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ロットゲイムの物語1:お嬢様と元海賊《新生》

所属してた海賊団が第七霊災の被害で解散して、陸に上がったのは何日前だったかな、とふと考える。数日前な気もするし何週間か前だった気もするけど、現実味がなさ過ぎてはっきり思い出せない。

退屈だった。

ぶっちゃけた所霊災被害の片付けをしてりゃ退屈どころじゃないんだけどなんというか心は退屈な感じ。船を降りざる得なくなった海賊はアタシ以外にもたくさん居てたいがい、どいつもロクデナシだから慣れない陸の生活にイラついてて、ただの質の悪いゴロツキに成り下がってる連中も多かった。

アタシ自身もその質の悪いゴロツキの状態で、ぶっ壊れた船の片付けをしつつ街に出入りするゴロツキ連中と、しょーもない喧嘩をしてはぶちのめす毎日だった。たまーに、ぶちのめされたりもしたけど、アタシは船医モドキもしてたから自分で手当てして済ませてた。

船の上でも、荒れた生活してたけど、陸に上がってからの荒れた生活とは全然違ってて、やっぱり船が恋しかった。

帝国の船舶に喧嘩ふっかけたりするのは命がけでも楽しかったしやりがいもあった。彼奴ら、なんか気持ち悪いしブチのめすのスカっとするけど帝国の船舶って武装がこっちと全然違うんだよね。

 基礎というか、基本は一緒でも威力が格段に上だし、魔導兵器っていう、機械の兵器を持ち出してこられると本当にヤバくて。なんせ、熱線とかミサイルとかを出せるんだけど、あれに直撃したら消し飛ぶかもっていう強さなんだ。

最も、ああいうのは重みがあるから、あんまり積まないらしくて、滅多にお目にかかることはなかったけどね。命がけってのは危険だけど、そこから離れるとやりがいがあんだけある物も無いって気が付くもんで。

今、やってるのはただのくだらねえ言い争いとその延長だから…。やりあった相手をぶん殴った直後なんかは、ちょっとスッとした気持ちになるけど寝床に戻る頃にはなんというか、虚しくて情けなくなる。まーたしょうもないことして日が暮れた、って落ち込むのさ。

そんな日々が続いたある日。いつもの様に、通りをウロウロしていたら比較的、身なりのいいヒューランの女の子が目に付いた。

普通の通りだからアタシら荒くれモノ以外のふつーの人だって居るけど
その子はなんか、すごく気になった。なんかこう、フワフワしててどっか飛んでいっちゃいそうな感じ?ほっておけない気持ちになる。

霊災の後だから物の運搬とかも滞ってて買い物一つするのも、大変な時だったから親の手伝いでもしてんのかな、と思って見てたら抱えてた袋から、ラノシアオレンジが一つ、落っこちた。女の子が目に見えて慌てたのも解る。

コロコロとオレンジが転がり込んだのは、運悪く細い路地の方だった。

裏路地ってのは大抵、碌でもないのがウロついてる。女の子も分かってだろうけど、拾わないと、と慌てて路地に入って行っちゃって…特に知り合いでもないのにアタシは気になっちゃってこっそり追いかけることにした。

何せアタシも、ロクデナシなわけで見た目も女とはいえ大柄のルガディンだし堂々と追っかけたら怖いかなって。今は霊災の被害が大きくて、治安部隊のイエロージャケット達も忙しいからこういう裏路地を見張ってる余裕なんかない。だからこそ、ここで何かあったら、誰も助けてくれないハズ。

オレンジが路地の少し行った所で止まったのを見て彼女がホッとしながらそれを拾い上げるのが分かる。と、同時にぬっと大きな影が出てきた。案の定、というか。

「おーん?こんなトコに何しにきたんだお嬢ちゃん。」

酒に焼けた声。女の子に絡んできたのは大柄なルガディンの男。後ろに小柄なララフェルとミコッテの女も居る。海賊の連中によく見る、変なバンダナと質素な服を着ててこりゃ見るからに、陸に放り出されてうっぷん貯めてる海賊上がりだなあって良く判った。

だからこそほっといたら…多分ロクなことにならないよねこれ。

突然見知らぬ大男に絡まれて、女の子はさすがに怖かったかすくみあがってた。ルガディンの男ってのは2メートルを当然のように超える体をしてるから女の子じゃなくても怖いと思うけどね。アタシは海賊仲間を見てて、慣れてるけど。

「ここら辺はなぁ俺たちのナワバリなんだよなぁ分かる?ナワバリ。勝手にウロウロされると困るんだよなぁ。」

ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらそいつが女の子に触ろうとした。あぁ全くついてないかも。でも放って置けない。綺麗で繊細で無垢なものに、小汚いオッサンが触るとか、たぶん、アタシじゃなくても気持ち悪いと思うだろうさ。だからって割って入るか否かは別の話だけど。

