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刹と栗丸:家族編《蒼天》

 軽いあくびをしながら、少し体をひねる。眠い。眠いが良い加減起きないと。かったるいな、と思いつつふと顔を軽く持ち上げて、影が被さってくるのに気がついた。起きたては目を開けても、見えて来るまでしばらくかかるから目は閉じたままだが。

「…。栗丸か。」

俺の顔を覗き込むように、昨日連れ込んだパイッサの子供、栗丸が居るようだ。まだ目を開けてないから姿は見えてないが…丸みのある影を感じる。確か夕べ、俺のベッドの足元の方に小さな毛布を詰めた籠を置いて、そこに寝かせたはずだが…。

「!」
「…腹が減った…?…あぁ、お前俺が起きるの待ってたのか…悪かった。」

体をゆっくり起こして、ベッドから出る。栗丸がぴょこんとベッドから飛び降りた。俺は寝起きが悪いから朝は遅いのだが…そうか、栗丸は普通に起きるな。普通に起きたものの俺が起きないからと寝床から這い出してベッドに飛び乗って寝てる俺を見てたのか。…起こすために俺の顔に飛び乗る、とかしてこなかったのは幸いだ。流石に驚いて掴んでそこらへんにぶん投げたかもしれない。それで家具が破損するのは俺のせいだし気にならないが、栗丸がケガしちまうからな…。寝室のドアを開けて、一階に上がるための階段までいって、見上げる。俺以外の連中はとっくに起きてるはずだ。上にいるはずの使用人の名前を呼ぶ。すぐに、何か、と俺と同じアウラゼラの使用人、雷刃が階段を降りてきた。

「おはようございます。」
「…おはよう。…すまんが栗丸のメシを…。」
「かしこまりました。刹さんは風呂ですか。」
「あぁ。」

分かりました、と雷刃がお辞儀をしてから炊事場に行く。昨日のうちに栗丸の食事に必要なエーコンやマロンをまとめて置いたし、そこに栗丸のメシの作り方をメモした紙も貼ってある。雷刃に任せて俺は風呂だ。目が覚めないし視界がぼやけるのをハッキリさせたい。

「…栗丸、風呂には連れ込めないからそこで待っててくれ。」

風呂場について来ようとする栗丸に、声をかける。なんでだ?と言っているのが分かる。パイッサが人の生活を知る由も無いからこれは仕方が無いな。とりあえず、お風呂場に栗丸を連れてはいるのはきちんと支度をしないとダメで、今はソレが無い、と伝える。分かったような分からないような。そう思ったのがわかる。炊事場でエーコンやらを下ゆでして居た雷刃が成り行きを見て居て苦笑するのが分かった。それから、一階に声をかけてロットゲイムを呼んでくれる。

「旦那おはよう。栗ちゃん、ほらちょっと上に行ってようか。旦那が身支度できないからね。」
「…?」
「…悪いな、ちょっと構ってやっててくれ。」

任せといておくれ、とロットゲイムが栗丸を抱き上げるとそのまま一階に連れて行く。栗丸も嫌がる様子なく運ばれて行った。

「…懐かれてますね。」
「悪いことじゃないが困ったな…。」

着替えやらの支度をして風呂に入る。あまりに朝の目覚めが悪いので起きた後に風呂に入りたいから、俺が寝泊りを頻繁にする場所にはなるだけ風呂場があるように気をつけている。冒険中シンドイが、冒険してるなら仕方ないと割り切っては居るので何とかなる。朝方に俺は役に立たないという事は変わらないが。本来、風呂に入るなんてのは金持ちのする事で、冒険者風情が風呂に入りたい、なんてのは冗談か何かに思われるだろう。人が浸かるほどの湯を用意するのは大変なのだ。水もたくさん必要だし、それを沸かすとなると薪でもなんでも、燃料が居る。全てに手間と金がかかるから外で水浴びをして済ませたり、公衆浴場を利用したり、濡れた手ぬぐいで体を拭くくらいが普通だ。俺はなるべく、風呂に入りたいと思うから風呂を支度できる程度の金は整えた。そこまでしたい程、朝の俺は酷い様という事になるが。

 風呂を出る頃にようやく、スッキリしてきて目も開けられる。起きてすぐ開けても良いのだが、なにせ起きたてはボンヤリした視界で気持ちが悪い。スッキリした後に目を開けても、やはりボンヤリはしているんだが、起きたての視界よりずっとマシだ。着替えを済ませて、ほんの少しだけ目尻に化粧をする。女たちや化粧を趣味にする男たちが自分を整えるための化粧では無くて、戦士が自分を鼓舞する戦化粧なのだが…普段もしておく方がなんとなく安心するからついしてしまう。派手な戦化粧もあるが、俺がするのはせいぜい目元に少し色を置くだけだ。ごくまれに頬や額に模様を描くこともあるが…滅多にしないな。着替えた服がよれていないか、触れて確かめて整えてから風呂場から出る。

「…あ、刹さん。栗丸にはお団子食べてもらいましたんで。」
「…悪いな。ありがとう。」
「刹さんのもすぐ出来るんでお待ちを。」

礼を言って、上で待ってると伝える。分かりましたと返事をしながら、雷刃が…おそらくは味噌汁を作っている。彼が来てくれてからというもの本当に朝の準備に手を抜けて助かる。寝ぼけているやつというのは時折意味の分からん行動を取るのだ。それをしなくて済むのは良い。例えば、寝間着を脱いだのにまた着るとか、顔を洗うつもりで頭から水を被るとかだ。どちらも、俺の実体験だが。そうなると二度手間どころか三度も四度も手間が増えるから、元々ない朝の元気がさらに減る。もう少しうまいこと起きたいもんだな。そのためには巧いこと寝付かないとならないが…。寝つきも異様に悪いから困りものだ。

「あ、旦那。目は覚めたかい?」
「ああ。」
「栗ちゃんはお団子を良い食いっぷりで食べたよ。片付けはしといたし、アドゥガンが栗ちゃんについた食べカス拭いてくれた。」
「2人ともありがとうな。」

ロットゲイムがお安い御用だよ、と笑う。大柄なルガディン族の女性で栗丸を栗ちゃん、と呼んで時々構っているらしい。栗丸が小さい生き物だから、と踏んだり蹴ったりしないようにと随分と気を使ってくれている。黙ってロットゲイムの隣に立っているアウラ族の男、アドゥガンも頷いた。彼は常々無口だが、しっかりと意思表示はしてくれる。栗丸を連れ込んだ初日は困惑していたが、その日のうちに慣れたらしくて通りすがりに撫でたりしてくれているようだ。栗丸も鳴き声やらを発さないから、無口同士で気があうのかもしれない。朝ごはんにありつけた栗丸はどこか満足そうにしつつ、部屋をウロウロしていた。昨日、ずっとこのリビングで過ごしていたがそれなりに慣れたらしい。他の部屋はまだあまり覚えてないだろうが。他の部屋、と言っても俺の寝室とパートナーのレンの部屋。それから風呂場…あとは雷刃たちや兄貴が寝れる部屋があるだけだな。俺の部屋はともかく他の連中の寝室にはそんなに入らせる事も無い。

少しして、雷刃が俺の食事を運んで来てくれる。おにぎりと、味噌汁。それから卵を茹でたもの。食べ物が運ばれて来た、と理解している栗丸が興味津々に覗き込んで来たが、すぐにアドゥガンがひょいっと捕まえてテーブルから遠ざける。

「…!?」

何が起きたのか分からなかったらしい。栗丸がいつもはまん丸な目を細くしてビックリしていた。アドゥガンがいつも控えている位置に栗丸も連れ込むと、ぽとん、とカウンターに載せた。カウンターの奥が、彼とロットゲイムの定位置だ。アドゥガンが栗丸の顔を見ながら首を横に振る仕草をする。食事の邪魔をしてはいけない、あれは刹さんの食事だから栗丸にはあげられない、という意思表示らしい。一応、栗丸はなんとなくは察したらしい。少し不満そうだが仕方なさそうにカウンターをウロウロしている。

「…栗ちゃん、アドゥガンと割と会話というか何かが成立してるよねえ。」
「…。」

ロットゲイムが笑いながらいうと、アドゥガンも苦笑しつつ頷く。なぜ通じて、栗丸の言いたい事がなんとなくわかるか、アドゥガンもよく分からないらしい。彼には超える力…あらゆる壁を無視する力は無いはずなのだが、面白い。チョコボの調教師や犬猫の飼い主がなんとなく付き合いのある動物たちの主張が分かったりするような、そう言う感じだろうか。

「一日経っただけで皆んな結構慣れましたね…栗丸もですが柔軟ですね。」

定位置に戻りながら、雷刃が面白そうに言う。俺の食事が済めばまた、片しに行ってくれるが本当に彼は働き者だ。片付けくらいは俺自身でするぞ、と話したのだが俺の仕事ですから、と譲らなかった。多分、もともとお人好しで手伝いが好きなんだろうなとは思う。ちなみに、今日のおにぎりの中身はオカカに白ごまを和えたものだった。

案の定、食事を済ませると即、雷刃が食器を下げていく。ついでにそれを見たロットゲイムが後ろをついて行って、全員分のお茶をいれて戻って来た。栗丸はさすがに茶を飲まないから水を少し。一日、俺たちと過ごしただけなのだが、栗丸は俺たちが何か食べたり飲んだりするのをしっかり見ているようで、栗丸の分は無いのか?と主張するようになっている。図々しいのか、すでに打ち解けてくれているのか。まぁ、どっちでもいい。

「…家でゆっくりしてるつもりでいたが暇だな。」
「栗ちゃんを家に慣らすんでしょ?遠出しちゃ意味ないじゃないか。」
「…そうだな。実際俺も疲れてるから遠出はしたく無いんだがな。」

