュガルドのエーテライトを安く使わせて貰えてるんでそこまでテレポで送りまっス。…子パイッサちゃんは忍者さんが抱えてれば多分大丈夫っス?」

モンクが少し、心配そうに俺が両手で抱えている子パイッサを見て考えている。各地に設置されたエーテライト、というバカでかいクリスタルがあるのだが、それを利用すると転移魔法が使える。簡単に言えば、一瞬でそのクリスタルのある場所に移動できてしまう、という移動のための魔法だ。そこに交感…なんといったら良いか、そのエーテライトにここに一度来た事がある、という情報を記録する感じだろうか。そうするとそれ以降テレポという移動魔法で飛んでいくことができる。非常に便利なものだ。が、今拾い上げた子パイッサはそんなことはしていないわけで…。モンクはそれを心配したらしい。もし、ダメだったらここにポツンと置いてけぼりになる。

「…大丈夫だと思うよ。」

召喚士がいうに、その子は抱えていれば背負ってる荷物と同じ扱いだから、多分問題なくテレポが出来るハズだよ、とのことだ。良かったっス!とモンクの若者がニカッと笑う。すでにどこか子パイッサに愛着が湧いているらしい。饅頭呼ばわりまでしたと言うのに。

「じゃ、飛びますよー!」

モンクがそう言って目を閉じて集中し始めると彼の体が少し歪んだように見えて浮かび上がるのが分かる。そのまま忽然と消え去ってしまった。それに続くように一緒にいたナイトや戦士達もぼやけて消えていく。徒党を組んでいた場合、誰かがテレポを唱えてくれると、それが仲間たちにも働いてくれる。ついでに一緒に行く、と意識すれば唱えた本人が飛ぼうとした場所へポンと着いていける形だ。どういう原理なのか良く判らないが魔法というものは大概そんなものだ。分かったようで分からん物のほうが多い。

「…さて、どうするかな。」

抱えた子パイッサが固まったままなのを見つつ、誰にともなくつぶやいてモンクが発動してくれたテレポに俺も《乗っかった》。

皇都イシュガルド大きなエーテライトの周辺も竜詩戦争によるドラゴン達との争いであちこち損傷している。クルザス西部高地のど真ん中よりいくばかりかマシとは言えここも雪がちらついていて寒い。晴れている事もあるが、ほとんど見たことが無い。それくらい、イシュガルドのほうは雪が多い土地だ。第七霊災でよほど周辺の環境に影響が出たのだろう。かつては牧草地だったなどと俺は信じられない。霊災前を見たことが無いから余計に。

「お疲れ様っス。」

先にテレポを発動して待っていたモンクの声がする。

「お疲れ様だぜ。それなりにみんな稼げたよな?」

「そうね。…厄介かもしれないお土産付いて来ちゃった人もいるけど。」

「あー。…でも子供ならもしかしたら懐いてくれて大人しいパイッサに育つんじゃねぇか?」

「可能性はあるわね。」

宝探しを主催した戦士と学者が布に包まれた子パイッサを見つつそんな会話をする。幼生体から育てれば人にも懐く、と言うのはあの猛獣、ベヒーモスでも
起こり得るからパイッサにもあり得るだろう。ベヒーモスよりずっとマシなのは間違いない。

「…忍者さんとりあえず、思い出せただけパイッサの生態メモしといたよ。最も私も専門家じゃないからあとは…アバラシア雲海の人に聞くとか本を調べてみてね。」

「わざわざありがとう。助かる。」

「子供とはいえ魔物ではあるから気をつけてね。」

「分かった。」

「それじゃ、解散だな。みんなお疲れ。またどっかでな!」

戦士がそう言ったのを合図に解散になる。俺たち、冒険者達は必要な時に集まって事が済めば、それぞれの役割や、やりたいことをする為に解散する。それきり、2度と会わない可能性もあるしまた、何かの仕事で顔を合わせるかもしれない。だから、別れ際また何処かで、と口にする冒険者も多い。同行していた戦士、学者、ナイト、占星術師、吟遊詩人、モンク、召喚師…全員、俺には初対面だったし今後会うとも限らない。それでも、それぞれ手を振ったりお辞儀をしたりしてからその場を立ち去る。マーケットに行く者がいたりその場で話し始める者が居たり。

俺はといえばひとまず、宿屋に行くことにした。イシュガルドの中では貧民達の多い雲霧街にある。正直なところ、ボロい宿だが室内に入れるだけ相当にマシだ。酒場と併設している宿ー九つの雲ーにとりあえず、一泊させてもらう、とやり取りをして部屋に入らせてもらった。空のビンやらが散らかっていて
破けた敷物が敷かれボロけたシーツのベッドが置いてある。

「…毎回思うが、実に冒険者的な宿だよな。」

ただの風来坊と紙一重の冒険者にはこれくらいでも良い、と俺自身は思う。なにより、部屋はボロいがここには暖炉がある。体を冷やさずに済む、という事だ。体温を下げてしまうことは肉体にも精神にもダメージを与える事になるからそれを避けられるのは大きい。なにせイシュガルドはどこへ行っても寒いから、暖がとれるのは重要だ。そっと抱えて居た子パイッサを暖炉の近くに置いてやる。

念のために宿のある酒場の店主ジブリオンにこっそりこの珍妙な連れ合いの話はして許可は取って置いた。

「……。死んでるわけでも無いのにいつまでひっくり返ったままなんだろうな
コイツは…。」

おそらくは驚いたのと寒さで固まって居るのだろうが、それにしても。一応、まばたきはして居るし呼吸もしているから生きているのは分かるのだが…。とりあえず、召喚士の寄越してくれたメモに目を通しておく。

彼女が使ったインクがエーテルを付与したエンチャントインクで助かった。目の悪い俺には加工されて居ないインクは読みづらいがエンチャントインクなら
エーテルが込められて居るからエーテルを読むような感じにすれば読みやすい。