「汚い手で触るんじゃ無いよ。」

とっさに飛び出して女の子の前に出る。女の子の方もゴロツキの方も思いがけないアタシの割り込みにポカンとなった。が、ゴロツキの方はすぐ不機嫌そうな顔をする。

「なぁんだぁテメェ。テメェのとこのガキか?」

「全然知らない子だよ。」

「なら関係無いにも程があらぁ。ナワバリウロウロされちゃ迷惑なんだよぉ!」

「…なら出でいかせておやりよ。ウロウロしなきゃ良いだけなんだろ?絡んでないで帰せば良いだけじゃないか。」

「なに言ってんだこのアマは。勝手に入ってきたなら通行料、貰わなきゃならねぇんだよ。」

後ろにいる子分らしきララフェルとミコッテのがそーだそーだ、と囃し立てているのが聞こえる。耳障りだねぇ。こういう集団ってのは大概、頭になってるやつは強いけど、それにまとわりついてるのはただの雑魚ってことが多い。強い奴に媚を売って庇護下に入ることで、自分を守ってるって感じ。

女の子はオロオロしつつ、逃げても良いのにアタシの後ろに立ったままだ。

「一体いつからこの通りはアンタのものになったんだい。リムサ・ロミンサの民には手を出しちゃならない海賊の掟を陸に上がった途端、あっさり破るのかい。」

「もう俺たちは海賊じゃねぇ。国の奴だろうが知ったこっちゃねぇな。」

「全く…同じ元海賊としちゃ恥ずかしい話だ。誇りも流儀も無いのかい。  …良いかい、とっとと此処から出て行きゃアタシも穏便に済ますよ。」

「はぁ??生意気言いやがって。こっちは海に出られなくなってイライラしてしょうがねぇんだ。やっちまえお前ら!」

お話にならないらしい。子分の二人が得物を構えたのが解る。ここで暴れるのは簡単だが、それでは後ろの女の子が巻き込まれちゃう。こういう馬鹿どもに巻き込みたくないから追っかけてきたのに喧嘩そのものに巻き込んじゃ意味がない。

「良いかいお嬢さん、目立たない様に、表通りに出て行くんだよ。」

「…ぇっ!でも…!」

「なぁに、アタシも元海賊でね喧嘩は慣れてんの。早くお行き。」

「…ありがとうお姉さん。」

小声で手早くやりとりして女の子を隙を見て、表通りに走らせる。

すぐにララフェルとミコッテが追いかけようとしたけど、背中に背負っておいた斧を思いっきり、振り上げる仕草を見せる。風が起こって、砂埃が立つくらいには、大げさに。船の上でもずっと使ってた斧は、ちょっと痛んで来てたけど、掠りでもしたらタダじゃすまない。

慌てて、2人が足を止めたのを見て振り下ろすのはやめて体の前で構えた。そのまま突っ込んできたら頭カチ割ってたとこだったよ。

「…穏便に済ます気は無いって意味で良いかねぇ。」

「テメェ、上玉そうな小娘だったのに。」

「良いとこのお嬢さんかもねぇ。…で、穏便に済ます気無いんだね?」

「なにが穏便に、だ!ふざけやがって!」

「イライラしてんのはアンタ達だけじゃ無いんだよ。アタシも海に帰れなくてムカついてんの。でもね、それよりあんな幼気な子に手を出そうとしたアンタの方がムカつくわ。」

ララフェルとミコッテだけじゃなく大男のルガディンもまとめて襲いかかってくる。ララフェルは格闘武器の使い手でミコッテは杖を持った癒し手、ルガディンのほうは、アタシと同じ斧。1対3はしんどいが仕方ない。

幸いというか、数の利を理解して居てか相手は油断しているのが分かる。油断って奴は怖いもんなのだ。あっという間に優勢劣勢がひっくり返るから。舐められたもんだね、と思うけど、危ないのは確か。

小柄な格闘家に気をつけつつアタシより大きな斧の使い手と主に張り合う。さすがに大男だけあって一撃は重い。けれど、陸に上がって鈍ったのか船の上でやりあった連中の方が圧倒的に強かったな、と思う。そんな風に考えられる暇がある程度には。

「どうしたクソアマ。いいのは威勢だけか!」

「弱いなって思ってさ悪い。」

「あぁん?!」

「見えてないと思ったのかい!」

大男と口論している隙にララフェルの格闘家が足元まで潜り込んできて居た。一応、予測して居たから反応出来たけどちょっと危なかったかも。鳩尾を狙って拳を伸ばそうとするのがゆっくりに見える。

