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princess crush #1

暗い部屋…永らく使われていないのか湿ったかび臭い空気の流れるこの部屋に一人の少女がたたずんでいる。
唯一の明り取りである天窓から差し込む月光は、毒々しい赤い光をたたえ、彼女の淡い金髪に紅い色彩を添えている。

少女が紅い月を仰ぎ見る…ゆるくウェーブした長い髪がゆれ、まるで稀代の彫刻家が己の命を注ぎこんで彫り上げた
かのような、端正で…しかしどこか幼い面立ちがあらわになる。
まるでエメラルドを削り出したかのような深い緑をたたえた瞳は潤み、透けるような白い肌はかすかに上気し
ほのか赤みをさしている…
白と緑を基調にした上等なドレスに身を包んだその姿はまるで天使のように美しい…ただ一つ、その身を汚す
ある色を除いて…彼女の足元を染めるその色は…

赤…生命の色、そして忌避すべき色…それはすなわち、血の色…

少女は今一度その赤を見つめ荒い吐息を吐きながら、小さな唇より消え入るような一言を紡ぎ出した…

「ああ…私は…なんて、罪深いのでしょうか…」

しかし、紡いだ言葉に反して声に混じる感情は苦悶でも、後悔でもなく…喜悦
清楚なドレスのスカートを太ももまでたくし上げ、純白のレースに縁取られた下着に手を伸ばし
指を這わせる…足元には…かつては白く清純な輝きを放っていたのであろう白いパンプスは
ぬめる赤に冒されて石畳に靴音を響かせ…甲高い石を打つ音に何かを咀嚼するような湿った音が混じる。

その音のたびに、暗がりの足元で彼女の靴底にすりつぶされ、彼女のヒールが槍のように突き刺さるなにかがある。
赤く熱を持った…いや、持っていたその物体を彼女は一心不乱に踏みにじり、指は自らの秘所を執拗にかき乱す。

「ああ…私は…こんなに、ああっ!」

少女の体が雷に打たれたように一際大きくのけぞる。

「はぁ、はぁ…んっ…んあっ…もう我慢できません…私は、マリアはあなたの死を見て卑しくも…感じているのです」
「こんなにも、悲しいのに…もう元には戻らないあなたを壊すこの足は止まってくれないのです…」

闇に沈む部屋、哀れな犠牲者の死をさらに汚し続ける少女の嗚咽と喜悦の混じった声

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」

良心の呵責と己の内からあふれ出る快感の奔流に弄ばれ…いつまでも続いた…

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あるところに一人の少女がいた、少女の名は「マリア=フォン=リューネベルク」
人々は活気に満ち溢れ、つつしまやかであるが幸福を実感しながら精一杯に日々を生きる…小さな小さな国。
彼女はその国主の娘だった。

天使のように美しい容姿と、生けとし生けるものに無償の愛情をもって接し、皆から姫と慕われていた。
そして、彼女はある小さな秘密を隠していた。

パタン…

樫材の大きな扉が音もなく閉じる。
午後の温かな日差しの差し込む部屋、ここは城の中でも彼女と側仕えの数名のメイドしか足を踏み入れることの出来ない
彼女の私的な空間として与えられた一角…あふれるような優しい光に包まれた室内は、しかし、一国の姫君の部屋にしては質素である。

その幾つかある部屋を通り抜け最も奥の部屋…此処こそは彼女以外立ち入りを許されない彼女の寝室。
後ろ手にドアを閉めて、周りに誰もいないことを確認するとマリアは部屋の中央にある大きなベッド、その脇にある
サイドテーブルの上におかれた小さな籠に向かってそっと声をかけた。

マリア「ジークフリード?」

彼女以外誰もいるはずのない部屋で、その呼びかけに答えるものがいる。
籠の中から顔をのぞかせたのは…黒い毛並みの小さな野ネズミだった。
まるで親を見つけたかのように、籠から這い出し、そっと差し伸べられたマリアの手のひらに乗る。

マリア「ジークフリード…あははっ、くすぐったいよ」

彼女の手の中で身じろぎをし、やがて母に抱かれて安心したかのように、身を丸めて眠り出す。

マリア「……」

その姿を慈愛に満ちた表情で見守るマリア、事実彼女はこの野ネズミの母親も同然の存在であった。

それは数ヶ月前、ほんのイタズラ心で城を抜け出し、背後を包み込む森を散策しているときだった。
城の庭師や、町の住人によってきれいに整備された林道のすぐ脇、朽ちた木の中「彼」はいた。

