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表裏の縁Ⅱ:前編《紅蓮》

 商売の邪魔をしたシェーダーのゴロツキをシメてくれと言う依頼を受けて、黒衣森のそう言う連中を少々調べて回る。

 あそこには元々、似我蜂団という盗賊連中が幅を利かせているんだがそれとは別の連中らしい。小規模な野党のような奴等でせいぜい十数人のだと。黒衣森をうろつきながら調べた限り地味な盗みしかしていないようでよほど似我蜂団の連中の方が質が悪いのだが依頼人が積荷をくすねられたのがその小規模な連中なのだと言う。なぜ、似我蜂団……レッドベリーと言った方が伝わりやすいかもしれないが、其奴らでは無くその小規模連中の仕業だと言い切れるのか?だが、見た目が明らかに違っていたらしい。レッドベリーの連中は皆、くすんだ黄色みを帯びた緑の服を着て、羽根付き帽に目元を隠す仮面を組み合わせた装備を揃えて着ている。軍隊の制服のような扱いだろうな。仲間意識を持たせるためだったり仲間だとすぐさま認識出来るようにするために装いを揃えるのは良くある話だ。相手への威圧にもなる。あの盗賊達の服装だと認識させる事で見た目で圧をかけて言うことを聞かせる事も出来る。逆に言えばその服装の奴を遠目にでも見たら逃げろと付近の住民達は警戒するわけだが。依頼人は荷物を持ち去った連中が、そのレッドベリーですと言う名札の様な服装では無かったのを確かめたと言う。非力な行商では追いかけて取り返すのも危険だからと泣く泣く品物は諦めたが腹が立って仕方ないので懲らしめて欲しいと言う訳だ。品物の奪還は仕事に入っていない。もうとっくに闇市場に流れてどこに行ったか分からなくなってるだろうしな。数日調べて目星はついたが本当に小さな野盗のようだ。最も名前もない様な行きずりの強盗なんぞいくらでも居るんだがな。そう言う小さな集団に少しずつゴロツキが集まって行って巨大な組織になる事もある。もしかしたら似我蜂団もそうだったのかもしれない。詳しい事は知らんが。小さな集団のそいつらも、森の中で仲間かそうでないかの判別を付けるために揃いのバンダナを口元に巻きつける事だけはしているらしい。帽子は似我蜂団が使っているし、仮面はミコッテの密猟者集団が使っている。それ以外を、と口元を布で覆うスタイルにしたようだ。最も、密猟者のミコッテ達はボスのクアールクロウ以外ほぼ女だから仮面でも困らなそうではあるがな。さて、其奴らの寝ぐらの近くへやってきて様子を伺う。晩飯にはあり着いたようで適当な飯と酒で夜を過ごすつもりのようだ。目立たぬようにしているのは、人目につかない為ももちろんあるが、先に存在する大規模な盗賊団である似我蜂団に目をつけられないようにする意識もあるだろう。規模が違いすぎて敵視されたらあっという間に壊滅だ。仲間に加わるなら生かしておいてやるなんて場合もあるかもしれないが。だからわざわざゴブリンが近くにいる位置でコソコソしているのだろう。ゴブリン達には友好的な奴らも多いが、流浪の民である彼等は良くも悪くも自由で野盗まがいの事をしながら方々を渡り歩いたり、気に入った土地に住み込んだりもする。黒衣森にいるゴブリン達は後者で、住み着いた上で野盗もこなす厄介な奴らだ。そのゴブリン達にして見ればただの村人も盗賊連中も等しく獲物にすぎない。そうと分かっていて彼等の住処に程近い所に寝ぐらを定めたのは、似我蜂団の目から隠れる為である意味では身を守る為な訳だ。規模が大きいとはいえ、爆弾を平然と放ってくるゴブリン達と争いたがる物好きな盗賊はいない。時々、盗品や密漁品のやり取りで揉めて喧嘩が始まるが大概、グリダニアの鬼哭隊と冒険者が乱入していって訳の分からん乱闘になって無法者連中が痛い目を見て追い払われて終わる。文字通り大乱闘でめちゃくちゃだから鬼哭隊は苦労してるな、とつくづく思う。まぁ、グリダニアの連中はあんまり好きじゃ無いけどな。

 酒が飲めて機嫌良くしている其奴らの様子を見つつ、一応周りにも気を配っておく。ゴブリン達は幸いこいつらを気にしていないらしい。いい獲物には見えてないって事だろうな。似我蜂団も今のところ近くにいそうな気配は無い。なら、仕事と行くか。殺せとは言われなかったから幾らか痛めつける事になる。暴行する趣味は無いが。殺しは平気でして暴行は抵抗を覚えると言うのもおかしな話だな、全く。それこそこの依頼、冒険者に任せても良いんじゃないのか。コソ泥をとっちめる依頼なら《刹の時》に何件か受けたことあったな、表で。まぁいいか。前金は幾らか貰ってるし受けた以上はこなさなきゃならない。連中はアルコールが入って少しばかり体の動きが雑になっている。敵意のある奴が近くにいるなんて思いもしてないだろう。大変都合がいい。音を立てずに気配も姿も消して、適当に近くにいる奴に近寄る。湿った土を踏む感触に足音が出るような錯覚を覚えるが、消音して歩く技術は朝飯前なので本当に錯覚なだけだ。枯草は踏まないようにしながら詰め寄って、殴りかかる瞬間にフッと姿が滲み出る。姿を隠す隠れ身の術は力の必要な動作をすると解けてしまうからだ。視界に突然俺が入り込んだだろう何人かがポカンとなったのが分かった。ガツンと音を立てて、一人の頭を殴りつけてひっくり返す。いや、殴った拍子にひっくり返っちまったと言う方が正しいな。びたんと倒れこんだソイツは何が起きたのか分からないと言いたげに呻いている。

「なっ、だ、誰だオメエ!」
「誰だろうな。」

ざわつき始めるゴロツキ達を順繰りに殴るなり蹴るなりして蹲らせていく。武器を使うのは敢えて避けていた。殺してはいけない訳だからな。無論、俺の命が危なくなるならその時は手段なぞ選ばんが。アルコールが回っているせいでどいつもこいつもヨタヨタしていたので楽だった。恐らく飲んでたのは安酒だろう。粗悪な酒というのはどう言う訳か回りが早い。たすけてくれと半泣きでヨロヨロしている奴を殴るのは楽しくないが仕方ない。

「や、やめろ!何すんだ!」
「自分達のした事を思い出して反省しろ。可能なら盗賊から足を洗っとけ。それが身のためだ。」

盗賊行為が恨みを買ってると言うのをある程度伝えておく。伝えたところで理解するかどうかは話が別だが。ゴスンと狼狽えている奴の腹を殴ってそのままにしておく。酒飲んだあとで吐かせるような真似は悪いと思うがこれも仕事でな。酔っ払いを殴ると言うのはなんとも変な気分だ。暴漢と化してるならいざ知らず。いや、こいつらは一応、暴漢の扱いでいいか?今この瞬間に悪さしてる訳じゃ無いけどな。酒場で用心棒をしてる時なら酔って気の大きくなったアホをシメる事があるからそっちならまだシメる必要性を感じられるがこうもまともな抵抗がないと仕事とは言え気まずい。まぁそれでもシメるんだが。アッサリ全員、殴るなり蹴るなり済ませてしまって分かっては居ても拍子抜けしてしまう。なんと言うか、それこそ俺が野盗みたいな有様だな。なにも盗らないが。

「ってえ……チクショう。」
「他人のモン盗るからだ。懲りたなら盗賊なんぞやめておけ。続けるほど、顔も覚えてない誰かから恨まれ続けるぞ。」

恨みというのはいつか呪いにも化ける。悪意はその瞬間ではなく後になって毒のように効いてくる。念だの想いだの、目に見えないからこそ、怨んでるうちに相手に不幸が来るなんて、そんなバカな事があるかと笑われるがアレらは馬鹿にしてはならない。証拠など何も無いからこそ呪いやら念が効くとは証明出来ないが、効かないとも証明する事ができない。少なくとも、俺のはそういう類はあり得ると考えているクチだ。他人の恨みは買うモンじゃ無い。殺し屋が言っても説得力は無いかもしれないが。

「ヤらねぇと、生きてけねえんだよ!」
「どうだかな。」

事実でもあるんだろう。俺がグリダニアを好まない理由の一つでもある。あそこの連中は排他的過ぎる。余所者はもちろん、黒衣森で暮らしてきていたエレゼンのシェーダー族やミコッテのムーンキーパー達を鼻から犯罪者扱いして追い払う。その者達個人が善良でも、シェーダーだから、ムーンキーパーだからと真っ当に扱わないのだ。冤罪で追い出し、罪をなすりつけて追い出す。そういう事を良き住民であるという顔をしながらやる。そんな連中をどうすれば信用出来るか俺には分からない。俺じゃなくても、それこそシェーダーやムーンキーパー達こそ分からないだろう。分からないからこそ、信用出来ないからこそ終いにはグリダニアに牙を向くような存在に化けてしまう。真っ当であってもシェーダーだからコソ泥を働くに違いないと決めつけられ、ムーンキーパーだから決まり事を守らずに密猟をすると決めつけらる。結果としてロクな仕事に有り付けないなんて事になる。そんな事をされて気分が良くなるわけがない。その末にならばと本当に野盗や密猟者に化ける。日陰者を作り出すのは日陰者を嫌う連中なのだから皮肉なものだ。最も、クアールクロウのように最初から密猟三昧の奴もいるのは確かだ。だからと言って全員同じ色眼鏡で見るのは余りに不寛容だと思うが。

「とりあえず俺はやる事はやった。今後どうするかはアンタらが決めたらいい。盗賊を続けるにもレッドベリーに目の敵にされたら即終わるぞ。」

呻いている奴らを数えてきちんと全員懲らしめたと確かめて、立ち去ろうかとした時だ。どうしました!?と女の声がして冗談だろと笑ってしまう。どうしてまたこういうタイミングで来るんだこの子は。

「あっ……貴方!」

俺の姿を見て、槍を持ったエレゼンが声を上ずらせる。俺の方としては肩をすくめるくらいしか反応が出来ない。とは言え、今回は盗賊連中をしばいてたんだが、彼女にはどう映るのやら。フルフェイスの兜の下、篭り気味の声が驚きで震えているのが分かる。怯えではないあたり、さすがは冒険者だろうか。《あの屋敷》の主人を殺すために守兵を寝かせていた俺を目撃した槍使いのエレゼン。表向きの姿である《刹の時》に世話になった事があるジゼル。まだ少女という年齢であろうにこの真夜中にこんな森の中にいるのは冒険者だからこそだろう。

「ええと、これは。野盗、ですよね。で、でも!」

盗賊やら野盗ならば、何か訳あって俺がコイツらを伸したのだろうと一応考えてくれたようだ。が、恐らくは第一印象が良くなかったんだろうな。《また》誰か殺そうとしてその下準備をしていたんじゃないか?とも考えたようだ。だとしたら、此の先で俺が誰かを殺すんじゃないかと警戒している。全く。これだけ真っ当なシェーダー族もいると言うのにな。俺の方がよっぽど悪人だ。

「……こんな時間にこんな場所を彷徨くもんじゃないぞ、お嬢さん。」

知らずうちにさらに声が低くなる。どういう理由で彼女がここに居るのかは分からない。が、何かしらの理由で近くにいて、殴ってる音でも聞きつけたかしたんだろうが、今の問題はそこではない。彼女は気がついてないようだが、オマケが着いてきてる。そっちが厄介だ。俺の声が明らかに重々しく、《以前》よりも威圧的であると彼女も悟ったらしい。咄嗟に槍を構えて此方を警戒してきた。ガシャっという甲冑のぶつかる音。違う。警戒するべき相手は俺じゃないぞ?

