がかりちゃんの傘_月影銘入り

刹と栗丸番外編:友達と一緒に!《紅蓮》

シロガネの自宅の窓から赤とオレンジの混じり合った光が差し込んでくる。本当なら俺の目のために陽光は遮ってしまう方が良いがこの色の光があまりに鮮烈で綺麗なんで何箇所か大きめの窓を設えてあった。あまり視力の良くない俺でも理解できるほどの赤とオレンジの光。最もこの色の光が差し込んでくる時間はあまり長くはない。少しすれば日は差し込まなくなる。夕暮れ時。夕焼けの時間帯と言うのは短い。はっきりと見えてはいないものの、元々夕日が好きで。故郷は森の中だったから夕日を眺めるには少し村を離れていないと駄目だったがここではその必要は無い。

そもそもシロガネに引っ越す決心をしたのも、ここの夕日があまりに綺麗だったからだ。隣り合ってる港町クガネや、そこから出ていける紅玉海でもこんな感じの強烈な夕日を拝めるが、自宅にいながら眺められるのがここの最高なところだ。引っ越してきて良かったと思う。天気がいい時は眩しいから気をつけないとならないが。ぼんやり眺めているうちに、次第に鮮烈な赤とオレンジは紫や青を帯び初めて暗くなっていく。やっぱり短いな……もっと見てたいんだが。俺の家は砂浜の側にあるから、太陽が水平線に沈んでいくのも拝めて、沈んでいく太陽が海に溶けるように波間に円形の光が広がって歪むのも見えるし、赤かった空が青黒くなっていくにつれ、海と一体化するようになっていくのも見える。その時間帯に自宅に居た時はひとしきり眺めるのが俺の習慣だ。居ない時も多いが。なんせ冒険者には朝昼晩など関係が無いから夜中に走り回ってる事も多々ある。……そうでなくても俺は《本業》で夜中に動いてる事が多いしな。

すっかり日の沈んだ外を確かめて、椅子から立ち上がる。さて。夕飯を作ろうかと二階の書斎から一階のリビングへ行く。どうやら雷刃が既に地下の炊事場に居るらしい。普段は一階に控えているはずが見当たらない。それと同時に同じようにリビングにいるはずのロットゲイムとアドゥガンも見当たらない。……部屋で休んでるのかもしれない。三人とも住み込んで働いてくれてるから、彼らの寝室が一階にある。休憩したい時や夜はそこにいるから……そっちかもしれないがこの時間だとあんまり行かないはずだな。とりあえず地下へ行くと案の定、雷刃が食事の支度をし始めている。声をかけて一緒に作ることにした。彼が既に米は炊けてると言うから何かおかずだな。二人で相談しながら作っていると、さっき姿の見えなかったロットゲイムが階段を駆け下りてくる。普段は歩いてくるのにどうしたんだ。物音の感じから慌ててる様子だが……。

「あっ、旦那、栗ちゃん見当たらないんだけど?」
「……。そう言えば俺について来てないな。」
「夕日一緒に見てんのかなと思ってたけどそうじゃなかったんだね。アドゥガンと探して見たんだけど居なくてさ。二階も今見て来たけど……。」
「……居なかったと。……俺も全然気づかなかったな。」
「そういえば、晩御飯のおねだりに来てませんね。いつも必ず顔を出すんですけど。」

彼女が栗丸が居ない、と不安そうな顔で言い出したのを聞いて、雷刃もどのくらい前からか見てない気がしますね、と眉をハの字にした。俺が家にいる時は大概、俺の後ろを歩き回るってるが、そういえば何時頃からか足音……というか跳ね回ってる小さな音を聞いてない。……どこ行った?体は小さいし、手先は器用とはいえドアを開け閉めしたりする技能は持ってないはずなんだが……。例外的に俺の部屋のドアだけはアイツ専用のドアが作ってあるが姿が家の中に無いんじゃ関係が無いな。

「抜け出して行くなんて事は今までした事ないが……念のために少し外を見てくる。」
「アタシらも行こうか?」
「いや、家の中をもう一回探して見てくれ。俺の部屋の鍵も渡しとくから。変な隙間に落っこちたなんてのもあるかも分からん。いつだか水槽に落っこちてたことあったしな。」
「あったあった。分かったよ。見つけたらリンクパールで連絡する。」

基本的に俺の部屋は施錠してて俺しか入れないようにしてるが今回は仕方ない。身につけなくなった冒険者としてのイヤリングを目印にぶら下げてある鍵をロットゲイムに手渡した。私室には稀に彼女達も立ち入る事はあるが、だいたいその時は俺がその場にいる時だ。大抵の場合、俺が体調を崩した時で飲み物やら食い物を運んで来てくれる時くらいしか彼女達は部屋に立ち入らない。他人の部屋に簡単に入る方がおかしいからそれが普通だろうが。

ともかく、勝手に栗丸が家を出て行って居たとしたら心配だ。冒険者連中は各地で拾った小動物や魔物の子供なんかを手なづけて連れ歩いたりするが、単独でその類が歩き回ってる事は少ない。無いわけじゃないが、大概、飼い主……と言っていいか分からんが飼い主が近くにいるのが普通だ。栗丸達みたいのが単体で歩き回ってるとなれば、多少の騒ぎというか、噂は立ちそうだが……夕方を過ぎて、夜になってるからあまり人通りも無くなってるか?家の中の家具の隙間にはまり込んだりしてるかもしれないし、万一外に出て居たとして、ふらっと戻るかもしれん。ロットゲイム達には家の中を探すのと留守番を任せて、外に出る。だいぶ暗くなって来たが、俺と同じ冒険者達の家があちこちにあるから家のあるあたりは明るい。星が見え始めてるが、家々の灯りがある場所だと星の瞬きは弱くてよくわからなくなる。そうでなくても俺には少々わかりづらいが。さて……時々、一緒に散歩するときのルートをひとまず辿ってみるか。もし外にいたとしてもそんなに遠くには行かないとは思うんだが……。家を出て直ぐ、砂浜の方に行く。もしこの辺りを歩いて…跳ねていたら、足跡が残ってるかもしれない。俺の家の前は人が少ないし。別の浜には海水浴をしにきてる連中がチラホラいるから……知り合い以外にはあまり近寄らない栗丸は行かないんじゃないだろうか。とりあえず行きそうな場所を先に見て、その後だな、あっちは。だいぶ暗いが月明かりが見事なお陰で軽く屈み込むくらいで確認が出来る。家の前の浜に、それらしい足跡は無さそうだ。……こっちに来てないのか、それとも浅くついた足跡が風で動いた砂で既に埋まったか。とりあえず、いつも歩く方へ行ってみよう。浜を少しだけ歩いてすぐに居住区の方へ戻って、俺の家の少し先にある細い階段を登る。普段ならあまり気にせず歩いているが、それだと栗丸がこっそり隠れていたりすると見逃しそうだな。少し歩く速度を落として、物音や動く影が無い気をつけておく。とは言え、自分たちの家で食事の支度をしたりまさに食事中の冒険者達の立てる音が響いて来やすい時間帯だった。俺の家なんかは個人の家だが、フリーカンパニーの家としてシロガネに居を構えた冒険者だっている。彼らのところは数人から数十人の大所帯になるから物音の大きさも立派だ。楽しそうに話しながら食器を触る音に混じって、なぜか木人で鍛錬する音もしてきて賑やかだな……。楽しそうなのは良い。物音頼りに探し物をしてる今は少しばかり困るがそれは俺の都合だしな。

ゆっくり歩きながら移動し続けて、紅玉御殿の近くまで来た。土地や家はそんなに欲しいとは思わないが、シロガネに住む事はしたい、という者達が部屋を買って住み込めるアパルトメントというのがあるんだが、紅玉御殿はそのアパルトメントだ。背の高い、大きな建物にいくつもの個室が設えてあり、部屋を買えばその部屋に住める。必然的に大勢の他人と同じ建物で暮らす感じになるな。かなりの部屋数があるし、部屋ごとに階級がある訳でもないからシロガネに住みたいが家は欲しくない、という奴や、家を欲しかったがギルが足り無かったとか、土地が埋まってて買えなかった、なんて冒険者達が暮らしているはずだ。中には家は既に持ってるがアパルトメントの個室を追加で買ってその部屋を冒険先で集めた希少品のコレクションルームにしたりする奴もいるらしい。楽しそうだな。紅玉御殿の近くには商店の並ぶ細い道がある。念のために、花の種や球根を売ってるよろず屋の女性に変な生き物を見なかったか聞いてみる。まん丸の栗のようなぴょんぴょんはねる珍妙な奴を見なかったかどうか。彼女はちょっと考えてから俺の顔を見て、それからウフフと笑う。いつも一緒に歩いてる子ですよね?と。……あぁ、そうか、花の種の買い付けに来たり散歩したりしてるときに彼女は栗丸を見てるか。失念してたな。

「そうですね、見かけておりませんけど……一緒では無いのですね。」
「急に見当たらなくなってな。探してるところだ。」
「あら。……そういえば少し前にミコッテの女の方が似たような話をなさってたような。」

どういうことだ?と彼女に詳しく聞くと、普段一緒に居る動物達が見当たらない、とミコッテの女性が探していたらしい。彼女にも、見かけなかったか?と聞いて来たそうだ。カワウソとレッサーパンダと鷹の三匹を探してる、と聞かれたと。……それはあれか、ノンの所の三匹じゃないのか……?冒険者仲間の1人に、まさにその三匹を交代で連れ歩いてるミコッテが居るが……。がかりと足軽と飛脚だよなその組み合わせ。まさかと思うが示し合わせて集まってどこかウロついてるのか栗丸達は。よろず屋の店主から詳しく聞いて居ると、商店の方から足音がしてくる。音の数からして……二人組……片方はノンか。もう片方は…アルバか?その二人がセットということは……嫌な予感がするな。話しながら、足音の主が細い道を出て紅玉御殿の前にやってくる。視線をやって確かめたが足音で予測した通りの二人組だった。二人とも俺に気がついて顔を見合わせた後に彼女たちも嫌な予感を察した顔になった。

「刹さん!こんばんは!」

それでも元気よく挨拶をしてくるのがアルバらしい。体の小さなララフェル族だから俺のほうを見上げてると首が辛そうだな……。かくいう俺もだいぶうつむく事にはなるんだが。ノンの方もお辞儀をしながらこんばんはと声を出した。俺からもこんばんはを返しておく。よろず屋の店主には礼を言って、二人の方に近寄った。……アルバが常々連れ歩いてるパンダのパンコが案の定見当たらない。

「あの、がかりちゃん達見てないですか?パンコくんも。」
「生憎。そっちも栗丸見かけてなさそうだな。」
「えっ!栗丸くんも居なくなってるんですか!」

冒険者としてあちこち冒険したり、戦いに赴いたりとしてるうちに知り合ったノンとアルバだが、2人とも俺が栗丸を拾う前から、可愛がっている小さな生き物たちー冒険者はその類をミニオン、と呼ぶーを連れ歩いて居た。その頃から彼女たちの連れ歩くミニオンとは俺も親しくさせてもらってた。栗丸を拾ってから、彼女たち二人のミニオンは栗丸ともあっという間に仲良くなってな。三人で顔を合わせた時などは、冒険話をしている俺たちの足元で勝手に遊んで居てくれるので俺としては助かって居たし栗丸と仲良くしてくれるのにも感謝して居る。その俺たちの連れているミニオン全員がどういう訳か見当たらない、という状況だな。

「それぞれのお供が全員居ないなんて偶然にしては出来過ぎてるから、徒党を組んでるのかもな。」
「いつだかに三人で雑談してる時にパンコがなにかヒソヒソ話してたのは覚えてます。」
「私も。がかりちゃんとパンコくんがヒソヒソしてるのは見た覚えが……。」
「栗丸は一見無言だからな。」

お喋りな奴ではあるんだが鳴き声を出さないから、栗丸は無口と思われがちだ。実際のところ無口どころかめちゃくちゃに喋る。超える力の言語を超える能力が無いと何も言わない謎の毛玉になってしまうが。俺といるときは独り言や鼻歌も含めてかなり喋ってるはずだ。そのヒソヒソ話に、栗丸も一応参加してたんだろう。俺たちは俺たちの話に夢中になってたから彼らが話してたらヒソヒソ話がなんなのか、はっきりしたことはわからない。

「変な人に見つかったら連れてかれちゃうかもしれないのにあの子達ときたら……。」


ノンが心配そうな顔で呟くのを聞いて、似たような表情になったアルバも頷く。たしかに、世の中には一定数、格別に変な奴が存在していて、其奴らにあの子達が目に留まった場合、売り物やら見世物に出来るかも、と持ってかれる可能性がある。そのまま自分のモノにしちまうのもあり得るな。実際、クガネで芸者達が可愛がってるレッサーパンダをとっ捕まえようとする奴が居たらしい。足軽はまさにレッサーパンダだし、なにより物珍しさではパンコが一番目立つかもしれない。パンダという生き物はあんまり数が多くないからだ。それでいてパンコはあの子達の中でも比較的人懐っこい。警戒心は強いらしいが、外面の良い悪人に引っ掛けられそうなのはパンコが一番だろう。外面の良い奴で狡猾な奴というのはうさん臭さを巧いことごまかしてるからな。とはいえ、カワウソのがかりが側にいればそういう人間は見分けてそうだ。ノンの連れてる一匹だが賢いカワウソの子がいる。あの子ならもっと警戒心が強いはずだ。賢く気の優しい子だがなかなか毒舌で彼女(がかりは女の子だ)の話を聞いてるとそのキツめの言動が面白い。ノンのとこの、空を飛べる鷹の飛脚も、多少なり高い位置から周りを見て危険は回避してそうだが…こう暗くなってると視界が悪くなってるかもしれないな。本来、鳥は薄暗い時間帯は飛ばない。彼らは夜間の視力が良くないからだ。夜行性の奴は別として。もっとも俺より見えてるかもしれないな。
二人と改めて相談する。二人とも、シロガネであの子達が行きそうな場所はざっと見て回ってきたらしい。それでいて特にこれといった情報は得られずに、一度アパルトメントの近くに戻ってきたところだったそうだ。シロガネの外に出たとしたら最寄りはクガネだが……。それか、俺たちが見にいってないあの子達が普段行かなそうなシロガネの何処かに居るのか。……栗丸のエーテルなら覚えてるからそれで探って見るか。空の色合いが家を出た頃に比べて重たく暗い灰色を帯び始めている。肌に、尻尾に触れる空気に海からくる湿気とは別の湿気を感じる。……雨が降るな、これは。

「少し栗丸のエーテルを追いかけて見る。二人は念のために家でフラッと戻るのを待ってやっといてくれ。」
「えっ、でもエーテル視疲れちゃうって話じゃ!」
「休み休みやるよ。」

なにを考えて俺たちに秘密で出かけたのか分からないが、あの子達なりに何か理由があっての行動だろう。バレていないと思っているだろうし、俺なら自分の姿を隠してあの子達を探せるから変に刺激しなくて済むはずだ。……秘密で出かけるなんてので考えられる理由は、何か悪巧みをしているか、俺たちを驚かせようと何か考えてるか、自分達だけで出かけて見たいと思ったか、そのあたりだろうとは思うが。家出してやる、なんて子達ではない。もし家出なら別に徒党は組まんだろう。全員たまたま不満が溜まってたならあり得るが。

「何か判ればリンクパールで連絡する。」

普通リンクパールは数人で同じパールを持つことで会話するのを目的にしてるが、俺は一つだけ思いついたことをボソっと零すためのゴミ箱みたいなリンクパールを持っている。俺用のゴミ箱パールだから無論、誰かに分けたりしてない物だが、今すぐに二人と連絡が付くようにするにはとりあえずこれのパールを分けるのが早そうだ。新しいやつを用立てるのは手間になる。金はかからないが商人から受け取らないとならない。シロガネにはその商人がいないのだ。おそらく二人とも探し回りたいだろうが……ひょっこりあの子達が帰ってきた時、出迎えてやれる状態にしとくのも大事だろう。栗丸は雷刃達がいるから大丈夫だが。二人が少し考えた末に、俺の差し出したパールを受け取る。この騒ぎが解決したら、処分しといてくれと頼んでおく。なんせ俺のゴミ箱をもたせとくわけにいかないし。

「了解です。とりあえずお家に戻ってますね。…無理しないで下さいませ。」
「雨も降ってきそうですし夜ですし、本当に無理なさらずに!」

二人共とお辞儀をして、夜道は一応気をつけるよう去っていく背中に声をかけてから目を切り替える意識を作る。……最も二人共現役の冒険者なわけだからただの暴漢くらいなら伸すけどな。だから用心しなくて良いかというとそうでもない。厄介には巻き込まれないのが一番だ。

長時間は疲れるが、さて。エーテル視は生き物や物体に宿るエーテルそのものを見る物の見方、だそうだ。他人事のような説明になるのは俺にその自覚があまり無かったから。弱視を補う方法をあれこれ実験してるうちに身についたんだが俺自身はこの視界を生命のエネルギーを見てると理解してた。つまるところエーテルを見てるからエーテル視、となる訳なんだが。それを知ったのは比較的最近だ。生き物の生命エネルギー……エーテルはその個体によって少しずつ違う。指紋なんかと同じように。栗丸たちも勿論。念のために雷刃に連絡して見たが結局家の中には居なさそうとの事だ。しばらく外を探すから三人は構わず飯食って留守番しててくれと伝えておく。ふらっと栗丸が現れたら迎え入れてくれるように。

「……シロガネには居なさそうか。」

栗丸のエーテルはポワンとした白っぽいオレンジの塊みたいに感じるんだが……軽く探った感じ近くには居ない様子だ。名残みたいなものが俺の家にあるのは分かる。エーテルは多少漏れてるというか、馴染んだ場所やモノには無意識に注がれてたりする。身につけることが多い愛用のアクセサリーやら洋服、武具なんか分かりやすい。栗丸は……服を着たりはしないが、決まった場所に寝るから寝床にボンヤリと名残のエーテルがある。栗丸単体なら人の多い方には行かないと思うが、がかり達が一緒なら普段行かない場所にも行くかもしれない。一応、海水浴客の出入りしやすい浜に行って見るか……。夜だから流石に泳ごうとする連中は減ってるだろうが。話を聞いてくれたよろず屋の女性に改めて礼を伝えてから、商店を通る階段降りる。夜も更けて来たのに誰かしら店番が居るし、旅行客らしき連中もポツポツと居る。ここは異人…東の国から見て余所者を住まわせるための土地だ。もしかすると金持ちの旅行者が別荘を建てたりしてるかもしれない。大多数が方々からやってきた冒険者に見えるが、明らかに冒険者では無さそうな連中を見ないわけじゃ無い。俺が見かけた旅行者ももしかしたら寝泊まりする家がこの区画にあるのかもしれない。ボンヤリしたオレンジの灯りで照らしてある商店を抜けて、桟橋の近くに来る。クガネに渡し船を出してくれる船頭が昼間と変わらずに何人か控えていた。もちろん交代で勤めて居るはずだが、いつ来ても誰かしら居るから時々、彼等の休みはいつなんだろうと考えてしまう。親しく無い相手となると顔をそんなに覚えないから余計だ。なんせ、近寄らないとはっきり見えないが行きずりの存在を覗き込むほど他人には興味を持てないし何より俺がただの変な奴になっちまう。普通、相手の顔を見るのにそんなに近寄るものじゃ無いからな。桟橋で立っていた一人に念の為、小動物の団体を見なかったか聞いてみる。栗のような変なのとカワウソとレッサーパンダと鷹とパンダの。

「栗のようなのってパイッサの子供の事か?」
「そうだ。知ってるのか?」
「クガネで見たことあるねぇ。芸を仕込んだりするらしくてな。て、ええとその団体なら……一時間くらい前に仲間が船に乗せてた気がする。」
「…前半も気になるが後半もだいぶ気になるな。船に乗せた?」

本人呼んでやろうか?と応対していた船頭が提案してくれたので、可能なら頼むと伝える。すぐに目の前のミッドランダーの男が振り返って仕事仲間に声をかけ始めた。アイツはどこだ?と数人とやりとりした後に、船に動物達を乗せたという船頭がやってきた。ルガディンの大男だったが人の良さそうな雰囲気の人だ。何か用だろうか?と大きな彼が小さく首をかしげる。アウラの男もそうだがルガディンの男も威圧的に感じやすいんだが…彼はそう言うのが無いな。ともかく聞くべきことを聞かないと。小動物の団体を船に乗せたと言うのは本当なんだろうか?