まだ生まれたばかりの彼は、他の兄弟たちとは離れた場所でうずくまっていた。
兄弟たちは、母の乳に一心不乱に甘えているのに彼だけは、乳も飲まずに震えたように眠っている…
いや、眠っているのではないのだろう、彼はまさに死に瀕していたのだ。
生まれたそのときから弱く、母も彼のことを見放したのか、そばにより乳を与えることもしない。

今、死の淵で恐怖におびえている小さな命を救いたい…心優しい彼女が彼に手を伸ばし、その温かな手で包みこんだのは
必然であった。
そして、彼女は彼を連れ帰り、苦境を覆し強くあって欲しいと、幼い頃何度となく読んだ物語の英雄の名を彼に与えたのだった。

マリア「ジークフリード…」

黒いやわらかな毛並みをそっと撫で、わが子に毛布をかけなおしてやるように、手をそっと彼の体に覆いかぶせた。
小さい…とても小さい命だけど、確かに息をし、鼓動は生命がそこにあることを高らかに主張している。

マリア「…あったかい」

触れているだけで、幸せな気分になれる温もり…何かを守っているという確かな充足感。
彼の与えてくれたものの大きさは彼女にとってかけがえのないものであることは間違いないだろう。

だが、それゆえに彼がいなくなった後…一人になった自分の姿が心もとなく恐ろしいのだ。

マリア「…ふぅ」

眠るジークフリードを籠に戻し、一つため息をつく。

マリア「ジークももう立派な大人でなんですよね…」

拾ったその日からいつかは野に帰してあげないといけないとは思っていた。
しかし、その日が刻一刻と迫り、避けられない別れの日を思うたびにマリアはこうしてため息をつくのだ。

マリア「あなたもいずれ子供を作ってゆかないといけないんですものね…」

頭では分かっている…それが道理なのだと、だけど心が割り切れない…愛情を一身に受け、食べるものにも困らず
育った彼が野に帰り一人で生きてゆけるのか?
ワシやタカ、狐に狼…彼らを獲物とする動物もたくさんいる、冬になれば食料も少なくなる、そんな中で
おびえながら生きてゆくのが幸せなのか?
あるいは、自分が彼を縛り続ける代わりに何者からも守ってあげたほうが良いのか?

人の言葉を解することの出来ない彼にそれを質すことは出来ない…

だけど、いかなる結末になろうともせめてその日まではあらん限りの愛を注ごうと、彼女は誓うのだった。

しかし……残酷な運命はその別れの日を存外早く呼び寄せた。
しかも……彼女が思いもしない結末を携えて…

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パタン…

いつもの樫の大扉が閉まり、黄昏時の薄闇に沈み込むように彼女の私室に静寂が訪れる。
マリアは真っ先に寝室へ足を運ぶが、そこにかすかな違和感を見出した。

マリア「あれ…扉が…」

確か部屋を出るときにはきちんと扉を閉めて出たはずなのに…

声「姫様…」

そのとき背後から声、よく知った声に振り返る。
そこには、自分の側仕えのメイドが立っていた。
数人いるメイドの中でも最も年若く、自分に歳も近い彼女は、数少ない友人の一人だった。

マリア「どうしたのですか?」

彼女は小さな布の袋を持ち、私のことを見据えている。
あまりにまっすぐな視線はまるで責められているようで、居心地が悪くて思わず目をそらしてしまったが、
そのせいで彼女の手にある袋が目に付いた。

マリア「その袋は何ですか?」
メイド「これですか? いえ…姫様のお気になさるようなものではありません」
マリア「……」

そのとき、袋がかすかに動いた。
苦しげなくぐもった声が漏れ…その声にか確実に聞き覚えがあった。

マリア「ジークフリード!!」
メイド「ジークフリード? 何ですかそれは、これはただのネズミです、姫様の部屋から出てきたので捕まえてこれから…」
マリア「こ、これから…何をするつもりなのですか!?」
メイド「どうしたのです? そんなにお声を荒げて…ただ始末するだけですよ」
マリア「始末!?」