「……この辺りに俺とアンタしか居ないとでも……?」
「……えっ!?」
「……多いぞ、気をつけろ。」

静かに人の気配が増えていく。隠そうともしていない殺気が近づいてくる。手早く去るべきだったが彼女が居るとなるとさっさと去るわけにも行かないな。彼女の方も俺が言わんとしたことを理解出来たか、俺から視線を外して周囲を確認し始めた。囲まれた……?と彼女が小さな声を出すのが聞こえる。その通り、囲まれたぞ。土を静かに踏む音。矢を引き絞る音も聞こえてきている。彼女の方にどれほど聞こえているか分からないが、俺にはいくつかの弓使いの構える音が聞こえている。こりゃ、伸した奴らには気の毒な事をしたかもな。無事で済まないかもしれん。無事で済んでもロクな目に合わないだろうな。

「……弓使いが五人。槍持ちが三人。格闘の奴が三人。片手剣と盾持ちが二人。」
「わ、分かるんですか!?」
「まぁな。俺に言いたいこともあるだろうが、死にたくないなら今は協力しろ。」
「はい。」

死ぬ気はありません、と彼女が声に凛とした音を込める。表情は分からないが恐らくは、驚いていた顔は引き締まった顔になっただろう。年若いが冒険者としては手練れと分かっているからそこまでの心配は無いが、だからと言って安全ではない。まったくもって真逆で危険極まりない状況だ。レッドベリーの連中が、恐らくは彼女を着けているうちにここまでたどり着いたんだろう。夜分に女一人。獲物に選ぶには充分だ。たとえ武装していても。本当ならば彼女は近くのクォーリーミルにでも行く予定だったのかもしれない。そうであればレッドベリーも諦めただろう。が、ここに居るという訳だ。着けてみたら最近、コソコソしてる盗賊連中の寝ぐらだし何故か其奴らは伸びてるし、ならば若い女一人に俺一人、獲物として見繕ってついでにこの伸びてる連中にも落とし前をつけさせようって流れだろう。間が悪いというかタイミングが良すぎたと言うか。まったく訳がわからないが成った以上仕方ないな。ビィンと言う矢が放たれる音。二本が俺に、三本が彼女に。カッと音を立てて一本ははたき落とし、一本は何とか避けた。彼女の方も槍を大きく使って二本ははたき落としたようだ。一本は胴体に当たったようだが幸い、鎧で防げている。重鎧を身に付けることができる槍使いだからこその無事だ。俺だったらもう負傷という事になる。

「……気は乗らんだろうが今は俺に従ってもらうぞ。」
「……。」
「無言は肯定とみなす。」

細かな返事は待たずに決めつけてしまう。彼女のことだ、いくらか迷ったんだろう。だが肯定とみなすと断言しても反論してくる気配は無い。それどころではないと思ったのか、みなされて良いと判断したのかは分からんが、とりあえず。

「弓使いを倒して逃げる。」

宣言して程なく、近接戦をこなす連中がまとめて駆け込んでくる。チラと彼女を見ると此方に軽く頷いて見せてからきちんと槍持に剣士、格闘家を順繰りに対処して見せている。

「耐えてくれよ。」
「任せて下さい。」

俺が軽装備だと分かっているからか、この人達は私が引きつけますと宣言して本当に引き付けている。俺に飛びかかろうとしようものなら、ガツンと脛や胴体を槍の横腹で殴りつけて行かせまいと妨害してくれている。一対多数は非常に危険だが冒険者をやっているとそれをこなさなくてならない瞬間と言うのが結構に多い。彼女はそれに比較的慣れているからこそ、その隙に、だ。地面を蹴り上げて空中に飛び上がる。弓矢持ちが此方を狙って矢を放つのを確かめて、ソレらを双剣と、仕込んでいたナイフの雨でなんとか凌ぐ。落としきれずに頬を引っ掻かれたが刺さってないからセーフだな。刺さってたらそれこそ死にかねない。降り注がせたナイフを避けようとする弓持ちの一人を目掛けてグッと足を伸ばした。容赦していられないからこそ。爪先と踵に隠しておいた刃を、ブーツの内側から操作して立ち上がらせる。躱そうとしていた弓持ちがソレに気がついてギョッと成った。それは隙だな?逃がさないからな?知らずうちに口が弓なりに歪む。これだから俺は気が狂ってるなとつくづく思う。ズブリとそいつの喉元へ踵の刃が突き刺さる。そのまま踏み抜いた。首がもげるかもしれないがもう知ったことか。ガン!と地面にそいつを叩きつけて、死んだかなど確かめる前に胴体を逆の足で踏んで刃を喉から抜く。首もげそうだよなやっぱり。悪く思うなよ。

 他の弓持ちをすぐさま追う。逃げようとはしていない。俺への攻撃を諦めてはいないから手早くナイフを二人に複数本投げ分けた。武器を封じられれるだけでも構わないからな。ドスッという音がいくつかして悲鳴も上がる。上手いこと腕に何本か刺さったようだ。これで弓は射れないだろう。弓使いはあと二人。彼女の方も当然のように耐えていて、格闘の武器持ちを一人と、剣士の奴を一人とりあえず気絶させたようだ。流石だな。とは言え長く待たせたくない。背を向けて逃げる事になる以上、遠隔攻撃をしてくる奴らは潰したい。警戒しながら射ろうとする片方の弓持ちに瞬間的に距離を稼ぐ移動のための術式、縮地で一気に近づく。急激に距離を詰められて動揺したのか明後日の方向に矢が飛んで行った。笑う。もう射れる距離ではない。慌てて腰にあるナイフを引き抜こうとしても遅いぞ?赤黒い双剣を喉元へ滑り込ませて、悲鳴ごと切り裂いて腹を蹴り着けて倒しておく。無事な一人が俺の背中を狙って矢を放つ音がしたが、すぐさまもう一度縮地を使ってそいつの目の前まで飛び込んだ。ひっ!と言う悲鳴を聞きつつ、腹に双剣の片方だけ突き刺す。呻き声と血が微かに吐かれるのを確かめながら相手の胸元から突き飛ばしてその勢いで双剣を抜いた。腹を抱えて倒れたままなのを一瞥して彼女を振り返ると、どうにか槍持ちも一人黙らせたようだ。お見事だな。弓使いは全員、使い物にならなくしたし、槍持ちも減ったのなら良さそうだ。気配を殺しながら無事な剣士と槍持ち、格闘家に走り寄る。当然足音もない。十分近づいたところで飛び上がるとナイフを降らせる。彼女の方は俺の動きが見えていたから、きちんと少し後退していてナイフの雨の外にいた。身体のあちこちにナイフが当たって、中には刺さったヶ所もあるだろう。地面に落ちたナイフと、相手に突き刺さったナイフ。どちらもに一気に気を流し込むと爆破させた。星の模様のようにエーテルが爆ぜる。土が舞い上がるのと同時に悲鳴も聞こえてきた。ストンと彼女の後ろまで距離を稼いで着地する。


 逃げるかと体勢を整えている瞬間にふざけんなと怒号が上がるのが分かる。格闘武器を携えたやつが傷を庇いながら背中に殴りかかってきたらしい。ナイフの雨とそこからの爆発でそれなりにダメージを負ったはずだが元気のいい事だ。相手の腕の位置を、拳の位置を詠んで、自分の肘を少し後ろへもっていってぶつけると拳の勢いを殺して体に当たらない位置へとズラす。ズルっと拳が押されて俺の体の脇にすり抜けるのを確かめてその腕ごと脇で挟んで無理やり体ごと引き寄せた。背中に相手の胸や腹がひっついたような恰好になってこちらも大して動けなくなるが相手ももちろん、体が密着したせいで動けなくなる。放せと唸るのを聞きながら笑う。獲物から手を放すと思うか?相手の腕の角度を調整して、一気に圧を掛ける。途端に悲鳴が上がったがお構いなしだ。ミシっという軋み、ゴキンと鈍い音
を立ててソイツの腕をへし折った。すぐにソイツが堪らずに腕を庇いながら蹲る。残ったのは槍持ち一人と格闘武器の奴が一人、盾持ちが一人と三人。その全員が負傷済みだし、仲間を半壊させている状態で士気も下がったろう。なら。すぐに、彼女の片手を掴んだ。

「!?」
「走れるな?着いて来い。」
「はい!」

 今度は返事がある。共闘すると言うのに納得してくれているのだろう。すぐさま、レッドベリーの連中に向けて煙玉を叩きつけた。一気に煙が吹き上がり、視界を塞いでくれる。行くぞと声をかけると手を離して走り始める。俺の方がどうしても脚は早いが、それでも彼女はきちんと着いてきた。ガシャガシャという鎧の音は消すことができないから少しでも距離を取って誤魔化さなければならない。本当ならばそれこそクォーリーミルに逃げても良かったろうが、そっちにいくと立っていたレッドベリー達の脇を通らねばならなかったからやめた。通りすがり際に攻撃されると危険と判断してだ。細くなった道の無い場所へ入り込むと、迷わずに古城アムダプールに逃げ込む。昼間に鬼哭隊を見かけたが今は不在だったから問答無用で侵入だ。どうせ今は中も無人だろう。冷たい石で出来た道を少しだけ進んで、屋根のある物陰に急ぐとそこで足を止めて息を潜める。ここは奥へ行けば魔物も居るだろうし、少し前まで邪教徒も居たからレッドベリー達も追って来ようとしないだろうと踏んでだ。問いたげにする彼女に人差し指を俺の口の前に立てて黙っていてくれるよう合図する。すぐに理解してくれたようで小さく頷いて息を殺してくれている。甲冑姿で静かにしているのは大変だと思うが仕方ない。身動いだだけでガシャッと言ってしまうからだ。だからこそ古城の入り口からは距離をとったんだが……。……どうやら連中は諦めてくれたようだ。足音や話し声が少しの間、聞こえていたが、仲間の手当てを優先しようと引き返していくのが聞こえてきた。やれやれ……。

「……諦めたな、もう大丈夫だ。」
「……良かった。」

お互いにため息をついてしまう。とんだ災難だ。特に彼女は。不測の事態など仕事にはつきものだが、他人を巻き込むのはやはり良い気がしない。いやまぁ、邪魔となれば消すのも辞さないような立場で何を言うかと言われそうではあるが。

