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ロットゲイムの物語2:お嬢様と元海賊《新生》

第七霊災からあっという間に数年。

相変わらず、帝国の連中がこっちを睨んでるけどどうにか、復興も進んで旦那の仕事も随分、安定した。お嬢さんはアタシと一緒に旦那の仕事を勉強して最近は一部、任されたりしてる。すっかり商人の一員だ。

何がすごいってあのフワっとした感じなのに、商人スイッチみたいのでもあるのか、仕事になるとすごい頼りになるんだよねお嬢さん。親子ってこういう感じで似るのかね?

婆やは相変わらず美味しいご飯を用意したり清潔なお風呂を支度したり、歳はとったけどまだまだ働ける、と元気にしてる。さすがに重いものを運んだり、長い時間立ったままにさせる、とかはさせたくないからアタシが家にいる時はその辺、アタシが手伝うことにしてるよ。

ヒューランの寿命とかは良く判らないけど、お嬢さんが言うに婆やはだいぶ高齢で無理は禁物だと思いますって言ってたからなんだけどね。アタシだって婆やには長生きしてほしいもんね。

旦那のお家は、安泰でこのまま、続くとアタシは思ってたし、旦那自身もお嬢さんも婆やも、忙しいけど楽しい毎日が続くって思ってたと思う。そんな風に思っていたからこそ、そこからの展開はすさまじく目まぐるしく感じたよ。

何でもない、 いつものような日だっけど仕事から帰ってきた旦那がなんとなく調子が悪そうだった。どことなく顔色がいつもより悪くて、なんだが体に力が入ってない感じ。

仕事帰りには疲れているから、脱力してることもあるけど…あの疲労感から来てる感じとは違うってアタシにも分かる。風邪ひいたりしたとか、ああいう病気的な力のなさって言う感じだった。

「お父さん、大丈夫?あんまり顔色が良くない。」

「…うぅむ…なんとなく…気分が悪いな。商人仲間と軽く食事をしたんだけど
何か、体に合わなかったかな…早めに休むとするよ…。」

「うん、そうして?婆やとロットゲイムお姉さんと戸締りしておくから。」

「無理しちゃ駄目だよ、旦那。」

「…うむ、ありがとう。では、失礼して早めに寝よう。」

ものすごく具合が悪い、というよりなんとなく変、という感じで本人もアタシ達もあんまり深刻に受け止めなかった。

食べたものが体に合わない、とか、食べ合わせが良くなかったなんてこともあるし、疲れが貯まってたのがちょっと小さく爆発して風邪っぽくなる、とかはちょくちょくあることだったし。

でもその予測は間違ってた。その日から、旦那は少しずつ、弱って行ったから。ただその弱り方も、本当に少しずつでやっぱり旦那本人も、アタシたちもそこまで深刻なものとは思ってなかった。

医者に頼らないと、となったのは最初、なんかおかしいかも?と言い始めた日から数えると多分、一週間くらい過ぎてた。

様子がおかしくなっていくのが少しずつだと、気が付いた時には大きい変化になってるものらしい。その時には旦那はすっかり顔色も悪くて仕事そのものを休んで部下の何人かに任せてた。

旦那の下で働いてる人達はみんな、優秀だったからそこは心配なかったけど…旦那本人の具合は心配が募る状態で医者の出してくれた薬もそんなに効いてるように見えなかったし、医者のほうも不思議がってた。疲労からくる胃腸症状に見えるんだけど熱もないし…って。

結局

旦那はそのまま、亡くなった。仕事を部下に任せた日から二日後。ベッドから起き上がれないまま。

嘘だろうと思うけど、本当に旦那は息をしてなかった。不思議とアタシは涙が出なくて…凄い哀しいんだけどなにより、信じられなかったんだ。認めたくない、って表現でもいい。ともかく全然現実感が無くて、涙が出なかった。

アタシもショックだけどなにより、お嬢さんの心中はどれほどか…。息を引き取る前。少しの間だけ、旦那は意識があったんだけど…。

振り絞るように出た言葉が、「マリーナを一人にしてしまうなんて。」だった。血のつながった家族が父娘二人だけだったから…。

誰が見ても仲良しの親子だったし、年頃の娘さんなんて、親父さんに反抗的になる子ばっかりだろうけど、お嬢さんはそういう所が無かったし…それも父娘二人きりだったからお互いが大好きだったんだろう。

