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真夜中のコーヒー《漆黒》

 ー刹。ー

 例のごとく眠れなくて、自室で仕方なく本を読んでいた時だ。頭に直接、そう声が聞こえてくる。俺とほとんど変わらない声。真夜中に声を掛けてくることは珍しいから少しだけ驚いて視線を本から持ち上げてしまう。

「……どうした?」

別に俺自身も口から声を出さなくてもいいのだが、誰も居ないのならばこうして返事をするのが常だった。もし誰か居て聞かれていたら、一人で見えない何かと話しているように見える筈だ。

ーコーヒーが飲みたい。ー

彼の欲求と俺の欲求が違う事は割とある。別に俺としては喉が渇いていなくても彼の方が何かを飲みたがったり、俺の腹が減ってなくても彼の方は何か食べたがったりという具合に。肉体はひとつな訳だから極端な無理は効かないが、別に支障が出ない事ならば要求通りにしている。今、俺自身は喉も渇いてないし、コーヒーを飲みたいとは思ってないが彼は飲みたい訳だ。

「ブラックで良いんだよな?」
ーああ、悪いな。ー

気にしなくていいと伝えてから、本に栞を挟んでサイドテーブルに置いておく。念のために様子を見たが栗丸は何時ものようにスヤスヤ寝ているらしいから掛け布団だけ直してやって部屋を出た。コーヒー豆はそこそこに高価なのだが、俺達は野生種の豆を自分たちで収穫してきたり馴染みの海賊達との取引で安く手に入れたりしてるのでだいたい、何かしらの豆がある。野生種のは自分自身の労力と時間を使えばそれなりに確保できるから、主に飲むのは自分達で集めて自分達で焙煎した物だ。もちろん、採り過ぎないようにしている。次が育つように、採り尽くすような集め方はしない。次の収穫を期待するのなら、きちんと残しておかないとならないからな。

 真夜中で誰も起きていないから、静かなキッチンで豆を挽く。静かだからこそ豆を挽く音が大きな音に感じるが、別の部屋で寝ている同居人たちの耳に届くほどの音ではないだろう。俺の角がやや敏感に音を拾うからどうしても気になってしまうが……。一人分だからそんなに沢山じゃなくて良いが、彼の好みはやや濃い目のブラックなのでほんの少し多めに。コーヒーミルは養父のマスターが譲ってくれた物だ。店で長く使っていたが新しいのを仕入れたからお前にやるよ、とまだまだ動くコレを譲ってくれたので愛用している。豆の焙煎の仕方もマスターに習ったので俺か雷刃なら焙煎もこなせる。俺は目視がうまく出来ないから香りや熱で判断するし、雷刃はきちんと目視での判断をして焙煎する。二人揃ってると確認できる項目が増えるので、時折、二人で豆を焙煎する事にしていた。その方が良いコーヒーを飲める。

 一人分の豆をゆっくり挽いているだけでも、良い香りがしてくる。コーヒーの匂いと言うのは独特だが良い香りだなと俺は感じる。もちろん嫌いだと言うやつもいるだろうが。よく良い香りのものを鼻をくすぐるような匂い、なんて表現するがアレを最初に思いついたのは誰なんだろうか?物理的に触られているわけではないのに確かに微かにくすぐられるような体感がある。
コーヒーの香りは俺にとってくすぐられる感じになる良い香りだ。今コレを飲むのは俺じゃないのだが、この香りがするのは気持ちがいい。

ー良い香りだな。ー
「野生種のだが良い豆だと思うな。」

これをクッキーに放り込んで焼くのも美味しい。サクサクとした食感で当然、コーヒー豆の良い香りがする。ほろ苦いがクッキー生地は甘い。第1世界では小銭稼ぎになるからとあのクッキーを焼いて飯屋に納めたりもする。
リーンはどうやら気に入ったようでたまに食べているようだ。彼女の新しい友達のガイアの方はというと表現が素直ではないので分かりづらいが多分、嫌いじゃないだろう。彼女達の食べてるクッキーの中には俺や兄貴が暇を見つけて焼いたやつも紛れ込んでるだろう。そう考えるとちょっと面白いな。彼女たちはそんなこと欠片も知らないのだから。