「……穀物や野草をすり潰して食べる…?それも親玉が加工してチビ達に食わせてるのか…面白いな。親玉が独占してその残りを仲間にやったりするなんてのもよく聞く気がするが…。」

手持ちに何か穀物やらはあっただろうか?諸々の手伝いに雇っているリテイナーにも確認した方が良いだろう。彼らにあれこれ、荷物の管理も任せているから。確か、食べ物類は…。

チリン、とリテイナーベルを鳴らす。リンクシェルと連動させてあるから決まったリテイナーに呼びかけられる奴だ。程なくしてノックの後にひょこっと
ララフェルが入ってきた。元気よく、俺の名前を呼びつつお辞儀をしてくる。

「ただいま戻りましたー。どうかしましたか刹ーセツーさん!」

「呼びつけて悪いなレグルス。エーコンとか、チェスナット預けて無いか?」

ツルハシを背負ったララフェルのレグルスー正確な名前としてはレグルス・ログルスーが俺の言葉を聞いて少し考えた後に彼が担当している荷物を確認してくれる。

「…えーっとアイアンエーコンとチェスナットが1ダースずつと…ダークマロンとかもありますよ!」

「…小麦は?」「…ハイランド小麦なら!」

「…分かった。少しだしてもらって良いか。」

「はーい。…お菓子でも作るんですか?」

ごそごそ、と荷物からエーコンやらを少量ずつ出しながらレグルスが聞いてくる。

「残念ながら違う。」「残念。」

甘いものが好物のレグルスが割と本気で残念そうな顔をする。思わず笑ってしまうが彼は常に、素直だ。俺も甘いものを好物としてるから、彼からそう言った甘いものが出来そうな素材を出してもらう時、決まって彼はちょっと楽しみ、という顔をするのだ。甘いものを実際に作った場合は、彼にも分けてやるのが習慣だし。

「…でも確かにメープルシロップとかは出してくれって仰ってないですもんね。…??」

「…ちょっとなソイツを拾っちまってな…。」

暖炉の前を指差すとレグルスが視線を動かして綺麗に二度見をする。あまりにも見事な二度見で笑ってしまった。彼のこういう所は本当に見ていて面白い。

「……んん!?どちら様ですか?!」

「…パイッサの幼生体、らしい。」

「…えぇ…どこで拾ったんです…?」

困惑した様子でレグルスがひとまず、と出したエーコンやマロンを俺に渡してくれる。正直に宝探しをしていたらチェストから出てきた、と答えるとますます、困惑した顔になった。まさかこの子が自分から入るってことはないだろうし、でも人が入れたとしても何のために?分からない…。とブツブツ言っているのが聞こえる。

「正直、俺としても意味がわからん。」

「…その子のご飯…て事ですか?」

「その予定だな。…イマイチ、どういう生き物かわからんがとりあえず食べそうなものを試すしかない。」

「なるほど…。」

「…さて、ちょっと加工してみるか。悪いんだが、ソイツがうっかり、暖炉に転がらないように見てて貰えないか?宿屋内での調理は禁止されてるから。」

彼は今、確実に頭の中で子パイッサがこんがり焼けているのを想像しているだろう。神妙な顔になって暖炉と子パイッサを交互に確かめているから間違いない。想像力豊かだからか、顔が酷いことになっている。随分、リアルに想像しているようだ。

「…そもそも、刹さんが拾わなければ多分、生きられなかった子ですもんね。せっかく繋がった命ならうっかり焼きパイッサになっちゃうなんて私も嫌ですから見ておきます。」

「頼んだ。」

ちょこん、とレグルスが子パイッサのそばに膝を抱えて座り込んだ。誰から見ても根っからの善人で優しい性格のレグルスにとっては、ほっておけば死んだであろう子パイッサが、不憫に見えているはずだ。案の定まじまじ、と心配そうな顔で子パイッサの様子を伺っている。それを確かめてから一度、割り振ってもらった部屋の外に出た。

再びジブリオンに声をかけて酒場内のテーブルを借りる。生のエーコンやらマロンをすり潰すのは楽では無いが、仕方ない。出先だからとりあえず生のままやるが余裕があるなら軽く下ゆでした方が良さそうだ。何分堅い。ゴリゴリ音がして少々、周りの客にはすまないと思う。最もあまり気にされていないようだったが。ナイフは常備しているからとりあえずそれで硬い皮は取り払って中身だけにしてすり潰しておく。ある程度潰して、混ぜてからペースト気味のままのものと小麦を足して小さな団子状にしたのとに分けておく。イマイチ、どういうものを食べるのか想像がつかないからなんとなく、だが。

一通り済ませて、ジブリオンに礼を述べてテーブルの汚れを拭いていくらか金を払っておく。要らないぜ、と言われたが飲み食いする訳でもなく1席埋めてたんだからそのぶんの稼ぎくらい受け取れ、とカウンターに無理やり置いておく。こういったものは多少なり、払っておかないと俺が気持ち悪くてダメだ。強引なやっちゃ、と言いながらもありがとよ、すまねぇな。と、彼がギルをきちんと握るのを確かめて、部屋に戻った。

「あ、刹さん!ほらほら。」

ドアを開けるなりレグルスがどこか嬉しそうに声をかけてくる。何かと思えば
ずっとひっくり返ったままだった子パイッサが漸く、立った状態というか座った状態というか…ともあれ体を起こしたらしい。

