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ロットゲイムの物語3:お嬢様と元海賊《新生》

「…バデロンの親父に会わなきゃ。」

冒険者って言う傭兵みたいなことをする連中が居るんだけど其奴らに仕事を斡旋したり面倒見たりする冒険者ギルドってのがあって…。バデロンの親父はそのギルドをリムサ・ロミンサで纏めてるオッさんだ。

本人も傭兵上がりで凄腕って結構有名。サハギンって言う二足歩行出来て武器も扱えて人間の言葉も通じる魚のお化けみたいのな居るんだけど其奴らとドンパチやったりしてた経験があるし海賊ともパイプあるから、裏のやばい連中の事も知ってるはず。

急いでバデロンの親父のいる溺れた海豚亭に行く。酒場になっててそこには冒険者以外にもリムサ・ロミンサの住民が飲み食いに来る。

夜になってたし結構なお客が入っててバデロンの親父も話し相手をしたりしてたけど…順番待ち出来るほど今は時間的も心的にも余裕が無い。

「悪い、悪いんだけどちょっとバデロンの親父貸して。」

バデロンの親父と話して居た船乗りらしきおっちゃんに謝りながらバデロンの親父にこっちを向いてもらう。

なんだぁ?と船乗りのおっちゃんはちょっと不満そうにしたがバデロンの親父は何か察したみたいに俺に免じて勘弁してやってくれ、とおっちゃんを宥めてくれた。親父がたしなめてくんなかったら、喧嘩売られたかもしんない。

オメェに言われちゃ仕方ねえ、と笑いながら船乗りのおっちゃんは手をヒラヒラさせて別の席に移動していく。ありがとうおっちゃん。一杯おごってくれるように親父に言っとくよ。

「よぉロットゲイム。血相変えてどうしたんだ。」

「おっちゃん追い払わせちゃって悪かったね親父。」

海賊時代に飲みにはきてたからバデロン親父はアタシの事も知ってる。陸に上がって奇縁で商人の家に居ついた事も。話しをするのも、聞きだすのも上手なのだ、このオッサン。

「あのさ、聞きたい事あって。実は。」

小声で、現状の説明とあの角が生えた、絶影の話をする。さっきまで、酒場の客に対してのニコニコした親父の顔がすぐに引き締まるのが解った。

「…そいつは、厄介な事になってるな。お前、絶影に接触したって事は彼奴に仕事頼んだのか?」

「…情報収集をね。」

「…どっちにしても、そうか、彼奴になぁ。」

「てか、知ってんだね?なんとか連絡つけたいんだよ。3日も待ってられなくなっちまった。」

「仕方ないな。ちょっと待ってろ。彼奴もその騒ぎなら状況解ってるだろ。」

バデロンが少し、後ろを向いて耳元に片手を当てるような仕草をする。多分、リンクシェルって奴だ。あれを使うと同じリンクパールとかってのを持ってると、遠方でも会話できるらしい。制限がかかる事もあるらしいけど。

「…なんとかなりそうだな。ここで待ってるといい。」

「解った。」

連絡が出来たのか、なんなのかちょっと分からないけど待ってろ、と言うので素直に従っておく。

ほんとならお嬢さんを探しに走り回りたいけど、多分絶影ってのにも手助けを頼めるはず。居ても立っても居られない気持ちもすごいあるんだけど、力を貸してもらえそうなら頼みたい。なんせアイツは裏仕事のプロなのだ。隠そうとするものを暴いて情報として集めてくることも出来る。

どのくらい、待ってたか。たぶん、そんなに長い時間じゃない。

「…状況は察してるが…呼び出した理由は…?」

「っうわ!びっくりした。」

足音しなさ過ぎでしょう!?気がついたときには座って待ってたアタシの後ろにしれっと立ってやがった。悪びれた風もなく、肩をすくめる仕草をしてる。

バデロンの親父が苦笑しながら、絶影に軽く手を振って挨拶してる。絶影も軽い返事をして改めてアタシの方を見た。

「…まぁなんにせよここで話す事じゃない。バデロンに許可はもらったんでな着いて来い。」

「急いでんだけど。」

「急いでるからこそだ。話しを聞かれんほうが良い。」

絶影が溺れた海豚亭に併設してある宿屋の受付でさっさとやりとりして着いてくるように促してくる。ちらっとバデロンの親父を見たら言う事聞いとけ、と頷くのが解った。宿屋の受付も、特に咎めたりもせず通してくれる。