体をずらして片足を持ち上げた。げっと、ララフェルの顔が歪んだのが解る。手加減はしつつ、持ち上げた足でララフェルの胸の辺りを蹴りつける。

ドッという重たい音と一緒にぎゃっという悲鳴があがってララフェルが軽く吹っ飛ぶ。ボスン、とうまいこと、ミコッテの癒し手の太ももあたりにぶつかってから地面に落ちた。

ぶつかられたミコッテの女も衝撃と痛みで尻餅をついている。ララフェルを蹴っ飛ばすなんて、久々だね。船に乗ってるときは時折、あったけど。だからこそ、このちっこいの奴らが油断なら無いのも知っている。

アタシらルガディンに比べたら力もないけど、小さいからこそ、視界に入らないでこっちの懐に入り込めたりする。一撃は軽いかもしれないけど、手数と小ささを逆手にとった戦い方は結構脅威になるもんなのだ。

「頭打たずに済んで良かったねぇ。姉ちゃんの綺麗な足に感謝しな。」

「イッテエエ…。」

「痛いのはコッチね!?マジで感謝して!?あとさっさと退いて!」

いくら小柄とはいえララフェルの男が勢いつけて足にぶつかれば、そりゃ痛い。ついでに上に乗られて居て尻餅をついた状態だといい感じにララフェルの頭に、ミコッテの胸が当たっている。だからさっさと退いて、などと罵られているわけなんだけど。

「役にたたねぇなこのアホども!」

「ボスがアホなら部下もって事だよ。」「なんだと!?」

ブォン、と音を立てて大男が斧を振ってくる。大柄なのを生かして相当な力で振り下ろしてきているから、一撃でも体に当たったら大けがだ。もっている斧でいなしながら堪えては、時々、反撃をする。お互い、刃が直撃はしないけど、柄やら、手足がぶつかってアザがジワジワ増えて居た。

裂傷とか骨折に比べればかわいいもんだけど、アザが増えるっていうのは結構辛いもんでじわじわ消耗する。

痛いっていうのが続き続けると集中も落ちちゃうしね。かく言うアタシも、目の前の大男も息が上がって来てる。ララフェルとミコッテがあの後割り込んでこないのは、斧使い同士の気迫に負けてるのと、割り込むとヤバイ、と思ったからだろうと思う。

何度目かの攻防の時、アタシの斧がギシっと音を立てた。まずい、ヒビでも入ったかも。相手もそれが解ったんだろうニヤニヤと汚らしい顔になって体重を更にかけてくる。

不味い。

ルガディンの大男の全体重なんていったらそりゃ大層重いに決まってる。咄嗟に体を捻って逃げるのと、もって居た斧が破損して相手の斧が落ちてくるのが殆ど同時だった。

ガッツンと音を立ててアタシの斧が地面に落ちて相手の斧がアタシの体スレスレを通過する。風圧が肌に触れるのがものすごいはっきりわかった。めちゃくちゃギリギリ。ゴッと大男の斧が地面に食い込んだ。石畳の地面が砕けて、破片が散って体に当たる。地味に痛い。

「得物が壊れたぜどうすんだ?姉ちゃん。」

「…なに、拳が残ってるよ。」

強がりではある。アタシは斧での戦闘と、ちょっとした幻術は出来るけど実は殴り合いはした事がない。急いで体勢を立て直して身構えるが、構え方が素人の其れと、あのララフェルは気づいたみたいだ。

あ、これは勝ったな、と顔に出てるのがアタシにも見えてる。切り抜けるの無理かもしんない。そう思った時。

「ここです!お願い!助けて!」

さっき逃したはずの女の子の声が後ろからした。えぇ?なんで?と思っていると複数の足音が迫ってきてあっという間に治安維持もする、陸戦部隊のイエロージャケットが5人ばかり突撃してきた。ごろつき三人組の顔がヤベエ、と歪むのが解る。

「げっ!」「お前ら!女の子に乱暴しようとしたそうだな。来てもらうぞ!」「チクショウ!逃げろ!」「逃すか!」

呆気にとられているうちに大男とララフェル、ミコッテの3人がワーワーと
逃げ出してイエロージャケットが数人、それを追いかけていく。

急展開で、ちょっと理解が追い付かない。何がどうなってこうなってんの?