「……えぇと、すみません。私のせいでおおごとに……。」
「謝るより夜中にあんなとこ歩くのを止めておけ。」
「あぁ、ええと、冒険者していると深く意識しないもので。密猟者の取り締まりを手伝った帰りでしたので。」
「……ケガは。」
「軽いので大丈夫です。そちらは?」
「問題無い。」

顔が少し切れたのと、痣がいくらか出来たくらいだ。大した怪我では無い。彼女の方も似た感じだった。顔はそれこそフルフェイスの兜で傷は貰わなかったようだが、腕には少し傷が出来ている。おそらく見えていない場所に痣が多く出来ているだろうが、今の俺が刹ではなく《絶影》である以上、あまり積極的に手当てをとも言いづらい。そもそも手当てをするのに装備を脱いでもらわないとならないから、そんな信頼など無いと分かっている以上、提案もしないが。念の為に様子を見てくるから少しそこで静かにしていてくれと話して、気配と足音を消して古城の出入り口まで戻る。疲れてもいるのだろう、彼女は静かに座ってくれていた。……動くのは近くにいる白くてデカいネズミと木の化け物のトレント。あとは大蝙蝠くらいか……。人魂みたいなウィスプという変な火の玉も飛んでいるが……人の気配は無い……声も無しだな……?ならここからも離れた方が良いだろう。出入口は無人だが、奥にまた懲りずに邪教徒やらが潜んでいるかもしれないような場所だ。早い事立ち去るに限るだろう。うっかり潜んでいた邪教徒に見つかれば妖異を呼び出されたりして倒す手間が増えて面倒だ。手早く彼女のところまで戻る。

「歩けるか?立ち去っちまった方がいい。」
「問題ありません。」
「なら、トランキルまで。あそこに行っちまえば人目がある。」

人目があれば盗賊も来ない。なんせ鬼哭隊もいる。お前はそこに立ち入って良いのか?と言いたげな空気を彼女から感じたが、見た目だけでは俺が殺し屋だなどと分からないから問題無い。こんな格好の冒険者はそれなりにいる。もっとも、たしかにあそこに立ち入るつもりはない。俺が行くのは途中までだと伝えておく。

「仕事中だからな。引き返さなくちゃならん。」
「……そう、ですか。お一人で大丈夫ですか?」
「……駄目だと答えたらどうする気だ?」
「えっ!ええと。」

もはや習慣的に聞いてくれているらしい。それだけ人助けもする子なのだろう。が、相手は選んだ方がいいな。もちろん普段から警戒して選んでいるはずだが共闘した上で裏切るような真似もしなかったからか少しばかり俺に対しての警戒が抜けたと見える。

「す、すみません。深入りするのは良くないですね。」

冒険者仲間の方に少し雰囲気が似ていてつい、と彼女が零す。なるほど、《俺》に近いと感じたせいもあったか。似てるだけだと思ってくれれば良いが。俺は別にこれといって演技をしないから普段の振る舞いと大きく行動を変えないしな。多少だが声を低くしたりもするし、《刹の時》の方が気楽にはしてるがそのくらいか。《絶影の時》に忍びではない支度をする事もあるが今日もこの間も忍びで行動していたしな……。慣れている支度で動くのが一番確かだからどうしても忍びの技術に頼りがちだ。表向きにも《こちら向き》にも。

「分かってると思うが、俺が何をしていたのか、口外は無用だぞ。外に不用意に漏らしたら《相応の対価》を払ってもらう。」
「ギルのこと……ではありませんね、承知しました。」
「聡明で結構だ。」

本来なら遭遇した時点で消されると思った方が良い。それこそレディならば容赦なく始末してしまう。俺も基本的には消してしまうが、どうも年若い相手となるとその気が失せてしまう。子供には手を下したくない。同業には甘いと笑われるだろうな。それが命取りになることも承知だが子供が死ぬより俺が死ぬ方がよほど安い。先の長い奴に生きていてもらう方が良いだろう。途中までは行こう、と立ち上がるように促す。すぐに彼女が神妙な空気のままで立ち上がった。カシャリという鎧同士の擦れる音。

「……なぜ、その仕事を?」
「知ってどうする。深入りはしない方が良いとさっき自分で言ったろ。」
「純粋に興味本位でも有りますが……冒険者や軍人でも良さそうな身のこなしをなさるので。」
「相手は大人しくしてるわけじゃ無い。」

だから戦う術はいくらでも身につける。そう言いたいのは伝わったようだ。レディのように完璧な変装で友人や知人、隣人になりすまして近づき、武器ではなく薬などで殺すのならば非力でもいくらかなんとかなるかもしれない。が、途中でヘマをすればたちまち相手側から攻撃を受けることになる。それに対処するには相手と同等かそれ以上に力をつけておかなくてはならない。仕事をこなし、生き延びて帰る。それを高確率で成功させるのは非力では難しい。非力よりは多少なり力がある方が良い。その使い道が彼女からしたら不可思議なのかもしれないが。金を積んででも俺達に頼りたいと思ってる連中が少なからずいる。だから俺達みたいな連中も居る。構造としてはシンプルだ。普通の商売と変わりはしない。命のやり取りが前提だからこそ、普通の商売と離れて見えるかもしれないが需要があるから供給もある。それだけだ。神妙に考え込んでしまうあたり、何か思うところがあるのだろう。殺しなどを仕事にするのは宜しくないと大抵の人間は思うはずだ。そりゃもちろん、仕事がないに越した事はない。が、現実としてはそれなりの数、様々な理由で客がやってくる。ごく普通の人だったり、賊上がりだったり、国のお偉いさんだったり。本当に様々だ。国には特殊工作員もきちんと居るが、外部のやつを雇うこともある。現に俺も不滅隊の特殊工作員やイエロージャケットの工作員達と連携した経験があるしな。それで評価を一定、貰ってるのも事実だ。そこらで彼らからの信用を勝ち取っているからこそ、足が付きづらくなる。彼らの仕事を手伝うというのは、俺の立場を守るための戦略でもあるわけだ。特に不滅隊にはガキの頃に世話になった恩を返す意味もあって定期的に仕事をさせてもらってるから、彼らからの評価は高い方だろうと思う。工作員として力を貸してくれと頼まれる回数が一番多いのも、そのせいか不滅隊だ。次点で双剣士ギルドのある黒渦団。双蛇党にはあまり縁がない。かといってゼロという訳でもないから、三国からはある程度、評価してもらっているはずである。まあ、それでも最後には捨て駒だけどな外部の俺達は。それで構わない。表向きにだって捨て駒の筆頭なんだからな、冒険者は。軍の人間もちょいちょい捨てられる話を聞くが、傭兵や冒険者達に比べれば回数は少なかろう。エオルゼア同盟のお偉いさんは比較的お人よしだとは思うが、それでも最優先されるのは自国の安全と存続であって俺達、末端の歯車ではない。

「でもソレをしなくても、生きていけるんです、よね?なら。」

やれやれと軽く肩を竦める。まだアムダプールの外に出ていない。物音を立てても、あの連中は戻らないだろう。怪我人を連れて去っている筈だ。スッと見えないように帯刀していた双剣を引き抜く微かな金属音に彼女がハッとしたのも分かるが構わずに肩を掴んで立ち上がっていた体を近場の壁にそのまま押しつける。ガッチャンという鎧の音。片足で胴体を抑えつけて体の芯を封じてしまう。力の入る場所を封じてしまうと人体は動けなくなるものなのだ。左手で兜越しの顔を、顎のあたりを掴んで持ち上げた。鎧にも隙間というのはある。関節の可動を邪魔できないからだ。彼女の着ている鎧も、兜と鎧が繋がっていない別パーツのタイプだからこそ、無理矢理顔を持ち上げさせるといくらか頸筋が覗く。そこに、双剣を滑らせた。もちろん近づけるだけだが。喉元というのはたいていの場合、柔らかくて酷く弱弱しい場所だ。女性であれば特に、酷く脆い部位に見える。彼女は鍛えているからこそ一定の筋肉は着いているが、それでもここまで無抵抗にしてしまえばここが間違いなく命に関わる急所であると実感できる。太い動脈が通っているからこそ、血の巡りに合わせてそこが波打つのも感じ取れる。心音が僅かに早くなったな?無理も無いか。喉元にナイフを突きつけられりゃ多少動悸は出るだろう。

「!?」
「お嬢さんも知ってるだろうが、世の中、綺麗事で済まない世界もあってな。俺達はそこの住民だ。常識も違えば価値観も違う。……冒険者や軍でその力を使えば良いのになんてのは、俺達には冒涜に等しいと覚えとけ。」

悲鳴やらはあげないものの、多少なり驚きはしたようで彼女は黙ったままだ。一度息を呑んだのだけは伝わってきたが。双剣を引っ込めてしまい込む。足もどかして距離をとる。彼女は少しの間だけ、壁に寄りかかったままだったがほどなくして体勢を整えて息を深く吐き出した。裏の世界の住人にもそれなりの理由があるし流儀や矜持も存在する。それの否定は受け入れられない。なにせ何を言われようが、俺達は間違いなく存在していて事を成しているのだから。そこには善も悪もない。ただ《俺達》が居るだけ。需要が無ければ供給もないわけだし、雇いたがる連中の問題が後ろ暗くなければ俺達も要らないかもしれない。現実としては居るわけだが。

「すみま、せん。出すぎたことを。」
「国や軍に所属してりゃ殺しが許されるわけでも無い。軍に属してる奴にも、快楽的に殺人を好むやつが紛れてたりするぞ。そこにいれば少なくとも仕事としての殺しは肯定的に評価される。合法的に殺戮して回れるのを喜んでやってる奴も居る。」
「……。」
「……なるだけ俺みたいな屑に遭遇しない事を祈っとくぞ。」
「屑……なんかでは無い、かと。」

人殺しが屑じゃない訳はないんだが、面白い子だ。ともかく行くぞと促して、古城を後にする。石造りの建物から、森の湿った土に足元が変化する。ドスンと重い音を立てながらトレントが歩き回っているが、俺達の方が力があると察しているようで襲ってくる気配は無い。キャンプ・トランキルは沼地のど真ん中にあって、どうしても沼地を歩かねばならないが仕方ない。念の為に警戒はしながら、沼地の方を目指す。彼女の方も周りに気を配っているようだ。さっきやり合った連中とは別のゴロツキに会う可能性だってある。何かの理由で激昂した魔物が突然走り出してくるとも限らない。なにより、俺が安全な相手ではないと分かっている筈だからこそだ。沼地が見えてきてすぐ、俺だけ足を止める。ここから引き返して殴った連中がどうなったのか多少なり確かめないとならない。いや、別にどうなってても構わないのだが個人的に気になる。レッドベリーに始末されていたら少々、後味が悪いがその時はその時だ。

