しろくろコンチェルト〜第三楽章〜(後編)
「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作、ピアノソナタ第13番、変ロ長調、いくよ…お兄さん」
一瞬の静寂の後、カノンちゃんの指が鍵盤を走り旋律を紡ぎ出す。
今日、聴くのは都合4度目となるこの曲だが、カノンちゃん、ソナタちゃん二人がそれぞれ普通に弾いたもの、僕の欲望が凝り固まったようなブーツを履いて、僕のペニスを踏みつけながら演奏したものと4者4様、この曲の出だしの部分だけでも全く違う。
きゅっ…きゅっ…きゅっ…きゅっ…
「あっ…はぁん…ああっ!?」
ソナタちゃんの演奏よりも軽やかで弾むような若干スタッカートの効いたカノンちゃんの演奏…ペダルの操作もペニスに靴底を押し当てたまま連続して踏み込むのではなく、一度完全に足を離してから少し勢いをつけて踏み込むような、ONとOFFがはっきりした踏み方
…
「こ、これ…カノンちゃんの靴の裏に…ペニスが張り付いて…ああっ!?」
既にソナタちゃんに散々に弄ばれて先走りまみれのペニスはベトベトと粘着性を帯びていて、カノンちゃんが履く黒いスエードブーツの平滑に踏みつけられると靴底に張り付いてそしてゆっくり剥がれ落ちる。
その靴底からペニスが剥がれ落ちる際に意地汚く最後まで剥がれ残るペニスの皮が伝えてくる感触が刺激的だ。
靴底で擦り潰されるような踏み躙られる痛みとも、全体重をかけられて踏み潰されるのとも違う、優しく愛撫されるような感触。
そんなカノンちゃんの踏み方に、一度勃起が収まりだらしない肉のかたまりになっていた僕のペニスが再び僕の意思に関係なくそそり立ち、圧倒的な力の差でカノンちゃんの足とブーツに踏み潰されてしまう事がわかっているのに抵抗の意思を表す。
「あっ…お兄さんのおちんちん、すごく硬くなってきた…気持ちいい?」
「か、カノンちゃん…うん、気持ちいいよ…カノンちゃんの踏み方…気持ちいい…」
出だしの数小節で、僕はカノンちゃんのペダルの踏み方と演奏に完全に飲み込まれてしまった。
カノンちゃんの演奏には力がある、それはペダルの踏み込みが強いとかそういうわけではなくて、楽しい気分の時はより楽しく、気持ちを落ち着けてゆったりしたい時にはゆったりと…カノンちゃんはとても感受性が高いのだろう、聴く人に寄り添った心地良い音をいつも奏でられる、そして…
「お兄さん…」
クチュッ…クチュッ…クチュっ…
もうはち切れそうなほど勃起したペニスの先端から粘つく先走りの汁がだらだらと、だらしなく垂れてペダルとペニスとカノンちゃんのブーツに絡みつき始める。
「うん…あっ、ああっ…カノンちゃんの踏み方が…」
さっき見た普通の演奏の時にはなかった踏み方…ペダルを踏み切らず、ペダルの先端…つまり僕のペニスの根元から踏み込んでいって最後に爪先に体重をかけて亀頭を踏み潰すような…そんな動作に変わる。
リズミカルに根本から亀頭にかけてブーツの靴底に圧迫されてペニスの根元の奥の奥にじわじわと射精感が渦を巻いてくる感覚…
そして、その踏み込みのブレが音に複雑な余韻を与え、軽やかながら豊かな響きを持ち始めた。
三たび芽吹いてきた射精感を優しく愛でて育てるように、強く、弱く掛け合うようなパート、カノンちゃんも左足のソフトペダルと右足のダンパーペダル,そして僕のペニスをブーツで交互にリズミカルな踏みつけてその歌い合うようなフレーズを表現する。
キュウウウゥッ!
「ううっ…あっ…!」
ペダルの支柱越しでよく見えないが、深く強く踏み込まれてペダルの上で僕のペニスがひしゃげるような圧迫感、そしてそこから足が離れてスッと解放。
カノンちゃんの重みから解放されたペニスの芯の管に一滴ずつ、精液が充填されていく…一踏みごとにそれが積み重なり、胸が高鳴って熱くなり期待が込み上げてきた。
「んっ…お兄さん、どう? イきそう?」
「はぁ…はぁ…はぁ…んっ…なんか、込み上げてきて…」
「うん、そのまま…アタシが…」
曲は中盤に入り、軽やかで弾むようなフレーズにどことなく優雅な旋律が合流してくるあたり。テンポが少し落ちてゆったりとした感じに移る気がするが、カノンちゃんの足は休む事なく僕のペニスをペダルごと執拗に踏みしだいてくる。
一定のリズムで途切れる事なく踏み付けられて、小刻みにペニスが痙攣して装填された精液が発射の時を待つ。
「あっ…なんかヒクヒクしてきた、んっ…おちんちんが靴の裏を押し返してくる…これがソナタの言ってた…お兄さん、このままいくね」
「はぁ…はぁ…カノンちゃん、うん、お願い…このまま、続けて…」
「うん」
曲調が気持ちスピードアップして、ピアノ下から見るカノンちゃんの腕が激しく振られているのが見える。
旋律も流麗な装飾音に飾られた華やかな雰囲気を纏って終局へ向けて駆け出した。
徐々に踏み込みの圧力を強め、ブーツの靴先が僕の裏筋を捉えたまま爪先を使って小刻みに連続した振動を加えてくる…ペニスから尾骨を抜けて全身に走る彼女の靴底がもたらす快感、一方、ペダルはカノンの操作に忠実に音に豊かなビブラートを与えた。
僕はペニスにカノンちゃんの靴底と踏みつけと彼女の重みを求めて無意識に腰を浮かせてくねらせる。
「お兄さん…うん分かった、いいよ…」
カノンちゃんも足元の変化を感じたのか、ペダルの踏み込みに軽く揺するような動きを加えてくる。
「ああっ……」
ペニスに靴底を擦り付けられてもう…射精への秒読みに入ってきた…
しかしそこで…
トントントントン…
これまで深く踏み込むようなペダル操作が多い曲だったが、少し踏み方の様子が変わる。
「あっ、あっ、あっ!?」
ごく軽く、小刻みにペニスの先端に靴底でフレンチキスをするようなスタッカート…
これは多分カノンちゃんのアドリブだ。
「か、カノンちゃんっ! で、出ちゃうっ!」
彼女の連続した小刻みなスタッカートの効いたペダル操作に…
ピュルッ…
「ああっ、あっ!」
わずかに精子混じりの先走りが鈴口から飛び出したのが分かった。
しかしそれだけでは終わらない、曲は最終盤に突入し力強い響きを帯びてくる。
カノンちゃんのペダルを踏む足が一瞬離れてヒールを支点にして振り上げられ、靴底を真上から落とすように深々と床まで踏み下ろされる。
カノンちゃんの気持ちが乗ったブーツの一踏み一踏みに…微かな痛みはあるが…ずっと身を委ねていたい…そんな充足感と多幸感に僕のペニスと頭は塗り潰される。
これがカノンちゃんの演奏の力。
「はぁ…!はぁ…!はぁ…!はぁ…!い、イくっ!!」
楽しい気分の時はより楽しく、気持ちを落ち着けてゆったりしたい時にはゆったりと…聴く人に寄り添った心地良い音をいつも奏でてくれる、そして…
「うん、最後まで…お兄さんを連れて行ってあげるからっ…!」
例えば気分が落ち込んでいるとき、悲しい時、彼女の演奏は励ますように、『こっちだよ』と優しく手を引いて導いてくれるような…
「お兄さんの嫌な気分なんて、アタシが…アタシとソナタが全部踏み潰してあげるからっ!」
力強く背中を押してくれるような…
「だから…どうか…お兄さん…全部、出してっ! イけっ!!」
ピアノ演奏には不向きと言われたハイヒールのブーツが一瞬ふわりと浮く。
細いヒールまでも床を離れて僅かな溜めの後…
キュウウウゥッ!! グイッ! グイッ! グイッ! グイィィッ!!