「…えぇと。どういう事?」「お姉さん!大丈夫!?」

泣きそうな声で呼びかけられてしっかり振り返ると、あの女の子が泣き顔でアタシの腕にそうっと触って居た。なんて細くて柔らかい指だろ。傷もなくて、色が白くて綺麗な手だった。この手があのアホどもに捕まらなくて良かった…。

「アンタが…イエロージャケット達を呼んでくれたのかい?」

「だって3人も居ましたし…いくらお姉さん強そうでもやっぱり心配で…。」

「ありがとうね。助けたつもりだったのに助けてもらっちゃったねぇ。」

「アザだらけじゃないですか!…ごめんなさい、私がうっかり入り込んだばっかりに。」

「何言ってるんだい。元々、ただの道路だよ?アイツらがオカシイだけ。…お嬢さんが無事で何よりだよ。」

「…でもでもお姉さんがこんなにアザだらけで…。」

ポロポロと涙をこぼしながら女の子がアタシのむき出しの腕を心配そうに見てる。この子が彼奴らに変な事されなくて本当に良かった。あんな連中に捕まった日には、口にすんのもはばかられること、されたに違いないからね。

下衆な行為は禁止されてはいるけど、それに従わない奴なんてゴロゴロいる。

「大丈夫か?怪我は?」

「あぁ、ええと。痣は出来てるけど酷い怪我はしてないよ。駆けつけてくれてありがとう。」

居残って居たイエロージャケットに声をかけられて、返事をしておく。若い、ヒューランの男だった。一緒にルガディンの女性もいる。

「大怪我は無いとはいえ…アザはすごいわよ?手当てした方が。」

ルガディン女性のほうが、アタシのアザの具合を確かめつつ、心配そうな顔でそう言ってくる。ルガディンにしては小柄な人だと思うけど、なんかその声音と表情がどっかのお母さんみたい。

「大丈夫。この位なら慣れっこだよ。この子をしっかりお願いしたいな。」

「慣れっこ…いや、海賊上がりなのは察するが手当てはした方が良いぞ。それに、彼女にも一度話を聞かないとならないし居合わせた君にも、少し付き合ってもらいたい。」

「あぁ、そっか何があったのか話さないとね。解ったよ。…お嬢さん、親御さんには連絡ついてるのかい?」

「はい。皆さんが父に連絡してくださったそうなので…。」

「なら良かった。じゃあ、説明にも付き合うよ。」

ではこっちに、と居残って居た男女のイエロージャケットがアタシと女の子をどこかに案内してくれる。歩いている間女の子が遠慮がちにしつつアタシを心配してずっと隣にいて時々、顔を覗き込んで来てた。

目があった時は笑っておいたけどちゃんと優しく笑えてんのか分からない。
なんかこう、気恥ずかしくて。

何処なんだかはっきりは分からないけどイエロージャケットが普段、過ごしているらしい詰め所のような所に連れてこられて何が起きたのか、を説明する。

話している間アタシはアザの手当ても受けた。汗と泥を拭いて薬を塗るだけなんだけどアザな訳だからやっぱ痛い。

「…なるほど本当にたまたま入ってたまたまあの連中が居たと。」

「はい。…お姉さんが割り込んでくれなかったら何をされたか…。」

「ふむ、君がそういう人で良かった。」

「アタシも元海賊なんだけどさ、元海賊同士で喧嘩してるならまだしも子供巻き込むとか、やっちゃダメだろう?…だからまぁ、偉そうなことはアタシも言えないのさここんとこ、アタシも荒れてて喧嘩はしてたしね。」

「致し方ない面はある。…元海賊達だけじゃない霊災でみんな、どこか不安と恐怖でイライラしているからな。なんであれ、君が彼女を助けた事に変わりはないしな。」

「アタシも助けられたしね。イエロージャケットを呼んでくれなかったらアタシも何されたか分かんないわ。斧壊れちゃったし。」

新しく、得物の調達をしないとダメだなあ…なんて考えて居たら詰め所の入り口の方が騒がしくなった。なんだろう?と思って居たら明らかにイエロージャケットでもなく捕縛された奴でもない商人風のオジサンが不安そうな顔で歩いてきた。

「!マリーナ…!あぁマリーナ!無事で良かった!」「お父さん…!」

なるほど、お嬢さん(どうやら名前はマリーナちゃんらしい)の父親か。身なりを見る限り大金持ちではないけど、それなりに裕福ではある商人、って感じだろうか。

「心配したんだぞ。あぁ良かった。」

「心配かけてごめんなさい…お父さん。このお姉さんが助けてくださったの。」

マリーナお嬢さんがそう言ってアタシの方を掌で示す。指差してこない辺りとかやっぱり上品だなぁ、と思っちゃう。10代後半らしいのに言葉遣いも丁寧だし。

「娘を助けていただいてなんとお礼を申し上げたら良いのか…本当にありがとうございます…!」

「いや、うん。たまたまなんだ。そんなに頭を下げないでおくれよ。」

「何を仰いますか!私にとっては1人しかいない愛娘なのです。その娘を助けてくださったのですから。」

「…参っちゃうな。でも、お嬢さんが無事でアタシもホッとしてるよ。」

「…取り込み中すまない。先ほどの3人は捕縛されたそうだ。そういう意味でも安心してほしい。少なくとも、あの路地には戻って来ない。」

ここまで案内してきてくれたヒューランのイエロージャケットがそう、割り込んだ。割り込んで来たわけだが嫌な気はしない。朗報だし。

「ザマァ無いね。」

「彼らのことは我々がきちんと済ませるから、安心してほしい。」

「頼りにしてるよ。話も済んだし親父さんも来たしアタシ、帰って良い?」

「こちらはそれで構わない。協力に感謝する。」

「こちらこそだよ。じゃあ、アタシはこの辺で。」

「あ、お姉さん、待って!」

帰って、着替えて寝ちまおう、と思って立ち上がった所でマリーナお嬢さんに呼び止められる。んん?