「俺はここで引き返す。真っ直ぐトランキルに行けよ。」
「はい。その、ご迷惑おかけしました。」
「自分が厄介に巻き込まれないようそっちを気をつけろ。」

じゃあなと手早く立ち去ることにする。沼地を抜けるのに歩くよりチョコボなりに乗ったほうが良いと判断したのか背中からクエェという鳴き声がした後にバチャリと湿地を蹴りつける音が聞こえて来た。きちんとキャンプの方に向かったらしい。万が一着いてきたら追い払うつもりだったが心配なさそうだな。ならばと手早く先程のゴロツキの寝ぐらに戻る。念の為に姿も消しておいて。俺が殴る蹴るをした後、レッドベリーが乱入してきてそれなりに巻き込んだ訳だが……。どうやら、レッドベリーの連中は此奴らを見逃したようだ。怪我人を優先してヤキを入れるにしても次に覚えとけという事のようだ。俺が殺した奴もご丁寧に運び出して持ち帰ったようだ。血の後だけはそのまま。首筋を掻っ切った奴と腹を刺した奴が手当てで生き延びるか否かだな。手加減する暇はないと本気で成したから駄目かも分からん。少数のゴロツキで有るここの奴等は、あの乱闘騒ぎで俺の投げたナイフに当たったりもしたようで負傷の数は増えた様子だが、お互い手当てをしあって一応、ひとところ着いたらしい。レッドベリーに場所がバレたし目もつけられた。俺のような誰の差し金か分からない襲撃者まで表れて散々だと愚痴りながら、寝ぐらを変える相談をしている。中には足を洗うべきじゃないかと悩みだした奴も居るようだ。グリダニア領を出るという選択肢もあろう。最も他所の方がマシだと断言はできないんだがな。どこも問題はある。ともかく、俺の仕事はこれ以上する事は無いな。依頼通り適当にシメたし帰るとしよう。適当に距離をとって、姿を消したままでその場を立ち去る。余分な乱戦をしたし泥は被ったし汗を掻いてて夜風が冷たい。風邪を引いちまう前に身支度を整えたいものだ。

 件のゴロツキをシメた仕事は報酬もきちんと受け取って滞りなく終了した。彼らが真っ当に生きてくれるようになればなお良い、などと言いながら依頼人の行商が帰っていく。その割に真っ当では無い俺を頼るんだな?そのうえ自分のことは真っ当だと信じているらしい。裏の世界の脚を突っ込んでおきながら、面白い奴だ。ひとまず一仕事済んだので元締めにも報告を済ませるとまたしばらく休みを入れることも伝える。一つ仕事を終えたら必ず少しでも手をつけない期間を設ける事にしているから言わなくても元締めは解って居るがだからといって黙って消えるのはよろしく無い。なら家に帰って休むかと店の裏から外に出て気配や姿を消しておく。まだ夕方で暗くは無い。仕事帰りに食事に来る表のお客がチラホラと店にやってくるのが分かる。これから夜勤だからその前に飯を食おうと言う奴も中には居る。乾いた地面を踏みしめて数人の人が行き交うのを確かめながらウルダハの方に歩いて向かう。別に急いでもいないし、夕焼けを見るのが好きだしこのまま歩いて帰るか。あまり見えてはいないのは確かだが、夕焼け空が昔から好きだ。東のオサード大陸の方がより紅く鮮やかな色で彼方の方が俺は好きなのだが、ここは西のエオルゼアだ。最もこちらの夕日も綺麗だが。時折空を確かめながら歩いているうちに、紅は緩やかに紫に変わって濃紺になり黒くなっていく。夕焼け空と言うのは見ていられる時間が少ない。もっと長く見ていたいのにな。コッファー&コフィンがある辺りに差し掛かった時に聞き覚えのある足音を聞きつける。どこで聞いた音だったかと思いながら視線を巡らせて、軽装備の剣士二人に行き着いた。……あぁ、あのレディに任せた仕事の屋敷に勤めてる守兵か、俺が寝かせて置いた奴等だな。あの時と変わらない服装と言うことは解雇されてないということか。主人が余罪だらけで殺されたとなれば屋敷の住民達は悪い意味で大騒ぎだろうに、此奴らを雇う余裕はまだあると言うことなのか、他に何か理由があるか……。思わず会話を盗み聞きしてしまう。聞いている限り最近は給金は下げられるし人手は減るし厄介な事になったなと愚痴をこぼしている。なるほど、解雇された連中もいる訳だ。余罪まみれでも本人が死んだ以上、本人を捕縛して懲罰を与えることもできない。せいぜい荒稼ぎしていたソイツの金を被害者達に補償として支払うくらいか。生きている妻子は出し渋るだろうが、死んだ主人のやったことが明るみに出た以上、何もしないで居るのは難しい。ロロリトクラスの権力と財力があるならば周りを黙らせる事が出来たかもしれないが、無理だろう、あの家族では。補償に出す金を貯蓄から切り崩したり守兵やメイド達を減らして用立てて、自分たちのもとに少しでも残そうと言うのだろうが、下手すると破産かも知らんな。女達に手を出した数もそれなりで、さらにはご禁制の品を取り扱っていた重罪がある。妻子は知らないとシラを切ればいいかも知れないが、取引の書類なんかが恐らく残っていて取引相手もついでに追求されてる事だろう。殺された主人がヘマをしなければ追求を受けなかったはずと腹を立てているかもしれない。まぁ、本人は死んでるからシメるのも無理だがな。

「だからって本当にやるのか?」
「給金がゼロにされるならやるしか無いだろう……気は進まないけど。」

なんの話だ?

なにやら不穏な会話だなと思って小首を傾げてしまう。どうやら此奴らはこれから夜の見張り番になる様子でその前にコッファー&コフィンで飯を済ませて出てきたところのようだが……。そのまま屋敷に向かうのかと思いきや店を出た場所で何かを、誰かをか?待っているらしい。……。なにぶん、レディが始末した主人の息子もゲスなワケで、親父譲りに良からぬ事でも考えているのかと勘ぐってしまう。本来なら関わるべきでは無いのだろうがと思いつつ様子を見ていると、チョコボが2頭近づいて来た。行商や此奴らと同じ守兵ではない。冒険者か?とも思ったがソレとも違う。クエっと鳴きながらチョコボが立ち止り、ひらりと身軽な動きで軽装の男二人が降りてくる。……どちらかと《俺達》のような、影の世界の連中の気配を感じる。外で誰かに見られても不自然ではない、冒険者か傭兵か、そういう装いをしてはいるが裏の住民が纏う独特な気配を消せていない。どこか冷たく後ろ暗い。殺し屋では無さそうだが……。チョコボの手綱を掴んだままで、後から来た男たちが守兵との距離を詰めた。敵意のある詰め方ではない。どちらかというと密談するような、お互いにしか分からない会話をするために距離を縮めたような。

「例の女は?」
「これから来るはずだ。仲間は指定地点で待機してる。」
「分かった。」

短いやり取りの後、あとから来た男たちだけが残り、守兵の二人はそそくさと去っていく。今度は軽装の男たちが、チョコボを伴ったまま店先で誰かを待っている。例の女、と表現しあたり女性が来るのだろうが……。立ち去って構わない、関係のない話のはずだが嫌な予感がしていて立ち去れない。もう少し様子を見ていて見るとしよう。幸い、去った守兵もだが後からきた連中も俺には気が付いていないようだ。そうそう簡単には見つからないだろう。同じ忍びであっても隠れてしまっている状態だと、相手を見つけるのが難しい程だ。余程気配に敏感か、《命》を、エーテルを視ることが出来れば見つけられるだろうがそこまでの力量をもった奴というのにはあまりお目にかかれない。かかりたいとも思わないが、発見されればこっちは面倒くさいだけだしな。日が暮れて、暗くなっていくザナラーンは次第に冷え込んでくる。俺は厚着だからあまり体感温度を下げずに済むが、後から合流した奴らは少々寒そうだ。カサカサと枯草が夜風に押されて転がる微かな音がする。会話も無いから自然の音が良く聞こえてきた。魔物が遠くを歩く音に夜風、少ない草木のこすれる音。そこに、ここにいる男たちが体勢を変えるときに聞こえる足音や服が擦れる音が混ざりこむ。何を待っているのやらと、風の音を聞いていたらそこにチョコボの足音が混ざり始める。こちらに向かって走ってくるのかだんだん近づいてきていた。……この足音……聞き覚えのあるチョコボの足音だな……?人の足音と同じようにチョコボも歩きグセや走り癖が影響して少しずつ音が違う。この音は……ちょっと待てよ……嫌な予感が大きくなる。ゆっくりと大きくなってきたチョコボの足音。姿が暗がりの中に見え始めて、思わず肩をすくめて空を仰いでしまう。どういう事だこれは。ますます嫌な予感が確信に寄っていく。男たちの傍までやってきたチョコボが緩やかに止まり、その背中から軽装の冒険者が下りてくる。街着、と言えばいいだろうか。戦うための服装ではないとすぐに分かるが、その背中には得物である槍がきちんと背負われている。お待たせしてすみません、と彼女が男たちにお辞儀をする。

「頼まれたモノは用意できたんですが。コレがそうです。」

屋敷の主人を狙って居た俺を目撃し、ゴロツキをシメている現場を目撃して共闘したエレゼンの槍使い。さらに突っ込んだことを言えば《俺》と栗丸が熊に食われかけていた時に助けてくれた冒険者のジゼル。出来れば冒険者の方だけに縁があってほしいんだが裏仕事の姿で遭遇するのはこれで三度目か。今、向こうは隠れたままの俺に気づいてないとは言え。軽装の男達に頼まれた、という品を彼らに差し出している。小さな箱で、中身が何かまでは分からない。音を聞くにコトンとかすかに固い音がした。木箱の中に、何か固い物が収まっているらしい。箱からして小さいから大きな品では無いのだろう。差し出されたその小さな箱を、男たちは受けとろうとはしない。興味深そうにのぞき込む素振りだけはしたが。

「中身の確認は、あんたと俺達の雇い主を交えて行いたいと言われたのは覚えてるな?」
「ええ。一応そのつもりでは居ますが……。」

ジゼルが本当ならばここで帰りたいと言いたげな顔になる。目の前の男たちに何かしら、胡乱な空気を感じるのだろう、彼女は警戒心が強い。が、仕事として引き受けたからそこはきちんとこなすという意思もあるようだ。男たちも念を押しただけで、あれこれと乱暴な物言いをしたり態度を悪くしたりするわけでもなしに、ならウルダハのほうまで移動だ、とチョコボに乗るように促して自分たちはさっさと乗ってしまった。ジゼルが仕方なさそうにしつつ、自分のチョコボにまたがるのを確かめると行くぞ、とだけ短く告げて走り出してしまう。さて、追うとなると俺も騎獣なりに乗りたいが今、乗ってしまうとバレてしまう。ある程度の距離を、姿を消したまま走って追跡してその背中を見失わない距離で、相手には感づかれない距離で黒い獣を呼び出した。グルルと喉を鳴らしながら、黒と赤の斑を持つブラックパンサーが俺の傍らにやってきて大人しく座り込んだ。いい子だなと撫でてやると満足そうに頭を手にこすりつけてきて、長い髭を微かにふるわせて見せる。さっそく頼むぞと声をかけて跨った。こういった獣に乗る場合はさすがに姿を消せないから、今の俺は丸見えだが幸い辺りは暗いし、ジゼルたちの背中はだいぶ遠くなった。この子の脚なら距離は縮められるし、気が付かれないように後を着けるとしよう。