本来は1人用の部屋に入ってから絶影がこっちを向いた。

「…あんたの雇い主があんたの留守に襲撃されてお手伝いの婆さんが怪我を、雇い主の方が拉致されてるな。」

「やっぱ、それは知ってんだね。情報収集頼んだわけだし嫌でも耳に入るんだろうけど。把握早いね。」

「…コネもあるんでね。」

ドライドロップであった時とあまり変わりない黒服でマスクもつけたままだった。白髪が凄く目立って見える。そういえばあの時もだが得物を持ってるように見えない。

「…それで、このタイミングで俺を呼び出したのは?」

仕事の邪魔をされた、と怒ったりしてる訳ではないみたいで念のために確認しとくぞって感じだ。多分、なんで呼ばれたかなんて解ってんだろう。

「…お嬢さんの事手伝って欲しいんだ。イエロージャケットが動いてるけどアタシも居ても立っても居られない。ちゃんとお代は追加でだすよ。」

「そんなこったろうと思ったが…一応、言っとくが俺は何でも屋ではない。」

「解ってるよ。でも、何も救出までやれなんて言わない。お嬢さんの居場所を突き止めてくれるだけでもいい。そしたらイエロージャケットにタレ込めば良いんだ。」

「…まぁ、良いだろう。…とはいえ、当人の屋敷か敷地の品物置き場あたりが一番怪しいし、イエロージャケットもそれを解ってるろうな。」

「あと、ありうるなら船だよ。基本、リムサの商人は海路を使うからね。」

「アンタ、居ても立っても居られないのは分からんでもないが出来れば待ってる方が良いぞ。…顔や姿を覚えられてる。アンタがいるだけで警戒が強まるからな。俺もバデロンも、接触したの確認されてるかもしれん。」

「…正直、待ってるのとかアタシ出来そうに無いんだけど。」

居ても立っても居られない、それを分かってても、隠れて居た方が良い、って話をするのは一応心配してくれてるらしい。確かに直接、家に突撃してくるような連中だから、首を突っ込むのは危険ではあるだろうけど。それでも大人しく待ってるなんてアタシには無理だ。

「…無理に待てとは言わんが動くなら、イエロージャケットなり捕まえて合同で動くのを勧めておくぞ。俺は隠密行動するから単独で行くが。」

「あぁ、あんたに着いてくと邪魔しちまうのか。なるほどね。」

「俺だけなら見つからない自信があるが、連れを隠す術はあいにく持ってない。…アンタは拉致されたお嬢さんの家に出入りできる立場だな?案内してくれ。拉致されたお嬢さんを探し出すのに役立つかもしれん。…あぁ、姿を隠して着いて行くから家に一度帰って来た、みたいに装ってくれればいい。」

案内?さっきから話してる限り、どう考えても家の場所なんか把握してるよねコイツ。なのに案内してくれってのはどういう…?

「??良くわかんないけどそれでお嬢さん、見つけやすくなるかもしんないんだね?」

「断言はできないが可能性はある。」

「分かった。お嬢さんに何かあったらアタシとてもマトモに生きていけそうに
無いんだ。」

「その辺りは俺には知った事じゃ無いが…、恩人を大事にしたいのは解る。」

「アタシがなんでお嬢さんトコに居るのかも調べついてんの?なんか怖いな。」

「…一つ調べてれば二つ三つオマケが付くものだからな。」

最も目立つ花を見ようとすれば、必ず枝葉も見える。情報って言うのはそれと同じで、その花が切り花か鉢植えか、水耕栽培なのか、そういうのもある程度見えるだろう?と絶影が言う。

なるほど、わからなくはない。分からなくはないけどやっぱ不気味だよ。

「とりあえず、案内するよ。」

「なら、姿を隠しておく。ここから出て、まっすぐ家に向かってくれ。玄関を少しだけ長めに開けててくれれば良い。」

「今から隠れとくんだね?分かったよ。アンタ足音ないから不安だけど。」「癖なんでな。」

じゃあ、ここからは家の中に入るまで俺は喋らないし、姿も出さんぞ、と宣言してから絶影が、一度、部屋で影になっている付近に近寄って…

「…えっ…消えた…?」

本当に消えたのかと思うほどどこに居るのかわからない。どうなってんだろうこれ。人間って透明人間になれんの?