それが…ちょっとした体調不良だとおもってたらいきなりお別れだなんて。

婆やとアタシと旦那の下で働いてきた人達でどうにか、お嬢さんを支えて葬儀を済ませて。お嬢さんは葬儀の最中は涙を流さなかった。

旦那が亡くなった直後や、家に居る間はずっと泣いていたいけど、葬儀の最中。旦那の部下や仕事仲間たちが挨拶してくる間、ずっと気丈にふるまってた。

見てるアタシや婆やのほうが苦しいくらいだったよ。本当なら、葬儀もせずにお家で泣いてたかったろうに…。

「…どうして…お父さん…どうしてなの…。」

葬儀や埋葬が済んで、自宅に帰りついてからようやく、お嬢さんがボロボロ泣き出した。ずっと我慢していたから、無理もない。

喪服姿のままだったけど、黒い服に涙が落ちて行って、もっと黒い染みになっていくのが解る。かける言葉が見つからないよ…。

「…お嬢さん…。」

「…ごめんなさい…本当に…本当に信じられないの…。」

「…信じられなくて当然だよ…旦那…逝くのが早すぎるよ…。」

「…本当に病気だったの…?先生も首を傾げてたけど…薬だってあんまり効かなかった…。どうしても納得できないの。病気とは違う気がして…。」

泣きながらも、お嬢さんがどこか険しい表情もする。確かにお嬢さんの言う通り、診てくれた医者は、出した薬があんまり効いていないことを不思議がってたし、アタシたちだって不思議に思っていたけど。

「納得できないのはアタシや婆やだってそうだよお嬢さん。」

「お父さん、日記をつけていたはず…。…ちょっと見てみます。…気になることがあったんです。葬儀の最中に…哀しむとか、惜しむとか…そうじゃない人が居て…。」

「…え?」

「…哀しめとも、惜しめとも言いません。けど…けど、なにか、喜ぶようなそんな顔をした人が居て…。」

突然、旦那が…親父さんが亡くなって辛いだろうし、悲しくて心に余裕も無かったろうに…それなのに、お嬢さん…葬儀中にそんな奴を見つけてたのかとアタシも婆やも絶句する。

アタシはそれこそ、お嬢さんが涙を耐えてるのを見るのが辛くて…そればっかり気になってたよ…。たぶん、婆やも同じだと思う。参列者の様子なんて、全然気にしてなかった。

すっと、お嬢さんが立ち上がって旦那の部屋に走っていく。婆やにはその場にいて貰ってアタシもお嬢さんを追いかけて旦那の部屋に入った。

仕事をしていた頃と変わらないままの部屋。机の上に書類や本が置っぱなしでそこの中に、日記も置いてあった。

お嬢さんが見たことのないような形相で日記の中身を確かめていく。
きっと、余程の顔のやつを見たんだろう。そうでなきゃこんな鬼気迫った顔しないはず。いつも優しい、可愛らしい顔なのに…お嬢さんこんな鬼のような顔もするんだね…。

「…ロットゲイムお姉さん。」「なにか、書いてあるかい?」

「…これ。」

お嬢さんがそう言って指でなぞっているのは…旦那がなんだか調子が悪いかもしれない、と言い始めた日からの記録だ。

最初のほうは文字がしっかりしているけど、だんだん、文字が弱弱しくなって最後のほうにはフラフラと歪んだ線がどうにか文字になってる、みたいになって亡くなる三日くらい前からはもう、記録が書かれてない。文字を書く力もなかったってことだ。

それで…お嬢さんが気にした部分って言うのは…。食事をした、ってことが書いてる部分。

「……全部、同じ相手と食事してる記録…?」

「…はい。私が葬儀中にニヤニヤしてると感じた人もこの人です。ここが最初、具合が悪そうだった日の…そこから数日同じ方と食事を。具合の悪さも
書き残してますけど…。」

「…食べた日ほど、体調が悪化してる…?これって…。」

「薬を…使われたのかも…断言はできませんし調べるのも…。」

取引先や商人仲間と、商談を交えたりしながら食事をすることは珍しいことじゃないし、記録されてる相手の商人は、昔から良いライバルだと旦那が話していた人だ。アタシも何度か会ったことがあるけど、なんというか目のギラギラした商人でちょっと苦手だった。

問題はそこじゃなくて、一緒に食事をした日にばかり悪化してる…有毒な薬を使われたんじゃ…?って疑いが出てくることだ。席を外した瞬間とか、よそ見をしているときとか、意外と細工をしようとすれば出来るし、されても気が付かないもんだったりする。

「…食べたその日なら残飯なり皿から探せそうだけど…日が経っちゃってて厳しいね…。」

毒を使うっていうのは、簡単だけど、証拠も残しやすいはず。詳しいことは分からないけど、食事に盛ったとして…絶対にわずかでもお皿や残飯に残ってるはずだ。毒そのものを完全に消すのは難しい。

