見出し画像

冒険者のお仕事:空賊の追跡《漆黒》

 「それでその禄でもない空賊を捕まえてこいと?それを冒険者に頼むか。」
「人手不足なんだと思います……。」
「まあ武術鍛錬がてら受けるか。盗品も多いって話だったな。」
「らしいです。どこかにまとめて隠してるんでしょうけど。まさかいちいち船に積んで持ち歩いてないでしょうし。」
「燃料の浪費になるからな。」

イシュガルドの酒場。あまり治安がいいとは言えない貧民層の出入りが多い酒場、だったと言った方が良いか。竜詩戦争終結後、ここいらの連中は蒼天街という復興区に移ったりしてきちんとした家に住めるようになった。かつ、貴族だの騎士だの平民だのという区別が実のところ国の欺瞞のためでしかない事も発覚してから少しばかりそれぞれの境界線がぼやけた感じはある。一番、ぐずぐずとゴネているのは貴族連中でそれ以外の者たちは割と切り替えが早いように見える。その日は野暮用で蒼天街に寄って、その帰りにノンと鉢合わせて相談があるとこの酒場に邪魔して話をしていたわけなんだが…。なんでもどういうわけか空賊の取り締まりの手伝いを依頼されたらしい。

 もともと雲海がすぐそこにあるイシュガルドという国はいくらか飛空艇の技術が発達していて大型化もしていれば小型化もしている。もちろん中型機もあるが。その中の中型機を中心にし、小型機を小隊のように引き連れて一般の飛空艇を襲撃する連中がいる。それが空賊。簡単な話、空にいる海賊だ。襲った船から物資やら人を強奪して売ったりするから、まあ碌な奴らとは言い難い。乗ってる船さえ強奪した他人のモノの事もある。襲われて捕まった人間の方はどうするかというともちろん奴隷商人にでも売れば金にはなるし、人質にして身代金を要求することも出来る。邪魔となれば雲海へ放り込めばまず生きては帰れない。どれに至っても胸糞悪いが。

 で、最近少々質が悪い空賊が現れて被害を大きくしているらしい。価値のありそうな物品を強奪しては人質も取らずに皆殺しにしたり、良くてそこらの浮島に放って立ち去るらしい。浮島ってのは文字通り、雲海を浮いてる小さな島だが大小さまざまだし、ヒトのいる土地と行き来が出来るとは限らない上、魔物も住んでたりする。置いていかれて殺されずに済んでラッキーか?と言えばそうでもない訳だ。食い物も水もない、気温が低い空の上に置いてかれるんだから何の設備もなく人間の命は長くはもたないだろう。物的被害も深刻だが、人員への被害というのも深刻だ。なにせ人材というのは最も重要な素材であって育てるのも大変だからだ。それが分かっているから件の空賊をシメたいが人手が足りない。結果、イシュガルドでもそこそこ名声のある冒険者に白羽の矢が立った。で、それがノンだった、と。独りでやるには危険と踏んでどうしたものかと思っていたら俺が通りすがったので手伝ってもらえないか、と相談されたわけだ。

 「なら一応そのつもりでいるよ。」
「ありがとうございます!急なのに。」
「冒険者の仕事なんぞ全部急だろう?気にしなくていい。それこそ忍者で探り入れてもいいが……丁度ガンブレイカーの鍛錬してるからそれで行くか。」
「鎧着てらっしゃると思ったらガンブレイカーも覚えてる最中ですか。」
「触れるものは全部触りたい強欲でな。」

本職である忍者のほうが、情報収集には特化しているのだがまあ良いだろう。ガンブレイカーの支度をしているからといってガンブレイカーの事しか出来ないわけではない。いや戦闘技能的な事になると少々偏るのは否めないが。

「なら明日、ファルコンネストで集まる感じでお願いします。」
「根城らしい場所がそっちってのも珍しいよな。」
「そうなんですよね……。アバラシアとかドラヴァニアのが納得出来るんですが疑わしきは西部高地だそうで。」

空賊なのだから空に近いところを根城にするのがセオリーな気がするが、今回、追いかける予定の連中はなぜか西部高地に根城がある可能性が高いらしい。船の飛び去る目撃証言から割り出したらしいが、西部高地は吹雪も多く、凍り付いた土地でそうそう身を隠せる気もしないし、あれだけ吹雪けば船は煽られて危険だと思うんだが……。俺達が知らない穴場みたいのがあるのかもしれないから、あり得ないとは言い切れない。とりあえず明日、一度探ってみる約束をして別れる。……起きられない俺には朝からの集合は難度が高いから今日は自宅に戻る事にしよう。雷刃たちに叩き起こして貰えるようにしておけば安心だ。

 次の日
どうにか目を覚まして支度を済ませる。栗丸を連れ歩くのは危ないだろうからレンに任せておいた。彼女は栗丸の言葉を理解している訳ではないが、なんとなくで会話になるらしい。その上でなんだか分らないが気が合うようなので安心だ。

ファルコンネストはその昔、鷹匠たちが多く暮らす村だったらしい。ゆえに名前がファルコンネスト《鷹の寝床》なんだとか。第七霊災で発生したイシュガルド全体の寒冷化とドラゴン族の脅威の高まりで被害を受けた村は再建の際、要塞となってしまったらしいが。どう見ても村じゃなくて城壁とか砦とかそういう石造りの物々しい建物しかない。かつての姿を見ることが出来ないのが残念だな。そもそもここら一体が牧草地だったというのが信じられない。見渡す限り真っ白で、雪と氷に覆われている。割とシャレにならない寒さなので、甲冑が冷え切ってしまわないように外套はしっかり羽織っておく。自分自身が冷えてしまうだけならまだしも、鎧がついでに冷えてしまうと寒いなんてもんではない。一応ガンブレイカー用に仕立てられた防具はナイトなんかの甲冑に比べて布や化学合成された素材がメインでまだましな方なんだがそれでも、だ。

「おはようございますー。」
「ああ。」

予定していた時間よりも数分早く、二人ともが揃う。朝、苦手なのに早くに集合ですみませんと言われて気にしないでくれと応える。それは俺が悪いんであってノンが悪いのではない。前よりはいくらかマシにはなったんだがそれでもまだ寝つきは悪いし寝起きも悪い。寒い、と手のひらをこすり合わせながらノンが呟く。吟遊詩人という職業柄、指先をむき出しにしていることが多いから手は冷たいだろうな。矢を扱い、琴やら笛を奏でたりするのにぶ厚いグローブをしていてはやりづらいだろうし。

「とりあえず目撃情報の有った辺りを数か所、素直に回ってみようかと。」
「そうだな。本当にこっちのその情報あたりに潜んでるなら何かしら痕跡があるだろ。物質じゃなくても。」
「《目》を使うんですか?無理しない程度に……!」
「無論、無理はしないよ。」

俺は普通の目は悪いが、エーテル視を多少こなせる。ぱっと見ただけでは分からない何かを、そちらの目でならとらえることが出来るかもしれない。使いすぎると疲労で倒れるので長時間は出来ないから、部分的に少しずつ使うにとどめるが。

「その代わり目視は任せるよ。」
「任せてください!」

俺と違ってノンは目がきちんと見える。その分、通常の目視は彼女だよりだ。ただでさえこの吹雪で視界を頼るのは大変で、俺の目ではもはや役に立たないはずだ。正直言って全部が灰色に見えて何がなんだかわからない。雪の白も氷の青白さも空気の霞具合も、全部似た色のせいで俺の目には全て溶けあって灰色の空気に見えてしまっている。イシュガルドは街中もこんなだから気を抜くと迷ってしまいそうで得意ではない。綺麗なところなんだがな。

 二人そろって、マナカッターを使うことにしていたのでそれに乗る。空賊連中がちょっとしたオヤツになりそうか?と思ってくれるかもしれないというおびき寄せを多少期待してのことだ。二人くらいじゃ獲物には見えない可能性は高いがそれはソレとして遭遇出来る確立をちょっとでも上げよう、と。ガーロンドアイアンワークスの連中がイシュガルドの工房と協力して作った小型の飛空艇。どのほど小型かというと一人乗り専用だ。多少の荷物を積めるスペースはあるが人ひとりがぴったり乗り込める程度の狭さの座席と操縦桿があるだけ。いわゆるヨットという奴を飛べるようにしたようなイメージなんじゃないだろうか。受ける風を帆の角度を調整して推進力にする。無風だと飛べないのか?と言えばそこはきちんとエーテル学を応用した機構で風のエーテルを自発させて動く、らしい。説明されても専門家ではない俺は良く分からん。とりあえず飛べるという事だけは分る。きちんと風を防げるように外套を閉じておいたが吹雪いている中を飛ぶのはやはり当たり前に寒い。それでいて視界も悪いので必然的にノンに前を行ってもらった。それの後をついていくので現状、俺は手一杯になる。気配や物音には一応気を配るが、風の音が結構に大きいので小さな物音はさすがに聞こえないな。前を行っていたノンが身振りでこの辺りを少し探ってみようと合図してきたので手を振って了解の合図にする。揃ってゆっくり着陸させると、適当な岩陰にマナカッターを潜ませておく。風を当てないためであり、ロクデナシに持ってかれないようにするためだ。念のために罠を張っておこう。ノンに了解をとってから簡単なトラップを仕掛けておく。うかつに近づくと踏み込んだ拍子に紐が持ち上がってエーテルを込めた塗料が飛び散る。マナカッターも多少汚れるかもしれないが盗まれるよりはいい。

「罠持ってくるっておっしゃってたけど、こんなササっと設置出来ちゃうんですね。」
「慣れだ。」

忍者の延長として間者をやってるとこういうのも習い覚える。もっと攻撃的な罠も勿論あるが、今回は殺すのが目的ではないので妨害や目印をぶっかけるようなタイプを選んだ。

「それでこの辺り、か。……流石に足跡は無さそうか?最も真っ白すぎて俺にはよく見えてないんだが……。」
「ぱっと見た限りはないですね。吹雪いてますし足跡はすぐ消されちゃってるかも……。」
「だろうな。氷に残ってたりすれば別だが……雪だしなこの辺りは。ならちょっと視て見る。」
「では私は周囲の警戒を。無理しないでくださいね。」
「ああ。」

彼女に周辺に人影がないかを警戒してもらいつつ、エーテル視を扱う。ほんの数秒でも構わない。命を見る意識をしてし360度をぐるっと見渡した。ノンのエーテルも当然見えるが彼女のエーテルは記憶しているので問題にはならない。

「……近くには人はいないな。」
「ハズレですか。」
「とも限らない。近くには居なかったが離れたところにこっち見てる奴がいる。たぶん、見張りだな。この当たりが根城というか、活動範囲なのは本当らしい。」
「探り入れてるのがバレてるって事ですよね?」
「こんなとこ普通、ヒトが来ないだろうから気づかれたんだろうな。ちょっかいだしてくるなら好都合だが、完全に撤退されるのは避けたいな。そう簡単にできんだろうが。」

近い所ではないが、こちらを覗き込んでいるらしきエーテルを察知出来た。たぶん、双眼鏡かなんかを使っている。吹雪いているから碌に見えちゃいないだろうが、マナカッターが近くを横切る影くらいは見えたのかもしれない。それで、何かこの辺りに居るのかと気にしているんだろう。