 沸かした湯で、一人分のコーヒーをゆっくり淹れる。暗いほんのりと茶色がかった黒い液体が、少しずつカップに落ちていく。粉末にした豆を、フィルターと言う奴に包むと言うか、載せると言うか……ともあれ載っけてその上から湯を注ぐと、粉末を通って黒くなった湯だけがカップへ注がれる形になる。濾してると言えば良いんだろうか?そうやって、豆の粉末そのものを飲むとか食べるとかではなく、湯を通して落ちてきた奴を飲むのがコーヒーだ。緑茶や紅茶のための茶葉が豆の粉末に置き換わっただけとも言えるな。真っ黒に近い液体をいきなり飲めと渡されると物怖じしそうだが、一度これはそう言う飲み物だと理解出来ればそんな抵抗は無くなる。味や香りが気に入れば尚更だ。湯を通ってコーヒーと化す瞬間もまた、香りが少し強く嗅ぎ取れる。お湯の熱でフワリと香りの塊が浮かぶような感覚。コポコポと小さな音を立てながら注いだコーヒーを確かめて、先にコーヒーミルやフィルターや豆の搾りかすを片付けてしまう。後回しにすると俺がめんどくさい。全部ざっと片付けてしまってからカップを持って自室まで帰った。サイドテーブルにコーヒーを淹れたカップをそっと置いておく。彼はブラック……コーヒーを淹れただけのを好むからほかには何の支度も必要ない。ミルクや砂糖を混ぜて飲んでも美味しいが、コーヒーそのものの味が楽しみたいのならばブラックが一番いいだろう。俺としてもブラックが一番好きだ。ミルクを入れると少し苦みが軽減されてまろやかになるし、砂糖を入れても甘くなって美味しいのは確かなんだけどな。

「出来たから、《変わって》良いぞ。」
ーすまんな。頂く。ー

スッと目を閉じて、《入れ替わる。》目を開けた時には俺は自分を自分の内側から見ているような奇妙な体感になる。《目を開けたのが既に俺ではない》し。《表》に出た彼が、何処か嬉しそうにコーヒーのカップを掴んで口元へ持っていくのを他人事のように眺める。俺の身体に違いないのに、今この体を動かしているのは俺じゃない。カップから立ち昇る香りを確かめるように嗅いでから、彼がフッと遠慮がちながら笑うのが分かった。

「……良い匂いだな、本当に。」
ー絶影はコーヒー好きだな。ー
「お前より好きなんだろうな。真夜中なのに悪かった。」
ー別に良い。どうせ寝付けてなかったし、それ飲まなくても同じ事だ。ー

コーヒーには眠気を阻害する成分が入ってるらしい。なので寝る前、主に夜に飲むのは良くないとされる。寝つきを悪くして覚醒させてしまうから、と。俺にはそんなもの些細なことでしかない。飲んでようが飲んで無かろうがどうせ眠れやしないのだから。

「……美味い。」
ーそりゃ良かった。ー
「……自分でやっても良かったなそう言えば。やってくれりゃ俺は助かるし楽で良いが。」
ーあぁ、それもそうか。まぁ俺はああいう支度をするの好きだから問題ない。ー
「お前のほうが食い物の類は扱いが上手いしな。」
ーなんか食いたきゃ出して来て良いぞ。焼き菓子ばっかだが。ー
「少し貰うかな。」

自室には自分専用に菓子を作り置いてある。俺自身が甘い食い物が好きで、食いたい時に食えるようにと置いてあるからだ。大概は保存の効く焼き菓子やシロップ漬け、甘く煮込んだ奴なんかもある。栗丸の飯素材の栗を渋皮煮にしたような奴とかだ。時折、氷のクリスタルや水のクリスタルを用意して簡単なケーキも置いておく。確か今ならそのケーキ類も少しあるはずだ。彼は確かそれの一つが気に入ってた筈だな。