「一時間くらい前に、それっぽいの乗せたましたね。クガネまで。」
「なるほど。会話できるわけじゃ無い……よな?」

言葉は分かんないですけど……身振り手振りでカワウソの子とパンダの子が。船に乗せて欲しいのとクガネに行きたいらしいのはわかる程度に。と船頭が説明してくれる。不味いことしましたか?と不安そうに。あの子達を単独で人里に出す事になってしまったが彼を責めるのは違うな。親切にしてくれた様子だし。そもそも俺たちがあの子達が抜け出したのに気づかなかったんだしな。

「いや、不測の事態だがアンタは悪くないさ。謎の小動物の集団だったのに相手をきちんとしてくれて、むしろ有難う。」
「すごく可愛かったんですよ……。」

どの子も何かを訴える仕草で、それぞれがギルの代わりのつもりか、木の実や植物を持ち出してきて、と彼が優しい苦笑いを浮かべる。成る程、あの子達なりに渡し賃代わりも支度してたのか。彼が言うに、川魚に筍、野うさぎ、笹の葉と花、それからツヤツヤのどんぐりを貰ったそうだ。なるほど……どれもあの子達が調達して来そう品だな。カワウソのがかりは魚を取れるし、レッサーパンダの足軽は筍を掘るし、鷲の飛脚は狩が出来る。パンコは笹の葉をいつも持ってて野の花を可愛がるし、栗丸はドングリが好物で時々一緒に集めに行く。自分達にとって価値あるものを持ってきたわけだな。彼はあの子達の身振り手振りと渡し賃代わりを出してくるのを見て可愛いし筋を通して運んでもらいたがってると理解できたから船に乗せてやったようだ。

「とりあえず分かったから、すまんが俺もクガネに運んでもらえるか。」
「分かりました。……なんかすいません。良かれと思って乗せちゃったもので。」
「気にしないでくれ。」

心配なのは間違いない。あの子達に悪意のある奴が近寄っていたら、という不安はある。幸いにしてこの船頭は親切にしてくれたようだからそこは安心した。彼が乗ってくださいと彼の船に誘導してくれて、言われた通りの船に乗る。大分暗くなってきて、ランタンを船の先に下げてから出発した。今思えば、飼い主さんが見当たらないのに出すぎたことをしちゃいました、と彼が申し訳なさそうにする。飼い主側の俺たちが、あの子達が大冒険しだしてるのに気づいてなかったんだし仕方がないさ、と応えておく。あまり気に病んで欲しくないな。彼が言うに、カワウソの子が最初に近寄ってきて、頭に被った葉っぱの傘を取りながらお辞儀をしてきたらしい。その仕草が既に可愛くて、どうしたんだと声をかけて見たらワタワタと身振り手振りで何かしらを訴えてきたそうだ。よく分からないでいると遠巻きに見ていた他の生き物達も駆け寄ってきて、何やら相談するような様子を見せた後、パンダの子がカワウソの傘を上手いこと掴んで、ひっくり返して地面に置いて、そこにカワウソの子がぴょんと入った。…船に乗る仕草の真似だろうかな。それからパンダの子が咥えていた笹の葉をカワウソの子が受け取ると、水を搔くような動きをして見せた、と。櫂のつもりか。なるほど。船に乗りたいのか?と彼が聞くと、全部の生き物が頷いて見せた。カワウソが笹の葉をパンダの子に返して傘を被り直すと、どこからか吊るした魚を持ち出して彼の足元に置いた。それを合図にそれぞれがポロポロと彼の足元へ品々を置き出したらしい。魚やら木の実やらを目の前につまれて、渡し賃まで支度してたら乗せるしかない、と彼は快く船にあの子達を乗せて運んだ、と。

「クガネに送り届けた後は俺に頭を下げながら物陰に隠れちゃいました。あそこはシロガネよりずっと人が多いですしね……。」
「なるほどな。……渡し賃代わりを支度してたとは言え、手間をかけたな。」
「いえ、とんでもない。なんか俺の方こそしなくていい手伝いしちゃったぽいですし。あんまり可愛くて。」

恥ずかしそうに笑いながら話す彼を見て、俺の方まで苦笑いしてしまう。彼は純粋にあの子達が可愛らしすぎて思わず手伝った見たいだな。親バカじみた発言になるが、実際あの子達は可愛いから仕方ない。無論、俺は栗丸の家族だから栗丸が可愛いが、がかりやパンコ達も可愛いと思ってるし。……見た目が可愛いと言うか、あの子達の存在がかわいい。冒険者業や本業で疲れたり嫌なことがあったりした時も、ふいに栗丸を含めあの子達を見ると随分ホッとする。超える力のあるお陰で栗丸以外の子達とも話ができるんだが、どの子達も当然ながら個性的で話していて飽きない。見かける度に挨拶をしてほんの少し好物を出してやるのが習慣になったもんだから俺の冒険カバンにはあの子達のオヤツも常に用意しておくようになった。さすがに本業中、見かけたとしても近寄らないからそっちの仕事のカバンには入ってないが。あの子達を含め、冒険者仲間には本業そのものが秘密だからな。……まぁ、忍者やってる時点で間者として動けるだろうとは思われてるはずだが、冒険者の忍者と職業的な忍者は多分、違うモノと見られるはずだ。

夜の海を船頭と会話しつつ運んで貰っているうちに、ポツポツと雨が降ってきた。空が重たいし空気が湿ってるとは思ってたがやっぱり降ってきたか。尻尾や鱗の隙間に水気を感じて少し気持ち悪い。船頭がもう少し到着までかかりますし良ければどうぞ、と彼も被っている木やらを編み込んで作られた傘を貸してくれる。礼を言って被っておいた。故郷でもこう言うのを使ってたが懐かしいな。クガネの方に出入りするようになって、故郷にいた頃に身につけたり使ってたりした品を多く見るから懐かしく感じることが増えた。そのうちまた、着物を着たい。ポツポツと雨が傘にあたる音がする。船やランタンや海面を叩く静かな音も。まだ降りが弱いが…コレは後々強くなりそうだ。変な表現かもしれないが雨粒が力強い。東の国の周辺は比較的水に恵まれている。水源にたくさん雨が降るからだ。クガネやシロガネの方でも結構雨が降る。だからか、船頭は慣れた様子で暗さが増した雨の海を順調に進んでいってくれた。夜の海は怖い場所だ。海そのものも空や空気も暗闇に包まれてしまうし、目印に遠くに灯台があっても自分たちのいる位置には心もとない灯しかない。彼ら船頭や船乗り達はそういう状況でも場数を踏んで慣れてるだろうが、俺には十分おっかない状況だ。なんせ子供の頃に夜の海を泳いで渡ろうとして死にかけたことがある。遊びで泳いでたわけでもないし、溺れそうになったとかでは無いんだが、泳ぎ切ったところで低体温症になって死にかけた、夜風が冷たくて。おかげで夜の海はまだちょっと苦手だ。泳いだ俺が悪いんだが。もう少しで着きますよ、と船頭の彼が声を掛けてくれて程なく、クガネの桟橋に着いた。さすがに都市部だけあってクガネの近くは明るい。船頭に礼を言って、渡し賃を支払う。迷惑かけちゃったの俺なのに受け取れないですよ、と遠慮するので困ったが、どうにか宥めすかして受け取って貰った。彼に悪意があったわけじゃ無いのは百も承知だし、あの子達を見逃して無ければこの状況になって無いんだしな。それに、あの子達に親切にしてくれてむしろ有り難いくらいなのに。今度アンタを見かけたら、あの子達にもあいさつさせるよ、と約束して傘を返してから船を離れた。彼はしばらく頭を下げた格好でいて、それからクガネ側で控えに回るためにだろう、船を操ってどこかに向かっていった。指定の停泊場所でもあるんだろう。

桟橋付近は少し薄暗いとはいえ、控えている船頭や道案内、大きな鷲を貸し出して空の移動が出来る大鷲屋なんかは当然のように店番をしているので彼らのための灯りはきちんとある。大鷲屋は…エオルゼアでいうチョコボ屋に似た奴だ。向こうだと陸地の移動が主になるが、道順をきっちり仕込まれたチョコボを借りて目的地まで運んでもらえるサービスがある。背中に乗って合図してやると教えられた通りの道を脇目も振らずに走りぬけ、目的地に着くとピタッと止まる。背中に乗った人物が降りて背中を叩いてやるとすぐさま元いた厩舎まで帰って行く。あのチョコボ達は魔物もうまく避けてくれるので、新米の冒険者には心強いサービスだ。俺も散々世話になった。イシュガルドの方に行くと空を飛んで移動できるチョコボもいるからそっちまで行くと空の移動も対応してる。東の国ではチョコボは珍しい生き物で、移動手段と言えばもっぱら馬かこの大鷲らしい。馬は今のところ、冒険者達に貸し出されたりしてないようだが大鷲達はエオルゼアでのチョコボ達同様、道を覚えて空を運んでいってくれる。正直慣れるまでその背中に乗るのは怖い。チョコボに比べても捕まれる場所が少ないからだ。俺の体つきでも平気で乗せて高く飛び上がるんだが、なんせチョコボのように安定した感じを受けない。今ではだいぶ慣れたが、初めのうちは落っこちるんじゃないかとヒヤヒヤしたものだ。忍者をこなしてる身としてはある程度の高さまでなら着地する自信があるが、流石に死ぬような高さだってあるからな。大鷲屋の側に、きちんと今担当の大鷲が控えている。夜な上、雨に降られているが気にしている様子はなくじっとしている。目の前を通り過ぎてもこっちを見たりしない。大したもんだ。かるくエーテル視をして見たが……たしかに栗丸はここに来たようだ。桟橋の近くの荷物の影に名残が少しある。雨もだんだん本降りになって来ているが…あの子達はどこで何をしてるやら。あんまり濡れては風邪を引かせることになる。カワウソのがかりは本来、水辺に暮らす生き物だから雨でもあまり気にしなくて良いだろうが、他の子達はそんなに雨に強くないはずだ。きちんと雨をしのげる場所なり見つけてくれてれば良いが……。頭にかぶる傘は返してしまったから…先にマーケットに寄って番傘でも買うか。東方では和紙という紙を使って傘を作る。紙じゃ溶けそうだし破れそうと思ってしまうがこれが結構に頑丈だ。和紙を竹で作った骨組みに貼り付けて、その上に油を塗って水を弾くようにしてある。モノによっては芸術品か何かのように鮮やかに文様を描いた奴もあって、洒落た奴らはそう言うのをこだわって買い求める。とりあえず雨が防げれば良いから、俺は地味なので良いな。


クガネは色の溢れる極彩色の街だ。夜で雨にもかかわらずなかなかに派手な色合いがなんとなく理解できる。明かりあちこちに灯してあるのも大きいだろう。東の国で唯一、外の国に開かれた港町であるクガネは夜でもそれなりの活気がある。夜の街を見たがる旅行者や、航海からクガネに到着したばかりの商人達。その雇われの連中やらとそこそこ動き回る人がいる。街の各所には治安維持を担当する赤誠隊という侍の部隊が展開していて騒ぎが起きないか目を光らせている。クガネでは争い事はご法度。武器を抜いたり喧嘩になったりしたら即座に彼ら赤誠隊にしょっぴかれる。と言うことになってるが実際にはこっそりと喧嘩や誰かを襲うなんてことも起きてるようだが。まぁそんなのはどこも同じだな。石畳に雨が染み込んで暗い灰色になっている。雨を避けてか、普段の夜よりは人通りが少ないようだ。雨が降ると不思議と、喧騒が静かになるが……今まさにそんな感じだ。俺自身の立てる足音がいつもよりよく聞こえる。シトシト、ぽとぽと雨が地面を、建物を叩く音も。船を降りて少し歩いたところにある茶屋には流石に客はおらず、店主も暇そうに欠伸をしている。ここの団子は甘くて美味しいが、今は食ってる場合じゃないな……。茶屋の近くにはエーテライト……東方の表現だと転魂塔と呼ばれる巨大なクリスタルが見える。これに記録をつけておくと瞬時にここに飛んでこれる魔法が使えるようになるのだが、その方法というのがヒトを一時的に地脈のエーテルと同化して川を流れるように移動し、移動先で再構築するという、聞いただけだと肉体がバラバラになってんのか?と問いたくなるような気味の悪い方法だ。ただ、なんの目印もなく地脈の川を流れようとするのは自殺行為で、出口を見つけられずに川そのものに取り込まれちまうらしい。エーテライト……転魂塔が存在するのは、迷子になった末に存在が消えちまうのを避けるための看板になるからだ。一時的にエーテル化して移動……魂を転する塔だから転魂塔。その移動方法がどことなく東方側の呼び名ににじみ出てるな。少々不安も伴うが移動できるのは確かで便利なので冒険者達はだいたい転移魔法のテレポを頼る。だって怖いだろ。一時的にエーテル化してそのまま再構築出来なかったら?と想像したらゾワゾワする。ちなみにミニオン達……栗丸達は主人にあたる奴がきちんと記録をつけてれば一緒に移動してこれる。あの子達はテレポをどう感じてるのやら。栗丸は便利とだけ認識してる様子だったが。……今、どこにいるんだかな。エーテライトを横切って、海から流れ込む海水と陸地の川が入り混じる吃水の上を架かる紅色の橋を歩くと、さっきとは足音が変わる。この橋は木でできてるから、木材独特の響き。石よりも少し柔らかく感じるのは素材も勿論だが、雨のせいもあるだろうな。木材は水分も吸う。雨足が強くなって来て、地面を叩く音が激しくなって来た。必然的に俺はずぶ濡れな訳で流石に近くの商店に駆け込んだ。ここは冒険者達の使うマーケットボードが設置されてるし、リテイナー…冒険者を手伝う冒険者に連絡できるベルも置いてある。四六時中、リテイナーとやり取りするとリテイナーを働かせすぎる事になるからか、彼らとはこのベル越しのリンクシェルじゃないと会話できないようになってるからだ。そのへんの施設がある場所には当然、冒険者達が集まる。今は夜だが、活動に昼夜を問わない冒険者達が結構にウロついていた。マーケットボードにはあれこれ張り紙が溢れんばかりに貼り付けてある。はりきれない奴が柱にまでへばりついてたり、一部は謎の技術で幻影見たいな文字として読めるようになってる。多分、アラグの仕業かなんかだろ。はるか昔にエオルゼアを支配してた意味不明なレベルの技術を持ってた大国の事なんだが、そこの技術が本当に想像を絶しててな。俺たちの理解を超えてる何か変なもんが出て来たときはだいたいアラグの仕業と相場が決まってる。マーケットボードの張り紙やらあれこれは、冒険者達同士で品物を売り買いするための情報なんだ。これをいくらで売るから、買いたい人は手続き踏んでくれ、とかそういう。俺も世話になってるが。普通の店には流通しないシロモノが手に入るし、売りに出せる。冒険者にとって大事な仕入れ場所であると同時に、収入源だ。とは言え、そこには今のところ番傘はない。ので、普通の店へ行く。

マーケットボードから少し離れたところに普通の商店が立ち並んでいて、ここもなかなかカラフルだ。食い物から雑貨、簡単な防具や武器を揃えられる。店主や店員が立ちっぱなしでいるエオルゼアの店と違い、ここの店主達はきちんと正座をして店番をしている。正座、というのは東方の座り方で、両ひざを曲げて太ももの下に足をしまい込むような感じで座る。慣れないうちは直ぐに足が痛くなるし、痺れる、と表現するが足の感覚がビリビリして重たくなったりする座り方。俺は子供の頃に仕込まれたのもあって慣れたもんだが、試しに教えた通りに座ってみたロットゲイムやレンは直ぐに痛くて無理、と笑いながら足を崩してしまった。正座から違う体勢になることを足を崩すと言う。畏まって正座をした人に、どうぞ足を崩してください、なんて声をかけたりするな。店主達も慣れてるのか、ちっとも足を痛そうにはしていないし痺れてもいなさそうだ。装ってるだけかもだが。ともあれ、雑貨屋に行って番傘を見せてもらう。色々ございますよ、と店主があれこれ勧めようとして来たが、すまんが急ぎでな、と断りを入れた。それは残念と、苦笑いする。本当なら俺もゆっくり見たいぞ。綺麗だからな番傘。とりあえず店先にあった、紺色に白でシンプルな模様の書いてあるのを選んだ。なんの偶然か月模様だな。俺は月影姓で月模様の物を好むから丁度いい。金を支払って、早速番傘を広げる。竹の香りと和紙と油の香り。これも懐かしいな。商店近くの冒険者達は雨なんぞ気にせず歩いてるから、傘をさしてるのはここの住民か旅行者くらいだ。俺も普段なら濡れるのも気に留めない。雨は好きだ。が、あの子達を探すのに時間がかかるかも知れないし、と久々の傘だ。ベチベチ、ボンボン、トントン、と雨を受け止めてくれる音が不思議と沢山の擬音に感じる。この音も好きだな。さて、さっき見た限り船着場には間違いなく来ていた様子だし……。もう一度、エーテル視を使ってみる。常時してたら俺が目を回して倒れるから、見ては切り替え、また見て止めるを繰り返す。……まだクガネにはいるな?ボンヤリしたオレンジと白のモワッとしたやつを感じ取れる。……場所、どこだ。少し商店を離れて、クガネにもう一つある茶屋の方へ行ってみる。商店のあたりは冒険者が多くてエーテル視すると情報量が多いし物音が気になる。雨でいくらか喧騒が殺されるとは言え、冒険者達が数集まると話が別だ。お喋りや物作り、武具の確認に余念がないから一般人に比べて出す音が激しい。糸を紡ぐ糸車を無心で回してる奴や、ひたすらインゴットを作るべく金属塊を叩いてる奴もいる。なかなか派手な音だから、今俺に必要な音が聞き取れなくなる。時間的にこっちの茶屋にも人はほぼいない。静かだから番傘に雨粒のぶつかる音が大きく感じる程度に。雨音も好きな音だから気をぬくと寝そうだ。なんだか知らないが落ち着く。ひとまずその場でまた、少しだけエーテル視を使う。……大使館のあるほうか?あっちは確かあんまり冒険者も顔を出さない。ウルダハの大使館には寄るがほかの大使館にはまず近寄らないはずだ。なんせ片方はガレマール帝国のだし。もう一つのラザハン……近東とか呼ばれる地方の国の大使館も特に用があった事はない。結果的にウルダハ大使館前くらいまではポツポツ冒険者が出入りするがそこから奥は人が少ない。大使館には必ず衛兵が居るが、小動物の集団が通ってもおそらく相手にしないだろう。特にガレマール帝国の連中は。あいつらは帝国人以外全て野蛮扱いで動物達にもろくな感情を持ってなさそうだ。故あって帝国人の劇団員なんかと話す機会があったが、やっぱりあそこの連中はいけ好かない。うっかり劇団員を殴りそうになるのを我慢するのが大変だった。それくらい気にくわない。あの子達が帝国の大使館の不用意に近寄らなければ多分、何もされないだろうが迂闊に近寄ったら酷い目にあわされるかもしれん。それは無いと思うが人気のないのもそっちだし、試しに行ってみよう。がかりが気をつけて人目を避けるようにしてると予想してるからだが。傘をさしたまま、足音と気配は消して歩く。隠れてはいないから、姿も傘も見えてるはずで衛兵達には俺がちゃんと見えてるはずだ。ウルダハ大使館の前の衛兵は、ウルダハでもよく見かける銅刃団の奴だ。あのあらゆる手を使う百億ギルの男と呼ばれるロロリトの私兵。アイツはかなりの嫌な奴だがウルダハには居た方が良い人材だ。《仕事柄》多少、アイツとも関わりがあるが出来れば一切、関わりたくない。そのくらいヤバイ存在だ。最も、銅刃団の連中には良い奴も多い。俺も友人が何人かいるし、この大使館の衛兵も人当たりが良い。俺が通りすがるのを見て片手を上げて挨拶してくれたので、同じように挨拶しておく。屋根で雨を避けながらも、しっかり周りを見てるようだ。まぁそれが衛兵の仕事だな。ウルダハ大使館の前を抜けると正面にガレマール帝国の大使館がある。帝国特有の金属質な建物は威圧感も強い。クガネの風土に合わせているという軍服は小綺麗だが材質はおそらく麻や綿なんかとは比べ物にならない頑丈で特殊な繊維だろう。俺はその辺に疎いがなんでも合成繊維とかいうのがあるらしい。帝国からエオルゼアへ亡命してた技術者のシドが展開してるガーロンドアイアンワークスが作ってる装備なんかは、そういう合成繊維もふんだんに使ってるそうだ。シドが帝国式の知識を持ってるからな。最近はドサクサに紛れて元帝国14軍団の幕僚長だったネロがシドの会社に転がり込んだからなんか面白いモンが作り出されるだろう。シドよりネロの方が好き勝手するからな。……彼らはガレマール人でも話してて楽しいんだがな。ここの衛兵達やらはそもそもガレマール帝国人以外と話すことすら無駄と思ってるような連中だから面白いわけもない。俺が前を通るのにも、視線を動かしたのはわかる。不愉快なのはその視線に明らかな侮蔑の感情が含まれてることだ。ただ警戒するべく俺を見てるんじゃなく、わざわざガレマール帝国人じゃない民族を見下すために視線を送ってきてる。どこまでもお高く止まった連中だ。……俺は帝国に故郷を焼かれて親を殺された怨みがあるから本当ならそこの衛兵にもちょっかい出したいが東の国に迷惑になるからな。東の国とガレマール帝国は今の所上手いこと折り合いをつけてる。それをぶち壊すのは不味い。黒鉄の建物の斜め前に、近東ラザハンの大使館がある。ここの衛兵は基本的に職務に忠実で特に近くを通ってもチラッと見られるだけで終わる。近寄っても、許可や用のない方はお引き取りを、と事務的に言われるだけだ。夜更けで雨も降ってるのに動じた様子なく立ってるな。例によってちらっと俺を見ただけで、彼らは動かない。ラザハンの大使館のすぐそばに、小さな池と橋がある。ごく小さな東方風の庭園と言ったらいいか。草地に池と花。池を跨ぐように紅色の弧を描く橋が架かってる。松の木も植えてあった。特に深く考えずに、その小さな庭園に視線をくれてふと、足を止める。……ここにいたか。