「どの方角ですか?」
「あっちだな。迂回して近寄ってみるか。地図にマークを付けるから。」
「お願いします。」

冒険者用の地図。クルザス西部高地一帯を描いたそれを広げて貰って、風で飛ばないように抑えながら失礼して顔を間近まで近づける。ノンはもう俺の視力の事を承知しているから驚かないが、知らない人が見たら地図に顔が近すぎてぎょっとするだろう。却って見えづらいだろうに、と。実際、別に見やすくはない、が、こうしないと見えないのだ。きちんと確認をして、この辺りだと赤いピンを着ける。ノンがその位置を確認して、あっちのほうか、と灰色の空を振り返っている。何度も行き来して居れば何となくは記憶出来ているし、今いる場所が分かっているのでなんとか分るだろう。一応、目印となる建造物だったり、氷塊だったり泉だったりはあるにはあるのだが、いかんせん吹雪という奴は本当に視界が悪い。マナカッターを守るためにかけておいたトラップを解除して回収すると、また二人でそれぞれのに乗り込んで移動を開始する。日の出はとっくに過ぎているし、それなりの時間が経過したが全く明るくならない。暗いというわけではないが、日差しを感じるという事が無いと言えばいいか。灰色だ。本当に。

地図のマークを頼りノンに先導して持っている最中に、視線を感じて彼女に合図をする。大声を出したり身振りをせずにお互い合図をしたいときはリンクパールでと決めてあったのだが、そっちを使った。小声でなんとかやり取りが出来る。

―どうしました。-
―ビンゴかもしれない。視線をいくつか感じる。-
―分かりました。警戒しましょう。ちょっと離れた位置で降りますか。-
―そうしよう。―

 示し合わせてから、引き返すようなそぶりをして、視線から距離をとってマナカッターを着陸させる。さっきのようにトラップを使う。ただし、今回は塗料以外にも音が鳴るように仕掛けた。音でなら俺も反応が出来る。準備が整ってから、複数の視線を感じたほうへ注意深く進むことにした。向こうからは見えているかもしれない。視界の悪さは同じ条件でも、過ごし慣れているか慣れていないかの差はデカイ。かつ、人数が多ければ目の数も多い。こっちは俺の目があまり役に立たない以上、実質ノン一人の目で見て貰わないとならない。一応、ある程度近づけばエーテル視を使うつもりだが。

「……足音。」
「私たち以外の、ですか。」
「ああ、ノンの右手側の奥だ。……ちょっと待ってくれ。」

足音が複数したなと思って集中をして程なく。足音以外のやや大きな音も聞こえだした。吹雪がかき消しているとこれほど目立たない音になるのかと驚く。おそらくはこれは、逃げるつもりだ。俺達がなにかしら、調べに来た友好的でない連中だと判断したんだろう。大正解だが逃がすのは困る。

「?何か気になりました?」
「……逃げる気だ。離陸の準備をしてる、たぶん。」
「なら。」
「そうしよう。」

すぐに、二人でマナカッターへ引き返す。俺が罠を解除する前に器用にそれを避けながらノンが自分のマナカッターへ飛び乗って起動させる。ちゃんと発動場所覚えてたんだな。俺も覚えているので同じようにしたいがそのままほっておくわけにもいかないので解除だけはした。回収は最悪、出来なくてもいい。マナカッターに飛び乗ると手早く起動させ、先に飛び上がらせたノンの後を追いかける。彼女の耳でも物音が分かる程度になったようだ。なるほどアレですね、と聞こえてくる。やや小さい方だが、小型の飛空艇に数隻のマナカッターに似た機体がコバンザメかなにかのように並んで飛んでいる。まだ、スピードを出せる状態には持って行けてないようだ。エンジンはある程度温めないと素早く動けないらしい。大きな奴ほどそうなんだろうか、あいつらのほうが速さの上昇が緩やかのようだ。

「……ノン、ちょっと心配はさせると思うが俺がアレ食い止める。」
「えっ!?何する気です?」
「俺の本職を忘れて貰ったら困るな。うまいこと行けば不時着も狙う。被弾しないようにしててくれ。」
「詠めないですけど気を付けてくださいよ!?」

少ない手荷物から道具を引っ張りだす。幸いにして相手が多少のサイズの船を飛ばしてくれたおかげで俺の目にも船体が見えていた。大変都合がいい。ノンのガイドが無くても近寄っていくことが出来る。マナカッターは割と《やる気》になっているらしい。それじゃ始めるか。

一気にマナカッターで中型の飛空艇に近寄る。周りを飛んでいた小型機が当然邪魔しようとしてきたが、隠し持ってきていた小ぶりなクナイを小型機の帆にぶち当てて破いて黙らせる。殺しはしないが安定した操縦をすることに意識を集中せねばならないように。小さな帆の破れでさえ、墜落の危険があるからだ。小型機の連中が慌てるのも分るがアイツらは後回しだ。この吹雪の中、小型機で不時着すれば耐え忍ぶのは難しい。助けを求めに行くにもきちんとした防寒の装備がない限り歩き回る気力も体力も保たないからな。幸い、ノンのほうも妨害は受けずに済んでいる。なら行けるな。

 自分のマナカッターを自動操縦に切り替える。その場で滞空したままにするように指定して、立ち上がった。普通、やってはいけない作法なのは百も承知だ。操縦席からベルトやらも外して立ち上がるなど自殺行為だからだ。風にあおられて落ちたら最後、まず助からない。ノンがわあ刹さんなにやってんですか!?と思わず声に出すのが聞こえてきた。落っこちる心配ならないから安心してくれと言いたいがバランスをとるのは確かに難しいな。まあ、構わない。腕をしならせて中型の飛空艇に道具を放る。ガツンという音と共に、木製の船体に仕掛けを施した《かえし》のあるナイフが突き刺さる。簡単には抜けないし、俺の体重を支えることが出来るのは実践で既に確かめている。そこへ氷のエーテルを流し込んで凍てつかせてさらに強く固定した。この吹雪では、溶けることはまずありえない。中型船に乗っている奴らが何事かと俺とノンを見ているが構わず自分のマナカッターから飛び降りる。

「わー!ちょっと刹さん!?」

なんとなく察してはくれていると思うがそれでも心配は心配なんだろう。ノンがびっくりしている。悪いとは思うがこれが一番、早いなと思ったんだよな。腕につなげたままの、船体へ食い込ませたナイフと繋がった縄を操ってガツっと音をたてて船体へ自分の体を足の裏からぶつける。船そのものは多少なり、グラっとなった程度だろうが、そのまま別のナイフを船体にいくつか突き刺した。それを取っ掛かりと足場にして一気に相手の船に飛び乗る。

「ええ……本職忍者だから?いやそんな無茶苦茶な。」

成り行きを見ていたノンが困惑した声になったのが分かって笑ってしまう。忍者だからって事にしておいてくれ。今はそうじゃないが、身に着けてある技術で一番馴染んでるのがソレの類なんだから仕方ない。ナイトや暗黒騎士ほどの重い鎧だったらこうは行かなかっただろうが。背中のガンブレードを引き抜いて構える。中型船に乗ってるのは全部で7~8人か……?ザワザワとはしているが立ち向かってくる気配がないのはどうしてなんだろうな。まあいいか。俺が強引に乗り込んできたのに驚いたのかなんなのか、よくわからないが操縦士以外を減らそうと飛びかかる。慌てて抜刀する数名を見つつエーテルの弾丸を込めた剣を振り下ろす。相手の体に触れるぎりぎりで起爆してその爆発力だけで一人を軽く弾き飛ばした。斬りながら、では下手すると殺す。ガンブレイカーの斬撃は場合によっちゃただの斬撃ではなく、斬る瞬間にエーテル弾-ソイルというらしい―を起爆させて激しい振動を発生させ、裂傷を大きくするなんて事が出来る。当然、大怪我だ。ここで大怪我をされると、ちと困る。重傷の手当てをする準備などしていないからだ。戦意を挫くのが第一。ソイルそのものを発射して攻撃することも出来るから、それで脚や目を狙って被弾させて、立てている奴をともかく減らした。ノンを呼ぼうと思ってすぐに、甲板の上にマナカッターの影が映る。

「今そっち行きますー!」

抵抗してくる人数が減ったと分かってくれていたようだ。真上に滞空させたマナカッターからノンが飛び降りてくる。

「あああ!大丈夫だけどやっぱちょっと怖い!」

高所から飛び降りるなんてのは冒険してるとしょっちゅうで、そう言う意味では大丈夫だろう。が、稼働しているマナカッターから飛び降りるというのはそうそう経験しないだろうし、したくないだろう。ノンの感覚は正常だ。俺がちょっとおかしい。ミコッテらしいしなやかな着地で、大きな音を立てるわけでもなく、綺麗に甲板に降り立って弓を構えるのが分かる。足止めします、とまだ立っていて、俺に飛びかかろうとしていた連中を丁寧に射抜いて見せる。もちろん致命傷ではない。足だの腕だのを狙って無力化を狙ってくれている。それでいて見事に命中するから凄いなと思う。弓は一応、習い覚えたが俺にはやはり投げナイフの方がいいらしい。

「誰の命令か知らないがなんだお前達!!」

操縦士は守らねばと思っていてだろう、操縦士の傍に陣取っている盾持ちがようやっとと言えばいいか、威嚇のセリフを吐いてくる。ノンによると小型機に乗っていた奴らは数名、滞空を諦めて着陸したらしい。早い事護送なり頼まないと凍えて死ぬな?と思ったがそこらへんの連絡も既に神殿騎士達にしてくれたそうだ。有難い。そうそう遠くには逃げられないだろう。

「身に覚えが山ほどあって誰からだか分らないだろうな。」

神殿騎士団、被害に遭った空輸を仕事にする商人たち、船に乗っていた船員たち。犯罪は許さぬと目を付けてくる奴も居れば色々と被害者もいる。怨みも買っているという事だ。それこそ《裏側》で殺せという依頼が入ってもおかしくはないだろう。それよりも早く、捕縛してほしいという依頼が入ったわけだが。ちなみに依頼主は神殿騎士の連中だそうだ。国に革命じみた変化が起きた以上、国の治安維持が今まで以上に忙しいはずだ。新しく変わる事を良しとしない保守派がよからぬ事をしたりする。変化の混乱に乗じて過激派が暴れたりすることもあるだろう。実際、一度神殿騎士のコマンドでもあるアイメリクは襲われたことがあるしな。結果、アレコレ手の回らない仕事というのが出てきてそれが俺達冒険者に回ってくるという事だ。ちょっと前のイシュガルドならば考えられなかったことかもしれない。なんせ、イシュガルドの連中は自国の連中以外を信用せず見下すからだ。その辺は下手するとガレマールとそんなに変わらないかもしれない。唯一、貴族であるフォルタン家だけは冒険者にも寛容だったが。今は彼らが冒険者への仕事依頼の作法をほかの貴族やらに教えてやってたりするかもしれない。

「命は取らないから大人しくして。」
「むしろ大人しくしてないと落ちたりなんなりで死ぬぞ。」

本当なら、大人しくしてないと殺すぞと言ってしまいたいところだが、止めておこう。ッケっと操縦士を庇う位置にいた覆面の男が悪態をつくのが分かる。抵抗しづらい状況にあるが捕まりたくはないしもちろん、死にたくもないだろう。俺達に従っておけばとりあえず、命だけは助かる。が、神殿騎士に引き渡された後、裁きによっちゃ死罪だと自覚があるようだ。以前の強引に有罪か無罪か決める、死んだら無罪みたいな半ば処刑のような判断法を取らなくなっただけマシだろうが。甲板を踏んでいる足の裏に、なにかカタカタという音が響いてくるのを感じ取る。……これは……?中にまだ誰か居やがるな?それにこの振動は……。