中和剤を使ったところで今度は中和剤の痕跡とかも残るんだろうし。でも、旦那が食べた食事は食べ残してたとしてももうとっくに廃棄されてる。調べがつけようがない。

「…もし…もし…毒を盛られていたなら……どうしよう…ロットゲイムお姉さん
私…私…赦せそうに無いです…。」

「赦さなくて良いんだお嬢さん。本当に毒ならこれは病死じゃ無いし立派な殺人だよ。でも証拠がないって事になる。旦那の日記だけじゃ多分、苦しい。」

「…なんて事…記録されているから相手の名前も…食事したお店も分かっているのに…お父さんの棺だってもう、埋葬されてしまってる。」

お嬢さんがぎゅっと手を握りしめるのが解る。この人は優しいけれど、根っこは強いから…怒りや恨みの方向にそれが発揮されちゃうのは危ない。でも今それを発揮しちゃいたい気持ちだろう。大事な親父さんを、殺されたかもしれない、なんて思っちゃったら。

「…良いかいお嬢さん。自分で手を下そうなんてそれだけはダメだよ。」

「!ロットゲイムお姉さん…。」

「…アタシも本当ならコイツ引きずり出して、メガシャークのいる海に放り込んでやりたい所さ。でも、アタシ達が動いちゃったら旦那のしてきた事全部に泥を塗っちまう。」

旦那はまっとうな商人なのだ。悪いことはしてない。正直に商売をしてきただけの人なんだ。だからこそ、例の商人が本当に旦那を殺したんならアタシだって本気で復讐してやりたい。でも、そんなことをしたら旦那の真っ当さをアタシたちでぶち壊しちゃう事になっちまう。旦那の面目は汚しちゃいけない。

「…お嬢さん。もし、コイツが本当に毒盛ってたら報復してやりたいかい?」

「…本当なら。」

「…本気だね?」

「私にとって唯一血の繋がった家族だったんです…婆やもロットゲイムお姉さんも居るけど、血の繋がった人はお父さんしか…残ってなかったのに…!」

血を吐くような声でお嬢さんが言う。どれだけ哀しくて頭に来てるだろう。いつもニコニコしているお嬢さんが、これじゃまるで憤怒に取りつかれた死霊みたいじゃないか。こんな目に合わなきゃいけない理由なんてないはずなのに。

報復しようと思えば、たぶん簡単だ。アタシはそもそも戦えるから斧を担いであいつに襲い掛かればいいだけ。だけどそれはダメだ。さっきも考えたけど旦那がしてきたことを台無しにしちゃう。

海賊時代に噂を聞いたことがあった。裏仕事を引き受ける連中が出入りする酒場がある、って噂を。

表向きに報復するのも調べるのさえ難しいなら、そういう連中が頼みの綱になる。もちろんイエロージェットに垂れ込んでもいいけど、旦那の日記だけではきっとそんなに真剣にはとりあってくれないはず。彼らにはアタシたちが思ってる以上に仕事があるから。

「…アタシ、裏仕事をしてくれるって聞いたことがある店を当たってみるよ。ウルダハの方だからしばらく留守にしなくちゃならないけど…。」

「行ってきてください。ロットゲイムお姉さんが居ない間怖いけど…。でも、お店に行って応対できそうなのロットゲイムお姉さんだけでしょうし…。」

「うん。なら…どのくらいかかるか分からないけど…アタシが居ない間、なるだけ普段通りに過ごすんだよ。支度をして、すぐに行ってくるから。」

「はい。…気をつけてくださいね。」

「お嬢さんもだよ。少なくとも、しばらく外で食事はしないほうがいいし、アタシが帰るまではそもそも外出を控えておいた方が良いかも。本当にアイツ旦那に毒盛ったんなら…。アタシたちが疑ってるかもって考えて変なことするかもしれないからね。」

「…はい。」

アタシとしても旦那がもし、誰かに殺されたなら到底赦せそうに無い。

アタシが海賊上がりのゴロツキから専属護衛になれたのは旦那のおかげなのだ。旦那がアタシを雇ってくれなかったら今のアタシは存在しなかったんだ。手早く旅支度をして婆やには調べないといけない事がある、と告げて、すぐに家を出た。連絡船でザナラーンに向かう。

婆やはなんとなくアタシとお嬢さんが何を考えたのか分かったらしい。婆やは何があっても、貴女達の味方よ、と送り出してくれた。

連絡船に揺られている間お嬢さんに会った日からの事をグルグルと思い浮かべてた。

ゴロツキに絡まれたお嬢さんを助けてそのままお礼に、と家に連れてってもらってご飯を食べさせてもらってあれよあれよ、と住み込みで働くと決まって。旦那の仕事について行って迷惑かけたこともあった。

なにせ最初のころのアタシは文字の読み書きもできないし、お行儀よくってのが上手にできなかったから。けど旦那は気にしなくて良い、ちょっとずつ慣れてくれれば、って一度も声を荒げたことなかった。苦笑いはしてたけど。

