見出し画像

表裏の縁Ⅲ:肆

 決めておいた日時。シロガネにある自宅ではレンや兄貴をはじめ同居人たちが例によって不在にしてくれている。雷刃だけは手伝いを兼ねて居残ってくれているが。今回は珍しくアドゥガンも出かけてくると冒険者の支度を済ませて出発していった。栗丸は兄貴が連れて行ったのであの子の心配もしなくていい。以前は刹の姿で出迎えさせてもらったが今日は分り切っているので初めから絶影の《支度》を済ませてあった。ただし玄関先へ出迎えに向かうのは俺では無くて雷刃がやってくれる。外からいつもと違う俺の姿が見えてしまうのは避けないとならないからな。雷刃もそれを分かっているので出かけはせずに控えてくれているわけだ。有難い。茶菓子の準備は既にしてあって、彼女がやってきたらお茶を淹れることにしてある。俺の家では基本、季節とわずに温かいお茶を飲むのでお客に出されるのも温かいものだからだ。例の仕事部屋で待っていると、指定の時刻をほんの少し過ぎた頃に呼び鈴として下げた鋳物が鳴るのがわかる。数秒の間を置いてから雷刃が応対のためにドアを開いた音も聞こえてきていた。彼がお待ちしておりましたといつものように迎え入れる言葉を告げる。お邪魔致しますとジゼルが応えるのも聞こえていた。それからすぐに、雷刃が簡単に説明をして部屋へと彼女を案内してきた。障子の前で立ち止まり、開けてよろしいですか?ときちんと声を掛けてくれているので大丈夫だと返事をした。失礼いたしますと彼が静かに障子を開き、俺の方を見て軽く会釈をするのも一応分る。それから、彼がスっと立ち位置をズラしてどうぞとジゼルを部屋へ誘導してくれる。ありがとうございますと会釈をしながら、ジゼルがゆっくり部屋へ入って来て俺と視線が合うと改めてお辞儀をしてくれる。俺の方からもソファにかけてくれと勧める。以前、招き入れた時と同じように、奥側のソファへ。

「ではお茶を淹れてまいりますので少々お待ちを。」
「頼む。」

雷刃がお辞儀をしてから障子を閉めるのを確かめてから、よいしょと俺もソファに座り込んだ。足音が人間の立てる音しか聞こえてこないなと思ったらジゼルはレークを抱き上げて連れてきたらしい。ソファに座り込んでから自分の隣にポスンとレークを下ろしてやっているのが分かった。

「お手紙にはもう回復なさったと書いてありましたが……本当に大丈夫そうですね。」
「なんだ、信用が無かったか?」
「刹さ……あ、絶影さんは結構無茶をなさるの私、多少は知っておりますから。」

どこか悪戯めいた声音でジゼルが言うのを聞いて肩をすくめてしまう。目の前には《俺しかいない》のにきちんと《今の姿の名前》に呼びなおしてくれるあたりも律儀だ。まあその方が有難い。今の俺は《絶影の芝居をしている刹》なのだから絶影と呼んでもらう方が自然だ。当の《絶影本人》だが、一応俺の内側でテキトウに成り行きは見ている。出てくる気は皆目なさそうだ。意識してみようとしなくても基本的に彼とは感覚が共有されているので、これといって集中したり緊張したりもしていないはずだ。少しして雷刃がお茶を持ってきてくれる。例によって入っても良いかの確認も全てしてから、ゆっくり部屋に入って来て俺とジゼルにそれぞれお茶を置いてくれると、何かありましたらお呼びくださいと丁寧にお辞儀をして手早く辞していった。相変わらず手際が良い。

「ともあれ無事でよかったです。お手紙には問題そのものも解決したとありましたけど……。」
「ああ。まあ同僚の裏切り行為だったんでな。そこらへんの落とし前を着けてもらった形だ。」
「……詳しくは聞かないでおきますね?」

落とし前を付ける、ということがどういう事なのか恐らく何となくジゼルには想像が出来たんだろう。裏社会での裏切り行為などバレたら大概、存在そのものを消されることになる。知らない方が良いさと苦笑で応えた。もちろん、ここまで助けてもらって首を突っ込んだ状態で教えないというのも白々しいが、本人が知らないままでおくという選択をしたのならそれが最適だ。俺がしゃしゃり出てあれこれと教える必要はない。楽しい話でもないしな。

「俺の所属してるあの店の元締めが感謝してると伝えてくれ、と。働き手を失わずに済んだからってな。」
「私としては絶影さんを助けたという意識しかなかったんで却って申し訳ないですね……。でもお気持ちはきちんと受け取りますね。」
「そうしてくれ。それから、なるべく俺達のような影の住民には近寄らないように、とも言っていたな。今回はまあとかく言うのは無粋ではあるが今後は、って意味でな。」
「ああ……ええ、基本的にはそう致します。」
「それで、これは俺からの謝礼だ。」
「えっ?」
「レディへの救助要請を俺から頼んだ、という形にさせてくれ。俺が相応の働きには相応の対価を払いたい質でな。そうでないと気持ちが悪い。」

仕事をしたという意識は彼女にはないだろう。が、命を救ってもらった上そのおかげで内部の裏切り者を排除出来たのは非常に大きい。元締めが彼女に礼を払う事を止めなかったのも、内側の膿を出せたからこそだろう。そうじゃなかったら止められたかもしれない。なにせ本来なら接触しない方が良いのに違いないからだ。だがあのまま俺がブレイズの思惑通りに死に、アイツの疑わしい嘘が事実として通ってしまったら厄介な事になる。アイツは俺を消せたところで今度は違う誰かを嫉むだろうし、裏切る可能性が高い奴を内部に抱えているというだけでもリスクが高い。それに多分だが、レディやスカーは俺がターゲットの反撃ごときで死ぬはずがないと疑うだろう。そうなると店の中で腹の探り合いが起きる。あの二人は古株で俺とも良い関係を長年続けているから俺が死んだとしたら原因を探り始めただろうしややこしいことになっただろうから。それを避けられたのは大きい。だからまあ言うなればこれは、店からの謝礼のようなモノだ。