「誰だ。」
「??刹さん?」
「下に誰か居る。」
「えっ。」

気がついたことを口にして、程なくか。ガタンという大きな音を立てて一機だけ、小型機が飛び去って行くのが分かった。なるほど、頭目か何か、たぶんそう言う立場の奴だけ潜んで単独で逃げやがったのか。操縦士とそれを守っていた覆面がしてやったりという顔をするが……。だったらむしろ遠慮要らないよな?とノンと視線を合わせて軽く頷き合う。

「大物が逃げたみたいだから追いかけないとならないな。」
「ボスが逃げりゃこっちのものだ。」
「何がそっちのものか知らないけど、遠慮しなくて済むから楽よ。」

スっとノンが弓を引き絞る。その動作も相当早い。弓の弦を引くという動作は簡単そうに見えるが非常に膂力と技術が必要だ。それをああも素早く引けるのだから凄いなと思う。俺はやる気がないのでダメなのかもわからん。筋力だけはあるんだがな。酷く素早い動きで放たれた矢に、空賊連中は当然のように反応しきれない。したところで避けるなんて芸当は難しいだろう。吟遊詩人の鍛錬をかかさないミコッテ族の弓術を見切るのはよほどの手練れでなければ難しい。吹雪に流されることもなく、見事に矢が二人共の手足を射抜く。手足を同時に二人分。最低でも四本は矢が飛んでんのか?器用だな。悲鳴を上げて二人ともがしゃがみ込む。覆面の方に至ってはひっくり返った。操縦士は船のバランスを取らねばという意識があったのか操縦桿は握ったままで体を丸めている。操縦士の鑑とでも言えばいいんだろうか。即座に俺が操縦桿に飛びついて一時的に自動操縦に切り替える。一定の滞空を続けるだけにとどめる奴だ。吹雪いてるとそれでも揺れるが自動にしておかないと墜落しちまうし。そもそも単独でボスらしき奴だけ逃げて行ったがどこがどう、《こっちのもの》なんだろうな?ボスだけ自由なら自分たちが捕まっても再建できるとでも?いや、たぶん無理だろ。捕まった部下の事なんか助けに来るわけがないし、下手したら捕まった先で死罪だろ。どこらへんが《こっちのもの》なのか見当がつかない。まあ良いか。甲板に転がしたままの見捨てられたであろう部下たちを全員縛りあげておく。ノンに周囲を見張っておいて貰って俺が主に縛り上げたが、よくよく気を付けてみると構成員は全員エレゼンか。この感じだと全員、イシュガルド系エレゼンだろうか。縛っている間に、ノンからの知らせで駆けつけた神殿騎士が下でオロオロしていた連中もとっ捕まえてくれたらしい。地上が騒がしいなと思ったらそう言う事か。この船の調査と乗ってる船員の確保も任せたいところだし、どこかに着陸させたいな。操縦士がヤケを起こしてへんな操縦をしても困るし、そもそも怪我させてしんどいだろうから、とりあえず俺が動かすか。ノンに提案すると分かりました、と返事をしたあとに、ん?と首を傾げたのが分かる。

「……刹さんコレの操縦できるんですか?」
「出来るぞ。習っといたから。」
「誰に!?」

操縦士なんてのは普通は専門職で免許なんかが居るはずだが、当たり前だが俺はそんなものは持っていないので無免許になる。マナカッターに関しては許可書持ってるが中型や大型の許可書は持ってない。が、操縦の仕方だけは覚えているので操作は出来る。

「ネロから。」
「……それシドさんに話したらお二人とも説教される奴じゃ?」
「言わなきゃいいだけだ。ネロがバラすかもしれないけどな。」
「ああ、なんかちょっと想像できる……。」

俺様があの英雄サマに操縦を教えてやったンだぜ?ガーロンドォ。

と、自慢のつもりで話すネロがノンにも想像できたようだ。俺も同じような想像をした。自慢になってない気がするんだがそこはネロだからまあ、という感じだな。一応アレが元、ガレマール帝国軍、幕僚長なんだから面白い。亡命扱いでいいのか分からないが逃亡兵だろうから見つかったらヤバかろうに自作の装備に本人の名字を銘入れしたりするあたり、危機感があるのか無いのか。戦死の記録が公式に着いてるのかなんなのか。彼の故郷ではスカエウァというのは一般的な名字なのかもしれない。やたらとシドにライバル心を燃やすネロだが、あれはその実、仲が良いよな。俺としてはネロのほうが気があうのでごくまれに遭遇出来た時は彼の自慢話を聞くのが楽しみになっている。なんせ、好き勝手どっかほっつき歩いてて早々に捕まらないのだあのオッサン。たまたま久々に会ったときに飛空艇の操縦の話題になってその流れでこっそり教わった。全く悪びれもしてないし、俺も遠慮はしないのでせっせと覚えさせてもらった。俺が目視に時間がかかるのには少々苛立つ瞬間もあったらしいが、実際に怒るようなことは終ぞしなかったな。ともあれ、景色は例によってあんまり見えないのでノンにガイドしてもらいながら着陸できそうな位置にゆっくり動かしてゆっくりと、着陸させた。出来れば晴れている時に操縦したいな。

 着陸させた先まで、神殿騎士は着いてきてくれていて船員たちや船の調査は任せてしまう。一人、逃げたやつがいるのでソイツを追いかけると彼らに言うと、仕事を押し付ける形で済まないが気を付けてくれと敬礼で見送られた。彼らなりに気にはしているらしい。そりゃ、本来なら治安維持をきちんとこなすというのは権威を主張する仕事にもなるはずだから欲を言えば全部やりたいんだろうな。現実として人手不足で無理だから俺達が請け負ってるわけだが。それはどこの国も一緒だ。イシュガルドがそれをしてこなかったせいで勝手がわからない、というだけだろう。それこそリムサ・ロミンサなんか海賊たちが国からの仕事としてガレマール船を襲っている。敵対国の物資を強奪することで戦力を削ぐためだろうが、なかなかに過激な仕事だ。

逃げたらしき方角は覚えているが……それなりに時間は経ったから大回りして全く違う方向へいった可能性も高い。さてどう追いかけるか。エーテル視ならある程度追えるがそのある程度の時間を俺が耐えられないし。自動操縦にしておいた自分たちのマナカッターを遠隔で着陸させて、念のために破損がないかを確かめる。座席にいくらか雪が積もってしまっていたのでそれをかき出した。

「どうやって追いましょう。」
「移動速度はそれなりに早いしな。目視もまだ厳しい天候だし。なんか痕跡が見つかれば一番いいが。」

ほんの少しだけ、エーテル視を使ってみる。さっき咄嗟に確認した逃げたやつのエーテルの色を探すがさすがにある程度の距離がとれてしまったのか少々分かりづらい。一瞬だけみてさっさと見切りをつけてしまう。でないと俺が疲労で倒れるだけだ。取り敢えず素直に飛び去った方へ行ってみるかと結論付けてそちらに飛んでみることにする。しばらく飛んでみたが目ぼしいものは見当たらない。そもそもが吹雪で視界が悪いというのも厄介だが。さて困ったぞと思っているとリンクパールが鳴る。ノンとの連絡用のものとは別だ。冒険者やってると複数のリンクパールを持つのが普通だからそれぞれ呼び出し音を多少変えているので判別が付く。今鳴った奴はミットとの連絡用だ。悪友の誓いをした昔なじみなのでどちらかと連絡用というか雑談用とも言える。ちなみに俺はミットと呼んでいるがこれは彼女のファミリーネーム……名字であって、ファーストネームはティマという。深い理由が無いのだが、ミットと呼びかける方が呼びやすいのでそれで呼ばせてもらっている。それにしても、なにか用だろうか?

―俺だ。-
―あー!せっちゃん、今近くに居るよね?-
―近く?西部高地に居るのか、ミット。―
―レアなクラフト素材集めに来ててね。ちょっと変なモノ見つけたんだよね。確か今日、泥棒追っかける仕事だって言ってたじゃない。これ盗品じゃないかなってモノ見つけてさ。―
―盗品?気になるな。ちょっと待ってくれ。―

急いで前を行くノンのほうに連絡を入れる。情報が入りそうだから少し自動操縦で滞空待機してくれと伝えるとすぐに了解の返事があって滞空状態に入ってくれる。俺のマナカッターも同じように固定をした。本当はクソ寒いので降りたほうがいいがとりあえずだ。

―オーケーだ。説明してもらって良いか?-
―ほいほい。―

ミットによれば、珍しい木材やらが取れる場所の近くに来たら、普段なら見かけないような紙片やら金属片がパラパラ落ちているのが目についたそうだ。おかしいな?と思って周辺を細かく探ってみると、雪を掘り返したような跡を見つけて、そこに凍り付いた洞窟を見つけたらしい。そしてその凍った向こう側に色々と雑多なものが見えたそうだ。絵画だったり陶器だったり宝飾品だったり。人気のないこんなところにわざわざ、湿気で傷むかもしれないような高価なものを仕舞うなんてやましい連中が出入りしているに違いない。そう思ってどかされていた雪をもう少し、掘ってみるとうまい事、人が出入りできるだけの隠されたドアがあり、そこから凍った洞窟の中にちゃんと入れるようになっていたそうだ。それでいて、内部に新しい足跡が残っていた、と。

―たぶん、少し前に誰か入って何か持って行ったんじゃない?―
―思い当たる奴がいるな。おそらく懐にしまえる程度の宝石かなんかだけふんだくって逃げたんだろう。空賊の頭目だけとんずらこいてるんだ。―
―あ~!じゃあ十中八九ソイツだねえ。座標で場所教えるね。―
―頼む。近くにソイツ潜んでるかもしれないから一応気をつけてな。―
―コテツに見張って貰っとく!―

いつも連れている豆しばの名前を出しながら、ミットがちょっと待ってねと座標の確認をしてくれる。地図の解読をする際に指標となる数字があるのだが、それを座標と呼ぶ。多少ズレたりしていても、ある程度の数値が分かれば近くに行ける奴だ。ちなみにコテツはちゃんと胡乱な奴がいると吼えるらしい。豆しばという種族は存在しないそうで、本来は柴犬と呼ぶべき犬種だろう。東方ではなじみ深い番犬だ。顔立ちは優しいが主人以外には攻撃的になる、と言われている。面識が出来て懐いてくれれば威嚇はされないので俺も吼えられたりはしない。時々栗丸と遊んでもくれるいい子だ。

―だいたいその辺だねー。―
―ありがとう、助かる。そっち行って探ってみるよ。神殿騎士にも通報しとこう。―
―ならうちはこのまま素材集めに戻っちゃうねー。―
―ありがとうな。さっきも言ったが近場に残党いるかもしれないから念のために注意してくれ。―
―気を付けるー!そっちもね!―

そこまでで会話をうちきって、ノンにミットから聞いた話を手早く共有して地図の座標も知らせた。すぐに彼女が地図を確認し、再び移動を開始する。少し体が冷えたから、何かしらで体内から温めたいんだが仕方ないな。しばらく移動したのちに、ミットが教えてくれた凍り付いた小ぶりな洞窟を見つけ出した。なるほど、良い蔵になってるな。湿気は問題になるだろうが……。一時的に放り込んでおくだけなら十分だろう。どうせこれらは自分たちで使う訳じゃない。売りさばいて金にしてしまうのだし。マナカッターを物影に着陸させて例によって念のためにトラップを仕掛けておく。

