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刹と栗丸:刹の寝ぼけた休息編《漆黒》

  酷く眠たい。

 なんとかベッドから這い出したが眠すぎてボンヤリとしてしまう。身体中が重くて堪らないがどうにかして着替えようと寝間着を脱ぐことにするが何時もの事ながらすんなりと脱ぐことが出来ない。袖をきちんと抜いたつもりで脱げていなくて宙ぶらりんになったらしくどうにか引っ張ってスポンと無理やり脱ぎ切った。ズボンもモタモタしながらどうにか脱いでベッドに放っておく。くしゃくしゃだが後で整えればいい。タンスの上に出しておいた着る予定の服を掴むが認識が曖昧になっていてこれはどうやって着るべきだと分からなくなってしまう。……まぁいいか。目を開けられないままもぞもぞ着てみようと試みる。ズボンはいつもモタつきながらもキチンと履けるのだが……。俺がモタモタと着込もうとしている時に、コトンコトンと音を立てて栗丸が部屋に入ってくる。旦那そろそろ起きたか!と言いながら。それから俺が着替えようとモゾモゾしているのを確かめてじっとこっちを見ているらしいのは分かった。

「〜!!」

レン!レンー!と栗丸がレンを呼びながらコトコト音を立ててまた専用のドアをくぐって出て行った。よくわからんがもうなんでも良い。眠すぎて頭が働かない。とりあえず着れたか?ふらふらと足を動かして部屋を隔てる鍵付きの障子をゆっくり開けるとの同時に階段を降りてくる音がする。ポテポテという音は栗丸で、その後ろからレンと雷刃の足音がする。

「あー……刹、おはよう。とりあえずちょっと一階に上がるのはまだダメね。」
「これはまた、今日はお疲れのようですね。」

二人の反応を聞くにどうやらまともに服を着られていないようだ。目が見えてなくとも着替えは普通に出来るのだが、寝ぼけている時だけは話が別になる。これまでも何度となく、彼等に服装を直してもらうハメになった事があるのだが……最早恒例行事になってしまった気がするな。とりあえずじっとしててとレンに言われて言われた通りにしているつもりだが眠いせいでふらふらとなる。その度に栗丸が足元でコラ旦那寝るな!!と跳ね回るのが聞こえて来た。眠い。寝ていいならそれこそ寝てたいんだが起きないと何もできない。何かしなければいけない訳では無いのだが、久々に自宅に戻ったから自宅で焦らず出来る作業でもと考えていたが……眠すぎる。

「今回のボタンの掛け方凄すぎない。」
「却って難しいことをなすってますね……。一番下のところにいちばん上のボタン付いてますよ。」
「それだけならまだしも、一応全部ボタン自体は止まってんのよね。しっちゃかめっちゃかだけど。」
「うーん。器用ですね。」

どこか楽しそうにレンと雷刃がせっせとシャツのボタンをはずして止め直してくれている。聞いていても半分寝てるからきちんと理解が出来てないのだが大分めちゃくちゃなボタンの掛け方をしたというのは何とか理解した。……やっぱり風呂に入らないとダメだな……。朝風呂に入らないでどうにか動けないものかと時々試すのだが今のところあまり良い結果にはなっていない。もちろん冒険中はかなり気を張るのでなんとかするが、家にいる時はどうしても多少なり気を抜くのでグダグダになってしまいやすい。うとうとしながら立ち尽くしているうちに二人が上着を整えてくれたらしい。レンがシャツを軽く引っ張ってから撫でてシワを伸ばしているのが分かる。まったく小さな子供ではあるまいにしょうもない有様だ。