ーああ、冷やしてる方に絶影の好きなのが確かあるぞ。ー
「どれだ?見てみる。」

彼が栗丸を起こさないようにと物音を立てずに、冷えた箱を開ける。あの珍妙な小さな家族を、一応気遣ってくれるのが少し嬉しい。いくつかの小ぶりなケーキが並んでいるが、その一つを確かめてコレか、と彼がつまみ上げた。

「ザッハトルテか。貰っていいか?」
ー良いぞ、また作れば良い。ー
「ありがたく貰うよ。」

俺もなのだが、彼はチョコレートが好きだ。甘さの好みだと俺の方が甘みの強いモノが好きで、彼は多分、普通だな。甘み云々よりも少し酒の使われたような物が好きらしい。かと言って酒が大好きかというと違う。酒は俺も彼も飲めるし嫌いではないがお互い、沢山飲みたいと思ったことはないし。アルコールの風味がする、と言うのが彼の好みにあたるらしい。ので、アルコールをいくらか効かせたザッハトルテがケーキの中では気に入ってるようだ。俺ももちろん好きだが。素手で摘むにはチョコレートが溶ろけて指に着くが頓着せずに食べている。まぁ、後々洗うなり拭うなりすれば良いし俺も気にはしない。一口、ケーキを齧って飲み込んでから、彼が満足そうな顔になる。いや、はっきり見えてないがそういう表情の動きだと、体を通じて感じ取れている。俺は今、自分で表情を変えられない訳で。彼が俺の体、全身を使っている訳だから当然、表情筋も彼の意思で動いている。その動きを感知することは、《裏》にいる俺にも出来るのでそう言う顔をしたな、とわかると言う感じだ。彼……絶影はあまり穏やかな顔をしないのだが、俺とだけ話していて、こんな風に気に入ったものを食べたり飲んだりしている時にだけは少しながら優しい顔になる。彼なりに気を抜けている時間なんだろう。

「お前は相変わらず菓子作るのも上手いな。」
ー好きな味の好きな食い物を作れるのは最高だぞ。絶影も作れるだろ?ー
「作れるが、お前程の情熱はないよ。俺のよりお前の飯のほうが旨い。」
ーお前のも充分旨いと思うけどな。ー
「味はそれなりだろうよ。不味いもん食いたくないからな、俺が。お前の方が作る事に大して真面目というか、丁寧だ。」
ーそりゃどうも。ー
「コレも旨いしな。コーヒーに最高に合う。」

満足そうに呟きながら、彼が結構大事そうにケーキとコーヒーを食していく。極端に言えば《彼は俺な訳だから》ある意味これは自画自賛になると言えばなるな。一人芝居のような。だが彼の言葉は俺が考えた言葉じゃない。
心が別れてしまうと言うのは本来なら良くない事の筈で、病の類の筈だった。本当ならば俺は俺一人でしか無いのに、《絶影と言う別の俺がいる》と言う言葉にすると意味の分からない状態にあった。意味は分からないが間違いなく彼は《此処に》居て会話も成立するし、《入れ替わって》行動することも出来てしまう。今なんかまさに《交代中》な訳だが。俺がこんな風に分かたれてることを知ってるのは、今のところだと兄貴だけか。ジーキルは気がついてる可能性が高いのだが、恐らく敢えて話題にしないで居てくれている。話せばならない必要性が出たとなったら、問答無用で問い詰めてくるだろうが、ジーキルが強引に話を進めようとする事は滅多に無い。兄貴が彼を知ったのは俺が精神的に疲弊しておかしくなりかけて、《身代わり》として彼が表に出た時だ。俺の精神が分かたれて形成された彼は、俺を守る事を第一に考えて行動しようとする。俺が滅入ってどうにもならなくなった時に俺を奥に引っ込めて休ませたまま、しばらく表に出て《俺のフリ》をしてくれると言えば話が早い。もちろん、そうじゃない時もある。今なんかそうだが。今の彼はただ単にコーヒーを味わいたいが為に表に出てきているんだし。