先日は吹雪の雪原を歩き回ったりしたから疲れている。あまり肌を出すのが好きでは無い俺は厚着だったが、それでも寒かったし。どうも、目が強い光に弱いように、肌そのものもあまり陽光を浴びない方が良いらしいから厚着するようにしている。強い日差しの場所で腕を出していたら次の日に腫れや湿疹が出た事があって以来、気をつけてるんだが、それが習慣になったら室内でも肌を出すのが気持ち悪くなってしまった。慣れという奴は面白い。

とりあえず食後のお茶が美味しい。雷刃がどうやってか、東方の茶を仕入れてくれているおかげで東方茶が飲める。多分、親御さんのツテだろう。普通に買うとなるとこの手の品は高い。故郷では東方茶を飲んでいたからこちらでも飲めるのは嬉しいものだ。ぴょこぴょこと栗丸が俺たちの足元をうろちょろしている。呼べば呼んだ人物の足元にちゃんと帰って来るから基本は自由にさせている。テーブルの上なんかにはなるべく乗らせないが。

「…旦那もオサード大陸出身だし、雷刃もだし、多分アドゥガンもなんだよね。」

普段はカモミールティーや紅茶を飲んでいた、というロットゲイムが東方茶を飲みつつ呟く。視線が跳ね回る栗丸を追いかけているのが分かって笑ってしまった。彼女らしい。どこに居るのかわからないと踏みそうで怖い、と気にしてくれて居る。

オサード大陸はひんがしの国、と呼ばれる国のある方。エオルゼアからはかなり距離がある場所。ひんがしの国が鎖国、という他国との交流を拒む方針でいるから、イマイチどんな国なのか分からない。完全な鎖国なんてのは現実として難しいわけだから、ひんがしの国も、クガネという港町はよその国との交易の場として開放している。雷刃はそのクガネ生まれのクガネ育ちだ。アドゥガンが恐らく、オサード大陸出身というのは、そっちにアウラゼラ族の故郷があるからだ。見渡す限りの草原で、いくつものゼラの部族達が暮らしているらしい。アドゥガンはどこから来たのか本人も分かっていない様子なので結局、断言は出来ないんだが。

「アタシは東方見た事ないからねぇ…そのうち行きたいねえ。」
「船に乗らないとならんから問題はそこだな。」

鎖国しているからもちろん、飛空挺の設備もない。現状、海路で来るしかないが、単独や小舟では厳しい距離だ。食料も水も足りなくなるしなにより海の上を進むというのは言うほど簡単じゃない。波や風を詠めないと簡単に遭難して死ぬ。大型船ですら、船旅に慣れてない人間からするとかなりのストレスだ。なにせ、見えるものが海しかない。はたしてきちんと正解の海路を進んでいるのか、素人には分からないから不安になるもんなのだ。おまけに天気が悪く成れば海が荒れて、船が豪快に揺れたりする。あれは気持ちのいいもんではない。

「…旦那達はどうやって来たのさ?船?」
「俺は商船で、万一海賊に襲われた際に護衛する条件で乗りましたね。知り合いの商人に頼んで。」

雷刃の実家は農家らしいが、あちらで暮らしている頃から、彼は侍として用心棒なんかもしていたらしい。その頃の人脈を使ったんだろう。もちろん、護衛として乗ることを条件にしているからただ、乗っていたわけでも無かろう。甲板で船員と一緒に見はったり、貨物の部屋を見はったり。手伝いをする代わりに乗っていた、と言うことだ。

「…俺も船だが、なんせツテもコネも金もなかったからな。悪いとは思ったが船に忍び込んだ。」
「あ〜旦那なら軽々出来るよねぇ。図体デカイけど見えなくなっちゃうし。」

忍びの技の一つに、姿をすっかり消してしまう術がある。ロットゲイムは俺がそれを使っているのを何度も見ているから、俺が忍び込むのが想像出来たろう。もっともアレも万能ではない。何かに強くぶつかるとか、殴りかかる、とか。そういう大きな動作をすると術が綻んで見破られる。だから船に忍び込んだ後、寝たりメシを食うのは難儀だった。簡単な食い物をかじるのはまだマシで、寝るとなると…正直あまりしっかり寝れた記憶はない。立ったままか座った格好でウトウトしてるうちに少し寝るものの、程なく揺れや物音で起きる。それの繰り返しだった。今思うとよく体力がもったな。途中で弱り切って気を病んでおかしくなって不思議じゃない。多分、今同じことをしようとしたら出来ないんじゃないだろうか。それか今の方がうまくごまかして過ごせるだろうか。当時より知識も体力もあるのは確かだ。まぁ、試そうとは思わないな。…必要に迫られれば話が別になるが。…アドゥガンももし、アジムステップの生まれなら船を使ったはずだが…なにせ本人が覚えていないらしいからどうやってエオルゼアに来たのかも謎に包まれてるな。なぜ覚えていないのか?だが…小さい頃の記憶というのはアヤフヤだったりするから年齢的なものか、何かショックなことがあって心を守るために無かったことにして忘れている事になってるのか…。後者だと何かで思い出す可能性があるが、今のところ彼がそう言った素ぶりを見せたことは無い。

「…多分、兄貴はきちんと交渉して乗ったろうな。俺より大人だったし。」
「…船に忍び込んだ時、旦那いくつだったの。」
「15〜16くらいか。兄貴は成人してた。」

今の俺と比べて体つきも多少小さかった。アウラ族の男たちは大男が多いが、生まれた時からデカイわけではないし。角も尾も、小さい頃は柔らかく短い。当時だと今より10センチくらいは小さかったんじゃないだろうか。体格自体も今より細かったはずだ。角や尻尾は…多分あまり変わってないんじゃないだろうか。もしかしたら尻尾は伸びてるかもしれない。考えながらパタン、と尻尾の位置を変える。とたんにぴょこぴょこと栗丸がその尻尾に掴まろうと跳ねたのがわかる。小さな手の先が少しかすったからだ。痛いとは思わないがくすぐったい。俺たちアウラもそうだが猫のような耳と尾を持つミコッテ達も、尻尾にきちんと神経が通っているし当然、痛覚やらも存在する。たまに何を考えてるのか尻尾を力の限り掴もうとする奴が居るが…あれは危険だからやめて欲しい。尻尾の骨は背骨と繋がっているから背骨にまで痛みや違和感が走るのは恐怖だし実際、骨や神経を傷つけかねないから危ない。もし、いきなり尻尾を掴まれでもしたら俺は相手を殴る自信がある。それくらい簡単には触って欲しくない場所だ。…まぁ、掴もうとしてきたら掴む前に張り倒すか尻尾で相手の手をはたき落とすくらいは出来るか。ミコッテの尻尾でもアウラの尻尾でも、尻尾で叩かれたら結構痛いぞ。ミコッテ達の尻尾はフワフワの毛に覆われていて柔らかそうだが、本人達の意思でも器用に動かせるし見た目によらず筋肉質で勢いをつけてぶつければちょっとした鞭みたいになる。普通はそんな風に使わないが、彼らを怒らせたらペシンとされるかもしれないな。

 実際、踊り子の女のミコッテにちょっかいを出そうとして手のひらを尻尾でパシンとされる男を見た事がある。叩かれた上、触らないでと罵られたのになぜかソイツは嬉しそうだったが。俺たちアウラの尻尾も同じように自分で動かせる。ミコッテのようなフワフワからは程遠い鱗に覆われたトカゲやドラゴンのような見た目だし、表面はそれなりに堅い。それでいて筋肉はついてるし、思っている以上にしなやかに動かせる。もちろん、伸びてきた手をひっぱたくくらいは易々と出来るだろう。小さな栗丸の手では俺の尻尾は掴めないし、せいぜい指先が鱗の隙間に引っかかるくらいだろうか。そうなると栗丸の腕の方が脱臼したりしかねないだろうな。

「…おい、栗丸。くすぐったいからやめろ。」
「!?」
「なんで動くと言われてもな…尻尾はそう言うもんだ。」

するりと別の位置に尻尾を滑らせると、栗丸がぴょこぴょこ着いてくる。まったく、お前はネコか。

「…俺とアドゥガンの尻尾もすごい見てるんですよね。たまに飛びかかって来ます。」
「…迷惑だったら、ちゃんと窘めといてくれ。」
「俺はまぁ、大丈夫です。食事の支度中だとか動いてる時にはやめてほしいんで、そういう時は言うようにしますよ。」

通じるかは別ですけど、と雷刃が苦笑する。アドゥガンも、雷刃と同じようにする、と頷いていた。彼らには俺のような超える力は無いから、栗丸とはっきりとした会話ができるわけでは無い。それでも何度か繰り返し嫌がっている、と主張すれば、この仕草の時にはイタズラしてはいけない、くらい認識はしてくれるだろう。見ていると俺たちの事をよく観察しているから。現に連れ込んでまだ2日目だというのに、栗丸は雷刃達の言うことをなんとなくは理解しているように見える。雷刃達が事あるごとに話しかけているのも大きいのかもしない。栗丸自身も、話しかけられたりするとじっと相手の顔を見て何を言われてるんだ?と考えているから意思疎通をしたいという気持ちは持っているのだろう。お互いが友好的な交流を望んで居て、その方向にエネルギーを使うなら、お互いを理解しやすいのかもしれないな。この謎の生物を連れ込んだ立場である俺としては、有難い話だ。できれば栗丸を上手く人間の生活に馴染ませてやりたいし、雷刃達にも栗丸が居る生活に慣れて欲しい。なにせ彼らに世話を任せなければならない日が必ず来る。それもそんなに遠くない未来にだ。俺は現役の冒険者で、冒険したくなったり、冒険者としての仕事が入れば遠出して暫く家に帰らない事もある。単なる散歩やちょっとした冒険くらいなら栗丸を連れ歩けるが、戦場の前線や遺跡に潜り込む時には流石に連れていけない。自分の身を守るのすら大変なのに、このちっこい生き物まで守ってやれないはずだ。せっかく、宝箱から引っ張り出して餓死や凍死を免れた栗丸をわざわざ死地に連れ込むのは俺も避けたい。死なせたくないからな。