「重ね重ね申し訳ないですね……。」
「組織の腐った部分を処理出来たのはデカイって事だ。レディも元締めも代わりに礼を言っておいてくれと話してたよ。」

申し訳ないと言いつつ、彼女は受け取ってくれる気にはなったらしい。恐らくは俺が折れないのを察してくれているのと、店全体からの感謝と言われたからだろう。俺が単体でお礼をしたいと思った、というだけでは彼女の方も遠慮して譲らなかったかもしれない。

「怪我は後遺症だとか痕は残ってないですか?私がしたのは本当に応急処置だけでしたし。」
「後遺症は何もないな。傷の痕ならそれこそ身体中既に傷だらけだから増えても多分、分からん。」
「そんなに傷痕あるんです……?それだけ怪我したって事ですよね。」
「そうだな。治るのは早いが痕はそれなりに残ってるな。」

冒険者の先輩である暗黒騎士のメッシには、お前の傷の残り方タンク役みてえだぞ、と言われたことがあるくらいには傷だらけだ。普段、肌を出さないようにしているから他人に見られることは少ないし、俺も別に見せたいと思わないからわざわざ見せることも無い。同居人たちは俺の手当やらをしたことがあるから見たことがあるだけで、そうじゃないなら本来誰かに見せるものではないと俺は思っている。俺自身としては傷痕がある事を気にして居ないが赤の他人は気持ち悪いと思ったり不気味だと思ったりと怖がらせたりするかもしれないというのが過るので見せないようにしている。もっと言えば他人の傷跡も別に気にはしない。傷痕を勲章のように思っている奴もそれなりに居ると知っているし、生きてりゃ傷痕の一つや一つ残るものだ。冒険者たちのような重傷の痕が残ることはまあ、さほど多くないだろうが小さな傷くらい生きていれば必ず経験するし、それが残る事も割とある。俺の場合はそれの度合いがちょっとばかり激しいだけだ。幸いにしてどの怪我も後遺症になってないし。

「身体、保たなくなりますよ……?」
「元から長持ちしない身体してるから問題ない。」
「より保たなくなるだけですよ、それ。」

良い事ないじゃありませんか、とジゼルが困った顔になる。隣に座って大人しくしているレークが、ジッと俺を見ているのも感じた。その視線に、良くない、と言いたげな感情が乗っているのも。どうやらレークにも無茶苦茶をするのは良い事とは言えない、と思われているようだ。栗丸もそうだがこの子達はどう言うわけなのか勘がいいな。

「まあ今回の傷に関してはなんら問題ない。」
「そこは分りました。ええ。」

この間の負傷については安心しましたが普段の振舞いが心配になりました、とジゼルに苦言を呈される。まあ、言い訳をするつもりもない。手当せずとも傷の治りが速いので結構に放っておいているのは事実だ。傷の痕が残ろうが一応、治癒はするから頓着しないでいる。さすがに出血が激しかった時は少々回復に時間がかかるが、そうじゃないなら家でぼんやりしてるうちに治ってしまうのでそれに任せていた。痛みの感じ方が鈍いのもあって家族や同居人たちにも負傷を気が付かれない事が多いし良いようにほったらかしだ。ジーキルに鉢合わせた時だけは、眉を顰められるが。彼には驚くほど簡単にバレてしまう。多分だが、体のエーテル状況をパっと見ることが出来るからだろう。彼は非常に優秀な魔道士なうえ、俺がどういう癖で生きているのかボンヤリながら予測が着いているらしい。予測しての先回りが神がかっていて時折だが怖いと思う事がある。あまりにも的確に人を見抜いてくるからこそ、彼は敵に回したくないタイプだ。

「それにしても、同僚さんの裏切り行為って……何か原因とか理由あったんですか?」
「俺を襲った奴に関してなら、ただのやっかみだ。」
「……え?それだけですか?手柄を横取りしたいとかじゃなく?単に妬みの類で?」
「ああ。」
「ええ……。」

そんな理由でですか、と彼女が言いたげに眉がハの字に歪む。だが同時に、ありふれている理由でもあるかとどこか納得した空気も感じ取れた。妬みだとかは、あらゆる人間が持ち得る感情だからだろう。俺はあまり嫉妬というのが分からないでいるが。

「……嫉妬心で命盗られかけたってことですよね……?いや、よくある事?なんですかね?」
「無いと断言できないな。バディを組んでる同僚も昔、嫉妬でハメられかけたことがある。まあでも、裏も表もそう言う奴は居るだろ?」
「居ますけども、実力行使しちゃう感覚が分かりません。第一、相手を消したところで本人は何も変わらないじゃないですか。」
「それは俺もそう思う。」

自分よりも優れた人間などゴロゴロいる。ジゼルもそれが理解できているし納得出来ているタイプなんだろう。ここらへんが納得できない、何があろうとも自分が最も優れていると思い込んでいる人間は厄介だ。失敗したとしても他者のせいにするし、相手が成功していたらそれは運が良かったからだとか、周りの人間が贔屓したからだとか、歪んだ視点で自分を優位として見続ける。歪んでいるからこそ、本来の自分の力量が分からないし相手の凄さも絶対に認めない。認めないが、どう見ても相手が成してくる出来事が立派であると感じてしまうから面倒なことになる。認めてしまえばラクなものなんだが。大抵の人は、その鬱屈を暴言だとか嫌味だとか軽い言葉の攻撃で済ませたり、どことなく攻撃的な態度をとって嫌悪を表したりするにとどまるが稀に物理的に攻撃してくる奴も居る。ブレイズがそうだったが、嫌いと感じた相手を直接的に殴るだの殺すだのしようとする。成せてしまおうが失敗しようが、そんなことをしでかせば碌な事にはならない。なんなら当人への評価は良く成るどころか悪化する。そこまでの想像に至らないからこそ行動出来てしまうのかもしれないが。それでいて、そう言う奴は自分がしでかしたことを自慢したくて仕方なくて我慢できずに喋ってしまいやすい。本質に触れずにそれとなく仄めかすだけで止まればいい方だが、そのものズバリを得意げに話してしまうというのを結構に聞いたことがある。基本的に自制が効かないんだろう。