「あの、宜しかったら家に来ませんか?少しだけでもお礼を…。」

「えぇ…?お礼はもうたくさん聞いたよ。」

いきなり何を言い出すのかと思ったら、家にこないかだって…?全く予想してなかった言葉だし、確実に今のアタシは変な顔をしてる。正直困惑だよ。

「いえ、お礼の言葉じゃなくてええと…。」

「失礼ですが、お名前を伺っても?私はマリーナの…この子の父のジョゼフと申します。」

「あ、ええと。ロットゲイムだよ。」

「ロットゲイムさん、娘を助けて頂いたせめてものお礼に我が家で食事でも 如何ですか?」

は?と変な声を出してしまった。いや、なにせアタシは元海賊の荒くれ者なわけで。見るからに育ちの良さそうな親子の家に招かれるなんて想像したこと無いし。

「…え、えぇ?」「ダメ…ですか?」

困惑しているとマリーナお嬢さんがどこか悲しそうな顔で覗き込んで来る。

アタシを心配して泣き腫らしていたせいでまだ目が赤い。そんな顔で覗き込まれちゃたまらない。

「あ、いや、なんて言うか。アタシ、こんなだよ?元海賊のゴロツキみたいの連れ込んじゃって良いのかい?」

「ロットゲイムさん。」

「は、はい?」

「貴女は優しい方では無いですか。元海賊がなんだと言うのです?」

「え、えぇ…。」

「私たちが貴女をお招きしたい、単にそれだけですよ。」

にっこり、と爽やかな笑顔を見せながら親父さんが胸を張る。

なんというか良い人たちなのは分かる。が、今まで付き合ったことのない手合いで調子が狂うというか反応に困る。

「…お言葉に甘えたら良いのよ?元海賊さん。貴女のしたことはお二人にとってはそれだけ大きな事だったのよ。」

黙ってみていたアタシの手当てもしてくれたイエロージャケットのルガディンの女性が、ふふふ、と笑いながら声をかけて来る。なんかもう八方塞がり感が凄い。

「あーもう、解ったよ。お邪魔させてもらうよ。」「良かった!」

マリーナお嬢さんが本当に嬉しそうにパッと笑顔になる。つられて笑ったとおもうけど多分、アタシのは苦笑い。

「こっちです!」

「イエロージャケットの皆様もお世話になりました。本当にありがとうございます。」

「ありがとうございました!」

イエロージャケット達にも頭を下げてから親子がこっちだ、と急かしてくる。一体全体これはどういう流れなんだろ?生きてると、時々変な事が起きる。

ともかく案内されるまま親子の家に連れてこられたけど…。

多分、そこそこ裕福なんだろう、っていう家だった。大富豪では無いけど、貧しくも無い。そもそも貧乏人だったら、この居住区に家を持ってないよね。もっと安い土地にいるはず…。そう考えたらやっぱりそれなりに裕福だ。

「食事の支度に少し時間がかかりますから…お父さん、お茶を…。」

「解っているよ。」

「お願いね。お姉さんは、少し待っていてね。」「…う、うん。」

「そんなに硬くならないでください。友人の家に上がったと思ってくだされば良いですから。」

マリーナお嬢さんは炊事場に走って行ってジョゼフさんはアタシにお茶を淹れてくれた。あったかいお茶。カモミールティーだった。いい香りがして、ほんの少し蜂蜜が入っているのが解る。上品な飲み物だなあ…。まともに飲んだのたぶん、初めてだけど美味しい。

お茶を飲んでいて気が付いたけど、リビングには大きな絵が一枚、飾ってあった。たぶん…ジョゼフさんたち一家の姿絵だと思う。大きな絵を描いて貰えるっていうな、それなりの金持ちじゃないと出来ないことのはずだ。

画家に依頼して、しっかり描いて貰うっていうのはそれなりにお金がかかるのだ。お偉いさんとかが肖像画を描かせるのは、金を持ってるぞ、威厳があるぞっていうアピールも兼ねているくらいだし。

そういえば、マリーナお嬢さんを迎えに来たのは父親のジョゼフさんだけだったが…。母親はどうしたんだろう?