 方向としてはウルダハの方。ウルダハへとアイツらははっきり話したからそこはまあ予想済みだが、問題はウルダハのどこへ行くか、だ。ウルダハへたどり着いて大門をくぐって行くのを遠目で確かめたのち、急いで距離を詰める。あまり離れてしまうと視力の悪い俺は彼らを着けるのが難しくなってしまうからだ。ジゼルの足音や気配を覚えているから一応ある程度なら追跡できるがそれでも労力が増えるのは間違いない。手早く門の近くまで行くとブラックパンサーから降りる。あとでしっかり美味しいものをやるからな、と伝えると、分かったと返事をして素直に立ち去っていく。きちんと俺の設えた寝床に帰っているだろう。訓練をしたとはいえ賢い子で有難い。すぐに門をくぐって目視で確認した後に念を入れて気配を探って、足音を追いかける。最悪エーテルを視ればいいがまだ見失う程の距離ではないようだ。素早く物影で姿を消しなおした。

 ジゼルと男たちが向かっていたのはウルダハの中でも富裕層が住まう区画がある方向だ。……依頼主とやらが誰なのか分からないが、少し前にあの主人の屋敷でゴタゴタしたからこそこちらに向かうのを見るとより不信感が募る。それはジゼルも同じのようだ。彼女はあの守兵たちから、もうあの屋敷には近寄らない方がいいと言われている。殺された先代の子息の好みの顔立ちなうえ、その子息がなかなかに下衆だから、と。今のジゼルは重装備をしていない。冒険者として危険な土地を出歩く時や、その帰り道だったりすれば普通に鎧を纏っていたのだろうが、今の格好はかなりラフだ。荷物を届けるだけ、だからだろうか。布やレザー主体の軽装備。それこそ俺が身につける様な。槍だけはきちんと背負っているが……。……ともかく引き続いて跡をつけるか。軽装の男二人がごく自然に彼女と並んで歩いていく。普段の通りの道なりに行くようでコソコソするわけでもなしにナル大門を通り抜けて高級住宅街へ入っていく。夕焼けが過ぎて辺りはそれなりに暗い。マーケットの方は冒険者やらが行き交っていて今の時間でも賑やかだが住宅街となると少し様子が変わる。真夜中ではなくてもそれなりに静かになっている。それにしても。男たちが誘導していく道が、明らかに人気の少ない細い道なのは気にかかる。富裕層の暮らす区画に案内しているのだから依頼主とやらが金持ちだと仮定して、だ。こんな細い道を行く必要が果たしてあるだろうか。屋敷の出入り口につながる道という奴は大概、大通りに面しているからこんな細い場所に入る必要はないはず。ジゼルが目に見えて、おかしいのではないか?と考え始めたのが分かる。それでも頼まれたと言う品を持たされたままだから手は塞がっているし、槍に手を持っていくことが出来ない状態だった。

 薄暗い道。どこへ向かっているんです?と彼女が問いただそうとした瞬間だった。細い道の、脇からだ。あの守兵が飛び出してくるなりガバっと彼女の口元に布を押し当てる。驚いて抵抗しようとしたジゼルの血の気が引いていくのがなんとか見えていた。薬か。目が力なく泳いですぐに全身から力が抜けてしまって守兵にもたれかかるように倒れてしまう。それを確かめてから、脇道から数人、ほかの守兵が姿を現した。仲間は指定地点で待機している、とさっき言っていたが……なるほど。放って置かなくて正解だ。軽装の男たちと守兵が小声でやり取りしながら、彼女を何人かで抱え上げて何処かに運んでいく。こいつらが出てきて彼女を気絶させたとなれば、おそらくは行き先はあの屋敷なんだろう。が、さすがにそのまま屋敷に、とは行かないようだ。目立つし何より気絶した女をコソコソ運んでるなんて見られたら、まぁよからぬ事を考えてると思われるだろう。彼女が抱えていた品とやらもちゃっかり一緒に運んでいるから、品自体も欲しいのか?欲張りな奴らだな。屋敷や家々の並ぶ合間に設えてある倉庫のようなところに、そいつ等でジゼルを運び込んだのを確かめて、そのまま《一緒に》倉庫の中に入り込んだ。ヒトを一人抱えて運ぶというのは多少なり扉を開けるにも締めるにも時間がかかるから、その隙についでに俺も入る。姿を隠したまま、足音も気配も息も殺して悟られないままに。いくつかの木箱があって、中には色々と品も入っているようだ。食品だったり衣服だったり。買い付けたやつを保管しておく場所だな。並んだ木箱の一つが空らしく、出入り口のドアのように箱の一箇所の留め具を外して開くと毛布と例の品物とやらを放り込んでから、ジゼルの手足をロープで縛り、槍も外して声を出しづらいようにする為だろう、布で簡易的な猿轡をこさえて噛ませている。……嫌に手際がいいな。最初からコッチが主な目的だったか。薬品を嗅がされた気絶というのは吸い込んでしまった量にもよるし薬品の種類にもよるが、覚醒にそこそこ時間がかかるし目を覚ましても大概、気分が悪かったり頭が痛かったりで直ぐには身動きがとれない。その上、縛られてるとなるとまぁ厄介だな。縄抜けの技術を持っていたとしても、思い通りに動かない体で、激しい吐き気や頭痛をこらえながらこなすというのは簡単じゃない。ゆっくりと木箱が閉まる。

「……ごめんよ。」

小声で守兵が謝るのが聞こえてくる。謝るくらいなら最初からやるなと思わんでもない。彼女を《連れてこい》と下衆な坊ちゃんに指示されたんだろう。そうすれば首にせず給金も特別にあげてやるから、とでも。逆に《連れてこない》ならば解雇だ、とでも言われたか。そんな下衆のところに勤めるくらいならいっそ首にしてもらって次の職場を探した方が良さそうなもんだが……まぁ職探しというのも楽ではないのは間違いない。そのうえで、こいつ等が直にジゼルに品物の調達を頼んだら最初から警戒して引き受けてくれないと踏んで、この胡散臭そうな軽装の男をわざわざ雇ったわけだ。下衆だな、本当に。このまま木箱を荷物か何かだと装いながら屋敷に運び込む算段なのだろう。だから既に数名の守兵が集まっているわけか。荷車に乗せる作業をし始めたのを見て、どうしたものかなと少しだけ考える。そもそも本来ならば関係のない事態ではある。今の俺は《絶影であって刹ではない》のだから彼女とは友人でも無ければ仲間でもない。が、《刹にとっては》友人であり冒険者仲間であり、命の恩人だ。どうするか?と僅かな時間だけ、《相談をする。》後を着けてきた時点でもはや決まっているようなモノではあったが、確認というのは大事な事だ。結論として《刹から絶影にジゼルの救出を依頼する形》になった。彼女を無事に助け出し、可能であればこの事態をたくらんだ奴に多少の制裁を与える事。そうと決まれば行動だな。

 こういう下衆どもに容赦をするのは面白くはないのだが、ここでこいつ等を全滅させても厄介だろう。俺は別に何ともないが、ジゼルがあとあと困惑する羽目になろうし。自分の救助のために実行犯が皆殺しにされていた、というのは結構刺激的だろうからな。……なら、休んでいただくしかなさそうだな?ニっと口の端を持ち上げる。一仕事と行こうか。荷物を簡単な滑車に乗せようとしている一人に、後ろからあの針を投げて突き刺した。まだ、誰も俺の姿には気が付いていない。軽装の後から合流した二人は出入口を念のために見張っていてこっちを見ていないし、守兵たちも自分の仕事に夢中だからだ。針を刺した守兵が一瞬、痛みがきたな?と言いたげに不思議そうな顔をしたが、ほどなく全身から力を失い始める。木箱を支えていたはずが支えきれなくなってガタっと箱の角がバランスを保てなくなって大きく傾く。俺はその隙にさっさと姿をまた隠した。おいどうしたちゃんと持て、と元気な守兵たちが声を出し、箱を支えるのではなく補助できるようにと控えていた一人が慌てて角を支え始める。針を刺した奴はフラフラよろめいてひっくり返るとそのまま眠ってしまった。出入口を見張っていた胡乱な二人も何事だと視線をこっちへもってきている。この場にいるのは全部で九人。守兵が七人にあの軽装達が二人。うち二人は以前、俺が寝かしたことの有る奴だ。だからこそだろう、いきなりステンとひっくり返って寝てしまったソイツを見て、その二人が顔を見合わせる。あの時の俺達のようではないか?と確かめるように。だとするならばここに、居るはずがない、居てはならない奴が一人紛れ込んでいるんじゃないか?と。姿を隠した《誰か》を想像しながら同時に、レディのように誰か化けて紛れ込んでいるのでは?とも思ったらしい。ちょっと中断しよう、と《荷物》の移動を途中でやめてしまう。それから守兵たちだけでまずは確認をしあった。確かに俺達はいつもあの屋敷で働いている顔なじみだな?とお互いを確認し始めた。屋敷のどこを警備しているのか、緊急時の合言葉は何か。本来あそこに勤めていなければ分からない事柄を一人一人確かめている。まあ、俺達はそう言ったものもきちんと調べてある。さすがに今回、こいつらがどこを担当しているかまでは調べていないが、緊急時の合言葉は調べがついているな。外からやってきた軽装の二人は怪訝そうにしたが、特に口をはさむつもりは無いようで守兵たちを気にしつつも外の見張りを続けている。当然、守兵のやりとりは気になっているだろうが外の奴に今の時間倉庫でコソコソしているのを見られる方を避けたいらしい。本来この時間帯、倉庫は無人のはずでガタガタ言っていたらコソ泥か何かを疑われる。疑って近寄ってきたやつがいたら、急ぎで搬出しなくてはいけない積み荷があるとでも言い訳して追い返すつもりなのだろう。万が一、怪しい奴がいたぞと屋敷の方へ連絡がいってもそいつらはコチラで雇った連中だとバカ息子の方も口裏合わせもできる。一通り、守兵たちがお互いを確認し終えてどうやら守兵の自分たちに誰か紛れ込んだわけでは無いらしい、と結論付けた。ならばあの外から来た二人はどうだ?と疑いの目を向ける。疑心暗鬼か。そのままお互い疑っていてくれ。見ている俺は楽しいぞ。寝かされたことがある二人の守兵が、出入り口を見張っている軽装の連中に近寄ると話をし始める。今しがた、仲間の一人が急に倒れて寝始めた。実のところあんな風に、俺達は寝かせられたことがあり、寝かされた理由はおそらく先代の暗殺の邪魔になるから。それで今寝てしまった奴の倒れ方が、まさしく俺達が寝かされた時と同じだった、と。俺達も気が付かないうちに寝かされたからこそ、誰にやられたのか顔を見ていない。アウラ族だったことだけは分かっているがそれ以外の情報は無い。ここに居るのは全員ヒューランだが、ソイツが化けているとも限らない。疑いたくはないがアンタ達はどうなんだ?と。直球で突っ込んだな。不和の原因にもなりかねない話題だが、話題は振らなければ意味がない。疑いたくはないとは言うものの、疑うしかない状況だ。疑われた外部の二人組は、顔を見合わせた後に肩をすくめて見せる。確かに俺たちは外からの雇われだし信用も無いんだろうが、お前たちのこと襲ってもなにも得しないじゃないか、と。あの小娘に持ち込ませた品だってほかの冒険者に頼めばおそらくそこまで金も時間もかからず手に入る。だから横から掻っ攫う価値もさしてないし、俺達はあんなお子様な女には興味もない。女を助け出したところで何か貰えるわけでもない。それこそ雇い主から貰う対価のほうがよほど価値があるし給料のほうが大事に決まってる、と。どこか嘲笑うような態度だったからこそ、守兵たちはいくらか気分を害したようだ。だから外の奴と仕事なんかしたくなかったんだと呟くのが聞こえている。理由はなんであれ、嘲笑は相手を攻撃する意味を持つからな。