雨の夜だから視界で認識しづらいが……カワウソにレッサーパンダと鷹。パンダの子とパイッサの子。松の木の下で固まってなにやらヒソヒソと話をしているらしい。俺が気配も足音も消しているからだろう、視線が下を向いているあの子達は俺に気がついてない。全員が葉っぱの傘を頭に乗せてるのがわかる。アレは確か、普段からがかりが被ってる奴だな?雨が降ってきたから全員に被せたのか?まぁ、頭しかカバーできないから結局のところ体はそれなりに濡れてるだろうな。さて、とりあえず全員無事である様子だな。番傘を折りたたんで抱えておく。濡れるがまぁいい。さしたままだと、雨粒が傘を叩く音で俺が近くにいるのがバレる。いや、バレて構わんといえば構わんのだが……。何を熱心に話してるのは分からんが気配も足音も消したままで近寄る。姿は隠してないがこの子達は変わらず下を向いてて気づいてない。側まで行ってしばらく様子を眺めさせてもらう。みんな無事で怪我もなさそうか……?雨と泥で汚れてて全員、風呂に入れてやらないとダメそうではある。腕を組んだまま覗き込むと大事そうに野の花を持ってるのがなんとか見える。何か目的でもあるんだろうか。様子を見つつ考えていると、ふいっと鷹の飛脚が顔を上げる。俺の影に気がついた様子で、嘴を半開きにしたのが解る。人間でいう「あっ。」て言う顔だな。飛脚が会話から漏れてポカンとなった事に、残りの子達が気が付き始めて彼の視線に引っ張られる形で全員が俺の方を見上げて来た。全員がなんとも言えない顔になって思わず笑ってしまう。栗丸は旦那がいる!と嬉しそうにしたが、他の面々はバレた!とか見つかった!とか不味い!とかそういう顔だ。

「……漸く見つけたぞ。」

なんで刹さんがここに、と言いたいのが栗丸以外から伝わってくる。栗丸は俺が現れたこともさして気にしてないらしい。

「詳しい話は場所変えるか。……いいか、素直についてくるんだぞ。途中で逃げようとしたら……分かってるな?」

特に怒るつもりも無いが、念のために脅しておこう。意地の悪い笑みを浮かべながら念を押すと、全員が一瞬、怯えてヒュッと細長くなるような反応をする。俺を見つけてちょっと嬉しそうにしていた栗丸も例に漏れずシュッとなっていた。正直面白い。それからそれぞれが頷く仕草をした。ポツポツとそれぞれ何かしら呟いてたがまぁ詳しくは後だ。大使館もほど近いし、衛兵が変な顔をするから離れよう。番傘をさしなおして、ぞろぞろとミニオン達を連れて歩く。それぞれの足音が聞こえてくる。飛脚は一応飛んでるな。翼の音がする。……全員着いてきてるな。庭園のそばに大きな扉があって、それを押し開けて着いてきている全員が通過するのを待ってから手を離す。それから階段を降りる。雨のせいでちょっと滑るな。薄暗いし足元に気をつけるように声をかけつつ前を行く。第一波止場と呼ばれる方面だ。ここからちょっと離れた島に渡し船で冒険しに行く連中もいるからそこそこ冒険者が居るが、その集団には近寄らないようにしつつ。多少の人目には着くが俺が近くにいるから、小動物の団体は一応、冒険者の連れ歩くミニオン達が群れてる、くらいに認識してもらえるだろう。ぞろぞろと連れ立って歩いて、上手いこと建物が張り出して雨宿りできる場所へ潜り込んだ。あまり人は来ない場所で、朱色の柱が連なって見えるから見ようによっては鳥居、と呼ばれるシロモノに見える場所だ。本物の鳥居は東方の神を祀る場所に建てるし形も全然違うが似て感じるのは分かる。番傘を閉じて水滴を払ってから座り込んだ。地面もここだと多少乾いてる。連れ込んだ子達もそれぞれ座り込んだ。

「さて、全員いるな?なんで黙って出て行ったか説明して欲しいな。」

俺の周りをぐるっと囲んで座り込んだ面々が、どう説明しようか?と言いたげな顔をしたが、程なくしてカワウソのがかりがポトンといつも持ち歩く提灯を足元に置いた。小さな明かりだがこの薄暗い雨の夜には安心感を覚える。暗闇の中の灯火は大事だ。

―パンコちゃんとお話ししてた時にあたし達だけでお散歩してみたいわねって話になって。栗丸ちゃんも乗り気でね。それで、時々顔を合わせた時に話し合って、実践してみたの。お花をどこかで摘んで、お土産にして驚かせたいわねって。―

彼女が言うにそう言うことらしい。普段は語気が強めな、気の強さが声にも出る子なのだが今は少ししおらしい。

がかりちゃんは悪く無いよぅ、ボクもお散歩しようって言ったのぅ、とパンコが後ろから声をあげてるが、誰が悪いとかっていう話じゃ無いから安心してくれ、と伝えておく。別に誰かを悪者にして責めたいとは思ってない。多分、ノンとアルバもそうだろう。俺達が主に怒ってる部分は黙って出て行ったところだからな。

「なるほど。理由は理解した。」
―話してて楽しくなっちゃって、勢いで出てきたのよ。道中も楽しくてしょうがなかったから心配かけてるの考えてなかった。…言い出しっぺあたしなの。栗丸ちゃんたちは悪くないから。―
―がかりちゃんも悪くないよぅ!―
―わたしと飛脚も乗り気で賛成したので、がかりちゃんが悪い訳では…!―
「さっきも言ったが、誰が悪いとかは追求するつもりは無い。」

栗丸もがかりの前に出てきて、ピョイピョイ跳ねている。栗丸もみんなとお散歩したくて賛成してた!と主張しているのは分かる。……相変わらず鳴き声とか無いなお前は。言いたいことは分かるから良いんだが。

「むしろがかりは気をつけてたろ。変なのに見つからないように。ありがとうな。傘も貸してくれてるだろ。」

栗丸を始め、全員が葉っぱで仕立てた傘を被っている。普段、がかりが頭に乗せているのと同じ奴だ。どうやってこれを持ち歩いてたか疑問な数だが……人のこと(人じゃないが)は言えないな俺も。あまり仲間にも見せたことが無いが服のあちこちに武器を隠してある。暗器、などと呼ばれたりする奴だな。がかりの傘に比べて全く可愛げの無い持ち物だ。

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―た、たまたまスペア持ってただけだし……!―

がかりがそう言ってツンと鼻先を少し上に向ける。全くこの子は……。思わず笑ってしまう。優しいのをあまり見せたく無いのか、優しいと自覚するのが恥ずかしいのか……どっちにしても素直じゃ無い子だ。なにせ、栗丸や足軽、パンコの傘はがかりのと同じようなサイズだが飛脚の被ってるのはどう見ても飛脚用に仕立ててある小さな奴だ。飛脚もわかってる様子で俺をじっと見た後に嘴を軽く開いている。あれは苦笑いだな。

「分かった。そう言う事にしとこう。」
―ちょっと!刹さん!ホントだってば!ホントにたまたま持ってただけ!―

人間でいう顔を赤くする感じでがかりが抗議してくる。全くもってこの子は面白い。分かった分かった、と鼻の先をちょいちょいと撫でる。雨のせいかいつもよりシットリしてるな。

「とりあえず、ノンとアルバに連絡するからな?迎えにきてもらおう。全員帰ったら素直に風呂で洗ってもらえ。」

ノンは三匹洗わないといけないから大変だな。もっとも飛脚はあんまり翼の油を落としちまうと良く無いだろうが……。ひとまず、リンクパールで二人に連絡を入れる。かれこれ1時間以上は経ってるはずだから心配してるだろう。二人ともおそらく食事もまともにせずにソワソワしてるに違いない。

―ノン、アルバ、聞こえるか。―
―あっ刹さん!聞こえてます!―
―こちらアルバ!聞こえてます!―

少し前に、全員を見つけたと伝える。途端に二人ともが良かった!と安堵したのが声だけでもわかった。ため息混じりで、心なしか涙声になったのも。場所を教えて、来てもらえるように頼む。雨が降っているのも念のために伝えておく。最もシロガネも降ってるかもしれないが。俺が全員を送り届けても、もちろん良いのだが、彼女達も早くこの子達を確かめたいだろう。すぐに向かいます、と二人ともが早々に会話を打ち切る。俺が来た時は船頭と話すためと気配を追いかけるために渡し船を使ったが彼女達はテレポしてくるかもしれない。それなら到着もそんなに時間がかからないはずだ。

「二人が来るまで少し拭いとくか。がかりは濡れててもいくらか大丈夫だったよな?」
―カワウソですもーん。―

どこか得意げにがかりが胸を張る。思わずその腹をぽいん、とつついてしまった。いい形の腹だ。毛皮が滑らかでいい手触りだな。場所によっちゃカワウソの毛皮は防寒防水に優れると狩られちまうんだが、まぁ理解できなくは無い触り心地だ。なにすんの!と怒られてしまったが。しょげていた顔がだいぶいつもの気の強そうな顔になって来て一安心だ。悪い悪い、と謝って、レッサーパンダの足軽から順番に取り出した手ぬぐいで拭いてやる。やっぱり雨とあちこち歩き回った泥跳ねで身体中、濡れてるし汚れてる。ご自慢のオレンジの毛がこれじゃ焦げ茶の斑らだな。白い毛の所もすっかり薄汚れててて灰色や茶色と化している。大きな耳の裏や、綺麗な縞の入った尻尾も汚れ放題だ。身体中、茶色を帯びてると……これじゃレッサーパンダじゃなくて狸もどきだな……。

「…足軽、尻尾萎んでるぞ。」
―なんですと!―
「濡れてるからな。なんかガマの穂みたいだな。あと汚れてるせいでタヌキになってる。」
―そんなに!?!それにタヌキ!?―

やや誇張して伝えてるが素直に驚いてる足軽は面白い。彼は独特の、東方風で古臭い音で喋る。汚れもひどくて狸じみてるからノンに綺麗にしてもらうんだぞ、と言うと分かりました!と答えて飛脚と交代する。地面を歩くのは得意としない鷹だから、飛脚の動きがぎこちない。ひょこひょこと歩きづらそうに寄って来た。彼は一応、飛んでいたらしく、足軽ほどの泥汚れは無かったがびしょ濡れではあった。翼も尾も少々重たそうだ。見事なキジ模様の翼を断りを入れてから軽く摘んで広げさせてもらう。人間で言えば万歳みたいな格好だろう。

「怪我もしてないし、羽根破けたりもしてないな。あんまり擦ると翼を傷めるだろうから軽くにしておくぞ。」
―すみません。お願いします。―
「……明らかにその傘は飛脚専用サイズだよな。」
―そう思います……がかりちゃんには黙ってますけど。怖いから……。―

見た目だけならここにいるミニオン達で一番威圧的なのは鷹の飛脚なのだが、見た目に反して彼は温厚で穏やかだ。むしろ一見、可愛らしいがかりが一番、ツンケンして居る。彼女を怒らせるのは足軽や飛脚にとってヤバイ事らしい。本気で怒ってるかは別だけどな、あの子も。傘のことも、本人はスペアを出してきただけだと主張してるので明らかに自分の専用サイズを被せられた飛脚も我慢して黙っているようだ。本当はわざわざ専用を用意してくれたことに礼を言いたいらしいが。礼を言うとなぜか怒られてしまうわけだ。アンタのためじゃないし!と。全く面白い。

表面の水分をそっと拭き取るだけにして、飛脚の羽根の手入れは本人……本鳥とノンに任せよう。ヒョコヒョコとおぼつかない足取りで、飛脚がパンコと入れ替わる。

―ピャー!刹にぃ!―
「なんだ、どうしたパンコ。」
―こっしょり出てきたけど知ってる人に会ったらホッとしたのぅ。―
「そりゃ良かった。どれ、ちょっと怪我してないか見るからな。」
―はーい。―

器用にパンコがぺたんと座り込む。足軽と同じく地面近くを歩いてたからだろう、白い毛の部分が泥に汚れて灰色と茶色だ。黒い隈取のような模様や、四つ足と耳が黒いのがパンダの特徴なんだが……。

「…パンコ、汚れちまっててこれじゃヒグマだな。」
―ぇえー!―
「……あと、後ろ足の付け根、ちょっとほつれてるかもしれないから、アルバにちゃんと見てもらえ。俺じゃこの暗さだと見えないしな。綿出てきたら困るだろ。」
―ピャー!そうするぅ!―

パンコはパンダの子、と言ったが細かいことを言うとパンダの子のマメット……機械仕掛けのぬいぐるみだ。どう言うわけなのか意思をもって自発的に動くしこうして会話もできる。なんでなのかは知らない。アルバなら知ってるのかもしれないが。俺としてはなんでもいい。いい子だしなこの子は。マメットだからこそ、パンコにとってのケガは糸のほつれや布が破れることを意味する。触った限り……ほんの少し指に糸の引っかかりを感じたからきちんとアルバに見て貰うほうが良いだろう。薄暗くて俺じゃ目視では分からないからな。ちなみパンコは最初に栗丸と友達になってくれた子だ。居合わせた俺とアルバが話してる時に栗丸と話そうとしてくれたパンコが勢い余って栗丸に躓いて双方がコロン、となったんだが、それがきっかけでそのまま友達になったらしい。栗丸に近寄ろうとしたパンコの前をタイミング悪く……ある意味ではタイミング良く、栗丸が通ったせいでコツンとなってコロンと転がってたな。どっちも怪我をしてなくて安心したし、おかげで仲良くなったから良いんだけどな。ひとまず水気はいくらか拭っておいて、アルバが来たら足のとこのは伝えておこう。触った限り軽いほつれだが、ほっといたら広がるかもしれないしな。今すぐ俺の手持ちの道具で縫えなくもないが……乾かしてからのがいいだろうし、やっぱ見えづらいな。ざっくりと拭いてやるとパンコがお礼を言って栗丸と入れ替わる。濡れたせいでなんとなくペチャっとしたように見えるな、栗丸。

「…お前も栗丸から焼き栗丸みたいになってるな。」
「!?」

オレンジ色の毛が泥跳ねで濃い茶色になってる。これだと栗丸じゃなくて焼き栗丸か焦げ栗丸だな。普段よりほっそりして見えるから焼き芋か?まぁあとで洗ってやるとして、軽く拭いておいてやろう。風邪引いちまうからな。ゴシゴシ拭いてる間に、栗丸が皆んなと集まって歩き回るの楽しかった、と話してくれる。お花を時々摘んで、雨が降って来た時にはがかりが傘を被せてくれて。お花も摘めたし、自分達だけで結構お散歩出来たし、そろそろ帰ろうかと相談していたところに俺がやって来たらしい。

「全く心配したぞ。」
「……。」

しゅん、と栗丸が心持ち縮こまる。栗丸自身も、他の子達も俺たちがひどく心配した、と言うことは理解してるようだ。理解してくれてるならいい。栗丸を拭き終えた頃に、足音を立てながらノンとアルバが駆けてくるのが分かる。正直雨粒と夜の暗さで視認はうまく出来てないんだが彼女達の立てる音と、気配で理解できた。二人とも、家を出る時にきちんと傘を支度したようでエオルゼア様式の傘を握って、水が入るのを避けるためにだろうか、長めの革のブーツを履いてるようだ。足音がそう言う音になってる。二人には多分、俺が見えてるだろう。雨が降ってると普通の視力の人も視界が悪くなるそうだが……。片手を持ち上げて合図すると、同じように二人が手をあげるのがボンヤリ見える。見えてるらしい、良かった。程なくして、張り出して雨をしのげる場所へ駆け込んで来た。

「あぁー!みんな泥だらけじゃない!心配したんだからね!」
「パンコも泥だらけ!でも良かった見つかって!」

心配していたことと、無事で良かったとをそれぞれが口にする。傘を閉じながら普段連れ歩く相棒達を確かめて、二人ともがぎゅっとミニオン達を抱きしめる。拭いたとはいえ濡れてるから、二人の服もこれで雨と泥だらけだな。

「黙って出て行くなんて何考えてたのー、もー!心配したんだから!」

三匹をまとめて思い切り抱きしめながらノンがしっかりと雷を落とす。なにぶん、三匹まとめて居なくなっていたわけだから俺やアルバよりも悪い想像を多めにしたのかもしれない。
大事そうに三匹を抱きしめてるから……アルバよりも割増しで服が汚れるだろうな。洗濯を考えると大変そうだが、まぁ致し方ない。ミコッテ特有の猫の耳に似た細長い三角の耳が、折れ曲がって頭に張り付くようにペタンとなっている。ミコッテ達の耳がああやって動くときは、怒った時や悲しい時で、感情が落ち込んだ時になりやすいらしい。俺にはああいう耳が無いし、角も動かせないから分からない感覚だ。いつもは元気よく揺れる尻尾も心なしかしおらしく地面に降りてしまっていた。こっちは俺にもわかるな。

―ご、ごめんなさいノンさん…!―
―ごめんなさい。あの、その、ちょっと痛いです……。―
―ごめんなさい…。だからあの、ちょっと手、緩めて…。―

「無理!どっか行っちゃったら困るもん!」


さすがにのんちゃん目の前にしてとんずらはしないわよ、と、がかりがどこか呆れたような顔をするが、家出したんだから仕方ないな。しばらく羽交い絞めにされとくといいぞ。正確には抱きしめられてるんだしな、それ。

―あーちゃんー!あのぅ、ごめんなさいぃ!―
「パンコー!無事で良かった!良かったぁ!」

小さなララフェルが、同じように小さなパンダのマメットをぎゅっと抱きしめて頭を撫でている。だいぶ濡れているからフワフワというかじとじとだろうがしょうがないな。パンコは風邪を引かないかもしれないが……体が錆びたりしてしまうんだろうか?そっちの方向では心配だな。そこらへんはアルバが理解してるだろうから大丈夫だろう。彼女がもっていた小さな綺麗な笹をパンコに手渡してやって、パンコが加えていた萎れてしまった笹をポケットにしまっている。