「よし大丈夫な感じにはなったわ。」
「刹さんのお食事、温めて上に運びますんで。」
「よろしくー。刹は頑張って居間に上がって。」

ほら行くわよ、とレンに小突かれてあくび交じりに足を動かしたがそっちじゃない、と彼女が笑いながら手を掴んでくる。

「もう勘弁して面白すぎる。そっち寝室だかんね?寝なおす気?」
「久々にこっぴどく寝ぼけてらっしゃいますね。」

食事を温め直しているらしき雷刃のほうも笑いながら手を動かしているようだ。かちゃんという食器やらの擦れる音が聞こえている。それにしてもおかしいな、こっちは俺の部屋だったか。本当に今日は酷いな、目を閉じたままで自宅を歩き回るのも造作無いのに眠いだけでここまで悪化するものか。こっちね、とレンが軽く手を引っ張ってくる。栗丸がポトポトと音を立てて先に行って旦那こっちこっち!と階段に一段飛び乗って、その場で跳ねて音を立ててくれているのも分かる。栗丸の跳ねる音も、俺にとっては結構に役立つ音なのだが栗丸はそれを自覚しているようだ。レンに手を引いてもらう形で階段の方へ行くと、途中からは手を離して手すりを掴ませてもらう。地下の床材と階段の材木は多少なり違うから踏みしめた時の感触が変わるのは一応分かったが……なんだろうか、ふわふわだ。俺が寝ぼけているせいなんだが。レンがゆっくりね、と声をかけてきて、言われた通り時間をかけて登ることにする。栗丸が景気良くポンポンと音を立てて先に行き、その後ろではレンが俺を気にしながらゆっくり登っている。その音も頼りにしつつ、手すりを掴んだままゆっくり足を動かした。一段ずつ、念のために段を確かめながら。普段ならそんな事を気にもせずにスタスタ歩いてしまうのだが……参ったな、眠いにも程がある。どうにか階段を登りきって、レンにまた手を掴まれる。そのままこっち、といつも座る場所に連れていかれて自分でも確かめながらなんとか座り込む。彼女たちの言う通り、ここまで酷い寝ぼけ方はしたのは初めてかもしれない。自分でも訳が分からない感覚になってきた。

「はい着席。」
「旦那いつにもましてとんでもなく寝ぼけてんね。疲れてんじゃないのかい?」
「もー服の着方凄かったわ。」
「……。」

ボタンが凄いことになっててね、とレンがロットゲイムに説明をしている隣で、アドゥガンが心配そうに少し仕事を控えてはどうかと訴えてくるのが分かる。確かにここ最近、冒険者業を詰め込んで行動していたのは確かだ。新しい技術を習得出来ると知ってアレコレと研摩しながら頼まれごとなんかも処理して過ごしていたが……度が過ぎたか。覚えてみたかったガンブレードの使い方なんかも教えてくれるオッサンと知り合ったし、レディがいつだか教えてくれた戦いの舞踏であるクリークタンツを学ぶ機会もある。そのほかの職種にしても今までの常識が覆ったりしているから覚え直しも兼ねてアレコレと鍛錬していたわけだが。やり過ぎたか。が、面白くてついのめり込んでしまう。ガンブレードの技術は俺が想像していた帝国式ではなく、立ち上がったライオンのような見た目のロスガル族が継承してきたオリジナルのモノだ。指導者のオッサンによれば元々ガンブレードの戦闘術はロスガル達の技術であり、それを帝国が取り込んでアレンジした技術と二つあるらしい。俺が帝国との戦いで見かけたガンブレードの扱いは帝国式だった、という訳だな。帝国の連中は例によって自分たちのガンブレードこそがホンモノだと傲慢な態度らしいのだが、発祥はロスガル達なのだからホンモノもクソもルーツはロスガル達で間違いない。それも、シタデル・ボズヤと呼ばれた帝国のメテオを落っことす実験の失敗で壊滅した都市の者たちの失われた技術だと言う。最も、強制的な徴兵でボズヤから離れていたボズヤ人たちは幾人か無事で彼らがガンブレードの技術を守って他者に伝える活動をして、絶えてしまわないように尽力している。戦闘に対応した舞踏であるクリークタンツはそれこそ懐かしかった。レディが双剣や投擲を得意にしている俺を見てなんならクリークタンツも覚えられるんじゃないの?と教えてくれた訳なんだが……俺は踊ったりするのは好きではなく、投擲武器の上達だけが異様に早かった。一応、舞いも覚えたには覚えたがレディには興味のあるものと無いものの差がわかりやす過ぎて面白いと笑われたな。まぁ彼女の仕込みがあったから、改めて学んでいる今、飲み込みが早くなってるのはありがたい。まぁそんなワケでずっと何処かしらに出掛けては武術の稽古と誰かの手伝いをしていた疲れが出たのかもしれない。幸い、原初世界の自宅に居るしダラダラして過ごすか……。欠伸を堪えきれない。ご飯なんだから旦那なんとかしてちゃんと起きろ!と俺の座った長椅子の隣に飛び乗っている栗丸がぴょんぴょん跳ねている。

「旦那が欠伸した。珍しい。」
「近いうちに良いことあるわよ。」

欠伸を人前でするのは恥だし失礼な事と躾けられてきたのもあって、あまり人前で欠伸はしない。俺個人としても隙だらけな姿を見せる感覚になるから好まないのだが今は無理だ。眠くて仕方ない。それこそダラダラするなら寝ていても良かったな……まぁ、もうベッドから這い出したしこのままどうにか起きていよう。ふらふらと船を漕ぎそうになると即座に栗丸が膝に乗ってきてぴょんぴょん暴れる。太もものあたりにポンポンと振動が来るので一応多少なり意識が復活するが寝ぼけているせいで何回か栗丸をむんずとしてぽいっと椅子の脇に落としてしまった。栗丸が栗丸をポイ捨てしちゃダメ!!とその度に長椅子に飛び乗り直して脇腹に体当たりしてくる。分かってるんだが眠すぎて無意識に掴んでポイ捨てしてしまう。なんか体に触るから退かそうくらいの気持ちしかない。