「…あの子の母は数年前に病で亡くなっていましてね。」

アタシが、リビングにある家族並んだ姿絵を見ているのに気がついて、ジョゼフさんがそう、話してくれる。姿絵にはマリーナお嬢さんの今よりずっと小さい頃の姿とジョゼフさんの今より若い姿、それからマリーナお嬢さんに似た雰囲気の大人の女性の姿が描いてあった。なるほど、故人だったのか…。

「…そうだったんだ。」

「ええ、だからお客様を招くのがあの子は好きなのです。…普段は私が仕事に出ていて手伝いをしてくれる婆やしか側にいませんので…。」

「…あぁ…そういう理由もあったんだね。お礼とか以外に。」

「えぇ、おそらく。もちろん、お礼もしたくてですが。」

「…なんだか、逆に悪いねぇ。」

「何を仰います。先ほども言いましたが、あの子は私の唯一の家族なのです。この位のお礼、させて下さい。」

「…もうさすがに降参だよ。」

軽く、肩をすくめるとジョゼフさんがにっこりと笑う。マリーナお嬢さんもそうだがまるで嫌味のない笑顔だ。こんな気持ちのいい笑顔をする人をアタシは見たことが無いよ。

炊事場ではマリーナお嬢さんとお手伝いの婆やが食事を支度してくれているらしい。待っている間には海賊をしていた頃の話や、ジョゼフさんの仕事の話をした。

ジョゼフさんはやっぱり商人で霊災でかなりの打撃を受けてて、どうにか踏ん張って立て直そうとしている所だとか。

空に浮かんだ真っ赤な月ダラカブが割れて落ちてきてそのうえ、中から化け物が出てきてあちこち焼き払って回るなんて、今でも意味がわかんない、とアタシは思ってる。

その後、あの化け物がどうなったのかどういうわけなのか誰もハッキリ覚えてない。アタシもだけど。あれだけのデカさとヤバさだったのに、どうなったのか分からないってのも不気味だが本当に、誰も思い出せないらしい。

ともかくあちこち焼かれただの、なんかデカいもんが落ちてきた、だので、めちゃくちゃなのは事実でどこもかしこも、復興せねば、と頑張っている最中ってわけだ。

「…商売仲間達が無事で、みんな、心が折れてない。本当に幸いです。心が折れてしまったら体が無事でもどうにもならないですから。」

「ほんとだよねぇ。…アタシたち、海賊上がりの連中のほうがダメージでかいかもしんない。船に戻れなくなった奴らが相当いるはずだからねぇ。」

「…マリーナを脅した者達もそういう者達なんでしょう。受け皿と、本人たちの覚悟が揃えばなんとでもなるのでしょうが…。」

「…今の所、どっちもない感じかねぇ。」

「…失礼ながらロットゲイムさんは?」

「…恥ずかしい話だけどアタシも特にアテはなくてね。乗ってた船も壊れちゃって一団も解散してて。」

「そうでしたか…。」

「なに、かなりの数の海賊がその状態だからね。アタシが特別、ビンボーくじって訳じゃ無いし。」

アレコレ、と話しているとお待たせしました、とマリーナお嬢さんとお手伝いをしてるという婆やが食事を運んできた。おや、では手伝おう、とジョゼフさんも立ち上がって炊事場に歩いていく。

テーブルに置かれた料理から、いい香りが漂ってきてた。香りに気が付いたとたん、お腹が鳴りそうな空腹感を覚える。なにこれめっちゃいい匂いするんだけど。そういえばまともなご飯ていつぶりだっけ?

「お嬢さまも、 お座りになってお待ち下さい。あとは婆やがやりますよ。」

「ありがとう婆や。」

「お客様の事は、食事を作りながらお嬢さまに伺いましたよ。お嬢さまを助けてくださってありがとうございました。」

「たまたまだよ、本当に。」

「そのたまたま、がどれほど大事か。歳をとると、身にしみますよ。さて、もう少しだけ運んできますので。」

と、婆やが頭を下げてから炊事場に戻ってく。ヒューランのお婆ちゃんだと思う。お婆ちゃんといっても60とかその位かな?とはいえ、他種族のおばあちゃんとかおじいちゃんで、どのくらい老け込んでるのかとか正直良く判らないんだよね。

「うーん、美味しそうだねぇ。」

「お口に合うと良いですけど…。」

婆やとジョゼフさんが残りの料理も運んできてくれて席に着く。婆やは奥に引っ込もうとしたけどマリーナお嬢さんにもジョゼフさんにも引きとめられて同じテーブルの席に着いた。

「お客様もおられるのに…。」

「アタシが一番場違いなくらいなんだから、気にしないでおくれよ。」

「…ありがとうございますお客様。」

「んんーこそばゆい。ロットゲイムで良いよ。」

お客様、なんて呼ばれた事ないから正直、恥ずかしい。船の上なんかだとフルネームで呼ばれることも少なかったりする。戦闘中は忙しいからね。アタシの場合だと、ロットだとかロッティだとかで呼ばれたりしてたね。