やれやれ、全員ちゃんと飼い主……というか家族というべきか、きちんと合流できて何よりだ。一安心だな。安心したと同時に軽い眩暈がした。これは……エーテル視のせいか、雨に濡れたからか、どっちだろうな。寒気はしてないから、エーテル視か。栗丸が旦那大丈夫か?とぴょんぴょんしている。なんだろう、ピョンピョンしてるはずなのに濡れてるせいで跳ねてるというかぶよぶよしてるみたいに見えるな。

「とりあえず全員無事だし、それぞれ連れ帰って洗ってやるなりしないとだな。」
「刹さんもずぶ濡れですしお風呂入ったほうが。」
「さすがにちょっと冷えるな。そうだ、アルバ。パンコの後ろ足ほつれてるかもしれないから見てやってくれ。俺じゃちょっと見えなかった。」
「わかりました!」

パンコにほつれが出来ているかどうか、ノンと一緒になって確認しているのを見つつ、ポーチから薬を出して飲んでおく。酷く色の悪い薬なんだが、エーテル視を使った後や、エーテルの欠乏状態に陥った時に飲む俺専用の薬だ。青黒い……というのか暗い青紫と言えばいいか、そんな色の薬だから見た目からして不味そうなんだが、その見た目の通りかなり不味い。かなり甘ったるいと同時にひどく苦いからあんまり進んでは飲みたくないが、倒れたほうが回復に時間がかかるから予防的に飲む。何回飲んでもやっぱり不味い。自然と表情が歪んでしまうが、その俺の顔を見ていたがかりが、刹さんすごい顔をした、とちょっと笑っているのに気が付いてしまってこっちとしても苦笑してしまう。一緒に見ていたらしい足軽が、そんな顔になる薬ってどんな薬……?とちょっと飲んでみたそうな顔をするのも解る。

―というか何のお薬ですか刹殿。―
「俺用のエーテルの補助薬。」
―……凄い顔してましたけど美味しくないってことですか。―
「くそ不味いぞ。味見はやめとけ。飯が食えなくなる。」
―そんなに美味しくないんです!?―

ご飯は食べたいから味見はやめておこう、と足軽は思い直してくれたようだ。エーテルの回復促進薬だからまぁ、毒ではないんだけどな。どう考えても不味すぎて食欲が失せる。自分たちだけで歩き回って、楽しんでたろうが警戒したりしつつの行動で腹も減ってるだろう。ちゃんと飯が食える気持ちにしておいた方が良い。水も取り出して口直しに飲んでから、空になった小さな薬瓶と水筒をしまう。味の改良も考えて試作したこともあるんだが、味を良くすると目的のエーテル回復力が落ちるんで結局、不味いままだ。またそのうち試作してみるか……。様子を伺ってみると、どうやらアルバとノンはパンコのほつれを発見したらしい。なら、修理……手当というべきだな。手当はすんなりして貰えそうだな。良かった。とりあえず帰るか……。

―あ、お花を……。―

飛脚が何か思い出したようにがかり達にそう声をかけて、ミニオンたちがそうだったとそれぞれ持っていた花を自分の家族である人に差し出している。がかり達三匹はノンに、パンコはアルバに、栗丸は俺に。小さな野の花を4~5まとめた小さな花束だ。摘んでから時間が経ってるのか、どれもどこかヘナっと元気が無くなっている。萎れちゃってますね……と飛脚が困ったような声を出した。というかそういう音に俺には聞こえる。実際には鳴いてるわけじゃないからな。うまい説明がしづらいが、なんといえばいいか、心とか頭の中で直接彼らの声が響いてくる感じだから下手するとこの子達の口すら動いてないんだよな。それでも俺達にはそれが解る。ノンとアルバにも俺と似た《超える力》があるから平然と全員交えて会話になってる状態だし。

「帰ったら水切りしてみるといいかもしれんな。」
「そうします。勝手に出て行ったのは困るけど、お花は嬉しい。うん。ありがとうね。」
「パンコもありがとうね~。」

しっかり釘を刺しながらも礼を言うノンに笑ってしまう。しばらく三匹は反省モードになっとくのが良いぞ。俺がそう思ったのが伝わったのか、三匹ともがなんともスイマセンと言いたげな顔になる。面白い。パンコは萎れてしまったのが気になるのか、元気になるといいなぁと零していた。水切りしたらよくなるんじゃないだろうか。野の花は強いしな。栗丸もすこし心配そうにしていたが、帰ったら水切りして、花瓶に飾ろうなと言うとピョンピョン跳ねて同意してきた。水切りがなんだか分かって無いかもしれないがそんなのは些細な事だな。というか、栗丸の頭のもしょもしょのところに花を一本くらい挿しとくのも悪くない。いつだか試しにのっけてみたら存外、バランスも取れて動く一輪挿しと化していた。最も、シャキっとした花だからだろうな。今貰った花でやるのはやめておこう。とりあえず、全員に帰ろうかと促す。俺は体が冷えて来てるから出来れば風呂に入りたい。クガネには温泉があるが栗丸を連れ込むのはほかの客が困るだろうから出来ないし、栗丸も風呂に入れたほうが良いから家に帰ったほうがいいな。それはノンやアルバも同じだろう。帰りは俺もテレポすればいいな。雨の中を渡し船に乗ることもないだろう。家の前に簡易的なエーテライトが置いてあって、自分の家にならすぐさま帰れる。

「とりあえず帰るか。」
「はい!刹さんパンコ達の事ありがとうございました!」
「ありがとうございました。後々なにかお礼を。」
「気にしないでくれ。栗丸も一緒だったんだしな。じゃ風呂にも入りたいし、先にテレポさせてもらうよ。」

またゆっくり茶でも飲みながら話でもしよう、とそれぞれ挨拶を交わす。ノンやアルバはもちろん、がかり達三匹ともパンコとも。手を振ってから栗丸を抱え上げて、目を閉じさせてからテレポを詠唱し始める。自分の目も閉じておいて、足場が不確かになる感覚を感じ取って。場所が変わってしまう前に、ノンとアルバが私たちも帰ろうと挨拶を交わすのが聞こえていた。少ししてから僅かだが、空気が変わるのが解る。それと同時に声もかけられた。

「あ、帰ってきた!おかえり!栗丸はいた?」

レンの声か。彼女は確か、ギラバニアに行っててそっちで泊る予定だったはずだが……雷刃が栗丸が居なくなったという連絡を入れてくれたのかもしれないな。

振り向いて、見つけてきたと答えようとして眩暈に襲われる。軽いとはいえグラっとくるのは気持ちが悪い。足元がわずかにふらついたのを見て彼女が驚いたように俺の腰のあたりを掴んだのが解る。栗丸も抱えられたまま、だいじょうぶか?と心配そうだ。心配させたいわけじゃないし、エーテル薬も飲んだから悪化はしないと思うんだが……風呂入って横になっとくか。

「栗丸いるじゃん!よかった!刹、大丈夫?目でも回した?」
「エーテル視をちょくちょく使ったからかもしれんが大丈夫だ。」

薬は?と聞かれて飲んであると答える。ならゆっくりするしかないわね、と彼女が玄関を開けてくれる。少し気を付けながら足を動かしたたが、眩暈はこなかった。酷くなると困るからそのほうが良いけどな。雷刃たちが全員、リビングで落ち着かなそうに立っていて迎えてくれる。それどころか兄貴も来ていた。レンと同じく雷刃にでも聞いたんだろうな。

「おかえりなさいませ刹さん。栗丸も。良かった何事も無くて。」
「見つけて帰る連絡すればよかったな、悪い。」
「いえ、しかしずぶ濡れですね。風呂は沸いてますから。」

雷刃がすぐに風呂を勧めてくれる。俺も早く入りたいな。兄貴が俺が栗丸を洗うから先にとりあえず風呂へ行ってこい、と言ってくれたので濡れたせいでどこかほっそりに見えている栗丸を預けておく。それから萎れている花を、レンに渡して水切りをしてもらうように頼んでおいた。彼女は薬草やら花を集めてくるのが好きだから、そういう作業に慣れているし。ちょっと床が濡れちまうがすまないと断りを入れてから風呂場に向かう。うしろからロットゲイムがどこ行ってたんだい!全く心配したよ!と栗丸を叱っているのが聞こえてくる。どこか半泣き気味に。栗丸がごめんなさいをしているのも聞こえてきた。兄貴が通訳してくれるだろうから、俺がいなくても意思の疎通にはなるだろう。多分、アドゥガンも多少なり小言を零しているだろう。彼は常々無言だが、栗丸の事も気にかけてくれているし。リビングでの物音を聞きつつ、風呂場に入って服を脱いだ。結構にずぶ濡れだが仕方ない。洗濯篭に放り込んでおいて軽く湯を体にかけてから湯船に入る。さすがに体が冷えた。このまんま放っておいては風邪を引いちまう。湯が温かいし体温との差にため息が出る。温まってから頭も洗っとこう。シッポや鱗が特に冷えて感じて少々、居心地が悪い。深めに湯につかっていたら、入るよと声をかけながら兄貴がやってくる。小さな風呂に出来る桶を持ちこんで、そこで洗うために栗丸を連れてきたらしい。栗丸がぴょこぴょこと跳ねながら俺を覗こうとするが栗丸のサイズだと湯船を覗きこめないな。俺はいいからとにかく洗ってもらえと言うと、ちょっと残念そうにしながら兄貴が支度するのを待ち始めた。湯船から手桶で湯をすくって栗丸に少しずつかける。あついー!と言いながらも火傷するような熱さではなくて気持ちのいい熱さだからだろう、逃げたりはせずに泥を落としてもらっているようだ。雨降りの中で地面を跳ねてたから泥跳ねがすごいなあと兄貴も苦笑い気味だ。何度か手桶からの湯で泥を落とした後、中くらいの桶に湯を溜めてそこに栗丸を入れてやっている。栗丸は水が嫌いじゃないどころか、割と好きらしくて風呂も嫌がらない。ミニ風呂に入れてもらって機嫌よさそうに鼻歌を歌っている。

「結局どこに居たんだ?栗丸。」
「ラザハン大使館の近くに小さな庭園あるだろ。あのあたり。」
「そんなところまで行ってたのか?大冒険してたんだね。」
「がかり達とパンコも一緒にな。どうも全員で示し合わせて出かけたらしい。」
「がかりちゃん達も?……栗丸が家から出たのは彼女の助けでもあったかな?手先が器用だったと思ったけれど。」
「そうかもな。その辺も聞いてみるべきだった。」

家から出るのはそこそこ難しいはずなのだ。雷刃達だっているし、ドアを一人で開けられるとは思えない。最も昔、ラベンダーベッドの家にいたころにどうやってか俺の部屋のドアのドアノブをいじって部屋から出ていたこともあるが……。今の家でもそうだが、玄関には基本的に鍵がかかってるし、簡単には開けられないと思うんだけどな。どうやって出て行ったんだか。玄関からとは限らないけどな、窓もいくつかあるし。あとで栗丸本人にも聞いてみよう。覚えてれば教えてくれるだろうから。兄貴がしっかり栗丸を温めてやってくれて、先に出て乾かしてやっておくよ、と風呂場から去っていく。旦那も早く来い、と機嫌良さそうに栗丸が言いおいていった。全く、マイペースなやつだ。俺も相当にマイペースだから彼奴のことは言えないが。体を温め切ってからシャワーで頭も洗って、もう一度少しだけ湯船につかって置く。体を芯まで冷やしてしまうと温め直すのに時間がかかるな。飯も食いたいが横になったほうがいいだろうから白湯だけもらって外からじゃ温め切れない内臓を温めるか……。胃腸が冷えてると不思議と体の表面も冷えてくるし、せっかく風呂で温まってもそれでは意味がない。風邪を引くのは遠慮したいからな。そろそろいいかと風呂から出て体を拭いてから、着替える。雨と泥に汚れてしまった服は申し訳ないが雷刃かレンに洗濯を頼もう。普段なら自分でやるが今は休ませてもらいたい。一応、リビングに戻っておく。本当なら風呂場のすぐ側が俺の部屋だから直行して寝てもいいだが、風呂の後にすぐ寝る、と宣言して置かなかったから心配させる可能性がある。同居人たちはみんなお人好しなんだ。リビングに入ってすぐ、ふわふわになった栗丸がぴょんぴょんと寄ってくる。頭のさきっちょを撫でてやると満足げにフンスーと鼻息を吐いた。ちゃんと温まったみたいでなによりだ。抱っこしろというので抱え上げて、椅子に腰かける。膝の上に載せておいてしばらく撫でておいた。居なくなった時は肝が冷えたが、なんともなく見つかって良かった。今、無事に膝の上に居るのを認識したら見当たらないと判ったときの不安感が自覚していたよりもずっと大きかったんだなと気が付いて驚く。……いつの間にかそういう存在になってるんだな栗丸は。いなくなってしまうのが怖いと思うような。テーブルにはレンが水切りしてくれた野の花が小さな花瓶に生けてある。持ち帰ってきたときよりは元気になったように見えるな。

「あ、大丈夫?温まった?」
「なんとか。雷刃、すまんが白湯を貰えるか?」
「かしこまりました。お食事はどうします?」
「申し訳ないがちょっと休むことを優先したいから、今夜のは食べないでおく。」

承知いたしました、と雷刃が品よくお辞儀をする。彼は俺の食事も作ってくれていたはずだから、悪いとは思うのだが……。彼の方は嫌な顔もしない。それからちょっと考えた後に、でしたら劉さんにお出ししちゃっていいですかね?と聞かれて思わず兄貴を振り返る。兄貴の方はきょとんとなっていたが。飯くってないのか?と問いかけると、少しばかり困った顔をしてから、食べてないね、と兄貴が答えた。……どこの宿にいたかしらないが、飯を食う前に駆けつけてくれたのか。レンはというと、ちょうど食事を終えたところで連絡を貰ったらしい。なるほど。なら、兄貴の晩飯にしちゃってくれと頼む。すぐに雷刃がかしこまりましたと答えてお辞儀をもう一度してから、炊事場のほうへ向かっていく。湯を沸かして白湯を支度するためと、兄貴用の食事を温めてくれるはずだ。膝の上で撫でていた栗丸は温まったのと、ホッとしたのもあるんだろう、うとうとし始めている。俺もどうせ白湯を貰ったら休むから、一緒に寝室に連れて行って寝かせてやればいい。ここで寝てしまっても一応大丈夫ではあるな。抱えておけばいいだけだし。雷刃が白湯と兄貴の食事を運んできてくれた頃には、栗丸はほぼ寝ていた。白湯飲むのに零してひっかけたら可哀そうだし、とレンがそうっと抱き上げてくれたが、起きる気配も無くそのまま寝ている。スースーという小さな寝息が聞こえていて、気が抜けて笑ってしまう。ほかの面々も同じなのか、皆どこか面白そうな顔をしていた。ロットゲイムがどこか幸せそうなのが面白い。栗ちゃんてば寝ててもめちゃくちゃカワイイ、と目をキラキラさせている。レンと二人でスヤスヤ寝ている栗丸を眺めてはどこか悶絶するように両手で頬を抑えている。……本人はあれでカワイイ物が好きなのを秘密にしてるつもりらしいから面白いな。隠す気、本当は無いんじゃないだろうか。ともあれレンが栗丸を抱えてくれているし、そのまま任せておいてゆっくり白湯を飲む。口から食道を通って胃腸に暖かいお湯が流れ込んでいくのが感じ取れて変な気持ちになる。冷たいものを口にするときもそうだが、腹に呑み込んだものが落ちていく感覚はすきっ腹だと特に奇妙な体感になるな。おかげで温まるのも冷えるのも察しがつくが。風呂と白湯で、随分と冷えは収まった。収まったとたんに俺も眠くなる。あくびが出そうだ。どうにか欠伸をかみ殺して白湯の礼をすると立ち上がる。

「早いけど寝れそうだし寝とくよ。」
「寝付けそうなのはいいことだよ。旦那、寝つき極悪なんだからさ。」
「いつもこうだと良いんだがな。栗丸も連れてって寝床に寝かすよ。」
「めっちゃよく寝てるしそうっとねー。」

レンに抱えられたまま、全く起きる気配も無くスースー寝ている栗丸を、起こさないようにそうっと受け取る。人間で言うむにゃむにゃというような、そういう仕草をしただけでそのまま寝ている。……一緒に寝てるからこそ知ってるが、本当にコイツは途中で起きないんだよな……。朝になるときちんと起きるが、夜中にふと目が覚める、と言うことが無いらしい。
羨ましい限りだ。寝つきもいいしな栗丸。


「騒がせて悪かった。栗丸にはしっかり言い聞かせておかないとな。お休み。」

それぞれがお休みと返してくれるのを聞きながら、階段を下りて寝室に行く。皆から姿が見えなくなる位置に来て、欠伸をこらえきれなくなって口が大きく開いた。眠い……。目の端にわずかに涙が溜まる。多分栗丸は起きはしないだろうが、物音を立てないようにそうっと障子を開けて、寝室へ入る。障子ではあるが一応鍵も掛けられる構造になってるから、鍵も掛けておいた。カチッという小さな金属音。俺には結構大きな音に聞こえてしまうが、熟睡中の栗丸には全く気にならなかったようだ。栗丸用の寝床にと作った編み篭をのぞき込んで、敷いてある小さな布団を整えてから、そうっと寝かせてやる。それから毛布を軽くかけてやった。皆と大冒険してきたのを夢でも見てるのか、どこか楽しそうな顔に感じる。鳴き声を上げない栗丸だが、たまに寝言も言う。いつだかに、どんぐり食べたい!と叫んだことがあって寝付けないでいた俺が吹きだした事がある。いや、鳴き声もない子だからこう、大声で叫ぶのとは違って、俺の頭の中にダイレクトに絶叫が響いてくるようなそんな感じだったんだがいきなり過ぎたし内容もあまりに栗丸らしいドングリ食いたい、というのだったから笑わずにいられなかった。そんなこともあったと思い出し笑いをしたら同時に欠伸が出た。……ダメだ素直に寝よう。普段は寝つきが最悪の俺が夜に眠くなってるのは、ロットゲイムが言ったように貴重だ。眠いと思ってるうちに寝るに限る。風呂に入った後に軽装ではなくて寝間着に着替えておいたが正解だったな。ベッドに横になりながら潜り込む。目を閉じてしまう前に、ベッド脇に置いてある栗丸の寝床をのぞき込んだがスヤスヤ寝ているようだし心配も無さそうだ。掛け布団を整えてしっかり体にかけてから目を閉じる。普段の冒険のほうがよほど疲れると思うんだが、それとは違う疲れ方をしたってことなんだろうな……この疲労感は。

 黙ってじっとしているうちに寝付いたらしくて、気が付いたときには朝だった。八時くらいか?俺が自然に朝に起きられたの珍しいな。なにせ昼の少し前くらいに起きるのが多い。とはいえそれでも十分ゆっくりめの朝ではある。普段なら栗丸は先に起きていて専用のドアから勝手に出ていくのだが……寝息がまだ聞こえる。驚いて寝床をのぞき込むとスヤスヤ寝ていた。栗丸も疲れたんだろうな。起こす必要もないし、めくれていた掛け布団をかけ直してやる。割とスッキリ目が覚めたから今日は朝風呂に入りに行かなくても良さそうだ。普段の朝は目が覚めないのもあって風呂に入るのを好むんだが。着替えを済ませて、鍵を開けて部屋を出る。一階のリビングからは物音がしているしだいたいみんな起きているだろう。階段をゆっくり目に上る。眩暈や寒気もしないし、風邪は引かずにすんだな……。エーテル視からくる負担も薬を飲んだおかげで大丈夫そうだ。それでも念のために食後に薬を飲んでおくか。倒れる時はいきなりだから、心配な時は予防するに限る。階段を登ってるにつれて、リビングでの物音が大きく聞こえてくる。やっぱり俺以外の人間たちは起きているようだ。わいわいと話をしているのが解る。アドゥガンの声だけは聞こえてこないが、これは彼が沈黙の男だからで仲間外れにされているわけではないのでそういう心配もない。階段を登り切ってすぐ、真っ先に俺に気が付くのが雷刃なのが面白い。彼は忍者に向いてるんじゃないだろうか。使用人としての気の使い方が出来る人からこそ気が付くんだろうが。