ちょっとずつ覚えて手際が良くなれば、素晴らしい、良い感じだよ、と褒めてくれて。海賊時代に褒めてもらえるなんてのは無かったからね。凄く嬉しかったんだよ。

思い出してるうちに改めて哀しくなってきた。あんな優しい人がどうして。

殺されたと決まったわけじゃ無い。けど、殺されたんじゃって考えてしまう。
日記に書かれてた商人は確かに、商人仲間ではあるけど野心的な性格の奴と、アタシもお嬢さんも知ってた。

いつも目をギラギラさせて、上り詰めることを考えてて…。なんというか怖い奴だった。野心家ってのは別に悪いことじゃないよ?でも、手段を択ばないような雰囲気も持っていたから…。だから今、どうしてもそいつを疑いの目で見てしまう。

ザナラーンに着いて船を降りる頃にはすっかり目が赤くなってた。化粧をしてる人だったら、いろいろ剥がれ落ちて化け物みたいになってただろうね。アタシはお化粧しないから良いけど。

そこからは歩いて噂の酒場に向かう。この辺で有名なのはコッファー&コフィンだけどそこでは無い。

辺鄙な場所にあるその酒場はドライドロップって名前の店だ。旦那の仕事に着いてきた時にコッファー&コフィンの方は寄ったけどドライドロップは初めて入る。あるのは知ってたけど。

夕暮れ時を待って店に入る。いらっしゃい、という声を聞きつつカウンターまで行った。注文は?と聞かれてひとまず安酒を一杯。

コッファー&コフィンと大差なさそうな見てくれの店でたぶん、規模もあんまり変わらない。客のほとんどは鉱山労働者とか銅刃団とかで、客層としてもやっぱ大差ないと思う。大差ないからこそ、噂が本当なのか全然分からない。普通のお店にしか見えないし…。

店に入ってからもその受け答え中も本来の目的が気になって店を見回しては
ソワソワしちまう。

たぶん、店の人にも挙動不審具合が伝わってるけどその時のアタシにはそれを気にする余裕もなくてどう、店の連中に聞いたら良いか分からなくてソワソワしっぱなしでいた。

最初の1日はそんなザマでろくな情報も得られなくて。こういうのって切り出すのに結構度胸がいるんだね。船の上とか、護衛で暴漢に襲われたときに迎え撃つ方が楽なくらいだよ…。

次の日、改めて開店と同時に店に入る。昨日もいた店員が、少し警戒を込めた顔をしたけど昨日と同じように、注文を取りに来る。いつまでも委縮してたら話が進まない。お嬢さんを婆やと二人きりにしておくのは…アタシが心配だし、二人とも絶対に不安になっちゃうはずだ。

意を決して、安酒を運んできた店員が去ろうとするのを捕まえた。声は小さめにして、人を探してる、とだけ…。どう聞いたら良いか分からなくて捻り出した言葉に店員が怪訝そうな顔をした。伝わってないかも。一言だけでも声をかけたんだ、こうなりゃもうヤケ。

「色々頼まれてくれるってのがここに来るって話を聞いたんだ。」

「…悪いけど覚えがねぇな。」

建前上の返事なのか本当に知らないのか、判別はつかないけどその店員はすぐ、引っ込んで行って違う客の注文を取りに行ってしまった。

どう、聞いたら良いんだろう。あの聞き方では通じていないのか。それともそもそも噂は噂でしかなかったとか?勢いでお嬢さんを置いて飛び出してきたからには何か、掴んで行かないとならない。

けど、まさか他の客に聞こえるような会話で裏仕事をする連中を探しにきたとも言えない。

店の連中だって困るだろうしなにより、アタシがヤバい奴だと思われちまう。いやまあ、十分ヤバイけどさもともと海賊なんだし…。

ため息をつきながら、なんかもうどうしたらいいか分からなくなってチビチビ、飲んで居るとさっきと同じ店員が近寄って来る。

「ちょいと姉さん。表出てくれ。」「…は?」

「昨日も来てたようだけど安酒一つで長居されんのは困るぜ。ちょいとこっちへ来な。」

「…。」

ガタイのいい、日焼けしたハイランダーの男の店員が急かしてきて仕方なくカウンターを離れる。昨日も来てて、それでいて安酒一杯で頭抱えてたの、コイツ見てた上覚えてたのかい…。

他のお客が1人2人、こっちを気にしたけどちらっと見られただけ。酒場の喧騒でそこまで目立ってないのかそれとも、これは日常なのか。店の外に連れ出されてほかのお客が見えない柱の影に立たされる。さて何を言われんのか、されんのか。