「起き上がったか。それくらいの元気は出たんだな。」

「みたいです。起き上がってから、少しだけぴょこぴょこ跳ねて歩いたりも…。十分あったかいからか、幸い暖炉には近寄って行きませんでした。」

「なによりだ。ありがとな。見ててくれて。」

「いえ!鉱石の調達は、頼まれてませんでしたから…手隙でしたし。」

よいしょ、とレグルスが立ち上がる。それに子パイッサが反応してぴょこぴょこと向きを変えてレグルスの方を見上げたのが分かる。

「…懐かれたか?」「嫌われるよりずっといいです。」

にこにこ、とレグルスが嬉しそうに笑う。

「本当のところはそばで何かが動いたから、でしょうけどね。」

刺激をあまりしないように、とレグルスがそっと、子パイッサから離れた。

「さて、これを食ってくれるかどうか。」

冒険中に持ち歩く木でできた軽い器を2つ。そっと、子パイッサのそばに置いてやる。ぴょこぴょこ、と軽く跳ねて、視線をレグルスから俺と器の方に動かした。

「…口に合うと良いが…そもそも興味を持たないかも、知れないしな…。」

器からは、俺も離れておく。俺もレグルスも人間で子パイッサはパイッサ。種族がまるきり違う生き物は基本的には危険、と身構えるだろうと考えてだからだが…。

「…本当に何を考えてるのか分からん顔だなパイッサって奴は…。」

「…正直、視線もちょっと分かりづらいです…目がまん丸すぎて…。」

「同感だ。」

図体のデカい俺は子パイッサには威圧的かも知れない。念のために、レグルスと同じくらい距離を取っておく。だいたい俺の足で大股、三歩ぶんくらい。その上で、片膝をついてかがんでおいた。そこまでしてもレグルスより俺の視線の方が高い程度にアウラ族の俺はデカいしララフェル族のレグルスは小さい。子パイッサはそのレグルスよりさらに小さいから俺の事はクマみたいに感じるかも知れない。

しばらく、器のそばでじっとしていた子パイッサだったがどのくらいかしてすり潰して混ぜただけの奴が入っている器に近寄って前足で器に捕まると、中身を口にした。

「…食べた…!」

レグルスが目をキラキラさせているのが彼の顔を見なくても声だけでわかる。そもそも、俺は目が悪いから顔を見てもはっきりとは、見えない。ボンヤリとした明暗と色の識別ができて、何と無く、気配で察しをつけたりエーテルの乱れなんかを詠んで理解している感じだ。一応、近寄れば人相は見えるので友人達の顔は覚えているし、他人であっても覚えて、認識できる。

「…食べつきそうか?」

「顔を器に突っ込んだ感じになってきたんで、多分。」

「…腹も減ってたんだな。」

カタカタ、と器が振動している音と恐らくは咀嚼音が微かに聞こえる。少しして、コロンと、器が音を立てた。

「完食なさいました。」

「…悪く無い。食べなかったらそれはそれで、難儀だからな。」

「…あ。もう片方も食べたいみたいですね。」

「…いや、まあ食べてくれるならそれはそれで良い。両方食べる事を想定して作ってはきた。…適量がどんなもんか分からんが。」

どのくらい宝箱の中に居たか分からないが、多分、腹は空かしていたんだろう。あまり長時間、飲食していない状態だったらもっと弱っていたかもしれないが…食欲がある程度ある、ということはそこまで弱っていないという事か。腐っても魔物…子供でも魔物、という事だろうか。頑丈だな。

「…確かに、適量分からないですね。あ、お団子にしたんですね。…器用ですね、前足…両手?でちゃんと抱えて食べてます。」

「…小麦も平気で食うわけだなあっちは小麦入りなんだ。団子にしやすいからな。」

なるほど、とレグルスが頷いている。二人で見ているうちにどちらの皿も空になったようだ。もう残っていないか、と確認するように2つの器を改めて、覗き込んだ後子パイッサがどこか満足そうに息を吐いたのが聞こえる。

「フンスーって言いましたかわいい。」「…かわいいのか?アレ。」

「え、可愛く無いですか?愛嬌あると思うんですけど。」

「…どちらかと謎めきすぎててよく分からんな俺は。」

「かわいいですよ!」

レグルスはどうやら子パイッサが気に入ったらしい。ぴょこぴょこ、と
子パイッサがこっちに視線を送ってきたのが分かる。その視線にはどうやら、敵意や警戒は無い様子だ。…飯をくれる人と、いう視線だな。

「怖がられてないのは良い事ですよ。」「…まぁ、そうだな。」

ゆっくり、立ち上がって反応を見る。子パイッサから見れば俺の体つきは相当な大きさのはずだが…どうやら、飯をくれる、という部分が重要だったようで
警戒しないらしい。そっと近寄って器を回収してみたがじっと見つめてくるだけで逃げたりはしなかった。

「…少し水もやらんとだな。蒸留水なら持ってたか…。」

冒険中につかうカバンから蒸留水を取り出して穀物団子を入れていた器の方に少し注ぐ。暖炉のある部屋にしばらく置いてあったからか幸い、少しは温まったらしくイシュガルドの冷え切った温度の水では無くなっているようだ。水を入れた器を子パイッサのそばにそっと置いてみる。目をパチクリさせつつソイツが器を覗き込んで水を確認すると前足なのか両手なのかよく分からんがともかく軽く押さえて水を飲みはじめた。いくらか飲んでまた、満足そうに息をついたのが聞こえる。

「…飲食できる元気もあったのはなによりだな。…眠くなったか?」

「…ほんとだ、なんか…目をしょぼしょぼさせてる見たいな感じに…。」

「…急ごしらえだがとりあえず…。」

どうやら、ウトウトし始めたらしいソイツをそのまま床に転がして置くことも出来たがそれは偲びない。適当に見つけてきた木のカゴに羊毛で編んだ布を敷き詰める。それを床に置いてからボンヤリしはじめたソイツをそうっと両手で持ち上げる。一瞬、びくっとしたようだが眠気に勝てないらしくされるがままだった。ゆっくり、羊毛の布の上に乗せて上からも、同じような布を軽くかけてやる。ふと、寝ぼけているらしき顔で俺の顔を見たのが分かった。

「…何も心配しなくていい。ゆっくり寝るといいぞ。」

通じるかはわからないがとりあえず、声をかけて置く。モゾモゾ、と身じろぎしてから数回瞬きして、ソイツが目を閉じた。暫くして呼吸の音が変わったのが分かる。寝付いたらしい。