 喧嘩は始まらなかったものの、空気は明らかに険悪になった。誰か、ここに敵意を持った奴がいる。隣に立っている仲間は信頼できるはずだが外から来た者はやはり信用ならない、と守兵たちは思い、軽装の男たちは守兵が無駄な波風を立てているうえ、もし言う通りだとしてもアイツらの中に敵がいるかもしれない、と勘繰る。不和というのはある意味俺が動くやすくなる材料になる。せいぜいいがみ合ってればいい。ともかく、荷物を支度してしまおうとここで転がしておいては邪魔になるからと、寝てしまった奴を倉庫の端へ連れていこうと一人がずるずるそいつを引きずっていく。一人で、か。不用心なことを。作業の邪魔にならない部屋の隅は死角になっているのに、どうして一人でやろうと思ったのか。ここには敵意を持った《誰か》がいるとさっき話したばかりなのに。笑えてしまう。声は出さないが。スヤスヤと寝ている仲間を引きずり込んで、重かったとため息をついて戻ろうとするソイツの背後に回り込む。足音も気配ももちろん無いまま。スっと肩を掴み、えっと振り返ろうとしたソイツの首に針を突き刺した。ごく細いものだが、少々濃度の濃い睡眠毒が丁寧に塗ってある。痛みは微かだが、突き刺さった先から毒が拡散していって一気に全身を蝕んで力を奪って、意識も奪い取る。致死毒ではないし、いくらか濃いとはいえうっかり対象が死なないように気を着けてはいるつもりだ。相手の体質にもよるから死んじまったらスマンという事になるがやってみないと分からない。ソイツは死に至るようなことも無く、しばらく振り返ろうと頑張っていたが力が出ないままこっちにもたれこんできたので、ドサリという倒れる音をたてないように抱え込むと先に寝ている奴の傍に添い寝させておいた。さあ守兵達はどうするか?姿を丁寧に隠しなおしながら、覗き込むと荷物を載せようにも人手が欲しいと死角へ引きずっていった奴を待っている。が、なかなか戻ってこないと悟ってまさかという顔になった。不用心過ぎて面白い。七人いるうちの二人を寝かせたから、特別な荷物の傍にいるのは五人。顔を見合わせた後に二人が組んでこちらに向かってくる。さすがに一人はまずいと思ったか。その判断が遅すぎる気がするが、まあいい。俺には好都合だ。死角になった、俺が二人仲良く寝かせた奴の姿を視界にとらえて二人がオイ!と寝ている連中に声を掛けるが当然、起きない。二人とも寝ちまってる!と片方が思わず声を上げたのをキッカケに守兵たちが全員寄ってきた。

「なっ……!なんで二人とも寝てるんだよ!」
「一人でやらせちゃダメだったんだ。やっぱり誰かいる……!」
「あいつ等だったりするんじゃないのか?よそ者だぜ。」
「でも俺たちがアッチで荷物を弄ってた時、あいつ等だって出入り口に居たのを見たから違う。先に寝てた奴が実は寝てなかったとかは?」
「ありうるだろうけど……今確かめる限り確実に寝てるぞコイツ。」

ざわざわと守兵たちが話しているのを、出入り口の護衛をしている二人が怪訝そうにする。一人いつの間にか寝かせられて、どうも誰か危険な奴が入り込んでいると話をした直後だからこそ何か良くないことが起きているというのは分かっているようだ、が、近づいては来ない。職務に忠実で結構なことだ。片方は守兵たちを気にしつつ外を、片方は守兵に近寄った方が良いかと少しだけ移動をし始めていた。ならお前たちからでいいな。手早く移動して、外を気にしている奴を襲う。同じように睡眠毒の針を突きして倒れる前に素早く横倒しにした。支えずとも倒れるのは間違いないが、静かに横にしたからこそもう一人は俺に気が付かない。横倒しにしてやって少しの間は意識があるだろうが薬があっという間に回っているからもう力が入らなくて動くことは出来ない。守兵のほうへ近寄ろうとした奴も迅速に針を刺して同じように倒れる音を立てさせずに寝かしてしまうと素早く物影に引っ込んだ。さあどうする。疑ってかかったよそ者も寝かされたと分かったらどう動くか?

 とりあえずいけ好かなくても状況をよそ者の二人にも伝えるべきだろう、と守兵たちが物影から戻ってくる。すぐに倒れた二人を見つけて全員で顔を見合わせた。嘘だろ、と誰かが小さくつぶやいたのも分る。慌てたように駆け寄って行って揺さぶって声を掛けているが、熟睡しているから反応は無いだろうな。こいつ等が寝てるってことは……とまだ起きている五人が全員の顔をそれぞれで見合わせて、まさかこの中に敵対者がいるのかと疑いと不安を隠さない表情になる。

「この中に本人じゃない誰かがいるかもしれないってことか?」
「いやでも姿を隠せる奴が居るって話だったぞ!俺達はそれこそあの日、気がついたら寝かされてて……。」
「だとしても九人もいて誰も気が付かないなんてそんな……。」
「そもそも今は五人そろって仲間の事見に行ってたぜ。あの状況でこいつ等コッソリ寝かせるなんて芸当無理だろ?」
「応援、呼ぶべきか……?」

実はお前が偽物では無いかと、口には出さないもののそれぞれが自分以外を色濃く疑い始める。無理もない。一番最初、ジゼルに目撃されたときに寝かせた二人でさえ、俺の姿を直接見ていないんだから。その後、ジゼルに介抱されてアウラの男が寝かせていたという話だけは聞いただろう。その男が逃げていくとき、あっという間に姿が消えていて見つけられなくなって追いかけるのは不可能だったという事も。そしてその後、レディが変装を使って屋敷の主人を殺している。おそらく、殺人が起きたという事の方が大きな事件として認識されているだろうから、誰かが化けているのでは?という方向に考えが行ってしまいがちなのだろう。実際のところは俺がこうして隠れているだけなんだが。《特別な荷物》を運び込まねばならないのに、もはやこいつ等はソレどころではない。本当なら早く運び出したいだろう。こんな事を護衛なり、雇った奴にやらせるような下衆は、大概長い事待っているという事が得意ではない。主人を不機嫌にさせたらどんな嫌味や嫌がらせがあったものか分からないだろうから、急ぎたいはずだ。が、ここに居る全員が疑心暗鬼になっている。ジゼルが吸ってしまった薬は、まだしばらく彼女を覚醒させないはずだ。だから多少騒ぎが起きていても起きてくることは無い。正確に言えば起きることが出来ない、だな。さて、少々騒がせてもらおうか、こいつ等もさっさと気が楽になりたいだろうしな。五人で円陣を組んでいるから、誰かしら襲うにも誰かの視界に必ず入る状態だ。これを隠れながらはさすがに処理しきれない。ならば暴れるのが一番早いだろう。本当なら始末をつけてしまいたいがそれは今回は我慢だ。姿を消したままで近寄って、一番俺に近い位置にいた奴を狙って手を伸ばす。スっと相手の首を後ろから押さえると同時にジワリと俺の姿が指先からにじみ出て、視線がこっちを見ていた奴らが目を丸くして口を開いたのが分かる。首を触れられている奴も当然、何かに触れられたとは分かったから振り返ろうとしているが、そいつが振り返ってしまう前にトンと微かな音を立てて針を突き刺した。途端にソイツが一瞬、痛いと訴える顔になるが即座に全身から力が抜けて行って倒れこんでしまう。あっという間に寝息を立て始めた。

「!?なッ!!お前……!?アウラ族の!!お前!!」

一番最初。屋敷を警備中に俺が寝かせた二人が俺の姿を確かめて青くなる。直接姿を見てはいないがジゼルの証言をきちんと聞いているからだろう。黒服で白髪の、黒い角をしたアウラ族の大男だった、と。

「大声をだして大丈夫か?本来なら今の時間、無人だろう?」
「ッ!!」

立っている四人が、慌てて俺から距離をとって抜刀をする。全員が片手持ちの剣に丸い盾というここら辺では珍しくも無い装備だ。威力もそこまでのものではない。一応こいつらは警備が担当で、相手を挫いて行動不能にすることが前提だ。俺のように殺すのが前提の装備ではないから、多少威力が控えめになっている。容疑者を殺してはならない、という奴だな。俺はまだ抜刀しない。うかつな抜刀はそれこそ相手を倒すように意識が行ってしまいそうだ。背筋は伸ばしたまま、四人の動きやらを注視しておく。まあ、視界的な意味ではないが。足音からしてじりじり後ずさろうとしているのも分る。俺が殺しを生業にしているとある程度知っているからこそだろう。そのうえでおそらく得たいがしれないとも思っているはずだ。全く姿を見せないまま半分は寝かしつけたんだからな。

「よくもまあ、《こんな下衆な真似》を。アレも下衆だったがその息子も同等に屑ときた。血は争えんな。アンタらも片棒担いだなら同じ下衆で屑だな。」
「お、俺達はあんな酷くない!」
「《荷物》を運び入れたらどうされるか、察している癖にどの口がそんな事を。まぁなんでもいい。その《特別な荷物》を奪還してくれと《頼まれてる》んでな。お前たちもそれなりに気に病んで疲れたろ?そこで寝てろ。」