「…人を探してる。色々頼まれてくれる連中が居るそう言ってたな?…どっから聞いた話だ姉さん。」

店に迷惑をかけんでくれ、とかそういう話が始まるのかと思っていたら…。違う。アタシが聞きたいほうの話だろうか。だとしたら…。

「え?…アタシは元々海賊でね。同じ海賊からさ。」

「…で、何を頼みたい。」

「…情報探しと…場合によっちゃヤバい事。」

ハイランダーの兄ちゃんの目つきが変わる。アタシの言ってる事が本当かどうか、見定めようとしてたっぽい…?店の中にいたときは、イカツイとはいえ、もうちょい当たりの良さそうな顔つきをしてたと思ったんだけど、今はなんか怖い。

「なるほど。冷やかしじゃ無さそうだな。…良いか姉さん。気配を殺して着いて来な。表向きに、アンタは迷惑だから摘み出した事になってるからな。」

「わかった。」

どうやら話が通じて居るらしい。腹くくって声をかけた甲斐があった。

男についていった先は店の裏口でそこから、店の中に入り直した。それから細い廊下を少し進んだところにある小さな部屋に案内された。表の、さっきまでいた店のホールからは見えない場所で個室な上、ドアにはわざとだろう、予約済、と札が下がってた。

「そこで大人しくしてな。」

簡単な椅子に座るように指示してから、ハイランダーの男は立ち去っていく。あまり広くはないけど寛げるだけのスペースがあって一応、テーブルにはメニューも置いてあった。あとは、小さなチェストが置いてあるっぽい。

寛げるスペースがあっても今のアタシにはリラックスなんて出来ないわけでソワソワ待っていたらものすごく、静かにドアが開いて音を立てずに、大柄な男が入って来た。なんというか音がしなさすぎてびっくりしたよ…。お化けかいアンタは。

見たことの無い種族…だと思う。さっきまでいたハイランダーの男より大きいがルガディンの男よりは小さい。アタシと変わらないかそれより大きいくらいの体格なのに腰がほっそりしている。

何よりコイツにはどうやら角が生えているらしい。代わりに耳が見当たらないような…。角が生えてるって牛とか羊のイメージしかないんだけど、ヒトにも生えるんだ?

「…そんなに角が珍しいか…?」

どこかからかうような声で言われてハッとした。自覚がなかったけどジロジロ見ちゃってたらしい。初めてみるものってのはそれがヒトでもモノでもついつい見つめちゃう。白い髪に黒い角がすごく映える。

「あぁ、ええと、ごめん。見たことない姿だったもんだから。」

「別に良い。もう慣れた。実際、アウラ族はこっちにはまだあまり入って来てないからな。」

物音を立てずにそいつが向かい合う位置に座る。アウラ族、って言うのか。確かに聞いたことが無い種族だ。なんでも、本来は遥か東方に住んでる種族だって補足してくれた。なるほどそれじゃ見かけることはそうそうないわ。

目元をマスクっていうか、仮面で隠していて素顔が見えなかった。これで果たして、前は見えてんのかな…?普通仮面って目のところに覗き穴があると思うんだけど、なんかそれらしいものが見当たらない気が…。普通に動いてるからたぶん平気なんだろうけど。

「…それで、情報が欲しいとか言ってると彼が言ってたな。」

「…あぁ、ええっと…。どっから説明しようかな…。」

急かすわけでもなくソイツはアタシが話し始めるのを黙って待ってた。こっちを見ているんだと思うけど、仮面のせいで視線がどこにいってんのか良く判らないのがちょっと不気味だわ。

ともかく旦那が亡くなった事。日記を見るに、毒を盛られたのでは?とアタシ達は疑ってる事。そこら辺を、説明して見た。

証拠が足りない。イエロージャケットに垂れ込むにしても、きっとアタシたちが被害妄想に取りつかれたんだろうって思われるんじゃないかって。

「…それで、そのアンタ達として疑わしい商人を調べろと。」

「…そういう事かな。疑わしいけど、確証はない。旦那の日記だけじゃ証拠としては弱いんじゃないかって…。」

「それで、もしその疑わしい商人が黒だったらどうする気だ?それこそイエロージャケットに突き出すのか?」

「…決めかねてる。一番良いのは其れだろうけどさ。」

「…まぁ、決めるのはあんた達だが…もし、消したくなったら手伝うぞ。金は払ってもらうがね。」

なんか今、すごいサラっと恐ろしいことを言わなかったかいこのにーちゃん。消したくなったら、って。要するに殺したくなったらってことでしょ?物凄い軽い言葉で言われた気がするよ…。

「…情報収集が仕事なんじゃ無かったのかい?」

「逆だ。」「…逆…?」

「俺の仕事は、殺す事だ。情報収集は本業じゃない。出来るからやるが。」

「…殺し屋だったのかい。」

「復讐専門のな。復讐したいならその代行もしよう。ウルダハもそうだがリムサ・ロミンサもその手の血なまぐさい話しは珍しくもない。」

珍しくないのかい…!と思わず大声を出しそうになったけど思いとどまった。海賊時代のことを考えればまぁ分からなくもない。海賊の船長ってのはみんな狙う席だから、まぁ有力者同士の腹の探り合いとかつぶし合いはなかったわけじゃないし。アタシは興味なかったんだけどね。