「もうヤダ面白すぎる。」
「栗ちゃんなりに起こそうとしてるんだろうけど旦那のポンコツぶりが凄くてこれはコメディだねぇ。」

レンとロットゲイムが遠慮なく笑いながらそれを見ていて、アドゥガンは笑って良いものかわからないと言いたげな空気だ。笑ってくれて良いぞ。めちゃくちゃなのは自覚もあるし最早、取り繕いようがない。栗丸がドタバタと俺の周りで暴れているうちに雷刃が飯を運んできてくれた、が、相変わらずめちゃくちゃに眠い。

「食べられる状況に無さそうですかね。」
「んんー、ハイ、顔拭いて。」

レンが俺の手に冷たい手ぬぐいを握らせてくる。冷水に浸して絞った奴だろう。かなり冷たくなっているのが分かる。そのままぼーっとしてしまったが、レンが見かねたのか顔を拭いてほらー!と俺の手を無理矢理動かして顔の方へ持って行って手ぬぐいをまぶたに押し付けてる。冷たい。流石に冷たさにびっくりして少し意識がマトモになった。モタモタしながらもどうにか顔を冷たい手ぬぐいで拭く。随分と入念に冷やしたんだな……かなり冷たい。お陰でさっきよりは目が覚めてきた。きっちり冷やされていたせいで皮膚に刺すような刺激がある。もちろん凍傷になるかのような酷い冷たさではないが。そういえば顔を洗ってなかったな、丁度いい。

「ちょっとは違うでしょ。あとはコレ。」

コン、と彼女が俺の手元に小瓶のようなものを置く。見えてないが音で判断すると小瓶のような何か、だ。手ぬぐいをテーブルに置いて指でその小瓶らしき何かにふれる。やっぱり小さなガラスの瓶だ。中にすこしトロンとした液体が入っているらしき感触がある。……目薬か、なるほど。自分でさせるか聞かれて大丈夫と答える。小瓶を握って蓋をあけると、蓋にひっつくようにスポイトがある。それで中の薬を少しばかり吸い上げて点眼するのだが……寝ぼけすぎていてなにを思ったのか一回、瞼に落としてしまった。あ、と思ったがポタンと瞼に薬が二滴ばかり落ちる。瞼から雫がだらっと垂れてきてしまうのを、さっきの手ぬぐいてとりあえず拭き取った。全くなんだこの有様は、我ながら酷い。寝ぼけるとめちゃくちゃな挙動をとるのは自覚があったがこんなに酷かったか?ちょっと待ってと口走りながら、レンが我慢できないと笑い出すのが解る。彼女のみならず雷刃達もだ。こりゃ俺も笑うしかない。俺本人としてはもちろん恥ずかしくも有るのだが自分でも驚くような挙動だし眠い時はロットゲイムが言ったようにまごう事なくポンコツなので笑われるのもそんなに苦痛ではない。とりあえずやり直しだ。今度はきちんと目を開けて両目に点眼した。普段目薬を使うときは普通に目を開けているが寝ぼけが酷い時は普段よりも眩しく感じて辛いしロクに見えないから目を閉じたままにしているからそこら辺がごっちゃになったんだろうな……。薬液が滲んでいって少しばかり染みるが馴染ませるためにボンヤリしつつ瞬きを繰り返していたらまた少しばかり意識がはっきりとしてくる。もう一回まだ冷たい手ぬぐいで顔をぬぐっておこう。

「いやはや、付き合い長いですけどこんなに目を冷ますのに苦労なすってるのはあまり見た事ないですね。」
「私としても今日のが歴代最高だわ。」
「旦那には悪いけど笑っちゃうねぇ。」

相変わらずアドゥガンだけは黙って困ったような空気になっているが、彼は何というか、この中では遠慮を強くするタイプだな。ほかの連中は俺が遠慮するなと伝えてからというもの本当に遠慮しない。それで良いと伝えてあるから不愉快とも感じてないが。栗丸が旦那いい加減に起きたか?とまた膝の上でぴょんぴょんし始める。今度は意識してむんずと掴んで、ポトンと隣に移動させた。飯を食うのに膝に居られるとちょっとばかり邪魔だ。今度のはポイ捨てじゃなかった!と栗丸が隣でぴょんぴょんと跳ねて体当たりはしてこない。