相手が一斉に襲いかかってこようとする瞬間に袖から針を投げる。あの時のように《ゆっくり休んで頂く為》の細工をした隠し針。直接突き刺しに行くことももちろん多いが、こうして投擲武器として扱う事も出来る。投擲用に加工した奴のほうがいくらか針が大きいが。プスリと小さな音を立ててそいつ等の剥き出しの首や鎖骨のあたりに刺さって程なく、ふらふらとよろめいてバタンと倒れてしまう。コイツらの装備が軽装備で助かる。フルアーマーじゃ肌が出る隙間を狙わなきゃならなくて大変だが、幸いコイツらは首から鎖骨までが多少なり剥き出しだった。もちろん首じゃなくたって針は刺さるし寝付かせることは出来るのだが、こいつ等の装備だと首を狙うのが一番楽だった。寝付いたソイツらから針を念のために回収して、先に寝かせて死角へ運ばれていた奴らのところまで運んでしまう。軽装のよそ者二人も同じ場所に運び込んで仲良く雑魚寝させておこう。物陰だらけと言うのは楽でいい。隠すのも隠れるのもあちこちで出来る。よく寝ているそいつ等を確かめて、急いでジゼルの閉じ込められた木箱を開いて、意識のまだ戻らない彼女を抱え上げて外へと出した。一度、適当な場所に寝かせ直す。手足のロープも布の轡も外しておいた。寝ている連中を代わりに箱に詰めてやろうかと思ったが最悪発見されずに仲良くミイラになるかもしれないのでやめておく。あくまでジゼルの救出が《依頼》だ。あの連中が取り上げた槍を回収して俺が背負っておく。例の荷物とやらは彼女が持ち込んだあたり、おかしな品では無いのだろうからそのまま置いとこう。本当なら回収したいが彼女が優先だ。ジゼルには悪いがボロいローブを纏わせておいて抱え上げる。ぐったりしているからこそ重いが甲冑姿ではないだけマシだな。人目のつかない経路を頭の中で組み立てて倉庫の裏から静かに立ち去る。だいぶ暗くなっていたからこそ、その闇に紛れてウルダハからザナラーンまで誰にも見つからずに抜けられた。あそこの先代主人がターゲットだった時にあちこち逃走経路やら想定して調べておいたのが役に立ったな。覚えておいて良かった。長距離の移動はしづらいし、宿にこの状態のジゼルを運ぶのは少々憚られる。意識の無さそうな女を抱えて宿に、なんてそれこそ下衆がやりかねない事で宿の店員に咎められかねない。無論、身内を運んできたと言い張ることも出来なくはないが無用な騒ぎにしたくないしな。出来ればもう少し距離を稼ぎたい。が、ドライドロップに連れ込むのも避けたい。と言うか無理だ。あそこは普通の飲み屋を装ってる訳でいくらそこに勤めてるとは言え個人的な事で表の友人を連れ込めない。実家も近いが今の俺は絶影だからこの姿では近寄りたくないし。今一時的にジゼルを寝かせているのはザナラーン名物、ササガン大樹の裏で、ゆっくり休む場所とは言い難い。疎らに生えた草の荒れ地。辺りを人の頭ほどある蜂がウロウロと飛び回っている。夜だと言うのにこいつ等いつ寝てるんだろうか。ちなみにここの大蜂、気性は大人しいので突いたりしなければ無害だ。さて……。少々無理矢理だが言い訳を考えてリトルアラミゴの方に抜けるか……。槍を一度おろしてから手持ちにあったもう一つのローブを自分で着て、また槍も背負う。それから彼女を再び横抱きで抱え上げた。まだ目を覚まさない。しばらくはこのままだろう。ならそれを利用させて貰うしかない。なるべく足早に、それでもあまりガタガタ揺らさぬように。中央ザナラーンからリトルアラミゴのある南ザナラーンに抜ける境目には不滅隊の警備があるのだが、この風貌にこの横抱き状態では声をかけられる可能性が高い。それらしい言い訳が必要だ。俺の見た目が刹のほうだったらもっと簡単だったろうが絶影の状態で逃走が目的となるとあまり見た目を覚えられたくない。からローブを着込んだがこれがまた怪しい。魔道士と言い張れば良いとは言え。ともかく。問題の境目に来て、案の定見張りのルガディンに怪訝そうにされる。連れさんは具合が悪そうだがどこに行くつもりだ?と。

「見ての通り先が長くなさそうで、東ザナラーンに行きたい。」
「あぁ……そうか。アンホーリーエアーからのほうが楽そうだがここに来てるならこっちからでも……どっちにせよ気をつけてな。連れさんが救われると祈っておくぜ。」
「ありがとう。」

大嘘なのだが彼は信じてくれたようだ。それだけジゼルはぐったりして見えると言うことでもある。ローブを着てもらったのは見た目を誤魔化す為でもあったが、そのおかげでより具合が悪そうに見えたようだ。体調が悪く、顔色や皮膚が変調をきたしているのを見られないようにとローブを着込むなんて事もあるからだろう。南ザナラーンを抜けた先、東ザナラーンには縁者の無いものや貧しい者達の死者を弔ってくれる教会がある。だから、そこを目指しているという嘘をついた訳だ。なんにせよ体良く彼が騙されてくれてよかった。急いで南ザナラーンに入るとそのまま近場の集落であるリトルアラミゴに入り込む。そこの入り口にも見張りは居たが、連れの具合が悪いので休ませてほしいと頼むと、少しだけ警戒する素振りを見せたが揉め事は起こすなよとだけ告げて通してくれた。有り難い。さて、後は。腕が疲れてきたがもう少し。リトルアラミゴは帝国支配時代のアラミゴから逃げてきた難民が暮らしている小さな集落だ。ウルダハにもグリダニアにも馴染めなかった少しばかり癖の強い、頑固な性質のアラミゴ人が多くいる。最も今は、アラミゴが独立を果たしたからなのか、前のような卑屈で鬱屈したような空気は随分と薄れた。それでも念を押すに越したことはない。アラミゴ人達のまとめ役に会いに行く。初老だろうそのハイランダーは常々落ち着いていて、暴走しがちな血の気の荒いアラミゴ人達を上手いことまとめている。

「グンドバルド。」
「……お前は。」
「《絶影》だ。」
「そうか。《では》絶影、何用だ?その子は?」
「タチの悪いのに絡まれてな。匿いながら休ませてやりたい。悪いんだが場所を借りたい。無論、後々になるが礼は尽くす。」
「そうか。休ませてやると良い。礼には及ばぬ。」
「感謝するよ。」

深くは詮索せずに、顔役のグンドバルドがすぐに休ませてやれと承諾してくれる。有り難い。集落の片隅に潜り込むようにしてジゼルを下ろしてやる。本当ならベッドに寝かせてやりたいが、ここにはそう言う物資もあまり無い。体を休められるだけ良い。グンドバルドが承諾してくれた以上、ジゼルを探すやつが現れても追い払うかシラを切ってくれるはずだ。まぁ、あの寝かしつけた九人がいつ見つかるかによるな。時間がかかってくれれば一番良い。

真夜中を過ぎてからか、小さな呻きをこぼした後にジゼルがハッとしたように顔を上げようとする。が、薬の影響がまだあるのだろう、頭を片手で抑えて声を殺して唸っている。急に動くと痛かろうな。

「……動かん方が良いぞ。」
「……ぁれ?あなた、アレ?」
「混乱するのも無理は無いな。《依頼》を受けてお嬢さんの奪還をした。」
「……あぁ、ええと……。」
「喋らなくて良いぞ。大方把握してる。動くんじゃ無いぞ?薬が消えるまで頭痛やら吐き気が残る。」
「……はぃ。」

起き上がろうとしていたのを諦めて、ジゼルがゆっくり体勢を崩して横になり直した。寝心地は良く無いとは思うが仕方ない。起き上がれるようになるのにもう一時間くらい必要か?様子を見つつ、起き上がれるようになったら白湯を飲めるようにしておこう。近くで焚き火を囲っているアラミゴ人に頼んで火を借りる。いつもここで火を見ているアメロットは口と態度こそ荒いが気のいい人だ。俺の連れ合いが具合悪そうだと気がついていて、そのために湯を沸かしたいと話すと遠慮なく使えと火を貸してくれる。有り難い。湯が沸く頃に、ジゼルは起き上がる気力を持ち直したらしい。アメロットに改めて礼を言って小ぶりなヤカンを手に元いた場所へ戻る。少しふらふらとしながらも起き上がったジゼルはローブについたフードをそっとめくって顔を出していた。コップに湯を注いで、少し水を足して熱さを調整したやつを手渡してやる。本当なら自然に冷めるのを待った奴がいいが、まあ良いだろう。熱い湯の残るヤカンは、適当な石を積んでそこに乗せた。ゆっくりそれを飲むようにと伝えると、少し迷ったようだったが口にしてくれた。毒やら睡眠薬の話があったくらいだし、 俺は今、絶影だしな。刹であったらすんなり飲んでくれただろうが。ヤカンにはまだ湯が残っているから、自分で出来そうならこまめに飲むようにするといいと言っておく。黙って頷きながら、静かに少しずつ白湯を呑み込んでいる。えずくような素振りを見せないから、吐き気は収まっている感じか……?

「……美味しい。……普通のお白湯なのに。」
「体内が荒れてるろうからな。目眩や吐き気は?頭痛はあるか?」
「目眩が少し……あとは大丈夫です。」
「なら良い。多少は抜けたな。」

白湯を飲んでおけばさらに抜けるだろう。水でも良いが白湯の方が毒を洗い流してくれる。薬で話は無いのに、解毒作用をもたらすから面白いものだ。まだ顔色が悪いが、呼吸の音は運んでいた時よりしっかりしている。落ち着いてきているのは確かなようだ。依頼を受けてと仰っていましたけど、どなたからですか?と問われて小首を振る。普通、そういった内容は明かさない。依頼人が誰か、なぜ頼んだか、須らく秘密にしておく事だ。それもそうでした、とジゼルが軽く目を伏せて頷きを見せてくる。本当ならばお礼を伝えたいですが、と。白湯を飲んでさらに時間が経過して、彼女はだいぶ元気になってきたようだ。顔色が少しながら良くなったのが分かる。毒物というのは完全に抜け切るのに意外と時間が必要だから、数日無理はしない方が良いだろう。見た目では分からないが内臓へのダメ―ジがしばらくは残り続ける。なんとなく怠さが抜けないなんて時間が続くだろう。冒険者としてはそういう時間は退屈で叶わないだろうが、そこで無理して動いてしまうと治りかかっていた内臓が再び破壊されてしまう。そうなれば完治までの時間が伸びていくだけだ。彼女も分かっているとは思うが。

「……守兵さん……が飛びだしてきて薬を嗅がされたんですよね、私。」
「最初に品物の確認をした奴らも、例の屋敷の坊ちゃんが雇った連中で守兵たちとグルだった。お嬢さんを連れ込んだら金をやると言われたとな。」
「あぁ、それで……。……守兵さんたち親切にしてくださっていたから結構ショックです……。」
「あいつらも罪悪感はあったようだぞ。それでも実行した訳だが。」
「お屋敷が荒れたでしょうからお給金、あまり貰えてなかったのかもですね。……。あっ、依頼人さんには伝えられませんけど、ええと、ありがとうございました。」