「これは隠しておくのに都合がいい感じの洞窟ですね。」
「ちょっとした隠し場所には最適だな。結構な量の盗品があるように見えるが……。」
「大きなものが多いですね。小さな宝石とかが点々と落ちてますし換金できそうな小さい奴だけ持って逃げたんでしょう。とりあえず神殿騎士の皆さんに共有しちゃいます。」
「頼む、ちょっと中探ってくるよ。」

気を付けてとノンに念を押されて了解のしるしに頷く。それこそ罠が仕掛けられていないかを確認しながら入り口の近くを確かめる。どうやら罠はないらしい。さすがにドアに鍵はかけてるか。木材と金属を組み合わせたドアが、器用に氷に貼り付けてあってそれが出入り口として機能している。永久凍土ばりに凍り付いた土地だから出来る芸当だろう。一般的な冬でしかない場所でこれをやったらそのうち周りも洞窟も溶ける。改めてここが異常な寒波に包まれてしまった土地だというのが良く分かるな。さて、さすがに鍵はない訳だから……。ピッキングでいいか。ポーチから小道具を引っ張り出して、鍵穴の位置を触れて確かめる。大概の鍵穴はそこまでデカくはないから近寄らないと見えないし。位置を確かめてから、ピッキングツールを選んで差し入れる。完全にやってることがコソ泥だがあながち間違ってはいないか。忍者はこういう事もするのだ。情報を集めたい相手の家に侵入したいときや、機密の書類を持ち出したいとき。堂々と入れるわけはないのでこういう小細工を使う。俺がカチャカチャと鍵穴を探っているのに気がついたノンが何してるんですか!とちょっと笑っている。見ての通りだよ、と身振りで返事をしておいた。彼女も何をしてるかなんか分かった上だろうから。

「忍者さんて怖い。」
「冒険者としての忍者は聞こえがいいかもしれないが、東方の仕事としての忍者として聞けば結構に危険な連中だぞ。ようはスパイと暗殺者だからな。」
「シーフさんたちもこんな感じなんですかね。」
「同じだろうな。彼らは海賊の取り締まりって名分があるから忍者よりソフトかもしれない。掟破りの命を獲ることもあるらしいが……それ以外で暗殺の依頼は別に受けないだろ。」
「あくまで制裁なんですもんね。」
「開きそうだ。」

カチっとうまく、噛み合う音が聞こえてきて解錠が終わる。ゆっくりとドアが開いてお見事ですとノンが小さな拍手をしてくれる。あまり人に見せるもんではないし、それこそ褒められるなんて事がないから変な気持ちだな。立ち入る前にもさらに念を入れて罠を探すが……どうやら無い様だ。荒らされたかのようにモノが散乱しているし新しい足跡もあるから、やはり逃げたアイツがここに一度立ち寄ったのだろう。だとしたらどこか、モノを売れる場所へ移動したか、いったん身をひそめるためにどこかそういう穴倉なり緊急時のアジトになり入り込んだか。足跡が新しいのは有難い。ついでに残ったエーテルも新鮮だ。

「……そんなに大規模な空賊じゃなかったのに盗品、かなりありますね。」
「手際が良かったか内通者でもいたか。その辺の調べは神殿騎士にお任せだな。」
「ああ、そうか。内通者って線もあるんですね。」
「分け前をやるって約束で仲間に引き込む奴もいるだろうし、乗る奴もいるだろうからな。バレなきゃぼろ儲けだ。」

盗品を扱うのは当然リスクが高い。他人の金で仕入れられた高値のつく品をかっさらって闇市で売る。買う奴も買う奴だが。そうでもしないと手に入らない品というのは無くはない。買う権利が一部の富裕層にしかない代物、なんてのがこの世にはあるし、曰くつきだの市場に普通は流れないものだのも含まれれる。珍品のコレクターなんかはそれが裏ルートから来たモノと知っていても欲しいなんて奴だって存在する。正規ルートで買えないのなら闇市で買うか盗むか諦めるか。諦めてほしいところだが物品に執着する奴というのは手段を選ばない。金儲けのためにコソ泥になる奴よりは、食い扶持に困った末に野盗になる奴の方が多いとは思うが、そいつらが金儲けのための集団に成長してしまう事もあるしな……。造作なく置かれている盗品の数々を見て、ノンが呆れたため息をつくのが聞こえた。こんな扱いじゃ傷んじゃうのに、と。出入り口が騒がしくなって、神殿騎士たちが到着したのも分る。ノンがすぐにやり取りしてくれて、情報提供してくれた冒険者が居たことも口添えしてくれた。彼らが了解の返事をし、すぐに俺達のように中に入ってきて盗品を確かめている。彼らは何がどこから盗まれたのか、のリストもきちんと持っているからそれで確認も出来るだろう。この絵はあの貴族に卸すはずだった絵だ、とか、こっちはスカイスチール工房に届くはずだった貴金属だ、とかそういった会話も聞こえてきた。きちんと返却されると良いが傷んでると厄介だな。

「絵画なんかこんなところに放っておいたら湿気ってダメになっちゃいそう。勿体ない。」
「価値を分かってんだか分かって無いんだか。良く分からんな。……アバラシア雲海のほうへ逃げたかもしれない。エーテルの残滓がそんな感じの動きしてる。まだそっちまで行ってないかもしれないが。」
「あっちの方だとどこかひそめる場所ありましたっけ。」
「……ノーススター号が凍った池にハマってるが……。」
「……ドアとか窓も凍り付いちゃってるはずですけど行ってみます?」
「疑わしいなら覗くのが一番だな。中に入れば短時間、暖をとって休むくらいは出来るかもしれん。」

アバラシア雲海へ移動する近くに凍り付いた湖がある。そこになんのための船か知らないが氷に固定されてしまった大型船があるのだ。空を飛ぶためではなく海や湖を行くための船。昔は遊覧船でも出てたのかもしれない。そこになら一応潜めなくはないだろう。ただ凍り付いて久しいはずで、入り口も例外なく凍り付いているはずだ。中に入るにしてもある程度溶かさないと開閉すら難しい。入って閉めたところでまた凍り付くわけだから出られなくなってるかもしれない。いや、まあ中に入って居ればの話だが。まだその付近の空を飛んでる可能性もある。どっちにしても捕まえておきたいところだ。

「ここは騎士たちに任せてとりあえず間に合うか分からんが追跡してみるか。」
「そうしますか。見つからなかったらそれはソレで……。」
「だな。」

じゃあ、とさっそく騎士たちに追跡を始めることを伝えて、お互い気を付けるようにと念を押しあう。彼らはそれこそ騎士なわけで戦いには手慣れているはずだがこういう狭い場所で不意打ちなんかくらったら危険だ。あの連中の残党が近くにいないとは言い切れない。そこらはきちんと警戒してくれると信じておくとしよう。手早く自分たちのマナカッターに乗り込んで出発する。本当なら熱いお茶でも飲みたいところなんだが仕方ない。例によってトラップは解除して回収してあるから神殿騎士たちが踏んでしまう事もない。

 ノンに前を行ってもらいながら、ノーススター号の方を目指す。昼間にさしかかってきて少しだけ天気が回復してきた。ずっと吹雪いていたがそれが弱まって、チラチラと雪が降る程度に変わる。冷風が強くないだけ随分とマシだ。実のところ視界はそこまで良くならない。空から降ってくる白い雪というのは不思議なことにそれだけで目が惑わされてしまう。何といえばいいか、中心を見ているつもりなのに雪の欠片がそれを暈してしまって見ていたはずの中心を見失うような。俺はもともとがあまり見えてないのもあってなんにせよ灰色でボンヤリだ。

「あ、刹さん。ノーススター号の甲板に小型機が載ってます。人は乗ってないですが……。」
「なら船の方に入ろうとでもしてるか……?」

件の凍り付いた船のあまり広くはないだろう甲板に、例の小型機が載っているらしい。普段はないものなわけで、誰かがそこに着陸させたのは間違いない。そのうえでついさっき飛んで行った機体だときちんとノンが確認してくれている。俺だとこの距離では出来ない確認だ。このまま近寄りましょうとノンが確認してマナカッターをさらに進めようとした時だ、船の物影からあの逃げだした頭目がのっそりと顔を覗かせた。中に入る方法を探していたが駄目で場所を移そうとでも思ったんだろうか。そこでバッタリ俺達と出くわした、と。向こうには不運、こちらには幸運だ。俺達のマナカッターの影に気がついたソイツがゲっと声に出したのが微かに聞こえる。表情は俺にはここからでは分らない。ノンと手早く合図しあってマナカッターの速度を上げる。ソイツが慌てて自分の小型機に乗り込んで起動させようとし始めた。これは……。もう一回、飛び込むか。

「俺にも小型機と人影は見えてるから、またちょっと強引に行くな。」
「ええっ……無理しないでくださいよ……!?」

グッとマナカッターの操縦桿を握りなおして加速させる。吹雪が収まっててくれて何よりだ。加速もしやすいし刺すような冷風で無くなったのは助かる。まぁ空気自体は冷たいままだし加速すれば当然クソみたいに寒いが。離陸させて俺達から離れようとする頭目の小型機と本人の姿をどうにか一度、確かめる。小型機からエンジンの回る音が聴こえているのはありがたい。俺には大事な情報だ。そいつの小型機の真上で急停止させて滞空指示を出すとすぐさま飛び降りた。ノンがもう予測はしていたけど、と言いたげにまたそんな無茶を!と口に出すのが聞こえてきた。心配させて済まないとは思うがこう見えて身軽なんでな。俺が上からいきなり飛び降りてくるのをソイツもキチンと見ていたらしい。嘘だろ!?と声に出したのが聞こえてきていた。構わずに僅かな時間の隙に空中で体勢を整える。両足を曲げて膝を腹の方へ引き寄せた。離陸し始めたソイツの小型機の、操縦席の少し前へ強引に両足を伸ばして踏みつける。落下の勢いも合わせて俺の体重を叩きつけたような形だ。足だけは結構にしっかりとした甲冑を装備してあったからその金属の硬さも手伝ってかなりの衝撃になったろう。そもそも俺の体重だけでも結構なもんのはずだしな。ガギンと言う金属がぶつかって破損する音と共に、ヒビが入ったのが分かった。灰色の機体に黒い稲妻のような筋が走っていく。

「うわっ!てめえそんな無茶苦茶があるか!」

慌てたように頭目がエンジンを止める。不用意に動かそうとすればいきなり爆発とかしかねないだろうからな、こういう破損をさせてしまえば。それを狙うために俺はコレを踏みつけるためだけに飛び降りたわけなんだが、狙い通りに壊せてなによりだ。なんか内側でガリガリいってるな。ビッグスたちに見せたら悲鳴を上げるかもしれない。手早く背中に背負っていたガンブレードを引き抜いてソイルを込める。ガチャンという銃を扱うのに似た音。最もこれは銃とはちょっと違うらしいので同じにしてはロスガルたちに怒られてしまうだろうな。ズイっと頭目の目の前にガンブレードの切っ先を突き付ける。ヒっと頭目が短い悲鳴を上げた。