戸惑って居ると、トントン、と肩を叩かれる感触がする。真後ろに居るらしい。足音もしないけど、息遣いもしない。なんだこれホントにお化けじゃないのコイツ。下手すると死霊の類ですら呼吸音みたいのするのに。死んでるから息してるわけじゃないけどさ、あいつ等は。

「あ。うん。ごめん、行くよ。」

見えないし返事もないけどちゃんと居るらしい。

宿屋を出るとバデロンの親父がチラッとこっちを見て気をつけろよ、と合図して来たのが解る。それに頷きを返してから絶影が居るのか居ないのか分からないけど、ついて来て居ると信じてお嬢さん達の家に向かう。

何事もなく家について見張ってくれてるイエロージャケットに礼を言いながら
壊れてギシギシ言ってるドアを長めに開けておいてから、閉めた。勢いつけて開けたら取れちゃいそう。直してもらわないといけないけど、今はお嬢さんが先だね。

相変わらず、着いてきてるやつが立てるはずの音は聞こえてないし、姿も全然、見えない。気配を感じないっていうのは気持ち悪いもんなんだね…。

「…着いたけどどうすんの?」

「…お嬢さんの私物を見たい。出来たら、身につけていたもの…アクセサリーや服だな。」

物陰から、ゆっくり姿を現しながら絶影が言う。出てくるときも物陰に一度入ってるから一体どうやって姿を消したり表したりしてるのが、ほんとに分からない。東方にこういうのが出来る戦士が居るって聞いたような。なんだっけ?

「マジでどこに居るか分かんないな…ってお嬢さんの私物…?お部屋…は。」

「…ドアが壊れてる筈だ。」

「えぇ…そこまで調べ着いてんの…?」

「…まぁな。」

衝撃的だけどともかく、お嬢さんの私室に絶影を案内する。本当に、ドアが壊れてた。内部の情報知ってるのって、今のところだと駆け付けたイエロージャケット達だけじゃないの…?

「…なんならあんたが何か持って来てくれ。本人が居ないとはいえ、見ず知らずの男が出入りするのは失礼だろう。」

「…結構、気を使うんだね。そんなの気にしなそうなのに。」

「気にしない場合もある、とだけ言っておこう。」

「あ、そうなんだ…でもまぁ気にしてくれんならちょっと待ってて。」

お部屋に失礼して入ってざっと見渡す。化粧台の近くに、お嬢さんが愛用してるペンダントやイヤリングがいくつか、置いてある。

押し入ってきたなら、当然こういった金目のものも目にしただろうに、手は付けなかったんだね…ってことは金が目当てではないって事だ。そう考えれば考えるほどお嬢さんの安否が心配になる。…無事でいてちょうだいお嬢さん…。

ひとまず洋服やらは持ち出すのも大変だし、と。ペンダントやネックレスをいくつか持ち出して、絶影に手渡してやった。相変わらず、仮面は付けっ放しで外す気配が無いけどあれで確認できるんだろうか…?

不思議に思っていたら、右手の上に乗せたアクセサリを、左手で撫でるようにしてた。その手も黒い革の手袋に覆われてて…。そういえばコイツ全然、肌をだしてないなとその時に気が付いた。外に出てるの、顔だけじゃないかこれ?しばらくしてから、絶影が顔を上げる。

「…イヤリングを借りさせてもらおう。小さいから持ち歩きやすい。」

「んん?持ち歩くの?」

「…ああ。…お嬢さんのエーテルの色は薄いピンクとブルーだな…波長は…口で説明できるもんでは無いな。」

「は?エーテルの色…??波長…?え?」

「…よく分からんだろうが俺なりの追跡の仕方だ。」

本気でよく分かんない。エーテルってのは色んなものに宿ってる生命力とか魔力とかエネルギーとかそういう意味合いの物なんだけど…基本的には見えないもの、のはず。見える時ってのは呪術士とか幻術士とかが魔法を詠唱した時、とかそういう時の筈。

要するに、力を使いますよって意識したときには多少見えるもの…だと思えばいいと思う。人が発するエーテルの場合は、って意味でなら。アタシも幻術はちょっとかじってるから、術を詠唱するときになら自分のエーテルが見えるというか、体の周りを揺らぐのが解るけど…。

お嬢さんは魔法、使える人じゃ無いしそもそもこの場にいないし…意味わかんないや。絶影のほうも、あれ以上の説明をする気はないみたい。最も今は、そんな講釈聞いてる暇はないんだけど。

