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ロットゲイムの物語7:お嬢様と元海賊《新生》

 それからしばらく、ウルダハに滞在してて時々、《パッシング・マーシナリー》にも寄るようになった。刹はいないことのほうが多いみたいなんだけど、たまに鉢合わせたりはした。最も、店員状態だからあれこれ話したりはしないで軽く挨拶するだけ。家で働かないかって話はまだ返事してないんだけど、早く返事をしてくれとかは一度も言われなかった。そういう話したよな?と、アタシがちょっと不安になるぐらい全く振ってこない。ほんの一言二言、元気にしていたか冒険者は楽しいか、とやり取りがあったくらいだ。いや、返事はいつでもいいって本人が言ってたから気にすることではないんだろうけど。アタシとしてはまだ決めかねてるのも事実で。

なんせ、お嬢さんのところを出てきたばっかりでサクっと別の家に勤めだすってのもなんかモヤっとくるじゃん?一応違いがあるのもわかっているけどさ。お嬢さんのところには常に居るのが仕事だったけど、刹んとこの場合は常に居なくても良い。そこの差は大きいからお嬢さんとこの仕事とは違うのは分かってる。んだけど…冒険者やってくるからって護衛をやめて出てきた手前、ちょっと気まずい気持ちになっちゃう。

 あ、あのおチビさんを助けた後にお嬢さんにはお手紙出したんだけど、お返事をすぐに書いてくれてて。元気そうでよかったって言うのと、一緒に贈った品物のお礼。最近のお家の様子を色々知らせてくれた。なんでも、さすがに歳になってきたから婆やの後継をそろそろって婆やが自分で言い出して、今、若いお手伝いさんが一人見習いで来ているんだとか。婆やのお孫さんなんだって。その子が気は良いんだけどおっちょこちょいで凄く可愛くて楽しいって。会ってみたいからどこかで帰ってみなきゃ。

アルフレッドの若旦那も元気にしてて…お嬢さん曰く、随分笑うようになったんです、とのことだ。商人家業に慣れてきたのかな?真面目が取りえなのはいいけど、表情も乏しい人だったからもうちょっと愛想よく…って昔からいるベテランの仕事仲間に度々言われてたんだけど。みんな元気そうだし、楽しそうにしてるみたいで安心したよ。たまには会いに来てくださいね、お体には気を付けて、って言葉で〆てあったお手紙は冒険用の鞄の底のほうに入れておいた。なんか持ち歩きたくなっちゃって。お手紙がお守りみたいな気持ち。そういえばお嬢さんとお手紙でやりとりするなんて多分、初めてだね。いつもは直接お話してたんだし。

 一月ほど、ウルダハとその近辺をウロウロする生活をして過ごして、明日あたりからドライボーンのほうに出発してみようかなと思っていた時だ。マーケットで装備を新調できるか確認してたら、見覚えのある顔が見えた。あれ、この人どこで見たっけ…?って考えてたら向こうがアタシに気がついた。小さなルガディンの女の人。アタシの顔を見て、ぱっと明るい顔になるのが解る。やっぱ見た事あるぞこの人。ええと。アレ?イエロージャケットやってなかったけ?確か、お嬢さんのことで何度か世話になったあの人でしょアナタ。人波をごめんなさーいと言いながら縫って抜けてきて、アタシの前までやってきた彼女がとっても嬉しそうな顔をしててなんかつられて笑っちゃう。そうそう、思い出した。ちっちゃなルガディンの新月だ!

「ロットゲイムさんよね?お久しぶりね~!」

相変わらずのちょっと間延びした感じの、嬉しそうで明るい声。元気そうだとソレだけで判るからなんか良く判らないけど嬉しい。同時になんだか久々すぎて気恥ずかしいねえ。元気にしていた?と彼女が子供みたいに両手でアタシの腕をぽんぽんしてくる。体の小さい人だから余計かわいく見えちゃうね。体格はしっかりしてるのに。

「久しぶりだねえ。ってなんでここにいるんだい新月。イエロージャケットの仕事は?」
「あ~、そっかお嬢さんの結婚式以来、会ってないものね。」

そうそう、新月はお嬢さんの結婚式にも来てくれてるのだ。若旦那と同僚だったわけだし、お嬢さんがらみで路地の暴漢連中の騒ぎも、誘拐騒ぎも協力してくれた一人だからって招待したんだよね。言われてみれば、あれっきり会ってなかったね。町中の警備をしていたこともあるから、そういう時は顔を合わせて挨拶したりもしたんだけど…見かけなくなってたし。イエロージャケットだって持ち場が時々変わるから、それでリムサ・ロミンサの都市から外に異動になったのかなと思ってたよ。

「辞めたの~。」
「え?イエロージャケット退役したの?」

そうなのよ~と新月が苦笑いを浮かべる。驚いた?と言いたそうだ。正直驚いたよ。なんでも、お嬢さんの結婚の後、しばらくしてイエロージャケットを辞めたらしい。彼らは一応軍人の扱いだし、警備の仕事も大変だからハードだったんだろうけど、なんでまた?

「ホントは冒険者やりたかったのよね~。」
「あ、そうだったの?」
「うん。でも両親から反対されちゃってて。お姉ちゃんが一人いるんだけど、お姉ちゃんはささっと冒険者になっちゃってね、私もそうしようとしてたんだけど…。」

お姉ちゃんが冒険者になった時は有無を言わさず、家を出てっちゃったから止める暇が無かったって、私が同じことしようとしたら猛反対されちゃって…。しょうがないからイエロージャケットに入ることにしてタイミングを待ってたの、と新月が説明する。というか、お姉ちゃん居たんだね。親御さんが反対するのは分からなくもないよ?冒険者って下手すると軍人より危なくてハードなことするし。でもイエロージャケットも大概、結構に危ないお仕事だと思うんだけど…。派遣場所によるんだろうけどさ。新月はたまたま都市方面が任地だっただけかもしれないけど、サハギン族が根城にしてるハーフストーンって辺りとか、モグラがしゃべってるみたいな感じのコボルド族、なんてのが本拠地にしてるオーバールックのあたりとかだったらかなり危険だ。なんせ、そいつ等に定期的に襲われる。どっちもヤバい連中なんだけど、金属加工や錬金術にも優れてるコボルド族は相当にヤバイ。なんせ爆弾やらを作り出せる。それも相当強力なやつ。あれをまともに食らったら…下手したら体がバラバラになっちまう。運よく助かったとしても手足を欠損したりする可能性も高い。そんなところに我が子を送り込むのを喜ぶやつは…たぶんそんなに居ないっしょ。それでも冒険者というやつのほうが危険に感じるんだろうね。危険意外にも不安定ってのは確かだ。お給料を必ずもらえるわけじゃないし。請け負った仕事の分しか報酬は貰えないわけだし、請け負えるものにも限界がある。出来ないものは出来ないからね、当たり前だけど。駆け出しの冒険者が出来る仕事は簡単に見えるけど駆け出しには難しいし、その割にそこまでの額は貰えない。自分が強くなっていかないと、美味しい仕事ってのはこなせないもんでね。