ダンパーペダルがへし折れるのではと思うほどの重い踏み込みと僕のペニスを踏み締めたまま根本から亀頭、亀頭から根元へと残り少なくなったチューブの中身を絞り出すような靴底の往復…そして時折根元のさらに根元、陰嚢の継ぎ目を細いヒールが引っ掻くピリッとした痛みに…
「ああぁっ…ああっ!!!」
言葉で表現が出来ないほどの大量の射精…
二人に踏まれて溜まりに溜まった精液が自分でも驚くほど放出されて、僕の股間からペダルとペダルの支柱、カノンちゃんのブーツまで飛び散り、凄まじい射精の快感で一瞬視界が白んだ…
ビュッ…ビュッ…ビュッ…ピュ…ピュ…
深い深い余韻を残して曲が終了する、しかし射精は未だ収まらず、カノンちゃんの靴底に踏み潰されたままペニスが脈動し、精液を吐き出し続けている。
「はぁ…はぁ…はあっ…お兄さんの精子、まだいっぱい出てる…んっ、こうして…」
グリッ…グリッ…グリッ…
鍵盤から手を下ろしてカノンちゃんは足元を覗き込み、未だ射精が止まない僕のペニスをペダル操作では出来ない爪先を捻る動き…軽く踏み躙って最後の一滴まで射出を促してくれる。
「あっ…はぁっ……」
ピュ…ピュ……
やがて痙攣が収まりカノンちゃんの靴底とペダルの間に最後の一絞りが流れ出てようやく射精が終わり、僕の中が温かい充足感と心地良い倦怠感に満たされた。
ジュッ…ジュッ…
粘つく水気を含んだ足音とともに溝の中に横たわる僕の目と鼻の先に黒いブーツの爪先が現れて…
「お兄さん、大丈夫? 立てる?」
「はぁ…はぁ…はぁ…う、うん、大丈夫…立てるよ」
差し伸べられたカノンちゃんの手を掴んでどうにか溝の中から這い出した。
ピアノの底に頭をぶつけないように慎重に体を起こして立ち上がるとそこにソナタちゃんがいつのまにか用意してくれていた、カノンには冷たい飲み物を僕には温かい濡れタオルを手渡してくれた。
「イチロウさん、カノン、二人ともお疲れ様、すごい演奏だったよ?」
「うん、ありがとうソナタ、なんか気持ちが入りすぎちゃってまだドキドキしてるよ」
そう言ってカノンちゃんとソナタちゃんはドレスにブーツ姿のままピアノ横のソファに座る。
僕も裸のままというわけにもいかないので、傍に脱いで畳んでおいた服をそそくさと着るとテーブルを囲むように配置されたソファに腰を落とした。
「どうぞ、喉…乾いていませんか?」
ソナタちゃんが僕にも飲み物を差し出してくれる、そういえば興奮のあまり忘れていたが、口の中はカラカラで受け取ったグラスから喉に流し込まれる少し変わった香りの冷たいハーブティーが心地良い。
「ふぅ…なんかすっごい汗かいちゃった…」
カノンちゃんのグラスもすでに空になっていて、少しだらしなくソファに手足を投げだしている…
亜麻色のウェーブヘアは少し汗でしっとりしていて、黒いドレスの胸元を指で引っ掛け冷たい空気を送り込む、小柄だけだスタイルが良く長い脚はほんの数分前まで僕のペニスを踏みつけて射精させた黒いスエードのロングブーツ。
よく見ると彼女のブーツは滑らかなスエードの表皮にべっとりと生乾きの僕の精液がこびりついていて、足元には天井の照明に照らされた、ただの水とは明らかに違う液体でできた足跡…僕から吐き出された無数のカノンちゃんに踏み潰された精子の残骸…
ちょっと頽廃的な光景だが、カノンちゃんほどの美少女だととても絵になる。
そんな事を考えて、ぼーっとしているとカノンちゃんと目が合った。
「あっ…どうしよう、お兄さんのブーツ、こんなに汚しちゃった…」
ペダルを踏んでいた右足だけ精液のシミがまだらに飛び散ったブーツを見て困った顔をしている。
「いや、気にしなくてもいいよ、そのまま脱いじゃっても構わないから…元々その…僕が出したヤツだし…」
ここに到着した時にはまだ昼間だったが、気がつけばすっかり日が落ちていた。
ドレスにブーツのままでは何かと窮屈だろうから、二人に着替えてきてもらうように頼んで、これから3人で食事にでもしようと提案をする事にした。
僕はシャワーを借りて、身体中に飛び散った精液を落として、二人は普段着に着替えてきた…どういうわけか靴は相変わらず僕の買ったブーツだけど…
「イチロウさん、このブーツとても気に入ってしまいまして、もう少し履いていてもいいでしょうか?」
「アタシも、カッコよくてすごく気に入っちゃった、今度こういうの買おうかな?」
特にカノンちゃんは、軽く水拭きしたようだけど、それでも片足だけ無惨なシミが残っているというのに気にした様子もなく履いている。
「う、うん…二人さえ良ければ…じゃあ、今日はカノンちゃんにもソナタちゃんにもお世話になったし、僕が奢るよ」
「やったー、何にしようかな?」
「すみません、ご馳走になります」
僕は、白と黒のとても人目を引く二人の美少女と連れ立って近くのファミレスに向かう事にした。
「なんでも好きなものを注文していいよ」
「うん、ありがとう…じゃあ…」
カノンちゃんとソナタちゃんは二人で楽しそうにメニューを見ている。
やがて各々、食べたいものが決まり、ドリンクバーのジュースを飲みながら料理を待つ。
「ねぇ、お兄さん…」
テーブルに頬杖をついて、カノンちゃんが僕に話を切りだす。
「え?」
「お兄さん、昼間よりはいい顔してる…」
「そうですね、イチロウさん…昼間は急に表情が曇られたりしていましたし」
「あ、うん…ごめん、今日はなんだかダメだな」
「あの、差し出がましいようですが、イチロウさん何かお悩みでも?」
「うん、アタシたちで良ければ話聞くよ、話したら少し楽になったり、整理がついたりするかもしれないし…」
彼女たちに、自分の私事を話してもいいものかと僕は迷う。
しかし、カノンちゃんが言う通り、誰かと話したら楽になったり、意外な解決法が浮かぶかもしれないとも思う。
「実は…」
僕は昨日の出来事を、帰ってカノンちゃんたちに会いに行くはずだったのに、言いがかりをつけられて終電まで残業をさせられて、罵声を浴びせかけられたこと、そして、この罵声が今日は何度も蘇ってきて気分が曇りがちだった事を話した。
「何それ! 言いがかりじゃん!!」
僕の話を聞いてカノンちゃんが憤慨する。
「それは学生の私たちでも分かります、理不尽ですね…」
普段は大人しくてあまり感情的にならないソナタちゃんまで整った顔をしかめて答える。
「でもさ、そんなに酷い職場なのにお兄さんは辞めて転職とかさ、あとはその理不尽な先輩に言い返したりしなかったの?」
とても真っ当な意見…理不尽には抗って、それでダメなら自分から去る、しかしそれがいつの間にか出来なくなっているのは僕だけではないはず…
「うん、そうだよね…そうやって本当は自分を守らなきゃいけないんだよね…でもさ、自分でも情けないなぁとは思うけど、怒鳴られると身がすくんじゃうんだよね…」
「…イチロウさんはきっと、その人に酷い事をされ続けて、心のどこかで諦めされられてしまっているのですね、強いストレスに晒され続けた人は従順な性格になってしまうと聞きます」
「でもさ、今日は悪いことばかりじゃなかったし、二人にはすごく楽しい気分にさせてもらったし、その…すごく気持ちよかったし…」
二人に踏み付けられたペニスはいまだにジンジンと熱を持っているような感覚がある。
「そう思ってくれて、元気を出してくれたらアタシは嬉しいよ」
「うん、そうだね…」
やがて注文した料理が運ばれてくる、和やかな気分で二人とする食事は…本来ならもうちょっと気張ったお店にするべきだったのだろうが…たとえファミレスの料理でも味わい深く美味しく感じた。
「ふぅ…ごちそうさまでした、お兄さん、おいしかったよ」
「ご馳走様でしたイチロウさん、ありがとうございます」
「いや、そんな大したことはしていないよ」
チラリと見た腕時計の針は20時に差し掛かろうとしていた。
罵声を浴びながらの残業は酷く長いのに、楽しい時間は時が進むのも早い。
「そろそお開きかな?」
「そうですね、今日は演奏を聞いてくれてありがとうございました、コンクールにも一段と自信が持てた気がします」
「そうだね…あっ、いけない…」
「えっ?」
「あっ、そうだね…」
二人がそう言うと、微かにテーブルの下からジッパーを下げる音がしてして…
「はいっ、お兄さんっ! 特別に女の子の脱ぎたてブーツだよっ」
「とても素敵なブーツでした、またよかったら履かせてくださいね」
二人が持ってきた自分たちの靴に履き替えて、今この瞬間まで彼女たちが履いていた2足のブーツをまるで温もりや残り香を逃がさないかのように手早く箱にしまう。
「アタシたちに出来ることはあんまりないけどさ、お兄さんのお話を聞いたり、お兄さんの好きな物をあげたり、あとは気持ちよくしてあげたり…それくらいなら出来るからさ」
「はい、お辛い時は遠慮なく言ってください」
「あ、ありがとう…」
こんなに可愛らしい二人にそんな事を言われてしまうと、衆目があるのに泣き出しそうになってしまう…
「帰ったらこのブーツで元気出してね」
「……」
僕は会計を済ませて、二人と一緒に店を出る。
ソナタちゃんは道を隔てた向こう側にある私鉄の駅から帰ると言うので、ここでお別れとなった。
「イチロウさん、今日はお疲れ様でした、あまり無理をなさらないでくださいね、ではおやすみなさい」
「うん、お疲れ様」
「ソナタちゃん、今日はありがとう、お疲れ様」
カノンちゃんと彼女が改札の向こうに消えてゆくまで見送って、僕もここから歩いてすぐの環状線の駅へと向かう。
「じゃあ、僕はここで」
「お疲れ様、あ…忘れてた、昨日メッセージにマッサージしてあげるって送ったんだっけ、今度はちゃんとしてあげるね、じゃあお兄さん、おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
僕はカノンちゃんに背を向けて駅の方に向かう事にした。
ガチャ…キィィ…
相変わらず建て付けの悪い玄関ドアを開け、アパートの室内に入り。照明をつけると、しょぼくれた社畜男の見慣れたねぐらが広がっていて、さっきまでの楽しい時間から一気に現実に引き戻された気分になった。
普段と少し違うといえば、微かに華やかな二人の残り香があることくらいか…
コト…
テーブルの上に今日一日、カノンちゃんたちが履いて、そして僕のペニスを踏みつけたブーツが入った箱を慎重に置く。
カノンちゃんはああは言ったが、流石に帰ってすぐにこのブーツたちにお世話になる気にはなれなかった。
プシュッ!
帰り道のコンビニで買った、値段の割にアルコール度数だけは高いお酒の缶を開けて呷る。
「……ふぅ」
彼女たちの手前、なんでもない風を装ってしまったけど、正直気が重い。
このまま寝て、目が覚めたらまたあの同僚と顔を合わせなければいけない…
そう思うとまた、タバコ焼けした罵声が頭の中に響いてくる気がする。
僕は脳裏でがなりたてる罵声をかき消そうと思い、ブーツの箱を開けた。
白いコンパニオン用のブーツ…
ソナタちゃんが履いていたものだ。
ブーツから合皮の匂いに混じって百合の花のような落ち着いた香りと、これはソナタちゃんの足と汗の匂いなのだろうか…何が満たされて温かい気分になる甘酸っぱい匂いがした。
『イチロウさんが音楽の指導者でしたらもっと才能が開く人がいそうなものですが…』
ソナタちゃんの匂いとともに彼女の言葉が思い起こされる。
もう一つの箱を開ける。
黒いスエードのブーツ…
カノンちゃんが履いていた…右足だけ白く乾いた液体の跡が残っている。
僕はその右足のブーツを眺めながら左足のジッパー遠少し下げて内部の匂いを嗅いだ。
新品の靴の樹脂っぽい匂いと甘いミルクのようなカノンちゃんの香り、そして胸が高鳴ってくる少し甘ったるくもツンとしたカノンちゃんの足の匂い…
『地味だけど実はかなり力を入れて練習したところだから、気がついてもらえて嬉しいな、流石アタシたちのパトロンだねっ!』
…才能なんて僕以外の誰かのもので自分にはそんなものは無いと思っていた。
でもそれに、もっと早く気がついていれば違う生き方もあったのかな?