「…寝ちゃいましたね。」

「…あぁ、そっとしとくよ。」

「寒かったでしょうし疲れてたのかもしれませんね。…なぜか宝箱の中に居たわけですし…絶対、快適じゃ無い空間ですもんね。」

「狭いし暗いし、息も詰まったろうからな。…やれやれ。」

変な気を遣って疲れたな、と思わずため息が出る。それを見たレグルスがふふふ、と笑ったのが聞こえた。

「なんだかんだ、面倒を見てあげてる刹さんは優しいですね。」

「…何かの縁だろうしな…わけわからん生き物だって点で戸惑いの方がデカイが…俺が開けた箱から出てこられちゃこうするしか無いだろ。」

「それでもですよ。子供だとしても、魔物なのは変わらないから見捨てる事も殺す事も出来たでしょうに、なさらなかったんですもん。」

「…確かにな。万一、人馴れせずに成長しそうならその時は、始末をつけるが…。」

「そうならない事を信じます。かわいいですし!」

「…大きくなったらアバラシア雲海のアレになるけどな?」

「…かわ…かわいい…かなぁうぅん…。」

採掘士としてアバラシア雲海にも出向いた事があるレグルスがそこに生息している野生の、成長したパイッサを思い出しながら真剣に考え込む。成体のパイッサは羽を無くして細長い腕を着け目をひんむいたフクロウが短めの足で直立したような見た目をしている。確か、背丈もそれなりに高かったはずだ。対して、籠の中でスヤスヤ寝ている幼生体は目をひんむいたような感じは同じだが
短めの足にやや長めの前足…?で丸みのあるチェスナットのような体をしている。宝探しで組んだモンクや吟遊詩人が饅頭みたい、と言ったのもなんとなく、分かる感じだ。

「…なんだろうこの子はかわいいですけどアバラシア雲海の大きいのはかわいいというか、不気味というか…。愛嬌は感じますけど…。」

「まぁ、どの生き物も子供の状態が一番可愛らしく見える、というのは変わらんな。」

「この子もいつか不気味に感じるようになるんでしょうか…うぅん。」

「無事に成長してくれんことには確かめようがないな。犬や猫やネズミくらいなら世話したことがあるが…パイッサなんて世話した事がないから無事に育つかも分からん。」

「た、確かにそうですね…。…大きくなって不気味になるのはちょっと怖いですけど…元気で居てほしいなあ…。」

「…時々世話の手伝いを頼むかもしれん。」

「はい、手隙の時なら、もちろん。」

問題は、レグルスは俺の頼みで収集に出たりするし俺自身も冒険に出たり《仕事》に出たりするからその際、どうするかも考えないとならない。

ともあれ

「…とりあえず、今日は俺も早めに休む。あちこちうろついて体も冷えたし…謎の生き物の世話に、神経を使って疲れたな。」

「分かりました。…何か、集めときます?」

「…そうだな…特に今、必要な鉱石は無いし…。」

「でしたら、ぶらぶらしてきます!何か掘り出し物を見つけられるかも。」

必要な鉱石がある時はそれの収集を頼むが入り用のものがない時レグルスは気の赴くまま外をぶらぶらするのが好きらしい。普段は採掘士ではあるもののその実、きちんと戦う術も学んでいるから多少の一人旅は問題ない。彼本人が言うに召喚士としての修行は積んであるそうだ。時々、ぶらぶらしてきては面白いものを見つけました、と土産代わりに持ってきてくれるのだが…毎回、妙な物体を持ち帰るのはなぜなんだろうか。この間はおもちゃのトロッコを拾ってきた。一応貰っておいたがどこからどう拾ってきたのか、教えてくれたためしがない。

「分かった。気をつけてな。戻ったら知らせてくれ。」

「はーい。…おチビさん、私を覚えてくれてるといいなぁ。」

一度寝ている子パイッサを確かめてからでは、行ってきます!とレグルスがお辞儀をして部屋から出て行く。パタン、とドアが閉まる音を聞いてやれやれとため息が出た。

「…とりあえず、着替えて何か食うか…。」

誰にともなく呟いてから着替えを済ませて作ってあった保存食を食べておく。部屋の明かりを消して暖炉の火も弱くする。消し去ってしまうと部屋は冷え切るし火をおこし直すのも手間になるから火種が消えないように。ボロけたベッドの掛け布団だけでは明らかに冷えるから手持ちの野宿用の毛布と上着を一枚出してきた。ベッドの側においた子パイッサの寝ているカゴを確かめる。小さな寝息と思わしき呼吸音が聞こえる。どうやら、ぐっすり寝ている様子だ。これなら明日には今日より元気になっているだろう。

「…俺も寝るか。」

ボロけたベッドのシーツと上掛けを直して私物の毛布と上着を上乗せして潜り込む。暖炉のおかげで部屋は暖まっていたがベッドの中はさすがに冷たい。自分の体温で暖まってくるのを待つしか無いので角をシーツに引っかけないようにしつつ少し体を丸めておく。どのくらい待ったかは分からないが知らないうちに寝付いていた。


 微かに何かが動くような音とに当たる空気の冷たさに目が覚めた。自分で言うのもなんだがしっかりと目を覚ますのが苦手だ。起きたばかりの時はどうにも周囲を確認しづらくなるし、素早く動くというのはあまりしたくない。耳…というか、角を介した音でなら判別がつくがなぜか、起きたては目が慣れてくるまで時間がかかる。元々、あまり良くないとは言えそれでも目からの情報は重要だ。

「……起きてるな…?」

小さな物音は例の子パイッサが動いている音だろう。何かこう、床を跳ねてウロついているようなそんな音だ。ゆっくり、上半身を起こして少し待つと、いくらか目も慣れてきた。

「…寒くないのか?」

毛布とカゴから這い出してベッドの近くをウロウロしているらしい。ともかく、俺は寒いし暖炉の火を熾し直すのが良いだろうとベッドから降りる。子パイッサがそれに気がついていくらか驚いたのか見つけた時のようにひっくり返ったがすぐに起きなおして少し、俺から距離を取るのが分かる。