「大人しく降りろ。不用意に逃げるなよ?コイツは《撃てる》からな?」

ぐっと頭目が何か言い返そうとするのをこらえるのが分かる。武器は持っているらしいが一般的な片手剣と小さな盾だけのようだ。そのうえでコイツはおそらく戦い方なんぞ我流だろう。曲がりなりにも師を仰いで訓練をする俺達とはわけが違う。もちろん我流で強い奴はいるのだが、それはソイツの才と努力が飛びぬけているからという前提があればこそだ。しぶしぶと頭目がゆっくり、警戒をしながらも小型機から降りた。丁度そのあたりでノンがきちんとマナカッターを甲板上に停泊させて降りてくる。怪我してないですか?と気遣ってくれるので大丈夫だと応えておいた。実際、特に問題はない。俺もカチ割った頭目の小型機から降りるとノンと二人でソイツを挟んで立つようにした。うっかり逃げようとしないように。俺はもちろん抜刀したままだし、ノンもしっかりと弓を手にしている。万が一抵抗してくるなら、近接戦は俺が担当すればいいし、距離を取られたらノンの弓術に頼ればいい。

「神殿騎士さんたちが貴方をお探しなんで、大人しくしててくださいね。」
「……。」

悪態をついたのが最初だけで、その後は黙り込んでいる。抵抗のそぶりも無いが、あまりにも無気力というか……覇気が無さすぎないか。ノンも少々、気持ちが悪いと思ったようで顔を顰めているのが分かる。こんな凍り付いた湖に用のある人間などまずいないせいで、物音がしない。雪がチラチラと降る、ほんの微かな雪が何かに擦れる音と風の音がするくらいで辺りに俺たち以外の人の気配もない。自分の呼吸音が酷く良く聞こえてくる。寒さで白くなった吐き出された息がスッと消えていく。ジリジリとした空気なのは、俺達の側からの圧と、目の前のコイツの沈黙のせいだ。何を考えて、黙り込んで固まっている?それこそこういう時に超える力で相手の脳内の声を覗きたいもんなんだが、生憎アレは俺たちの意思で発動してくれない。なので視るでもこっそり本音を聴くでもなく、様子を伺いながら自分たちで考えなくてはいけない。しばらく沈黙していたソイツが急に、ぐっと顔を持ち上げる。タイミングとしてはちょうどチョコボの足音が近づいてくると分かったあたりだ。ノーススター号のほうへ行ってみると伝えておいた神殿騎士たちが追いかけてきたのだろう。凍り付いた大地をしっかりと蹴りつけて走ってくる音。クエエとたまに鳴き声が上がるのは、人間でいう息継ぎだとか体が動いた拍子に声が出てしまうせいだ。ノンは分りやすく耳を動かしたので察しがついたが、俺以外にも既に聞き取れるという事はそれなりに近くまで来てくれたのだろう。そしてそれを悟ったらしき頭目が何を思ったのか顔をしっかりあげている。顔色が悪いのは冷えたからだけではないだろう。これは……。

「神殿騎士なんかに捕まった日には何されるか分からねえ。」

事実だ。
事実だった、と言えればいいんだが断言は出来ないな。かつてだったら、空賊に身をやつした理由やら実際に犯罪を犯した理由など問答無用で罪人は罪人と一方的に断罪していた可能性が高い。特に、異端者……イシュガルド聖教の教えに反する者達ともなればいきなり崖から突き落とす始末だった。死ねば無罪。死ななければ有罪。どっちにしても滅茶苦茶な判定だ。無罪だとしても死んでるわけで許しもクソもない。聖教からの赦しなんぞ何一つ嬉しかないだろう。生きていられないなら本当に意味がない。一応、もうすでに異端者だなんだという人の捕まえ方は批判が強く、大分いい加減だったと分かってきているから減っているはずだ。それにそもそもコイツは異端者云々ではなく、盗人なわけだし。

「俺は何も吐かねえぞ!」

ここで死んでやる、という意味だろう。ノンもそう言う意味だと理解したらしい。無言のままで矢をつがえると驚くほどの速さでソイツの手を射抜いて見せる。剣を引き抜いて自分を貫こうとしたその利き手を。悲鳴があがって甲板に血が散っていく。チラチラと落ちて来てはうっすらと積もった白い雪に鮮やかなほどの赤色が落ちていく。さすがにこれは俺にも良く見えるな。赤は見えやすい。一度大きな悲鳴を上げた後は、矢が刺さったままの手を抑え込んで声を殺したまま蹲ってしまう。相当痛むだろう。手の甲から手のひらへ、真っすぐに矢が貫いている。俺は痛みに鈍い体質をしてるがそれでもこういう貫通はさすがに痛いと思うから、こいつには激痛のはずだ。痛すぎて掠れた呻きのような声が微かに聞き取れるだけだ。

「自分は人を殺したり、ヒトのものを奪うなんて散々と酷なことをした癖に自分が咎められるのが嫌だなんて都合が良すぎでしょうが!ふざけるんじゃないわよ!」

あまり口調を荒げないノンが珍しくピシャリと頭目を怒鳴りつける。怒鳴られた頭目の方がビクっとなった後に、何か思う事があったのがグズグズと泣きだした。これはどういう涙なんだろうな。自分が情けなく思えたか、痛みでか、もうおしまいだと思って心が折れたか。なんにせよ、死に逃げさせずに済んだのは何よりだ。……俺にも結構に角が痛い言葉だが、俺はまあ、裁かれるなら構わんと思ってるからちょっと違うか……?ともかく、舌を噛み切って死なれると困るな?と適当な手ぬぐいで無理やり猿轡路代わりにする。泣いてると苦しいだろうが致し方ない。なるべく納得して泣き止んで呼吸を落ち着けてほしい所だ。

「アンタを逃がした部下たちは全員捕まってるのに、彼らはそういう目にあっても構わなくて自分は嫌って言ってるのと同義なの気づいてる?こんなしょうもない頭目逃がして、ボスが逃げたなら大丈夫だなんて信頼してくれてたのに、最低。」

そもそも自死がダメよ、と小さな声でつぶやくのが聞こえてくる。普通は、そう思うんだろうなと他人事のように感じてしまう。

凍り付いた湖の上。
ほんの少し、船が湖に沈んだまま凍り付いてるから、俺達が立っている位置は普通の家の二階くらいの高さは余裕であるはずだった。だからこそ、追い付いてきた神殿騎士たちがこっちの様子を下から気にしている。彼らのチョコボはきちんとフライングの訓練を受けているから飛べるはずだ。少しして、二人ばかりがチョコボに乗って甲板までやってくる。悲鳴が聞こえたが大丈夫か?と問いながら降りてきて、蹲っている俺達の仲間では無さそうな男のエレゼンを見てソイツが負傷しているのが見えて納得したらしい。

「なるほど。二人ともありがとう。これで全員逃がさずに済みそうだ。」
「自殺しようとしたから、気を付けておいてください。貴方達に裁かれるくらいならって……。」
「分かった。それで轡噛まされてるんだな?そりゃ殺人に強盗に密売とアレコレやらかしているから相応に重い罪に問われるだろうけどな……。」

死なれてしまうと調べられるモノも調べられなくなるから困る、と神殿騎士たちが言っている。死人に口なし。死体から分る事というのも勿論あるが、出来れば生きている奴の言葉でもって情報を仕入れたいだろう。その方がアレコレ聞き出せるし手に入る情報は明らかに死体より多い。

「……良い事教えてやろうか?」

結局捕まって裁かれるのかとうなだれているソイツに声を掛ける。ソイツが何を言ってんだお前は?と言いたげにチラっと俺の方を見たのが分かる。この状況で良い事もクソもあるか、と言いたげなのが分かる。すっかり自棄のようだ。お前、一応これはお前が自分で蒔いた種だからな?

「アンタがしたのは確かに極悪だが、取引相手を彼らは知らないんだぞ。お前がもってる《お仲間達》の情報提供っていうのは罪状を軽くする手段だ。覚えておくと良いぞ。」
「確かに、密売相手なり闇商人なり……居ないと思いたいが内通者がいるのならば、こちらに提供をしてくれるなら減刑は十分あり得る。犯罪組織を少しでも潰せるのなら、情報を提供してくれる条件はあるが罪人でもきちんと我々が警護する。」

俺が囁いた内容をきちんと聞いていた神殿騎士の二人がどこか苦笑いのこもった声で同意の言葉を述べる。普通に調べに調べて回るのも勿論可能だが、最初からある程度の情報を知っている奴から聞かせてもらう方が手間も金もかからない。そのうえ、犯罪集団をまとめて御用に出来る可能性があるので、情報提供は喜ばれるはずだ。本意では無くても、貴重な情報源を殺されては損害になるから当然、護衛がついたりもする。実際、俺も病魔で死期が近いという海賊が自省した末に黒渦団に情報提供を決断したというので護衛をしてほしい、という依頼を受けたことがある。それこそガンブレイカーの鍛錬中、俺にとって師となるロスガルとその相棒のヴィエラと一緒に。間者としての仕事中にも、そういう減刑される事例はいくらでも見てきたしな。もちろん、情報を流された側は提供者を怨むし、消そうとしてくるがそれから守るのはこの騎士たちなんかの仕事の内だ。

「あのー、これで私達はお仕事終了って事で大丈夫ですか?」
「ああ、勿論だ。あとは私たちがきちんと護送して取り調べも行う。」
「これを皇都のアンドゥルー殿に渡してほしい。それを渡せば、報酬を受け取れるはずだ。」

神殿騎士が荷物から出してきたのは簡単な書類、だと思う。俺にははっきり見えないが、ノンによれば彼女が仕事を受けると決めてサインをした書類で、そこに神殿騎士が完了を確認したというサインを上書きしたモノらしい。ギルドリーヴという冒険者ギルドから依頼される仕事をするときに時々、渡される奴とおなじようなモノだ、と。これが証明になって、提出すれば最終的に報酬を頂けるという事だ。そもそもが彼女の請け負った仕事なわけだから、その本人がその目で見て自分のサイン入りの書類だと確認したのだから間違いないのだろう。なら、すっかり体は冷えているし帰還してアンドゥルーに提出してしまおうか、と二人で確認をとった。神殿騎士たちにもきちんと挨拶をしておく。彼らがきちんと例の頭目の武器やらを取り上げて改めて縛りなおしてくれたので自死される心配も減っただろう。マナカッターに乗り込んで起動させると、ゆっくりと離陸する。念のために、凍り付いた湖のほう、船の下で頭目の護送をする支度をしていた残りの騎士たちにも挨拶をしておいた。きちんと終わったので帰るぞ、という主張だ。途中で投げたんじゃないか?などと勘違いされないように。そこまでしてから、このクソ寒い中また空を飛んで帰る事も無いだろう、とファルコンネストのエーテライトまではテレポしてしまう事にした。皇都の街中にマナカッターを堂々と引っ張り込むわけに行かないのでそこに一旦、預けておけばいい。基本的には集落に停泊させてもらっておいて、必要な時は自動操縦とテレポの複合で俺達のところにポっと出現するように仕掛けがしてある、らしい。いまいち分からないが合図のスイッチを押すと本当にポっと出てくるので無理矢理理解している。専門的な知識があればもっと納得出来るんだろうが。まあ便利なのでヨシという事にしよう。さっさとファルコンネストまで移動して、停泊場所を確保して置いておく。現地にいくらかその辺を預かってくれる連中がいるので彼らにお代を払っておけば雪も被らない場所へきちんと運んでおいてくれるので楽なものだ。