…残念ながら、今の現実はこっちか…
儚い絵空事を振り払うように僕はもう一口、酔うためだけの安いお酒を飲んで、二人のブーツを大切に箱にしまって…気が進まないが、ペラペラの布団に横になった。
翌日、午前7時…
「頭が重い…」
ずっと眠ろうとしていたのだが、ウトウトまではするけど寝付くことができず朝になってしまった。
僕は少し目眩のようにクラクラする頭を無理に起こして洗面所で身支度をする。
くたびれたスーツに着替えて、玄関へ向かうが、やはり足が進まず、一度だけ部屋に置かれたブーツの箱を見る。
二人が後ろにいてくれるような気がして、なんとか…
ガチャ…キィィ…
玄関を出て会社に向かう事にした。
満員電車に揺られて数駅、そこから歩いて少し…自分でもどうにかしたい重たい足取りで会社にたどり着く。
「おはよう…ございます…」
辛気臭いオフィスの空気がいつにも増してピリピリしている…その原因は…
「田中ァ!!」
空気が震えるほどの声に思わず身がすくんでしまった、例の先輩職員がこめかみに血管を浮かべて僕のことを睨みつけている。
「テメェ、遅いぞ何時だと思ってるんだ!」
僕は遅刻したのかと一緒焦ったが、時計は8時前で決して遅刻の時間では無い…
「テメェみたいなロクに仕事もできねぇ下っ端はせめて誰よりも早く来るのがスジだろうがぁ!」
「……」
「グズグスしてねぇで早くしろ、朝一番で資料を部長に見てもらうんだからな!」
「し、承知しました…」
僕は一昨日終電までかかって手直しをさせられた資料をプリントアウトする、その様子を先輩職員はやけに鼻息荒く見ている。
大方、部長に褒められたら自分が手直しをさせたとでも言うつもりなのだろう…
背後の先輩のドヤ顔がみえるようで朝からモヤモヤとした気分になった。
先輩職員とともに部長室へ…
ゴンゴン!
先輩がデリカシーの欠片もなく扉をノックすると程なくして、扉の向こうから声がした。
「入れ」
ガチャ…
「失礼します!」
「…失礼します」
ノシノシと大股で部長のデスクに歩み寄る先輩、よほど資料に自信があるのだろうか?
僕はその後に続いて部長に向かい合い資料を差し出す。
「お申し付けのあった資料をお持ちしました」
「ご苦労…しかし随分遅かったな、十分時間は与えたはずだが、指定した期限ギリギリだぞ?」
部長がダブルクリップで留められた資料を受け取ると、先輩職員が大仰な身振りを交えて語り出した。
「…遅くなりまして申し訳ありません部長、田中は本当にグズでして、作った資料もまるでなっていない有様でした、ですが、私が指導して作成し直しをしてあります!」
…一昨日は急ぎだって言ってなかったか?
「そうか、田中は下がっていいぞ」
「……失礼します」
僕は部長室を後にしたが、あの先輩、部長に随分前から資料作成を命じられていたのに多分忘れていたんだ…それで僕に急ぎだと言って、ああ言って自分の点数稼ぎに使われたんだ…
そう思うとまた気分がムカムカと悪くなってきた。
しかし…その日は先輩が部長室から戻るなり何故かずっと不機嫌で、嫌がらせのような仕事を延々とさせられて、やはり終電間際の退社となった…
ガチャ…キィィ…
日付が変わっての帰宅。
ガサガサ…バサッ!
いつものように味気ないコンビニ飯と安い酒を放る…ここ数日まともに眠れていない上に、今日は胸がズキズキと痛む、ふとした事で息も浅くなるし…メンタルの医者にかかるべきなんだろうか?
いや、そんな事が知れたらあの先輩の事だ『俺のせいだってのか!?』って掴みかかってくるのが目に見える…それにそんなので休めるような会社じゃない…
ふとテーブルに置かれたブーツの箱が目に入る、なんて事のない紙箱だが、僕は宝の入った箱のように両手で開ける…そして微かに漂う彼女たちの香りにしばらく包まれて、アルコールの強いお酒を胃に流し込んだ…
その瞬間だけ…わずかに常に、締め付けられるような胸の痛みが薄れた気がした。
「もう…寝よう、また眠れないかもしれなけど…」
翌日…午後11時半
ガチャ…キィィ…
ガサガサ…バサッ!
今日も似たり寄ったりの一日、やはり夜は眠ることができず、頭がぼんやりする。
会社では例の先輩職員が営業先で無茶な案件を拾ってきて、突貫で提案書を作らされた。
「田中ァ! 俺が死に物狂いで話を拾ってきてるんだ、テメェも死ぬ気で働け! このウスノロが!!」
確かにあの人は営業は得意だ…僕や同僚にはやたらに高圧的だけど、お客さんのところではヘラヘラと腰が低いし調子がいい。
何かと気に入られて契約を取ってくるけど、あまりに短い期間で企画書だ提案書だ契約を約束してくるので、事務の方はその度に終電、徹夜となる…
僕は放ったコンビニ袋から最近量が増えた安酒を取り出した…食事はどうも胸がムカムカして食べる気がしない。
入社以来、こんな毎日だったが、最近は特に酷い。
昼もろくに食べていないせいか、ふと立ち上がると軽い眩暈がする。
プシュッ…
僕は力無く壁に寄りかかってお酒を一気に呷った。
テーブルの上には定位置となったブーツの箱…なんだがそれが今をなんとか耐えるための命綱のように思える。
昨日のように僕は箱をそっと開けて中から二足のブーツを取り出す。
ふわっと彼女たちの優しい香りが、幾分薄まってしまったか部屋に香る。
「……」
黒いブーツの右足を手に取ってみた。
「オナニーでもすれば少し気が紛れるかな?」
カノンちゃんとソナタちゃんに申し訳ない気分になりながら白と黒の両方のブーツでペニスを挟み、まるで二人に左右から靴底で押し潰されてしまったかのように萎み切った情けないペニスに押し当てて擦り上げてみたが…
「あれ…」
相当疲れてしまっているのだろう、射精どころか勃起すら出来なかった…
「ダメだなぁ…もう、寝よう…」
彼女たちに申し訳ない気持ちと情けない気分を抱えて、薄い布団に横になって今日こそちゃんと眠ろうと心に決めた。
その後3日目も4日目も同じような感じでフワフワと眠れず、最早ブーツの箱を開ける気も無くなってしまった。
そして5日目の金曜日…
午後11時…
プシュッ…
壁に寄りかかって、もう習慣になってしまった安酒を飲んでいると、不意にスマホが着信を知らせた。
「……カノンちゃんからだ」
テーブルに手を伸ばして無造作に置いたスマホを手に取り応答ボタンをタップする。
「もしもし、お兄さん、カノンです」
「ああ、カノンちゃん…こんばんわ」
電話の向こうの鈴を転がすようなカノンちゃんの声は今の荒んだ気分に心地よい…
「お、お兄さん…大丈夫? なんだかすごく声が涸れてるみたいだけど…」
「ん? ああ、大丈夫だよ、少し寝不足なのと今、お酒を飲んでいたからじゃないかな? でも、こんな夜中にどうしたの?」
「うん、なんか…伝えたい事と、お兄さん大丈夫かなぁって思ってね」
「伝えたい事?」
「うん…お兄さんさ、明日と明後日はお休み?」
彼女の言葉に一度、カレンダーを見る。
大概どっちかは出勤なのだが、今週は珍しく両方とも休みになっている。
「大丈夫、明日も日曜日も休みだよ…何事もなければね…」
「よかった、日曜日にさ、アタシたちのコンクールがあるのは知ってるでしょ? それにお兄さんも見に来て欲しくて…いいかな?」
この週末は特に予定はない。
多分…最近ついてしまった悪癖で日が高いうちからここで酔い潰れているだけだろう…
「もちろん構わないけど、僕はそこに行ってもいいの?」
「やった! それは大丈夫、アタシとソナタで招待したい人の申請書を書いておいたから」
「そっか…じゃあ当日はちゃんとした格好じゃないとな…スーツでいいかな?」
「そんなに気を張らなくても平気だと思うけど、うん、スーツなら絶対平気!」
「わかった、必ず行くよ」
電話の向こうのカノンちゃんの声は嬉しそうで弾んでいる、この1週間、罵声と他の職員の抑うつ的な話し声しか聞いていなかった僕の気分も弾んでくる。
「あと…さ、明日もスタジオに来てくれるかな?」
「うん、それも大丈夫だよ」
「よかったぁ、明日ねソナタと最後の調整と衣装合わせをするから、楽しみにしててね!」
「それは楽しみだね」
彼女たちのコンクール衣装か…どんな衣装を選ぶんだろうか?