「大丈夫ですか?冷めないうちにどうぞ。」
「……あぁ。」
「やっと声出した。もー今日明日はゆっくり休んだ方が良いわよアンタ。」
「……ん。」

大分マシになったとは言え眠いもんは眠い。とりあえず雷刃の支度してくれた飯を食わないと。いつものようにおにぎりと、味噌汁。それから青菜のおひたし。シンプルな東方風の食事が並んでいる。俺があまりに寝ぼけているからか、今日のおにぎりには全面に海苔を巻いてくれたようだ。手で触れる部分だけに海苔がついてる事の方が多いが、今日の俺はどこを掴むか分からないと心配したんだろう。気が効くな。お陰で少し雑な動作でも手を米でベタベタにする事なくおにぎりを掴める。米と言う奴は粘り気の強い食い物なのだ。もそもそと食べ始める。味噌汁も少し飲み込んでいるうちに胃腸が動き出してまた少し目が覚めてくる。おにぎりの具は……なんだこれ?眠すぎて良く分からないがしょっぱい何かだ。サケか梅か昆布あたりだろうか。それすら分からないってのは……大丈夫か俺。自分で心配になってくる。……でもまあ、美味しいからいいか……。

「旦那って飯食ってる時に寝たりした事あったっけ?」
「ロットゲイム達は見た事無いかもだけど、寝たとこ見たことあるわよ私。」
「食いながらも寝るのかい!器用だねえ。」
「それこそ朝風呂中に沈んでた事ありますからね。」
「死ぬ!死ぬ!死んじゃうよ旦那!風呂で寝ちゃダメだよ!!」

レンの言う通り食いながら寝落ちしたこともあるし、雷刃の言う通り朝風呂の最中にうとうとしてそのまま寝付いて湯船に沈んでいた事があったのも本当だ。前者はともかく、後者はロットゲイムが慌てるのも無理はない。呼吸が出来ないからまぁ死ぬ。以前、風呂に沈んでしまった時はさすがに息苦しさに目を覚ましてポカンとなっただけで済んだが。その時は洗う予定の無かった髪も当然、沈んだからびっしょり濡れたので開き直って頭も洗って風呂を出た。こういう状況になった、というのは次があった時のためにレンたちに話すのだが、まあ笑われながら怒られたな。

「……今は困らないな。」
「困らないってどゆこと。」
「あー、ほらコウジン族の海神の加護を貰ってるから水中でも呼吸出来るようになってんのよ。」
「だから寝落ちして沈んでも困んないって意味?いやいやいや困ってない訳じゃないでしょ旦那なにいってんだい。」
「本当、困ってない訳じゃ無いのにこれだからさ、面白すぎて辛い。」
「レンも面白がってないでちょっとは旦那をシメな!?」

だって面白いんだもん、とレンがケラケラ笑うのが聞こえてくる。ああして笑ってはいるものの、ちゃんと心配はしてくれているし、きちんと小言も添えてくるけどな。それこそうっかり何度目か風呂で沈んでた時、俺が風呂の中で目を覚ますより少し早くに、長く風呂から出てこないと心配して覗きに来て大慌てで俺を引っ張りだしてくれたしな。その時は流石に腹を殴られた。もちろん軽くだが。俺を引っ張りあげる手伝いに来た雷刃の方がレン宥めてくれたな。今となっては沈んだまま寝てても窒息はしないが……脱水しすぎておかしくなっちまうだろうな。体温が上がりすぎてぶっ壊れる。だからまぁ細かいことを言えば沈んで寝続けてしまうのは困るには困るか。即座に窒息しないから猶予があるだけで。ゆっくりめに飯を食いきって掠れた声でご馳走さまを言うと雷刃が苦笑いしながら片してしまいますね、と食器一式を下げていった。いつもながら手早い。俺が飯を済ませたと見るや栗丸が膝に飛び乗ってくる。旦那やっと起きたか?と覗き込んできたのは理解したので、眠いけどなと応えつつ頭のモシャモシャを撫でる。旦那は寝坊助過ぎるぞ!と栗丸がフンスと鼻息を吐く。否定する気はさらさらない。それこそ栗丸は決まった時間に寝て決まった時間に起きられる大変に健康的な睡眠の取れる子だしな。

「ようやくちょっと動けそうなくらいにはなった?もー、お腹痛い。」

散々面白がって笑ったからだろう、レンが自分のお腹を抱えている。笑いすぎて痛いらしい。笑われまくるのも時折凹むんだが、まぁ悲しませるよりは良いか。俺の寝ぼけてる時のポンコツ具合が尋常じゃないのは間違いないしな。

「いやでも、多分疲れが溜まってるからほどほどにしなさいよ?ここずっと戦闘職の鍛錬しっぱなしじゃん。」
「新しく覚えられるモノが増えたからついな……。」
「アンタのその好奇心と探究心には感心するけどさぁ。」