「おや刹さん。おはようございます。言葉の意味通りに。」
「おはよう。少々余計な言葉がついてるが、まぁその通りだな。」

使用人としての気を使いながらこの毒の吐き方だから面白い。それなりに付き合いも長い友人でもあるから俺は気にしないが。やりとりを聞いていたレンは腹を抱えて笑ってるし兄貴も苦笑いだ。ロットゲイムも笑ってるがアドゥガンだけは、笑っていいものか……と言いたげな複雑そうな顔をしている。気にせず笑ってくれていいぞ、とそれとなく合図してやると兄貴と似たような苦笑を遠慮がちに浮かべて見せた。彼は無言で言葉の主張がないものの、かなり気を使ってくれる人なのだ。雷刃とは別の方向にだな。

「まー、しゃーないわよねそう言われても。顔色蒼くないし、風邪とか大丈夫そう?」
「大丈夫そうだな。」

ひとしきり笑い終えてから、レンに聞かれて返事をしておく。風呂にしっかり浸かったのと白湯を飲んでとっとと寝たのが功を制したということにしておこう。無理はするなよ?と兄貴に言われて頷く。空いている席に腰かけると、いつの間にやら雷刃が食事を運んできてくれていた。オニギリと味噌汁、それから卵に出汁を溶いて焼いたものに、ちょっとした野菜をおひたしにし奴。シンプルだが東方風の朝食というのは落ち着く。礼を伝えてから頂きますと宣言して、それから軽く祈りだけささげてから手を付ける。俺には信仰する神などいないがそれでも祈りってのもは捧げたくなるもんなのだ。イシュガルドで会ったが、信仰を持たないはずのガレアン人ですら、大事な人の無事を祈るということを覚えるというくらいだからな。彼女の祈る理由と俺の祈る理由はたぶん、とても近いものだと思う。家族たちが、仲間たちが、大事な人たちが元気で出来たら幸せでいて欲しいという祈り。あえて神に祈るなら、俺にとっての神は八百万の神だから神と呼ばれるものなら全部になっちまうな。極端な話。今日のおにぎりの具はトゥーナ……東方的な言い方をするとマグロの赤身を叩いてワサビという辛みのある薬味を混ぜた奴だった。どこでマグロを仕入れたんだ雷刃。まぁいいか。

「旦那が起きてきて、栗ちゃんがまだ寝てるのが新鮮だねえ。」
「栗丸は早起きですからね。俺が飯作ってるときには起きてて、朝飯が出来上がるのを傍で待ってるのに今日はいませんでしたし。」

「まだよく寝てたから放っておいた。」
「大冒険してきて疲れたんだろうね。寝てるならそっとしておけばいいよ。」

昨日、体を乾かしてやっているときに色々と聞いたけど、ここから渡し船に乗ってクガネに行って歩き回って、なんてしていたみたいだし、刹達も傍にいなくて警戒もしながら動いたんだろうから普段よりもずっと草臥れたんだろうから、と兄貴が苦笑しながら言う。酷く優しい顔の苦笑だが。栗丸がその大冒険の末に摘んできた花は、レンが水切りして置いてくれたのもあって随分元気になったようだ。テーブルの小さな花瓶に生けられた小さな花。野の花で人の手の入った品種に比べたら素朴だが十分綺麗で可愛らしい。家にはなにかしら、花を飾っておくことにしているからしばらくこの花でいいな。別室には百合……エオルゼア風に呼べばリリーが飾ってあったり、ダリアが飾ってあったりする。俺が育てたやつだったり、レンが育てたやつだ。栗丸はそういうちょっと手のこんだ花ももちろん好む。お花は綺麗だから好き。綺麗じゃなくてカワイイのもあるしかっこいいのもあるし、とにかくお花好き、とのことだった。広義で言えば植物が好きなんだと思う。葉っぱだけでも面白がって眺めたがるし、木や蔓にも興味津々で寄っていくから。そんなことを考えながら食後にはお茶ではなく白湯を貰っておいて、まずはエーテル薬を飲んだ。マズイものから飲んでしまうに限る。口の中に甘ったるくて苦い味が広がって喉から胃へ落ちていく。とにかく不味い。鼻の方に言い知れぬ薬草と甘みの混じった匂いが通ってきてそれも気持ち悪い。用意してもらっていた白湯を口にして、不快感を洗い流すように呑み込む。口の中の不味い感覚は完全に消えるには少し時間がかかるが、白湯を飲むのと飲まないのとでは随分と違う。

「相変わらずソレを飲んだ時のアンタの顔は酷いわー。」
「一辺味見したろ?」
「したした。二度と飲みたくない味してた。」
「だから仕方ないだろ。不味くてしょうがない。」

倒れるよりマシだから我慢して飲むんだけどな。やれやれ。幸い風邪もひいてないしこれならあんまり自分の心配はしなくていい。栗丸のほうが風邪引いてるかもしれないものな。とはいえ彼奴は結構頑丈ではあるが。こういう時、栗丸は子供であっても魔物だなと思う。本来なら相当に過酷な中で生きるのが前提だから結構に丈夫だ。最も、俺達と暮らしているから野生の個体よりは弱いかもしれない。白湯をもう一杯貰って飲んでいるときに、外から小さなコトンと言う音が聞こえてくる。多分、俺しか聞こえてないが。物音がしたから見てくるとみんなに伝えておいてから、玄関を出る。……リムサ・ロミンサやウルダハよりは随分とマシだが眩しいな。海が太陽からの光でキラキラしているのが解る。綺麗ではあるが、俺の目には毒になりかねない。本当なら眺めたいが……アレは油断すると光を直視することがあるから気を付けないとな。朝の空気を家にいる時にしっかり肌で感じるのは、恥ずかしい話が久々だ。冒険中はそこそこ体験するんだが。朝の空気はスッキリしていて爽やかで気持ちが良いぞ?と兄貴によく言われるのだが、言わんとすることは解る。朝露でキラキラした空気と、それに反応した植物や土の匂いなんかは気持ちがいい事は冒険中に体験してるから分かってる。だからといってそれを感じるために家にいる時、意識して早起きをしようとは思えない。日の出を見たいとか、そういうのがあれば別だけどな。そもそも寝付けなさ過ぎて俺は起きられないんだし。で、さっきの音は……ポストか?玄関先にモーグリの形の置物が乗っかったポストが置いてあるのだが、そこに友人や家族たちから手紙が届くことがある。ポストだから当たり前ではあるがな。庭の芝生がまだ少ししっとりして感じる。朝露が乾ききっていないんだろう。歩くと小さな雫が飛んで少々冷たい。ポストの表面がほんの少し湿っているように感じるのも朝露だろうか。中に手紙が入っていると報せるために、ポストの上にのっかったモーグリの置物のポンポンがピカピカと光っているのが解る。手紙を取り出さないとこのポンポンは光りっぱなしなのだが、昼間は意外と見逃してしまう。今は音が聞こえていたから覗きにこれたが……。夜であれば逆にポンポンの光が目立つので解りやすい。どれどれ。ゆっくり金属の板を組みあわせて小さな小屋のようにしたポストの蓋を開く。キイっという金属音。中には白っぽい封筒が一つ。指先で手繰り寄せて、引っ張り出してからパコンと蓋を閉じた。とたんに置物のモーグリのポンポンから光が消えた。どういう仕組みなんだろうなこれ。貰い物を置いたからどうなってるのか分からない。分解するわけにもいかないしな……。ともかく、手にした封筒を確かめる。少しザラザラとする感触……ドマ様式の紙だな。もしかしたら透かしで模様もあるかもしれないが……俺の目だと見えないな。文字も顔を近づけないと見えないはずだが……見えやすいということは、エンチャントインクを使ってくれてるんだろうか。魔法仕掛けのインクと言うのが解りやすいだろう。俺の目にはその魔法仕掛けのほうが認識しやすい。魔法の痕跡をたどればおのずと文字に見えるからだ。ほんのりインクの匂いを感じる。……宛名には俺と栗丸の名前。差出人は……アルバとパンコになっている。よく見たら、ハンコを押したようにパンコの足型が着いていた。これも割と解りやすいということはエンチャントインクを足の裏にくっ付けてペタンと押したんだろうか。とりあえず家の中で読もう。

中に戻ると、家の連中はそれぞれ好きなことをしているらしい。兄貴は雷刃とお茶を飲んでるが、ロットゲイムとアドゥガンは自分たちの管理する品物の在庫やら状態を確かめているようだ。レンが見当たらないと思って聞いてみると、栗丸の様子を見に行ってくれたらしい。栗丸は時々レンの部屋で彼女と一緒に寝たりするのだが、レン曰く、寝顔が最高、なんだそうだ。正直俺は、間抜けな寝顔だな、と思ってしまうのだが……そもそもはっきりは見えてないしな。レンにとってはあの間抜けな顔が可愛い顔に見えるらしい。様子を見るとは建前で寝顔を眺めるのが主な目的なんだろう。まぁそれでもいい。ポーチから出した薄いナイフで封を切る。本当ならペーパーナイフで切るほうが良いんだが……あちこちに色々とナイフを持ってるからそれで済ませる。便箋を取り出してみると、こっちの文字もエンチャントインクで書いてくれたようだ。ありがたい。


立ったまま、目を通す。要約すると、先日のお礼に食事会でもしようと思うのだがいかがでしょうか?という内容だ。場所は俺の養父がやってる店の上席を借りて、俺とノンとアルバ、それからそれぞれのミニオンたちを一緒に連れ込んでゆっくり食事をしながらおしゃべりをしないか、と提案する内容だった。マスターの店は基本的には動物は入れないが……もうマスターに相談済みなんだろうか?というかお礼か、気にしなくていいのにな。手紙を読んだ限り、ノンとアルバ二人で相談をして決めたらしい。二人とも律儀だな。とりあえず返事を書いたほうがいいか。ロットゲイムに頼んで、適当な封筒と便箋、それとエンチャントインクを出して来てもらう。普通のインクだと読むのにも手間取るんだが、書く時も同様にもたつく。自分の家で個人的な手紙を書くならゆっくりでいいし、自前のインクを用意してそれを使えるから良いのだが、公的な書類なんかにサインをと言われたりすると面倒くさい。出されるインクは基本普通のインクだし、役人は俺の目の悪さなんか知らないからせかされることもある。大抵は、異様に紙に顔を近づけてゆっくり手を動かすのを見て察してはくれるんだけどな。兄貴がいるから代筆を頼んでもいいんだが……出来たら自分で書いておきたい。

「アルバさんからか。パンコ君のサインもついてるのか?カワイイな。」
「ミニオン探しのお礼がしたいんだそうだ。」
「ああ……つくづく彼女たちも律儀だね。」
「気にしないでくれと言っといたんだけどな。気持ちはありがたく受け取ることにするよ。そのほうがアルバたちも落ち着くだろうし。」

お前の事だから、栗丸を探すついでにって感覚だろうしなと兄貴が苦笑している。実際そんな心持ではあったな。全員一緒であろうことは予測出来ていたわけだし。栗丸を探し回れば結果的に全員を探すことにはなるから気にしないで欲しいと思っていた。でもお礼をというのを無碍にすることもないだろう。了解したと認めて、マスターの店には連絡をしてあるのかどうか聞いておく。日付の指定が特にされてないからまだなのかもしれない。俺が断るかもしれないと考えても居ただろうし。それこそマスターは俺の養父なわけだし俺も時々働きに行くから俺から予約を取っても良いんだが……多分彼女たちに任せるほうが良いだろうな。あれこれと答えたほうがいいことと、聞きたいことを書き記して、年のために兄貴に誤字脱字がないかどうかを確かめてもらう。エンチャントインクだからあったとしても読めないような文字になってないはずだが。ざっくり見た兄貴が問題ないと思うよ、と言うので封筒にアルバとパンコの名前、それから俺と栗丸の名前を書いて封をすると、また外に出てポストに放り込んでおく。ああしておくと決まった時間にモーグリの配達員が確かめに来て回収しては配達をこなしてくれる。さっき届けに来てくれたばかりだから、回収は昼頃かもしれないな。まあ急がなくて大丈夫だろう、多分。家の中に戻ると、どうやら栗丸が起きたらしい。階段の下からレンが何か話しかけている声が聞こえてきている。ぽんぽんと階段を登ってくる音を立てながら、ひょこっと栗丸が顔を出した。まだちょっと眠たそうにも見えるが……。

「目が覚めたか?おはよう。」
「…!?」
「なんで旦那が先に起きてる?たまたま目が覚めた。お前だって今日は珍しく寝坊助だろ。」
「…!」
「疲れちゃったからすごく寝た?寒かったり、逆に暑かったりはしてないか?」
「!」
「大丈夫ならいい。お腹空いたろ。ご飯出すから待ってろ。」

レンが遅れて、機嫌良さそうに登ってくる。存分に寝顔を眺めたらしい。やっぱ栗丸の寝顔最高に可愛いわ~と通りすがりに栗丸の頭を撫でている。栗丸のほうは気にした様子はなく、ご飯を待っているようだ。いつもあいつの食事を置いてやる定位置に座り込んで待ち構えている。雷刃が手伝ってくれて、水といつものドングリや小麦を捏ねた団子を用意して並べてやる。様子を見た限り、鼻水をたらしたりもしてないし……風邪やらは引いていなそうか。それなら良いんだが。食事が並ぶとすぐに、頂きますと元気よく挨拶してもぐもぐ食べ始める。しっかり両手で団子を抱え込んで小さな口でもそもそと食べるのだが、なんだろうな、げっ歯類を見ている気持ちになる。ナッツイーターやネズミなんかもこんな食い方だった気がする。最も栗丸はアレよりもゆっくりめであるな。テチテチという咀嚼の音。時々ちゃんと水も飲んでいる様子だ。時折勢いよく食べ過ぎて喉つまりそう、とジタバタすることがあるから度々注意して最近、ようやくあんまりがっつかなくなった。食いしん坊だよなお前は。体は俺達に比べてかなり小さいし、成体のパイッサと比べても驚くほど小さいが……この小さい幼生体が下手すれば俺より大きな成体になるんだから、まぁ山ほど食うのも解らんでもない。昨日の今日だから、俺と栗丸はちょっとゆっくりしていた方が良いな。ノンやアルバたちもミニオンたちは少々ゆっくりさせた方が良いだろうな。そういうわけで、その日一日は、俺も栗丸の家の中でぼんやり過ごさせてもらった。栗丸は多少、外に遊びに行きたそうだったが、疲れてもいる様子でお外に行きたいと騒ぐことも無かった。それでも多少は退屈らしく、同居人たちに構えと遊びに誘っては相手をしてもらっている。兄貴もすぐに帰ろうとせずにもう一日くらい居るよと栗丸の遊び相手をしてくれていたので助かった。兄貴は心配性で何かあると駆けつけてくれるのだが、過剰に遠慮もするのですぐ帰りがちでゆっくりしていってくれないのだ。遠慮はいらないんだけどな。

 アルバからの最初の手紙が届いて数日。二回ばかり手紙でやりとりをして、日程なんかの調整をしてから、彼女たちがマスターの店に直接行って上席の予約を済ませた。俺がしに行くぞ?と言ったのだが、刹さんに頼んじゃうと私たちからのお礼のはずなのに席代や食事代を刹さんが用立てちゃうからダメです、と言われてしまった。いやまあ、指摘されたことをやらないとは言わん。多分やる。彼女たち曰く、俺の義父のお店の利益にもなるしとマスターの店を選んでくれたらしい。結果的に俺にも多少なり還元されるだろうから、と。実家に帰った時の食費やらで恐らく俺に還元されるな。なんというかありがたいような申し訳ないような。ともあれ、その彼女たちが予約してくれた上席での食事会っていうのがこれからある。夕食を食べながら、ゆっくりお話を、という事だから店に行くのは夕暮れ時で良い。ミニオンたちは本来連れ込まないのだが、二人がマスターに事情を説明し、そのうえで頭を下げてお願いしてくれたらしい。マスターはちょっと考えたようだが、息子の冒険者仲間に頭を下げられちゃ仕方ねえと連れ込む許可をしてくれたようだ。その代わり、室内の物に乗ったり悪戯をしないこと、上席から外に出てきたら騒ぎになってしまうから出て来てはダメだということが条件として付いたようだ。入店するときも、鞄や袋に全員隠してこっそり連れ込むように、と。ノンだけ大荷物だな。三匹いるし。パンコなんかはじっとしていればマメットだからお人形ですと言い張れそうではある。そのあと動いてるのを見られても、自立式のマメットですと言い張れなくはない。嘘ではないな。少々普通と違う点があるなら自立式の自立のレベルがぶっ飛んでいるくらいか。自分で考えて自分の意志で動いてるからなあの子は。

夕方までは暇なわけだし、どうせマスターの店に行くんだからと俺は時間まで、店の手伝いをしてることにして厨房で料理の仕込みを手伝っておいた。マスターの店は料理がおいしいことで評判が良い。マスター自身も仕込みをするが、彼にあれこれと仕込まれた料理担当の店員たちの腕も凄いのだ。十代半ば、エオルゼアに渡って来たばかりのころの俺もここで働かせてもらってたから、皆顔なじみだ。久々に会うたびに、あんなにひょろひょろで小さかったのにと言われる。当時は確かに細かったし今よりも小柄だったが、今じゃ全員の背丈を追い越してるものな。俺より背が高いのは店主のマスターとその奥さんである俺の養母くらいのものだ。ルガディン族はそれだけデカイ。食器を調整する陶器のぶつかったりこすれたりする音に、野菜や肉を刻む音。スープやシチューを煮込む音。料理している音というのは聞いていて楽しい。そのうえいい匂いで腹が減る。人気の料理ってのもやはりあって、手軽な値段で食えるモールの肉料理なんかは結構注文が入る。いわゆるモグラの肉だから量はそんなでもないが、ひき肉にしたモールの肉に刻んだオニオンと小麦粉を混ぜて焼き上げ、トマトソースをかける。付け合わせにポポトを添えたり、パンを添えたりして一緒に食べるが、結構美味しい。高くはない気軽に食える肉料理としてそこそこ人気だ。それこそ昔ここで主に働いていたときに俺がモールの肉を調達しにザナラーンでモグラ狩りをしてたこともある。あんまり強い魔物ではないが、みぞおちに頭突きをかましてきたり、脛に突進してきたりで油断すると危ないのは間違いない。俺も足を噛まれて酷い目に合ったことがある。モグラと戦ったことなかったんだよな。モールローフ用にひき肉や玉ねぎや小麦を混ぜたタネを一定のサイズに成形して並べながら考える。トレーがいっぱいになると、別の店員が傷まないように氷のクリスタルが詰まった箱へしまいに行く。焼くのはあとでにしないとアツアツを出せないからな。ある程度肉を捏ねる手伝いをして、ほかの手伝いに呼ばれたりしてそれも手伝う。野菜の下処理があんまり進んでないからとそれを手伝ったり、あまりたくさんはないが魚の処理を手伝ったり。開店してからも忙しいが開店前のこの時間もなかなか忙しい。全員がバタバタしていて余裕がない空気は疲れるが、懐かしいなと思う。一通り済ませて、落ち着いたろうか。厨房の皆にはまた手伝いに来ると挨拶をして、一度西の実家に帰る。さすがにあのドタバタした場所に、しかも食事の支度をする空間に毛玉の生き物を連れていくわけにはいかなかったから栗丸の出迎えだ。養母が見ててくれてるはずだが、さてちゃんと大人しくしているかどうか。家に帰りつくと、玄関を開けてすぐ、栗丸が待ち構えていた。おかえりなさいと跳ね回って歓迎してくれる。……犬とかこんな感じなんだろうかな?ただいまと返事をして抱え上げてからリビングに行くと、養母のスティムブリダがにこにこと出迎えてくれる。