自分のコンクール衣装の記憶と言えば、子供の時の同年代の女の子が着ていたひらひらした可愛らしい女の子ドレスのイメージしかない。
「うん、ところで…さっきさ、お兄さん…寝れてないって…」
「あ、うん、本当に寝れてないってわけじゃなくて、ウトウトはしてるけど…つい目が覚めちゃってね」
「そっか、今夜はゆっくり休めるといいね…じゃあ、おやすなさい、お兄さん」
「うん、おやすみ、カノンちゃん」
通話が終了して部屋がまた静かになる。
「そろそろ休もう…」
僕は薄っぺらい布団に横になって、眠れないとわかっていても目を閉じた。
土曜日、午前10時…
「ではこちらになります」
女性店員がカウンターに車のキーを置いて僕に差し出す。
「ありがとうございます」
そして僕はそのキーを受け取る。
せっかくコンクールに来て欲しいと招かれたので、ちょっとでも彼女たちの役に立とうと思い、移動のためのレンタカーを借りる事にしたのだ。
レンタカーとはいえ、そこそこの高級車だ…これなら会場に乗り入れても遜色はないだろう。
会社で偉い人の送迎で何度かこの手合いの車を運転したことがあるけど、驚くほど滑らかな滑り出しで普通の車とは異次元だ。
僕はそんな高級車を駆って、カノンちゃんのスタジオに向かった。
程なくして彼女のスタジオに到着する、元々工場だったために駐車スペースは充分あるのが助かる。
ピンポン…
入り口扉の呼び鈴を押すと中から足音が聞こえてきた。
「お兄さん、いらっしゃい…って、ほ、本当に大丈夫なの?」
「え?」
「すっごいやつれてるし、なんかすごく辛そう…」
「うん、大丈夫だよ…仕事じゃないし」
今日は仕事ではないというだけで、今朝は随分調子が良かったのだけど、どうも僕は酷い顔をしているらしい。
「……あんまり無理しないでね」
「うん、ありがとう」
奥のピアノが置かれたスタジオから聞きなれたモーツァルトの旋律がきこえてくる。
「あ、もうソナタも来てるよ今二人で最後の仕上げってところかな?」
ガチャ…
扉を開けるとピアノに向かうソナタちゃん、彼女の演奏はとても正確ながら、しっかりと豊かな情緒が感じられる素晴らしいものになっていた。
午後に差し掛かった日差しが天窓から差し込んできて、その姿はとても絵になる。
そして、演奏が終わり、僕に気がついたソナタちゃんが…
「あ、イチロウさ……って、そのお顔は!?」
さっきのカノンちゃんと同じ反応。
「あ、うん、大丈夫、さっきカノンちゃんにも言われたよ」
「はい、カノンから聞いています、最近あまり眠れていないそうで…お休みだったのにすみません」
「気にしなくていいよ、僕もソナタちゃんたちに会うのは楽しみだからさ、どころでいよいよ明日だね、聞いた感じだともう充分仕上がってるように思うけど」
「はい、おかげさまで…あとは細かいところの調整くらいですね」
ソナタちゃんと話し込んでいるとカノンちゃんが飲み物とお菓子を持ってスタジオにやってきた。
「ねぇお兄さん、外に停まってるなんだか高そうな車って…お兄さんの?」
「あ、いや、あれは借りたんだよ、明日、少しでも二人の役に立ちたくてね…衣装とか荷物とか結構あるでしょ? 会場までアレで行こう」
「ホント!? 助かるなぁ! 毎回大荷物で会場まで行くのに疲れちゃうんだよね」
「ええ、とても助かります、ありがとございます」
「そう言ってくれると借りた甲斐があるよ、ところでカノンちゃんももう、結構仕上がってる感じかな?」
「うん、それをお兄さんに聴いてもらいたくて来てもらったの、その後は当日の衣装と靴を選んで…」
「もう一度、通しで弾いて調整ですね、靴の具合やペダルの踏み心地を確認しておかないと…」
「そうなんだ」
僕はこの後の予定を聞きながら、カノンちゃんから飲み物を受け取ってソファに腰を下ろす、応接室にでも置いてありそうなソファは柔らかくてとても座り心地が良い。
「じゃあ、始めるね」
カノンちゃんがピアノに向かって、鍵盤に指を添え、静かに演奏を始める。
導入部の弾むような旋律、ソナタちゃんのそれと比べると若干スタッカート気味だ。
でも、彼女自身も言っていたが、随分訓練を重ねたようで、カノンちゃんの指は楽しげに跳ね回るが、紡ぐ音の一つ一つの粒が揃っている…
そのために、勢いで弾くと陥りがちな鍵を叩く圧力や速度のばらつき、そこからくる音のガチャつきが一切感じられないとても心地よい音の流れだと思う。
「……」
柔らかい日差しと、暑すぎもなく寒すぎしないスタジオの温度、座り心地のいいソファに、カノンちゃんの心地よい演奏…
段々と気分が和らいできて睡魔が襲って来た…僕はそのまま久しぶりの眠りに落ちてしまいたい衝動に駆られたけど…
今はダメだ、二人の演奏にしっかり立ち会うのが僕の仕事だ。
やがてカノンちゃんの演奏が終わり、ゆっくりと彼女の指が鍵盤を離れる。
「どうかな?」
「すごくいいと思うよ、他の参加者がどんな感じかわからないのが残念だけど、音の粒を揃えるのにも自然な感じで、無理をしているようには聞こえなかったよ」
「ホント? よかったぁ…やっぱりさ、まだ慣れなくてちょっと不安だったんだよね」
「ソナタちゃんのはさっき聞かせてもらったけど、きっちりと積み上げるような演奏だったけど、前にも増して硬い感じが抜けたね」
「ありがとうございます」
二人とも、おそらく今回のコンクールは上位入賞は間違いないと思う、あとはどっちが上か…
「そういえば、弾いてる時にチラッと見たけど…お兄さん、寝てた?」
しまった…眠かったのがバレてしまったのか…
「ご、ごめん、実はちょっと睡魔に…でも寝てはいないよ?」
「ううん、違う違う、寝てたのをどうこうじゃなくてさ、眠たかったらそのまま寝ちゃっても良かったんだよって思って」
「そうですね、イチロウさんもお疲れでしょうし」
「そうそう、それに眠たい人が眠れる音楽って、アタシが目指すものでもあるしね、それだけ気持ち良く聞いてもらえてたわけだし」
そういえば、出会った時にカノンちゃんは言っていたな…
『音楽っていうくらいだし、音で楽しくなる…聞いた人が楽しくなって、アタシも楽しくなる、これがアタシの音楽の考え方なんだ』
カノンちゃんはしっかりと自分の考えを持って生きているようだ。
それに引き換え僕と来たら、ちょっと同僚に罵倒、恫喝されただけでこの有様…情けなくなってくる。
「いい…考え方だよね、カノンちゃんの音楽」
「ありがとっ! さてっ、ソナタ、調整はもう大丈夫?」
「うん、しっかり作り込めたと思う、あとは本番で弾くだけだよ」
「流石ソナタ、じゃあ今日の大仕事にかかろうか?」
「大仕事?」
昨日は聞いていなかったが、そんな予定があったのかな?
「そう、これから衣装を選んで合わせないと、審査には偉い先生も来るし、変な格好じゃ出られないよ、女の子は大変なんだからね?」
「ああ…そうだね」
二人はドレス選びに衣装部屋へと向かっていった。
二人と、ピアノの音色がなくなるとスタジオは急に広く、静かな空気に支配される。
僕はソファに座り直し、天井を見つめてぼんやりと考える。
今回のコンクールは彼女たちの学校の留学プログラムの選抜を兼ねているという。
二人とも高みを目指して頑張っているのだ。
「僕にやりたい事ってあるのかな…?」
独り言を呟く。
昔は……いや、こんな毎日のせいか昔やりたかった事もよく思い出せない、毎日を凌ぐのが精一杯だ…
「でも、あんなに頑張って、楽しそうにピアノを弾いている二人を見てるとなぁ…」
思い立ってカノンちゃんのグランドピアノの前に立つ。
二人にペダルとして踏みつけられる時にその底面は見慣れているが、こうして鍵盤の前に立つと…流石はグランドピアノ、僕の知っているキーボードやアップライトとは迫ってくるものが違う。
コンクールとかそういうもの以前に、このピアノに、僕が弾くに足るかどうか審査をされている気分になってくる…
意を決して鍵盤に指を添える、想像以上に重い鍵盤に戸惑いながら今、楽譜もなしに弾ける曲を弾いてみた。
左手の和音も、ペダル操作もない稚拙な演奏…でも、素晴らしい演奏を見せる彼女たちと一瞬でも同じ世界にいれるような気がして妙な満足感を感じた。
パチパチパチパチ…
拙い演奏が終わると、傍から二人分の拍手が聞こえた。
「モーツァルトのメヌエットだね」
「その曲をイチロウさんが弾いてると…なんか可愛いですね」
コンクール用のドレスに着替えた二人が僕に拍手を贈ってくれた。
「ピアノを始めたばかりの幼稚園児が弾くような拙い演奏だよ…」
僕に拍手を贈った目の前の二人はとても華やかだった。
カノンちゃんは淡いピンク色のオーガンジードレス、半透明で光沢のある生地を何層にも重ねて全体的にふわっとして上品なドレスと彼女の明るい髪色と豊かな緩いウェーブのロングヘアがとても優しげなイメージを見る人に与える。
足元はシンプルだけど高いヒールがとても目を引く白い革のハイヒール。
対してソナタちゃんはこの柔らかい光の中でも鮮やか光沢をはね返すサテンで作られた空色のフリルドレス、複雑な層をなすスカートは前側だけがミニスカートのように開いていて、豪奢だけと歩いたり、ペダルを操作する際に邪魔にならない配慮がなされている。
ソナタちゃんの艶やかな黒髪のボブカットと相俟って爽やかで清涼なイメージを見る者に与える。
靴はカノンちゃんと同じようなデザインのハイヒールだが素材は黒いスエード…足首に二連のベルトを持ち、高いヒールながら安定感は高そうだ。
ピンクと空色のドレスは何かとモノクロなイメージの二人にしては珍しいがいずれもとても似合っている。
対して靴が先日のブーツと同じ素材を使いながら、二人が持つ白と黒のイメージに戻っているのがまた良い。
「二人とも、すごくかわいい、よく似合ってるよ」
「うん、お兄さんも多分好みだろうなってソナタと選んだの、それにアタシたち背がちょっと低いからさ、ステージで映えるように靴もヒールが高いのにしたけど、これも織り込み済みで練習してたんだよ? お兄さんもハイヒールが好きでしょ?」
「う、うん…でも大丈夫なの? ハイヒールはペダル操作にはあまり適さない感じがするけど…」
「ええ、その通りです、しかしステージなどでは時に靴を選り好みしているわけにもいかない時がありますし、ちゃんと訓練すれば問題ありませんよ…試しにちょっと弾いてみますね」
コツコツとヒールを鳴らしてソナタちゃんがピアノに歩み寄る。
僕は空色のドレスの彼女に道を譲る、香水をつけているのか、すれ違いざまに爽やかなニオイスミレの香りが鼻をくすぐった。
ソナタちゃんが椅子に座り、黒いハイヒールてペダルの踏み心地を確認して一呼吸…課題曲で、もう何度も耳にしたモーツァルトのピアノソナタ第13番を奏で出す。
「すごい…」
彼女にしてみれば、ハイヒールでもブーツでも、例えば裸足でも関係ないのだろう。
こういうのは少しおこがましいが、聞いていて何ら不安のない正確かつ潤いに満ちた演奏で最後まで弾き切った。
「いかがでしょうか?」
「何も問題がなさそうだね」
「今度はアタシがやるよ!」
ピンクのオーガンジードレスに身を包み、僕の隣に座っていたカノンちゃんのが緩やかにドレスを翻してソナタちゃんの代わる。
カノンちゃんはいつもの甘くて優しいミルクのような香りに微かにキンモクセイの香りが混じった残り香を置いてピアノの椅子についた。
同じ曲が奏者によってこうも違うのかと感じる軽やかなスタッカート気味の演奏、白いハイヒールがペダルをリズミカルに踏む姿に目を奪われる。
カノンちゃんもハイヒールに足を取られる事なく感情たっぷりに、しかし粒のきれいに揃った確かな鍵盤捌きでピアノソナタ第13番を完奏させた。
「どうやら僕の考え過ぎだったみたいだね」
「でしょ?」
その後は二人とも普段着に着替えて、いくつか細かい音の推敲を繰り返し、そして、明日の会場の再確認。
コンクールの会場は世界一の乗降者数を誇る環状線の駅から私鉄に乗り換え一駅の所にある駅直結の複合施設内にあるコンサートホールだ、有名女学院の留学をかけた選抜コンクールには相応しい会場だと思う。
「ソナタちゃんは明日はここに集合でいいの? 車だし迎えに行くけど…」
「いえ、お気遣いなく、ドレスも靴もカノンのを借りていますし、荷物もそれほどありませんから、ここから出発で大丈夫ですよ」
大舞台を前にした動きの確認作業、毎日同じ事を何年も繰り返していた僕にとっては、学生だった頃の文化祭を思い出させて久しぶりに心が躍った。
そんな時間は早いもので、気が付けば日が落ちてスタジオの照明が暖かい光を灯していた、一応年長者で社会人をしているので、今日も二人に食事をご馳走すると提案し、デリバリーのピザだけど、ささやかなコンクール前の壮行会となった。
時計の針が19時を過ぎたあたり…
「本当に送っていかなくていいの?」
「ええ、それほど遠いわけでもありませんし、イチロウさんもせっかくのお休みでしょうから、ゆっくり休んでください」
「ソナタ! 明日、頑張ろうね!」
「うん、では明日はよろしくお願いします、イチロウさん、カノンお疲れ様」
ソナタちゃんは明日に備えるとの事で、今日は早々に帰っていった。
「じゃあ僕もそろそろ…」
カノンちゃんに帰宅の旨を伝えようとしたところで、彼女に袖を掴まれた。
「ねぇお兄さん…このあと何か、予定ある?」
「え、いや特に何もないけど…」
「じゃあ…さ、ちょっとお話ししようよ、ダメかな?」
カノンちゃんも当然明日はコンクールに出場するのだが大丈夫なのだろうか?