「冒険者もイエロージャケットもそんなに変わらず危険なお仕事よって説明したんだけど納得してもらえなかったのよね~。」
「…心配なのはわかるけど、そりゃ新月、悲しかったろうに。」

しばらくイエロージャケットで働いて、そろそろ好きなことしてもいいかしら、とスパっといきなり辞めたらしい。親御さんビックリしたろうね。当然、どうして辞めてきた、と大騒ぎになったそうなんだけど…大騒ぎしたのは親御さんだけではなかったそうだ。新月本人は、至ってしれっとしていてだいぶ頑張ったからあとは好きなことをするわ~とフワっと構えてたらしいんだけど…。その騒動中に普段はお家にほとんど帰ってこないお姉ちゃんが、なぜそのタイミングで?という絶妙な所に帰ってきたそうだ。騒ぎを見てすぐに何が起きたのか察したお姉ちゃんが、ご両親に雷を落としたそうだ。

—いつまでこの子を父さんと母さんの檻に閉じ込めとく気なのさ!新月の人生なんだから好きにさせなさいよ!心配するのと干渉して閉じ込めるのは別物なんだよ!いい加減にしろ!—

その剣幕に両親のみならず、新月もびっくりしてポカーンとなったそうだ。いきなり帰ってきた時点でびっくりしてたのに怒鳴り声をあげるとはさらにビックリしちゃった~、とフワフワした声で新月が言う。その瞬間じゃない過去を思い出すしゃべりだからだろうけど、全然ビックリしたように感じないからちょっと笑っちゃったよ。結局のところ、そのお姉さんの雷で親御さんはとうとう折れたらしい。そこからはスムーズに冒険者登録をしたり旅支度をしたりが出来たそうだ。なんでも、お姉さんが、新月が冒険者として登録が済んで出発するまで、家で見張っててくれたらしい。私は両親を相手にしたら出ていけない、と思ってさっさと無理やり出ていっちゃったからそのせいで息苦しい想いをさせちゃってごめんね、って言われたわ。お姉ちゃんのせいじゃないんだけど…でも嬉しかったわ~全力で味方してくれて、と新月がニコニコしながら言う。いいお姉ちゃんだねえ。…でも一緒に組んで冒険とかはしないのかな?一緒にいる様子はないね?一緒じゃないのかい?と聞いてみたら、基本的にはお互い好きな冒険をしてるわね~お姉ちゃんのほうがエネルギッシュなの。私、のんびりだから~とのことだ。聞いてる限り、だいぶパワーが有り余ってるお姉ちゃんだもんね。いきなり家を飛び出してるわけだし、帰ってきたと思ったら雷が落ちるし。それでいて確かに新月はちょっとこう、のほーんとしてるというか、本人が言うようにのんびりなんだろう。イエロージャケットやってた時よりもフニャっとしてるように感じるのは多分、気のせいじゃない。イエロージャケット中は彼女なりに気を張ってたんだね、これは。ってことは多少なり、無理をしてたってことだ。お姉ちゃんはそれに気が付いてたんだろうね。

「あ、ロットゲイムさんも冒険者になったのよね?お仲間ね~。」
「まだ駆け出しだけどね。新月のほうが先輩だねえ。」
「ほんのちょっとだけね~。」

うふふ、と新月が楽しそうに笑う。心なしか笑顔も、イエロージャケット時代より今のほうが柔らかい。二人でなつかしさと久々に会えた嬉しさであれこれと話をしていたら、新月の肩を誰かがトントンと叩いた。あ、と新月が何かに気がついたような顔になってから振り返る。アタシもつられて視線を上げて、あれっと思う。やや困った顔に見える刹が立ってた。前に会った時みたいな軽装とは違って、鎧を着てるから重装備だろう。え?鎧も着れるのかいコイツ。装備って向き不向きがあって、コイツがやる双剣士とかは重い装備は着ないはずだ。なんせ、身軽さや奇襲が得意な職だから動きを阻害する重い装備を嫌うはず。だけど今着てるのは…どう見ても甲冑だね。騎士とかが着るような。

「あ~…ごめん刹ちゃん。」

新月の呼びかけかたに、どのくらいぶりかズッコケそうになる。確か絶影名乗ってるときも、絶影ちゃんって呼んでたよねこの人…。ぜんぜん似合わない呼びかけだよ!

「荷物を整頓してくるというから待ってたんだが…。アンタに遭遇してたんだな。納得した。」
「久しぶりにお会いしたからうれしくなっちゃって…。待たせちゃってごめんなさい。」
「急いでないから構わんさ。」
「なんだ、組んで出かけるとこだったのかい?」

そうだ、と刹と新月が二人そろって頷く。なんでも《仕事》からの縁で今でも親しくしてるらしい。それでいて、これから東ザナラーンにある見えざる都ってところを見に行くんだって。昔の王朝の遺跡か何かなんだとか。ウルダハ回りって結構、一個の国が分裂したとかその分裂した同士で戦争してた、とかそういう建国にまつわる争いの話があるらしい。ちょっとややこしくてまだ覚えていないんだけど…。西ザナラーンに残ってる遺跡は…シラディハ朝、とかいう国の遺跡だったかな?なんでもベラフディアっていう国で内部分裂が起きたときに、シラディハとウルダハに分かれたとかで。ってことはウルダハはそのころに出来上がって、そのまま保ってるってことになるんだね。もうここだけで国名が三つ出て来てて正直な話混乱する。とりあえずこの話はちょっと脇においとこう。私の方は、ドライボーンに行ってみようと思っていたんだと説明する。エーテライトもあるし、交感して記録をつけながら周辺の見物もして回ろうと思ってた、と。二人がお互いの顔を見合わせて、軽く新月が首をかしげる仕草をした。刹が特に気にした様子なく小さくうなずくのが見える。

「一緒にくる?」

新月がそう聞いてきて、えっとなる。確かにドライボーンがあるのも東ザナラーンだし、一人で行くよりは安全だろうし…楽しいだろうけど。良いのかな。なんか男女二人並んでるってだけで変な遠慮が顔を出すね。冒険者同士となれば、男女だろがなんだろうが戦力としてみるべきだろうけど。