「まあ《俺達》のいる世界ってのは結果が全てだから結果だけ掻っ攫うとか、ライバルを減らすために同業者を片すってのも無くはないけどな。」
「ああ……やっぱりそう言うのもあるんですね。」
「組織に入ってても同じ組織の奴に狙われる事もあるし、安全とは程遠いのは確かだな。組織同士のつぶし合いも有るにはある。今のところ俺は巻き込まれたこと無いが。」
「結構政治的ですよね。」
「近いもんはあるかもな。だからこそなるだけ俺に関わらせたくないと思ってるんだが。」

今日はお互い意図して顔を突き合わせているが、今までの遭遇は全て偶然なのだから厄介だ。ジゼルは肝が据わっている冒険者なので殺し屋としての俺と遭遇しようが動じはしないのだが問題は其処では無くて、彼女を暗部に関わらせてしまう事にある。あまりにも回数が多いと流石に彼女にも影響が出そうなものでヒヤヒヤしているが……。既に結構な回数、関わってしまったにもかかわらず幸いにして彼女を付け狙ったり、ハメようとしたり変な疑いをかける奴は出てい無い様だ。もしかして、特に問題が無いからこそ遭遇する、という奴だろうか?運命と言う奴が彼女が暗部に首を突っ込んでもなんら問題ないと、そう定められているのならばある意味では安心だが俺としては心が休まらない。良い状況とは言えない現場に居合わせるのはどういう理由であれシンプルに疲れるからだ。俺自身が巻き込まれるだけならなんともないんだが……。

「いやでも。本当に偶然ですし……。」
「それが実に厄介だな。防ぎようがない。」

偶然も広い意味で視れば必然。

そういう考え方があるのも知っているし、俺はどちらかとその思考の持ち主だ。発生した物事は、なにかしらの定義で必然であるから起きた、という理屈で生きている。もちろん、あまりにも理不尽で受け入れがたい出来事が起きた時は、《これが必然でたまるか》と思う事もある。が、基本的には全て起こるべくして起きたとは思って生きている。どうしてかは分からないがそう言うもんであるといつの間にか思っていたから。故に、ジゼルと絶影として遭遇してしまうのもなにかしらの必然なのだろう、とは思う。だが例によって何を定義としての必然かはさっぱり分からない。彼女の方としては起こった事象に対してなんとでもなるだろう、と良くも悪くも冷静であるのが幸いだろうか。年若いのにあまり大きな動揺をしないように見える。冒険者や槍を扱う鍛錬をし始めて日は浅いと本人は言っていたが、雰囲気やそのいい意味で堂々とした精神的な部分はベテランかのように思えるほどだし。

「でもその、今回は状況が状況だったから関りに行っただけですので……ああいう特異な状態でなければ近寄るつもりないですから。」
「俺の方もあのザマにならんように一層警戒する事にするよ。」
「麻痺毒が先にバラまかれてなければ、ああはならなかったでしょうしね。」
「先に麻痺させとかないと敵わない、と思われてたって事だ。」
「……ああ、そういう……。そう言えば傷ばかり気にしてましたけど毒物による後遺症も出てないんですね?」

毒の類は彼女の言う通り時々、後遺症を残すことがある。体内にある内臓なり神経なりを損傷させ、その上で破壊された部分が正常に回復しない、と言う事が起こり得る。結果、運動機能に障害が残ったりするわけだ。指が動かせない、足が動かせない、動かせるが痺れがずっと残り続ける……そんな風に。幸い俺はそこらへんの影響は出ていない。ある程度毒に耐性を着けてあるのも良い方に働いたのかもしれないがそこらへんは分らん。運が良かっただけかもしれん。

「大丈夫だな。体を動かす確認もしたが痺れも痛みも残ってない。」
「良かった。あの手の後遺症は辛いでしょうから。」
「強毒性が無かったから良かったんだろう。下手に強いの撒いたらしばらくあそこの空間が麻痺毒で汚染されるが割と早く霧散したようだし。」
「ああ…。」

そういえば私が駆け付けた時にはそれらしき靄だとか毒の刺激臭はしてませんでしたね、とジゼルがその当時を思い出す顔になる。野盗の方々も気にしていた様子が無かったし、あの時にはもう風で散ってしまってたんですね、と。本当ならば中和剤を撒いたほうがいいがそんなことができる状態になかったから、非常によろしくないとは思うがあの麻痺毒は近くの土や木々に吸い込まれてるだろう。それで迷惑をこうむるのは野生動物たちで少々、申し訳なく思うが撒いたのは俺じゃないしな……。そもそもあの辺はよからぬ薬品に毒されてると話があるくらいだからあの程度の麻痺毒が追加された程度では大して差が無いかもしれん。良い事ではないのは確かだが。本来ならばそこに存在しなかった類のものでその場所を汚染する、と言うのはだいたいロクな結果を残さない。うまいこと散った麻痺毒が無害に分解されてると良いんだが。下手するとその麻痺毒由来の新しい面倒な魔物が沸いて出たりもするし。ただでさえ既に歩きまわる植物系の魔物が豊富なところにそんなもんが追加されたら面倒になるだけだ。