かく言うレンの方も、クリークタンツは楽しそうだと踊り子の技術を習い始めている。元々、体を動かすのは好きな方だし、クリークタンツ以外のダンスも俺よりずっと乗り気で踊るから相性もいいだろう。時々、栗丸と並んで踊ってる事があるが、正直栗丸は立ったりひっくり返ったりを繰り返しいるので果たして踊っていると言っていいのか分からない。栗丸自身は大真面目に踊っているつもりらしいので兎角言わないが。側から見ていると突いて傾いてもすぐに起き上がる、という起き上がり小法師というオモチャみたいなのだ。レンは栗丸はちゃんと踊ってるわよとノリノリで並んで踊っているし、いや転がってるだけだろなどと言うのは不粋という奴なので黙って見ている事にしている。純粋に楽しそうに踊っているから見ていても楽しいし。

「……ねむい。」
「昼寝しても良いだろうけどそうすると夜眠れないのが酷くなるんじゃない?」
「たぶん。」

出掛けたりはしない方がいいし、家でぼーっとしてるのはそりゃ眠いだろうけどさ、とレンが苦笑する。欠伸を噛み殺していると雷刃が緑茶の用意をして運んできてくれる。俺以外の全員分の湯呑みもきちんとお盆に乗せて運んできた。テーブルに一式置いてから、鉄瓶の湯を使ってお茶を入れてくれる。米やこのお茶は彼のご両親が時々融通してくれる品だ。クガネに住んでいる雷刃のご両親は農家が生業で、米と野菜を主に作っているそうだ。俺たちが普段食べている米はご両親の育てた米で、お茶はわざわざ別の茶畑を持つ農家から買い付けてくれているらしい。有り難い限りだ。シロガネに越してきてからは時々、こちらからも挨拶に行かせてもらっている。グリダニア領のラベンダーベッドに住んでいた時は、雷刃は滅多に里帰りしようとしなかったがシロガネに越してきてからは度々実家に顔を出しに行っている。その方が親御さんも嬉しかろうし、俺も安心だ。仲の良い家族であるなら、こまめに会えるに越したことはない。

 緑茶を少しずつ頂く。エオルゼアで主流の紅茶とは全く違う渋みと苦味で、緑茶の方が爽やかだろうかな?と感じる。元々の茶葉は同じらしいが、発酵のさせ方が違うらしい。俺は緑茶の方が好きだ。飲み慣れていると言うのもあるが。苦味を舌で感じているうちにまたジワジワ目が覚めてくる。全くここまでポンコツとなると皆にも迷惑になるし困ったもんだ。俺がとんでもないポンコツになるのも既に周知の事実だからみんなあまり驚きはしないのだが、手間はかけてしまっているな。気にすることはないと皆、気遣ってくれるがそれでも全く気を病まないと言うのは俺には出来なさそうだ。多少は気にしてしまう。寝つきを良くするために薬を使ったりはしてみているのだが……合う薬がないのか、他に何か原因があるのか、今のところあまりいい効果は出ていない。栗丸の寝付きの良さを少し分けて欲しいな、全く。膝の上にいる栗丸はいつものように機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。聴こえているのは俺だけだが。

「ここ数日遠出する時は栗丸留守番させてたんだし、今日は引っ付かれてるといいわよ。既に膝から降りそうにないけど。」
「……戦って過ごしてたからな。」

巻き込むと困ると栗丸はここで留守番させていた。修行なり技の研磨なり、魔物を相手どって技を使っては慣れていくという鍛練方法が主で栗丸を守りきれない可能性を考えてあったからだ。戦い慣れている忍びですら、栗丸を引き連れた状態で戦いたくはない。だから安全なところに置いて待たせていた訳だが、栗丸には退屈だっただろう。レンやロットゲイムが散歩に連れ出したりはしてくれていた筈だが。鍛錬に篭ってた第一世界に連れ込んでも良かったが留守番させるとなると任せられる人が居ないのだ。兄貴も俺より早く《こっち》に帰ってきていて、昨日から西の実家の方に顔を出している。一緒に第一世界に来ていたらその時から栗丸を兄貴に任せると言う手があったが、そうじゃなかったから仕方ない。とは言え、それこそ第一世界で言うひと月くらいを鍛錬してたんだが疲れてきたしと原初世界に戻った時にはまだ一週間くらいしか経過していなかった。下手すると原初世界では3日過ぎた程度だったりもするし時間のブレが予測しづらいのは難点だ。もっとも向こうで過ごした時間よりも、だいたい短い時間しか経ってないから今のところ、都合がいい。栗丸をやむ得ず留守番させるにしても、あまり長時間放ったらかしにしたくないからな。

「!!」
「……お前容赦無いな……クソ眠いってのに。」
「なんだって?」
「寝ぼけてないで撫でろ、と。」
「なんでちょっと偉そうなの、栗丸面白い。撫でるのがめんどくさいくらいに眠いアンタも大概だけど。」
「今寝たら朝まで起きなそうだ……馬鹿みたいに眠い……。」