「…大方予想がつくが、そういう間柄ではないぞ。」
「そうね~お友達ね。」

刹は苦笑いして、新月は面白そうにうふふと笑う。アタシがなんとなく遠慮したほうがいいのでは?と思ったのが筒抜けだ。この人たちの察しがいいのか、アタシが顔に出しちゃってるのかどっちだろう。後者な気がするけどさ…気を付けたほうがいいかなこれ。

「せっかくだからご一緒しましょう?そのほうが安全だし。」
「…正直ありがたいよ。初めて行く場所だし、アタシはまだひよっこだしね。じゃあよろしくお願いするよ。」
「決まりね~。ロットゲイムさん、幻術士の支度してるみたいだし丁度いいんじゃないかしら。」

新月の言う通り、今日は幻術士の支度をしてきた。一人で結構な距離をうろつくつもりだったからケガに対応できるようにってつもりでこの支度だったんだけど…。新月が言うに、彼女は今、使ったことがあんまりない弓の訓練をしている最中。そんでもって刹が不慣れな新月を補ってやるために前に出て敵を引き付けられるように、ナイトの支度をしてきたんだそうだ。なんでも、刹は冒険者に開放された職種を一通り触りたがるらしい。結果的にほとんどの職種をある程度こなせるんだってさ。器用なうえにモノ好きだね…。だからやろうと思えば、魔道士の役も出来るし、回復役も出来るし、アタシや新月が出来る斧を担いで切り込んでいく役回りも出来るらしい。そのうえで装備を直したり、仕立てたりするのも好んで自分でやるとか。物好きすぎない?アタシめんどくさくて無理だよ…。海賊時代はだいたい、専門職というか、担当が決まってたからアタシは戦闘員と船医もどきをやってれば事足りたからね。装備を整えたり、食事の支度をしたり、なんてのは別の連中が専門にやってた。もちろん、けが人とか病人が出たときは話が別だよ?そこらは臨機応変にしてきたけど、それでもアタシは不器用なほうだったから出来て甲板の掃除くらいだったね。あと見張りね。刹はいうなればそういうのを、時と場合で全部ある程度の練度で出来るってことなんだろう。器用すぎ。

「触れるならアレコレ触りたいと思ってるな。そのほうが見知らぬ仲間と組んだとき連携もしやすい。使える技が理解できてれば協力しやすいだろ。」
「理屈は解るけど、どう考えても物好きだよあんた。」

自覚してるぞ、と刹が肩をすくめる。それから、かるく視線を新月に投げた。そうね~と新月が上を見る。空を見てるから時間の確認だろうか。つられて見上げて、まぶしいなと思う。今日はいいお天気だった。

「ブラックブラッシュで一晩泊るのがいいかしらね。」
「そうするか。…朝はすまんが頼む。」
「ふふふ…分かったわ。」

朝の何を頼むんだろうか?と思ったが、二人が促すのでひとまず出発しようとナル大門のほうへ向かう。マーケットの近くにあるのはザル大門ってやつで、今回行きたいと思ってる東ザナラーンからは遠い出入口になっちゃうからだ。ザル大門は、南ザナラーンっていうザナラーン地方の中でも格別に暑いほうに行くときに使う。どのくらい暑いか分からないんだけど、なんでも熱波になっちゃうことがあるとか。砂漠地帯があるらしいから、そういう事なんだろう。砂漠といったら日陰もないし水場も少ないって相場が決まってる。本でしか読んだことないけどそういうイメージしかない。本に書かれてるのは架空の物語だったから、絶対にそういうものってわけじゃないんだろうけど…砂漠が出てくる話のだとだいたいそういうモノだった。砂だらけで暑くて、どっかにオアシスっていう水源がちょこんとある、みたいな。そういう感じ。確か南ザナラーンにもオアシスがあったはず。ミコッテたちの一族が管理してるって話の。そのうちそっちも行きたいね。中央ザナラーンにつながるナル大門の近くにはチョコボ屋さんがいるんだけど、今回はせっかくだし歩こう、と歩いてザナラーンに出ることになった。

「疲れたら無理しないで言ってくれ。」
「はいよ。アンタたちに比べたら、まだ旅慣れてないだろうしねアタシ。」
「とはいえ、私もイエロージャケットしてたし、ロットゲイムさんも海賊だったし体力はあるわね~。」
「ああ、それは確かにそうだねぇ。」

ウルダハの城壁の外へ出る。幸い、今日は砂塵じゃないから砂だらけになる心配はないはず。いいお天気だから、ちょっとまぶしい。乾燥しているからだけど、この中央ザナラーンも十分に暑い。水が少ない地域なのに変わりはないから、あまり植物も無い。無いわけではないんだけど、日陰を探そうとすると少ないって感じだろうか。でっかい樹がまばらに生えてはいるんだけど、いわゆる葉っぱが生い茂る感じではなくて幹が太くて背が高くて、葉っぱは控えめな見た目をしてるのがほとんど。あとは、サボテンがチラホラと、短い雑草がちょろっと生えてる。

リムサ・ロミンサを陸路で出てすぐのラノシアって場所だと、もっと草もいっぱいだし、木の数だって多い。なによりあっちは、オレンジ農園だってある。中央ザナラーンにも小さな農園があるけど、あの感じだと作れる作物は限られそうだなと思うね。なんせ水が近くには無いんだから。人間にせよほかの動物にせよ植物にせよ、水が無いってのは生きていきづらい。そういう環境に適応した凄い連中もいるけどさ。

あまり速足ではなく、ゆっくりめに歩いてまずはブラックブラッシュ停留所って場所を目指す。鉱山から採掘してきた鉱石やら、ウルダハからの物資やらをトロッコとかで運ぶ中継地点で、ブラックブラッシュで鉱石そのものの加工もしたりするらしい。詳しくは分からないけど、確かにあそこはなんか煙が上がってることが多い。金属の加工には火が必要で、火を熾すには何かを燃やしたりしないとならないわけで…そうすると煙がずっと出てることになる。消すことはあんまり無いんじゃないかね?一度、火の温度を下げちゃうと元の温度に戻すのがめちゃくちゃ大変だから。遠くに見えてる煙を観つつ、刹が一番前を歩いて、その後ろにアタシと新月が並ぶ。歩きながら二人の話を聞いてみたら、行こうとしてた見えざる都は何度か近くを通ったりしたんだけどゆっくり見たことが無かったから、せっかくだしじっくり見てみようって話になって二人で行くことにしたんだってさ。んでそれの支度をしてるところで、アタシと新月が遭遇したってわけ。刹はもう支度が済んでたからナル大門のところで待ってたんだって。で、なかなか新月が戻らないからってんで迎えにマーケットまで来たらしい。