「さて、俺はこれから隠れながらお嬢さんを探す。…アンタはどうする気だ。出来れば、待ってる方が良いが。」

「…イエロージャケット達探して合流するよ。やっぱ待ってらんない。」

「…まぁ、好きにしろ。イエロージャケットに合流するなら、船着き場に行くといい。」

「…どっからその情報が入ってんのか気になるけどもう突っ込まないことにするよ…。ならアタシは船着き場…商人の運搬用の船舶の所って意味でしょ?」

「…そうだ。」

「素直にそっち行くよ。あんたも気をつけて。」

「そっちもな。玄関をまた、少し長く開けておいてくれ。すぐ立ち去る。」

そう言い残して、絶影がまた、物陰に入るとすっと見えなくなる。何回見ても良く判んないし、気味が悪い。これ泥棒とかし放題じゃないの?

ともかく、行動に出るために家から出て、少し長く玄関を開けておいてから、閉めた。とはいってもガタガタしちゃっててしっかり閉まらないんだけどさ。家を見張ってくれてるイエロージャケットにありがとう、よろしく、とだけ挨拶する。

絶影には声をかけるわけにもいかないし多分、彼奴の事だからさっさとここを離れたはず、とアタシも動いた。商人達の船舶があるところ。大型船から港に荷物をあげる時は小舟を使ったりするんだけどそう言うのがまとめて停めてある場所だ。

大型船だと、港の奥までは入ってこられないから、積み荷の運搬とか人の移送は小舟でやることも多くてね。

走って向かってすぐ、イエロージャケット達が見えてさっきいろいろと説明してくれたヒューランの彼も見えた。彼の方も気がついてアタシの方を見てびっくりしつつやっぱり来ちゃったのか、と言いたげな顔をする。

「ここに来たと言うことは…お婆さんとは会えたのか?」

「会ってきたよ。思ったより怪我が多くてびっくりしたけど…。こっちはどうなってるんだい?」

「件の商人の所持してる船舶を調べているところだ。自宅にも調べが入ってるが何も知らない、の一点張りのようだな。家の中を調べさせてる辺り後ろめたくないのかバレない自信があるのかどっちなのか解らないが…。」

「…そっか何か手伝える事ないかい?」

「…じっとして居られなくて来たのだろうけどなにせ、仲間達は君を知らないからな…。」

「あぁ、会うイエロージャケット全員に説明しないとなんないのか…それは手間だね…。」

「なら、私と一緒に行動でどうかしら。お久しぶりね、元海賊さん。」

「ん、どっかで会ったっけ…?」

「この子と一緒にあのゴロツキ捕まえた時に居たわよ~。」

「あぁ!思い出した!」

お嬢さんをゴロツキから助けた時アタシの手当てをしてくれて、旦那達のご飯の誘いを受けたらいいのよ、と言ってくれたルガディン女性のイエロージャケットだ。っていうかヒューランの彼もそうだけど物覚え良いな。アタシは言われるまで忘れてたよ…。

「ウフフ、良かった。私なら、彼女の立場が分かっているし…一緒に行動する事にするわね。」

「…分かった。何か分かったり気になることがあったら連絡を。」

「了解よ。じゃ、行きましょうかロットゲイムさん。」

「え、名前も覚えてたの。」

ルガディン族は男女ともに背が高くて、がっしりしてる奴が多いんだけど、このひとは、多分かなり小柄。力自慢でもある種族だからか、筋肉質でがっしりはしてるけど背はちっちゃいと思う。デカい連中ばっかり見てるから新鮮だし、なんかちょっとかわいい。

「覚えてたわよ~!とりあえず、例の商人の小型船舶を皆んなで見てるから…そうね、近くの品物置き場の方行きましょうか。あっちはまだ、調べてる人数
少ないから。」

「物覚え良いねぇ。分かった、着いてくよ。」

「あぁ、わたしは新月って言うのよ~よろしくね。」

「…んん?珍しい名前してるね?」

いわゆるルガディンっぽい名前ってのはやっぱりあるだけど、新月ーシンゲツーってのはあんまり聞いたことが無い。ルガディンの女性だったらアタシみたいに、なんとかゲイムとか、なんとかブリダ、とかが多いんだけど…。