早く撫でろ〜!と栗丸が腹に後頭部を押し付けてくるので仕方なく右手で頭を撫でてやる。手触りが良いだけにコイツを撫でてても気持ち良くて寝そうだ。が、撫でているうちにうとうとしようものながら旦那寝るな!と撫でている手のひらに頭突きをしてくる。全く、なかなかに強引な性格に育ったものだ。俺に似たのか?厄介な。

「……朝まで寝れちゃうようならいっそ寝ちゃう?」
「……あぁ、確かにな……。途中で起きると辛いが……。」
「!!?」
「……着いて行く……?起こそうとしないなら良いぞ……。」
「!」

起こさないぞ!と栗丸が景気良く手のひらに頭突きをしてくる。痛くないから良いが。それこそ栗丸の頭の方が痛そうなんだが大丈夫なのか。まぁ良いが。なら腹もだいぶ落ち着いてきたしもう今日はひたすら寝てるかな……と考え直す。本当ならしっかり起きて何かしらしたかったんだが……。本を読むとか、武具の手入れとかを。この有様ではまぁ手をつけたらロクなことにならないだろうな。もしお休みになられるなら水はきちんと用意しておかないと、と雷刃が考えている。起きて飲んだのは味噌汁と緑茶だけでそのまま寝ては水分が不足すると心配してくれたようだ。寝る前に用は済ませるがとりあえずコップ一杯の水だけ貰えるかと頼むと承知いたしましたとすぐに支度に向かってくれる。手早く運んできてくれたのでチビチビ飲んでおいた。飲み干してから、雷刃が飲料水を詰めた瓶を一本、出してきてくれる。寝室に持ち込んで目が覚めたら飲めるように、と。用意がいい。もう今日は諦めて一日中寝てしまおうと切り替えて、瓶を掴んで立ち上がる。……栗丸乗ってたのを忘れてたな。コロン、と栗丸が膝の上から転げ落ちてテーブルの下に転がっていった。例によってレンが吹き出している。

「〜〜!!?」
「悪い……。」
「もうダメお腹いたい。」
「レンってば笑い過ぎじゃないのかい面白いのは理解できるんだけどさ。栗ちゃん大丈夫だったかい?」

怪我はしなかったかい?とロットゲイムが心配そうに声をかけると、栗丸はピョンと一度跳ねて彼女の方に向き直り、胸を張ってフンス!と鼻息を吐いて見せた。栗丸は丈夫だから大丈夫だぞ!と言っているのを伝えてやった。実際怪我はしてないらしい。良かった。

「……とりあえず寝てくる……。」
「敢えて晩飯にも起こしに行かないように致しますね。」
「……ぁあ、そうしてくれ。」
「ふらふらしそうだしほら、お水は私が持ってくから。お手洗い済ましちゃいなよ。」

トイレはあっちだかんね、とレンがクスクス笑いつつ誘導をかけてくれる。苦笑いを返して素直に従った。水の瓶は彼女に手渡しておく。栗丸はちょっと待ってろよと言うと、待ってるぞ!とレンの足元でじっとしてくれているようだ。時々それこそ手洗い場にも着いてきてしまうのだが今日は辞めてくれたようだ。話によれば飼い猫なんかもトイレまで着いてきて座り込むと聞くが……なんでなんだろうな。とりあえず眠気に負けないうちに用は済ませて手も洗う。居間に戻るとレンの足元で栗丸がステンとなったり起き上がったりしていた。あのすっ転んでるだけにしか見えない栗丸ダンスだ。レンが軽いステップを踏んでいるから例によって一緒に踊ってるつもりなんだろう。ロットゲイムを筆頭に勤め人達もニコニコそれを見ているから、まぁ俺たちには癒しになる仕草だな。俺が戻ってきたのに気がつくとぴょこんと少し高く跳ねてから駆け寄ってくる。今迂闊に足元に来られると踏みそうで怖いな。じゃ、寝室に連れてくるーとレンが水をしっかり持って、栗丸は一応抱っこね〜と栗丸も抱え上げた。俺が踏みかねない、と彼女も思ったらしい。踏んだら大惨事だからその方がいいな。栗丸は歩いて行くつもりだったけどまぁ良いやと機嫌よく抱っこされている。栗丸は基本的に抱き上げられるのは好きらしいのだが、特にレンとロットゲイムに抱っこしてもらうのが好きらしい。ロットゲイムに至っては彼女の方から栗丸を抱き上げたいと思うことが多いらしくて暇になると栗丸を呼んでは抱っこして撫で回している。大分あの栗饅頭がお気に入りのようだ。ロットゲイムの場合、純粋に栗丸が可愛くて仕方ないらしい。まぁ可愛げはあるな、確かに。とりあえず騒ぎにして済まないと勤め人達に謝ってからレンの誘導でまた地下に降りる。ごゆっくりお休みくださいと雷刃は品良くお辞儀をし、ちゃんと寝るんだよとロットゲイムに言われ、アドゥガンにも無理するなと釘を刺された。その上で三人とも、気にしていないからそちらも気にするなと添えてくれる。むしろ割と楽しいですしねと言ったの聞こえているぞ雷刃。ロットゲイムも同意したのが聞こえているからな。まぁ迷惑がられるより面白がられる方がいい。アドゥガンだけは純粋に疲労している事を心配してくれている。真面目だな彼は。いや雷刃達が不真面目というわけでは無いのだが。ともかく。ゆっくりめに階段を降りて自室に戻る。普段から俺の私室は鍵を掛けているのだが……今日はかけた記憶がない。レンが合鍵で閉めといたわよーと彼女に預けてある合鍵で開けてくれる。用意がいいな。俺の部屋の合鍵はレンと兄貴が持っている。それから全員の部屋の合鍵を雷刃が念のために管理している。彼が一番、家にいることが多いために有事の際に彼がそれぞれの部屋に入る権利を持ってる感じだ。有事って何だとなりそうだが、主に想定してるのは体調が悪くて起き上がれない為に部屋から出られない、とか、部外者の侵入が疑われたなんてのを想定している。警戒し過ぎかもしれないが、警戒しないよりは良い。開けてもらった障子型の入り口から中に入って、せっかく着替えたがまた楽な格好に着替え直す事になるな。