「あぁ、片付けは俺がやるよ。」
ーそうか?なら任せる。ー
「作るだけ作って貰って食うだけなのは気持ち悪い。」

ケーキを食べ終えて、指先についた溶けたチョコレートをペロリと舐め取りながら絶影が言う。残ったコーヒーをゆっくり、楽しむように飲むのも分かる。周りに人がいると、彼はこんな風に気楽そうな空気さえ見せない。飄々としてるが常に隙がない。こういう時。俺と彼、お互いしか居らず危険も何も無い時くらいにしかこんな風にリラックスした彼は見られない。多分、俺自身もそうだろう。誰も居ない所、知り合いだろうが他人だろうが誰もいないところで漸く気が抜ける。そこまで気を張らなくて良いと言うのは分かってるが、無意識のうちにそうなってるな。レンや兄貴相手くらいになら多少は気も緩むが緩み切ることはあまり無い気がする。そう言うところは《同じ俺》なのだなと感じる。違いもあるし性格もいくらか違うのは間違いないのにやはり《彼は俺》なのだな、と。残っていたコーヒーを最後までしっかり味わって飲んでから、彼がゆっくりと溜息をついた。満足そうに。

「ご馳走さま。片しておく。」
ーああ、じゃあ頼む。ー

キッチンへ移動してすぐに手を洗って、それからカップを綺麗に洗って、洗ったあとに手早く布巾で水気をぬぐってしまうと元の食器棚に片付けてくれる。乾かすためにしばらく放っておく水切りのスペースもあるのだが、そこに置くより片し切ってしまおうと思ったらしい。あそこに置いておけばおそらく、早朝に雷刃が片付ける事になって《俺が片付ける》と言う意味とは変わってしまうからだろう。そこら辺、絶影は結構に拘る。片付けると言ったからには最後まで、と。しっかり片付け終えて、キッチンの灯りを消すと俺の部屋へ戻って、なんとなしにと言う風に栗丸のベッドを覗き込んだ。俺がこの子を拾ってきた時、訳の分からん生き物をきちんと世話出来るのか?とやや懐疑的だった彼だが、今となっては栗丸が元気なのかどうか心配をしてくれている。スヤスヤ寝ているのを確かめてフッと苦笑いを浮かべるのが分かった。何か面白い生き物を見た、と言う感じの。

「本当に俺達と真逆で良く寝るなコイツは。」
ーそれが本来、正常なんだろうけどな。ー
「まぁな。」

そっと掛け布団をかけ直してやりながら、彼が面白い顔で寝てるな、ともう一度苦笑する。栗丸に言ったら怒りそうだが正直、間抜けな寝顔だと俺も思う。それが可愛く感じるんだけどな。

「あぁしかし、満足した。悪かったな読書中に。」
ー満足したなら良かった。別に気にしなくて良いからまたなんかあれば言えばいい。ー
「有り難いな。じゃあ《返すぞ。》」

彼がベッドに座り込んで、呼吸を落ち着け直してから目を閉じる。
スルリと《入れ替わる》感覚。風がお互いを通り抜けるような感覚の後に《俺が表に出る》のを感じてゆっくり目を開けた。ロクに見えはしないがさっきまでの、内側から自分を見るのではなく、自分の目で周りを見ているのが分かる。いつもの体感。《俺が俺である。》

ーじゃあ俺は引っ込んでるよ。必要なら呼べ。俺から見て必要だと思ったらこっちから顔出すが。ー
「あぁ、分かった。」

じゃあなと告げた絶影の気配が、緩やかに遠くなる。便宜上の言い方だが、《起きている時》はすぐ近くに感じて、アレコレと頭の中でお互い会話しながら過ごしていたりする。もちろん、それにばかり集中していたら目の前の仲間やら家族やらとの会話がこんがらがってしまうので余裕がある時だけだ。《起きている時》であっても、基本的に彼は静かに様子を見ているだけ。今のように《寝ている》時は気配も殆ど感じなくなる。消えてしまっているわけではなくて、意識の奥深くに隠れてしまっている、と言うような感じで曖昧になってしまうのだ。感知しづらいと言うだけで存在はしてるのでこっちは便宜上《寝ている》と表現している。実際のところ、彼は起きてるが静かにしてるだけ、と言うことが多い。起きてはいるし、俺の見ているものを共有したりしているが黙ってるだけ。眠ってしまう時は彼が疲れた時や、今のように満足して俺本人も休んでるだけで特に何もしてない、なんて時だ。俺が肉体丸ごと寝付けた時も一応、彼も寝てる事になるかな。