「…心配しなくてもお前を朝飯にはしないぞ。…正直不味そうだしな。」

冗談交じりに声をかけてから暖炉をいじって火を強くする。パイッサを食うとは聞いたことが無いし、多分不味いだろう。美味そうには見えないし、食えたとしてもコイツじゃ小さすぎて飯というよりオヤツだ。暖炉が暖かい、というのを子パイッサは昨日この部屋で過ごした時に覚えていたらしい。少し、暖炉に近い場所に寄ってきて座り直している。

「…アバラシア雲海もそれなりに寒いからお前も多分、そこそこに寒さに強いはずだが…まぁ、それでも暖かい方が楽だろうな。」

着替えながらしばらく様子を見ていたがうっかり、暖炉に突っ込む事はしなさそうだ。むしろ、着替えている最中に、どうしても動かすことになる俺のシッポが気になるようで視線が尻尾を追いかけていた。…猫かお前は。

「…朝飯を支度してくるからそこで待ってるんだぞ。…それ以上は暖炉に近寄るなよ。」

目をパチパチさせつつこっちを見ているから一応、俺が何かを言っているのは分かっている様だ。意味がわかっているかどうかは、別だが。ともあれ、部屋を出てまたジブリオンに声をかけてテーブルを借りる。自分の朝食と子パイッサ用の、昨日作った奴の団子にした方を作る。作り終えてから昨日と同じようにジブリオンに適当な金額を受け取らせて部屋に戻った。

「…その即席毛布、気に入ったのか?」

子パイッサが昨夜寝る時に使ったカゴから掛け布団にしていた毛糸を編んだ
毛布を引っ張り出してその上に座っていた。俺が戻ってきたのに気がついて
目をパチクリさせながらこっちへ体の向きを変えた。

「…飯食う時はその上にいちゃダメだぞ。洗えばいいが汚れる。」

昨日のように穀物団子の入った器を床に置いてやると特に臆した様子も見せずに子パイッサが跳ねるような動作で近寄ってきた。

「水もこっちに置いとくぞ。」

穀物団子の入った器の隣に水を入れた器も置いて置く。しばらく俺を見ていたようだがどのくらいかして穀物団子を食べ始めた。見ながら、俺も自分のメシを食べておく。手持ちのパンに野菜と適当に焼いた肉を挟んだ奴だ。あとはジブリオンが持ってけ、と分けてくれた豆のスープ。出先だとつい、いい加減な飯にしがちだから温かいスープはありがたい。考え事をしながら自分の食事を済ませて子パイッサを確かめるとこっちも食べ終わったらしい。胸か腹か分からないがハートの形に見える模様の辺りが食べカスと水で汚れている。

「…さすがにそのままはダメだな。」

ゆっくり近寄ってしゃがみこむ。特に逃げたり怖がったりする事もなく子パイッサがこっちを見上げているのが分かる。昨日、宝探しで同行した召喚士が寄越してくれたメモに食事の支度をするのはボスらしいと書いてあったからもしかすると、俺を群のボスか何かと認識したのかもしれない。

「そのままだと、汚いから拭くぞ。…野生ならそのままが普通だろうがそうじゃないからな。」

言いながら軽く体に触って汚れを拭き取る。一瞬、ビックリしたようだが危害を加えているわけでは無いのが分かるのか(何も考えてないかも知れないが)
大人しくしていてくれたのですんなり、汚れは取れた。

「…本当なら皇都にいた方が良いが一度グリダニアまで戻るか…。」

訳あって兄貴が竜詩戦争に深めに足を突っ込んだ関係で俺自身も無関係では無い程度に、手伝いをしたから有事の際には前線にいたい。が、今のところ大丈夫そうで兄貴も休んでいるところだし俺も仕事は入ってないから、暇だ。暇だった結果謎の生物を拾う羽目になったわけだし。何か動きがあれば兄貴なり、神殿騎士なりから連絡が来るだろう。

「…家の連中にも知らせた方が良いしな。お前を常に、面倒見られるわけじゃないからな俺も。」

考えをまとめてから荷物を整頓する。子パイッサの仮の寝床にしたカゴや布も、普段持ち歩く冒険用のカバンに放り込む。暖炉の火を消してから上着を羽織り直してカバンを肩から背負って子パイッサを布に包んで、抱える。てっきり抵抗したり怯えたりするかと思ったが特にこれといった反応もなくすんなり抱えさせてくれる。たくさんの時間一緒に過ごしたわけではないのに慣れてくれてるのかはたまたぼんやりした個体なのか。ともあれ部屋を出てジブリオンと宿の案内をするバンポンセに挨拶して雲霧街に出る。

当然のように雪が舞っていて昨日と変わらず吐く息は白くなる。抱えている子パイッサがモゾモゾと動いたのが分かる。流石に寒いと思ったらしい。

「…チョコボで帰るよりテレポした方が良いな。」

イシュガルドはエオルゼア三国と同盟を絶って久しいらしいから飛空艇なども運行が無い。と、なればテレポか陸路で行き来するしか無い。テレポをするには多少の適正が無いとエーテル酔いになってしばらく寝込むらしいが幸い、俺は滅多にならない。全くならないわけでは無くてごく稀に、酷い状態になる事もあるから油断はできないが。昨日のを見た限りこの子パイッサはテレポしても何とも無いようだからグリダニア領にあるラベンダーベッドの自宅に、テレポで戻るとしよう。

雲霧街の人目につかないところに出てから空中に意識を持って行く。行き先と《繋がる》感覚に任せて自分の目を閉じながら子パイッサの目の辺りも、手のひらで覆っておく。空間を超える転移はなぜか視覚に負担だからだ。空間が歪む感覚、体が浮いて水中に溶けるようなそんな感覚が体全体を包んで程なく。