「さて……《俺》としてしたかった礼や説明はだいたい済んだかな……。細かい事だが、着替えちまいたい。居間に移動してもらっても?」
「分かりました。」

すぐに雷刃に連絡して仕事部屋の前まで来てもらうと、ジゼルとレークの誘導と、彼女たちのお茶と茶菓子を出しなおしてもらう。レーク用の小さな座布団も出しているのを確認しながら俺は急いでその場で着替えてしまう。この仕事部屋でも身支度を整えることが出来るので移動する必要もない。手早く済ませてしまうと仕事部屋から居間へ出る。雷刃が定位置から、俺は席を外した方がよろしいですか?と聞いてきたので居てくれていいと答えた。聞かれない方が良い話と言う奴はだいたい済んでいるしな。ではここに居りますので何かありましたら何なりと、と告げて、宣言通り定位置で背筋をまっすぐにしたまま立っている。いつ見ても姿勢がいい。もう少し気を抜いてくれていいと思うのだがアレは彼なりの拘りらしい。

「レーク用の御座布団、いつもありがとうございます。」
「元々は栗丸用の洗い替えでな。ソレを一つレーク用に。」

端っこに玉ねぎの刺繍してあるだろ、と指さすと本当だ、とジゼルがレーク用の座布団を確かめる。小さな玉ねぎの刺繍は栗丸がせっせと縫い付けた奴だ。なんでまた玉ねぎなのか?と言うと、レークと言う名前が異国の言葉で玉ねぎという意味だからと聞いていたからだ。栗丸とレークは同じ子パイッサなので子パイッサを刺繍してしまうとどっちだか分らなくなる。ので、レークのには玉ねぎを、栗丸のには栗を縫い付けてもらった。刺繍ならちょっとデコボコが出来て俺が手で触れば分るというのも良い。一応、栗丸用は青でレーク用は緑なので色でも判別は出来るのだがそれでもだ。ワンポイント目印みたいなものを付けると自分用、という感じがより出て栗丸もご機嫌になる。一個をレーク用にするからどっちもに何か刺繍をしてほしいと提案した時、栗丸はそれはそれは張り切って引き受けてくれた。最初は団栗を縫うことを考えていたらしいが、『それだとレークもきっと団栗が好きだからややこしくなっちゃう。』と辞めていた。暫く思案した後に、『栗丸は栗が着いてるから栗にしてレークは玉ねぎってジゼルお姉さんが言ってたから玉ねぎにする!』とレンにお手本の絵を描いてもらうとそれを見ながらチクチクと器用に縫い付けてくれた。ぱっと見、棒切れのような手足をしているのに器用なものだと感心する。

「しかも栗丸君が縫ったんですか?凄い。」
「何が気に入ったのか裁縫と料理は結構に覚えてな。覚えたての頃に俺の服に勝手に団栗縫ったりもした。」
「刹さんに団栗模様……。」
「さすがにちょっと着づらい。から、それは部屋着にしてあるな。勝手に縫ってしまうと困るから縫いたくなったら言うように言ってある。」

可愛らしい団栗刺繍の服が似合うとは俺自身からして思わない。もちろん大男であろうと似合う奴はいるんだが、少なくとも俺には似合わないという話だ。栗丸としては喜んでほしいと思って縫ったのが分かっていたので、家の中では着るけどちょっと恥ずかしいから違うものに改めて縫ってくれと頼んでよく使う冒険カバンにワンポイントとして縫い付けてもらった。栗丸の方も、黙って縫い付けちゃったのはいけない事だった、とシュンとした後に頼んだカバンへの刺繍は張り切って丁寧にやってくれたので結果としてはOKだ。俺のカバンに縫った団栗刺繍が可愛いと同居人たちにも好評だったので、彼らも順繰りに自分の持ち物に刺繍を頼んでいて、団栗だったり花だったり、リクエスト通りの刺繍をしばらくせっせとこなしていた。頼まれるのもまんざらではないらしくて、順番待ちだぞ!と言いながら端正込めてやっていたのを俺も時折、眺めていたので知っている。小さな身体で針を持ち、せっせと刺繍を縫い付ける姿が面白かったし可愛らしかったというのが有る。

「ほら、レーク用の御座布団だからって玉ねぎマークがあるんですって。」

ジゼルが改めて、レークに座布団の隅にある可愛らしくデフォルメされた玉ねぎの刺繍を指さして一緒に確認している。じっと見つめた後に、レークがひょいっとジゼルを見上げて目をぱちぱちさせるのが分かった。ご機嫌そうだな。

「俺も栗丸に名前の刺繍してもらいましたね……。自分でやれなくもないですがあの子のほうが上手なもので。」
「なんなら雷マークも縫ってたものな。」
「ええ。俺の雷刃のライは雷の意味があるって刹さんに聞いたのを覚えてたみたいです。」
「栗丸君かしこかわいい。」
「そう言えば縫いぐるみを縫ったんだった。」

座布団の話をしていて思い出したが小さな縫いぐるみをいくつか縫ったんだったな。栗丸に手伝ってもらいつつ、試作を二つばかり作った後に正式に繕った奴。試作品は俺の部屋に置いたままだが完成品の一つはジゼルに贈る予定で袋に詰めておいたはず。雷刃に確認を頼むとそう言えばそうでしたね、と彼も思いだしたようだ。普段ならロットゲイム達が居るアレコレと品物を並べてある場所へ行くと、当然のように棚から小ぶりな袋を出して来てくれる。シンプルな紙袋で飾りのリボンだけちょこんとつけた奴だ。贈り物ならリボンをつけるべき!とレンがくっつけた。あんまり仰々しくすると受け取る側が身構えてしまうと思ったんだが彼女なりに喜ばせたくて着けたのが分かっていたのでそのままにしてある。俺の目でも見えるようにとはっきりとした赤のリボン。雷刃から受け取ってジゼルに袋を渡す。レークとそろって袋を覗き込むようにしていて内心で笑ってしまった。なんというか不意にこういう仕草が飼い主的な存在とそっくりになるのは何故なんだろうな。