「話を戻すが、まぁ、そのくらいの年齢で船に潜り込んでリムサに。」
「俺も降りたのはリムサでしたね。」
「多分、雷刃と俺は近いタイミングでリムサに来てるな。年齢考えると。」

雷刃は俺とあまり変わらない年齢だし、雷刃の方も10代後半でリムサ・ロミンサに来たらしい。俺も10代半ばか後半くらいでリムサに到達してる。乗っていた船は違うだろうし、一年ほどの差はあったかもしれないが…近いタイミングで西に出て来たと推測してる。その頃に会っていたら…多分、今とはまた違った関係だったろうな。恐らく、西に殆ど居ないアウラ族同士だからと今と変わらず、友人にはなったろうが…彼が俺の家の使用人になってたかどうかは分からない。多分、なってなかったんじゃ無いだろうか。過ぎてしまった過去の可能性の話だから、断言は出来ないし考えても意味ないけどな。重要なのは今と、これからの事だし。

 俺は船を降りて様子を見ながら人の目を避けて、隠れる術を解いて…しばらく呆然としてたな。街並みが全く知らないものだし、行き交う人にアウラ族が1人もいなかった。故郷はむしろ、アウラしかいなかったから新鮮だった。同時に不安だったが。それにとにかく眩しいところだと思って日陰に隠れて居た。当時はシェイデッドグラスも無かったし、目を保護するものを持って居なくて…。その時に見たリムサ・ロミンサの真っ白な建物や青々した空、降り注いでくる太陽とその照り返しの激しさは今でも思い出せる。この状況だと、光を見ない方が良いと言われてる俺は夜を待たないと動けないな、と思った程だ。実際、そうしようと思って物陰でボンヤリしていた所を…ある人物に見られていたんだが。

「その時に例のマスターに会った。」
「え、こっちに来てすぐあのオッチャンと会ってたの!?」
「ああ。リムサに仕入れに来てて、買ったもん持ち帰ろうとしたら腰抜けたらしくてな。」
「えぇ…。」

ロットゲイムが腰がそうなるのは分からなくないけど、そのタイミングなのかい、と言いたいのがわかる。今でも度々世話になる酒場のルガディン族のマスターは、俺がエオルゼアに来て最初に口を聞いた人だ。買い付けた酒を運んでる最中に腰を痛めたマスターは物陰で呆然としていた俺を見つけて、頑丈そうな兄いちゃんがいるから助けてもらおう、と声をかけて来た。不法に乗った船で長旅の後だったわけだから到底、頑丈そうに見えたとは思えないんだが…マスターには頑丈そうに見えたらしい。図体はまぁ、それなりにデカかったのは確かだけどな。今より小さかったが…。マスターは俺が東方から来た事、あてがない事を察すると、荷物運ぶの手伝ってくれたらこっちでの作法を教えてやるぞ、と世話をする事を買って出てくれた。初めは警戒したものの、本当にあての無かった俺はヤケクソ気味にその誘いに乗ったのだ。結局、そのおかげで俺はこっちでの生活方法を身に付けることが出来た。本当に何も知らないで渡って来たからな。違法に渡って来たのに平気で暮らして居られたのはマスターがアレコレと支度してくれたからだ。彼が作り上げた話では俺は《どうやら海賊にどっからか連れてこられたが身なりが特殊すぎて扱いに困りそうだ、と途中でそこらへんにほっぽり出された孤児》だそうだ。あながち間違ってはいない。孤児だったのは確かだ。《路地裏で見かけて、気になって声をかけたら言葉は通じた。身なりが変わってるから放っておいたらロクな目に合わねえと思って思わず仕事をやるからと拾った。》と言う話になってるらしい。嘘も使いようだな。結局《そう言う理由》で俺は拾われて、リムサ・ロミンサで船を降りたばかりだったのが、マスターの店と家のあるウルダハへ荷物を運ぶためにまた乗船して、終いには着いた先でマスター夫妻の養子という扱いになってウルダハに住む権利まで貰った。初めて会うボロボロの異種族にそこまでしてくれるなんて誰が想像する?俺自身がどうしてこの状況になった?と疑問だったし信じられなかったな。なんでも、マスター夫妻は幼くして息子さんを亡くしてるそうで…もし生きていたら俺くらいの年齢だったから種族も全く違うのに、俺に情が湧いたらしい。その辺の話は…長くなるからまた今度にしよう。

 実を言えば今もだが、あちこちに違法に入り込んでそのまま居ついている奴は結構居る。そんなに事細かに調べたり確認したりする余裕が無いのが現実だ。国と言えども、中心部はあれこれと法が通るが、ちょっと中心を離れると途端に曖昧になってしまう。現にウルダハの周辺には難民が大勢いる。各国に侵略戦争を仕掛けてくる帝国のせいで国を無くしたり、家族を無くした人が逃げて来たり、5年前の…紅い月ダラカブが落ちて来て、あげく中から竜が現れてあちこちを焼き払い、破壊して回った所謂、第七霊災で行き場をなくした人…。そういう人たちがウルダハの城壁の周りには沢山いる。彼らも俺と同じように法など無視して逃げ延びて来た人達だろう。そもそも紅い月が落ちてくるという所からもう意味が分からないのに、中からドラゴンまで出てきてさらに意味が分からない。最悪だったのはその出てきたドラゴンがとんでもなく強く、人間たちに敵対的だったことだ。もっというとあの紅い月を意図的に落としてきたのがガレマール帝国の奴だというのだから、もうとことん彼奴等は迷惑だな。確実に自分たちも被害を被る行為だと思うんだが本当に訳が分からない。確か紅い月の下にいた帝国の第Ⅶ軍隊は壊滅してるはずだ。ほとんど自爆したと言って良い。迷惑にも程がある。

…第七霊災の話は不思議な事に、みんなダラカブが落ちて竜が破壊の限りを尽くした、しか話せない。その後はどうなった?と問うと誰も答えられないのだ。あの巨大な竜…バハムートという奴が大暴れしたのは確かなのに、其奴がどうなったのか誰も答えられない。ちなみにあの時、俺は余りに激しいバハムートやダラカブからのエーテルの放出とそれに伴う環境エーテルの変化に体が着いて行けなくて避難場所で倒れてた。大勢負傷者が担ぎ込まれて来て大変だったのに、全く申し訳のないことを。エーテルってのは平たくいうと生命エネルギーだとか魔力だとか呼ぶものだ。あらゆる生き物や物体に宿ってるし、この星ハイデリンそのものを血のように巡るエネルギー。俺はそれの影響を比較的受けやすいらしくて…あの時は本当に体感が最悪だった。目は見えなくなるし目眩はするし吐き気はするし実際吐いたし、途中からはどうにもならなくなって気絶してた。幸いだったのはマスター夫妻が無事だったことだ。フラフラの俺を連れて避難場所に来て、マスターはすぐに逃げ遅れを助けに避難場所から出て行ってたらしいんだが、なにぶん俺は気持ち悪くて動けなかったからよく覚えてない。マスターの奥さんが俺の側について、見ててくれたらしい。外から何かぶつかったり燃えたりする音…争いが起きているらしい音が聞こえて怖かったのよ、と回復した後に彼女から聞いた。気がついた時にはバハムートは消え失せて、あちこち破壊されまくった惨状が分かるだけになっていたそうだ。あれほどの巨体が消え去るなんて考えらえないが…まるで時間がとんだように。俺自身は体調が戻るまで一月程もかかってマスター夫妻に随分迷惑をかけた。最も、ウルダハに広がった被害も結構なものでマスターの家や店も損壊したし、店を開く余裕も暫くなくて、俺の様子を夫妻が交代で見ながら瓦礫をかたしたり、近所と助け合って炊き出しをしたりしてた。元傭兵の夫妻だけあって戦場のようになってしまった場所にもあっという間に適応してたな…。俺も回復してからは手伝って過ごした。あのまま視力が回復しなかったらどうしたものかと思ったが幸い一時的なものだったな。

—無用な混乱を避けるために雷刃達にも秘密にしてるが、あの巨大な竜がなぜ消え失せたのかは…一握りの連中だけが知ってる。—

ともかくそんな騒ぎもありつつ、俺はウルダハでマスターに西の方のルールやら、西の文字の書き方、飯の作り方を教えてもらい、暫く店の裏で片付けや店員のまかないを作るだのをしていた。初めはモノの場所がよく分からなくて苦労したな。なにせ、皆んなはハッキリ見えてるモノが俺にはボンヤリだからソコにある、と言われてもな何を指さされたのか分からなくて。仕事慣れしてる店員に怒鳴られる事も有ったが事情はしつこく説明した。覚えるまではどうしても手際は悪いし、俺にはハッキリ見えてないから指差した先のモノがどれなのかわからない、と。

「ああ、確かに。刹さんの視界は俺達にも分からないですけど初めの頃は難儀ですね。」
「目が悪くなくてもな。俺には馴染みのない場所だから覚えるのに多少時間が必要だ。」