 細かい事を言えば《彼もまた俺》でしかない。誰にも話していないし説明する気もない事ではあるが、彼は俺が無意識に作りだしてしまったもう一人の俺という事らしい。違う人格、と表現するもので本で読んだりした限り病的な現象らしい。絶影の方もそれを認識している。というか彼の方は最初から分かっていたフシまであった。俺は本当なら居るはずがないし、そのうち居なくなるはずでそれが正常だ、と彼の方から言われたことがある。東方からエオルゼアに逃げ込んでしばらくしてからか、家族を亡くしたり別れたり、ウルダハでの慣れない生活に強いストレスを感じていた俺が知らないうちに彼を創っていたらしい。俺からすると、気がつい時には絶影が居たから彼のほうからたぶんこのくらいから居る、と説明されて・・・・・・至って訳が分からないが、不思議と早いうちに納得してしまった。理屈で説明できない事やら道理が通らない物事、理解しがたい現象なんてのはそこら中に転がっているとガキながらも知っていたからかもしれない。絶影が言うに、彼は俺の精神がぶっ壊れてしまわないように、苦痛を肩代わりする役割があるのだそうだ。そのせいだろうが、俺が滅入ってくると彼の声が大きくなる。そのうち強引に入れ替わって《俺本人を奥の方で無理やり寝かせて》から俺のフリをして過ごしてくれているらしい。さっきみたいに交代しようと示し合わせて入れ替わることも多いが、時折ながら良いから変れと無理やり引っ張り込まれて彼が前に出ることもある。正直なところ有難いフシもあると感じるので間違いなく彼は俺が身代わりのような立場として作った何かなのだろう。申し訳ないと思う反面、結局のところ《彼は俺でもある》からなんだかややこしいなとも思う。そのうち彼に頼らなくてもよくなるんだろうか?その方が良いんだろうが。

 さて、多分横になっても眠れないだろうし、さっきの本の続きでも読むか……。友人であるジーキルが俺の気に入っていた伝記や神話、昔話見たいのをまとめた本をわざわざエンチャントインクで写本してくれたものだ。
元々持っていたやつは普通のインクで書いてあったから読むのに顔を近づけないといけなかったのだが彼が写してくれたコレはその必要が無い。魔力をたどっていけば自然と文字が読めるのは楽で良い。多少疲れるには疲れるから休み休み読むのはどっちにせよ変わらないのだがそれでも本に張り付くようにせずともスッと読めるのは有り難い。

本を読んでるうちにさらに夜が更けていく。栗丸の寝息と俺が本をめくる音しか聞こえてこない。静かなのは落ち着く。もう少しだけ読んで、あとは眠れなくても横になろうと決めた。寝付く事が出来なくても、体を休めるくらいはしないとだ。キリがいいところまで読み終えてから、栞を挟み込んでパタリと本を閉じた。そのままサイドテーブルに置いておく。まだ絶影が飲んでいたコーヒーの香りが部屋に残っていてそれがどこか心地いい。よいしょとベッドに横たわると掛け布団を適当に被る。枕元に弱い光で灯していた明かりをさらに小さくしておいた。

……うっすらと残る香りをボンヤリと感じながら目を閉じておいた。
さて、寝付けるのはどの位、後になるやら。

おやすみ。と酷く遠くからぼやけた声が緩やかに届いてくるのを感じて苦笑する。どちらも俺なのに、違う。

ああ、おやすみ。


―刹と絶影ー

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