あ、それもこのパターンはゼーヴォルフっていう海をメインに生きてきたルガディンたちのほうのパターンね。ローエンガルデっていう山とか陸地メインにしてたルガディン達はまたちょっと違う。新月はたぶん…ローエンガルデのほうだと思うけど、そっちの名前として考えても独特じゃないかな。

空に浮かんでる月の満ち欠けに新月ってのがあったと思うけど、あれかな?新月のときはお月さまは見えなくなっちゃうんだよね。消え去ったわけじゃなくて、存在はしてるけど見えないんだってさ。

「東方の言葉だものねー。お父さんがオサード大陸に憧れててこんな名前にしたみたい。」

「そうなんだ。あんまルガディン達の間で聞かない名前でびっくりしたわ。」

「覚えてもらいやすいのは利点かもしれないわね~。」

「確かに、インパクトあるね。」

新月と軽く話しをしながら品物置き場に行く。陸に運び込んだ商品を1時的に置いとく物置みたいな場所だ。箱詰めされた品をうまいこと重ねたりして並べて置いておく。そんでここから品物ごとに分けたり、運ぶべき場所ごとにわけたり細かい準備をしてさらに運び出していく感じ。

「正直、広いけど荷物の関係でそんなにうまいこと隠せないわよね…ここ。」

「…だよねぇ…荷物の入れ替え激しいし…とはいえ、可能性はゼロじゃないだうから…探すけど。」

「そうね…今のところ、これと言った情報が無いのよねぇ…。」

ちょっとでもいいから、情報があれば少しは違うんだけど、と新月が困った顔をする。なんでも、襲われてケガをした婆やがどうにか人に助けを求めたのがすでに夜中だったせいもあって、目撃者とかもいないんだとかで。

婆やはあちこち殴られたりした体だったから、襲われてすぐ、動けたわけじゃないだろうし…そう考えれば時間が経っちゃってて後手になるのも無理はない。家が襲われて荒らされてる音、なんてかなり大きいはずだし、お嬢さんのお家がある場所だったほかの家が立ち並んでるけど…。

海賊の都市と言われるリムサ・ロミンサだからか多少の(多少じゃないとは思うけど)の物音なら、たぶんみんなまた海の荒くれが暴れてんのかなで済ませちゃいそうだし、もし、犯罪を疑ったとしても怖くて覗きにはいけないんじゃないかとは思う。

あとは、誰かがイエロージャケットに知らせてるだろうっていう考えを大勢が持っちゃうなんてこともあるはず。

「ていうか、アタシの話だけでここまで大掛かりに捜索してくれてるけど大丈夫なのこれ…?」

「あ~…えぇとね、貴女から疑わしいって話しが入る前からね、なんか怪しいって噂があったのよあの商人。というか人が二人襲われて、片方行方不明なんだものさすがに動くわよ私たちも。」

「え?噂があった?ああうん、確かに一人大けがの一人行方不明だからそりゃそうだよね、うん。でも噂って…?」

「何人かの人からの情報でなんだけど、よからぬ取引をしたんじゃ無いかって…そこにきて、貴女のとこのお嬢さんが居なくなって、婆やさんが大怪我して…さらに貴女からは、あの気のいい旦那さんがもしかしたら他殺かも、なんて話が来たものだからちょっと、放っておかない方がいいだろうってね。」

「…火のないところにはなんとかって奴…?」

「そそ。」

一緒に荷物置き場を調べつつイエロージャケット達が大掛かりに調べている理由を教えてもらう。つまりはあいつは元々胡散臭かったってワケだ。

あちこち荷物をズラしたりし隠し部屋があったりしないか、と調べて回ってどれくらい経ったか。成果が出ない状態になるとやっぱり焦っちまう。年若い裕福な娘が身代金目的でもなく連れてかれてるってだけで、もうだいぶマズイ状況なのに…早く見つけてやらなきゃ何をされたかわかったもんじゃない。

どんなに命が無事でも、心を壊されちゃうようなことをされちゃったら…。ああダメダメ…悲観的になっちゃダメだよアタシ。

「…ロットゲイムさんこれ、見覚えあったりする?」

「ん?」

一緒になって黙々とあちこち調べてた新月が、これ、と手のひらに載せてアタシに見せて来たのはイヤリングだった。緑の小さな石が飾られた大きくないけど、上品な奴。凄く見覚えがある…!