軽く頭を下げながらいう彼女に苦笑する。ぽいっと俺の方もフードを外した。角を管理しないとならないのが面倒くさいな全く。真っ白な髪が薄暗いと少しだけ浮かび上がって見える。リトルアラミゴは洞窟のようになった場所の、穴倉のところに人が暮らしている。南ザナラーンもほかのザナラーン地方と変わらずに乾燥して暑い場所で、そのうえ南部は砂漠となっているから風が吹くと砂嵐になる。それを防いで過ごすにはこういった穴倉は都合がいい。自然にこうなった地形……なんだろうかな、良く分からないが。だからここは薄暗い。多少なり灯りは燈されていても、だ。薄暗いからこそ時間経過が分かりづらい場所だ。空が見えない。エーテライトは置いてあるからその近くは空が覗けるが、体を休める場所はそれが叶わない。まあ休みたい場所であるのにザナラーンの強烈な日差しを浴び放題になっていたらとても休めたものではないが。もう真夜中を過ぎているのは間違いない。集落の中も静かで、時折風が通る音がするだけだ。見張りに起きているアラミゴ人と不滅隊が眠気に溺れないように足踏みして土を踏む音が混じる。エーテライトがあるからこそ移動のポイントにも選ばれるから、時々、冒険者らしき奴が飛んできては何をするわけでもなく立ち去っていくこともある。走り去る音、チョコボを伴って立ち去る音。それもすぐに外の闇に溶けて行ってしまって集落の中を歩いているような奴は居ない。みんな寝ているか、静かに座っているんだろう。微かに聞こえてくる呻きもあるが、これは完治の難しい病を患った難民や、戦争の後遺症に苦しむ難民が居るからだ。満足な治療を受ける環境などここにはない。たとえ医師がやってきたとしても、ここの連中はアラミゴ人のことをアラミゴ人以外に分かるわけがない、と良く分からない理屈で治療を受けるのを突っぱねる。酷い奴は暴力に出るし、渡した薬を医師の目の前で割り捨てる奴もいる。アラミゴが奪還されてから、そういう連中もだいぶ減ったようではあるが。悲願の奪還が叶ったとはいえ、寝込んでいる難民が帰るには難しい距離だ。だが不思議と、帰れなくても祖国が自由となったと聞いて少しばかり気力を持ち直した奴もいるようだ。完治は無理かもしれんが、気のいいウルダハの薬剤師が罵倒されようと必死で滞在し続けているから、多少は良くなるかもしれない。

「追手は今のところ居ないはずだが……。なるだけ早い事、ウルダハ領から離れろ。」
「はい。そうします。……二度目は無い、ですよね……。」
「断言は出来んだろうな。しばらくはウルダハ関係の仕事は蹴る方が身のためだ。」
「そうですね。」

守兵さんたち、根は悪い人ではないのでしょうけれど、とジゼルがため息をつく。多少なりと親しくした時間があるからだろう。裏切られたような感覚は気分が良くないものだ。もうどうあろうと、あの守兵たちを使って彼女を呼び出すような真似は通用しない。謝罪をさせてほしいから会えないかと言われても彼女はさすがに蹴るだろう。信用するに値しないとなればそこまでだ。どんなに根が善人だろうが、悪事を働いたという事実は覆らない。彼女をだまして捕まえて、下衆な坊ちゃんに引き渡したらその後どうなるか、あの守兵たちは知っていたはずだ。なにせ彼女に、坊ちゃんが目を付けただろうから屋敷には近寄らない方がいいと警告までしてるんだから。そうであるのに、彼女を騙して連れ込もうとした。十分に質が悪い。たまたま俺が見ていたから良かったがそうで無かったらどうなっていたやら。いくら手練れでも、薬をかがされてマトモに動けない状態で縛られていたら、碌な抵抗が出来ないだろう。膂力は間違いなくあるはずだが、薬品で動きを鈍らされ、力が出ないとなれば相手を突き飛ばすのすら難しくなる。抵抗したいのに全く出来ないというのは恐怖だ。動かせるはずの体が怪我も無いのに動かないというのは。俺も薬品のせいで動けなくなった経験があるがアレは本能的に腹から恐ろしいと思う。

「……あまり一人にしたくないが、調べたい事がある。大丈夫か?」
「はい、意識ははっきりしておりますから。朝を待ってから動こうと思います。」
「用心をしろよ。ここの顔役は知ってるか?」
「グンドバルドさんですね。」
「彼にいくらか話をしておく。細かい話はしないがな。立ち去る時には彼に声を掛けると良い。」

分かりました、とジゼルが頷く。本当ならば立ち去るところまで見届けておきたいが……。奪還は済ませたし、これ以上、絶影の状態で関わるのは避けておきたい。これだけ遭遇回数が多いと、ひた隠しにしたところでいずれ《視られて》しまうだろう。いきなり《視られる》ほうが混乱を招く。彼女は俺と同じく《超える力》の持ち主であり、過去を幻視する能力を持っていると分かっている以上、正体を見破られるのも時間の問題だ。本来ならば知られてはならないが、さてどうしたものかな。ここまで首突っ込んでおいて考えるってのもおかしな話か。まあ今は後回しだ。なら、お大事にな、と声を掛けて立ち上がる。俺一人となれば姿を隠してしまえばいいからローブのフードは外したままで良いだろう。立ち去ろうとする背中にありがとうございますと弱めの声で礼を告げてくるのが聞こえてくる。片手をあげて聞こえたという合図だけして、グンドバルドに声を掛けに行った。場所を借りたことの礼と匿う時間をくれたことの礼を伝えて俺だけ先に立ち去ることを説明する。彼には表裏、どっちの仕事でも関わったことがあるので詳細を聞いては来ない。裏の仕事のときは不滅隊と組んで彼とも協力した事案だったんだが……とかく彼は口が堅い。逆に言えば必要な情報を引き出すのも難しいが、信頼を得ていると多少は話をしてくれる。連れ合いはもう少し休んで、夜が明けてから立ち去る予定であること。出て行くときには顔役に声をかけてから出て行くようにと指示してあると伝える。彼が理解したと頷き、ここの若者たちが手を出すとは思わないが念のために連れ合いは気に留めておくと応えてくれたのを確かめて、後日改めて礼を持って訪ねるよと宣言しておく。それからでは、と物影に入った。彼はそれを視線でチラっとだけ追いかけてきて、すぐに我関せずという体に戻る。それからチラリとジゼルのほうに視線を送り、またまるきし無関係かのように正面を向く。もう夜遅いと言うのに、隣にいる側役のような奴と交代で起きているようだ。それなりのオッサンだと思うんだが大した人だ。スっと姿を消し、物音や気配を消して手早く立ち去る。あの屋敷の連中を確かめに、ウルダハへ戻ろう。集落の外に出てから、人目に付かない位置へ入り込んで一度姿を隠す技を解いたテレポでウルダハのエーテライトへ飛んでしまう事にする。飛んだ先でまた物影で姿を隠さないとならないが、魔法の詠唱はどうしても術が溶けてしまうので仕方がない。乾燥した風が僅かに湿気を帯びるのを感じて目を開ける。南ザナラーンよりはマシな乾燥だがウルダハ都市内も十分乾燥はしている。今は夜中を過ぎているし空気は冷えていた。どこも夜は気温が下がるがウルダハは昼間との温度差が激しくて慣れないとすぐに体を壊す羽目になる。俺も住み始めたころは結構に風邪を引いたな。人目のつかない物影に入ってから姿を隠して、冷たい夜風を感じながらあの屋敷の方を目指す。倉庫も先に覗いておこうとそっちへ行ってみると、どうやらあの守兵たちは回収済みのようで人気は無くなっていた。見張りを着けたりもしてない。それもそうか、俺たちは盗みに入ったわけでは無い。無理やり連れ込まれたのを無理やり救出しただけだ。屋敷の方はというと、なるほど守兵が以前よりも少ない。さっき寝かしちまったからというのもあるだろうが、アイツらを含めて数えても以前より減っているのは確かだ。屋敷の中の気配は……ほとんど寝ていると見て良さそうだが、計画していたよからぬ事が失敗しただけあってそれに深くかかわった奴は起きているように感じる。あの時寝かせた九人はまだ薬が多少残っていて寝ぼけているかもしれん。首謀者である下衆な息子も起きているようだ。煌々とではないが、私室に灯りが燈っている。ふむ。なら明日、真昼間に改めて邪魔させてもらうか。殺すつもりは無いが、何かしらの制裁はうけて頂こう。念のために侵入経路の確認だけして帰る事にする。どうやら以前調べた経路を使う事が出来そうだ。

 後日、日を改めて例の下衆な坊ちゃんの部屋やそのほか探れば何かでそうな場所を粗方調べさせてもらった。多少なり不滅隊が物証は回収しているだろうしそこまで目新しそうで鮮度のいいモノというのは無かったが、些細なものでも垂れ込んでおけばいくらか手伝いにもなるだろう。あの日の夜に寝かせた九人だが、気の毒なことに守兵をしていた五人は口外したらどうなるか分かっているな?信用ならないからここに勤め続けろ、と脅迫されたようだ。逃げ出すことも出来るだろうに、五人共、小さくなりながらまだ屋敷に勤めているようだ。外部から雇った二人は当然、屋敷に姿が無いのでその場では分からなかったが、どうやら碌な報酬も貰えずに嫌味だけは貰って帰されたようだ。しっかり届け物自体は回収されていたが。そいつ等も念のために追跡して調べてみたが、酷い目にあったと腐っているだけでジゼルの害にはなりそうにないので放っておくことにした。本当に単なる雇われであれきりの仕事だったらしい。碌な仕事を受けてないなと思うが人のことは言えない。ロクな事をしていないからシメるみたいなのは俺の仕事ではないし、そんな正義感という奴も俺にはないしな。なんせ自分がどれほどクズなことをしてるか自覚がある。それこそ義憤に駆られて仕事するなんて善人の冒険者にでもやらせておけばいい。最も、正義感という奴も一方的なものだから絶対的な正義など無いんだが。ともあれ、集めておいた資料をこっそり不滅隊に持ち込む。表向きの俺は不滅隊に所属する冒険者部隊員の一人なわけだが……今はそっちの姿じゃない。が、受付近くにいるスウィフト大闘佐は裏の俺のことも把握してくれている。彼を介して間者の仕事を貰ったりしたからだ。なので、特に姿は隠さず、それでも気配と足音だけは消したままで不滅隊の本部へ足を運んだ。いつもの場所、いつものようにスウィフト大闘佐が立っていて、不滅隊への物資寄付をしにくる冒険者たちを密かに一人一人確かめているのが分かる。所属している冒険者たちが全うそうか、元気にしているか、場合によっては正規軍に加えられるような奴はいないか、色々な理由で行きかう連中の監視をしながら上から指示があればその指示に従う支度を常にしている。姿を隠していないからこそ、視線を動かしていた彼が俺の存在に気が付いて、おや?という顔をする。あまり俺が姿を出した状態でここに来ないのを知っているからだろう。姿を出したまま来ていたとしたら、それは表向きの冒険者の時だ。

「貴殿か、珍しいじゃないか。」
「野暮用でな。」

あまり声を出した会話はしない。俺が持ち出してきた諸々の資料は、大きめの封筒にまとめて入れてある。それから、言伝を書いた小さなメモだけはむき出してそれをこっそりと彼に見せた。文字が読めなければ出来ないやり方だが当然、お互い読むことが出来る。サっと目を通した彼が成るほどと呟いて、封筒を受け取ってくれる。メモは見せただけで渡さずにこのまま俺が持ち帰るのでポーチにしまい込んだ。

「ありがたく活用させてもらおう。」
「そうしてくれ。じゃ俺は帰るよ。」

頷いて、でわな、と短く答える大闘佐を確かめながら手早く不滅隊の本部から立ち去る。ここから先は彼らにお任せだ。調査に協力をしてくれと言われれば、それに応じるがたぶん無いだろう。やれやれ、野盗を伸す仕事の後、休むつもりでいたのが随分動いてしまったな。今度こそ数日ゆっくりするとしよう。また栗丸に拗ねられちまう。


後編へ続く

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