「ほいっと、栗丸はちょっと待ってて。」
「!」

ほら座って、とレンに促されてとりあえずベッドに腰掛ける。俺の部屋は寝るスペースと幾らかの小物に本、という狭い場所で椅子すら置いてないからな。じっとしててよと言われて、なんでだ?と思っているとレンがシャツのボタンを手早く外して上着を脱がせてくれた。なるほど、寝ぼけが酷すぎるからその世話をする想定もして誘導してくれたのか。有り難いが情けなくもあるな。さすがに恥ずかしい。タンスから寝間着を引っ張りだしてきつつ、それでもレンの方はなんでか分からないが楽しそうだ。

「たまには良いじゃん夫婦っぽくて。」
「……夫婦というより、これじゃ俺がガキだな……。」
「あっははデッカい坊っちゃんかもね。でもまあ手伝うくらいするわよ。私だって体調悪かったりしたとき手伝ってって頼んでんだし。」
「……まぁな。」

夫婦になるからには、お互いを尊重した上で助け合う事は約束している。困ったらお互いを遠慮なく頼る事。頼られた時は出来る限り寄り添う事。得手不得手は必ずあるのだから不得手を責めない事。考えれば人付き合いとしてもそうした方が良いシンプルな約束事のはずだよな。家事なんかもお互いやりたい事をやりたい時にやる。雷刃がこなしてくれる分もあるが、彼に全て丸投げするわけでもない。なぜかロットゲイム達も手伝ってくれるし、この家に住む皆でワイワイ洗濯するなんてのも良くある事だ。俺たちはそれで心地よく過ごせているから何も問題になってない。俺が朝にポンコツになっていても、だ。いや、俺としては申し訳ないと思ってるけどな。彼らはそれを問題として扱わない。俺も彼らが申し訳なく思うような事態になっても、それを問題とは思っていないが。

「それにしても、アンタやっぱ傷痕凄いわー。」

よいしょと寝間着を着せてくれながら、レンが俺の上半身の傷痕を気にしている。かくいうレンもいくらか傷が残ってるはずではある。冒険者なんかをやってると傷だらけになるのは避けられないものだ。稀に負う大怪我は容赦なく痕を身体に残すから、俺の身体にもあちこち痕がある。刃物で派手に斬られた痕や獣の牙が突き刺さって裂けた痕やら、色々だ。皮膚の色がそこだけ違ってどこか引き攣れたような見た目なので分かりやすい。中でも刃でバッサリやられた肩からヘソへ向かって流れる痕と、背中にある似たように肩口から真っ直ぐ斬られた痕は目立つ。怖がられる原因にもなるから、そうそう見せないが。傷だけならまだしも胸元と背中に刺青がある。故郷で入れた奴で普段は薄いが魔力が強まると色が強くなる奴だ。一応魔除けらしいが俺は子供だったからこれを施すのが痛かった記憶しかないので、詳しい言われは覚えていない。兄貴にも似たような刺青が入ってるはずだ。月を模様と呪文にしたような奴と言ったら良いだろうか。最も、今レンが気にしたのは傷痕の方だが。

「……質の悪いのに斬られたからな……。」
「助かったから良かったけどさ。ほんと、もうちょい気をつけてよ。いやまぁ、斬りつけてきた奴が当然最悪だけど。」
「……斬られたくて斬られた訳じゃ無いし、な。」
「うん、そりゃね。」