友人の口から出た「始末」という言葉に言い知れぬ不吉な予感を感じ、聞きたくないという心が叫ぶが
それを確認せずにはいられなかった。

メイド「ただ殺すだけですよ」
マリア「!!」

目の前が真っ暗になる…ああ、なんて残酷なことを…罪もない命を…みだりに殺すなど…

マリア「そんな、ひどいです…やめてください…」
メイド「いくら姫様のご命令でもそれだけは承服できかねます、ネズミがお城に居ついて増えたら大変ですので」
メイド「それに、たかがネズミ一匹…姫様が気にかけるようなことでもないですよね?」
マリア「……」
メイド「それともこのネズミに何か思い入れでもおありなんですか?」

もう、言い逃れは出来そうにない…そっとジークフリードを返してくれそうになさそうだ。

マリア「その子を…ジークフリードを返してください! お願いします!!」
メイド「……」

じっとこちらを見据える目…
もしかしたら、隠し事を打ち明け事情を説明すれば彼を返してもらえるかもしれない…その後は森に返さなければいけなくなるかもしれないが…
ここで命を絶たれるよりは幾分、救いのある選択だろう…

メイド「ダメです、姫様のお気持ちは分かりますが…」
マリア「……」
メイド「このネズミを野に放ったとしても、いずれお城に帰ってくるでしょう、ここには食料があることを知って
    しまっていますので」
メイド「よいですか姫様? 私も姫様のお優しい気持ちはよく分かりますし、そんな姫様のことをお慕いしています
    ですが、なにもかにもにそうやって情けをかけても良いものではないのですよ?」

話はそれだけだといわんばかりに彼女は踵を返し、部屋から去ろうとする。

マリア「その…ジークを…殺すって…どうやって?」

引きとめようとして思わず出た言葉にはっと我に変える、なぜそんなことを聞くのか?
いずれにせよジークに待っている結末は想像を絶する苦痛なのだろう…愛した子がそんな責め苦の末に死んでゆくのを
聞きたくなんてないのに…

メイド「そうですね、水に沈めて溺れさせるのはどうですか? 割とポピュラーな始末の仕方ですが…」
マリア「ひっ…!?」
メイド「あるいはこの袋のまま壁に打ち付けるのも良いですね…数回も叩きつければおわりますし後が残りません」
メイド「ああ、一息に踏み殺してしまうのも良いかもしれません、これほど小さければ私が踏みつけても痛いと思うまもなく
    潰れてしまうでしょうし…一番苦しくないと思いますね」

彼女はお仕着せの黒い革のパンプスで何もない地面を軽く踏みしめつま先を左右に振った。

彼女の口から淡々と語られる残酷な仕打ちの数々…
あまりに惨いその仕打ちに自分のみがその責め苦にあわされたようなめまいを覚えた。

メイド「とはいえ、姫様にそのような場面を私も見られたくはありません…ではこれにて、失礼します」

行ってしまう…彼女を引き止めねばジークフリードは…

マリア「…て…」
メイド「はい?」
マリア「待ってください…」

神様はなんて残酷なんだろうか…もうジークフリードにはこれしか運命が残っていないのか?
でも…私の見えないところでそんな仕打ちを受けるくらいならいっそ…

マリア「ジークを…私に預けてもらえませんか?」
メイド「それはどういうことですか?」
マリア「私が連れてきた子です…もうどうしようもないのでしたら、せめて最後も私が…」

喉が張り付くように痛い…自分の口が紡ぎ出す残酷な宣言…
自ら今日この日までかわいがったジークフリードを殺すといっているのだ…

メイド「姫様に出来ますか? そんな惨いことが」
マリア「……」
メイド「出来ますか?」

問い詰める彼女…
足が震えている、立っていられない…このまま倒れこんでしまいたい衝動に駆られるが、それではダメだ。

マリア「……出来ます、私が…やります」

そらしていた目を毅然と彼女に向け宣告する。

メイド「……わかりました、それが姫様のご意思でしたら…」

そういって、ジークフリードの入れられた袋を差し出す。
私はそれを奪い取るように受け取ると、すぐに袋を開ける。
中で彼がもがくように必死に袋から出ようとしているのを、私は手を差し入れて、すくい上げる。