「どうぞ、召し上がってください。」

「あ、うん。いただきます。」

出てきた料理がみんな綺麗に盛られているのを見るとちょっと手をつけづらい
けど、多分お客が手をつけないともてなしてる側は食べづらいんだろうな。

海の都、リムサ・ロミンサらしく、海の幸が沢山の食事。

ビアナックブリームを丸ごと野菜と一緒に蒸したものとか、サーディンとアプカルの卵の入ったサラダとか。船の上では、保存食が主だったからこういった食事は全部ご馳走に見えちゃう…。

海賊だけじゃないけど、船乗りたちの食事ってのは長い時間の航海で傷むと困るから、塩漬けした魚とか燻製にした肉とか、真水じゃ腐るし、エールとかで新鮮なものってのは少ないのさ。

「…うーーん、美味しい…。」

「良かった…!」

「本当に美味しい。美味しい食事は最高だね。」

素で出た言葉だったけどマリーナお嬢さんもジョゼフさんも婆やも
口にあって良かった、とニコニコするのが分かる。

この人たちはなんというか根っこから気持ちの良い人たちだなぁ。

「沢山ありますから遠慮なさらずに食べてくださいね。」

「食いしん坊には嬉しいねぇ。」

体の大きさに見合う程度には食べるから、ヒューランから見たら食いしん坊に見えるくらいお腹に入っちゃうと思う。海賊稼業もアタシは戦闘員で、体力勝負だったし、やっぱ食べないと体が保てなかったしね。

どの料理も美味しくてそれでいてしっかりした食事をしたのも久々。美味しいご飯を食べるって幸せな事なんだねぇ…。ここしばらく、とりあえず腹持ちするものが食えればいい、くらいの感じで雑な食事をしていたから、あったかくてちゃんとした食事がむちゃくちゃ身に染みる。お腹が幸せ。

「…うーーん美味しすぎて食べすぎたかもしんない…ご馳走さまでした…!」

「気持ちの良い食べっぷり…作った甲斐がありましたねぇ。」

主に料理を作ったのは婆やだそうでマリーナお嬢さんは本人が言うに少し手伝っただけ、らしい。なんでも、お料理はお勉強している最中、だとか。

こういうお家だから、花嫁修業みたいなことをしてるのかも。金持ちのお嬢さんなんかは、わざわざ花嫁修業する学校みたいなとこに入ったりするんだよね。海賊船生まれの海賊船育ちのアタシには考えられない風習だし、行けって言われてもお断りしたいわそんなの。

「雑な食事をしてたからこんなにしっかりして美味しいのを食べたのは…多分、初めてだよ…。船の上じゃ保存食が多いしね。」

「…ロットゲイムさん、ちょっとよろしいかな?」

突然、ジョゼフさんが改まって名前を呼んできて首をかしげる。何だろう…?今になって食いすぎだ、とか怒られたりするんだろうか?いやいやそういう人たちには見えないし…。

「…食べている時に考えていたのだけど…うちで働かないかい?」

「へ?」「…お父さん…。」

「うん、決して余裕がある訳ではないけど…どうだろう。私が留守の間、家でマリーナと婆やを守って貰ったり私の仕事に一緒に来て護衛して貰ったり、出来ないかな、とね。」

いきなりすぎてこの時、アタシはどんな顔だったのかわかんない。とりあえず驚いているのは間違いないけど。

「…えぇとアタシを雇うってこと…?本気?」

「本気だからこその提案だ。気立てが良くて、腕っ節が強い、とても頼りになるし。」

「…えぇ…いや、光栄ではあるよあるけどね…?」

「…婆やからも、お願いいたしますお客様。」

「えぇ…!」

思わぬ援護射撃に思わず変な声が出ちゃった。真面目そうな婆やまでそんなこと言っちゃう?アタシ元海賊のゴロツキだよ?家のモノに手を付けちゃったりするかもしんないよ?あ、いや、マジではしないとは思うけどさ…。

「…婆やとお嬢さま2人きりの時やお嬢さまがお買い物に出る時…そばに着くものがいたら、と密かに思っておりました…。」

お嬢様はしっかりしておられるけど、それでも若い一人の娘で、何度か危ない目にもあっているし…婆やでは万が一の時、役に立てないとずっと考えていたんです、と婆やが説明してくれる。

たしかに、婆やじゃ暴漢に絡まれたなんてときむしろ先に殴られちゃうだろう。なにせ、普通のおばあちゃんだ。呪術やらでも使えれば別だろうけど。そこまで思って目の前の婆やが魔法を使うのをちょっと想像しちゃったんだけど、なんだろうめっちゃ強そう。