「…待って、これお嬢さんのだよ!」

「…もしかしてと思ったけど…そう、お嬢さんのなのね。て事は少なくともここには来た…というか連れてこられたのね。全体に連絡を入れるわ。」

「…今の所ここに居そうにはないって事は…どっかに移動させられてる…?」

「そうかもしれないわね。」

新月が、アタシとしゃべるときは柔和な顔だったのに、お嬢さんのイヤリングだ、と分かった瞬間からキリッと怖い顔になった。なんだろう、ギアが一段あがった、みたいに。怒ってくれても居るみたいだけど。

手がかりがちょっとでも見つかったって、ちょっと高揚したアタシの気持ちがその顔を見てスッと温度を下げるのが解る。まてまて、手掛かりは見つかったけどここで熱くなってもすぐにお嬢さんが見つかるわけでもない、落ち着けアタシ。興奮しても今、出来る事増えないんだ。

「…船の方は今のところ収穫なしみたいね。家の方も…。」

何も無いみたい、と言いかけて、新月が突然、口を閉じた。その顔が、真剣そのものになったとアタシにも解る。全体に連絡を入れるって言ったから、きっとそれぞれの場所を調べてるイエロージャケットたちとやり取りしているんだろうけど…。

「どうかした?」「…ちょっと待って頂戴ね。」

ちらっと視線だけアタシになげて、また新月が黙ってしまう。何か、重要な情報が伝達されてるらしいのは察したけど…。

気になる。すごい気になる。

「……オッケー。」「なに?何かわかったの?」

「朗報ね。お嬢さんの居場所、分かったわ。イエロージャケットが今、大勢で乗り込んでるところよ。」

「えぇっ!!?どこっ?!」

いますぐ行かないと、とアタシが前のめりになったのを見て、新月が両手でアタシの肩に触れてくる。ちょっとまって、落ち着いてと言いたいのは分かったけど、お、落ち着いてられない…!

「もうちょっと辛抱してロットゲイムさん。流石に突入しての保護活動中に連携しづらい存在を突撃させるわけに行かないわ。」

「あぁあ…意味は分かるけどむちゃくちゃもどかしい!!」

アタシはイエロージャケットじゃ無いし彼らに頼まれて合同で動いたわけじゃ無いから大勢で動く作戦にひょこっと居たら邪魔になる。頭では分かるけど、今すぐ駆けつけたい…!じっとしてるの辛いよ!

「…ごめんなさいね。」

「いやっ、分かってるよ!分かってるけど…ぁあ!お嬢さん無事で居て…!」

「…無事なのは確認できてるの。」「…えっ?!えっと、どういう事…!?」

「詳しくは言えないけど協力者がいてね。その人が、お嬢さんは無事で見張りも伸したって。」

…なんかすごい思い当たる奴が一人、居るんだけど黙ってる方がいい感じ…?すぐに駆け付けたいけど場所も聞いてないし、でも、心臓が走る準備に入っちゃってまだ走ってないのにドキドキしだしてる。待って待って…いや、待ちたくないんだけど、待って。

むちゃくちゃソワソワしながら暫く待ってたら、新月がリンクシェルで連絡を取ってるぽい動作をする。小さくうなずく仕草をして、少し長い息を吐いた。

「…保護が完了したそうよ。」「本当かい!良かった…!」

無意識だけど、自分が笑顔になったのが解る。同時にもう泣きそう。良かった…助けてもらえたんだ…!

「件の商人はそのまま、取り調べのために本部まで連行して、屋敷の調査を続行する事になるわね。お嬢さんの拉致監禁は言い逃れできないでしょう。お嬢さんのお父様に関することはこれからみっちり、調べなくちゃね。お嬢さんの所、行きましょうか。」

「行くともさ…!」

半泣きの顔になっているアタシを見て、新月が困ったような笑顔になった後に腕を撫でてくる。戸惑っていると、そっと両肩に手を置いてぽんぽんと優しくたたいてきた。

「飛び出して行きたいのを我慢してくれたでしょう?ありがとう。よく我慢したわね。」

「!」

「ちょっと前に、ゴロツキを足蹴にしちゃってたような人が、大事な人の無事のために堪え忍べる人になったのは、凄い事よ?ささ、着いてきて。」

なんだか物凄く照れ臭くて恥ずかしいのに褒められたのも嬉しいし複雑な気持ちになって別の意味で泣けてきた。なんだろう、アタシより体はちっちゃいのにホント、どっかのお母さんみたいだわ、この人。

ともかく、新月がこっち、と走り出したのを追いかける。もうすっかり夜更けで人の往来もまばらになった住宅街。新月が案内してくれたのは例の商人の自宅だった。屋敷、と言ってもいい。なかなかに立派な家だ。

「…ロットゲイムお姉さん…!」

「!お嬢さん!あぁお嬢さん良かった…!」

家の前でお嬢さんがイエロージャケットに支えられながら簡単な椅子に座る所だった。

思わず駆け寄って思いっきり、抱きしめちゃう。お嬢さんのほうも抱きしめ返してきた。よかったちゃんと触れるし、アタシにも触ってくれてるから夢じゃない!