「…覚えとくよ。アンタに復讐お願いしたって今、頼めば疑われるのはお嬢さんだ。そんなの困る。」

たとえこの男に復讐代行を依頼するとしても今はダメだ。お嬢さんを疑われるのは避けたい。旦那のためにも。

「…ソイツがやった前提で話すが。その商人は余罪があるか、まだやるぞ。」

聞き捨てならない。いや、確かに平気で人に毒を盛るようなやつなら、余罪があるなりまたやるなり、可能性は高いだろうけど。

「…商売敵を蹴落とすのは骨が折れるが、殺せば済む。そう覚えたかもしれん。非力な奴でも、毒を扱えれば人は簡単に殺せるからな。…俺は毒殺は嫌いだが…。ともあれ、まずはソイツの情報を集めよう。数日欲しいな。」

「なら、アタシは一度お嬢さん所に帰るよ。…婆やが居るとはいえ傍を離れてるの心配なんだ。なんせ婆やはお婆ちゃんなわけだし、何かあったら二人ともが対抗手段持ってない。」

「それが良い。素人が毒に手を出して、人を殺したとなれば、被害者や遺族が自分を疑わないか疑心暗鬼になる。おそらく、アンタ達がおかしな動きをしてないか気になって仕方ないはずだ。普通の奴は、人を殺すなんて真似をしたら
しばらくマトモじゃ、いられなくなる。」

「…アンタはマトモで居られんの?」

ふと、口に出た疑問にソイツは一瞬驚いたような反応をした。マスクで目元の表情が見えないけど多分、驚いたんだと思う。口元が少し半開きになるみたいに動いてたから。

「…そうだな。普段通りだな。ある意味、相当にイカれてるな。」

「あぁごめん、なんか他意は無くて…ふと思った事が口に出ただけだよ。」

「気にしてないから心配するな。」

そんな話題を振ったなら、殺し屋のほうはどう思うのか?と疑問に思うのはいたって普通だろう、とソイツが言う。本当に気にはしてないらしい。最もこのくらいの発言で気にするようじゃ、殺し屋なんて仕事はたぶん出来ないんだろうね。

それにしても、なんかこの男、常に笑って居るように見える。目元を隠して居るから口元しか見えてないんだけどどこか、不敵な笑みを浮かべてる感じ。ニヤニヤしてるのとは違うんだけどね。なんというか…つかみどころがない。

「あぁ、えっとアタシはロットゲイムってんだ。よろしく。三日くらいしたらまた店に邪魔すればいいってこと?」

「そうだな、そうしてくれ。俺は絶影ーゼツエイー。店に来た時は、席に着く前にウェイターに《月の雫》を注文すると良い。俺を指定する合図になる。もう一度言っておくが、席に着く前だ。そこは気をつけろ。」

「…メニューに無かった品だね。席に着く前、が大事なんだねわかったよ。」

「裏の指定だからな。俺への指定は《月の雫》だが《他の》連中はまた別だ。席に座って指定の単語をいってもたぶん、相手にされんぞ。」

「…アンタだけじゃない訳か。ともあれ解ったよ。一度戻って情報しだいでどうするかお嬢さんと相談しとくよ。」

「そうすると良い。俺も仕事に出てくるか…ここで待っててくれ。」

「アタシは建前上、つまみ出された事になってんだよね解った。」

それじゃ、失礼。と、言い置いて絶影が入って来た時のように音を立てずに出て行く。何だろう、大柄なのにこの立てる物音の無さは。気味が悪い。

出て行った時に漸く気がついたけどアイツの種族は角だけじゃなく尻尾もあるらしい。トカゲの尻尾みたいなあんな感じの質感の尻尾だった。

「話しはついたみてぇだな。」

「!あぁ、さっきの。一応ね。三日くらいしたらまた邪魔するよ。」

「…絶影指名の合言葉はちゃんと聞いたか?」

「《月の雫》。」

「問題ねえな。じゃあ裏を開けてやるからそっからコッソリ帰りな。」

ここに連れて来てくれたハイランダーの男がまた、裏口へ誘導してくれてそのまま、手早く店を離れといた。ハイランダーの店員がこっちに目もくれずに店に戻っていく。アタシも急いで連絡船に乗りにいかないと。

リムサ・ロミンサに着いたのはそろそろ暗くなるような時間帯だった。夕焼けが過ぎて空が紺色になっていく時間。緊張していたからかなんか変に疲れた、と溜息をつきつつお嬢さんの家に近づいて様子がおかしいのに気がついた。

玄関が壊れてるっぽいのはどうしてなんだい…。玄関回りに置いてある植木鉢がひっくり返って割れて土が飛び出しちゃってるし、花も千切れちゃってしおれてるし。よくよく見たら窓も何枚か割れてる…。

まさかこれ襲われたの…?治安部隊のイエロージャケットが数人で家の周りをウロウロしてるのもそう言う事のせい?ちょっと待っとくれよだったら、婆やとお嬢さんは…?