メイド「ですが、私にも立場がありますので…姫様がきちんと始末をする所を見届けねばなりません」
マリア「……」

このまま、逃がしてしまおうかと思ったが、それもかなわないようだ…

メイド「さぁ、参りましょうか」

扉を開けて廊下に出る彼女。

マリア「……」
メイド「どうしたのですか? 早く済ませましょう」
マリア「…はい」

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カツン…カツン…カツン…

暗い廊下に私と彼女の靴音が響く。
この城はもちろん私は生まれたときから住んではいるが、このような場所に来るのは初めてだ。

メイド「足元にお気をつけ下さい、このあたりは滑りますので」
マリア「……」

私はうつむいたまま返事をしない、ただ自分の足元だけを見つめて歩いていた。
手には、袋からすくい出して、今はいつもジークフリードが寝床にしている小さな籠をもち…
その中で丸まっている彼と、自分のつま先…今年の私の誕生日に街の靴職人が
贈ってくれた白いハイヒールを交互に見つめている。

そういえば、職人は私にこれを差し出す際にこれは自慢の品だと言っていた…
「姫様の御身に万が一があってはいけません、姫様の足元を守るのは我等靴職人の使命です」…と
材料はもちろん、その言葉どおり靴の裏につけた滑り止めは職人たちが丹精を込めて作り上げたと
誇らしげにしていた姿を思い出した。

曇り一つない白いエナメルのハイヒール…かかとの高い靴を履くのは初めてだったが
とても気に入っているこの靴で…私はジークを踏めるんだろうか?

メイド「さぁ、こちらです…」

ギィィィィ…

立て付けの悪い扉が重々しい音を立てて開くと、そこは暗く湿った空気が漂う陰気な部屋だった。
この城にこんな部屋があることなんて知らなかった…

メイド「この部屋は聞く所によりますと、先々代の王様がご自分の趣味のために作らせた部屋だとききます」
マリア「……」
メイド「随分倒錯的なご趣味だったそうで…先々代の亡き後、王様がここは封鎖したのですが…」

奥に行くにつれて、床に何かシミのようなものがあるのが分かる。
天窓が一つ開いて、そこには血の色のような赤い月が浮かんで、そのシミを照らす。

メイド「一部のメイドたち今回のようなことに使っているようですね、もっとも私もここには初めて入りますが」

彼女の話とこの部屋のおびただしい数のシミ…よく見れば赤黒く固まってこびりついたそれは多分…

マリア「ここで…殺していたのですね?」
メイド「はい、ネズミやゴキブリなどは放っておくと病気なども流行らせますので…みな捕まえてはここで
    踏み殺しているようですね」

やがて、天窓の下で立ち止まる。

メイド「ここにしましょうか、さぁ、姫様?」
マリア「……」

紅い月に照らされた自分の白いハイヒールがとんでもなく恐ろしい凶器に見えた。
そして籠の中で丸まっているジークフリード…いつもと同じように眠っているようだ。
せめて眠っているうちに……
いつものように手のひらで包んで…涙がこみ上げてきた。

マリア「ジークフリード…ごめんね、なんで…こんなことに…」

こんな別れになるとは思っても見なかった。
彼は、森に帰るか…あるいは私のこの手の中で天寿をまっとうするものだと思った…
もしそうならば、笑って見送れたかもしれない…だというのに…酷すぎる…

小さく呼吸する彼を床に下ろそうとしたとき、彼が目を覚ましてしまった!

マリア「ダメッ、起きちゃダメ…」

私の声に何事かと私の顔を見上げるジークフリード…つぶらな瞳に見据えられ、私は自分が保てなくなる。
彼の体を抱きしめようとしたときに、側仕えの彼女にジークフリードを取り上げられた。

メイド「もうよろしいでしょう?」

そのまま、ジークフリードの体を床に叩きつけると、黒いとがったパンプスのつま先で無造作に蹴りつける。
ウソのように高々と舞い上がる彼の体、そして叩きつけられるあっけないほどの軽い音…

マリア「ジークフリード!!」

ヨロヨロと立ち上がり、今まで聞いたことのないような弱々しい泣き声で、私に助けを求めるように
歩み寄ってくる…まるで私の側なら安全だとでも思っているように…

マリア「……」
メイド「ネズミはすばしっこいですからね、こうして弱らせないと上手く踏み潰せません」

叩きつけられた衝撃で体を傷つけてしまったのか、操り人形のような不自然な動きで
それでも、私に擦り寄ってくる…その姿は…仮にここで始末を取りやめても、もう助からないのが明白だった。

そして、私は……覚悟を決めた…

マリア「ごめんね…ジーク…許してなんて、言えないよね…」

擦り寄る彼を私は、ハイヒールで彼女がしたように蹴り上げた!
再び中を舞うジークフリード…今度は背中から床に叩きつけられて、仰向けのまま動かない。

そして、動かない彼をハイヒールで踏みつけ、体重をかけた…
足の下で苦しげなうめき声を上げるジークフリード、しかし私の体重に抗えなくなった手足ミシミシと音を立てやがてパキンと乾いた音を立てて
折れ、その衝撃が固い靴の裏を通して私の足に伝わってくる。