足止めしちゃったけど、おかげで一緒に来られたねえ。誰かと組んでどこかに行くってのはまだしたことなかったから、すごく嬉しいし楽しい。会話をしながら歩けるのは楽しいもんだね。不思議と疲労感も減る。最も、ここがそこまで危険な魔物がいないから出来る事だ。アタシ一人でも対処できるような強さの魔物たちが時々通りがかるけど、こっちから手を出さなければ向こうも襲ってはこない。回り中を危険な魔物たちが歩き回ってたら、さすがに悠長に雑談しながら歩くなんてことは出来ないからね。音に反応して襲ってくる連中だっている。そいつらは目の前を通らなくても、物音に気がついて血気盛んに襲い掛かってきたりする。そういう場所では仕草だとか視線で意思の疎通をするけど、ここでならまだ、話していても大丈夫だね。

ただ、雑談してると楽しいんだけど口が乾燥するのはちょっと辛い。乾燥した土地ってのは、歩いてるだけで自分も乾燥してくるもので…。普通に快適な場所で過ごしていたって喉は乾くし乾燥もするけど、土地そのものが渇いてるとそれが酷くなる。普通より早く喉が渇くし、皮膚が乾燥していくのも感じられる。カサカサ感すごい。しゃべってりゃ当然、口の中の乾燥も早まる。でも喋っちゃうんだけど。気が付いたら先頭を歩いてる刹は外套を羽織ってた。たぶん、鎧が熱を持つのを避けるために。それなりに日差しが強いから、そのほうが良いだろうね。日の光を浴びたり外気の熱を吸っちゃったりして、鎧はすごい熱くなるのだ。そうなると着てる側にはもちろん負担になる。ついでに口が乾燥するのが億劫なのか、刹は途中からあんまり話に入ってこなくなった。酒場で会ったりしたときの感じからすると、コイツはお喋りなほうだと思うけど…。新月が気にしてないあたり、多分、心配しないとならない無言ではないだろう。体調が悪くなった、とかならさすがに本人が言うだろうし。先頭を歩くのは結構疲れるから、あんまり疲れないようにしようと思ったのかも。多少なり振り返らないと、アタシらと会話しづらい位置を歩いてるしね。ちょこちょこ振り返るって結構メンドイもんなんだよ。

 ザナラーンは乾燥してて水が少ないのは間違いないんだけど、中央ザナラーンのブラックブラッシュへ続く道の近くには水辺がある。宿に泊まらずに金を節約してる冒険者たちが共同でキャンプ張ってる場所があるんだけど、そこの側だ。大きな岩がドカッと真ん中にあって、その周りをぐるっと水が流れている。よく見ると円形になった奥の方に洞窟がつながってて、水はそっちから来てて、流れた水は崖を流れ落ちる滝になって、下にあるなんかの遺跡のほうに注いでいってる。そっちの遺跡もそのうちゆっくり見たいね。今回はそっちはパスしちゃうんだけど。新月が言うには、ブラックブラッシュを超えた先に浅いけど大き目な泉があるんだそうで、水はそこから冒険者キャンプのほうまでつながってるんだとか。これだけ乾燥した土地なのに、枯れていく様子はないあたり…見えない位置…地下とかにちゃんと水源はあるんだろうね。それでも土地が痩せてるように感じるのは…水だけの問題じゃないのかも。土も弱いのかもしれない。栄養価の高い土と低い土ってあるもんね。

 水辺を渡る橋の上を通る時はちょっと涼しく感じる。このちっちゃな水辺の面白いところは、なんか間欠泉みたいのがあることだ。間欠泉と言えば温泉なイメージがアタシにはあるんだけど、ここのは水が吹きだしてるっぽい。丁度、通りがかったときに勢いよく水が岩の隙間から噴き出したけど、霧吹きでシューっとされてるように感じて気持ちいい。刹は水しぶきに一瞥をくれただけだったけど、新月とアタシは冷たくて気持ちいいとちょっとはしゃいじゃったね。なかなか迫力満点。ここアタシ好きだよ。冒険者の仕事で疲れたときに橋のとこで座って水が吹きだすの見ながら、飛沫浴びてるとちょっとスッキリするのさ。まぁ砂塵の時はさすがに素直に宿に帰るけど…。


 橋を渡った後はしばらく道なりに進む。なんもない荒野みたいに感じるけど、ちゃんと道があるし、外灯もまばらながら立ててあるあたり、このあたりはちゃんとウルダハが管理をしてると判る。歩いていくと判るけど、途中で分かれ道があって…西に向かう道が枝分かれで顔を出す。それからその別れ道のすぐ側に、コッファー&コフィンって酒場がある。傭兵やら冒険者やら、鉱山労働者が飲食に来る割とこのあたりでは馴染の深い酒場。アタシも入ったことあるよ。刹が殺し屋の絶影として出入りしてるドライドロップと違って、ここは普通の酒場…なんじゃないかね。ちなみに西の方への別れ道に進むと、そのまま西ザナラーンに出ることになるんだ。アタシと刹がおチビさんの宝石泥棒を追いかけてるときに会った土地だね。あの悪名高いササモの八十階段のある。なんかパッシング・マーシナリー…刹が時々仕事してる酒場のマスターによると、あの階段ってササモっていう名前の謀反を企てたララフェルの王女を罰するために使った階段だったそうで、あそこを重荷を担いだままで往復しろって刑罰を科したんだとか。…ササモ王女が何歳で謀反しようとしたのか知らないけど、王女様に大荷物背負わせてあの階段を何往復もさせる、とかなかなかにエグイ懲罰だよね。最も国をひっくり返す謀反なんて超のつく大罪だろうから無理もないんだろうけどさ。結局往復仕切る前に力つきちゃったそうだけど…それは体力が尽きて倒れただけなのか、命的な意味で力尽きちゃったのか…どっちなんだろうね?酒場と西へ続く道を見て思わず考えちゃったけど、もうブラックブラッシュが見えて来てる。ここの道って両側に岩壁がそそり立っててちょっと独特なんだけど、東側の壁は…実はトンネルになってて、トロッコを走らせる線路が敷いてあるんだよね。そっちを歩くことも出来るんだけど、あっちだと上り下りが激しいし、トンネルだから風景もくそもなくて面白くないってんで外のルートを歩いてる。砂塵の時や日照りが酷いときなんかは、あえてそっちを行くのも良いと思うけどね。日差しも砂もトンネルの中なら関係ないもんさ。ただトロッコ通るから線路の上はボンヤリ歩かない方が良いね。轢かれたら多分死ぬ。どんくらいの速さで走るか知らないけどさ。