上着をしっかり着替えさせてくれてからズボンは自分でやって、と言われる。もちろんそうしよう。

「じゃあ、私も居間に戻るから。リンクパールはサイドテーブルにあるわね?なんかあったらそれで連絡して。」
「あぁ……。すまん。ありがとう。」
「気にしなくて良いから。栗丸は寝るの邪魔しちゃダメだかんね?」
「!!」
「……邪魔しない、そうだ。」
「栗丸の事だからイタズラしない思うけどね。」

確かに、昼寝をたまにする時なんか一緒の空間に居たりするが寝ている俺にちょっかいを出してきたことはない。近くをうろうろしていることはあるらしいが、体や顔に飛び込んでみたり踏んでみたり、とはまずしない。せいぜい手の下に潜り込んで収まってみようとするくらいか。そのくらいだと寝付いた俺は起きないし。赤の他人やらが近くに来たらどういうわけか起きられるが、そうではない場合……家族や友人たちが傍を歩く程度なら目を覚まさない。危害を加えられかねないとなると無理に起きられるらしいが油断していいとなるともう駄目だ。寝ている最中は何もしてこない栗丸なのだが、起きようとして、なお寝惚けている時は体当たりされたりする。はやく起きろ!と言われることもあるから栗丸なりに俺をしっかり起こそうとしているらしい。

「それじゃしっかり休んで。お休み!」
「……お休み。」

返事をしている最中に、パッとレンが寄ってきたと思ったら額に口づけをされる。不意打ちに驚いてポカンとなっしまったが、彼女が照れ臭そうに笑うのが見えて似たように笑ってしまう。じゃあね、鍵はかけとくからと言い置いて、軽く手を振りながら彼女が部屋から辞していく。手を振り返す暇がなかったがまぁいいか。栗丸がジッとレンの背中を見つめたままでいたが、くるっと振り向いて俺の方を見上げて目をパチパチさせた。なんだそのキラキラした目は。

「!」
「……レンがろまんちっくな事して行った?……お前どこでロマンチックなんて覚えたんだ……。」
「?」
「……ロットゲイムが言ってた……?……雷刃だけじゃないんだなお前に変なこと仕込むの……。」

ズボンを履き変えてしまいながら、やれやれとため息をつく。知らないうちに同居人達が栗丸にあれこれ仕込んでいるから油断ならない。いや、悪いことを仕込まれているわけでは無いから怒ることでも無いんだけどな。何というか気づくと変な知恵と語彙を身につけているから俺としては驚きだ。雷刃なんか栗丸に流れの強い水に当たる事を滝行と教え込んだりしたらしい。何故それを教えようと思ったのか謎だが、そのせいか小さな滝を見かけると栗丸は滝行ごっこをして遊ぶのをいつの間にやら覚えていた。水が嫌いじゃ無いからこそなんだろうが……。頭のさきっちょのチョピンに水が入り込んでちょっとした水芸みたいに水が跳ねるのは見ていてもそれなりに愉快だ。

「……それじゃ俺は寝るぞ……。」
「!」

お休みなさいと元気よく返事をするのを見て、ベッドに横になって上掛けを引っ張って体にかける。ため息をついて目を閉じようとしたら、栗丸がポンとベッドに乗ってきて上掛けの下に潜り込んだのが分かる。……寝る邪魔はしないと思ったがなんだ?どうしたんだ?と思って上掛けを軽く捲ると、添い寝する!と言い張った。……俺は寝相は悪くないしまぁ何度か一緒に寝たことはあるし大丈夫だとは思うが……。俺に潰されないように気をつけるんだぞ?と言うとわかってるぞ!と鼻息を吐いた。なぜ自信満々なのか分からない。まぁいいか、ねむい。ならとりあえず気をつけてお休みな、ともう一度挨拶して返事を聞いてから眼を閉じる。しばらく良い寝場所を探したのちに栗丸がもぞもぞするのをやめた。なんでまた添い寝……。あんまり考える余裕も今の俺には無い。欠伸を一度してから、もうなんでも良いかと思考も疑問も放り投げた。ねむい……。

 

 夕暮れ時
念のために様子を見ようと覗きにきたレンが見たのは、刹が大事そうに栗丸を胸のあたりに抱き抱えて、小ぶりな抱き枕のようにして寝ている光景だった。どっちもスヤスヤとよく寝ているのを確かめて、栗丸だけ晩御飯に起こすつもりだったの彼女はソレをやめておく事にする。普段の姿からはあまり想像しにくい穏やかな顔で寝ている刹と、彼に抱えられて安心しきって幸せそうな顔で寝ている栗丸。そっとしておいてやる方がいいだろうなと、どちらもをしばらく眺めた後に、レンは静かに部屋を辞した。一人と一匹が良い夢を見ていると良いなと思いながら。

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