肌に当たる空気が変わった。

イシュガルドの空気は刺すように冷たいがそれが随分と和らいだと解る。ゆっくりと目を開き直すとそこはもう良い天気のラベンダーベッドだ。手のひらを
子パイッサの視界から外すと場所が変わったのが分かったのか少し、ソワソワし始めた。グリダニアも、イシュガルド方面にそれなりに近いから冷えると言えば冷えるが始終、雪荒ぶ場所と比べたら大した寒さには感じない。現に、グリダニア領ラベンダーベッドは花も草木もたくさんのある。皇都にはここまで
見事な花畑は無かったはずだ。最もお偉方のいる区画には何かあるかもしれない。

とりあえず自宅の玄関先にテレポしてきたわけだから、自宅の中に入るのが良いだろう。鍵を開けて中に入るのと同時にドアに下げてある鋼で出来た鈴が
控えめにカランと鳴った。

「おや、お帰りなさい刹さん。…なに、抱えてるんです、それ。」

俺が中に入るなりお辞儀をしつつも、そう発言したのは家に住み込んで使用人をしてくれている俺と同じアウラ・ゼラ族の男だ。灰色がかった肌に白髪。金色の瞳。黒いスーツを着込んで、モノクルを身に着けていてぱっとみ威圧的だ。アウラの男と言うやつはだいたい威圧的になるから仕方がない。だいたい、成長すると2メートルを平気で超えるやつが多いし。

「留守をありがとうな雷刃ーライハー。こいつはまぁ…訳あって拾う羽目になった。」

「…そもそもなんですかそれ。俺には見たことが無い。」

「イシュガルドの方の魔物の子供だからな。そりゃ、見たことないだろう。」

「魔物の子供!?…時々思いますが、刹さんは本当に妙な縁を持ちますね。…俺もですけど。」

俺が言うのもなんだが、東方風の名前をしたアウラのゼラ族は珍しい。通常、東方風の名前を持つのはアウラ族の中でも白い角と鱗を持つレン族たちで、黒い角と鱗を持つゼラ族はゼラ独特の名前を持つ事が多い。雷刃は東方の港クガネ生まれのクガネ育ちで両親はいわゆるゼラ族っぽい名前だそうだがその親御さんがクガネで暮らすのだし、と息子の名は東方風にしたらしい。彼とは《仕事》の関係で知り合ってその後、俺から声をかけて家で働いてもらっている。

「…見た感じそんなに凶暴には見えませんけど。」

「少なくとも、今の所此奴は凶暴じゃないみたいだな。野生の成長したやつは
こっち見るなり蹴り飛ばしに来るぞ。」

「…大丈夫ですかねそれ。」

「正直わからん。…他の二人はどうした?」

「あぁ、ロットゲイムはグリダニアランディングに荷物を取りに。なんですぐ戻ると思います。アドゥガンは、一息入れてます。呼びますか?」

「あぁ、いやロットゲイムが戻ったらで良い。此奴の説明を何度もするのは正直メンドくさい。」

「刹さんらしいですね。では、茶でも淹れます。イシュガルドからいらしたなら多少冷えてらっしゃるでしょう。」

「ありがたい。…お前は全員揃うまでちょっと我慢して俺に抱えられといてくれ。」

布に包んで抱えたままの子パイッサがモゾモゾしているのに気がついてそう声をかける。どこか、不満げに見えたのは気のせいか…。雷刃の淹れたお茶を飲んでいると程なく、玄関をノックする音がした。

「ただいまぁ。雷刃ドア、開けてくんない?」

元気のいい、女の声。雷刃がすぐに、ドアを開けてやる。中に入ってきたのは
背が高く、体格の良いルガディン族の女性だ。色白の肌に暗い茶色の髪。それから綺麗な紫の瞳をしていて、雷刃のようにスーツを着込んでいる。軽々と木箱を抱えているあたり、さすが力自慢の種族と言おうか。

「あんがとー。って、旦那、帰ってたんだ。お帰りー。」

「ああ、あんたの方もおかえり、ロットゲイム。」

「ただいまぁ。…それなに?生き物っしょ?」

抱えていた木箱を床に下ろしながらルガディン族の女…ロットゲイムが子パイッサに気がついて疑問の篭った声を出した。彼女も雷刃と同じく、家にほぼ、住み込みで働いてくれている表向き、よろず屋だ。俺を名前ではなく、旦那、と呼ぶのは彼女のこだわりらしい。雇い主と言えば旦那と呼ぶものだ、だそうだ。

「訳あってな。」

「そりゃ訳ありっしょ。どう見てもイヌとかネコじゃないし。」

「詳しくはアドゥガンが戻ったらで。」

アドゥガンは俺や雷刃と同じくアウラのゼラ族の男。雑多な食材から布材、木材なんかの簡単な素材を用意する担当をしてくれている。ゼラ族の多く住むアジム・ステップの生まれ…だと思う。実のところ俺と雷刃は、アジム・ステップを知らないゼラ族だったりするが。少しして、部屋の隅の扉からアドゥガンが出てくる。俺を見て挨拶をしようとしたのが分かるが綺麗に俺が抱えている
子パイッサを二度見して黙ってしまった。

「……。」

ソイツは何だ?と言いたいのが黙っていても分かるがハッとしたように顔を上げ直して軽い会釈をしてくれる。

「…おかえりなさい。」

「ただいま。…此奴については大いに疑問だろうから説明をするよ。」「……。」

黙ったまま、アドゥガンが頷く。彼はやたらと無口でいつもこんな感じだ。そのあまりの無口ぶりに最初はみんな困惑するのだが、彼のほうがボディランゲージや表情で言いたいことを器用に伝えてくるのでそのうち慣れる。非常にまじめで嘘を嫌うから、いろいろな面で信用の出来る男だ。紫を帯びて見える褐色の肌に、グリーンの瞳。それに白髪をしている。ちなみに俺自身は、肌は少々不健康に見える色で…黒い髪、左目は薄い青、右目は白のオッドアイの見た目だ。普段からシェイデッドグラスという色のついた眼鏡をしているから分かりづらいが。