 ファルコンネストから皇都へは石造りのデカイ橋でつながっているのでそれを渡って帰り着いた。町の中だろうかお構いなしに雪は降り続けているので結局は寒い。早く報告してしまいたいな、とノンと二人、さっさと神殿騎士団の本部へ向かう。アイメリクの側近であるルキアと共に、神殿騎士コマンドの一人であるアンドゥルーもいる。報告先は彼の方だ。ルキアにも挨拶をしてから、彼に書類を手渡すと、彼が手早くそれに目を走らせる。ああやってスっと読めるのは楽だろうな、純粋に羨ましい。彼がざっと目を通して、盗品の隠し場所まで見つけてくれたのか、有難いと呟くのが分かる。情報提供者にも礼を渡したいというので、それなら俺の悪友なので責任をもって俺が届けるよというとあっさり納得してくれた。信頼を得ているというのはこういう時に役立っていい。ノンからも、ミットさんには個人的にもお礼をしたいというのでそのうち一緒にお茶でも飲むとしようか。ともあれ、アンドゥルーが報酬を予定より多めに支払ってくれたので、温かい物でも食べながら分配しようと神殿騎士本部からは手早く立ち去った。彼らは暇ではないのだから。

「……お風呂入りたいです。」
「冷え切ったからな。俺もいったん自宅に戻って風呂入って着替えるかな。」
「でしたら、済み次第、望海楼に集合でどうですか?報酬ちゃんと分けなくちゃ。」
「分かった。あそこなら飯も美味い。」
「ではそうですね……二時間後くらいに。」
「了解した。じゃあ後でな。」

揃って、自宅のあるシロガネまでテレポする。当然同じ家に帰るわけではない。シロガネという地域に家を持っているのは共通だが、家の建っている区画は違うので言うほど近所というわけでもない。それぞれ、自宅で身支度を整えたら改めてクガネにある望海楼という温泉宿で報酬を分け合う事にした。あそこは温泉宿だが飯を食うというだけの事も出来るので飯目当てにしつつだ。クガネは港町なのもあって魚が美味いし、望海楼は米どころからいいコメを仕入れているので主食のコメも美味い。西の人間は魚を生で食う習慣が無いらしいが、東方では刺身といって生の魚を薄く一口大に切った奴を綺麗に並べで食う習慣がある。生を食うには新鮮に限るがクガネに入る魚は大概、鮮度が抜群だ。久々に寿司を食うか。

 一旦帰宅した先で当然のような顔で出迎えてくれた雷刃に仕事はきちんと済んで、身支度を整えたら報酬の分配をしにクガネに行くことを伝えて風呂に入る。彼によるとレンと栗丸は一緒に薬草採りに出かけ、兄貴は侍の鍛錬に行ってくると出かけたらしい。冒険者一家らしく、ふと家に戻っても全員、揃わないのはいつもの事だ。それでも俺の自宅にはほぼ必ず雷刃たち三人のうち誰かがいるので出迎えが一切ないというのもあまりない。帰ってきた時におかえりを言ってくれる人がいるのは結構ホッとする要素なので、そう言う意味でも彼らを誘って雇わせてもらったのは良い判断をしたなと思う。あとやっぱり、きちんとした風呂は造っておいて正解だ。冷え切った土地から帰ってきてすぐに温まれる。シャワーで良いという奴も多いだろうし、下手すりゃ濡れたタオルで拭うだけで充分だという奴もいるだろうが俺は風呂が好きなので出来るだけ入りたい。金貯めこんで自作した甲斐はあったな、と思う。風呂から上がって着替えを済ませてしまうと、リビングまで戻って雷刃と晩飯の相談をする。普段、家に居るならば雷刃と二人で夕飯を支度するのが習慣なのだが、これから望海楼で飯を食うとなると俺は晩飯、要らないだろう。

「俺のは抜きで良い。腹減ったら自分で何とでもするし。」
「畏まりました。奥様と栗丸は夕方には帰るでしょうし、劉さんも帰るとは言ってらしたので……。刹さんの分だけ無しという感じですね。」
「よろしく頼むな。」
「お任せを。」

 約束の時間に合わせるようにクガネにある望海楼に向かっておく。景色の良い露天風呂が売りの温泉宿で、旅行客にも人気の宿だ。西からやってきた冒険者たちも世話になっている。西のほうだとあまり湯船につかる習慣が無いそうで、こっちに来てからゆっくり風呂に浸かるというのを初めて体験した、なんて奴らも多い。それですっかり温泉が気に入ってクガネに通うようになったなんて話をチラホラと聞いた。俺はむしろ東の生まれで風呂に入る習慣があったので西に深めの湯船が無い事に驚いたな。ラノシアには一応、療養を目的にした温泉はあるんだが……。まあ湯を沸かすのが大変なのは間違いない。水も燃料も多く必要だからな。俺が育ったウルダハのほうじゃ土地柄、樹木が貧弱だから燃料になる薪やらが手に入らないし。望海楼の入り口では必ず、女中さんが二人立っていて客が来ると静かにお辞儀をして出迎えてくれる。この辺りも東方独特かもしれないな。彼女たちに会釈だけして中に入ると、宿泊なのか風呂の利用だけか、それとも飯を食うだけなのかを申告する受付がある。客同士の待ち合わせも想定しているのか紅色の布で飾られたベンチも用意されていて、既にノンがそこで座って待っていた。俺に気がついた彼女がひょこっと立ち上がる。待たせてしまったろうか?と思ったが時間的には約束の時間よりは少し早い。単にお互い、遅れないように気をつけて早めに来ただけのようだ。じゃあ早速と受付に食事をしに来たことを伝える。すぐに係の女中が奥から出てきて食堂になった部屋へ案内してくれる。宿泊客が食べに来れるのもあってそこそこに広い部屋だ。既に何人か客がそれぞれ飯を食っている。東方の主食は米なのでここの料理も基本的には米がメインになったものが多い。お品書き……エオルゼアで言えばメニューと呼ぶがそれにはズラリと東方料理の名前が並んでいた。俺にはなじみ深いものが多い。

「お腹すきました……。」
「冷えたところでひたすら動いてたからな。お疲れ。」
「何食べようかなあ。」
「せっかくだから俺は寿司を食う事にする。」
「お寿司……。私もお寿司にしようかな。」
「ノンは生魚食える方か。」
「クガネでお寿司初めて食べてそれからは食べます!」

塩漬けや干物なんかのほうがエオルゼアでは一般的だ。新鮮な魚であっても焼いたり蒸したりするのが普通で生のまま刺身にして食う文化は一般的ではない。実際、海賊のルーツを持つ俺の養父であるウィルフトゥームも生は食ったことが無いと話していた。元海賊のロットゲイムもだ。なんでも、生で食うと腹を壊すという認識らしい。あながち間違ってない。寄生虫もいるし、生の魚は傷みやすいので食中毒を起こしやすいのは確かだ。だから東方でも刺身や寿司を食えるのは漁港近くなんかに限る。クガネはそう言った意味でも新鮮な魚が手に入るので生魚も食えるわけだ。それでいて米どころもあるとなって、小さな俵型……なんというか、小さく飯を丸めて固めたものだと思えばいいか、それの上に程よいサイズに切った生の魚の切り身をのっけて食べる、という食い物が存在する。それを寿司、と呼ぶのだが東方の人間はコレを好む人が結構多い。俺も好きだが。普通にドンブリという器に飯をよそって、その上に様々な刺身を置いて食べる海鮮丼、なんてのもある。どちらにしても魚が新鮮でないと出来ない食い方だ。醤油という大豆から作った調味料を少しばかり着けて、ワサビという薬味をすりおろしてコレも少し着けて食べると寿司も海鮮丼も美味しい。ノンはあまりワサビは好きではないそうだが、醤油には抵抗がないそうだ。

ともあれ、なら寿司を二人分頼もうと女中さんに頼んで注文をしておく。寿司とみそ汁がセットになっていて、海藻のサラダが着いてくる奴があったのでそれにした。食い足りなければあとあと追加で頼むことにしてまずはソレだ。

「久しぶりに食べるから楽しみ~。」
「俺も寿司は久々だな。」
「刹さんところは雷刃さんも東方の方だし、結構、お刺身とかも食べる感じですか。」
「俺達兄弟と雷刃は好んで食べるな。アドゥガンも割と。」

レンやロットゲイムは抵抗があるらしくてあまり食べたがらない。結果的に男たちが好んで魚を生で食っている。なんでも彼女たちには気持ち悪く見えるらしい。ロットゲイムのほうは腹壊すって聞いて育ってきたから食べるのが怖い、と話してたな。栗丸もお魚は美味しいと思わないから要らない、と食べないしな。

「食べてみると結構美味しいんですけどね。」
「甘いからな、刺身。」

衣食住の文化の差という奴は、その差に驚くことも多いが面白くて楽しい。東方と西方は多少知ったが、近東はまだきちんと見たことが無いからそのうち現地に行って見ることが出来たらいいんだがな。二人で食文化の話をしていたらお待たせしましたと女中さんたちが二人分の運ばれてきた寿司を確かめて美味そうだなと思う。ハッキリとは見えてないからボヤけてるのでどれがなんのネタ……魚が載ってるのかを女中さんに頼んで書き出してもらった。なんでそんな頼みを?と言う顔をしたが訳を説明すると快く書いてくれて俺としてはありがたい。

「美味しそう。」
「サビは入ってないそうだ。各自好みでやってくれと。」

寿司のために握られた米のことはシャリと呼ぶ。シャリの上にネタが乗っかって寿司になるんだが、大抵の場合、シャリとネタの間に摩り下ろしたワサビが入っている。が、あの独特の辛みと香りが苦手だと言う人も多いので、入れずに出して好みで着けてくれというスタイルが多い。俺はワサビが入ってる方が好きなので適時追加でつけて食べる。着け過ぎると鼻の奥にツーンと痛みのような感覚が走るので着けすぎない方が良いだろう。ちなみにワサビは綺麗な水が無いと育たない。見た目は小ぶりでボコボコ不恰好な緑色の人参みたいな奴だ。御先祖達はこれをなぜ食おうと思ったんだろうか?と思う。パッと見て緑の根っこでしか無いしそのまま齧れるものでない。辛いし。

頂きますの挨拶をして習慣にしてる軽い祈りだけ済ませてから醤油皿に醤油を少し垂らしておく。一緒についてきた味噌汁も貝の味噌汁で魚介づくしだな。

「はー、改めて寒い中お疲れ様でした。」
「お疲れ。」
「急に頼んじゃったけどお手伝いお願いして正解でした。」

私じゃマナカッターから曲芸みたいに相手の船に飛び移るなんて出来ないですし、とノンが言う。普通、やらないだろうしやろうとするもんでも無いのは確かだな。俺も頭の先から足の先まで全身きっちり甲冑で覆ってたらやらなかったと思う。カーボンやらの特殊素材の鎧だったから出来た芸当だ。あとは純粋に慣れだな。