その、得体の知れない感触に私は吐き気を感じたが、我慢してそのままさらに強く踏み込む…
やがて、靴の下で必死に逃げ出そうともがいていたジークフリードの体が一度痙攣しさっきの音よりも少しだけ大きな音がして
動かなくなり、私は目を閉じて、一度大きく足を振り上げ一気に彼の体に振り下ろす。

マリア「……」

そのまま、さっき側仕えの彼女がして見せたようにつま先を床にこすりつけるようにひねり…薄目を開けたときには
口から赤くぬめる何かを吐き出し、お腹が裂けて生白い彼の臓器が靴の下からはみ出していた…

マリア「ああ…あああ…ジーク…」

冷たい石の床の上に花が咲くように赤い血を撒き散らして、冷たい夜気に晒された彼の臓器からうっすらと湯気が立ち上り
それに乗って、鉄の匂いが私の鼻を突く。

そのときだった…
私の中で何かがうごめき始めた…赤い肉の塊と変わり果てたジークフリードの姿に私の体の芯に電流が走るような感覚が…
頬は熱を持って、息が荒くなる…
まっすぐものが見えない…よろめいた足で、踏み潰されず無事に形を残している彼の臓器を一気に踏み潰す…
ぺちゃっという水気をはらんだ音と共に、赤い液体が床の上に流れ出る。
その赤い色が私の中の何かをさらに激しく揺さぶる…その何かは渦を巻くように、下腹部のほうに流れ、血の匂いに酔ったように
視界がかすむ。

マリア「あ、あつい…なにかが…こみ上げてきて…」

私はドレスの裾をたくし上げて、こみ上げてくる熱さの元…自分の秘部を自ら指でまさぐる。

マリア「ああっ、あんっ…そんな…な、んで…?」

裾をまくったことで自分の足がよく見える、白いハイヒールのつま先が赤く染まっている。
足元に赤黒い肉の塊がある…その塊は何? 自分はなにをしているの?
わからない…何も分からない…だけど…

マリア「きもちいい…」

そうだ、この肉の塊をもっと壊せば、すり潰せば、踏みにじればもっと気持ちよくなる、体がそういっている…

マリア「あっ、あっ…」

本能のようにハイヒールで、肉塊を踏みにじる! 潰れ、ひしゃげ、捩れ、捻れ、歪み、壊れてゆく…
その一つ一つの感触が、足の裏から下腹部向かって駆け上り…指はいっそう強い刺激を求めて激しく、外側から
そこをかき回す。

延々とその行為を繰り返し、床には赤い私の足跡が無数に刻印され、ふと見下ろしたつま先に細長い管のようなものが
こびり付いているのが目に入った…
そして…それが何であるか認めたとき…とうとう私の中で何かが弾けた。

そう、それは昨日まで私に甘え擦り寄ってきた小さな友人…ジークフリードの成れの果て…
私が…彼を…小さな命を…この足で、この靴で…踏み殺した?
もう、どんなに望んでも、彼は帰ってこない…当然だ、一度壊したものはなおらない、それが生き物であればなおさらだ。

激しい後悔の念…しかしそれに勝るほどの強い快感!
とうとうそれに耐えられなくなり、私は声を漏らす。

マリア「あああんっ、はぁ、あっ…ジーク…ジークフリード…あっ、気持ちいい、あなたを踏み殺して…気持ちいいなんて…どうして?」
マリア「でも、もう……我慢できない…」

唯一原形をとどめた、彼の頭部…もはや光のないうつろな瞳で私を見つめるそれに向かって…
私は…とがったヒールを…突きたてた…そして、鈍い衝撃と共に体を雷が駆け抜けるような快感に襲われ…

マリア「あぁぁぁぁぁん!!」
マリア「はぁ、はぁ、はぁ…私は…なんて、罪深いのでしょうか…私は、マリアはあなたの死を見て卑しくも…感じているのです
    こんなにも、悲しいのに…もう元には戻らないあなたを壊すこの足は止まってくれないのです…」

ジークフリードの亡骸を…床のシミに変わるまで、何度も何度も…執拗に踏みにじった。

マリア「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」

<完>


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