「とりあえず此奴の話だが。」

ひとまず、なぜ俺がヘンテコな魔物の子供を連れて帰ることになったのか説明をする。話を聞いて3人ともが何とも言えない顔になった。雷刃は呆然とした顔になるし、ロットゲイムは苦笑い気味で、アドゥガンは困惑した顔だ。全く、アドゥガンだけでなくほかの二人も十分表情豊かだな。百面相を見てるみたいで面白い。

「…なんというか、反応に困りますね。」

「…旦那、お人好しだよねぇ。アタシだったら放って帰るか殺しちゃったと思うよ…。魔物だし…。」

「……。」

無言ではあるが、アドゥガンが頷く。ロットゲイムの意見と同感だ、という意味でだろう。彼女のほうを軽く手のひらで示しながら。

「本当ならそうしても良かったんだろうけどな。…結局、連れ帰ってきて今に至る。」

「…はー。いやまぁ、旦那が良いならそれで良いんだけどさ。」

「俺が前線に行く時やら《仕事》の時は世話をお前達に任せないとならない。」

さすがに戦地にも《仕事》にも連れてはいけない。3人ともが言われた意味を理解してそれぞれ驚いた顔や、本気か、という顔をする。やっぱり百面相だな。

「…いや、まぁ頼まれたら断るわけにはいきませんけど…未知の生き物過ぎますね。」

「俺にとってもな。一応、食いつくものは昨日のうちに分かったからメモしとく。作り方も。3人にも慣れてもらわなきゃならんからなしばらく、ここで過ごさせる。」

「…とりあえず、俺は理解しました。」

「雷刃は割り切るの早いよねー。…いや、まぁ、旦那の方針ならアタシも構わないけどさ。」

「………。」

アドゥガンだけは、黙ったまま頷く。視線が俺の顔をしっかり見ているから、俺が話した内容をきちんと理解している、と言う意味だ。俺はお喋りなほうだから、彼の無言でのコミュニケーションは物凄く新鮮だ。最も悪いものには感じない。こういうのもあるんだな、という感想だ。言葉ではなくても、意思の疎通は出来る。

「悪いないきなりで。」

とりあえず3人とも納得したかは置いておいて理解はしてくれたようなので子パイッサを包んでいた布を剥ぐ。これで三人にも全身が見えた。

「んん、なんかこう思ったより可愛いかもしんない。」

全身がしっかり見えてからロットゲイムが困惑した表情を少し和らげる。レグルスもそうだったが彼女にはコレが可愛く見えるらしい。

「…可愛いか?これ。」

「なんつーかネコとかの可愛いとは違うけどね?なんかこうアホっぽそう。」

アホ面が可愛い、と言っているような言葉だか別にそういう意味ではないらしい。よく分からないが、彼女の中で可愛い、という基準にあるなら子パイッサを悪くは扱わないだろう。

「…刹さんのペットと言うと違うかもしれませんが…そう言った扱いだと思いますけど名前とかは…?コイツやアイツ…ましてや魔物の子供、と呼ぶのも変でしょうし。」

雷刃にそう言われて考えてなかったな、と子パイッサを確かめる。布が取れて少し身軽になったからか抱えられたままの状態でいるのに抗議するようにモゾモゾしている。

「…名前は考えてなかったな…そもそも此奴はオスなのかメスなのか。」「…!!」「…ん?」

オスなのかメスなのか、と俺が口にした時子パイッサが何か訴えてきたのを感じた。これは、もしかしすると…。

「…お前何か主張したな?…お前はオスなのか?それともメスか?」

子パイッサを抱えたまま俺の顔を見れるような向きにしなおして直接問いかけてみる。家に勤める3人が突然、魔物の子供に大真面目に話しかけ始めた俺を何事だ、という顔で見ているの分かる。

「!」「…なるほど。オスなのか。」

「…あの、旦那?大丈夫?」

ロットゲイムが疲れてんの?と困惑した顔になった。無理もない。いきなり、魔物の子供と会話できたように見えたろうから。

「…心配させて悪いなロットゲイム。とりあえず疲れてはいるが頭は大丈夫だ。」

「………超える力…?」

暫く考えたのちに、アドゥガンが思い出したようにポツリ、と呟くのが聞こえてきて彼の呟いた単語にロットゲイムも雷刃もハッとしたような顔をする。

「エッ…!魔物の言語というかそういうのもイケる力なの旦那のソレ!」

「俺にも基準が分からないから何とも言えないが多分、超える力の影響だろうな。」

「えぇ…凄いけど意味がわかんないよアタシ…。」

「面倒も多いが意思疎通がしやすいのはそれなりに利点だぞ。…そうか、お前はオスか。」

「あぁ…名前をつけるのにオスかメスか気になったんですね刹さん。…で、オスだと主張してる、と。」

「人間的な基準にはなるが、できれば性別に合いそうな名前がいいかと思ったからな。…さて、どうするか、名前。…というか、名前は無いんだな?」

「!」

「…ナナシらしい。」

「…魔物も名前つけたり考えたりするんですかね…?」

「…分からんが名前、という単語の意味は通じてるな。」

何がキッカケなのか分からないが超える力、と言う謎めいた力が働いてくれたらしい。俺自身、よく分かっていない力だが極端な例えであらゆる壁を超える力と、言った感じだろうか。種族や時間、記憶や感情他人との間や世界の間に生じる壁を乗り越えてしまう力。厄介なこともあるが、言葉の壁を超える力に関しては便利と言えるだろう。知らない国の言葉やら古代語やらがスンナリ、理解出来るのは大きい。そして、その言葉の壁を超える力がこの子パイッサに対しても有効らしい。昨日は分からなかったが…子パイッサの側に会話をする、という余裕がなかったのかもしれない。