「…まぁ確かにアタシは戦闘員だったくらいだし護衛なら多分できるけど…逆に言うとそれしか出来ないよ?」

「私達には、護衛はできない。武器を持つことすらできないでしょう。ロットゲイムさんにはそれが出来る。大きなことですよ。」

「…あぁ、そういう考え方もあるね…目から鱗だわ。」

「如何ですか。寝食は此方で用立てます。武器も、壊れてしまわれたようですし新しく用意しましょう。」

「…いや、うん、なんというか条件すごい良いよね、寝食はって、ここで寝て良いってことでしょ…?」

「左様です。」

「…条件良すぎて困惑する域だよ…まぁ、ただのゴロツキでいるのに困ってたから…うん、分かったよ。」

「それは良かった…!今日はお疲れでしょうし明日以降、武具の見立てをしたり私の仕事の話を詳しく致しましょう。」

「…人生どうなるかわかんないもんだねぇ。海賊として生きて海賊として死ぬと思ってたのに…。」

本当にどうしてこうなったんだろう?と思わざる得ない。裏路地に入った女の子を気まぐれで助けたらまさかそのまま、雇われちゃうとか、そんなこと有るのかと。いやまぁ今まさにそれが起こっているわけだけどさ。

「お姉さん、これからよろしくお願いします!」

マリーナお嬢さんまですごく嬉しそうだし。あぁ、もう、困惑しちゃう。

「えぇと、うんよろしくね、お嬢さん。あ、あとアタシの事はロットゲイムで良いよ。」

「…ロットゲイムお姉さんでも?」

「えぇ…?お姉さんつけたいの?」

お姉さんとか呼ばれた事は…まぁ、その海賊の下の連中に姉貴だとか姐さんだとかは呼ばれたことあるけど、マリーナお嬢さんのお姉さんっていうのと意味合いが全然違うよね。海賊連中のはなんというか、乱暴って言ったらいいか。

「つけたいです!私、一人っ子なのでお姉さんとかお兄さんに憧れてて…!」

目をキラキラさせながらそう言われちゃ、なんかもうダメと言えない。ジョゼフさんからもすまないけど承諾してやって、と視線が飛んで来てるし。なんだろう、この親子(婆やも含めて)がっかりさせたくない気持ちになる。

「あぁ…うん、分かった。好きに呼んで良いよ。アタシはお嬢さんて呼ぶけど
良い?」

「ほんとはマリーナで呼んで欲しいですけど…お嬢さんでも良いです。」

「アタシ、護衛なわけだしね。じゃ、そう呼ぶね。」

「はい!」

なんかすごく妙なことになっている。アタシはこれから野宿しに帰らなくて良くてこの家に住み込む事になるらしい。

げ、現実感がない!

しかも、お風呂も入れてアタシの部屋ってのが後々、用意されるとか。昨日まで間違いなくただの海賊上がりのゴロツキだったのに。そこらへんで野宿してたような状態だったのに…!

「人生は小説より奇なり…この言葉は本当なのよ、これからよろしくお願い致しますねロットゲイムさん。」

婆やがふふふ、と笑いながらそれでもきちんと、アタシへの呼びかけを、お客様から名前に変えつつそう呟いた。本当に、奇なりだ。

そんなこんなあってジョゼフさん…旦那の所で働く事になって。護衛したり買い物手伝ったり旦那の仕事を、手伝って商人の真似事覚えたり…。

旦那が言うには、アタシの目は品物の良しあしを見分ける良い目、だとかで。それに気が付いたからちょっとした商人の仕事を覚えておくと後々役立つと思うよ、と教えてくれたんだ。

なにより一番大きかったのはお嬢さんに文字の読み書きを習った事。

船の上で文字の読み書きを出来る奴はあんま居なかったからアタシも覚えずじまいだったけど家で留守番と言う名の護衛をしてる時、お嬢さんが根気よく
丁寧に教えてくれておかげで、バッチリ読み書きができるようになった。

読めるのに感動したあと書けるのにもっかい、感動。これは便利だわー。

読み書きを覚えてからは、旦那の仕事をおぼえるのも早くなったと思う。なんせ、自力で読み取れるから説明してもらわなくても理解出来る部分が増えたんだもん。

文字の読み書きを覚える前に仕事を教えようとしてくれた旦那は凄いなと思ったよ。だって教える手間が数倍違う。なにからなにまで説明してくれないと、文字が読めないから一人だと判断できないものが多いのに、それに付き合ってくれてたってことだもんさ。

旦那たちには多方面で頭が上がらない。きまぐれで女の子を助けた結果、アタシのほうがめちゃくちゃに助かってる状況だし、感謝しきれない。大した事はできないけど、恩返し代わりに任された仕事はしっかりやらなきゃね。

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