「ミットさんも良いアシストしてくれたんあとで個人的にお手紙出しておきます。」
「最高のタイミングであそこに居てくれたなミットは。」

偶然の重なりだが、お陰で盗品の発見も出来たのだから運が良い。恐らく盗品以外にも、取引相手との念書やら証拠になる情報も隠れてるだろう。それを見つけられれば芋蔓式に複数の犯罪組織を潰す事が出来る可能性が出る。盗品の回収から裏取引の証拠探しまで、神殿騎士がきちっとやってくれるだろう。根の腐ったような神殿騎士も居るのは確かだが、アンドゥルーやルキアが以前よりも目を光らせ易くなってはいるんじゃないかと期待しておこう。あの空賊達がその後、どうなるかまでは分からない。が、空賊行為で物品のみならず人命を奪っている以上、其れ相応に裁かれる筈だ。イシュガルドの司法は相当にいい加減なイメージがあるが、聖教の教えが嘘だったと看破されたいま、却ってマトモになっているかもしれない。そもそも異端者を炙り出して殺す事しか考えてないような司法だったからな。その異端者さえ単に貴族が気に入らないから、だけで仕立て上げられる危険もあったような国だ。自分に従わない平民なら異端者に仕立て上げて殺せ、などと言うのがまかり通ってたんだからな。国の花形だった異端審問官は、今となっちゃ横暴な厄介者かもしれない。そもそも聖教が嘘偽りなのだからそれに反するも反さないも無い。罪のない人達を攻撃した奴らはともかく、聖教の教えは好まないというだけの人を裁くのは難しくなった。だからこそ、あの空賊達のように教えもクソもない、私利私欲の為、犯罪組織の資金源になる行為をする連中を取っ捕まえて裁く方にきちんと軌道修正して欲しいところだ。俺達冒険者が世話になったフォルタン家やアインハルト家も、それを望んでいるだろうから、俺もノンもそれへの協力は惜しまない。もし、あの空賊達絡みの話が神殿騎士から回ってきたら刹さんにもお知らせしますね、と彼女が言ってくれたのでそうして貰おう。何も連絡が無いまま知らないうちに解決してる事もあるだろうし、そうなったらそうなったで気にしないが知る事が出来るなら知りたいと思ってしまうのが人の性だ。

「んー!お寿司、美味しい。」
「ノンは箸使えるんだな。」
「クガネに来てから覚えました!あんまこう、綺麗ではないと思いますけど。」
「食えりゃ良いのさ。」

俺だって箸には馴染みがあるが作法としてはこれで正しいのかどうなのか分からない。西に渡ってからフォークとスプーンを初めて知ったが、箸とは違う便利さがあるな?と感心したものだ。子供のうちはフォークやらも織り交ぜて使う方が食うの楽だろうなと思う。が、慣れてくるとなんでも箸で食べるのが楽だな、と感じ始めるから面白い。それこそパスタだのパンだの、なんでも箸で食べたくなるし実際、箸で食う。モノによるが。

「アレで基本は解決でしょうけど、あの人ちゃんと反省しますかねえ。」
「さあな。ノンに叱られて結構に堪えた様子ではあったが。」
「嫌だって、あれは怒りますよ。」

自分のした事を棚に上げて辛い目に遭いたくないから死んでやる、なんてむちゃくちゃですよ、とノンが言う。辛い目どころか命を盗られた人さえいるのに、と。そこまでしたならば、相応の扱いを受けるのがこの世の中、人間達がうまく回すために作ったルールなのだから従ってもらわなくては困るのは確かだ。人が人を裁くと言うのはややこしいし、間違いも起これば正解もないのだが、世の中を少しでもスムーズに回すのに必要な事でもあるだろう。でないとなんでかんでもやり放題になってしまう。刑罰を受ける恐怖や痛みがあるから犯罪を思い留まれるというのも無くは無いしな。一度、自死を試みたと言うのは神殿騎士達にもきちんと知らせたのだから見張りがついたりして防ごうとするだろう。生きていなければ会話からの情報収集が出来なくなるから大損害だ。

「多分、そもそもが貧民層の連中だろうから、早い事、蒼天街が発展すると良いんだがな。」
「結構、お家も建って来て雲霧街の人達が移り住み始めましたもんね。もっと家が建てば。」
「盗賊まがいなんぞせんでも暮らせる家を持てるかもしれないな。」

イシュガルドは最近、ドラゴン族の苛烈な攻撃で崩壊したままだった居住区を、本腰入れて復興させている最中だ。復興担当は四大貴族の一つ、アインハルト家で、彼らを中心に神殿騎士達はもちろん、聖職者も貧民層たちも協力して瓦礫だらけの崩壊した街を少しずつ整えて直している。俺たち冒険者も有志として参加していて、物資の供給から瓦礫の撤去、道路の舗装もする。家の地盤を整えて家そのものを完成させる所まで手伝っている。退役軍人が孤児たちを見守り、リムサ・ロミンサからは大工衆の応援も来ている。反乱分子達が転じた自警団達も協力してくれているし、果ては、元異端者で竜人化して戻れなくなってしまったと言う奴に、その竜人を連れ込んで来たラタトスクの直系の若いドラゴンまで街の中に居るという状況だ。少し前のイシュガルドにおいては考えられない光景。竜人もドラゴンも追い払うどころか殺そうとしたような国が、彼等を受け入れようと模索している。ドラゴンの子供達と人間の子供達が警戒しあう事なく会話する光景が、あの国で見られるようになったのはとんでもない事なのだ。復興を取り仕切るアインハルト家が元々、柔軟な一族で、なおかつ担当になったのが気の優しいフランセル坊ちゃんなのも大きいのだろう。彼は、物事に対して否定から入らない人だ。何か事情があるはず、理由があるはずで、きっと妥協点があるはずだと受け入れようと試みる事が出来る。少し、アルフィノに似ているなと思う事がある。アルフィノ坊ちゃんよりもずっと大人だし陰鬱な世界も見てきた人ではあるな。あちこち駆けずり回って方々に頭を下げ、竜人やドラゴンを招き入れる以上、彼等が何かしでかしたら自分が一切の責任を負うと異端審問官に宣言して双方を鼻から否定をせずに妥協させる。そう言う人が取り仕切っているから俺達冒険者も協力する気になるのだ。アインハルト家には……フランセルには恩もあるしな。なにより、彼を手助けすることを、亡きオルシュファンは喜んでくれるだろう。少しでも彼に報いたいのだ、俺達は。

「雲霧街の環境はめちゃくちゃだからな。移住できる奴らが増えれば越したことはない。」
「孤児院が出来て子供達がほとんど蒼天街に入ったのは何よりですよね。あんな寒いところに子供達を放っておくのは見ててしんどかったので。」
「子供が理不尽な目に遭ってるのは気分が良く無いものな。俺もそう思う。」

それこそ聖教が保護と教育を施せばいいと言いたいところだが、保護という名目で食い物にされ、教育と言う名の洗脳をされるので結局碌な目に遭わない。かつての暗黒騎士の祖が、孤児達を良いように弄ぶ聖職者を斬り伏せた話なんかからも窺いしれる。建国の真実……実はドラゴンとは仲睦まじくしていたのを人間側から裏切ってその力を奪い取って築き上げた国であると記憶させ、生きた書物にするために貧民層の優秀な子を教皇庁内部に引き入れることもあったそうだ。事実を教えた以上は外には出せない。だが、記録として生かしておかねばならない。結果、生きた本に選ばれた奴は死ぬまで幽閉され、世話役に定められたただ一人以外との接触を禁じられる。他人と関りあう事が生きていくことに等しい人間にとってこの上なく残酷な扱いだろう。孤児たちを保護させても、そうして生きた本として扱ったり、捨て駒としてしか扱わないのが目に見えている。とにかく、国の根底が薄汚く腐っていたのだから質が悪い。ウルダハの腐り方とはまた違う。

「刹さん、孤児院に差し入れしてましたもんね。」
「復興の納品物とは別に個人的にな。子供は大事に扱うものだ。あんま相手すんのは得意では無いが。」

子供は苦手だが、彼等は老い先が長いのだから大事に扱う方がいい。単に俺がそう言う流儀であるだけだが。

「ご飯も支給あるはずだし前より食べれてますよね。」
「酷くシンプルなシチュー納品してるからな俺達も。」

鶏肉をホワイトソースで煮込んだだけくらいのシチューなのだが、蒼天街の復興に関わる職人達の食事にしたり、貧民層の炊き出しがわりとして使われる。何も食えないよりずっとマシだろうが、果たしてあのシチューは喜ばれているのか作っておいてなんだが疑問ではある。味はいいのは間違い無いんだがな。シチュー以外にも寝具やら煖炉、街灯やら職人用の作業着も納めている。とにかく何もかもが足りない。それ程にボロボロになった所だ。

「もっと復興してきたら他所の国の文化なんかも入るんだろうが、今はそれどころじゃないな。」
「イシュガルドはお魚、生で食べるんですかね……?」
「料理本見た限り、生食はしてなさそうじゃないか?」

寿司をしっかりと食べながらも、今回の事件の舞台になったイシュガルドの話題で雑談が続く。食ってるものが生の物なせいで話題もそっちに引っ張られがちだ。元々、暫くエオルゼア三国とも交流せずに鎖国じみた事をしていたイシュガルドにとっちゃ食い物に限らず、冒険者が持ち込む話題や品々は皆んな目新しい筈だ。ドラゴンと戦って来た自分達のモノが全て至高で他国の物は粗悪、みたいな態度が常だった。が、有用であれば何処の国だろうが誰の品だろうが使う冒険者からなだれ込んで来る情報量とそのイシュガルドの常識の通じない具合がぶつかり合った結果、常識の方がぶっ壊され始めている。明らかに手持ちのものよりも有用性の高いモノを目の当たりにさせられてはそっちがいいなぁと思うのは人間としては普通だろう。結果、柔軟な思考が出来る連中から続々とその外の文化を取り入れ始めている。最たるはスカイスチール工房を有するアインハルト家だろうな。今は技術面に偏っているが、復興やら意識改革が落ち着き始めれば食文化なんかも混ざり合い始めるだろう。そうしたら遥か東方の生で食う文化も入るかもしれない。

「お魚も大体焼き魚ですもんね。」
「そもそも寒いものな。ナマモノは身体冷やす。」
「ああ、そっか。」
「逆に保存には困らなそうだな。一晩外に放り出しときゃそんだけで凍るだろ。」
「氷のクリスタル要らずですよね。それだけ寒いって事ですけど。」
「牧草地だった頃の西部高地とか、見てみたかったな。」
「ですね〜。牧場があったって言うのが信じられない。」

雪と氷で覆われた国。その最寄りにあるクルザス地方は例に漏れず雪まみれの土地なのだが、どちらもかつては豊かな牧草地で放牧で家畜を飼っていたらしい。今でもカラクールと言う羊達は飼われてるが、大地は牧草地とはかけ離れた真っ白な雪の大地だ。羊達は寒冷化してもそれに適応できたのか……そもそもモコモコした毛に覆われてて寒さにも強いのかもしれない。ともかく見渡す限り青々した草原だったと言うのが全く想像出来ない程度には寒いし吹雪いている。人間以外も生きていくのは大変だろうが、そこに暮らしている奴らはなかなかに逞しい。逞しくならざる得なかったと言うのが正しいのだろうかな。

「少し休んだら、また蒼天街に納品に行こうかな。」
「物資が余ってるような事はないだろうからな。持ち寄れば喜んでくれるだろう。」

常に足りないかギリギリ足りてるくらいで余裕なんぞない筈だ。行って納品すれば間違いなく喜ばれる。

「はあ、お寿司美味しかった。」
「やっぱりクガネの寿司は美味いな。」
「クガネのしか食べた事ないですけど美味しい。」
「西じゃまず食えないしな。……追加とかは要らないか?」
「結構にお腹いっぱいですね。刹さんこそそれで足りるんですか?体おっきいのに私のと全く同じモノでしたけど。」
「見た目ほどは食わないからな。兄貴の方が食うかな?」

俺も兄貴もアウラ族なわけで図体はデカイのだが、あまり大食いではない。見た目がでかいと沢山食べそうに思われるらしいのだが、多分、思ったほど食べないだろう。食べられないわけじゃないが、食べる必要を感じないと言うか。兄貴の方が俺よりは食べるかもしれない。