 暑い中歩いてると、あともうちょっとの場所がえらく遠く感じることがあるけど、完全にそれで見え始めてからブラックブラッシュに着くまで、随分時間がかかったように感じちゃったよ。暑かった。っていうかまだ暑い。到着するちょっと前に、刹がボソッと、夕方に移動するべきだったなとこぼしていた。丁度今が一番熱いんだろうね…時間的に。ともかく、その一番気温が暑い時間にブラックブラッシュに着いた。大きなエーテライトが不思議な音を立ててゆっくり回転してる。いったん日陰に入って、ちょっと一息だ。暑い。新月も刹も、並んで日陰になった場所に座り込む。ガシャンと音がするのは刹の鎧だろう。足音を立てないイメージがめちゃくちゃあるけど、鎧を着ていたせいなのか、ここに来るまでの道中は普通に音を立ててた。鎧着てる人の足音って特徴的だよね。がしょんがしょん言うからさ。それとも、消す必要が無いから音を立ててたのか。まぁどっちでもいいや。手のひらで顔を扇いでたら、どうぞ、と新月が水筒を渡してくれる。革でできたやつだから、ちょっと匂いが付くんだけど贅沢は言えない。お礼を言って、少し飲ませてもらってすぐに返した。さすがに温くはなってるけど、水分がとれるってだけでありがたいもんだね。アタシ、新月、刹っていう並び順で並んで座ってたんだけど、刹の方から何か回ってきて新月が笑いながらアタシにそれを手渡してくれる。何かと思ったら、黒い色のツヤツヤしたバブルチョコと白いツヤツヤのパールチョコだった。回りをコーティングしてあるから溶けにくいやつだ。…それにしたってなんでチョコレートが出てくるんだい?

「刹ちゃんのオヤツよ。」
「…はい?」

新月が言うには、刹は常日頃なにかしら甘いものを持ち歩いてるらしい。一緒に冒険に出ると、休憩のときに必ず何かオヤツが出てくるんだそうだ。チョコだったりクッキーだったり、果物の干したやつだったり。…確かケーキ焼けるって話してたけどもしかして本人が甘いもの食うの好きなの?アタシが疑問に思ってるのに気が付いてるのか気が付いてないのか、新月の向こう側にいる本人は真顔のままで、チョコを食べてた。こっちを気にしてないから気が付いてないんだろうね多分。新月がどこか面白そうな顔してるのは、オヤツが出てくるのが彼女的に面白いんだろう。面白いっていうかなんで出てきたのっていう気持ちのほうがアタシは強いね…。いや、疲れてるときとかちょっと休憩なんてときに軽食をとるのは良いことなんだけどさ。冒険者って動きまくるから消耗も激しくて、その分こまめの補充したほうがいいのは確かだよ。そういう意味でも持ち歩いてるんだろうけど…でも甘いものじゃなくてもいいはず…だよね?干し肉とかさ。そんなこと考えたら、宿が空いてるか聞いてくる、と刹が立ちあがった。一応、ここにある小さな宿も冒険者も金さえあれば泊めてもらえるはずだけど、空いてないと無理だしね。無理だったら、交代で野宿だねえ。いってらっしゃ~いと新月が軽く手を振って見送ってる。ぱっとみ全然仲良しな感じには見えない見た目の二人だから面白いねえ。

「できれば中で休みたいわね~。」
「贅沢は言わないけど、そのほうが楽だもんねえ。」

冒険者やってれば野宿なんて当たり前だし、それこそ海賊解散したときは家もないし金もなかったからテキトウに海辺とかラノシアの原っぱで寝てたけどさ。あれは結構疲れるんだよ。寝てるはずのなのに体が凝るから休めた気がしないって言うか。慣れちゃうんだけどね、そのうち。10分くらいして、刹が帰ってくる。運よく空いてたから泊れる、と教えてくれた。ありがたい。だったら日差しが暑いし、中に入って休もうと宿の中に移動する。ウルダハの連中てのは金がすべてっていう価値観のやつが多い。もともと商売熱心なのか、なんでなのかちょっと分からないんだけど。リムサロミンサの商人たちとはまたちょっと違う気質だと思う。だから、宿なんかも金持ってなさそうな冒険者には態度がキツかったりするんだけど…。中に入って、部屋に入るまで、店員は特に迷惑そうな顔はしなかった。ちなみに部屋は一人部屋で、寝るためのベッドと机が一個置いてあるだけみたいな、本当に泊るスペースがあるだけって感じの部屋だ。そのうえでしっかりしたドアってもない。ドア自体はあるんだけど、背の低いドアで、部屋の中が見えるようになってる。中でやましいことしてないか見張れるようになってんだよね。見られてる側としては落ち着かないけどそこまで頻繁に店員は廊下を通らない…と思う。寝るまでは暇だし、新月のいる部屋にでも行こうと思ったら新月の方からやってきた。狭い部屋だからアタシはベッドに座って、新月が机の所のちっちゃな椅子に座る。刹はどうしてるか分からないけど、顔を出してこない。…アタシらが女二人じゃ無理も無いか。アタシが気にする素振りをしたからだろう、新月もちょっと考える仕草をした。多分、退屈なら遠慮せずにこっちにきて入っていいか確認はしてくると思うんだけど、と前置きして、もしかすると刹ちゃんはお昼寝するかも、と言う。なんでもアイツは夜型人間なんだそうだ。

「…仕事の関係もあるんだろうねえ、そりゃ。」
「たぶんね~私も突っ込んで聞かないから…。」
「いや、聞かない方が身のためでしょ。」
「うん。確実に知らない方が良い話ね~。」

まあ私たちは、ちょっととはいえ知っちゃってるから実はすでに危ないのよね~と新月がニコニコしている。ニコニコして話すことなのかい?それ…。イエロージェケットの時は気にならなかったけど、もしかして新月は天然ちゃんなんだろうか?イエロージャケット中はもっとシャキっとしてたと思うんだけどな…。いや、冒険者になりたかって話を聞いたときにも思ったけど、たぶんこっちが本来の新月なんだろうけどさ。頑張って気を張ってシャキっとしていたんだろうから。アルフレッドの若旦那は素がああいう生真面目の優等生みたいな人っぽいけど、新月の場合はしっかりしてる人を装ってたのかもしれないね。そういうのは疲れたろうねえ…。二人でさっきの間欠泉は気持ちよかったね、とか宿に来るまでの道中の事を思い出しながら話していたら、ノックをされる。薄っぺらい、中の覗けちゃうようなドアだからすぐ誰だか解るんだけどさ。刹が片手でノックをしてた。アイツはデカイから完全に部屋にいるアタシらからも上半身が見えてる。一応遠慮してくれてるのか、視線はこっちを見てない。アタシが入っていいよと言うと、すまんさすがに暇だ、と言いながら入ってきた。新月がアタシの隣に移動して座り直してから、刹が机のところのちっこい椅子に座る。大柄な種族三人が狭い部屋にいるとさすがになんか圧迫感があるね。ついでに、新月も刹も、貴重品だけはきちんと持ち込んでた。鍵かけられるとは言え、中覗ける構造だから警戒はしたほうがいい。世の中にはいろんな奴がいるのだ。店員が盗みを働くことだってザラなわけで。