「…ごめんなさい…心配かけてしまって…。」

「何を言ってるんだい…!アタシがもっと早く、家に帰ってれば…。アタシの方こそごめんよ…!大丈夫なんだね?何もされてないんだね?」

「えぇ、何も。縛られてはいたけど…。それだけです…。」

そっと腕を離して、顔を確かめる。

叩かれたりした様子もないし服も乱れてない。手首に痣があるのはロープで縛られていたからだろう。受け答えの声にも力が無いけど、長く縛られて閉じ込められたら、誰だって弱るに決まってる。海賊でも罪人でもない、普通の娘さんを縛って転がしておくなんてほんとにロクでもない奴らだよ…!

「…縛られてただけとは言えそれだって痛かったろうに…手当てをして貰わないと…。」

「私達でやるわね。ほんとならすぐ休ませてあげたいのだけど…何があったのか、話して貰わなきゃならないし…。」

新月が申し訳なさそうに後ろから割り込んでくる。そういや、帰っちゃうわけにも行かないんだった。

「ここでは何だしミズンマストを借りましょう。お嬢さんは…足も縛られてて痛いわよね…。」

「アタシが背負うよ。新月悪いけど、アタシの斧持っててくれる?」

「分かったわ。じゃあ、運んで差し上げて頂戴。」

「あの、歩けます!」

「ダメだよお嬢さん。縛られるって、結構負担なのさ。あちこち、硬くなってるろう。転んじまうよ。」

「で、でも。」

「ふふふ、ロットゲイムさんはお嬢さんのお世話をしたいのよ。お言葉に甘えるといいわ。実際、足は痛めてるでしょうから。ね。」

「…わかり、ました。ありがとうロットゲイムお姉さん…。」

「なに、大した事じゃないよ。」

そっと、お嬢さんに背中を向けて屈むと、お嬢さんがイエロージャケットの手を借りつつアタシの背中に載っかった。軽いなあ。アタシがルガディンだから軽く感じるのかな。

細い腕が、そっとアタシの首回りに伸びてきてアタシの方も腕でお嬢さんの足を支えた。

「スカートがめくれちゃうけど…少し我慢しておくれよ。」

「はい、そのくらいへっちゃらです。」

「ふふふ。じゃあ、私が先導するからゆっくり着いてきて。」

アタシの分の斧を軽々持ちながら新月が前を歩いて、時折いる夜更かしの奴を進路から退かしてくれる。体はちっちゃいけどやっぱり、力自慢のルガディンなんだな…斧二つをああも軽々と…。

ほかに何人かイエロージャケットが着いてきてて少し早めに先に行って宿屋のミズンマストを手配してくれたりしてた。

すぐ隣にある溺れた海豚亭ではバデロンが変わらず酔った船乗りを相手にしてたけどアタシを見つけて、無事で良かった、と合図してれる。あとで礼も兼ねて一杯、ひっかけにくるよ、とこっちも合図してミズンマストの中に入る。

イエロージェットが手配してくれたのは2人部屋だった。そっと、お嬢さんをベッドに座らせてやる。礼を言うお嬢さんを見ながら新月が早速、と手当てをしてくれた。

綺麗に拭いてからアザに効く薬草を練って作った薬を塗ってガーゼを当てて、
そっと包帯で巻いて。見た目がすごく痛々しい。

入れ替わり立ち替わりイエロージャケットがやってきて軽い食事や、白湯を用意して行ってくれる。確かに、お嬢さんはそれこそ縛られて放って置かれたらしいからお腹もペコペコだろうし喉もカラカラだろう。