「開けても良いですか?」
「ああ。デカイ字でジゼルの名前書いてあるけど俺の目に見やすいようにで他意はないからな。」
「かなり大きな字ですね。刹さん言われないと目が悪いとは思えないのでこう見るとびっくりします。」

ゴソゴソと紙袋を丁寧に開いて、中身を覗き込んだジゼルの顔が一瞬年相応の幼さの残る嬉しそうな顔になる。すぐにレークにも覗き込ませると、今度はレークが普段よりも少しだけオーバーに小さく跳ねたのが分る。するりと紙袋から取り出されたのは、小さなパイッサの縫いぐるみをカバンや鍵にぶら下げることが出来るように加工した代物だ。キーホルダー、なんて言い方をする。

「可愛い……!」
「栗丸モデルで作ったんだがどうせならレークモデルのも作ったらとレンに言われてな。」

栗丸がモデルになって居る奴は例によってアイツの大好物である団栗を抱えているが、レークをモデルにした奴は小さなスイカを持たせてある。正確に言うとアラガンメロンと言う自立して転がるという意味の分からないスイカだ。なんでまたスイカか?と言うと、レークとアラガンメロンを使って追いかけっこをしたことがあったからだ。俺が自分についてこさせるように仕込んだアラガンメロンをレークが面白がって追いかけて来て、それをさらに栗丸が追いかける、という珍妙な図が出来上がった事がある。それでいてレークの凄かったのはアラガンメロンに追いついたとなった瞬間にスパンと叩き割って見せた事だ。意図せず追跡型スイカ割りとなったわけだがそれが俺にも面白すぎて記憶に鮮明に残ったので縫いぐるみを作った時にどうせだからとアラガンメロンを抱えさせたという形だ。まさかパイッサがスイカを叩き割るとは思わなかったので衝撃だったんだ。ジゼルの話によればなんでもレークはあのパンチとチャープと言う相手を睡魔に落っことす鳴き声を駆使してワイルドボア……イノシシを仕留めるなんてことをこなせるらしい。武闘派のパイッサと言うわけだ。そこら辺は戦闘技術を磨くのに余念がないジゼルに似たのかもしれない。

「アラガンメロンですよね?」
「追いかけっこが忘れられなくてな。」
「アレ面白かったですもんね。ありがとうございます!何につけようかな……。」

レーク作ってくれましたよ、と改めてジゼルがキーホルダーを本物のレークに手渡して見せている。細い小さな手できちんと受け取ってそれをジっと眺めた後、レークがくるりと俺の方を向く。それから驚いたことに「ぱいん。」という声を……これはなんだ、鳴き声でいいのか?ともあれ発声したのが分る。俺もだが、雷刃も目を丸くしてしまった。雷刃なんかは俺よりも目が細い顔立ちなのがそれでも目を見開いたのが分る程度には。

「……パイッサって鳴くんでしたっけ?」
「いやでも、俺もチャープは《ラーニング》したから鳴くんだよな……?」
「お二人とも驚いてらっしゃる……?」
「いや、栗丸は声を出さないものですからなんというか。鳴かないモノみたいに思ってたフシが有りますね。」

雷刃の言う通りで栗丸は今の所、鳴き声を上げたことが無い。意思表示は沢山するし、俺や兄貴のような《超える力持ち》には理解できる形でおしゃべりも滅茶苦茶にする。が、どういう訳か鳴かないのだ。なのでパイッサと言う奴は鳴かないのが普通みたいな感覚になっている。冷静になって考えると成体は鳴くし、レークが「チャープでワイルドボアを寝かしながら戦う。」なんて話が出てくるくらいなので子パイッサだってちゃんと鳴くはずなのだ。にもかかわらず、いざ目の前で鳴かれると思考が固まってしまった。慣れと言う奴は恐ろしい。俺達が驚いたのを見たジゼルが少し何かを考えた後に、何か悪戯を思いついたような顔になる。なんだ?と思っていたらキーホルダーを眺めては機嫌良さそうにしているレークに声を掛け始めた。

「レーク。私の名前わかりますか?」

彼女がそう問いかけると、熱心にキーホルダーを見つめていたレークがひょいとジゼルの方を見上げる。それから頷く仕草をしてみせて目をパチパチとさせた。

「じぜー。」

抑揚があまりない、なんと表現したらいいか分からない音ではあったが明らかにレークがジゼルを呼ぶ意味合いでの単語として「じぜ。」と口にしたのが分かって再び俺と雷刃が目を丸くすることになった。喋った?いや鳴き声とさして変わらないと言えば変わらないかもしれないが「名前を口にする。」のはもはや立派に喋ると表現していいよな?喋れるのかパイッサ。

「……喋った。」
「パイッサって喋るんです??」
「栗丸はとんでもないお喋りだが声に出さないしな……。」
「お二人ともそれこそパイッサみたいな顔になってます。」

目が真ん丸で、とジゼルが控えめながらも面白そうに笑うのが分る。レークの方はジゼルの質問に素直に答えただけのつもりだろうから俺達がポカンとなっている理由が良く分からない様子だ。二人ともどうした??と言いたげな感じにほんのちょっと首を傾げるかのように体を傾けている。

「私にも良く分からないですけど気づいたら覚えていたんですよね。」
「仲間たちがそう呼んでるのを聞いてひとりでに学習して発声した感じか?面白いな。栗丸にはその気配は無さそうだが……。」
「猛烈に喋るって刹さん仰いますけど俺達には分らない喋り方ですしね。」
「あれで声だして喋りだした日には相当、五月蠅いぞ。」