慣れてくれば建物の構造からテーブルの位置まで理解できるようになるが、それまではテーブルや椅子にぶつかるし、下手すると建物の中で迷う。マスターの店では幸い迷うことはなかったが。建物にも店特有の人の気配の増減にも慣れてから、バウンサーを兼ねて店先に立つようにもなった。マスターの店は喧嘩沙汰はご法度のルールでそれを破る奴がいたり、無用な争いを持ち込みそうな奴が出たら追い払う事になってる。店員を守る意味もあって店先で立ってるのがバウンサーの役割だ。俺以外にも長く店でバウンサーしてる姐さんがいるが、今でも彼女と一緒に店先に出たり、単独で出たりしている。姐さんは体こそ小さいが怒らせるとこれがまぁおっかない人でな。だからこそ常連は彼女がヤバイのを知ってるから楽しく、時には哀しく飲み食いしてるだけだが、ふらっと入って来た奴はそんなこと知らない。無論、初めて来た奴が必ず喧嘩し出すわけでもないけどな。常連達だってたまには暴れることもあるし。小さな姐さんが、容赦なく摘まみ出すのが面白いが俺が店先にいる時の方が喧嘩沙汰は起きない。俺の見てくれが分かりやすく威圧的だかららしい。姐さんが「刹がいるとちょっと暇ですわね。」とぼやく程度に。そういう暇な時は、俺も姐さんもバーテンやらウェイター(姐さんはウェイトレスか)も兼ねる。接客自体はむしろ苦手だし好きでもないが。初めてロットゲイムが店に来た時も、俺はバーテンもやってたな。ちなみに、俺がバウンサーの先輩であるヒトを姐さんと呼んでるのは彼女がそう呼ばれるのを好むからだ。名前よりも姐さんと呼んで欲しいらしい。名前で呼ばれるとなんだか恥ずかしいし気が抜けるんだそうだ。そんな話をしてる最中に、栗丸が地下に繋がる階段を降りようして目測を誤ったらしい。ジャンプがいきすぎて一段分、ポテンと落ちた。例のびっくりして仰向けにひっくり返るポーズで。

「あ、栗ちゃん!」
「大丈夫か栗丸。」

立ち上がって近くによると、ひょいっと立ち上がってこっちを見た。怪我はしてないらしい。目をパチクリさせてからスーンと息を吐いたのが聞こえる。

「…。」
「びっくりした?そりゃそうだろうな。痛くないか?」
「!」
「大丈夫なら良い。」
「?」
「階段使いたい?…頑張れとしか言いようがないな。さっきはロットゲイムが抱えて連れて行ったもんな。」

昨晩寝る時は、おれが抱えて部屋に連れて行ったし、階段の昇り降りはさせていない。動き回ってるコイツを見る限り、多分コツを掴めば1匹で階段も登り降りできるだろう。かといってそれなりの高さだ。今のは運良く、一段落ちただけで済んだが場合によっては下まで転がり落ちる。そうなれば痛いですまないかもしれない。…体が柔らかくて丸っこいし、手足も長くはないから階段に引っかかって折れる、なんていう重傷にはなりにくいかもしれないが。あちこちぶつけながら転がればコイツだって痛くて辛いだろう。なるだけ辛い思いはさせたくない。

「…俺たちが気をつけたら良いから…階段の下にクッションでも敷いとくか…。」
「旦那がすっかり栗ちゃんを労わる思考してて正直面白い。」
「…俺が拾ったからにはな…。」

ロットゲイムが笑いを堪えるように言うのを聞いて、苦笑してしまう。たしかに、栗丸が過ごしやすいように、怪我しないよう、と考えている俺がいる。なにせ小さい。その上、俺達のルールを理解できるとも限らない相手だ。出来る注意があるなら俺達側がしてやる方が良いだろう。俺達からしたら、パイッサのルールも分からんが…栗丸も多分分からんだろう。本来なら群れなり、親なりに仕込まれるはずだが人間のところに居るから。ひとまず部屋から適当なクッションを持ち出すと階段下に置いておく。着いて行くと言い張ったので抱き上げていた栗丸を降ろすと、クッションを確認して、ポフポフ、とその上で何度か跳ねた。

「!」
「柔らかくて楽しい?階段から転がったらコレが受け止めてくれるぞ。…たぶん。」
「!?」

多分ってどういうこと、と栗丸が言いたいのがわかる。ちゃんと受け止めてくれないと痛そうだ、と。コイツは本当によく喋るな。鳴き声はないのにお喋りなやつだ。

「実際にお前を転がして見ないと分からないだろ?転がされたいか?」
「!!」

イヤ!と栗丸が一度ピョンと跳ねる。ぽふ、とクッションにちょっと沈むのがわかる。勢いよく転がられると困るが…かと言ってそれを見越して長々とクッションを敷くわけにもいかない。さすがに邪魔だ。カーペットの素材でも変えるか…?とりあえず、栗丸を促して一階に戻る。ロットゲイムがニヤニヤしながら覗き込んでいて苦笑してしまう。彼女にはこの状況が面白いらしい。様子を見て居ると、栗丸は慎重に階段を登って来ていた。ピョン、と一段飛び上がって、次の段を確かめてまたピョン、と飛ぶ。

「んん、上手じゃん!栗ちゃん良いよ〜!」

階段の上で、ロットゲイムが栗丸をおだてている。雷刃が苦笑いを浮かべていたがなんだかんだ彼も、そしてアドゥガンも栗丸が気になるらしくて覗きに来た。俺が一番後ろに居るあたり、彼らの方も大概、栗丸の生活が快適か、いかに家に適応できるか、が気がかりのようだ。昨日、こいつを対面させた時の困惑ぶりはどこへ行った…?まぁ、ありがたい話ではある。突然、俺が連れ込んだ珍妙な連れ合いを心配してくれてるんだからな。時間をかけながら、一段ずつ慎重に階段を登り切って、栗丸が疲れた、と言いたげにスーンと息を吐き出す。

「栗ちゃん凄い!階段1人で登れちゃったじゃないか。」

わしわしと頭を撫でながらロットゲイムがそう言うと、栗丸が自慢げに胸を張る。超える力は無くとも、感情的な部分は伝わるらしい。褒められてるのは分かったようだ。と言うかロットゲイムは褒めるのが上手いな。何かと栗丸を褒めてくれている気がする。

「!」
「登りきれてよかったな。ちょっとずつ練習すると良いぞ。」
「?」
「頑張って疲れたから抱えろ?…ちゃっかりしてるな。」

とはいえ、疲れたのも本当だろう。持ち上げて椅子に座ると、膝に乗せておいてやる。機嫌良さそうにそこで座っているのでそのままにしておこう。雷刃達がそれを見てから定位置に戻った。彼らにも椅子はあるからそこに座る。

「栗ちゃんちっちゃいのによく跳ねるよね〜。実はマッチョ?」
「この体つきであれだけ動けるんだから筋肉質だろうな。」

ムニムニと胸だか腹だかをつまんでみる。毛はフワフワだがそれなりに肉もちゃんとついてる。少し引っ張ると意外と伸びるがこれは皮だろうな。栗丸がやめろ、と両手をパタパタさせるのが解った。ぱっと離してやるとふにょっと形が戻る。こうも手触りがいいと引っ張りたいな。

「旦那…気持ちは解るけど嫌がってるよ。」
「存外手触りが良くてつい。」
「昨日お風呂にも入れたしねえ。」

箱に詰められていたし、汚れているだろうからと昨夜、風呂に入れたのだ。俺たちが使う風呂に直接ではなく、桶を用意してそこに風呂の湯を注いだミニ風呂にだ。最初はびっくりしていたようだが温かくて気持ちが良いと思ったらしく大人しく浸かっていた。ワシワシ洗っても見たが嫌がらずに洗われてくれたので随分とスッキリ出来たはずだ。手ぬぐいでしっかり拭いて乾かしたらしばらくの間どこかモワッと毛が広がっていたな。それこそ柔らかいイガグリみたいに。本人(本パイッサと言うべきか?)は寒いところに居たからコレ気持ちいい、と言っていた。確かに寒い思いをしていたからな。

「奥様には栗丸の事、連絡したんですか?」
「ああ。」

俺のパートナーであるレンは今、ドラヴァニアという地域に薬草を取りに行っている。何日か景色を見つつ集めて回ったら帰る、との事だから…今日には帰ってくるだろう。その彼女には昨日のうちにパイッサの子供を拾って栗丸と名前をつけた、とリンクパールで連絡してある。彼女の反応は『なにそれ気になる。明日帰ろうかな。』だった。訳の分からんもんを拾ってきたとは何事?とはならないあたりレンらしい。一応、パイッサがどういう見た目の魔物なのかは彼女も知っているから…今頃、子供だとどんな見た目をしてるんだろうか?と考えているだろう。

「レン、流石にびっくりすんじゃないの?栗ちゃん可愛いけどさ。」
「どうだろうな。リンクパールで話した限り、面白そう、と思ってるみたいだったが。」
「…レンらしいっちゃらしい反応だぁね。」
「兄貴の方が戸惑いそうだな。」

兄貴にも栗丸の事は連絡がついてるんだが、反応に困る、という感じだった。『パイッサって、あのパイッサか?しかもそれの子供?』と確認された。兄貴もイシュガルド方面をすでに彼方此方見ているからパイッサがどういう魔物なのか知ってる。目をひん剥いて、フクロウの羽をむしったような魔物、と俺は認識している。細い手足だが体はふっくらしていてぴょんぴょん跳ねて移動する。栗丸も既にそうだがどこを見てるのかよく分からない魔物だ。虚空を見てるような目をしててな。そんな奴の子供を拾う事になる、とはどうしてそうなった?と兄貴は困惑していた。近々、確かめに見にくるとも話していた。

「劉兄さんは…なんかこう真面目そうだもんねえ。」
「…俺は真面目じゃないとでも?」
「…旦那は自由じゃん。」
「否定はしない。」

兄貴と俺を比べたらまず、そういう評価になるだろう。俺はガキのまま大人になった感じで兄貴は相応な大人だ。栗丸のことも今頃おそらく、きちんと世話ができるのか、無事に生きていけるのか、気にしてるはずだ。俺も拾ったその日は多少気にしたが、拾って2日経ったらなんとかなるだろ、に変わっている。我流の穀物団子食ってくれているし、それで腹を壊したりもしてないしな。

「?」
「その人達は誰だ?俺の家族だな。」

そう教えてやると、栗丸がどこか考え込むような心持ちになるのが分かる。どうした。表情は全く変わらんし、お喋りな奴だが無言だ。感情的なものが少しばかり伝わってくるが。寂しいとか哀しいとか、そういう奴が。