世の中にはポツポツ、この超える力を持った奴が居るらしく俺は子供の頃から
今思えば、超える力故であろう妙な出来事を色々体験しているし兄貴は成人してから似たような体験をし始めたと聞いている。とはいえ、まさか魔物の子供との会話に役立つとは思わなかったが。

ひとまず

「お前の名前はこれから考えるとして…。俺は刹だ。お前を箱から引っ張り出したのは俺だな。」

「…!」

「…寒かった?そりゃそうだろうな。」

「当然のように会話になってるぽくて戸惑いを隠せないよアタシ。」

「超える力という奴はこう言う使い方もあるですね。俺も困惑してますが…。」

「こいつらは俺の仲間でな。」

ロットゲイムと雷刃が困惑を隠せないでいるのを確かめつつ彼らの名前も教えてやる。アドゥガンは驚いてはいるようだがいつもの感じで、発言はない。ただ、ものすごい目力で子パイッサを見つめているから、気にはなるようだ。

「…!」

「覚えたか?まぁ最初のうちは間違えたりもするだろうがそのうちしっかり覚えるだろ。…ここは俺の家だから基本的には歩き回ってて構わないが俺たちの言うことは、ちゃんと聞くんだぞ?」

「?」

「聞かなかったら?そうだな、お前が入ってた箱に詰め直すか。」

「!?!」

箱に詰め直す、と言った途端子パイッサが抱えられたままながらびっくりして、丸い目をさらにまん丸にしたのが分かる。よほど、あの箱の中は嫌だった様子だ。

「…なら、ちゃんと言うことを聞く事だ。」

「…いまのやり取りだけはなんか俺にも意味合いが伝わってきましたね…。」

「奇遇だね雷刃、アタシも今のはわかったわ。」「……。」

3人にも、なんとなく子パイッサがあの箱はもうヤダ、と主張したのが分かったらしい。

「…俺たちはみんなデカイから踏まれないように気をつけるんだぞ。俺たちも気をつけるけどな。」

「!」

「とりあえず、その辺歩いてていいぞ。」

ずっと抱えたままではさすがに窮屈だろう、と子パイッサを床に下ろしてやる。すぐに、ぴょこぴょこと小さく飛び跳ねるような動きでうろつき始めた。今しがた紹介してやった3人の方に行って3人のほうを見上げては足元をウロウロ、を繰り返している。多分、確認しているのだろう。機嫌がよさそうな足取りだ。どうやら、警戒もしないらしい。

「…すっごい見られてる。」

「気になるらしいな。覚えようとしてる節もあるみたいだが…。」

「…ウーン…ちっちゃい…足元、気をつけなきゃアタシ、蹴りそうだよ…。」

ルガディン族は男女ともに大柄なのが普通でロットゲイムも女だが背が高い。特に大柄な女性ルガディンだと俺より背が高いくらいだから子パイッサどころかララフェルですら視界に入らない、なんて可能性もあるだろう。時々、町中で彼らが背の高い種族に蹴っ飛ばされる事件が起きる。蹴っ飛ばすほうには悪意が無いが、蹴っ飛ばされる方はたまったものではないだろう。何を隠そう、俺も数回、レグルスを蹴っ飛ばしたことがある。彼は怒らないどころか、笑って許してくれる。俺のほうが気まずいし、そういう事故が起きたときはお詫びに彼のご要望の菓子を作ってやっているが。…もしかしてそれが楽しみで許してくれてたりするかもな?

「…さて、名前をどうしたもんか。」

雷刃がお茶のおかわりを、と淹れ直してくれた物を口にしながら思わず声に出る。雷刃達の方は子パイッサがウロウロしているのが気になっているようでこれといってこんなのはどうか?みたいな提案はしてこない。子パイッサの方は俺を含め雷刃達は脅威ではない、と理解したらしく臆することなく彼らの足元をぴょこぴょこ歩き回っているようだ。時々、立ち止まって3人の顔を見上げたり何かに驚いたのか何なのかステン、とひっくり返ったりしている。

「……やばいこの子面白い。」

ロットゲイムがひっくり返った姿を見て笑いをこらえながら呟いたのが聞こえてくる。確かに、あの人間でいう仰向けにバンザイした格好で真顔のままひっくり返るのは奇妙で愉快だ。

特に、思いつかないままどのくらいしてか子パイッサの後ろ姿を見ていてふと、カバンに数粒、放り込んであったチェスナットを思い出した。

「…チェスナットに少し似てるよな。」

ふと、口にした言葉にああ、確かに、と雷刃が同意してくる。ちょっと歪ではあるけどチェスナットに似てますね、と。

「…チェスナット…栗か……そうだな、安直だが栗丸にしよう。」

「丸がつくと男の子、みたいな意味になるんだっけ?」

「そうらしいな。」

「栗丸、良いんじゃないですか?呼びやすいし、覚えやすい。」

「複雑な名前は呼びかけづらいしな。…ちょっとこっちに戻ってこい。」

呼ばれたと分かったのか子パイッサがぴょこぴょこと俺の足元まで跳ねてくる。よいしょ、と再び抱え上げる。触られるのにも既に慣れたのか俺は危険ではない、と理解してくれたのかともかく大人しく抱え上げられてくれた。ひょいっと俺の顔が見えるように子パイッサの体の向きを変えた。

「お前の名前は今日から栗丸ークリマルーだ。」

「?」

「最初は呼び慣れなくて分からないかも知れないな。まぁ、ゆっくり覚えてくれ。事あるごとに俺たちも呼ぶからな。」

「!」

「良い返事だな栗丸。これからよろしくな。」

「!!」

俺をしっかり見上げて子パイッサー栗丸ーがどこか胸を張るような仕草をしてみせた。ぽんぽん、と頭のフサのような所を撫でる。まん丸な目を細めて、栗丸がどこか気持ちよさそうな顔をする。頭を撫でられるのは嫌いではないようだ。

その日から、俺とこの奇妙な生き物《栗丸》は正式に一緒に暮らす事になった。

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