「ただいま。栗丸は大人しくしてたか?」
「お家中探検してたわ。でも、物に乗ったり壊したりはしなかったからとってもいい子に過ごしたわね。」
「探検はしたのか。」
「一応ついて回っておいたけど、一部屋ずつじっくり見つめてて面白かったわ。」

俺の部屋や兄貴のための部屋、はては養父母の寝室まで探検して回ったらしい。あんまり過ごさない家だから物珍しいのも解るが面白いことをするものだ。普段過ごしている場所にはない物もあるからだろう。テーブルにハンカチを敷いて、そこに栗丸を載せる。ちょっと用意をするからとそこで待たせておく。スティムブリダが具合よく栗丸を構ってくれているので任せておこう。ある程度は店に行く前に支度が済んでいたから、それを部屋と台所から持ち出しておく。冒険に行くわけではないのでいつもの大きい冒険用の背負い袋ではなく、簡単なポーチ。あとは……マスターに話を付けて用意しておいた店の物とは別の食い物。アルバたちによるとマスターとの相談でコース料理みたいのをお願いしてあるらしいから、それに関係ない奴だ。ポーチの中身と出してきた食い物に持ち忘れが無いか確認して支度が終わる。さて。

「行こうか。ちょっと早めだが、待ってる分には困らないからな。」
「!」
「楽しんでらっしゃいね。栗丸ちゃんは刹との約束事ちゃんと守るのよ?覚えてる?」
「!!」
「お外でないこと。いろんなものに登ったりしちゃダメ。壊しちゃだめ。いい子にする。覚えてる。だそうだ。」
「うんうん、偉いわね。ちゃんと約束通りにして、みんなと楽しくね。」
「!」
「わかった、だそうだ。」
「うふふ、本当にいい子ね。ノンちゃんとアルバちゃん、あの子たちの連れている子たちにもよろしく伝えてね。」

栗丸の頭をいい子ねと撫でてから、スティムブリダがいってらっしゃい、と送り出してくれる。行ってきますと応えて、栗丸を抱えて玄関から外に出た。外に出てから、栗丸を顔の位置まで持ち上げる。約束通り、最初はポーチの中だぞ、と確認すると、ハーイと返事をして目をぱちくりさせたのが解る。じゃあ、ちょっと我慢して入ってるんだぞ、と栗丸をすっぽり隠せるポーチに入ってもらう。軽めに口を閉じておいて窮屈になりすぎないように、空気がちゃんと入るようにしておく。栗丸は狭い場所が嫌いだが、俺のこのポーチには慣れてもらってあるから大丈夫だ。宝箱という狭い箱に詰められて閉じ込められていたせいか、狭くて暗い所というのは栗丸にとってトラウマで強いストレスになるらしい。だから本当はあまりポーチとかには突っ込みたくないのだが、冒険者として荒野やら魔物がうろつく場所、野盗が出る場所なんかにも足を踏み入れるから、緊急事態の時にポーチなりに入って貰って俺が戦いやすいように、一緒に安全に逃げることが出来るようにしておきたくて訓練してもらった。俺がなぜポーチに栗丸を放り込みたいか、しつこく説明もして納得してもらって、じっくりと訓練した結果、今ではいきなりポーチに放り込んでも動じなくなった。最初のころはそれこそ大騒ぎしてポーチに片足入れるのも難しかったんだけどな。頑張ったよな栗丸。夕焼けの中を歩いてマスターの店に着いて、裏口から入らせてもらう。冒険者用の背負い袋は持ってないが、ちょっと用意しておいた食い物を入れた箱がでかいので普通にお客用の入り口から入ると目立つのが嫌で、店の仲間に頼んで裏を開けておいてもらった。荷物を置いたら俺が施錠すればいい。アルバたちが予約した部屋のドアはシュラウドチェリーが木彫りされている。東方風にいうと桜。ここの店の上席は3つあって、どれも花の木彫りがされたドアが着いている。そしてその花と同じ生花が室内に飾ってある。メインの大きなホールにあるのは全部造花だが。そこのドアを鍵であける。予約部屋が解っていたから鍵をさっき預かってたからな。キイっと小さな音を立てて、ドアが開いた。はっきりは見えていないが、ここは堀炬燵と呼ばれる形の部屋だ。真ん中にテーブルがあって、その周りには椅子が無い代わりに、足を落とし込める穴がある。アルバだけは別に椅子を使った方が良いだろうが、俺やノンだと穴の部分に足をいれて、淵に腰を下ろすといい具合にくつろげる感じになる。寒いときはテーブルに毛布をかぶせて中で七輪を焚いたりすると非常に居心地がいい暖かい場所と化す。まあ七輪には気を付けないといけないが。ひとまず、ドアを閉めてテーブルに食い物入りの箱を置いて、栗丸をポーチから出してやった。スーンと鼻息を吐きながら顔を出して笑ってしまう。中は窮屈だものな。我慢して偉いぞと言うと、どこか得意げに胸を張ってみせた。皆が来るまではしばらく待っていような、と適当に腰かけて栗丸も膝の上に載せておいた。栗丸もみんなまだかな、と鼻歌を歌いながら少しソワソワしている。

ホールのほうからも厨房のほうからもあれこれ音が響いてくる。厨房から食事や酒を運んでいく給仕の足音、注文が何かを厨房に伝えに来る奴の足音と声。誰かのための食事のいい匂いも、酒の香りもしてくる。腹が減るな。常連さんの声も聞き取れた。懐かしい、まだ通ってくれてるんだな、あのおっちゃん。ホールのほうのガヤガヤした音は、上席にいる分にはそんなに大きな音としては聞こえない。ホールからここに来るまでにそこそこに距離があるのと、ドアもあるからな。俺がアレコレ聞こえているのは地獄耳ならぬ地獄角だからでしかない。栗丸がみんなまだか?と聞いてきたくらいの頃だ、三つの足音が近づいてくる。一個はマスターだが残りの二つはアルバとノンだと判る。栗丸はそこまで気が付いていない様子だが。トントンとノックの後、開けるぞ~とマスターの声がしてきてドアが開いた。

「おう、刹。下準備の手伝いありがとうな。」
「どうせウルダハに来てたしな。」
「お嬢ちゃん達も来たし、料理をちょっとずつ運んでくるから待ってろな~。」
「マスターさんありがとうございます。」
「おう、ごゆっくりな。」

マスターだけ辞していって、ノンとアルバが部屋に入ってくる。こんにちはと挨拶しながら。二人とも、妙なバックを抱えているのは中身が彼らだからだろうな。ドアを閉めて、奥に入ってきてから、二人ともがバックの口を広げた。とたんにぴょいぴょいと皆で飛び出してくる。足軽とがかりが同時に飛び出そうとしてゴツンとなっていたが。案の定、足軽ががかりに怒られている。のっけから面白いなこの子達は。ノンはバックを二つ抱えていて、小さめの方のバックからは飛脚が顔を出した。翼を傷めかねないから二匹とは分けて隠しておいたんだな。アルバのほうはぽこっと膨らんだ布袋からひょっこりパンコが顔を出してくる。皆、窮屈だったろうが元気そうだな。栗丸が早速皆に挨拶をしに行っている。部屋の隅っこに椅子があるから、それを持ってきてアルバに渡しておく。掘りごたつのテーブルの高さがヒューラン基準だからララフェルのアルバにはちょっと高いからだ。滑って椅子が落ちてしまわないように、アルバの座るほうにだけ穴をふさぐように簀の子を引っかけておいた。これで大丈夫だな。

―狭いしあついし、出る時はぶつかるしもうサイアク!―
「そんなに怒らないの、もー。」
―がかりちゃんもわたしもシッポ踏ん……。―
―なんかいった?―
―なんでもないです……。―
「仲がいいなお前たちは。」
―これ刹さんには仲良く見える会話なの!?―

物凄い仲良しに見えるな、と応えると、がかりがなんで??と言いたげな顔になる。足軽のほうは、仲悪くはないけど仲良しなのか分からなくなってきた……と困惑している。飛脚がのそのそと翼を伸ばし直しながら、仲良しではあると思います……と小声で言ってるのが聞こえてきた。そうだよな。俺もそう思う。

―袋の中おもしろかったよぅ。―

目が回っちゃうかなあと思ったけど大丈夫だったとパンコが心なしか眠たそうな声に聞こえる。もしかしてハンモックみたいに感じて気持ち良かったんだろうか。なんであれ全員ちゃんとそろえたしこれで大丈夫だな。飲み物の注文だけ俺が二人に聞いて、厨房に失礼して支度させてもらう。本当はダメだけどな。厨房の皆もう当然のような顔でなんだお前かみたいな反応だから面白い。お酒も色々あるが、全員アルコールの入ってない飲み物だった。酒を飲むにしても後が良いだろうな。俺が飲み物を持って帰るのと、給仕のアイリーンがサラダや軽食を運び込んでくれてるのが同時だった。テーブルに品を並べながら、彼女が部屋をうろついているミニオンたちを見てカワイイ!と目をキラキラさせているのが解る。何か運びに来るたびに眺めちゃおうーと言いながら失礼します、と部屋を辞して、俺に気が付いて明るい顔になる。良かったら刹君の連れてる子を後々、紹介してねと言ってから仕事に戻っていった。君をつけて呼ばれるのは未だに慣れない。俺が店で働き始めたばかりのころに良く、世話を焼いてくれたヒューランの女性で、俺よりも年上だったのもあって当時から刹君と呼んでくる。どこに行っても呼び捨てされてきた身としてはなんかこう、落ち着かないな。部屋に入るとミニオンたちは一か所に集まってワイワイしている。集合したのはあの雨の日以来だな。一週間ぶりくらいか。かくいう俺達人間の側もそれと同じだが。飲み物をそれぞれ配って、頂きますの挨拶をしておく。

「ええと、この度は刹さん大変お世話になりました。」
―なりましたー!―
「せっかくなんで楽しくご飯頂きましょう~。」
―はーい。―

練習でもしたんだろうか。アルバの挨拶に示し合わせたように栗丸以外のミニオンたちが復唱する。栗丸はびっくりしたようだが、気にした様子はなく、なんか食い物をくれと催促してきた。この食いしん坊め。もちこんだミニオンたち用の食事も部屋の一角に広げてやることにする。ピクニック用の敷物を敷いて、そこにそれぞれが食べるものを並べておいてやる。ドングリ団子は栗丸専用みたいになりそうではあるし、パンコも基本は笹だけ食べるのだろうか……?ちょっとわからないから新鮮で若い笹は用意しておいた。泥を落としたタケノコ、小ぶりな鮮魚に下茹でをしたウサギの肉。あとは雑穀類をいくつか。果物もいくばかりか持ち込んでおいた。ノンとアルバもきちんとそれぞれのミニオンたちが好物にしている品を持ってきていたからそれも一緒に並べてもらう。好きに食べるように言うと早速皆でワイワイ言いながら食べだした。水もいくつか置いておこう。

「マスターさんに無理を言っちゃったけど、なんだかんだ快諾してもらっちゃって。ありがとうを伝えてくださいー。」

ワイワイと自分の好物を食べているミニオンたちを気にしつつ、ノンがそう言って頭を下げてくる。あのマスターの事だから、多分ミニオンたちを見たら可愛い連中だなと笑いそうではある。食事処だから建前上、連れ込まないようにルールがあるが……。店に来る冒険者たちも、基本的にそれに従ってくれるのでたまに店の外に座り込んで待っている子がいたりする。ウルフの子供や子犬なんかだと、そこで静かに待ってることが多い。出来れば夏場や冬場はあんまり外で待たせないでやってほしいなとは思うが……。

「どうせなら常連客になってくれれば喜ぶぞ。」
「あ、それもそうですね。」

冒険者連中は節約も兼ねて、素材から自力で集めて自作の食事をこさえるのも多いからあまり外食をしなかったりする。自作はめんどくさい、とか素材を集める時間がもったいないから、という理由で外食する連中ももちろんいるけどな。ノンやアルバは自作することに抵抗がない方だから、基本は自分たちで作って食べてるだろう。家に雷刃みたいな使用人もいるかもしれないしな。

サラダをそれぞれで取り分けて食べたり飲んだりしながら、あの後の事なんかを話す。幸い、どのミニオンたちも風邪を引いたりはせずに済んだようだ。パンコはきちんとメンテナンスをしたからケガやらの心配もないらしい。なによりだ。三匹をじゅんぐりにお風呂に入れて洗うのだけは大変でした、とノンが苦笑いを浮かべる。とはいえ飛脚はあまりごしごし洗えないし、当人に入念に水浴びをしてもらったらしい。水浴びというかお湯浴びというか。

「がかりちゃんはアッチがかゆい、そっちは痛いって注文が多いし、あしはあしでなんか動き回ろうとするし。大人しかったの飛脚だけですもん。」
―のんちゃんは洗い方あらっぽいんだもーん。―
―や、つい、くすぐったくて……。―
「まぁ洗った後にしぼんでるあしはちょっと面白かったけどね。」
―わたし、すごく痩せた気持ちになりました。―
「別に減ってないけどね体重。」
―ふ、太ってもないですからね!―
「すぐに肩にのぼっちゃうんだもん、もっと自分で歩いたほうがいいよ?あし。」

足軽がタケノコをしっかりかじりながらも、太ってませんし!と訴えている。食いながら言われると説得力がなく見えてしまうが突っ込まないでおこう。実際別に太ってはいないだろうしな。彼はよく、ノンの体をうまいことよじ登って彼女の肩にぶら下がっているのだ。なんでも寒い日はくるっと首に巻きつくようにしてマフラーみたいなことをするらしい。器用だな。フサフサの立派なしっぽでノンの喉でも守るんだろうか。ノンは吟遊詩人で喉も使うし丁度良さそうだし、暖かそうではある。俺の首だと鱗が毛にひっかかって足軽が痛い思いをするかもしれんが。あと、角のせいで顔がハマるか……?危ないから試させてもらうのはやめておこう。それに俺を登ってもらうのは大変か……デカいもんな。飛脚も良く、ノンの肩にとまってるが彼は本来上空で気流に乗って飛ぶ生き物だろうから……ノンたちと一緒にいる時に飛ぶのはそれなりに負担があるんだろう。低い位置にはそんなに強烈な気流はないだろうし。詳しい話わからないが。タケノコをほおばっている足軽の隣で、飛脚は器用に下茹でしたウサギの肉を呑み込めるサイズにちぎって食べている。こうみると彼の嘴や爪は相当に鋭いなと思う。猛禽類だけはあるな。その見た目に反して穏やかなのが面白い。

―ぼくはあーちゃんに綺麗にしてもらったよぅ。―
「ほつれてた場所も縫い直しましたし、細かいところもしっかり乾かしておきました~。」
―ちくちくするの、ちょっと怖くてくすぐったいんだよぅ。―

縫われるというのが怖いのは解る。大けがしたときに縫われた経験が俺もあるがあれは気持ち悪い。一応ちゃんと麻酔は使ってるんだが、だからといって違和感までは取り除けない。俺とパンコでは縫われる感覚は全然違うだろうが、そりゃ怖いだろうな。でも大事にいたるようなケガじゃなくてなによりだ。なんせ骨組みなんかが傷んだら……どうしらいいんだろうな。考えるとちょっと怖い。

「栗丸も兄貴が風呂に入れてくれて、しっかり洗われた後にこれでもかと言うくらい寝たから風邪もひかずに済んだな。」
「!!」
「刹さんよりも遅く起きたの初めて?」


アルバが栗丸の言わんとしたことを理解して復唱したのちに俺を見上げてくる。俺の寝起きの悪さは一応伝えたことがあるから意味は解ってるだろうが。拾って初めての朝も、当然のように俺の方が遅く起きたもんな。先に起きていた栗丸は部屋が寒かったろうに毛布を体に絡ませたままでウロチョロしていた。俺を起こそうとかそういう発想はその当時無かったらしい。拾われたてで気を許しても無かっただろうからそりゃそうだな。

「刹さん、まだうまく眠れないんですか。」
「まぁ、そうだな。いつも通りだな。」
「いつも通りにしちゃダメですよ!」
―お薬ないのぅ?ちゃんとお休みしないと刹にぃ悪い子よぅ!―
「どうあがいても俺は良い子じゃないぞパンコ。薬は……試したがダメだったな。」
―えぇ刹にぃはやさしいからいい子……いい子……?いいヒトよぅ!―

いい子という容姿じゃない気がする、と途中で思ったのかパンコが言い換えていて笑ってしまう。確かにいい子というような年齢じゃないな。まぁだからと言っていいヒトでもない気がするけどな俺は。後ろ暗い仕事はいくらでも経験してる。彼女たちやミニオンたちはもちろん、そんなことは知らないが。知られていては困る。

―いつか体壊しませんか?心配……。―

顔をあげながら、飛脚が割り込んでくる。そういう彼も多分、この中ではあまり寝ない方ではないだろうか。最もそれが正常な生態である生き物だから問題にもならないはずだ。俺の場合は問題になってしまう。本当なら決まったサイクルで八時間くらい眠るのが理想らしいのだが、サイクルはバラバラだし、固定化されてきても夜型人間だし、寝てる時間は……多分八時間も寝てない。眠りが浅いらしくてちょくちょく起きるからな。そういう時は寝ぼけてるから動けないし、そのまま、また寝ちまうんだが。なんでも、寝ぼけていた時に俺のベッドにもぐりこんだ栗丸をポイ捨てしたこともあるらしいのだが全く覚えてない。栗丸が言うに、何回も潜り込んで一緒に寝ようとしたのに旦那が毎回つかんでポイってした、とのことだ。あげくに、しまいにはだったら足元に入ろうと足元へ潜り込んだらそうっとながら足でポロンと押し出されて結局ベッドの下に落っこちたらしい。こっちも全然記憶がない。結局そんな出来事の後、誰かと添い寝したくなったとき、栗丸はレンの部屋か兄貴が泊りに来た時に寝る部屋へ行くようになったようだ。最も二人がいないことも多いので、そういう時はロットゲイムの部屋に逃げ込むらしい。ロットゲイムも居なかった場合はあきらめて自分のベッドへ寝直しに入るようだ。悪いことをしてるな、とは思うんだがいかんせん全く覚えてないからどうしようもない。

「確実に体には悪いだろうな。そのせいかたまに、ひたすら寝てて起きない日があるな。」
―寝ましょう。出来ればちゃんと寝ましょう?―

飛脚が首をかしげながら真顔で伝えてきて苦笑してしまう。寝たいのは俺もそうなんだがな。善処するよとだけ答える。一応、あれこれ試しては見てるんだけどな。そんな話をしてるうちに、少しずつ料理が運ばれてくる。肉の料理やら魚料理やら。メインになりそうなやつだ。美味しそう、と二人を含め、ミニオンたちも食べたそうな顔をする。が、味が濃いものだからちょっとだけだぞと念を押しておく。さすがに今回ばかりは、食べるなとは言えない。栗丸だけなら我慢させて今度専用を作ってやると言うが、今日はそうじゃないからな。


アルトゴートのロースを焼いた奴に、グリルした雨乞い魚。オロボンのシチューなんかもある。大山羊の焼肉はウルダハではそこそこに一般的だ。中流階級くらいならなんとか食えるだろう。上流階級者の食い物はウルダハ風にとどまらないからあんまり参考にもならんが。肩ロースを香草で焼いたシンプルな食い物だが、独特の臭みが癖になる。俺の家にいるアドゥガンがこれを焼くのが異様に巧くて、本人も食べたいのか時々自力で狩りをしてきては振る舞ってくれる。彼とはまた違うが、この店のももちろん美味しい。雨乞い魚はグリダニアのほうで、雨の日にだけ姿を見せる変わった魚だ。綺麗な濃い青の体をしていて、塩焼きにして食うと非常に美味い。雨の日でないと漁も出来ないし、ウルダハの店で出すのは一般的ではないが、マスターはたぶん傭兵時代のコネも使って仕入れてるんだろう。生のほうがいいけど~とがかりが零していたが、だからといって焼き魚を食べないとは言ってないわよ、としっかり味見をする気でいるらしい。オロボンはなんというか、目玉が変な飛び出し方をした魚だ。白身でいたってさっぱりしている。ウルダハのほうで比較的簡単に狩れる淡水の魚だ。狩れる、というくらいなのでララフェルの頭くらいの大きさがあるし、ギザギザの歯で噛みついてくる。そいつを細かくして煮込んだのがオロボンシチュー。寒い日なんかには最高に美味しいが、むろん暖かい日でもあっても美味しいものは美味しい。