「なら、会計して出るか。」
「あ、さっきの報酬だけ先に渡しちゃって良いですか?」
「ああ、そうだった。」

イシュガルドで俺が受け取ったのはミットへの感謝代で、大元の報酬はノンが受け取っている。彼女はそれを自宅できちんと均等になるように分けてくれたらしい。丁寧に縫われた小ぶりな布袋に、俺の分の報酬をまとめておいてくれたようだ。紙幣とコインの入り混じった音が、その袋から聞こえてくる。

「小銭と紙幣は分けようかとも思ったんですけど……一緒の方がバラバラしなくて良いかなと。」
「結構細々するものな。これでなんら問題ない。ありがとう。」
「こちらこそお世話になりました。」

緑色の布に、多分、何かしら刺繍がされているが俺にはハッキリと見えない。受け取った瞬間にジャリっという感触がしたのは貨幣の擦れた音だろう。礼を言ってる受け取って腰にぶら下げあるポーチに放り込んでおく。飯を食いに来ただけなので冒険カバンは家に置いてきてある。大荷物すぎてここに持ち込むには邪魔だ。それはノンも同じらしく、普段持ち歩く大きめの冒険者用のカバンは持っていないようだ。じゃ、とりあえず店の外に出て席を空けてしまおうと立ち上がって、手早く会計は済ませる。次のお客を入れるには、席が空かないと無理だからな。

望海楼の外に出ると既に空が夕焼けを通り越して暗くなりつつあった。あちこちに明かりが灯されているので大通りでは困る事はないが、路地やらにはもう近寄らない方が良いだろう。暗くなってから人目のないところに行くのが危険なのは、どの国も同じだ。

「刹さんはこのまま帰る感じですか?」
「エーテライトのとこの茶屋で団子だけ買って帰るつもりだな。」
「食後のデザート的に……?私も買って行こうかな。あし達へのお土産も兼ねて……。」
「ノンだけ寿司食ってズルイとか言われるか?」
「来るときに既に!」
「あの子達は本当に食いしん坊だな。栗丸もだが……。」
「栗丸君はなんも言わなかったんです?」
「アイツは魚はあんまり興味ないらしい。ついでに今はレンが連れ出してくれてて俺が外食してるのまだ知らないな。」
「あ、そっか。団栗が一番だから。」
「あとは木の実とか果物、野菜は好きだけどな。肉とか魚はあんまり。」

揃ってクガネの街並みを歩きながら、家で留守番させている小さな同居人達の事を話す。俺の方はパイッサの子供である栗丸が居るだけだが、ノンの方にはレッサーパンダに鷹にカワウソと数も種類も多くいる。俺にも良くしてくれるし栗丸とも仲良くしてくれる良い子達だが、栗丸も含めて皆んな食いしん坊だ。食う事は生きる事だがら元気があるのは良い事だけどな。今日も今日とて、ノンだけ外食ズルい、と3匹とも羨ましがったようだ。が、あの食堂は動物を引き連れて入るのは禁止なので連れて行くのは無理だから仕方ない。俺達の方が出禁にされちまうのがオチだ。栗丸はレンが外出に連れ出しているので心配もないが、ノンの所はどうなんだろうな。種族違いの姉さんと弟さんが居るんだが同居してるのかどうか知らないな。まぁあの子達は皆んな賢いので余程長期間、留守にするんじゃないなら心配要らないだろう。それぞれ好き勝手に時間を潰せるし、お互いじゃれ合って過ごすことだってできる。

 大型エーテライトの側にあるウミネコ茶屋は、美味い団子やそのほかの軽い甘味と緑茶を飲める屋外の茶屋だ。エオルゼア風に言えばカフェか?まぁなんでも良い。その場に設えられたベンチに座って食べることも出来るが、持ち帰り用に団子を買うことも出来るので、今回はそれが目当てだ。店番に声を掛けて、団子を買いたいと伝えて数も教える。俺とレンと兄貴、同居人三人で6個有れば良いはずだな。栗丸は別枠で用意するのでここでは買わない。ノンも持ち帰りで家族分の団子を買って大事そうに抱えている。竹の皮を利用した包み紙で団子を保護するように包んだ後に、薄い和紙でさらに包んで、紐で軽く縛っただけの物だから、ちゃんと持っていないとダメだからだ。ちょっと持っててもらえますか?も頼まれたのでその団子の包みを預かると、ゴソゴソとポーチを漁って、そこから小さめな布袋を出して広げている。マチがある程度しっかりした袋のようだ。これなら崩れないように納めとけば両手を団子に塞がれずに済むな。袋の中に団子を入れてしまう所まで手伝うと、俺の方もポーチから風呂敷を出して上手いこと包んで手提げ袋のような形にした。風呂敷は言ってしまえば単なる一枚の布だがやりようによって大変便利で重宝している。

「……。」
「どうかしたか?」
「いや、刹さんて全然荷物を持ってなさそうなのに何処からか色々と出てくるなあって……。空賊追いかけていた時もそうでしたけど……。」
「あぁ……持ってないように見えるだけだからな。言われて気がついたが渡すもんも用意してあったんだ。」
「へ?」

今俺が腰に下げてあるポーチは二つ。一つは仕舞うためのモノ。もう一つは必要な物を幾らか入れておく用だ。財布やら風呂敷はこっちに入っている。その僅かながら物を入れているポーチから小さな袋を二つ引っ張り出した。

「……ポーチのサイズも大きくないのに本当に色々出てきますね?」
「ポーチ以外からも出るぞ。出すもんが物騒だがな。」
「忍者さんこわい。」

とりあえずと二つの小さな袋を手渡す。どっちも軽いはずだ。そんなに大きくもない。巧い事入れれば小さなポーチの中にもすっぽり入ってしまうので持って来た。俺は仕事柄、あれこれと小道具を持ち歩く癖があるのだが、それを他人の目につくように持ち歩くことが少ない。ので、異様にたくさんのものを持ち歩いていると驚かれる。それこそピッキング用の道具なんか人に見せるもんじゃないし、何も持って無さそうに見せるのも戦術だと思っているのでその感想は俺としては良い感じに騙せているという証拠なので結構な事なんだがな。

「なんでしょ?」
「こっちの青いのが三匹用のクッキーで、こっちの緑色のはノンの。」
「クッキー!わぁありがとうございます。あの子達も喜ぶ!」
「具の好みが分からんから、三匹のは胡桃とか入れてある。ノンのはチョコチップ。」
「これは明日のおやつにしよう。焼いた奴ですか?」
「今日焼いたんじゃ無いけどな。昨日、雷刃達の茶菓子作るついでに。」

同居人達がお茶の時間に食べる茶菓子を作り置きして必ずなにかしら食えるようにしてある。彼らには世話になってるので小腹が空く時間に不自由なく間食出来るように。常に何種類かをストックがあるようにしてるがそろそろ一種類が終わりそうなので新しくクッキーを焼いた。その時にいつもより多めに焼いていたのでそれをお裾分けとして持ってきたわけだ。焼き菓子なら幾らか日持ちするし。渡したクッキーをさっきの布袋に追加で入れながら、そう言えば私の方も渡すものが有ったとノンがこれまた小ぶりな袋を出してくる。ノンのほうも大概けっこうに持ち歩いてるな?そんなに大きな荷物を持ってそうには見えなかったが。かちゃりと堅いものがぶつかるような、それでも高い小さな音がする。金属じゃないな。どうぞ、と差し出されたそれを手のひらで受け取って程よい重さと積まれた中身が少し崩れるような感触を感じとる。これは……。

「団栗……?」
「栗丸君にどうぞ!」
「ありがとう。栗丸も喜ぶ。」

栗丸の好物の一つ。そのままでも器用に皮を剥いて食べるし、加工して団子にしてやる事も多い。定期的に集めに行ったりしなきゃならないから貰えるのは有難い。純粋に栗丸も喜ぶだろう。贈り物をするのも貰うのも大好きな子だ。

「次は寒くないお仕事か冒険が良いですね。」
「そうだな。イシュガルドが嫌いなんじゃないが、しばらく冷えるところは遠慮したい。」
「急でしたのにありがとうございました。」
「いや俺の方も。いい経験になった。」

小型機から中型機に飛び移る芸当が出来たなら、今後何かしらに生かせるだろう。あんまり空中戦はしたくないが出来る確信があるなら万が一の時も決心がつくのも早くて良い。

「それじゃあお疲れさまでした。また!」
「ああ、お疲れ様。またな。」

ごく自然に、エーテライトの近くで労いと軽く手を振っての別れの挨拶をする。もう結構に暗いから、彼女も真っすぐ家に帰るだろう。俺もこのまま直帰だ。エーテライトに交感済みならばクガネに隣接するシロガネに即座に帰ることが出来るのだ。お互い、暮らしている地区が違うので行きつく区は違うからここでさようなら、というわけだ。双方がエーテライトを利用して、自分の住む区画に転移をする。これも一瞬で行われるのでお互いがどうなってるか?など見ることは出来ない。気づけばお互い光の粒になっていて気がついた時には自分の家の有る地区に立っている。

 一人になって無意識にため息が出た。今になって寒空を飛び回った疲労感が出てくる。まあでも面白い経験だった。賊を捕まえるだの討伐するだのは今までも経験したことがあったが、空賊を追いかけまわしたのはたぶん初めてだ。一応、レッドビルという真っ当な空賊連中と縁あって空中に隠れてるヴォイドのバカでかい船なんかを探すなんてことはしたことがあるんだが……。真っ当な空賊ってのもなんかおかしな表現だが彼らはあんまり一般市民を襲ったりしないらしい。聞いている限り、どちらかと冒険しながら遺物や価値あるものを探すトレジャーハンターに近い連中に聞こえたがはっきりとは分からない。が、勝手気ままな空賊生活が脅かされるなら命も賭けるような奴がリーダーなんだから、却って法外なことはしないのだろう。取り締まりが厳しくなればなるほど勝手気ままに、とはいかなくなるんだからな。実際、彼らとの出会いは今回捕まえた連中のような質が悪い空賊が人質をとって身代金を出せと脅していたところを《真っ当な空賊である彼らが助けに入った》のを見た、という形だった。曰く、質の悪い空賊がのさばるのは空が汚れて気分が悪い、らしい。面白い奴だ。

 あの捕まった奴らがどうなるのか?は分らない。裁かれるのは間違いないが、そこからどう裁かれてどう扱われるのかまでは俺達には知らせが来ない可能性が高いからだ。……まあ、調べようとすりゃ調べられるが、そこまで労力を割くほどの事でもないだろう。なんであれ、ノンが受けた仕事としては終了だし解決、という形で良い。寒かったが結構楽しかったな。こういうのを楽しいとか思うから、俺はマトモな仕事が出来ないんだろうと思い至って一人でこっそりと笑ってしまう。辛い事も山ほどあるが……冒険者やってるのが一番楽しいな。さて、帰って今日はさっさと休むとしよう。どうせ眠れはしないが横になってることなら出来る。団子だけ食べたいからそれ食べてからだな。ミットへの感謝代は明日、届けることにして……。考えながら帰り着いて、おかえりの挨拶で出迎えられる。レン達も帰ってきているようだ。お土産だと団子をレンに渡して、栗丸にはノンからの団栗も見せてやる。どっちもが美味しそう、という感想を口にしてさっそくみんなで食べようと雷刃がお茶を入れ始めた。穏やかだな、と思う。

出来ることならこの穏やかさが長く続いていてほしい。それとは程遠い現実が転がってるのは承知だが、それでも。



―おしまい―

★あとがき★

夢で見たエオルゼアの出来事を忘れないうちに文章化しました。途中からは創作を加えていますが、ミットさんが洞窟を見つけてそこにたどり着くまではしっかりと夢で見た内容となります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?