何かしら四六時中、声に出していると思っていい。会話のためだったり独り言だったり、鼻歌を歌って居たりと栗丸は沈黙している時間が非常に少ない。少ないのだがアイツのお喋りだとか鼻歌を聞き取っているのがこの家だと俺と兄貴だけなのでほかの皆には音として認識されてない。それゆえに五月蠅いと感じることも無いだろう。俺と兄貴ももうすっかり栗丸の怒涛のお喋りには慣れてしまったので頭の中が五月蠅いとも思わない。自分達の事を優先して行動している時なんかは傍で栗丸が零している独り言を認識してない事さえある。言い方が悪いがある程度は雑音だとか環境音みたいに認識してしまっているので話しかけられたり呼ばれたりしない限りはあんまり気に留めていないのだ。謎の鼻歌は面白いから聞いてることもあるが……。ひたすら団栗が好きで好きで仕方ないみたいな歌を歌って居たり、その日に歩いた散歩道であったことを順序だてて歌ってみたりと即興でテキトウに、それでいて大抵の場合は機嫌良さそうに歌っている。時々、次の単語を何にするか咄嗟に出てこなくて謎の音階になって居る事もあるが、そう言うのも含めて鼻歌だな。

「……俺の名前も短いから覚えたりするんだろうか?」
「あ、覚えるかもしれないですね。」

刹さんのお名前は複雑な音では無いですし、とジゼルが頷いている。話題にされているレークはと言えば、あまり気にした様子なく例のキーホルダーを握ったまま持ち上げたり撫でてみたりしている。レークなりに楽しんでいるらしい。覚えてくれて呼んでくれる日が来たら嬉しいし楽しいな。無理に仕込もうとも思わないが、もし覚えて呼んでくれたら間違いなく俺はテンションが上がる。兄貴達にはそう言うところが子供じみていると笑われるが俺の楽しいと判定する部分がそう言うポイントなので仕方がない。楽しいと高揚してしまうものだ。

「アラガンメロン追いかけっこもそのうちまたやろう。」
「レークも次はもっと早く割るって意気込んでました。」
「……楽しみ方が斬新すぎやしませんかね?いやまあ見ていて俺も楽しかったんで止めはしませんけど。」

俺やジゼル、どころかレーク本人も割と乗り気で第二回追跡スイカ割りをやる気でいるようだ。俺としては純粋に追いかけてくるレークと栗丸が面白いし可愛かったからまた見たい。多分ジゼルも同じだろう。レークのほうはと言えば向上心からもっと早く叩き割れるようになる、と決意しているそうだ。面白い子だな。ワイルドボアを一匹で倒してしまうくらいこの子は強い訳だが、ジゼルによれば時折、彼女の鍛錬している脇で一緒になって木人を殴ったりして修業もするそうだ。栗丸もたまに、木人に飛びかかって見たりしているがあれは鍛錬しているというより俺や兄貴の真似をしてキックやパンチをしてみている、という感じらしい。ポインと木人に跳ね返されたりしながらも数回飛びかかって満足すると離れて行って庭の花を見たりし始めるから、栗丸にとっては戦ったりすることはそんなに興味のある事では無いんだろう。一方でレークは戦う事にもそれなりに興味を持っていてかつ実践する気概もあるという事だ。木人を殴る蹴るする子パイッサ……。言葉にしただけでもなかなか面白い。もっと言えばそこからワイルドボアを仕留めて見せるほどの腕前でアラガンメロンを一撃で真っ二つにするほど力持ちと言う事になる。考えて纏めれば纏めるほど面白い子だ。ちなみだが、レークがパイッサパンチの一撃で叩き割って見せたアラガンメロンは栗丸とレークが半分こにして食べていた。それこそ栗丸たちよりも少し小さい、というくらいのスイカでそれの半分ことなると結構な量になりそうなもんだが綺麗に食べきってしまった上、お腹も壊さなかったので二匹とも食いしん坊な上でお腹は頑丈らしい。

「時間的にそろそろ栗丸は帰ってくるかもしれませんね。」
「夕方には帰るって兄貴も言っていたしな。」
「あ。さすがに毎回ご飯を頂くわけにいかないので栗丸君が返ってきたらご挨拶して帰ります。」
「ああ……飯の事はあんまり気にしなくて良いんだがな。俺達にとってはお客に飯を出すのは歓迎の意味が強い。」
「そうですね。お客様はもてなすものですので。」

さも当然という雷刃の同意に、ジゼルが困ったような顔になる。嫌しかし本当に、この家の方針はそういう方針なのだ。お客として招いた人は丁重に扱い、その最たるもてなしとして食事を出すのが慣習になっている。これは多分、俺や雷刃が主に飯を作る立場にいて、その二人が主にもてなしは食事でもってと言う考えを持っているせいだろう。東方的な文化かもしれないが、それも地域によるはずなのだが……俺と雷刃は共通認識だった、と言う事だ。なので誰か来るたびに、なにかしらの料理を支度する。今日も一応、用意はあるのだが……。

「まあ無理には引き留めないけどな。」
「ええ、そこは事前に示し合わせましたからね。」
「示し合わせ……??」
「持ち帰れるようにしてある。レークのも有るからな。」
「……それは結局ごちそうになってしまっているのでは……?」
「まあここでドヤドヤと沢山料理が出てくるよりは流石に少ないぞ。」

弁当に詰めるのには限界があるからな、と苦笑する。今回は俺達が作り慣れているのでオニギリや東方のおかずを小ぎれいな弁当箱に適当に詰めたのをこさえてある。レークのは木の実が中心だがソレそのものも有れば、人間用の料理と見まごうように作ったオニギリ風の食い物も用意した。ジゼルと一緒にお弁当を開ければ似たような料理を一緒に食べているように感じられるはずだ。そのほうが楽しいだろうか、と思ってやっている事だ。栗丸が普段、俺達の食べている食い物と似たものを出してやると喜ぶのでそれを真似した形だ。