「…。」

じっ、と俺を見た後に雷刃達の方も見る。全員を見つめた後にまた俺を見た。何か確かめてるみたいだな。

「…?」
「栗丸の家族…?…お前の実の家族はすまんが俺もわからない。…ただ、種族は違うが俺たちがお前の家族だぞ。」
「…!」
「…なら良かった?そうか、良かったなら良かった。」

栗丸がどこかホッとしたのが伝わってくる。頭を撫でてやると漸くいつも感じる陽気な心持ちになったのが伝わってきた。独りぼっちなのか?と思ってしまったんだろうな。実の家族、という存在はそれは気になるだろう。正直、俺も気になる。どういうわけかコイツは人間の手の入った宝箱に詰まってたんだから、親の意思で入れたとは考えにくい。パイッサの習性なんぞ俺は分からないから、もしかしたら子供を安全な場所に、と箱に突っ込んだのかも知れない。…多分違うとは思う。宝箱に魔物を誘い出す香も仕掛けてあったし、そもそも何処かの誰かが書いた宝の地図を元にみつけた宝箱から出てきたんだから、コイツを宝箱に詰めたのは人なんだろう。なんのために詰めたのかがさっぱり分からないが。人の手で宝箱に放り込まれる状況となると、親は近くに居なかったか、居たとしても討伐された後か。パイッサはそもそも魔物の扱いで人には危険な生き物なわけだ。実際、襲いかかってくるしイシュガルドの騎士達の荷物を漁って雲海に放り投げたりするらしい。荷物を捨てるのはなんでなのかよく分からんが。もし、親が無事だとしても、俺たちがしっかり世話をしてしまった以上、コイツは本来のパイッサの群れに返せない。人の匂いや気配を付けた個体は野生のパイッサ達には不愉快のはずだ。群れを追い出されるか、攻撃された末殺されるかという羽目になる。だからコイツはもう俺の家族の一員ということだ。

「…栗丸なりに寂しいと思ったんですね。」
「どの種族も家族の存在は大きいろうからな。」
「アタシも実の親は結構早く死んだから気持ちは分かるよ。幸い、海賊連中皆家族、みたいなとこだったから楽しく過ごしてたけどさ。」
「……。」

アドゥガンだけは黙って小さく頷いている。彼も親は亡くなっているから気持ちがわかるらしい。俺もそうだな。俺にとって信用できる人の筆頭だった両親は死んでるし、兄貴とは長く生き別れてたから孤独がどれ程辛いか理解してるつもりだ。雷刃は両親ともに存命だが、長く東方には帰って居ないから寂しくなることありますよもちろん、と話して居た。

「てかアタシ達も栗ちゃんの家族で良いのかい?」
「嫌だったか?」

旦那のとこの子、って意識でいたんだけど、というロットゲイムに冗談交じりに言う。途端に彼女が困った顔をした。隣にいるアドゥガンが似たような顔をするのが面白い。多分、ロットゲイムと同じことを考えたんだろうな。自分も栗丸の家族でいて良いのか?と。それでいて、俺の冗談に困惑もしたようだ。

「嫌じゃないよ!全く旦那のそう言うところは意地が悪いよねぇ。」
「冗談なのは通じてるろう。」
「解ってるけどタチの悪い冗談なの自覚しておくれよ?全く。」

栗丸を連れ込んだその日に、真っ先にこの子は可愛い、と目をキラキラさせたのはロットゲイムだ。小さな子供である、と理解したあたりからすっかり世話をする気で居ただろう。彼女は庇護せねばならない、と判断した存在を本当に大事に扱うからな。それに加えて、可愛いものが好きらしい。本人は恥ずかしいから内緒のつもりらしいが少なくとも俺たちには周知の事実だ。常日頃の礼や誕生日祝いなんかに可愛らしい品物を贈るのがすでに恒例と化している。時々、彼女が以前勤めていた商家のお嬢さんから贈り物が届くんだが…その中身ももれなく可愛いものだ。ヒナチョコボのぬいぐるみだったり、かわいらしい花の模様のスカーフだったり。ロットゲイムが世話になっているから、と俺達にもあれこれ送ってきてくれるが、俺達のは食い物だったり酒だったりと男たちが好みそうな物を選んでくれている。気の利くお嬢さんだ。その贈り物が全部まとめて同じ箱に入ってるもんだから、届いたら全員が中身を見ることになる。俺達にロットゲイムの可愛いもの好きが筒抜けなのはそのせいだ。

「まぁ冗談はさておき、コイツの家族ではあってほしいな。」
「まったく。アタシも栗ちゃんの家族だよ。」
「…態度がよそよそしく見えるかもしれませんが俺で良ければ俺も家族ですよ。」

こういう喋り方と態度なんで、なんか淡白にとられがちなんですけどね、と雷刃が苦笑している。確かに彼はこざっぱりしている方だな。アドゥガンだけは黙って居たが、俺の膝にいる栗丸に近寄ると頭を撫でながら頷いて見せていた。三人の反応を見て、栗丸が一度ぴょこんと跳ねる。どうやら嬉しいらしい。

「良かったな。」
「!」
「俺のパートナーのレンと、兄貴の劉も家族だと思っていいぞ。近いうちに紹介できるはずだ。」

楽しみ、と栗丸が返事をする。俺にしか理解できない返事ではあるが。多分、兄貴も栗丸とは会話ができるだろう。兄貴も超える力を持ってるから。

昼食の時間になって、雷刃とアドゥガンで人数分の食事を使ってくれる。昼飯は俺が作ることも多いが、雷刃も割と作りたがるので今日は任せた。朝は大概、東方の食事だが昼はエオルゼアの食事の事が多い。奥様の分と、兄上の分も念のために作っておきます、と話していたから今日は沢山だな。ロットゲイムはテーブルを片したり、これから使うだろう食器を並べてくれている。彼女とアドゥガンは雑貨屋とよろず屋なのだな気がつくと使用人の雷刃と同じように手伝いをしてくれている。俺はといえば、下からちゃぶ台を運び込んで、リビングへ持ち込んでからそれを拭いてロットゲイムの食器出しを手伝った。その間、栗丸は部屋の隅っこでちゃんと待っていてくれた。今度、こういう時に入り込めるカゴかクッションか用意しておこう。その方が栗丸を蹴っ飛ばさずに済むし、こいつも少しは落ち着いて待ってられるだろう。食事の支度をしている最中、外から足音がした後に玄関がノックされたのが聞こえた。…足音からするとレンか。玄関を開けると、予想した通りレンが立っていた。

「ただいまー。」
「おかえり。今、雷刃達が飯の支度をしてるぞ。」
「あ、ホント?急いで着替えて来ちゃうわ。」

中に入る前に埃を落としてから、彼女が入ってくる。居間にいたロットゲイムに挨拶をしながらすぐに地下に行く。雷刃とアドゥガンに挨拶するのも聞こえたが、風呂場に行って軽く身支度をしてから戻ってくるはずだ。部屋の隅っこにいた栗丸が、彼女の動きをソワソワ目で追っていたが、追いかける事自体は我慢したようだ。住人たちがバタバタしているから動くのをやめたらしい。踏まれそうだからそれが正解だな。しばらくして、レンが身支度を整えて戻ってくる。採集をするための作業服を脱いで、普段着に変えて化粧もし直していた。もちろん、採集道具もしまってきていて手ぶらだ。

「サッパリした。そんで噂のおチビちゃんは?」
「栗丸。」

隅っこでソワソワしている栗丸を呼ぶと、待ってましたと言わんばかりにぴょんぴょんと走り寄ってきた。風呂場まで追いかけるのをきちんと我慢できたのはエライな。まん丸のヘンテコな生き物を確かめて、んふ、とレンが笑うのがわかる。俺には良く判らないが、どうも栗丸はカワイイという区分に入るらしい。…可愛いのだろうかこれは。

「かわいいじゃんー。初めまして〜って私の言葉は分かんないかな。」
「分からんかもしれんが雰囲気は伝わるみたいだから色々話しかけると良いぞ。」
「そっか、じゃ、初めましてね。私はレンって名前よー。」
「!!」

レンの自己紹介を聞いて、栗丸が一度ぴょん、と跳ねる。跳ねてから少し胸を張る仕草をした。…胸なのか腹なのか分からんけどな、正直。

「…栗丸は旦那からお名前もらって栗丸。だそうだ。」
「刹のこと旦那呼びなんだ。」
「ロットゲイムがそう呼ぶからそれで覚えたらしいな。」
「結構賢いんじゃないのこの子。」

よろしくねー、とレンが栗丸の頭を撫でてやる。満更でもなさそうに栗丸が一度目を細めた。人間に囲まれ始めて2日ですでにこの愛想の良さはコイツの才能かもしれない。おかげで誰しもが栗丸に親近感を覚えてるように見える。その方が栗丸にも俺たちにも過ごしやすい空気にはなるから良いことではあるな。

「お食事できましたよ。」

雷刃とアドゥガンが手分けして食事を運んできてくれる。ロットゲイムと俺、レンで受け取ってテーブルの上へ適当に並べた。昼飯はどうやらエッグサンドらしい。リムサ・ロミンサにある高級レストランであるビスマルクで出される名物のエッグサンドに似ているが、雷刃が言うに、素材はもっと安上がりなんでアレとは違いますよ、だそうだ。どっちにしても美味いからなんでもいい。本来ならアプカルという飛べない鳥の卵を使うがこれは鶏卵で、味付けの塩も高い岩塩ではなくお手軽なやつを使ったらしい。上等な素材ってのはそれだけで高いしな。それと一緒に飲めるようにルビートマトやクルザスカロットや、ミッドランドキャベツを刻んで塩漬け肉と煮たスープ。あとは剥いたラノシアオレンジとフェアリーアップル。ラノシアオレンジはロットゲイムが好んで仕入れてくるから、だいたい常備されてるな…。