良くない想像をせざる得ない状態だ。心臓の鼓動がちょっと早くなるのが解る。ともかくそこにいるイエロージャケットに聞いてみるしかない。

「何かあったのかい?」

「!ああ、君は確かこの家の…ロットゲイムさんだったか。」

「アタシの名前知ってるのかい?」

「ここのお嬢さんをゴロツキから助けた人だろう?覚えている。」

「…あの時のイエロージャケットか!って良く覚えてんね。それで…なんで家に?というかこの家の状況どういうこと…?荒らされ…てるのかいこれ。こんな状態で…婆やとお嬢さんは…?」

「…君を探してた。良くない知らせだけど伝えないとならない。」

「…え、何、まさかお嬢さんたちにも何かあったのかい。」

「…残念だがそのまさかだ。君の留守に誰か押し入ったようでね。お手伝いのお婆さんは怪我をして今、診療所だ。」

押し入ったって何事だい…!いやまぁ家の感じみるとそういう感じだけどさ。だからといってなんというか、理解はできるけど…できるけど!しかも婆やはケガしてるのかい…!

「なっ!押し入ったって…それでドアとか窓が壊れてるのかい…!婆やは病院で…えっ?ちょっとお嬢さんは!?」

「…申し上げにくいが何処かに連れていかれてるらしい。家のどこにも見当たらなくてね…。お婆さんから少しだけ話を聞いたけど犯人が分からない。いま、イエロージャケット達も行方を追ってる所だ。」

少しの間呼吸が出来なくなった。どうしてこんなことに…!?心臓の鼓動がもう一段階早くなって胸が痛い。気絶できちゃうほうが絶対楽だった。あいにく気絶はできなかったけど。そこそこ稼ぎのいい商家の若い娘が強引に連れてかれるなんて、絶対、ろくなことをされないよ…!

「なんてこった!何時頃そんな騒ぎに!?アタシは昨日から家を留守にしてたんだよ…!」

なんとか、止まっちゃってた息を再開させて呼吸を整えながら聞くべきことを聞く。しばらく息しなかったもんだから、ちょっと頭がボヤっとしちまったよ。ボヤっとしてる場合じゃないってのに…!

「昨晩遅くのようだ。お婆さんが怪我したままなんとか、助けを求めたようで…その時もう、真夜中だったそうだ。」

「アタシがもうちょっと早く帰ってれば…誰が連れ去ったのか分かってないって事だよね。」

「ああ。思い当たる人物や組織はあるか?」

「…あると言えばある。」

腹は立つは心配だわで、居ても立っても居られないがアタシ1人で暴走しても仕方ない。目の前のイエロージャケットが至って冷静なまま、話をしてくれてるのが今はありがたい。お陰でアタシもなんとか冷静でいられてる。

よく見たらなんだけど、彼も少しは動揺してるみたいで、口調や顔つきは平静のままだったけど、握りしめた手は震えてた。アタシに見えないように隠そうとしてたみたいだけど…。怒ってくれてるんだろうか。

とりあえず旦那が亡くなった話とそれを病死として受け止めなかったアタシ達の話をしておく。一通り聞いたイエロージャケットが神妙な顔で考え込んだ。

「…つまり、君たちが亡くなったジョゼフさんの関係で、調べて回るかもしれない、と思った件の商人が強行手段に出たかもしれない、と。」

「…俄かには信じられないとは思うけどね。」

「…いや、話してくれてありがとう。イエロージャケット達にも共有しよう。何分、情報が何もない状態だ。少しでも関係ありそうな話はしてもらうほうが良い。…今の話を聞いて少し気になることもあるな。」

「気になる事?」

「あぁ、確か食事会の後に具合を悪くした商人が居たような…そちらも万が一がある。明るくなったら、家を訪ねよう。」

「!?また やらかしてるかもしれないのかい!」

ドライドロップで絶影が言っていたことが頭にちらつく。余罪があるか、まだやるぞ。あいつはそう言ってた。その通りになってるかもしれないのかい…!でも、今、毒殺を疑ってる話をしたから…。毒さえ特定できれば助けられるはずだ。

「君の話を聞いてからだと毒を疑っておいた方が良いだろう。…そうだ、お婆さんを運んだのはこの診療所だ。俺は他のイエロージャケット達にも話を伝達してお嬢さんの捜索に加わりにいく。…君は…。」