「僕は構わないけど、カノンちゃんこそ明日があるのに大丈夫?」
「アタシは大丈夫、衣装も靴も決まったし、調整もできてるから」
そういう事ならばと僕はもう少し長居をさせてもらうことにした。
スタジオに戻り、ソファに腰を下ろす。
カノンちゃんは紅茶を淹れてきたのか、湯気を立てるカップから華やかな香りが漂ってくる。
「コーヒーの方が良かった?」
「いや、紅茶で…ありがとう」
テーブルにカップを置くとカノンちゃんはソファではなくピアノの椅子に腰掛けた。
「お兄さんさ、さっきメヌエットを弾いていたでしょ?」
「うん、カノンちゃんとは比べられないような拙いやつだけどね」
「そういえばアタシたちが出会った時も、お兄さんショパンを弾いてたし…普通にピアノが弾けるんだよね?」
そう言われてみれば、都心のカフェで何となく、あの曲はとても難しいのだけど先生に褒めてもらいたくて一生懸命練習して、手が覚えていただけだけど…
「でも…お兄さんは何でピアノを弾かなくなっちゃたの?」
「……大した理由じゃないかな、ただ、好きだったピアノの先生が結婚して遠くに引っ越すことになったから…かな?」
「あはは…お兄さんらしいね、それとも男の人ってそんなものなのかな…初恋と失恋ってやつ?」
「う、うん…そうかもね…」
「そっかぁ…ねぇ、またピアノをやってみる気はない? お兄さんはソナタも言ってたと思うけど、すごく耳がいいし、演奏とか曲の評価がすごく的確だと思うの、お兄さんに指摘してもらったところは自分でも不安があったりする場所だし、どうしたらいいか教えてくれるから…本当に音楽の先生とか向いてると思うんだよね」
「……」
そう言ってカノンちゃんはおもむろにピアノを弾きだす。
曲はショパンの『ラ・チ・ダレム変奏曲』…
先生が好きで、僕が懸命に練習した曲だ。
と言っても子供の習い事に過ぎなくて、僕に弾けたのはどうにか1フレーズ、それも辿々しく弾くのがやっとだったけど…
しかしカノンちゃんの演奏は初めて聴いた時と同じく、楽しい時はより楽しく、悲しい時は元気が出るような…それでいて端正に音が整った心地の良い旋律だった。
僕は目を閉じてそれに聞き入る。
「…お兄さんさ、さっきはまるで元気がなくてゾンビみたいだったから、だから少し具合が良くなってよかった…」
「……」
「本当はアタシなんかがさ、簡単に言っちゃいけないんだろうけど…大変だったね…」
「いや、ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」
カノンちゃんの演奏が止まって彼女が席を立つ。
「ねぇ…お兄さん、ちょっと来てくれるかな?」
「う、うん」
カノンちゃんに連れられて向かった先は、僕が立ち入ったことのない彼女の衣装部屋だった。
「……」
ハンガーにかけられたもの、トルソーに着せられたもの、色とりどりのドレスや衣装が所狭しと並び、一角の靴棚にはまた、カラフルな靴がたくさん並んでいる。
あたりに漂う女の子の服の匂いと、樹脂や革の匂い、視覚と嗅覚の両方から責め立てられて無意識に勃起してしまっているところだろうけど、今は何の反応も見せていない。
カノンちゃんは衣装部屋を抜けて仕切りの先、大きな姿見とベッド、あとはビーズソファが置かれた彼女の仮眠室に僕を通した。
僕に床に置かれたビーズソファに座るよう勧め、カノンちゃんはベッドの縁に差し向かいに座った。
「ね、お兄さん…昨日はさ、電話の声が全然元気がない感じだったし、今日も顔色がよくないし…今は少しはマシになったみたいだけど、まだ多分辛いんだよね?」
「……」
「実はお兄さんに残ってもらったのは、ちょっとでも元気づけてあげられないかなって思って、まぁ…アタシにはこんな事くらいしか出来ないけど…」
カノンちゃんの白いハイソックスに包まれた足が僕の股間目掛けて優しく覆い被さってくる。
普段だったら彼女の足が触れて踏み込まれる前に勃起していただろうが。
クニッ…クニッ…
「あれ? …お兄さん…勃ってない…」
「うん、昨日からね…こんなになっちゃったんだ…ごめんねカノンちゃん、心配させてこんな事までしてくれたのに…」
「ううん、大丈夫だよ…そっかぁ、お兄さんの心はそこまで疲れきっちゃってるんだね…」
カノンちゃんが僕を見て微笑む。
「よしっ! ここはアタシに任せて」
「え…?」
カノンちゃんが立ち上がると、ビーズソファに腰を落とした僕に手を差し伸べてくる。
僕は訳もわからず彼女の手を取って、引っ張りあげられるように立ち上がった。
「お兄さんはここはどこだと思う?」
「…カノンちゃんの衣装部屋?」
「その通り、ここにはドレスや衣装も、靴もたくさんあるから、お兄さん好みでおちんちんも元気になるものもきっとあるはずだよ!」
「……」
しかし、昨日ブーツでしようと思って出来なかった…僕は正直にカノンちゃんに伝えると…彼女は僕の耳元でくすぐるように囁く。
「大丈夫、大丈夫っ! そんな『抜け殻』じゃなくて…本物はもっと、気持ちいいはずだから」
普段のカノンちゃんからしたら信じられないほど妖艶で、これも僕のためにしてくれているのかと思うと、さっきから無反応な僕の股間がわずかに暖かくなってきた。
僕は、買い物をしていて女性用のショップに迷い込んでしまったような居心地の悪さを感じながら、衣装部屋の色とりどりな服を物色することにした。
「しかし…すごい数の服と靴だね…」
「でしょ? いつの間にかね…自分で買ったのもあるし、両親が送って寄越してくるのもあってこんなになっちゃった、今日も見ての通り、ソナタにも何度もドレスを貸してるよ」
あまりの衣装の数にどれにしようか決めあぐねていたが、何故か妙に目を引く一着があった。
それは一着の紺と灰色のガールズスーツ…卒業式にでも着てくような可愛らしいデザインだが、カノンちゃんが着るにはちょっと可愛らし過ぎずというか子供っぽいというか…少しだけ違和感を感じる服。
「あ、それはもう何年前かな? アタシがピアノを始めて最初の発表会の時に着た服だよ…こんな所にあったんだ…お兄さんは、こういうのが好きなの?」
「あ、いや…」
「そうだねっ…うんっ、これにしようよ、アタシも久しぶりに着てみたいし、えっと…確か靴は…」
カノンちゃんの方が久々に見つけた服が気に入ったのか、この服に組み合わせる靴を探してシューズラックを見て回る。
「あっ、これこれ」
彼女の手には少し傷がついて履き込まれた感じがするが、ピカピカに磨き上げられた光沢が眩しい少しヒールのあるエナメルのストラップシューズがあった、確かにあの服とよく似合いそうだ。
「思い出すなぁ…アタシはピアノを始めたのが遅かったからさ…発表会の曲はお決まりのモーツァルトのピアノソナタ第16番、でもそんな曲を弾くのはアタシの他にはまだ幼稚園か小学校に入ったばかりかってくらいちっちゃい子ばっかりで、少し恥ずかしかったなぁ…じゃあ、ちょっと着替えてくるね、ちょっと待ってて」
「う、うん」
なんだがちょっと感慨深げにガールズスーツを抱き締めて仕切りの向こうの更衣室に入って行った。
仕切り一枚向こうから服を着替える衣擦れの音がしばらくして、コツという軽い靴音とともにカノンちゃんが戻ってきた。
「お待たせ…ん〜、やっぱ何年かでも手足って伸びるもんなんだね…あ、でも靴は大丈夫そう…」
元は多分膝下くらいだったと思うスカートはギリギリ膝上丈になっていて、袖も若干短いような…しかも亜麻色のウェーブヘアを赤いリボンでツインテールにして彼女は現れた…
「なんか…その…」
ちょっと直視していると背徳的な気分になってくる。
「どうかな、お兄さん?」
僕の前でくるっとターンして、頭の高い所で揺れる二房の亜麻色の髪…
紺色と灰色の落ち着いた配色だけど細かいが随所にフリルやスカラップのカットが施されて上等な品物だと解る。
一呼吸遅れてスーツのスカートがふわりと落ちて、真っ白なハイソックスと黒いストラップシューズに包まれた足がトンと床を踏むと、不意に僕のペニスがジクリといやらしい熱を帯びて息を吹き返すのを感じた。
「すごく…かわいいよ、カノンちゃん」
「えへへ、ありがとっ!」
僕は服を脱いで、再びビーズソファに体を埋める、カノンちゃんはガールズスーツに身を包んで、ストラップシューズの靴音を鳴らしてながらさっきと同じベッドの縁に腰掛けた。
「じゃあ、お兄さん…ズボンを脱いでおちんちんを出して…」
艶やかな黒いストラップシューズが僕のペニスに狙いを定める…少しだけ汚れた靴底は可愛らしいデザインの本体とは裏腹に深く鋭い滑り止めが互い違いに並んでいる。
その様子に、まだ本調子ではないがペニスがヒクヒクと僕の意思に反して痙攣した。
そしてゆっくりとストラップシューズが僕の股間に覆い被さる。
普段はピアノペダルの支柱越しなので、目の前で踏み付けられる様子を見るのは逆に新鮮だ…
ふにっ…
ペニスにカノンちゃんの重みがわずかにかかる。
多分、僕のペニスを傷付けないように加減をしてくれているのだろう、靴底の滑り止めが噛み付いてくるが、痛みはほとんどなく、優しい刺激がすっかり意気消沈して立ち上がる力をなくしてしまっていたペニスを慰める。
「あっ…ぁ…」
「お兄さん…気持ちいい?」
「うぁ…うん…気持ちいいよカノンちゃん」
ペダル操作とは違う踏まれ心地、ヒールの低い靴底全体を使ってゆっくりと、揉みほぐすように、カノンちゃんは自在に足を動かして僕のペニスを愛撫する。
「あっ…あっ……」
踏み躙ったり靴底を擦り付けたりして強制的に射精を促すような踏み方ではなく、マッサージでもするような緩やかな足運びに、ペニスがすっかりと勃起してカノンちゃんの靴底求めて反り返る一方…
「ふぁぁ…」
途切れる事なく一定のリズム保つカノンちゃんの足に踏まれていると、とても心地よく軽い眠気が来て、あくびが出てしまった。
「あれ? お兄さん、眠くなっちゃった? そういえば、これはソナタから聞いたんだけどさ…あまり難しい事は覚えてないんだけど…」
「うん…」
「おちんちんを触ってもらったりして気持ちいい時って…すごく落ち着いて安心してる時なんだって…えっと『ふくなんとか…』って…」
「副交感神経かな?」
「そう、それそれ!」