「…。」

アドゥガンが無言のまま、テーブルから少し離れた場所に小さなランチマットを敷く。栗丸用のやつだ。それから、俺の足元にいた栗丸の方を見て手招きをする。一応、栗丸はそれが見えていたらしい。すぐにアドゥガンの足元に跳ねていく。それを確かめてから、アドゥガンがランチマットの上に栗丸の食事と水を置いてやった。それから、優しく頭を撫でる。栗丸がアドゥガンを見上げて一度、ピョンと跳ねた。ごはんありがと、と言っているらしい。伝わったかどうかは分からないが、アドゥガンは頷く仕草をして自分の食事の置かれた席にもどった。

それぞれ、頂きますをして食べ始める。俺だけ飯を口にし始める前に短い祈りをする習慣があるから、俺はそれをする。故郷を出てから、祈らずにいられなくなった。信仰する神も居ないし、宗教もないが。

「んー、相変わらず雷刃も料理うまいよねー美味しい。」
「ありがとうございます奥様。」
「奥様はやっぱなれないけどー。」

雷刃はレンを奥様、と呼ぶのだが、レンは恥ずかしがる。雇い主である刹さんの奥さんだから、奥様ですよ?と雷刃が譲らないので結局そのままだ。何度かレンも、『レンで良いのに刹の事も刹さんって呼ぶじゃん。』と主張したのだが。何かしらの拘りが雷刃にあるらしくて、奥様から変わる気配がない。見ている俺にもなんの拘りなのかさっぱり分からないが。全員であれこれと話しながらそれぞれのペースで食べる。アドゥガンだけは無言ではあるが、仕事中と違う穏やかな表情をしているから彼なりに会話に参加しているはずだ。彼は定位置のカウンター奥にいるときは無表情なのだ。

少しだけ離れたところで先に食べていた栗丸が、どうやら食べ終えたらしい。俺のほうを見て寄って来ようとしたのが見えたので、急いで立ち上がって捕まえた。食べカスが結構体についているからこのまま飛び跳ねたら床に落として回るハメになる。ランチマットの上に立たせておいて、手縫いで食べカスを落としてやる。ちょっとばかり、メンドくさそうな顔をしたが俺の意図は分かるらしくてじっとしていてくれた。綺麗にしてから、食事に使った器を一時的にカウンターに置かせてもらってランチマットに落ちた食べカスを屑かごに払い落とす。ランチマットの汚れている面を内側にして軽く畳むと、器の隣に置いておいた。
さっきまで座っていた席に戻ると栗丸も着いてくる。足元で何を考えているのか鼻歌を歌っているらしい。もっともコイツの鼻歌が聞こえてるのは俺だけなんだが。とりあえず、食べきっていないエッグサンドを食べる。レンの言う通り、雷刃が作るものは美味しい。

全員が食べ終わると、当然のような顔で雷刃が片づけをし始める。相変わらず手伝おうとすると丁重に断られてしまった。とりあえず、使った食器を炊事場に運ぶくらいはやらせろとそれだけ、手伝う。それから、食後のお茶の支度は俺がした。いくら使用人としてここにいるとはいえ、雷刃に何でも任せるのは気持ちが悪い。雷刃には遠慮は要らないので任せてくださって良いのに、と言われるのだが…遠慮をしてるつもりは無い。遠慮するならそれこそ使用人なんぞ雇わないぞ俺は。気がつけば今度はロットゲイムが雷刃の食器洗いを手伝ってるらしい。彼女はよろず屋のはずなんだが…まぁいいか。家で働いてくれている三人は、来た時期もバラバラだし全員が初対面だったのだが、随分と仲が良い三人になっている。元用心棒に謎の無口な男に元海賊、とそこだけ並べるとなんとも珍妙な連中だ。それの雇い主の俺は冒険者で裏の仕事もして、レンも同じような感じだし…つい昨日、謎の生物まで加わったわけだ。だいぶ賑やかになった。最初はそれこそ俺1人だったのにな。

「栗丸抱っこしても良い?」

レンが俺の足元をウロウロしている栗丸に問いかけている。様子を見ていると、栗丸が抱っこってなんだ?と俺を見上げて来た。

「…とりあえず抱っこされてみると良いぞ。」
「?」

レンにそっと抱えてやってくれ、と伝えてから、抱き上げてもらう。栗丸の方は少しびっくりしたようだが抱っこがなんなのか、なんと無く分かったようだ。レンが少しだけきゅっと胸元で栗丸を抱きしめてから、膝の上に載せ直した。そのまま頭を撫でたりお腹を撫でたりしている。

「抱っこするのにサイズもぴったりだし最高にふわふわだわ栗丸。」

あちこち撫で回されているがどうやら、栗丸は撫でられるのは好きらしくされるがままになっている。多分、嫌ならそれなりに主張するだろう。

「それにしてもこの子を宝箱に誰が詰めたんだろうねー。」
「詰める意味が分からんからな。」
「密漁かなんかみたいので宝箱に隠しといて暫くしてから回収して売るつもりーとかだったとしても回収前に死んじゃうだろうしね。意味不明だわ。」

そもそもパイッサは多分、人間には密漁されないだろう。毛皮を使うとも聞いたことが無いし、肉を食うとも聞かないし骨を利用するとも聞いたことが無い。人間にとっては有益な物資として見られてないって事だ。幸いだな。食料も物資も不足がちな雲海で有益な獣と判断されたらもっと狩られてるだろう。アバラシア雲海に住んでるバヌバヌ族ならたまにパイッサを捕まえるが…。太ったフクロウのような獣人のバヌバヌ族は育てたパイッサを戦わせる闘パイッサなる物を執り行うらしくて、それ用の生きのいいパイッサを捕まえて欲しい、と頼まれて捕まえたことは俺もある。とはいえ、聞いた話だと闘パイッサは向き合わせたパイッサ同士が殆ど動かない上、勝敗を決する要素が複雑過ぎて見てもよく分からないらしい。一度お目にかかって見たいものだが…聞いてるだけだと娯楽のように聞こえるんだが実の所、神聖な儀式の類だそうで見るのは難しいんだろうな。話が逸れたが…色々考えて見ても、このちっこいパイッサの子供を箱に放り込む理由がやはり思いつかない。思いつく訳もないんだがな、俺達がコイツを箱に詰めた本人じゃないし。

「栗丸、良かったね〜刹が見かけによらずお人好しで。オヤツにされたかもしれないわよ。」
「!?」

オヤツにされたかも、の部分はなんとなく理解出来たのか、栗丸がびっくりして俺の顔をみている。素直だなコイツは。

「不味そうだ。」
「…!?」

冗談交じりにそう言うと、栗丸が酷い!と思ったのち、でも喰われたくないからいいか?と考えているのが伝わってくる。この辺の切り替えの早さもこいつの強みだろうな…。

「パイッサ料理して食べるって話聞かないもんね。」
「捕食者を考えると…エンディミオンやらズーなら食うかもしれないな。バヌバヌ族の子供も襲うらしいし。」

雲海には大型の渡り鳥が飛来するそうで、その中に湾曲した角だか牙だかを持つ真っ黒なエンディミオンと呼ばれる鳥と、長い首と巨大な身体をした怪鳥ズーが巣を作っている。どちらも馬鹿でかい身体で、俺達アウラの男すら嘴や脚で掴めそうな連中だ。そんな連中なら、多分、成体のパイッサも獲るだろう。幼生体は食うには物足りないだろうが何も喰わないよりは喰えたほうがいいし、大人を仕留めるよりラクなはずだ。バヌバヌ族の話によれば、年の若い子供のバヌバヌ族がそいつらに襲われて喰われる事はあるそうだし、バヌバヌ族よりちょっと小ぶりな成体パイッサも喰うだろう。道具や魔法を使わないパイッサを襲う方がラクなんじゃないか?

「真面目にそう考えても、まさかその鳥が宝箱に栗丸を放り込む訳ないもんねぇ…。」
「巣穴にするには小さすぎるからなチェスト。ギルやら上等な布地も詰めてあったし、解読した地図通りの場所にあった箱だから人間の仕業だろうな。」
「だよねー。」

何があったのか分かんないけど、災難だったわねえ、とレンが栗丸の腹回りをフニフニとかるく揉んでいる。少しばかり抗議するように栗丸が前足をパタパタしたのが見えた。撫でられるのは良いがフニフニされるのは嫌いのようだ。腕をパタパタしているのに気がついたレンが、嫌だった?ごめんごめん、と謝って手を止めた。

「摘まれるのは嫌なのね。」
「撫でられるのは好きらしい。」
「でも、摘みたいボディしてるわよね栗丸。」
「摘みたいな。」

夫婦揃って栗丸の腹のあたりは摘みたい、と話していると、定位置で黙っていたアドゥガンがそっと近寄ってきた。なんだ?と思っているとひょいっとレンの抱えている栗丸の腹のあたりを摘む。顔がちょっと楽しそうな顔になった。その上でちょっと引っ張ってから手を離す。なるほど…と言いたげに、満足そうに頷いてもう一回摘む。栗丸がやめてーと腕をパタパタしたが御構い無しだ。少しして手を離すと、そうっと栗丸の頭を撫でてから定位置へ戻った。一連の動作に本当に一切の言葉を発さないから、彼は面白いな。