「ああ、すぐに来なかったのは鎧を脱いでたからかい。」
「あんなもん寛ぐときに着てるもんじゃないからな。」

肩をすくめながら、刹が苦笑いを浮かべる。どうやら自分の部屋で、鎧を脱いでたからすぐにはこなかったみたいだ。鎧の下に着てた内服も汗が付いてないから着替えたっぽい。そこらへんの住人が着てそうなチュニックみたいのを着込んでた。アタシは軽いローブを着てるし、新月も布地の軽い防具だったからアタシたちは着替えてない。新月のほうは胸元に革の補強がされてる程度だから、鎧程は気にならないんだろう。弓を引くのにもあんまり重装備だとやりづらいもんね。女は特に、胸が男より膨らんでるから弦がひっかかって危ないから胸を自分の弓の弦から守るようにできてたりするし。アタシは弓使ったことないから良く判んないけど。逆に鎧は、戦闘員時代に斧振り回してたくらいだから着てたけどね。あれ、年季入ってくると臭いんだよね~。内側の革とかが汗やら汚れでなかなかエグいことになる。手入れしててもそうだから辛い。丸洗い、とかできないしさ。

「しかし暑かったねえ。砂塵じゃないだけまだましだけど。」
「東ザナラーンは砂塵はないが、暑さもそれなりだし…むしろ雨だな。降り出すとかなりの豪雨で厄介だ。」
「え、豪雨って域なのかい?」
「ああ。だから多分、地下水は多いんだろうな。」

地上に降った水は大地に吸い込まれて、土の表面に残った奴も蒸発してあんまり池やら川にならないんだろうな、と刹が言う。ザナラーンのほうは乾燥してて雨も少ないから水が無いのかと思ってたけどそういうわけじゃないんだね。グリダニアの地方なんかは森もあるから木々の根っこが土地と水を抱え込んでて緑が豊かで水源も多いみたいだけど。リムサ・ロミンサはグリダニア程じゃないけど緑も結構豊富だし、水も豊富なほうじゃないかね…。アタシは海の上生まれの海の上育ちだから詳しいことは分かんないけど。天気がいいか、曇りだと良いんだがな、と刹つぶやく。そのほうが歩きやすいからねえ、雨の中歩くのは日照りとは違う意味で疲れる。気を付けないと体温は奪われるしね。そのために外套はちゃんと持ってるけどさ。まぁでも船の上での嵐よりはずっとマシでしょう。船での嵐は最悪だよ。逃げ場がないからね。船員室のほうに逃げ込んだところで海が荒れてるからまぁ揺れるわなんだで大騒ぎだよ。甲板になんか居た日にゃ、ずぶ濡れなんてもんじゃないし、揺れで傾いた拍子に海に放り出されるなんてことだってありうる。さらに雷が付いてきた日にゃもう。落ちてきたら燃えちまうからね船。…もし東ザナラーンで豪雨だったら、船の嵐を思い出しとけば多分気が楽だね。

「でも雨は凄いけどそのあと晴れたら虹も出るわね~。とっても綺麗よ。」

夜だと見るのは無理だけど、朝かお昼ならもしかしたら見られるかも?と新月がどこか期待のまなざしになっている。…この人いくつかな…?がっしりしてるけどなんかこう可愛らしい。ルガディンって女でも顔立ちの綺麗な男みたいに見える人が多くてさ…強そうとかカッコイイとか言われる事多いんだけど、新月は…真顔だとそういう感じではあるけど笑ってたり目がキラキラしてると可愛らしい人だね。なんか新鮮だよ。こういうルガディンの女性は見たことが無い。

「すぐ消えちまうが、虹は綺麗だな。色が薄くて空が遠いからあんまり見えないが…。」
「ああ…刹ちゃんにはやっぱり見えづらいのね。」
「??どういう意味だい?」
「あら、ロットゲイムさんには話してなかったの?」
「…説明した記憶は…無いな。…そうだな、同行してるし説明しといたほうが良いか。俺は目が悪いんだ。」

全然そんな風には見えないけど…目が悪い?どういう意味で悪いんだ?と思っていると、純粋に視力が弱いと思ってくれればいいと言われる。なんでも、アタシの顔とかも近寄らないとはっきりは見えてないそうだ。普段はぼんやりしてるんだとか。そのうえで視界もアタシたちよりは狭いんだって。…マジで?普通に見えてるように感じるんだけど。というか目が悪いのに眼鏡はしてないんだね。シェイデッドグラスは…名前の通り光を遮るための眼鏡だけどもしかして刹のは度も入ってんのかな?遮光用のガラスって貴重だからそうなるとかなりの高値になりそうだけど。完全に見えないってわけではないから、視力にも頼ってるけど音や感触、気配で日々あれこれこなしてるんだってさ。体調が悪いときなんかは、視界が悪化しちゃって動くのが怖い時もあるって。…視力の低下って病気とか怪我とか使い過ぎで、とか色々原因があると思うけど、刹は何でそうなったんだろ。コイツは裏の仕事が危険だから、そっちでなにかしくじったとか…そういうのもあり得そうだけど。標的に気が付かれた、とか、標的の護衛に見つかっちゃって戦うハメになった、とか十分あり得ることだし、そうなった時に相手が普通の武器しか使ってこないとは限らない。薬品を使う事だってあるはずだ。お嬢さんが攫われちゃった時なんかそうだったけど…あれは意識をあいまいにして気絶させちゃう薬だったね。中には視力を奪ってしまう薬だってある。一時的に奪うか、永遠に奪うかの差はあるけど。もしかしたらそういうのを浴びちゃった、なんて可能性だってあるよね。…とはいえコイツは隠れ上手だから不意打ちが成功すれば戦いにもならないかもしんないけど。

「…なんで目が悪いか考えたな?俺は先天的に目が悪い。生まれつきだ。」
「割と考え事がバレるんだけどなんで解るんだい…アタシそんなに顔に出てる?」
「先読みをするのが得意なだけだ。」