それから食べながらでいいから何があったか、話を、と促されてポツポツ、と
アタシが留守だった時の話をしてくれた。

「婆やと2人で、夕食も済ませて、寝ていたら玄関から物音がして…。初めは、ロットゲイムお姉さんかと思ってドアを開けようと思ったんです…。」

けれども、ちらりと見えるシルエットが完全に男のものだった。アタシも背は高いけど、それよりもっと大きなルガディンの男の影だったそうだ。それでいて影が複数あって、ルガディン以外にも何人か男がいると判ったんだって。

慌てて、お嬢さんは閂をつけて婆やを起こして自分の部屋に戻って鍵と閂をつけて息を潜めていたらしい。

けど、そのうち玄関が壊されて家のあちこちを壊しながらお嬢さんの部屋にもやってきてドアを壊されて入られて…。

婆やが守ってくれようとして怪我をした後に何か、薬品を嗅がされて意識が飛んだらしい。どんだけ怖かったろう。婆やもお嬢さんも、戦うことなんかしない普通のおばあちゃんと娘さんなんだから。

アタシがその時いたら、とまた思ってしまう。たぶんだけど、出かけるのを見られてたうえ、帰って来てないのも確認されてたんだろうね。顔や姿を覚えられてるはずだって、絶影も言ってたし。

「目が覚めたら…手足を縛られていて倉庫…に、いたと思います。薬のせいか目が覚めた時はすごく頭が痛くて…。」

「薬品での気絶はそうね。頭が痛かったり、気持ち悪かったりしてロクなものじゃないわね。」

よく演劇なんかでは、一発ポコンと殴られて気絶、なんて芝居があるけど。実は人って意外と気を失わないもんで殴って気絶させるとなると、かなり殴らないといけない。そこまで殴っちゃうともちろん命も危なくなる。

命をとらずにお手軽に気絶させるなら、薬を使うのが楽だろうけど…お嬢さんや新月が言うように、目覚めが最悪になること請け合いだ。それでいて、かがせる分量を間違えたら死んじゃうかもしれないし。

「はい…それで…朦朧としてしまって。その時に…嗅ぎ回られたら困る、みたいな話を誰かしたと思います。ボンヤリしてしまって夢の中の話なのか現実かはっきり分からないんですけど…。しばらくしてから…今思えば、積み荷用の箱だと思うんですけど…箱に入れられて…。」

「あのお屋敷に運ばれてた…と。」

「はい。おそらく…。意識がはっきりしてきたときにはどこだか分からなくなっていて…。」

ちなみにお嬢さんが閉じ込められていたのは、屋敷の裏口の近くにある床下の収納場所だったそうだ。

床の上にご丁寧に敷物を敷いて床下に収納があると、分からないようにしてたらしい。そいつを引っぺがしたら蓋というか、収納場所を開閉するための繋ぎ目やら取っ手が出てきたってわけ。

「なるほどね…。怖かったでしょうね。無事で本当に良かったわ…。」

経緯を羊皮紙に書き連ねながら新月が神妙な顔をする。大の男だって、同じ目にあったら怖いだろう。それを年頃の娘が体験されられたなんて。ああもう、イライラしてくるよアタシ。

「凄く怖かったですけど…ロットゲイムお姉さんが助けてくれると思って。」

「そうね。ロットゲイムさん、私たちに情報をくれたり、一緒に貴女を探すのに走り回ったりね、したの。」

それからお嬢さんが見つかったときにはね、とアタシが飛び出すのを我慢した事まで、新月が丁寧に話しちゃって、すごいはずかしい。アタシがやめとくれよ、と顔を紅くしてるとお嬢さんがウフフと声を出して笑った。良かった、笑う元気出たんだね…。

「ありがとうロットゲイムお姉さん。」

「お嬢さんたちはアタシの恩人なんだよ。それくらいやらなくちゃ。」

「恩人なのは私にとってもですもの。助けてもらうのも、これで2度目です。」

なんだか照れ臭い。

でもお嬢さんが無事で本当に本当に良かった…!

あのまま何かあったりしたら、本当にアタシのほうまでどうにかなっちゃう所だったよ…。ちょっと自分でもびっくりするくらいの安心感…。

お嬢さんは最初からアタシの事をお姉さんみたいな目で見てたけど…アタシの方も知らないうちにお嬢さんを妹を見るような目で見てたんだね。アタシ自身も兄弟姉妹はいないから、今になってようやくわかったよ。

大事な人に何かあったらって思うと、とんでもなく怖いし、無事だと判るとこんなに嬉しいんだね。ああ、ほんとによかった…!

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