「…。」

俺とレンの顔を順番に見ながら、頷いて見せてくる。彼にとっても栗丸の腹のあたりを摘むのは面白かったらしい。

「アドゥガン的にも摘みたいボディなわけね栗丸。」
「無言実行が極まってるな。確かめて見たかったのか。」

ゆっくり、アドゥガンが頷く。俺たち夫婦が摘みたいボディとはどんなモノだ?と気になったから実行して確かめたと。思い立ったが吉日、と言わんばかりの行動だ。彼は時々こんな具合に思いがけない行動をとるから面白い。思いがけず摘まれた栗丸の方は、うんざり、といった気持ちになっていた。が、レンが可愛いだの、手触りがいいだの、と撫でているうちに、まぁいいか、と機嫌を直していた。単純なやつだ。可愛い、はコイツにとって褒め言葉に当たるんだな?中には可愛いと言われるのはイヤという奴もいるんだが…可愛いよりカッコイイが良い、という話は時々聞くが…栗丸は可愛い、も嬉しいらしい。

「…拾われて2日目よね?人馴れするの早く無いこの子。」
「俺もそう思う。まぁ、おかげで人間側も馴染んでいくのが早いみたいで悪くは無いけどな。」

私としてもこのふわふわを撫で回せるのは嬉しいから良いけど、栗丸は愛想のいい子ね、とレンが言う。もしかして、俺が超える力持ちで簡単に栗丸と意思疎通が出来るから、というのも大きいのかもしれない。会話が成立する、というのはやはり楽しいものだ。

昼食の片付けを終えて、雷刃とロットゲイムが戻ってくる。湯を沸かした小さめのケトルを持ってきてくれたので、お茶のおかわりを淹れる。東方茶はやはり美味しい。食後の一息の時間は不思議と空気がゆっくりな感覚になる。晩御飯は何にしようか、と雷刃が無意識に口にしたのを聞いて、ロットゲイムとアドゥガン、レンの4人であれこれと話を始めるのを、黙って見ておく。1人で暮らしていた時俺もそうだったが、毎日の飯を何にするか?というのは結構悩みのタネだ。腹は減るが支度するのは面倒くさい。そのうえで一人だけだと雑なのでもいいか、と質を度外視して腹に溜まりそうな飯を続けて食べてしまう。もちろん、ある程度の栄養を摂ったほうがいいから、質は多少確保したほうが良いと頭ではわかってるんだが。

栗丸はレンに沢山撫でられて満足したのか、彼女の膝から自発的に降りるとぴょんぴょん、部屋の中をウロウロし始める。ごく小さな音なのだが、こいつも足音を立てるからそれを確かめておいて居場所は把握しておく。…俺にしたらちょっとした訓練だな。ふと、栗丸が玄関の前で座り込んでドアを見つめている。どうしたのかと思ったら、俺にもドアの向こうの足音が聞こえて来た。…兄貴の足音か。近いうちに栗丸を見にくる、と話してたが。トントン、とノックの音がしたのを聞いて、雷刃が立ち上がりながら俺を見た。

「兄貴だ。」
「なるほど。」

俺が足音で誰が来たのかを判別出来るから、俺がいるとき、雷刃は誰が来たかを確認してドアを開けにいく。彼なりに心の準備があるらしく、誰が来たのか分かっていると迎え入れやすい、と話していた。時折、気の知れた奴が来た時にイタズラを仕掛けることもある。イタズラを仕掛ける使用人とはどう言うことだと思わんでもない。普通なら怒られそうな振る舞いだが、俺の友人達はどういうわけか怒る気にはならないようだ。苦笑いした後にちょっとだけ小言を言う奴がいたり、悪戯に驚いたのちに仕掛けてきたのが雷刃と解ると爆笑して面白がる奴がいたり。本気で怒るやつは今のところ見たことが無いな。だからこそ雷刃お悪戯するのかもしれないが…。雷刃がゆっくりドアを開けると、玄関先にはやはり兄貴が立っていた。

「こんにちは雷刃。お邪魔するよ。」
「お帰りなさいませ劉さん。」
「…いや、俺は…」
「ここは家で良いって言ってるだろ兄貴。」

思わず苦笑しながら割り込んでしまう。ここは名目上、俺の家だし俺と夫婦のレンと暮らしてる場所になるが…雷刃達3人も寝泊まりするし、兄貴の寝るスペースもあるから家として扱ってくれ、と話しているのに遠慮してるらしい。主に、俺とレン夫婦の邪魔になるから、というのが理由のようなのだが…。俺やレンにとって兄貴が邪魔だったら、3人も他人を寝泊まりさせてないと思うんだが。そこらへんには考えが至らないらしい。真面目なのは良いんだが…なんというかちょっと抜けてるよな兄貴。

「…そうは言ってもな…。」
「劉さん。赤の他人の俺達が平然と暮らしてるんで肉親の方はそれこそ遠慮は要らないかと。」
「…そう言われればそうではあるんだけど。…とりあえず、ただいまに言い換えておくよ。」

苦笑いを浮かべながら、兄貴が挨拶を訂正する。俺より5歳上になる人なんだが…しっかり者で真面目なのは良いが融通を効かせるのが下手な気がする。まぁ、こう言うとお前が融通を効かせすぎるんだと言われちまうんだが。

「…もしかしてこの子が?」

足元で兄貴を見上げている栗丸に気がついて、兄貴が視線を落としながら聞いてくる。栗丸は《なんで旦那の足音がしたのに旦那じゃない人が入って来た?でも旦那座ってるからおかしいな。》と考えているのが解る。どうやら、俺の足音と兄貴の足音は栗丸にとって似た音らしい。最も、2人ともが忍びだから、足音を立てない事も多い。普段は友人達や他人を驚かせないようにそれなりに立てるようにするが、《仕事中》や冒険で危険な場所に武装して行くときは足音を立てない。気配を絶つクセがついていると、どうしてもそういう動きをしてしまう。忍びは忍んでおくものだ。基本的には。…まぁ俺も兄貴も図体がでかすぎてきちんと気配を絶つようにしておかないと姿かたちが全然忍べてない事になるから、というのもあるが。

「ああ。兄貴の足音が俺のに似てて気になってドアの前で待ってたらしい。」
「…あぁ、《この声》はこの子のか。」

やはり兄貴にも、栗丸の言葉がわかるらしい。幼少からこの力のあった俺とは別で、兄貴はエオルゼアに渡って来てから超える力を発現したらしい。十数年振りに再会したとき、実はお前が持ってる力が俺にも出て来た、と打ち明けられて驚いたものだ。お前はこんなややこしいモノを抱えてたんだな、とも。確かにややこしい。コントロールのできない部分が多すぎるのだ。もしかしたら、コントロールする方法もあるのかも知れないが…少なくとも俺たちは知らない。

「…ええと、俺は劉。刹の兄だ。」

ごくストレートに、兄貴が栗丸に自己紹介する。栗丸がちょっと考えた後に、俺を見上げて、それからもう一度兄貴を見上げる。

「…??」
「旦那と似てる…?旦那って刹のことか?俺と刹は兄弟だからな。いくらか似てると思うよ。」
「…!」
「解った。栗丸、な。よろしく栗丸。」

よろしくします、と栗丸がややヘンテコな表現で答えて胸を張るのがわかる。兄貴がどこか慎重に、そうっと栗丸の頭を撫でた。

「…どんな姿なのかと思ったら思いの外小さいな。パイッサの子供なんだろう?…てっきり、雲海を歩いてるあの見た目で少し小さめなのかと…。」
「…それ、宝箱に入らないな。」
「…??宝箱…?」

そういえば、兄貴には栗丸をどこからどう拾ったのかを説明してない。リンクパールで連絡したのが夜分で、兄貴がすでに眠そうだったから端折ったんだったな。ここ二日で何度か説明した、栗丸をどう見つけて連れて来たのか、改めて兄貴にも説明する。雷刃に勧められた椅子に腰掛けて、神妙な顔で一通り聞いた兄貴が、足元に着いてきていた栗丸を見る。

「……何があったんだろう。」
「聞いてみたが栗丸としてもよく分からんらしい。」
「…全く意味が分からないけど、刹達が見つけた宝箱でよかった…のかな。出ないと今頃まだ、雪の下の宝箱の中で死んでいたかも。」

確かに、よく中で生きてるうちに掘り出せたな宝箱。俺が薬草集めてる時に草刈り用のサイズに引っかかって地面からすっぽ抜けた地図…見てくれは古ぼけてるように見えたがあそこに隠されたのが最近だったのかも知れない。でなきゃ死んでるよな栗丸。

「あ、劉さん。お昼の食事はなさいましたか?」
「…あぁ、お昼はまだ。」
「では支度してあるんで持ってまいりますね。」
「ありがとう。」

雷刃が念のために作っておいてよかった、とエッグサンドを取りに行く。傷まないように水のクリスタルか氷のクリスタルかで保管しておいたんだろう。ちょっと冷たいですが、と。スープは鍋に入れたままにしておいたから、とすぐに温め直してそれも運んでくる。全くもって働き者だ。

「俺達はみんな済んでるから気にせず食べてくれ。…栗丸はこっちな。」

兄貴がエッグサンドを手にするのをじっと見ていた栗丸を呼ぶ。人が何か食べているとすぐに気にし始めるのは食いしん坊だからだろうか。それでも俺に呼ばれたと判ると素直に飛び跳ねてきた。その様子を見て、兄貴がどこか面白そうに笑う。

「…どうやって歩くのかなと思ったら跳ね回って動くのか。」
「かなりの高さ跳ねるぞ。テーブルにも飛び乗れるくらいは。」
「そんなに?小さい体なのに凄いな。」

俺達にとっては普通な高さのテーブルも、栗丸からしたら結構な高さだろう。だが、こいつはぴょん、で乗っかってしまう。椅子があるからそれを踏み台にする事もあるが、一気にテーブルに乗るのを何度か見た。俺の足元に来て、みんなの顔が見えない、と言うのでハンカチをテーブルに広げてここなら良いぞ、と言ってやる。途端に、ぴょんと見事にテーブルに乗ってみせた。ちょうど実演になったな。兄貴がびっくりしているのも分かる。テーブルを囲って座っている俺達をぐるっと眺めた後に、俺と兄貴を交互に見ていた。兄弟で雰囲気や顔立ちが似ているのが栗丸には気になる事らしい。