相手の仕草や視線の動き、ぼやけてはいてもなんとか見えてる表情の変化で色々予測するらしい。器用な奴だね…。小さい頃からずっとそうして来たから、そういうのが得意にもなるさと肩をすくめている。…それもそうだね、コイツはそういう観察をして見えてないのを補ってたってことだし。小さな変化を見逃さないっていうのは、裏の仕事をするのにも大事なんだろう。なるほど、刹はそういう仕事が向いてるっちゃ向いてるのか。視界がはっきりしないってのはハンデでもあると思うけど…そのほかの部分がしっかりとした武器なんだね。

「刹ちゃんが凄いのはものすごく集中したときね~心臓の鼓動まで聞き取ったりできるらしいわよ。」
「は?他人のを?なにそれ気持ち悪い。」
「心外だな。」

思わず出た気持ち悪い、と言うアタシの発言に刹が苦笑する。相当に集中しないといけないから滅多にそこまでの集中はしないぞ、と言いつつ。いや、どうにせよ凄いけど気持ち悪くない?心臓の音が他人にしっかり聞こえてる、とかさ。嘘ついたり焦ったりしたときに、表情を変えてなくても心臓の鼓動だけ早くなったりするって経験がアタシにもあるけど…それがバレてるってことだろ?うんやっぱ気持ち悪いわ。って言うかそういえばコイツの耳はどこなんだろう。耳無いよね?どこで音聞いてんの?

「そういえばアンタ耳はどこにあんの?」
「耳はないな。角があるが。」
「…はい?角が耳ってこと?」

そうだ、と刹が頷く。それ耳だったのかい!いや耳じゃないけど。角だけど。アウラ族ってのは角で音を聞いてるのかい。初めて知ったよ。だからか?あんまりみんな角を着飾ってないね。角を着飾るってなんか変な言い方かもしんないけどさ。家畜を例えに出したらアレだけども、水牛の角とかを祭事の時に綺麗に塗ったり、レースや布やビーズ、宝石で飾り付けたりするのがあってさ。ああいうの、アウラ族がやったらさぞかし豪華で綺麗だろうなと思ってたんだけど、男のアウラも女のアウラも見た限り全然そういうのしてないし、興味をもってそうな素振りも無かったからなんでなのかな?と思ってたんだ。音を拾うための器官だってなら…あんまりジャラジャラつけたら邪魔になるんだろうね。多分。とはいうものの、控えめなイヤリングはつけるらしい。刹も目立たないけど角に飾りがついてる。アタシらが使うのと同じイヤリングだと思う。見たことあるデザインだし。なるほどねえ…。アウラの知り合いと言ったら刹しか居なかったし、新鮮な話題だねえ。海賊の見張り役なんかは、すごい視力を発揮したりする奴なんてのもいたけど、耳が極端に良い、とかはあんま聞いたことないよ。

「そういえばロットゲイムさん、お嬢さんたちは元気?しばらくリムサ・ロミンサに帰ってないから…お嬢さんたちにもお会いしてないのよね~。」
「お手紙をもらったばっかりだけど、元気そうだよ。アタシも出て来てからはまだ、帰ってないんだよね。」
「あ、そうだったのね。でも元気そうならよかった~。」

アルフレッド君、お堅いから心配なのよね~と新月が苦笑する。一緒にアルフレッドの若旦那と組んでお仕事してたもんね。ごたごたあった後も、新月とアルフレッドの若旦那が二人セットで家に訪ねて来ては、近況を聞いてくれて、不安や心配事が無いか?怪しい奴は家を探って無いか?なんて気にしててくれたから、新月はお嬢さんや婆やともすっかり馴染なんだよ。新月は彼女がお休みの日に何回かだけ、お茶を飲みに来てくれたこともある。誘ったのはお嬢さんだけど。家に来る時には必ず、パンケーキを焼いてきてくれてたっけね。美味しかったなアレ。そういえば若旦那も一緒にどうかって誘ったけど…来たのは一回だけだったかな?遠慮してたのかなんなのか。一緒に紅茶を飲みながら、日々の事をわいわい話したりしてしばらく過ごす、ちょっとしたお茶会なわけだったけど楽しかったねえ。ふふふと笑いながら、新月があの当時の裏話を教えてくれる。お嬢さん誘拐事件の後、新月たちが家を訪ねて来てくれていたのは若旦那の発案だったらしい。初耳だよ!てっきり上司とかの指示で様子を見てこいって話だとばっかり!上司さんはあの大騒ぎの後だから、心配なのは確かだし治安のためにも見回りかねて行ってこい、って了承して《若旦那に》指示を出したんだそうだ。だったら若旦那一人で家に行けって指示だったってこと…?

「私はね~一人でお嬢さんに顔を合わせるのが恥ずかしいから着いてきてほしい、って頼まれたの。」

若旦那…あんたって人は…。カワイイ人だね全く。よほどお嬢さんに惚れてたんだねえ。あ、今話したことは内緒にしておいてあげてね~と新月が笑っている。なるほど、若旦那が恥ずかしさで悶絶しないように黙っておくよ、と約束する。…でもちょっと暴露して反応見てみたいよね。悶絶する若旦那。絶対カワイイ。でもそのあと、恥ずかしさのあまりにだんまり状態になっちゃいかねないから…そうなるとお嬢さんが困っちゃうし、やっぱ我慢しないとだね。お茶に誘った時、ほとんど来なかったのも…つまり恥ずかしかったんだね…。一回だけ来た時もそういえば新月が一緒だったっけ。ああ~若旦那ってばウブだわ。お茶飲んでる最中もずっと緊張した感じだったもんなあ…。

「マリーナ嬢以外にも、関わった人を大事にしてくれるいい男なんだから、あんまりからかってやるなよ。」

話を聞いていた刹が、苦笑いを浮べた顔で割り込んでくる。一応、刹も若旦那の事は知ってるしね。直接顔を合わせた事は…多分ないんだろうけど。若旦那側はおそらく刹を知らない。イエロージャケットに協力者がいたっていうざっくりした感じでなら知ってるだろう。絶影として協力してくれてたことを知ってるのってイエロージャケットに何人くらいいたんだろうね。新月は間違いなく知ってたわけだけど。ある程度の人数が知ってないと、連携は取れないはずだし新月だけが知ってるなんてことはまずないだろうからね。彼女によれば、何も知らないイエロージャケット達には、選抜された特殊な隊員がこなした、と説明されたらしい。なるほど、どこの部隊にも特殊部隊というか、選抜隊やら工作部隊はいるから、そいつらがやったことになってるんだね。それが一番、そっかーってなりやすいのは確かだわ。