「魚は一応一匹ずつあるんだな。ほかにも来るだろうから無理には食べなくていいぞ。」
―塩焼きにされてるなら持ち帰れますよね!ね!―
「足軽は魚も食うのか?」
―美味しいものならなんでも食べます!―

大山羊のステーキを食べやすいサイズに切り分けておく。魚はそれぞれ一匹ずつ食べられるが、それなりにサイズが大きいから全部食べると……あとから出てくるものが食べられないかもしれない。栗丸が魚を食べてみたそうにしているから、ちょっとだけほぐして手渡してやる。塩気がすくなそうな位置のを。喜んでほおばってみて、一応呑み込んだようだが、木の実のほうが美味しいかな……と考え込んでいる。栗丸の普段食べるものは植物性ものばかりだものな。どうせだからとほかのミニオンたちにもほぐした身を味見させてやる。がかりや飛脚は喜んで食べていた。あったかいのも悪くないかも~と言いつつ。足軽とパンコは神妙な顔だ。不味くはないらしいがタケノコや笹のほうがいいかなあ?と栗丸と似たような感じに考え込んでいる。

「あ、そうだ。ケーキ焼いてあるから多少余裕残しておくと良い。」
「ケーキ!」
「もしかして刹さんが焼いた奴ですか!美味しいと噂の!」

ノンとアルバがどっちも、目をキラキラっとさせるのが解る。甘いものが嫌いな女性も世には居るハズなのだが、たいがいの女性は甘いものがあるというとこういう反応をする。不思議なものだ。今のところ、嫌いだという女性に遭遇したことが無い。いや、あんまり女性とも縁がないが俺は。レンが居てくれているからほかの人に目が行かないし。というか、アルバの言った美味しいと噂の、というのはどっから来た噂だ。友人や家族にしか焼いて出さないが……。

「……どっからの噂だそれは。」
「レンさんから聞きました!」
「私も奥様からちらっと……。」

いつの間にそんな話をしたんだレンは。確かに彼女たちとレンも仲良くしているが。男たちとは違って、女たちの情報の集め方というのは時々本当に驚くな。情報屋に向いてるんじゃないだろうか?まぁ情報源は分かった。

―ケーキいいなあ。―
―あまくておいしいよねぇ。―
「!」
―美味しいわよね~。―

がかりとパンコがそろって羨ましい、と言いたげな顔をする。この子達はなんにでも正直でいい。栗丸も分かりづらいが羨ましそうな顔をする。本当にコイツは表情が掴みづらいな。大分慣れてきてなんとなくは解るようになったが。

「誰もお前たちのはないとは言ってないぞ。」

なんだって、と言いたげにガタガタっとミニオン全員が心なしか身を乗り出してくる。面白い。これだからこの子達と一緒に過ごしたり話をするのは楽しいのだ。反応を見る限り、全員が甘いものは好きであるらしい。本当はたくさん砂糖みたいなのを食べさせるのは良くないであろうが、まぁ大概なにかしらちょっとした拍子に人間の甘味を口にしてしまう機会ってのはある。人間の家族が食べているのを落っことしたのを思わず食べた、とか。出したままにしておいたクッキーをクッキーと知らずにつまんだ、とかそういう感じに。栗丸も、雷刃たち用のクッキーの詰め合わせを勝手に食べてしまったことがあって、あの時はお仕置きで五分間、箱の中行きとなった。勝手につまみ食いしてはいけない、というルールがあるのを破ったからだけどな。さすがに約束をやぶったりもしてないのにお仕置きするのはダメだ。ただの虐待になっちまう。懲りたのかあれ以来、つまみ食いはしていないな。よっぽど箱がトラウマらしい。あの箱に詰まっていたからこそ俺は今、栗丸と一緒に暮らせているわけだから複雑だ。あんなとこに放り込まれてなければ栗丸はそんなトラウマを持たなくてよかったものな。が、放り込まれてなかったら俺とは会わなかったんだし。

「後で出してやるから楽しみにしておくと良いぞ。」

やったー!とノンやアルバと一緒になってミニオンたちが喜ぶ。実物も喜んでもらえると良いんだけどな。

あれこれ食べて、日々の話なんかをたくさんする。一緒に冒険したときの話や、ミニオンたちと過ごしていて面白かった出来事の話なんかを。俺が印象深かったのはアルバと初めて会った時で、宝探しのパーティで一緒になったはずなんだが、にこにこしながらこっちを見てるなと思ったらいきなり豆のおやつをポーチにねじ込まれた。驚いたが食い物を貰ったのは理解できていたので礼を言ったな。あの時パンコも居ただろうか?見た記憶がない。もしかしたらチョコボの荷物入れに隠れていたかもしれないな。ノンと最初に会った時のことははっきり覚えてないのだが、彼女が必ず、誰かしらを足元(もしくは肩の上)に連れているのが気になってはいた。俺が栗丸を連れ歩くようになったのはそれよりもずっとあとだったな、確か。今では二人と時々、ダンジョンを散策しに行ったりする。その時、ミニオンたちは留守番させてしまう。攻撃的な魔物が多い上に逃げ道のすくないダンジョンに、あの子たちを連れて行くのは俺たち自身だけでなく彼らの生存率を下げてしまうからだ。一度、冒険者が踏破して魔物を蹴散らしたダンジョンであっても、少し時間をおけば寝床探して入り込んできた魔物が居ついていたりもする。魔物を退治しても新しい魔物が入り込んでくるから、イタチごっこではあるが自然もそうだしダンジョンなんてのもそういうもんだから仕方がない。

それでも、気の知れた連中や、ゆっくりダンジョンの中を見て回ることに同意した奴とじっくり景色を見て歩くのは悪くない。俺にはハッキリ見えて居なくても、ノンやアルバには見えてるし、彼女たちに仔細を聞いたりすることもある。植物はどんなのがあるか、そもそも植物はあるのか。土は何色でサラサラなのか湿気が強いのか。建造物があればどこ様式の建物でなんの模様が描いてあるのか。先を急がなくてはならない任務を請け負っている時には出来ないが、そうではないときはそれが出来る。彼女たちはそういうのにも興味を持っている冒険者だから、一緒に行動することが多々あるのだ。たまに、今日みたいに冒険鞄にミニオンたちをつっこんで連れ込んでることもあるにはあるが……。安全だとはっきりしない限りは表に出さないのは同じだな。

「このあいだ足軽が植木鉢に埋まっちゃって……。洗うの大変だったんですよ。」
―土いじりたのしくありませんか!こう、ごそごそしてるうちに……!―
―タケノコ掘るからじゃないの。―
「土いじりが楽しいのは解らんでもないが……タケノコ埋まってないだろ植木鉢には。」
―別にタケノコは掘ってませんよ!?―

ノンが詳しく言うに、植木鉢を知らぬ間にほじくって底の方まで到達していくうちに体の上のほうにしっかり土をかぶっていて埋まっていたらしい。気が付かないで掘ってるのがすごいな。それで、ノンが状況を察したときにはシッポの先っちょが植木鉢からヒョコっとはみ出ている感じだったそうだ。それを伝えたら《レッサーパンダの芽です》と言い張ったらしい。発想が面白いな。確かにシッポの先っちょだけピョコンと覗いていたら芽みたいというかそういう感じは受ける。

「……なら収穫していいな?」
―収穫ってどうされるんですわたし!―
「しっぽ引っこ抜くか。」
―アアア……刹さんが言うと冗談のはずなのに凄い怖いです……!―
「ノンかアルバなら怖くないのか?」
―……やっぱ全員怖いです。―

話しが尽きないのは楽しいものだ。料理を時々つまんで、飲み物の追加を頼んで。ミニオンたちも会話に参加しながら、しっかり彼ら用の食事を食べている。マスターに云われた通り、物に乗ったり悪戯をしたりはしていないし、ちょっと外を覗きたいとドアの近くに行く子もいなかった。ノンやアルバもしっかり言い聞かせてくれたんだろう。それでも掘りごたつの下には潜り込んでみたりしていたが、傷をつけたりしないようにと俺達に言われているから一応気を付けてはいるようだ。

―あーちゃんはこのまえお布団もかけないで寝ちゃったんだよぅ。ぽんぽんいたいたになっちゃうよぉ。―
「あああ!パンコばらしちゃだめえ。」
―お布団かけて寝なきゃ悪い子よぅ?―
「ちゃんとかけて寝るから!」
「なんでまたお布団をかけずに?暑かったの?あるばさん。」
「ええと、それが。」

なんでもパンコ専用に寝る場所としてバスケットを作って、パンコがそこで寝るようになったらいつも一緒に寝ていたせいでソワソワして寝付けなくなってしまったらしい。それでパンコの寝床の近くでごろごろしているうちにそのまま寝てしまった、と。パンコが気が付いて起こそうとしたようだがなかなか起きなかったそうだ。いつもと違うっていうのは違和感が出て眠れなくなったりするのは理解できるな。布団はかけた方が良いと思うが。ララフェルはとにかく俺達に比べると小さいから、うっかりするとすぐ体を冷やしてしまいそうだな。パンコが心配するのも無理はない。元々この子は優しい子だしな。

―こちらは少し前にのんさん朝ご飯を前にして寝落ちしてしまって……。―
「あっそういうこと話さなくていいから!飛脚!」

そういえばと飛脚が割り込んで来て、ノンが暴露されたことに驚いている。なるほどみんななにかしらのヤラカシを寝起きやらにはしたことがあるんだな。寝てるの気持ちいいし食事を前にしてもウトウトしてしまう気持ちはわからんでもない。俺はそれが酷いからなるだけ起きた後に風呂に入るようにしているが……それでもダメなときはウトウトするしな。

―のんさん起きてくれないとわたしがごはん食べられない…。―
「先に食べても良いって言うのに律儀に待ってるんだもん……。」
―さすがに寝てる横で先に食べ始めるのはちょっと気が引けます……。―
「……俺よりマシじゃないか?」
―えっ!―
「俺は起きないからなそもそも……。」
―……刹さんの寝起きってそんなにひどいんですか……?―
「めちゃくちゃに酷いぞ。着替えたはずのなのになぜかまたパジャマ着たりするからな。」
―ええっ……!―
―なにそれ刹さんそんなことするの?―
「するぞ。自分でも酷いと思うし言っとかないと回りが困るから隠す気もないが。」

現場を見てみたいわ~とがかりが面白がっている。あのざまを見て面白いか?朝起きたら寝ぼけててこんなことをした、と脱いだはずのパジャマを着直したという話をしたとき、同居人たちは爆笑してたが……。目撃したら多分、心配になると思うぞ。何やってんだコイツと思うんじゃないだろうか。ただ単に寝ぼけてるだけなんだけどな。


「がかりちゃんはこないだドマ町人地で飴ほしがったっけ。」
―カワウソの形の飴あったんだもん。買うしかないでしょ~!―
「ああ、俺も見たな飴細工の店。パイッサが無いって栗丸が拗ねた。」
―ああ~そういえば栗丸ちゃんみたいのは無かったわ。―
「しょうがないからスズメのにしたな。腹の模様がちょっと似てるからって。」
「!!」
―あったらよかったのにね~。東方にはパイッサつかった芸もあるのに。―
「?」
―猿回しって言うのよー。―

栗丸は猿じゃないのになんで?と栗丸が不思議そうな顔……をしてると思う。確かに、パイッサは猿じゃないが、東方風やら学術的な表記で鳥猿と呼ぶことがあるらしいからそっちからとったんだろう。そういえば新年を祝う降神祭に芸をしこまれたパイッサが来ていたことがあったな。簡単な荷物の受け渡しなんかも出来るし、ヒトに云われた言葉を理解しているように見えた。おめでたいときの出し物だとするなら、日常的にはあまりなじみがないのかもしれない。そうであれば、飴のモデルに選ばれるとしたら……そういう祝い事の時ならばあり得るかもしれないな。なぜ猿回しなのか?もがかりが栗丸に説明してくれたようだ。パイッサを鳥猿って呼ぶからだと思う、と。一応理解したらしいが、栗丸は鳥と猿なの!?と目を丸くしている。元々まん丸だが割増しで。成体の手足が鳥みたいだし、なんとなく猿を連想する顔なのは解らないでもないけどな。飴欲しいから作れと言われたが、さすがに飴細工はやったことが無い。いきなりほいっと出来るもんでもないから無理だぞ、と伝えたらじゃあスズメで我慢する、とスズメの飴を買って帰ったんだよな。

……大分食事も進んで、もう追加の料理はない。デザートも普段なら出るが、マスターにケーキを支度するという話をしてあったからそれは今回は無しだ。なら、そろそろケーキ出すか。テーブルに乗ってる料理はほとんどカラッポで、例の雨乞い魚のグリルは一匹だけ、丸ごとノンが持ち帰れるようにしてある。ケーキ出したいから食器下げても大丈夫だな?と確認すると、大丈夫です!と元気な返事が返ってきた。全員でもって結構な量を食べたはずだがそれでも一応ケーキが腹に入るくらいの余裕は残してあるらしい。さすが冒険者だな。動きの激しい冒険者たちは結構量を食べるものだ。女性であっても。重ねられそうな皿は重ねていく。かちゃかちゃと音をたてながら。適当に重ねたら、ちょっと待っててくれと言いおいて運び出しておく。途中でアイリーンに鉢合わせて彼女が半分受け持ってくれた。ありがたい。彼女は長く給仕をやってるからたくさんのお皿を纏めて一度に運ぶのがものすごく巧い。俺よりもずっと細くて小さいのに重なると重たい皿の山を綺麗に運んでいく。もちろん限度はあるがあの当時から、凄いなと思う。洗い場に運び込んで礼を言ってから、仲間たちに一言失礼するよと声をかけてからケーキ用の皿を持ち出す。ミニオンたち用のは別の皿を使いたいからそれは俺のポーチに突っ込んであるからそっちでいいので、人間たちの分だけ。それからフォークも。ナイフは必要ない。ホールケーキでも良かったがそれぞれに一個ずつの小さいのにしておいたから。人数分の食器を持ち出して部屋に戻る。ドアを開けたとたんに全員の視線が綺麗にこっちに集まってきて笑ってしまう。待ってましたと言わんばかりだ。人間たち用のお皿をテーブルに並べてフォークも配って置く。ちょっと待っていてもらってミニオンたちが食べ散らかしたピクニック用の敷物を、食べかすを内側に包むようにして小さくたたんでおく。ごみを捨てるのは後でにしよう。もう一枚持ち込んでおいたピクニック用の敷物を敷き直した。そこにポーチから出してきたミニオンたち用の皿を並べてやる。陶器ではなくて木の奴だ。うっかりひっくり返して割ってもミニオンたちがケガをしないように。俺が皿を持ちに行っている間にアイリーンが紅茶を持ってきてくれたようだし、飲み物はそれでいい。ミニオンたちには水を追加だな。これでいいか。さて。氷のクリスタルで冷やせるようにしておいた箱をテーブルに置いて開く。まだ中は見えてないだろうが皆ソワソワしていて笑ってしまう。とりあえず。

「小さいのを一個ずつな。がかりはコレ。」
―えっ!これあたしの顔!―
「足軽がこれ。」
―わたしの顔!すごい!―
「飛脚はこっち。」
―わたしだ……え?すごい。―
「パンコはこれな。」
―ピャー!ぼくのケーキ!ぼくだぁ!―
「栗丸のはこれだ。」
「!!?」

全員の顔をどうにかしてケーキにしてみたやつだ。どれもこれも難しかった。特に飛脚は模様が細かいし鳥の正面の顔ってあんまり見たことが無いなと自覚してから作ったから割と手間取った。飛脚のに限らないが一応何個か練習して、レンやレグルスに見てもらって、味見もしてもらって今渡したやつに落ち着いたんだが……。全員ちゃんと彼らの顔であると伝わったようでなによりだ。

「すごい!めちゃくちゃ可愛い!三匹ともソックリ……!」
「た、食べさせちゃうのがもったいない……保管したくなっちゃう……!」
「食い物だからちゃんと食わせてやってくれ。」

こういうのを食べずに保管しておきたくなる気持ちは俺も解る。小物みたいにして保管しておきたいんだよな。が、これは足の速い生ものだからちゃんと食べてもらわないと。とっておいても腐るだけでいいことが何もないからな。

「それで二人のは……迷ったんだが、まぁこうなった。」
「あっがかりちゃんの提灯つき版だ!」
―あ~!そっちのあたしもかわいい!あたしが一番可愛いけど!―
「しっかり自分も褒めていくのががかりらしい。」
―実物が一番可愛いにきまってるじゃーん!―
「そこは間違いないな。アルバのはこっち。」
「パンコ~!!ちっちゃい道士帽ついてる!カワイイ!」
―おぼうし!いいなぁ!ぼくおぼうしホントにかぶってみたいよぅ!-

本当なら全く同じでもよかったんだがどうせだから小物を追加しておいた。何を作るか正直迷ったんだがな。二人が普段こなす吟遊詩人やモンク由来のものにしようかとも思ったんだが……いい奴が思い浮かばなかった。だったら、素直にミニオンたちの似顔絵ケーキでいいかなと。ノンのほうは三匹いるからどの子にするか迷ったりもしたが、今回はがかりにしておいた。次回があるかはわからないけどな。最後に箱の隅に残してある俺用のも出しておく。栗丸とお揃いの栗丸ケーキ。なんとなく気分で表情だけ変えたやつだ。栗丸のやつは目をパッチリさせてるが、俺のほうのは半目になってる奴だ。瞬きしてるときになる顔。

「んふふ……刹さんのも可愛い。栗丸君の瞬き……!」
「!!」
「お目目ぱっちりのほうがカッコイイのに?お前のやつがかっこいいからいいだろ。」
「……!」
「全部かっこよくして?もう作っちまったから今回はこれな。可愛いって言われてるぞ?」
「……?」

かっこいい方がいいんだけど、可愛いのも悪くはないかなあと栗丸が考えている。雄だからなのか、かっこいい、と言われる方が基本好きらしいが、可愛いと言われるのも悪い気はしないようだ。褒められていること自体は理解しているんだろうな。

「口に合うといいんだけどな。」
「わーい!いただきます!」
―いただきまーす!―
「!!」

温かい紅茶を一緒に、ケーキを食べる。ノンやアルバがフォークさすのがもったいない……とどこから食べようか悩んでいるのを横目に、俺はさっさと食べ始める。ミニオンたちもしばらく自分の似顔絵ケーキを見つめてどこから食べていいか分からない、とワイワイ話をしている。いただきますの挨拶は元気いっぱいだったのにな。まぁ好きなタイミングで食べてもらえばいい。少し前まで、雑多な料理の匂いの入り混じっていた部屋が甘い香りと紅茶の香りに変わっている。匂いと言うやつは面白いと思う。見えて無くとも香りだけで腹も減るし、気分も変わる。けっこうに肉やら魚やらサラダやらチーズやら、沢山食べたのにこの甘い香りでなんとなく食欲が復活するのは本当に面白い。少ししてミニオンたちが意を決して食べ始め、俺が半分ほど食べてしまった頃になってようやく、ノンとアルバが食べ始めた。ミニオンたちのためのケーキは……柑橘系の果物なんかは受け付けない動物が多いと聞いた気がしたから、その辺は使ってないがウォルナットやクラウドバナナやロランベリーは使ってある。あまり高カロリーや大量の砂糖を摂らない様にクリーム類も豆腐を使って作った奴だ。様子を見るに違和感なく食べられているようだから大丈夫そうか?栗丸のにはドングリも入れてあるな。人間たち用のはチョコレートやらも使っている。俺達は食べられるものがそこそこ多いからな。好き嫌いがあるからそこはちょっとわからなくて俺の独断で作らせてもらってしまった。先に聞けばよかったんだが聞いてしまうと、なんか作る気か?とバレてしまうから聞かなかったんだよな。秘密にしておいたほうが面白いかと思って。