「結局のところお手数おかけしてしまってる気もします。」
「さっきも言ったが俺達がやりたくてやってるだけだからな。」
「やりたくなかったらやりませんからね。」

楽しんでやっている事なのでお気になさらずに、と雷刃が涼しい顔で告げる。実際その通りで俺達はもてなすことが楽しいからやっている。もちろん、客人は大事に扱うものという前提があるが、そういう行動を取るのが楽しいというのは大きい。傷まないようにと所謂冷蔵庫と呼ばれる冷蔵用の箱に収納してあるから冷めているが、帰ったら細工をしてある弁当箱を弄って温めて食べてくれれば美味しいはずだ。冷めていても美味しいオニギリとおかずを選んで詰めてあるのでそのままでも大丈夫だが。

 飯の話をしていたら雷刃のリンクパールになにかしらの連絡が入ったらしい。栗丸を連れた兄貴とレンが丁度合流して帰ってくる、との事だ。ジゼルは晩御飯を食べて帰るのは遠慮したいとそこは変わらなかったので、兄貴達が帰ってきたら多少のお喋りをして弁当を持って帰ってもらう事になった。

「ただいまー!」「ただいま。」「!!」

程なくして呼び鈴を鳴らしつつも、玄関を開けながら三つのただいまの挨拶が聞こえてくる。お帰りなさいませと雷刃が真っ先に出迎えに出て、俺もそれについて行く。おかえりと全員を出迎えてから、栗丸を抱き上げる。栗丸がご機嫌なままでもう一度ただいまと伝えてきたのでおかえりな、と頭を撫でた。それからちょっと身体を掃除するからな、と言うとフンス!と鼻息を吐く。お願いするぞ!という言葉が頭に流れ込んでくる。外を歩き回った後は必ず砂ぼこりや泥を綺麗に落とす作業をするのだが、この子はそれを嫌がらないので風呂場まで連込んでざっくり体を綺麗にしてやる。居間では兄貴とレンがジゼルとレークに挨拶をしてから、同じように一度地下に降りてきて手洗いとうがいを済ませて手早く階段を上って行く音がする。だいたい綺麗にしてから行っていいぞ、と床に降ろしてやると「綺麗にしてくれてありがとう!」と告げてからぴょんと一度小さく跳ねて見せてきた。

「!!」

レークに挨拶してくる!と宣言して勢いよく階段を上って行くのを苦笑いを浮かべながら見送って、俺自身も手を洗ってからゆっくり追いかける。居間に戻ると例によってレークと栗丸はピトっと体をくっつける挨拶の最中だった。わざわざレークは床まで降りてきてくれたらしい。この子たちはそれぞれ個性的な性格をしてるが本当に仲良しだな……微笑ましい。既に雷刃が栗丸用の座布団も出してくれていて、挨拶が済んだらすぐに二匹ともテーブル上の座布団へと飛び乗ってくる。既にレークの方もこの家での振舞を勝手知ったるといった感じなのは面白い。

「なんだジゼちゃんご飯食べて行かないの?残念。」
「毎回ごちそうになってしまうのは申し訳なくて……。それでもお弁当があるって聞いてびっくりしてるところです。」
「あ~。月影家のおもてなしの掟と言うか拘りっぷりは凄いわよねー。」

私も最初の頃は何かと思ってビックリしたもん、とレンがカラカラと笑う。一方で兄貴はと言うと、俺と同じなので俺と雷刃のする歓迎の仕方は疑問に思わないらしい。俺もそういうのが普通だと思っていたからね、とニコニコしている始末だ。

「レークのお弁当まであると聞いてますし……。」
「ああ……。それはまあ、レーク君は栗丸の大事なお友達でお客様だからね。」
「!!」

例によって、さも当然のように兄貴が補足をしてくれてその上で栗丸も胸を張る。レークは栗丸の大事なお客様なんだからオモテナシもちゃんとするんだぞ!という主張だ。レークがそれを聞いてどこか嬉しそうに目をパチパチさせるのも分る。以前はいまいちレークの感情は掴みづらかったが何度か会っている内になんとなく分かるようになってきた。合っているかは分からないんだが、きちんと確かめたほうが良いだろうという時は最もレークを見てきたジゼルに聞くか、仲良しの栗丸に聞けばいい。分らないなら分る相手に聞くに限る。

「遠慮してしまいたいところですがそこまでして頂いてしまうと却って断れないですし、お弁当は頂いて帰ります。」
「そうしてくれ。」
「その方が俺達としても嬉しいですね。」

なら栗丸君とご挨拶も出来たし、レンさん劉さんともちょっとお話出来ましたのでそろそろお暇しますね、とジゼルが立ち上がる。レークが栗丸に、また遊びに来たいと告げているのが聞こえてきた。あまりたくさん喋らない子だが、言いたい事はきちんと言う子だ。栗丸がもちろんいっぱい遊びに来てほしいんだぞ!とピョコピョコ跳ねる。本当に、栗丸にも仲良しな友達が出来て良かった。今度は最初っからお茶会ってことにして遊びに来て!とレンがジゼルを誘う。少しばかりジゼルが返事に迷った様子を見せたが、それでも分かりましたと頷いてくれた。レークが遊びに来る口実にもなるから良いだろう。雷刃が冷蔵庫から、ジゼルとレーク用の弁当箱を出してくると丁寧に風呂敷に包んで手提げ袋のようにした。ああしておけば、結び目を掴んで持ち上げると簡単に運べる。

「ではこれを。箱に仕掛けがありますんでそれを作動させれば温かいお弁当に出来ます。やり方もメモして一緒に入れてありますので。」
「そのお弁当の仕掛けはどなたが……?」
「俺。」
「刹さん本当に良く分からない技を使いますよね……凄く便利ですけど……。あ、お弁当そのものもありがとうございます。使い終わったら……。」
「どうせだ、レンが言ってるみたいにお茶会でもするとしよう。そうしたら栗丸とレークももうちょっとゆっくりお喋り出来るだろうからな。」