「ゆったり音楽を聴いたり、頭を撫でてもらったり、抱き締めてもらったり…気持ちいいなぁって時にその副交感神経が働いて、嫌な事があっても、辛い事があっても幸せな気分になれて気持ちが落ち着くんだって、なんだかとっても素敵な仕組みだよね」
「なるほど…でもソナタちゃんはなんでそんな事を知ってるのかな?」
「あの子ね、やると決めたらなんでも本気になるからさ、お兄さんのおちんちん踏む時に図書館で真剣におちんちんの造りとか調べてたんだよ?」
「……」
ソナタちゃんらしい話だな…
「その時にアタシも教えてもらって…例えば」
カノンちゃんの黒いストラップシューズがペニスから離れて、今度は硬い爪先をペニスの根本と陰嚢の裏に突き立て、ちょうどストラップシューズの左右の靴底と足の甲で陰嚢を挟まれるような形になった。
コリ…コリッ…
「あっ!? あつ!? す、すごい…」
この1週間、用を足すことしか使い道のなかったペニスがさらに硬くなり、先端に透明な汁が玉を作る。
「ただめちゃくちゃにおちんちんを踏めばいいわけじゃなくて…それでも精子が出ちゃうんだけど…こうやって気持ちいい所をきちんと踏んであげるともっといいんだって…」
「はぁ…はぁ…んあっ!?」
ストラップシューズの爪先に尿道を押しつぶされるような快感に射精感が呼び起こされて下腹部の奥の方に何かが詰まってくる感覚を感じる。
「それと…」
さらに続いて、爪先からヒールまで靴底全体で軽くペニスを踏み付け、ゆっくりとスライドさせた。
既に勃起しているペニスだけど、スライドに合わせて皮が根本の方に引っ張られ、亀頭と血管の浮いた筋が剥き出しになる。
「あ…そこは…あっ…」
カノンちゃんの足がペダルを踏み替えるようにおもむろに皮のめくれた亀頭を踏みつけて靴底の滑り止めを押し当て、揺さぶるような連続した刺激を送り込んできた。
「ここは一番気持ちいいよね?」
「はぁっ…あっ…」
踏み擦るような踏み方ではなく、やわやわとゆったりした踏み方と僕のペニスの熱で温まった靴底の感触はさっきカノンちゃんが言って副交感神経の話してと合わさって、僕はなんとも言えない安心感に包まれた。
うっすらとした睡魔と込み上げてくる射精感の波に揺られる…
「どう、お兄さん?」
「気持ちいい…」
安いお酒でやり過ごしていた散々罵声を浴びせられたせいでズキズキした胸の痛みも消え去って、何か柔らかいものにくるまれているように感じる…
「よかった…お兄さんが気持ち良くなってくれて、アタシもなんだか幸せな気分になってきたよ…ね、このまま…」
ペニスを踏むカノンちゃんの足がほんの少しだけ強くなり、僕は彼女に導かれるまま…
「あぁっ…!?」
ドクッ! ドクッ!! ドロッ……
カノンちゃん可愛らしいストラップシューズを薄いゼリーのように固まった大量の僕の精液で汚した。
「はぁ…はぁ…はぁ…カノンちゃん…」
「うん…沢山出てて、すごく気持ちよさそう…」
カノンちゃんは、僕の事を優しく見守りながら最後の一雫が出て、射精の痙攣が収まるまで精液まみれの靴でペニスを踏みつけ続けてくれた。
「お兄さん、最後まで出たみたいだね…はい、これを使って、服を着ないと風邪引いちゃうから」
あらかじめ用意しておいてくれたティッシュと濡れたタオルで吐き出した精液を拭き取り、服を着てベッドの縁に腰掛ける。
カノンちゃんは僕の精液まみれのストラップシューズを脱いでベッドの脇に揃えて置き、ストンと僕の隣に座った。
「……」
「カノンちゃん…ありがとう…」
「うん…」
彼女の優しい踏み付けと射精後の虚脱感でまた眠気が込み上げてくる、流石に仮眠室とは言えカノンちゃんのベッドに横になるわけにはいかないが、自宅の薄い布団に比べると寝心地の良さそうなそれが今はとても魅力的だ…
そんな事を考えていると隣に座るカノンちゃんがベッドに上がり膝立ちのまま、僕に腕を回してきた…
「!?」
そのまま彼女に押し倒されるように彼女もろとも二人でベッドに横になる。
最後に、カノンちゃんが腕が狭まり僕の頭は彼女の胸の中にすっかりと埋まってしまった。
「か、カノンちゃん?」
「力を抜いて…お兄さん、アタシに全部任せて…」
可愛らしいガールズスーツを纏ったカノンちゃんの胸の中はとても暖かくて柔らかく、服の独特の匂いと彼女の甘いミルクの香りとドレスを着た時に付けた香水の微かなキンモクセイの香りで満たされていて、ずっと帰りたかった場所にようやく帰り着いたような感情が湧いてくる…
「気持ち良くなって、気持ちが落ち着いて…お兄さんもこれでちゃんと眠れるかな?」
トントントン…
幼児をあやすように背中を軽く叩かれる。
安心感からくる睡魔でだんだん目を開けてるのが難しくなってきた…
「よしよし…お兄さんは頑張ってるよ? お兄さんが眠れないのはきっと男だからとか、社会人だからとか、仕事だからとか、いろんな事に気を張りすぎて、頑張りすぎてるからだと思うの、そのせいで心が疲れ切っちゃってる、傷ついちゃってる…でももう辛くないように、痛くないようにアタシが…お兄さんの心に絆創膏を貼ってあげる…もう大丈夫だよ…」
「カノン…ちゃん…」
「うんうん、よしよし…少し、眠ろうね…」
カノンちゃんが僕の背中をトントンと叩きながら子守唄のように鼻歌を歌いだす。
ラ・チ・ダレム変奏曲…確か元々はモーツァルトのオペラの中で歌われた曲で、意味は「お手をどうぞ」だっだはず…僕を見かねて手を差し伸べてくれた今日のカノンちゃんにはピッタリの曲だ…
そんな事を考えながら僕はとうとう限界が来て、カノンちゃんの胸の中で数日ぶりに…まともな眠りに落ちた。
日曜日、午前5時過ぎ…
僕はとてもいい匂いのする温かいベッドで目を覚ました。
ここ数日の不眠感が嘘のようで、体も軽く気分もいい。
ベッドから体を起こすと既に起床して、身支度を整えているカノンちゃんに声をかけられた。
「おはよう、お兄さん」
「あ、おはよう…カノンちゃん…」
昨晩は図らずも女の子の家…正確にはスタジオだが…に泊まってしまった。
「昨日はよく眠れたみたいでよかったね、すごく気持ちよさそうにしてたよ?」
「うん、カノンちゃんのおかげだね…ありがとう」
「どういたしまして、ホントにアタシにはこんなことくらいしかできないけど」
「いや、十分過ぎるよ」
彼女は既に制服姿で、ドレスと靴をスーツケースに詰めている、よく見るとしっかりとメイクもしているようで、普段ごく薄いメイクのカノンちゃんとは若干印象が違う、その姿を見て…
「いよいよだね」
「うん」
流石はカノンちゃんだ、コンクールを前にしても緊張している様子はほとんど感じられない。
「…僕は一回、スーツを取りに行ってくるよ」
昨日は当然帰るつもりだったので、コンクールに顔を出すのに服が無い。
まさかこの格好で行くわけにはいかない…
「あ、うん、わかったよ、いってらっしゃい…気をつけてね」
カノンちゃんに見送られて、僕は自宅アパートへ向かった。
自宅アパート…
ガチャ…キィィ…
馴染みの立て付けの悪いドアを開けて室内に入る、僕はクローゼットと呼ぶのもおこがましい物入れを漁って、クリーニング上がりでビニールが掛かったままのスーツを一着取り出す。
入社に際して家族から贈られたもので、多分僕が持っているスーツの中で一番上等なもののはずだ…あの時はお世辞にも優秀では無い僕だけど、なんとか就職してこれから頑張るんだという意気があった…けど、数年経って今や擦り切れたブラック企業社員、上司、先輩に怯え休日出勤上等の社畜に成り下がっている。
いや、今日は二人にコンクールに招かれたんだ、卑屈になっている場合ではない。
そんな考えが持てる程に持ち直した事に自分自身が驚く。
「カノンちゃんの『絆創膏』のおかげかな?」
自分で言った言葉で大切な事を思い出す…そういえば昨晩、カノンちゃんに踏んでもらった後、タオルで拭いただけだった…ちゃんとシャワーを浴びていこう…
狭いユニットバスのシャワーで全身を洗い流し、身支度を整え…洗面所の鏡の前でネクタイを結ぶ、こんなに真面目にネクタイを結ぶのはいつ以来だろうかなどと考えながらジャケットを羽織り、僕はカノンちゃんのスタジオに引き返す事にした。
午前7時…
スタジオの駐車スペースに車をつける。
呼び鈴を押して、カノンちゃんに招かれスタジオ内に入ると、既にソナタちゃんも到着していた。
「おはようございます、イチロウさん」
「ああ、おはようソナタちゃん」
二人とも、会場での時間短縮のためか、普段よりしっかりとメイクがされていて、全国的にもとても人気の高い彼女たちの学院の制服を着て並んでいるとすごく華やかで目を奪われてしまう。
「あら、イチロウさん、今日は調子が良さそうですね顔色が昨日の昼間とは全然違います…それに初めて見ましたけどスーツ姿もとてもかっこいいですね」
「あ、うん…」
少しだけ昨晩のことを考えると気まずい…
僕たちは、ソナタちゃんが気を利かせて買ってきてくれた食事を3人でとりながら出発の時間を待つ事になった。
コンクールの会場は昨日確認した通り、世界最大の乗降者数を誇る環状線の駅から私鉄で一駅の所にある複合施設型のコンサートホール、このスタジオからはそう遠い場所ではない。
二人乗せてしばらく車を走らせていると、その会場の目印となる高層ビルが見えてきた。
そのビルの根元から地下駐車場に入る、ここには以前仕事の用件で一度来た事がある。
僕は、出演者用の出入り口で車を止めて、僕は二人を降ろした。
「あ、お兄さん! これっ、招待状」
「あ、うん…ありがとう」
「ホールの受付にそちらの招待状を出せば大丈夫なはずです、一応、私からのもお渡ししますね」
二人からの招待を受けているので招待状も二通となった。
「じゃあ、僕は車を停めてホールに向かうよ…カノンちゃん、ソナタちゃん…頑張ってね」
「まかせてよっ!」
「ありがとうございます、では後ほど」
二人は荷物を持って出演者用の出入り口へと消えていった。
二人を見送り僕は上階のホールへ向かう。
「ここかな?」
入り口に彼女たちの学校の名前とピアノコンクールの会場であることを表す看板が立って、その周りには二人と同じ制服を着た女の子たち…こちらは見学に来た一般生徒だと思う。
そして他には身なりのいいスーツや、女性はドレスとまではいかないが華やかな衣装を着ている、さすがに普段着で来ているような人はいないようだ…
「…スーツで来てよかった」
これらは出場者の家族とかだろうか?