婆やを運び込んだ診療所の場所と名前を書いた羊皮紙を、彼が手渡してくれる。ありがたい。様子を見に行ってあげなきゃ…。そのあとは…。

「…どこまで出来るか分からないけどアタシもお嬢さんを探しにいくよ。お嬢さんにまで何かあったら…ひとまず、婆やの様子を見たらにするけど。もし何か、手がかりを見つけたらイエロージャケットに知らせるよ。」

「分かった。くれぐれも、単独で敵地に乗り込むような真似はしないように。
この家には何人かイエロージャケットに待機してもらうよ。玄関が壊れているから…他人にこれ以上、荒らされても困るだろう。」

「分かった。家の事も、感謝するよ。」

「では。」

敬礼をして、本当にくれぐれも気をつけてくれ、と釘を刺してからイエロージャケットが走り去る。

アタシを止めてもムダ、と思ったんだろう。危ないから、待ってた方が良いと言いたげだったけど実際にかけてくれた言葉は無理すんな、だった。初めてお嬢さんに会った時のあのイエロージャケットだからアタシが本来血の気が荒いのを分かってたんだろう。

彼が言った通り家の周りには何人かイエロージャケットが見張りに立ってくれてる。ドアも窓もあちこち壊れてるみたいだからありがたい。ただでさえ住民が酷い目にあったのに、混乱に乗じて盗みでも働かれちゃたまらないからね。

「…探すってもどこ探そう…。…てか、彼奴に仕事頼んだばっかなんだよね…彼奴に連絡つかないかな。」

数時間前にあの角が生えた奴に情報収集を頼んだばっかなのだ。もしかしたら
リムサにもう来てるかもしんないか。でも…ああいう連中を捕まえるのってどうしたらいいだろうね。…冒険者ギルドの親分してるバデロンの親父とかなんか知らないかね…あのおっちゃん元傭兵だし、ヤバイ連中とも多少コネあるはずなんだけど…。

ああもう!お嬢さんの無事が気になるけどまずは婆やの様子見てこなきゃ!お嬢さんが心配なのは間違いないけど、婆やだってやっぱり大事な人なんだから同じくらい心配だよ。ケガもしてるって言うし…。

診療所の名前と場所が書いてある羊皮紙を確かめて、急いで診療所に向かう。ともかく、婆やに顔を見せて少しでも安心させてやらないと。

時間的に、診療所ももうすぐ閉まっちゃうがともかく、駆けつける。運良く、入り口で看護士が片付けをしようとしてて、その人にワケを説明するとむしろ良かった、と中に入れてくれた。身内の方が居なくて患者さんも不安がって居たし長くは無理だけど面会をしてあげてほしいって。

本当なら、面会してもいい時間なんてとっくに過ぎてるはずなんだけど、ありがたい。小さな診療所だから入院できる人も少ないらしくて婆やともう1人くらいしか入院してないらしい。婆やのいる部屋に案内してくれてから看護士さんが、帰るときには声をかけてね、と出入り口の方に戻っていく。

「婆や…!」

ベッドに横になった婆やは結構、シンドそうだった。顔色も悪いし、あちこち手当てを受けたと判る。

「…ロットゲイムさん…。」

「…ごめんよ婆や…もっと早く帰れてたら…。」

「…ロットゲイムさんのせいじゃないわ……私のほうこそごめんなさいね…お嬢さまが…。」

うっすら涙を浮かべて、婆やが謝ってくる。これはケガが痛いからじゃない。お嬢さんを守れなかったとか、何もできなかったって、そう思って流してる涙だ。婆やは何にも悪くないのに…!

「婆やのせいでも無いんだよ。こんなことする方がバカでしょ!…アタシは
イエロージャケット手伝って、お嬢さん探しにいくから…婆やはここで休んでるんだよ。…殴られたりしたんだね…酷い事する連中だ…。」

近寄って分かったけど青あざが顔にもある。年寄りにこんな怪我させるほど殴るなんて。なんて連中だ。アタシだって海賊だから相当なことをしてきたけど、さすがに老人や子供には手を上げなかったよ…。

「…ロットゲイムさん…お嬢さまをお願いします…でもどうか…無理はしないで…気をつけてちょうだいね…。」

「必ず助けてくるからね。婆やはお大事にして…怪我を治さないとね。」

「…えぇ、治して、美味しいご飯を用意できるようにしておかなくちゃ…。」

弱弱しくだけど、ようやく婆やが笑ってくれる。しゃべるだけでもアザが痛そうで、笑うのも痛かったろうに。でも正直笑顔をみれて、アタシはホっとした。多分婆やも、アタシの姿を見れて少しは安心してくれたんじゃないかな。

「うん、そうこなくちゃ。…じゃあ、行ってきます。」

「…気をつけて。」

そっと、婆やの手を撫でてから部屋から出て、案内してくれた看護士さんに礼を言って、外に出る。もうすっかり夜になってた。

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