その時に持ってきてくれればいい、と言うと分かりましたとジゼルが応える。その時は私達のほうでも何かお土産を持ってきますね、と。いつも色々頂くので少しくらいお返しを、と思ってくれたらしい。この辺はもしかすると東方人的な感覚かもしれないが、世話になったと思う相手には土産を持たせたいしそれ以外の贈り物もしたいのでしてしまう。それにお礼を貰うと、お礼のお礼を……などと言うループになったりする。なるだけそれはしないように気を付けているが油断すると何か用意しようとしてしまうので時々、レンや兄貴に止めてもらうことにしている。二人もどちらかと、贈り物魔なんだが、俺の方がより酷いという事だ。それ以上はあげ過ぎになっちゃって受け取る側に負担だよ、とお互いで止めて回る感じになっている。

「ではお邪魔致しました!」
「ああ、またな。レークもまた遊びに来い。アラガンメロン仕入れておくぞ。」
「……。」

じっと俺を見上げてから、レークがこくんと頷く仕草をする。また来るしスイカ割り頑張る。と静かな闘志を燃やしているのが感じ取れて苦笑してしまった。栗丸とは違う意味合いで可愛らしいなと思う。レークのスイカ割り面白かったしかっこよかったから私も楽しみにしてよーとレンが笑いながらレークの頭を撫でる。ついでに栗丸も撫でろ!と割り込んできた栗丸の事も当然のように撫でていた。もはや子パイッサ達の扱いも手慣れているのが面白い。

 その時に家にいた全員で、ジゼルとレークが帰って行くのを見送った。まだ暗くなっていない、夕焼けの時間。これからすぐに暗くなってしまうから、少しでも明るいうちに帰る方がいいのは確かだろう。テレポで帰れてしまうとしてもだ。また来てくれという言葉は、俺以外の家族たちも告げて、ジゼルもまた来ますとレークと一緒に頭を下げて立ち去っていく。夕焼けの光のせいで彼女たちの影が細長く伸びていたが、それが見えなくなってしまうまで栗丸が見送り続けたので俺が一緒に見送ることにしておいた。すっかり見えなくなってしまってから、今度はゆっくりお話したいと栗丸が俺を振り返る。この間もそうだったが、今回も俺の都合で栗丸とレークが一緒にいれたのは短時間だったからな。今度のお茶会の時はゆっくりして行ってもらおうな、と約束をした。

「俺達も飯を食わないとな。晩御飯を作るから入ろう。」
「!」
「お手伝い?なら味噌汁に入れる豆腐を切ってくれるか。」
「!!」

先に家に戻っていた兄貴達の後。ジゼルとレークをしっかり見送った後で、栗丸と晩飯の相談をしつつ俺も家の中に戻る。自分達のメインのおかずは創り終えていたが、味噌汁はまだ作っていない。多分、雷刃が仕込み始めてるだろうが料理を覚えて手伝いをしたがる栗丸用にお豆腐は切らないで置いておきますと宣言していたのでまだ豆腐は無事だろう。張り切って台所に向かう栗丸を横目に兄貴達に都合をつけてくれた礼を言う。気にしなくていいと二人ともが言って、それからお茶会は何時にしようか考えないとならないねと笑っている。気が早いな?気持ちは分るが。この家に住んでる家族たちは皆、お客さんが来るのが好きなのだ。

「~!!」
「分かった分かった、今、行く。」

台所から栗丸の「お豆腐切れたから見て!」という大声が聞こえてきて返事をする。俺に何が聞こえて何の返事なのか、レンには分らないからだろう、一緒に席についている兄貴が通訳してくれている。レンが会話を理解してンフフと笑うのが聞こえてくる。お料理覚えてから張り切ってて可愛いわー、と。心の中で同意しながら、台所がある地下へ続く階段を下りる。ある程度降りたところで雷刃がいつでもおかずは温められますのでロットゲイム達が帰ったら食べましょうか、と声を掛けてきてそうしようと同意した。それからお豆腐を切り終えたという栗丸の傍へ行くと、綺麗に絹豆腐を切り分け終えているのが分る。白はちょっと見えづらい色なんだが、近寄れば一応は切れていると分るし。

「ありがとう。綺麗に切れたな。」
「!」

うまく行って嬉しい、と栗丸がフンスと鼻息を吐く。切り分けた豆腐はまだ鍋には入れずに、お皿の上にのっけてある。あとあと雷刃が入れてくれるだろう。

「じゃあ一度リビングに戻るか。ロットゲイムとアドゥガンが帰ってきたら晩飯にしよう。」
「!」

分かったぞ!お腹空いたからアドゥガンにぃたち早く帰ってこないかな?と栗丸が返事をしながら、台所の高い位置から飛び降りる。そのまま一緒に階段を登って兄貴達と合流して椅子に腰かけた。雷刃はお茶の淹れ替えの支度をしているので戻ってくるのはもう少し後だろう。例によって栗丸が機嫌よく鼻歌を歌っている。お腹が空いた晩御飯まだかな~と言うような内容で兄貴が思わず笑っているのが分る。
 
 さて、後日のお茶会はいつにしようか。俺達の側の都合だけでは決められないし、手間をかけるがジゼル達とはゆっくり手紙のやり取りでもさせてもらおう。最近栗丸がアップルパイの作り方を覚えたし、きっとあの子が張り切って焼いてくれるだろう。勿論、レークと自分のための特別な団栗パイなんかも。それがいつかは分らないが、楽しみにしていよう。

 冒険や仕事、それ以外のごちゃごちゃで草臥れきることもあるが、仲間達や家族たちとの食事やお喋りは気が紛れて楽しくて良いものだ。


参へ

表裏の縁Ⅲ:了

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?