僕は人並みを横目に見ながらエントランスを入ってすぐの受付へ向かう。
「本日のご入場は関係者かご招待のお客様のみとなっております、招待状はお持ちですか?」
スーツを着て折り目正しい感じの受付の女性が僕に招待状の有無を尋ねてくる。
若干言葉にトゲを感じるのは入り口の周りにいた人と比べると僕はかなり貧相で違和感があるからかもしれない…
スーツの内ポケットに忍ばせた二人からのもらった二通の招待状を取り出して僕は彼女に渡し名前を名乗る。
「右見野カノンさんと左神原ソナタさんから招待を受けています、田中イチロウといいます」
「田中様ですね少々お待ちください…」
受付の女性が招待者名簿を照会し、しばらくして…
「お待たせ致しました、確かに本日出場の二人の…指導講師と後援者として招待を確認いたしました」
若干信じられないと言ったら表情を浮かべて、受付の女性から安全ピンで止めるリボンを手渡された…これで招待者を識別しているのだろう。
僕はスーツの胸にリボンをつけて会場に入る、なんとなく注目を浴びているような気がするのは気のせいだと思いたい。
「しかし、指導講師と後援者か…二人とも僕にすごい肩書きを…」
妙な注目の原因はそれかと思いながら会場内でしばらく待つとそこは学院のコンクール、理事長、来賓と長い長い挨拶が続いてようやく演奏となった。
公正を期すためか、演奏順は直前になって決めるらしく、受付でもらった冊子にもカノンちゃんとソナタちゃんの二人を含めた出場者の氏名は記載されているが演奏順は全く書かれていない。
舞台の上で理事長、来賓の挨拶のための演台が引けて、グラントピアノが中央に据えられる…この広いコンサートホール、そして周りを見回すと満席とは言わないが、かなり席が人で埋まっている。
こんな状況であの中央のピアノを弾く緊張はどれほどのものか…
そして、いよいよ一人目の奏者が舞台袖から姿を見せる、灰色の落ち着いたドレスを着た女の子だ…彼女は中央に置かれたグランドピアノまで靴音を立てて歩み寄り、一礼。
椅子に掛けて位置調整をした後、鍵盤に指を添えて、課題曲となっているモーツァルトのソナタ第13番の演奏を始めた。
「……」
当然この場に立つほどの…つまりカノンちゃんたちと同じ留学をかけた戦いをしている子だけに技術は素晴らしく、軽やかな旋律を披露する。
おそらく同レベル帯の奏者の中ではトップクラスだろう、でも…一番手の緊張なんだろうか、それともこの軽やかなモーツァルトの楽曲を意識しすぎているのか…少しスタッカート気味すぎるような印象を受ける。
カノンちゃんの演奏とは少し違う、ほんの微かだが音がぶつ切りになっているような感じだ…ペダル操作で足を離しすぎているのだろうか。
やがて彼女の演奏が終了し、会場の拍手を受けながら一礼して退場して行った。
少し間を空けて二人目の奏者を呼び出すアナウンス…
次に弾くのはソナタちゃんだった。
彼女が二番手となると三番以降は凄まじいプレッシャーだと思う。
ボブカットの艶やかな黒髪によく似合う空色のサテンのドレスに黒いハイヒール。
踵の高さに戸惑う事なく背筋を伸ばして堂々とピアノに歩み寄る姿に一瞬会場の観客たちは女王に頭を垂れる家臣たちのように沈黙しホールが静寂に包まれる…この静寂の中、彼女は一礼をして演奏開始。
「やっぱりすごいな…」
何度となく聴いてきたが一切ガタつくことのない安定感のある正確で、それでいて豊かに潤いを感じる演奏、重厚なコンサートホールの反響がそれをさらに重層的なものとして圧巻としか言いようがない。
最後は巧みなペダル操作で長い長い余韻を響かせて、ソナタちゃんの演奏が終わり、会場は万雷の拍手。
彼女は優雅に礼をして舞台袖に去って行ったが拍手は止まず、コンクールなのにまるでカーテンコールをしているようだった。
「これは三番手は気が重いだろうなぁ…」
その後の奏者は、ソナタちゃんに気圧されたのか、中にはミスタッチをしてしまう子、作り込みが甘かったのか、僕でも「あれ?」と思ってしまう子もいたが、総じて素晴らしい演奏だった。
そして大トリを飾るカノンちゃんの出番となった。
ピンク色のオーガンジードレスと亜麻色のゆったりとウェーブするロングヘアは舞台にとても映える。
彼女は拍手とともに中央のピアノに進んで、ゆったりと鍵盤に手を伸ばし演奏を始めた。
軽やかな旋律…そこに譜面が進むにつれ優雅な響きが合流して、さらに力強いイメージへと変化してゆく。
音の粒が綺麗に揃い、精緻なタッチだけど綺麗なだけじゃない…
カノンちゃんの最大の持ち味、聴く人に語りかけるような、語り合うような旋律に僕の心が揺り動かされた…おそらく、この会場にいる誰もがそう感じる、この心地よい一体感に酔いしれている事だろう。
「カノンちゃんもやっぱり頭一つ他の子より出てる…」
拍手とともに彼女の退場をもって全奏者の演奏が終わり、ここから審査に入る。
その間、会場の招待客や学院の生徒達は思い思いに感想を述べ合っている。
「お待たせいたしました、ただいまより審査結果の発表をいたします、お席をお立ちのお客様はお席にお戻りください」
これで勝敗が決することになる会場アナウンスとともに会場は一気にピリッとした緊張感に包まれた。
結果から言おう、優勝はソナタちゃん、準優勝はカノンちゃんと見事な結果となった。
審査員の長い講評の後に表彰式が行われ、二人にホールの照明を受けて煌めくトロフィーが手渡された。
僕は熱気が渦巻く会場をしばらく離れる。
今日の勝利で二人はまた一歩、留学という栄冠に向けて駒を進めた。
当然嬉しい一方、やはりあの二人は僕とは比べ物にならないくらい遠い存在なのかと思うと一抹の寂しさ感じるところだった。
「ん?」
そこにメッセージの着信を告げる振動が…
『お疲れ様、ちゃんと見てたよね?』
僕はメッセージに返信を返す。
『もちろん、カノンちゃんもソナタちゃんもおめでとう!』
『ありがとう、もうちょとで解放されそうだよ、いま学校の先生のお話が終わって着替えて変える支度してる』
向こうは賞賛の嵐で忙しいのだろうか、カノンちゃんらしくないミスタッチ混じりのメッセージだ、それに僕は…
『さっき二人を下ろした出入り口の所で待ってるので、ゆっくり来てね』
とメッセージを打って、地下駐車場に向かうことにした。
地下駐車場…
二人はなかなか解放してもらえないらしくて、車の中で一人待つ。
それから20分ほどして、出演者出入り口からカノンちゃんとソナタちゃんが出てきた。
スーツケースを引いて、大量の花束と煌めくトロフィーを胸に抱いている。
「お兄さん、お待たせ! 見ての通りの大荷物だからホントに車出してくれて助かったよ!」
「そうですね、コレを抱えて電車に乗るのは大変ですし…人目も引きますしね」
「二人ともおめでとう、そしてお疲れ様、全部聞いていたけど、やっぱり圧巻だったね」
「ありがとうございます」
「いやぁ、でもやっぱりソナタだよね、アタシも何度も聴いてるのに、あんな演奏されちゃったら緊張しちゃって手元が狂いそうになったよ」
確かにソナタちゃんの後の3人目以降の子たちは少し演奏が硬かった気がする。
「でもカノンちゃんも持ち味がしっかり出てていい演奏だったよ、今日の結果は…うん、思い返してみても当然だよね」
荷物を車に載せて、後部座席に二人が乗り込む。
ちょっとレンタル代はかさんだけど、優勝と準優勝の栄冠を手にした二人を会場から連れ出すにふさわしい黒塗りの高級車が静かに帰路についた。
車内では二人が今日の演奏や他の奏者、審査員の講評について、あれこれと話に花を咲かせている、僕は運転席からそんな二人に…
「帰ったら祝勝会をしようよ、今日も僕がご馳走させてもらうからさ…」
「え、やった! パーティーだね」
「ソナタちゃんもこの後まだしばらく時間は大丈夫かな?」
「はい、ありがとございます、カノンとも話をしていまして、帰ったらイチロウさんにお礼をするつもりでしたので」
「そんな大したことはしていないよ、運転手くらいだよ」
自分がコンクールで勝利したわけではないけれど、二人を乗せた車を運転していると、まるで凱旋パレードをしているようで、普段とは違う晴れやかな気分になれた。
カノンちゃんのスタジオに戻り、荷物を衣装部屋に置いて、3人でソファに掛ける。
既に祝勝会の為の食事の手配はした。
程なくして、スタジオのインターフォンごなり、様々な料理が届く。
「うわぁ、すごい…」
最近はデリバリーだけではなく、ちょっと洒落たお店の料理も自宅に届けてくれるので便利になったものだ…自分ではそんな事はしないけど…
「いいんですか、こんなに?」
「遠慮はしなくてもいいよ、僕みたいに朝から晩まで仕事させられて、帰って寝るだけの生活をしてると、お金の使い道ってなくてさ…」
こればかりは不本意だけとあの会社に感謝か?