「…?」
「間違えそう?すぐ分かるようになるぞ。肌の色とかだいぶ違うからな俺と兄貴。」
「栗丸から見ても劉兄と刹は似て見えてるのねー。」

レンがお茶を飲みつつ、栗丸の様子を見ながら、面白そうに口にする。彼女は兄貴を劉にいと呼ぶ。初めは聞きなれなくて恥ずかしい、と照れていた兄貴だが、今では慣れたようで特に何も言わなくなった。兄貴と再会したあと、俺のパートナーである彼女も兄貴に紹介したのだが…確かにあの時、レンは俺達兄弟を似てると言っていた。俺達としては、あんまり実感がない。角の形や顔の鱗の位置はだいたい同じだが…。少なくとも兄貴のほうが優しい顔をしていると俺は思う。性質的にも、兄貴の方が優しい人だろう。俺は自分が第一だが、兄貴は周りにもかなり気を配る人だ。兄貴は年相応の大人で、俺は中身が子供のオッサンだと自分でも思う。

「俺と兄貴で間違うようだと、ガーティアの双子で大混乱するな栗丸。」
「あぁ…彼らは本当にソックリだものな…。」

俺達の冒険者仲間に、双子の兄弟が居る。見た目だけならばひどくソックリな人たちだ。本人達もそれを分かって居るから、お互い違う色のメッシュを髪に入れている。最も、姿形はそっくりなものの、兄の方は表情があまり無く酷く落ち着いた人で、弟の方は常に明るい顔で賑やか、と態度で区別がつく。それでも、2人ともが同時に黙り込んで真顔になると流石に分かりづらい。そんな時は、メッシュの色か瞳の色で見分ける事になる。顔をジロジロ見るより、髪を見た方が多分早い。なんせ彼らは顔が怖いからジロジロ見るのは結構度胸が居る。俺と兄貴も人のことは言えない顔だが…。アウラ族の男たちはどうも、威圧的な顔になりやすいらしい。ずっと俺と兄貴を見比べていた栗丸が、考え込みながら俺を見上げてくる。栗丸にとっては考え込むほど似て感じるのか?

「…?」
「顔に何も着いてないのが兄さん?あながち間違ってないが兄貴も眼鏡したりはするし、俺が眼鏡外す事もあるぞ。」
「…!」
「どっちかにしろ?お前、無茶苦茶な事いうな。」

俺と栗丸のやり取りを聞いていて、ロットゲイムや雷刃、レンが噴き出すのがわかる。兄貴とアドゥガンは苦笑いだ。雷刃たちに理解できるように、栗丸の発言は念のために俺が復唱しているから伝わっているだろう。俺は確かに普段からシェイデッドグラスや眼帯を使う事が多いが、何もつけない事だってある。天気の悪い日なんかは、シェイデッドグラスは要らないな、と外して出歩いたりもするな。主に光を防ぐためにつけて居るから。生まれつきあまり目が良くないんだが、故郷にいた薬師に、強い光は失明する可能性があるから見ぬようにと言われたのでそれを守ってる。兄貴は視力に問題はないが、服装に合うかもと思って、と伊達で眼鏡をつけたりする人だ。最近は本を読むときは眼鏡を使う事が増えた、とも言ってた。そっちは伊達じゃない、視力を補うための眼鏡だな。…見た目はそれなりに若いが兄貴も一応オッサンだもんな。

「…そんなに似てるかな。」
「劉兄さんのが健康そうだな、とアタシは思ったねぇ。」
「私もロットゲイムと同じ感想だった。刹、色白だよね。」

ロットゲイムとレンが俺の顔を見つつ、お互いの意見に同意して頷いて居る。アドゥガンも同じらしくて静かに頷いていた。俺の方が肌色が白いのは確かだな…。あまり交流の無い人物に、具合でも悪いのか?と聞かれたことがあるのは1度や2度じゃない。もっとも青い肌や黒檀がごとき肌の人もいるから…俺の顔色を見て具合でも悪いか?と気にするのはいわゆる肌色や褐色肌の多いヒューラン達な気がする。ほかの種族は灰色や緑を帯びた肌の奴もいるからそこまで気にされたことがない。兄貴は…肌は浅黒いだろうか。俺に比べたら確かに、兄貴のほうが健康そうではある。別に俺が不健康なわけではないと思うが…。目が光に弱い事なんかを考えると体質で卵が食えない、とかそういうのがある人が居るらしいが、それに近いんじゃ無いだろうか。

「…基本、健康だろうけど刹は太陽光には弱いからその点は不健康…とも言えるのかな。肌を晒すと火傷みたいになるんだろ?」
「強い日差しに晒すとな。だから肌を出さんようにしてる訳だが。」
「生まれた時から目が悪かったし、多分肌が陽光を嫌うのも似た要因から来てるんだろうな。その点では不健康というか、弱いとは言えるのかもしれない。」

俺が生まれた時から側にいる兄貴が、昔を思い出す顔で考えながら口にする。確かに、目も強い光に弱いしその上で肌も陽光を嫌うのだからなにか関係は有るんだろう。兄貴やレン達は陽を浴びても日焼けするだけで済むんだし。雷刃やアドゥガン、ロットゲイムも肌は白い方だが日に弱いとは聞かない。それこそロットゲイムは海賊で船の上にいた頃は陽を相当浴びていたはずだが困った事があったとは聞いた事が無いし。船の上…海原を航海中の船と言うのは遮るものが本当にないから甲板に居ると日焼け放題なのだ。雨風の時は暴風雨に巻き込まれ放題だが。…栗丸は多分、太陽光は平気だな。日向ぼっこさせたら良い感じにホカホカな毛玉になりそうだ。今度一緒に日向ぼっこして抱えてみるか。気持ちよさそうだ。

「…そういえば栗丸はなに食べるんだ?」
「!」
「エーコンのお団子?作ってもらうのか?」
「!!」

そうなのか、とエッグサンドを食べながら兄貴が納得している。自分が食事中だからふと、栗丸は何を食べるのか気になったらしい。補足として、エーコン以外にチェスナットやウォルナットなんかも使って小麦と混ぜて団子にしてる、と説明する。穀物団子なわけか、と兄貴が頷いた。

「…パイッサはそういうもの食べてたんだな。」
「らしい。」

俺もコイツを拾った時に同席してた召喚士に聞いて初めて知った。あの時の彼女が手早く知っている限りのパイッサの生態をメモして渡してくれたのが効いている。あれがなかったら、今ごろなにを喰わせたらいいか分からなくて餓死させてたかもしれない。長時間空腹ってのは辛いもんだから、食うモノが分かっていたのは大きい。もっとも、細かく分かっていたと言うより、穀物類なら食べてるはず、くらいのざっくり具合だったがそれでも何とかなったしな。これは食べないとか食べたくない、とも伝えてこないし、腹を壊してる様子もないから多分あの食い物で問題ないんだろう。俺達が食べる物にも当然、興味を示すがモノによっては毒になりかねないからあまり食べさせないようにはしている。犬猫によくあるオニオン中毒とか、パイッサも起こり得るかもしれないしな。人間はオニオン…いわゆる玉ねぎを消化できるが他の動物はあまりうまいこと消化できないんだそうだ。結果的に食わせると体に毒になって体調を崩す。最悪は死ぬという訳だ。なるべく元気な状態にしといてやりたい。なにせ、パイッサを診れる医者なんてのは多分居ないだろう。…闘パイッサをするバヌバヌ族ならもしかしたら多少診れるかもしれないが…今度訪ねて聞いてみるか。

少しして兄貴が食事を終える。ご馳走様でしたと挨拶する兄貴を見て、雷刃が品良くお辞儀をすると失礼致します、と食器を下げていく。いつも手早いな、と兄貴が苦笑している。兄貴も俺と同じで、片付けくらいするんだけどな、と常々思うらしい。実際、片そうとした事もあるのだが、雷刃が当然のように俺がやりますからと流れるように掻っ攫っていく。あまりに滑らかな横取りで、あれを初めてやられた兄貴は暫く、ポカンとして棒立ちしていたっけな。何をされた?と。面白かったなアレ。俺からは一応、相手に声をかけてもうちょっとゆっくりめに回収してくれと雷刃に頼んでおいたが。俺は慣れてるから良いが、そうじゃ無い人は驚く速度だからな。下手するとびっくりして皿を落とす羽目になる。そうなったら大変なのは片付けをする雷刃だからな。ロットゲイムが茶を淹れてくれて、礼を言いながら兄貴が東方茶を受取る。…一応、栗丸にとっても家族扱いになりそうな連中が集合出来てるか?6人ほど集まってるがさすがにちょっとリビングが窮屈に感じるな。この家はそんなに大きい家ではないし。そのうち、よく顔を合わせる冒険仲間たちや俺が世話になってるマスターたちにも対面させてやらないとならないな。レグルスにはもう対面してるが…。ほかにも友人たちはいるわけだし。彼らとも頻繁に会うから、栗丸が怖がらないように慣れてもらうほうがいいだろう。テーブルに敷いたハンカチの上で、機嫌良さそうにその場にいる連中を眺めている栗丸を見つつ考える。


ともあれその日が、栗丸にとっての家族が全員集合した日になった。コイツにとっても俺にとっても、たくさんの出来事がこれから先待っているわけだが…それがどんなものかまで、今の俺達は分からない。いいことも悪いこともあるはずだが、ちょっとでも栗丸にとって楽しいと思えることが多いと良いな。なんとなしに、頭を撫でてやるとスン、と機嫌の良さそうな鼻息が聞こえてきた。全く面白い生き物だな。

その日は夜まで、集まった《栗丸の家族たち》で話ながら過ごした。…感謝しないといけないな、思いがけず連れ込んだこの生き物を、家族と言ってくれる彼らに。

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