 あれこれと思い出話やら、その延長の話しやらをしていたら、刹がちらっと窓を見た。一応小さいけど窓がある。そこから入ってくる日差しは…随分とオレンジ色になっていた。いつの間にやら夕方らしい。

「…さて…ちょっと晩飯の支度でもしてくる。…朝は任せた。」
「ふふふ…分かってるから安心して頂戴。」

じゃあ行ってくる、と刹が席をたって部屋から出ていく。飯の支度…宿の中でやるとは思えないから、外で焚火でもしてなんか作るのかな。アタシも船から降りたばっかりのころはそんな感じでとっ捕まえたドードーってまんまるの鳥とか食べてたけど。あれ捕まえるのは簡単なんだけど、喉に毒腺はあるし、羽毛びっしりだから剥ぐのは大変だし意外と食べられるようにするまで時間かかるんだよね。魚釣ったほうが早いかもしんないって思ったことあったっけ。…刹、何を作りにいったんだろうね。あと、朝は任せたって出発するときにも言ってたよねあいつ。

「…刹ちゃん、凄いわよ~寝起き悪くて。普段のあのしっかりしてて強そうな見た目からは想像つかないと思う。」
「そんなに?」

 なんでも、あまりの酷さに本人が朝の俺は役に立たないから、戦力にもならんし手伝いにもならんからアテにしないでくれと宣言するレベルらしい。どんだけ苦手なのさそれ。あとは目が覚めた後はしばらく目が見えづらいってのもあるんだってさ。だから朝、誰かが一緒に居る時はその誰かに頼るのが常なんだって。…一人の時どうしてるんだろうね?大変そうだわ。アタシもあんま朝は得意じゃないけどアタシのとは比べ物にならなそうだね。目を覚ましたばっかりの時は誰しもちょっと動きが鈍くなっちゃうとは思うけどさ。だってやっぱ眠いもんね。シャキっと起きられる人ってすごいよねえ。あ、でも。海賊時代に比べたら目覚めは良いかも?陸に上がってから、酒をあんまり飲まなくなったんだよね。陸に上がった直後は買う金が無かったのもあるけど、お嬢さんのところに勤めるようになってからは、悪酔いすると翌日に支障がでて迷惑かけるって思って飲む回数減ったんだよ。何度か、二日酔いで起きて来ちゃって旦那に迷惑かけちゃったことがあってねえ…。頭が痛くて話がうまく理解できないとか、それこそ吐いちゃったりね…恥ずかしい話さ。でもそれも笑って許してくれてたからほんと、旦那は懐が深いというか、優しい人だったねえ。…今はもうね、哀しくないよ。いや、哀しいには哀しいけどなんていうか、楽しかった思い出のほうが今は重たいのさ。いい意味でね。思い出しても涙よりも笑みが出る。

「晩御飯は刹ちゃんに任せちゃいましょ。朝ご飯は私がやるわね~。」
「なんであっても飯作ってくれる人には感謝だよ。」

 そのあと、刹が簡単な晩飯を作り終えて持ってきてくれた。パンを焼いて、そこにサーディンの塩漬けとどこから取ってきたのか葉っぱも一緒に挟んである。それが一人一個ずつ。それからストーンスープ。最初聞いたときは石食うの?とか思っちゃったけど、単に焼いて熱くした石で温めた野菜のスープってことなんだって。確かにポポトとカロットが入ってる。…刹、この材料を鞄にしょってたのかい…?野菜は多少長持ちだけどおもしろいもの持ち歩いてるね。ともあれ、ありがたく頂く。さすがに同室にいると狭いから、と刹は自分に割り当てられた部屋に帰っていった。座って喋ってるだけなら気にならないけど、食べるとなると狭さが際立つのは確かだね。スープを冷ましながら、サーディンのサンドを食べたけど…どっちも美味しい。アイツは料理も上手なんだねえ…まぁケーキ焼くんだもんね…。新月とお喋りしながらのんびり食べていたら、先に食べ終えたらしい刹が顔を出した。食うの早くない?いや、アタシらがお喋りに夢中で遅いのか?そっちかもしれないか。会話に混ざりに来たわけではなくて、朝になったら起こしてくれ、と言いに来たらしい。新月が笑って返事をしている。起こしに行くし、寝ぼけていても無理やり引っ張り起こすから安心して~と。刹が何とも言えない複雑そうな顔をして頼んだ、と答えて去っていく。…よっぽど朝が苦手なんだねえ。


 結局、アタシと新月はだいぶのんびりとお話をしながら食事をしたんで、食べ終わったのはそれからだいぶ時間が過ぎていた。いやはや、お喋りが楽しすぎる。でも、休まないといけないね。明日は東ザナラーンに出発だし、もし雨だったら刹曰く、豪雨かもしれないから体力残しておかないと草臥れちまう。食べ終えたスープのお皿はどうしようかと思ったら、新月が持って行ってくれると言ってくれたので任せておく。多分、朝に洗うなりしてまた使うんだろう。刹はアイツが入った部屋に置いてあるだろうから…叩き起こしながら回収かな?

「それじゃ、お部屋に戻るわね。一杯話しちゃった…楽しかったわ~。」
「アタシもだよ。明日も道中よろしくね先輩。」
「うふふ…こちらこそ。じゃあおやすみなさい~。」
「おやすみー。」

 挨拶を交わして、新月が出ていく。なんとなしにため息が出た。あ~楽しかった…。疲れた時とかのため息と違うけどため息でちゃう。さて…口の中をちょっと掃除して…。さすがにもうちょっと身軽な格好に着替えておこう。一応、楽な装備を鞄に放り込んである。せっかく宿屋だからくつろげる恰好で寝るのが良いからね。着替えも済ませて、隙間があるドアにも鍵をかける。隙間あるから破ろうとしたら簡単なんだろうけどさ。一応鍵ついてるなら鍵しておくべきだよねっと。荷物の確認もして部屋のメインの灯りを消して、一度、体を伸ばす。ぼすっとベッドに座り込んだらあくびが出た。ん~なんだかんだ疲れてもいるね…。よし、明日に備えて寝よう。ベッドのすぐそばにあるランプの灯を消して、上掛けをかぶって目を閉じる。心の中でだけ、おやすみなさいと告げておく。なんでか分からないけど、一人で居るときも言わないと落ち着かないんだよね。不思議なもんだ。明日にはいよいよ東ザナラーン。ドライボーンだ。初めて行く土地になる。二人が一緒だから心強い。楽しみだね…!変な話だけど頑張って寝なきゃ…楽しみすぎてテンションがちょっと高いよ。…深呼吸、しながら寝ておこう…。ああ楽しみ…。


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