自画自賛になるが俺用の栗丸の顔したマロンのケーキは上出来だと思う。生クリームもマロンペーストクリームもうまくできたし、中身に使った小さく切ったマロングラッセも美味しい。ちなみに俺用のにはドングリは入れてない。久々にケーキを作ったがなかなか楽しかった。頻繁に作るのは疲れるんだがたまに凝ったのを作るのはいい気分転換になる。普段、冒険だの《仕事》だので荒っぽいことをしているから、黙々と食い物を作るのは結構息抜きになるもんなのだ。

どのくらいかして、全員が食べ終わる。俺が一番最初に食い終わってたが、皆じっくり味わって食べようとしてくれたようで作った甲斐がある。ミニオンたちはそれぞれ一口ずつ味見もしたようだ。楽しそうに食べてくれてて見ていて俺も楽しかった。口の周りや手足、腹のあたりなんかがクリームだらけになってるのでそれぞれの家族たちで拭いて綺麗にしてやる。体から甘ったるい匂いがするのから、これはあとでまた洗ってやらないとだな。幸せな匂いだが。

「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまです!」
―ごちそうさまでしたー!―
「食いっぷりをみるに不味くはなかったみたいで安心した。」
「すごい美味しかったです。奥様のおっしゃる通りだった……!」
「刹さんケーキ屋さんができそう……。」
―刹にぃケーキ屋さんなのぅ?ぼく、買いにいっていい?―
「俺はケーキ屋はやってないぞパンコ。趣味で時々焼くだけだからな。」
―そうなのぅ?おいしかったからまた食べたいよぅ。―
「何時になるかはわからんが、またなんか作るよ。」
―やくそくよぅ!―

パンコが約束の握手よぅと傍に寄ってきたので、差し出してきた前足を軽く握って握手しておく。あたしも食べたいから約束とりつけておく!とがかりも寄ってきて、それを皮切りに全員に握手をせがまれる羽目になった。いや、可愛いし構わないがな。ほんとに次はいつ焼くか分からないぞと念も押しておく。趣味でしかないから気がのらないと焼かないからな。あとは俺が食べたくなった時には焼くが。

「その時はぜひ私たちのも……焼いていただきたく……!」
―のんちゃんてばそんなことを……。―
「だって美味しいかったもん~。」
「私も!また食べたいです!」
―ぼくのケーキおいしかったものねぇ。―
「何時に焼くかはわからんけどな。そのうちまた。」
「わーい。」
「ものすごくたまにだが……ここの店にケーキ卸すこともあるぞ。」
「つまり通い詰めていたらどこかで食べられるかも……!?」
「本当にたまにだし、卸したときはすぐ無くなるらいしけどな。」
「これは常連になるしかない。」

マスターに頼まれて時々、店用のケーキを三つ四つ焼いてくることがある。特に決まった季節というわけでもなくマスターの気分らしいので俺にもタイミングが解らないし、頼まれても遠出の用事が入っていれば断らざる得ない。だから、いつメニューに載るか分からないのだ。ほかの店なんかだと、バレンティオンやプリンセスデー、星芳祭や降神祭なんかに合わせてケーキを出したりするようなのだが、マスターはあんまりこだわってないようだ。お客には女性が少ないからだろうか?男たちでも甘いものを好む奴は居ると思うんだが。俺みたいに。

―おいしくて食べちゃったけど食べ過ぎたかもしれません……。―

げふっと足軽がちょっと苦しそうに息を吐く。下っ腹がちょっとばかり普段よりもぽよんとなっている。解りやすく腹が膨らんでるな。今ので食べるものは最後だし、なんなら明日は軽い食事にするか絶食するかして胃腸を休めるのが良いぞ、と言うと絶食は無理な気がするのでお腹に優しいご飯をお願いします……とノンに頼んでいる。胃腸を壊すと後が辛いからな。大事にするのが良い。全部の食事が済んだが、主にミニオンたちがお腹がぱんぱんで苦しい、と幸せそうな顔をするので少し休ませようと解散は先延ばす。実際のところワイワイ一緒に話しているだけで楽しいので、解散するのが惜しいというのもあるな。帰るときはまた、鞄やらに潜り込んでもらって隠れながら店を出て貰わないとならないから、腹が多少落ち着いてからのほうが安全だろう。せっかく機嫌よく食べきったのに、袋の中で吐いたりしたら悲惨すぎるからな。俺達人間のほうも満腹で、何かを食べたり飲んだりする心持にはならないから丁度いい。時間的にはラストオーダーが過ぎたから、あと三十分もすれば店じまいになるだろう。俺は家に帰る前にここの片付けをしてから帰ろうと思っているから閉店を過ぎても居るつもりではある。栗丸にはちょっと付き合ってもらうとしよう。今度は食事会じゃなくて、全員で散歩に行こうという話になる。ミニオンたちだけで出かけさせるのは俺達の心臓に悪いので、それは無しだと念を押して。普段はそれぞれの家族とだけ各地を見て回っているはずだが、俺達人間側がそろって行動すればこの子達も皆一緒に歩き回れるわけだし。皆と一緒であれば、普段の散歩がもっと楽しくなるだろう。友達と過ごすというのは俺達も楽しいが栗丸たちにとっても楽しい事だろうからな。

「じゃあ今度はお散歩会ですね!」

そろそろお開きにして、店を出なくてはという頃合いを見てアルバがそう言う。いつにやるかは後々相談することにして。ゆっくりあちこち回るだけと言うのも悪くはない。ダンジョンをゆっくりめぐるのと同じで、普段は急いで通り抜けてしまう場所をじっくり眺めるのは楽しい。俺も時々栗丸やレン、兄貴とそうやって過ごすことにしている。大勢ではやったことが無いから、散歩会、楽しそうだ。

「弁当でももっていけばゆっくり出来るだろうしな。早朝はすまんが勘弁してくれ。」
―よっぽど朝苦手なのね刹さん……。―
「苦手どころの話じゃないからな。会話にならないしそもそも動けない。」
―刹殿ぜんぜんそういう人に見えませんのに。おもしろいですな。―
「人は見かけによらないぞ足軽。」
―ううーん、本当ですねえ。―

どこに行きたいか今から考えて、相談もしておかなくちゃとノンが三匹に云うと三匹ともが頷く。パンコも後で一緒に考えようとアルバに言われて元気よくわかったあと返事をしていた。栗丸も行きたい場所考えておこうな、と言うともちろんだ!と胸を張りながらふんす!と勢いの良い鼻息を吹く。鳴き声とかはないのになぜか鼻息の主張はするんだよな。なんでなんだか分からんが面白い奴だ。

「長時間ありがとうございました。お店のお料理もおいしいしケーキも可愛いし美味しい、お喋りは楽しいしで……時間が経つのが早い……!」
「ほんとに。夕方の六時くらいに集まったのに……もう二十三時……?」
―お外まっくらよぅ。―
「気を付けて帰るようにな。店を出たらハウスにテレポしちまうのが良いだろうけど。」
「刹さんは……ご実家に帰るんですか?」
「今夜はそうするよ。」
「でしたらマスターさんやお義母様にも宜しくお伝えください!」
「私とパンコからも、よろしくお伝えしてください。」
「解った。伝えておくよ。」

よし、帰らなくちゃ、と二人が立ちあがる。掘りごたつリラックスしやすくて根っこが生えちゃいそう、と言いながらも。みんなお腹は大丈夫?と確認をされたミニオンたちが、割と元気そうに大丈夫!と返事をしていた。帰ったらぶり返しで満腹感に襲われるかもしれないが、帰宅してしまえば気を抜いてダラっとしていいからまあ、大丈夫だな。じゃあ、ちょっとだけ窮屈だけどまた袋に入って!とそれぞれ用意した袋の口を大きく開けて中に入らせる。入り切ってしまう前に、全員の頭を撫でさせてもらった。またな?と声をかけながら。全員またです!と返事をしてくれて俺も嬉しい。入り切ったらパンコと飛脚は一匹だけだが、足軽とがかりはセットなので……早速中で狭いだのもうちょっと寄れだのと始まっている。面白い。

「店を通り抜ける間は黙ってるんだぞ?バレたら毛皮にされちまうかもしれない。」
―毛皮!?―
―ちょっと足軽黙ってなさいよ!あたしカワハギとか嫌!―
―わたしだってイヤですよ!―
「どっちもうるさいわよ全くー!飛脚を見習いなさいあんた達!」
―……ちょっとあっちは楽しそうだなって思ったりもします……。―
―狭いから楽しくないわよ!―
―あいた!がかりちゃん傘振らないでください……。―
「ほらほら静かに!帰れない!」
―がかりちゃんとあしくん楽しそうねぇ。―
「楽しそうねえ。」
「!!」
―なんでみんな楽しそうに見えてるの!?なんで!?―

実際楽しそうだよなあと俺も思ってしまう。ある程度の仲がいいからこそできる言い合いだものな、これは。それが俺もアルバもパンコも栗丸も飛脚も、もちろんノンも分かっているからこそ、楽しそうだなという感想になる。当人たちは大変そうなのは確かだが。ひとしきり、ワーワー言い合ったと、落ち着くポジションが見つかったのかがかりと足軽が大人しくなった。そのまま動かないでよ、わかりました、とやり取りがあったから多分大丈夫なんだろう。

「それじゃあまたな。気を付けて帰ってくれ。俺はちょっと店を手伝って帰るから気にせず行ってくれ。」
「はい!またです!楽しかったなあ。」
「またー!」
「お前たちもノンとアルバの言うことはちゃんと聞くんだぞ。でないとケーキ焼かんからな。」

ききます!ききます!と袋のなかからモゴモゴと返事が聞こえてきて笑ってしまう。本当に素直だなこの子達は。それじゃあ失礼します!とノンとアルバが部屋を出る。一応、ドアの外までは見送ろう。店の出入り口まではいかないでこのまま待機だ。手を振って、おやすみなさいの挨拶をして去っていく二人と隠れたミニオンたちを見送る。カウンターにいるマスターや、配膳や片付けをしていた給仕たちとも挨拶を交わして、彼女たちが店から出て行った。……当たり前だが物凄く静かになった。二人の人間に四匹のミニオン。全部一斉に立ち去ったら静かになるもの当然だ。話し声も歩く音や跳ねたりする音、息遣いも、服がスレたりする音も全部、俺と栗丸の音だけになってしまうからな。いや、店の中全体で言えばまだまだ大騒ぎなんだが。

「……さて、ちょっと部屋を片付けるから栗丸は待っててな。」
「!」

部屋の外には出ていけないからと、ドアの影に隠れていた栗丸を拾い上げて、ポーチに入り込んでもらう。口は閉じずに顔が出せるようにしておいた。ドアを閉めておけば特に問題ないし、入ってきたとしても片付けようとしにくる店の仲間だろうから。紅茶を飲んだコップやティーポット、ケーキを載せた皿は重ねて、テーブルの端によせておく。テーブルを綺麗に拭いてから、部屋の床を掃除する。なんだかんだ多少なり食べかすが飛んでいるから箒でそれをまとめて持ち込んでおいた屑籠に放り込んだ。ミニオンたちが食事に使った皿も重ねて布にくるんでおいて、ピクニック用の二枚目の敷物も、一枚目と同じようにごみを真ん中に貯めるような形にして畳み込んだ。このごみは自宅に帰ってから捨てよう。アルバ用にだした椅子をはずして部屋の隅に置いて拭いてから、掘りごたつにはめ込んでいた簀の子も取り外して綺麗にしてから部屋の隅へ片付けておく。掘りごたつの中も、落ちていた食べかすやらを拾い集めて軽く拭いておいた。壁やらも念のために触って確認したが、傷になったり汚れが飛んだりはしていないようだ。……ならこれで大丈夫かな。紅茶のセットとケーキの皿だけ厨房の洗い場に運んで、帰るとしよう。栗丸に声をかけて、出していた顔を引っ込めてもらってポーチの口を軽く縛って置く。部屋を出て鍵をかけてから、厨房に邪魔をさせてもらった。オーダーの受付を終了しているから、中は主に片付け中でバタバタしていた。俺が顔を出したのにも、特に気にした様子なく仕事を続けている。洗い場でせっせと食器を洗っている昔馴染みに、ティーポットと皿を任せる。今度ゆっくり手伝いにくるよ、と。彼が手伝いならいつでも歓迎だぞ、と笑いながらも今日はお客なんだから帰れよ?と促してきた。礼をいってまた、と挨拶してから一応マスターにも顔を出しておく。

「おう、お嬢ちゃん達上機嫌で帰っていったなあ。」
「飯が全部美味しいって喜んでたぞ。ありがとうなマスター。」
「良いってことよ。また来ますって言ってくれたぞ。」
「常連になってくれると嬉しいな。」
「だなあ。常連ならなおのこと大歓迎だからな。」

ワッハッハと豪快に笑いながら、マスターが飯を気に入って貰えてよかったとホッとした顔もする。上席は掃除しておいたから、と部屋の鍵も手渡した。

「おう、掃除済ませてくれたんか。気にしなくてよかったのに。」
「《小さいお客》が多少なり食い散らかしてたからな。どうせだから全部やっといた。」
「助かるぜ。ありがとな。」
「じゃあ今日は帰るよ、俺の方こそありがとう。」
「おう気をつけてなあ。」

片手をあげる挨拶をしあって、俺も店から外に出る。当然だがノンやアルバはすでに近くには居ない。二人ともテレポで家まで帰っただろう。俺は今夜は実家に泊まるからそのまま歩いて実家まで。遠くはないが、夜のウルダハはそれなりに物騒だから速足でだ。もっとも、図体がでかいのもあって、変なのに絡まれることは少ない。夜分に気を付けないといけないのはやはり女たちであり、子供たちだ。普通、夜分に外を出歩く女子供はいない。夜を商売の時間とする女たちも居るが、彼女たちは別で考えるべきなんだろうかな。子供が出歩いてたらさすがに色々と心配になるが。寄り道することもなく、静かになっている路地裏を急ぐ。足音や気配を確かめるに俺しかこの辺を歩いてないようだ。ならある意味安心できる。器用な奴は後を付けてくるとき、獲物の足音に自分の足音を重ねてごまかそうとしてくるから怖いが……それでも多少、音の響きが変わるからなんとか気がつける。幸い俺を獲物にしようと考えるもの好きは居なかったようで、無事に家に帰りついた。トントンとノッカーを使って玄関を叩く。ただいま、と言いながら。すぐに、鍵を開ける音がして、スティムブリダが出迎えてくれる。おかえりなさい、と。

「おかえりなさい。楽しかった?」
「楽しかったよ。栗丸も大分はしゃいだから疲れたろう。」
「栗丸ちゃんは?」

ここ、とポーチの口を開く。ぴょこっと栗丸が顔だけを出してきた。フスーと鼻息も吐く。狭かったと言いながら。あらあら、とスティムブリダが笑顔になった。ご機嫌よさそうね、と。リビングの方に向かいながら、栗丸をポーチから出してやって床に降ろしてやった。栗丸はもう自由~♪と鼻歌を歌いながら歩き回り始めるのが解って面白い。ぽとぽとと控えめな足音が聞こえてくるとどこか俺もホッとするな。途端になんか眠くなってきた。俺も結構にはしゃいだから疲れたんだろうな。せめて歯ブラシはしておかないとだ。忘れないうちにピクニック用の敷物のゴミだけ、ゴミ捨て場に放り込んでおく。敷物の方は洗濯物篭行きだな。

「刹、眠れそうなら寝てしまったら?目がぼんやりしてるわよ。」
「うん、そうするよ。歯ブラシだけしてくるから……ちょっと栗丸を頼む。」
「解ったわ。」

栗丸ちゃん、ちょっといらっしゃい?とスティムブリダに呼ばれて、栗丸がなあに?と彼女の足元へ走っていく。ブラッシングしましょうね、と言われて何を言われたのか分からなかったようだが、ひょいっと抱き上げられて膝に載せられた後、犬や猫用のブラシでわしわしと背中を撫でられて納得したらしい。きもちいい、とご機嫌だ。栗丸はブラッシングは嫌いではないようで、特にスティムブリダがしてくれるブラッシングは気持ちがいいから好きらしい。俺やレンがやるよりも彼女が身だしなみを整えてくれる方が喜ぶからそうなんだろう。それを横目にしながら洗面台へ行って、顔を洗って歯も磨いておく。風呂にも入りたいが入ったら目が冴えそうだし、この家だと湯を沸かすのが手間だから明日自宅で入ろう。
体や服からいろんな食い物の匂いがしている。楽しかったな、食事会。散歩会もいつになるか分からないが楽しみだ。口の中の掃除を済ませて、自室に一度いって着替えておいた。ウルダハの夜は寒いのでちょっと厚手の寝間着を。脱いだ服は脱衣所の篭に入れておく。明日スティムブリダと一緒に洗えばいいな。リビングに戻ると、スティムブリダのブラッシング中に栗丸はウトウトし始めてしまったようだ。ほら栗丸ちゃん、刹帰ってきたわよ、と声をかけられて、ハっとしたように栗丸が目をぱちぱちさせる。眠いんだろうな。

「途中から寝ちゃいそうだったわ。疲れたのね栗丸ちゃん。」
「友達がたくさん一緒にいたからな。楽しくて疲れただろう。俺も寝れそうだし、寝ようか。」
「……!」
「いい子ね。あったかくして寝るのよ?」
「!」
「わかった、おやすみなさい、だそうだ。」
「刹も冷やさないようにしてね。おやすみなさい。」
「おやすみ。」

ひょいっとスティムブリダから栗丸を受け取って、自室に戻る。栗丸がパタパタと彼女に手を振っていたのが解った。スティムブリダの方も、おやすみなさいね、と手を振り返してくれているのが。彼女と栗丸が仲良しでよかった。見ていて和むし、ここに留守番をさせておくのにも安心して預けられる。

「……!」

すすすーんと変わった鼻息を栗丸が出す。……欠伸かそれ?良く判らんが眠たいのだけは伝わってきた。運び込んで来ておいた栗丸用のバスケットを確かめて、敷布団の上に一枚、毛糸の毛布を重ねてやってから入らせてやる。もぞもぞと寝る場所や体勢を整えるのを待ってから、厚手のかけ布団をかけた。これで寒さはしのげるどころか、結構温かいだろう。バスケットの握る所をうまうことつかってテントみたいにしておけば尚温かいが、今夜はそこまで冷えてないから大丈夫だな。目をぱちぱちとさせた後、眠たそうに半目になったのが見える。

「おやすみ。ゆっくり寝て良いからな。」
「……!」

おやすみなさい、と返事をして、スーンと深い鼻息を吐いてから栗丸が目を閉じた。頭を撫でてやってから少しだけ様子を見ていたが、ほどなくすこんと寝付いてしまった。羨ましい寝つきの良さだ。栗丸がすごいのは寝つきも良いながら睡眠の質もいいのか、途中で目が覚めることがほとんどない。寒い、とか、なんか心細い、という時は起きるらしいが、そうでない限りは朝までぐっすり寝ている。俺が眠れなくて部屋を出たり入ったりしても全く起きないのだから大したものだ。とはいえ今日は俺も眠い。明かりを暗くして、ベッドにもぐりこむ。スティムブリダが俺のいない間にベッドを綺麗にしておいてくれたようだ。ありがたい。軽く体を丸めて目を閉じる。栗丸がスースー寝息を立てているのが聞こえてくる。気持ちよさそうだ。

……しかし楽しかったな。散歩会の計画はまた後日、ゆっくり立てるとして。栗丸はどこに行きたがるだろうか。ミニオンたちが行きたい場所を優先しても良いし、複数行きたい場所が出たら一度に行かずにまた次の散歩会を企画すればいいだろう。まだ一回目の行き先も決まっていないのにそんなことを考えてしまう。栗丸たちが楽しそうにしているのを見るのは、やっぱり俺達も楽しいし嬉しいのだ。食事会のきっかけになった小さな家出は出来れば二度としてほしくはないけどな。……みんなとどこへ出かけようか。栗丸も多分、散歩会の事を気にしているだろう。俺も気になる。眠りに落ちかけながらも、その楽しいであろう未来の出来事を夢想する。幸せな時間だろうな、これは。冒険者仲間や、その大事な小さな友人たちと一緒に出掛けるのが、今から楽しみだ。



お話を書くことに快く許可を下すったノンさんとアルバさんに感謝を込めて。

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