「よしと…じゃあ乾杯しようか?」
流石に二人にお酒を勧めるわけにもいかないし自分も車の運転があるので、スパークリングワインに見立てたジンジャーエールの入ったグラスを掲げ…
「カノンちゃん準優勝、ソナタちゃん優勝おめでとう、乾杯!」
「「かんぱーい」」
注文した物が揃い、今は閉じられたグランドピアノの響板の上に置かれた二つのトロフィーが見守る中、和やかな祝勝会をみんなで楽しんだ。
その会話の中で…
「イチロウさん、本当に良くみんなの演奏を聴いていますね…」
「うん、多分今日招待されてた人でそこまできちんと聴いていた人っていないと思うよ?」
今日のコンクールの話となり、僕が感じた各奏者の印象を伝えると二人が僕のコメントに驚く。
「いや…審査員の先生の講評と全く同じなんだよね、お兄さんやっぱり音楽の先生とかになった方が絶対いいよ!」
「そうですね、私たちも自分たちでは気付けなかった事が沢山ありましたし…」
二人の絶賛は嬉しいが、今更なところもあるし…と思う一方で、この現状を変えたいという気持ちもある。
以前なら考える事もなく諦めていたところだが…
僕のやりたい事か…
そんな事を考えているとカノンちゃんかわおもむろに立ち上がる。
「よしっ、じゃあソナタ…そろそろ始めようか?」
「うん、そうだね…イチロウさん…」
「え?」
「今日はありがとうございました、こうして二人揃って入賞できたのもイチロウのおかげだと思います」
「だからアタシたち、お兄さんにお礼がしたくて…お兄さんのためだけの特別コンサートをしようと思うの」
「そ、それって……」
「うん、お兄さんの好きなやつ、今から準備してくるから、ちょっと待っててね」
二人はそう言ってソファを立ちホールの外に出て行った。
コツ…
しばらくして、さっきとは違う二人の靴音が近づいてくる。
「お兄さん、お待たせ」
「お待たせしましたイチロウさん…」
二人は今日の発表会で着ていたドレスを纏って現れた。
カノンちゃんはピンクの優しげなオーガンジードレスに滑らかな白い革のハイヒール…
ソナタちゃんは空色の爽やかなサテンのドレスに艶やかな黒いスエードのハイヒール…
二人は華やかなドレス姿で僕に歩み寄り…
「いろいろ、イチロウさんへのお礼を考えたのですけど、カノンと話し合ってやっぱり一番お好きなこれがいいと…」
「そう、だからお兄さんも遠慮しないでね…」
ハイヒールの踵の分だけいつもより背が高い二人が僕の前に立ち座る僕に手を差し出す。
「さぁ、お手をどうぞ、お兄さん」
「う、うん…」
彼女はたちの手を取り立ち上がると、ニオイスミレとキンモクセイの香りがした。
例によって、スーツを脱ぎピアノ下の溝に滑り込む。
響板を開けたため、上に置かれたトロフィーはソファのテーブルに移動されて、照明を受けてクリスタルの輝きを放っている。
二人の計らいは嬉しいが、トロフィーに睨まれているようで少しだけ気が引ける。
「今回はアタシがsecondをやるね」
「うん、じゃあ私がprimoで…」
二人がピアノの前を並んで座る、どうやら連弾をするようだ。
カノンちゃんがsecondという事は…
僕は彼女の白いハイヒールに目が行く。
よく磨き込まれ、しっとりとした光沢を返す革のハイヒールはシンプルだけど大人っぽくてカノンちゃんの魅力を際立たせ、その姿にペニスが早くも勃起し始めてペダルの上に乗った。
準備が整ったのか、二人は見つめあって呼吸を整え…
「これから演奏するのはモーツァルトの『四手のためのピアノソナタkv521という曲です…」
ソナタちゃんが曲の解説をしながら演奏を始める…
「この曲はモーツァルトが31歳の時に親友の兄妹のために書かれたもので、ハ長調のallegro から始まります」
連弾ならではの音数の多いハイテンポで、secondの呼び掛けに応じるようにprimoの流麗な旋律が追いかける、モーツァルトが得意とする軽やかで華やかな構成。
クニッ…クイッ…クイッ…クイッ…
「あっ、ああっ…あっ…!?」
二人の軽やかな演奏に耳を傾けようとすると、ペニスをカノンちゃんのハイヒールに軽く踏み潰される。
スラー気味の足を離し切らない、靴底で揉まれる快感に突然襲われる…
連弾のペダル操作は主にsecondが行う、そして僕の位置からはカノンちゃんの右足の爪先がよく見えず、連弾だけにどこでペダルを踏むのか分かりにくい…
いつ、どのように踏まれるのか分からないために、ペニスがカノンちゃんの踏み込みに敏感に反応してしまう。
クニッ…クイッ…クイッ…クイッ…
ゆったりとした断続的な深い踏み込み。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
しばらくして、両者が交互に弾き合う場面となる、特にprimo担当のソナタちゃんの装飾音に彩られた洗練された旋律が心地よい。
その間カノンちゃんは完全にサポートに回っている。
続いてカノンちゃんのソロ、低音の力強い旋律はキレがあり、音の句切れごとにペダルが強く踏みつけられる!
グッ! グイッ!! グイッ!!
「あぁ…はんっ…か、カノンちゃん…」
スラー気味のゆったりと優しくマッサージされるような踏み込みが、不意に叩きつけられるようなキレのある感触に変わり、衝撃で早くも尿道の奥底に何かが詰まるような感覚を覚えた。
「うん…お兄さん、いつでも…好きな時に出して…」
課題曲であったピアノソナタ第13番も印象的な左右の掛け合いがあったが、この曲は連弾の強みを活かしたさらに複雑な掛け合いによって曲は進行する。
カノンちゃん、ソナタちゃんの高速連弾…それは以前、踏まれた時より連弾の一体感が増したように感じられた。
二人は過去にこの曲を弾いた事があったのか…?primoを担当するソナタちゃんのニュアンスを汲んでカノンちゃんが的確に僕のペニスをペダル踏み付けてくる。
実際にはカノンちゃんの右足に踏まれているのだが、二人の演奏、それは気の知れた親友というか、まるで女の子同士なのに恋人同士が歌い合うような響きで、四本の足…白と黒の二組のハイヒールにめちゃくちゃに踏みつけられているような錯覚に陥った。
「あっ…ああっ…カノンちゃん、ソナタちゃん…も、もう…」
「うん、いいよ…」
「はい、イチロウさん…いつでも…」
キュッ! キュッ! キュッ!! キュッ!!!
上昇感のある旋律と途切れることのない小刻みなペダル操作に翻弄されたペニスから一気に…
ドビュルッ!! ビュッ! ビュッ…
二人の見事な連弾、恋人同士が歌い合うような、睦まじい語らいに水を差す無粋なペニスは、カノンちゃんのハイヒールに踏み潰されて敢えなく射精してしまった。
「「はぁ…はぁ…」」
一度ここで静寂が訪れる。
スタジオには、渾身の演奏を見せた二人の吐息が静かに聞こえる。
「お兄さん…出ちゃった? まだ第一楽章だよ?」
「そうですね…んっ…カノン、じゃあ、次は私がsecondをやるね…」
「うん…わかったよ」
カノンちゃんとソナタちゃんの座る位置が入れ替わる。
今度はソナタちゃんが左側になりペダルの具合を確かめるように、射精直後の敏感な僕のペニスを無造作に何度か、黒いスエードのハイヒールで踏みつけてくる。
「あっ!?」
ぼんやりと虚脱状態だったところを踏みつけられてペニスがジンジンと疼いて芯の方に言葉では表現できない、詰まったような、痺れるような、気を抜くと気絶していまいそうな痛みと、快感がごちゃ混ぜになった奇妙な感覚で塗り潰される。
「…第二楽章はAndante ヘ長調で進みます、第一楽章と違いゆったりとした水の流れのような曲調が特徴です」
ソナタちゃんのいう通り、ゆっくりと滑り出すように曲は始まる。
水鳥の泳ぐ湖面のようなイメージを受ける優雅な旋律だけど…
「ああっ!? そ、ソナタちゃんっ!? ひぁっ!」
穏やかで優雅な雰囲気とは裏腹にじっくりとした余韻を響かせるために、ペダルはまるで執拗に撫で回されるように緩急をつけてゆっくりと根元から先端まで靴底に愛撫される。
「はっ、はあっ…あっ…あっ!?」
当然ペダルの上に乗せられた僕のペニスも、ソナタちゃんの、黒いスエードのハイヒールが繰り出すペダルへの愛撫に巻き込まれてしまう。
既に一度、射精を経験しているペニスが彼女のハイヒールに靴底で舐めまわされて再び激しく勃起し、内側からの圧力で破裂してしまいそうな微かな痛みに股間全体が無意識に勝手に痙攣し出した…
「はぁっ…はぁ…はぁ…」
「んっ、イチロウさんのがヒクヒクして…これがいいんですね?」
連弾特有のピアノの左側から右足を伸ばしてのペダル操作は正面から踏み下ろされるものと違い、ペニスの側面を踏みつけられるような感触を含む、しかもすでに僕は一度射精していてペダルもペニスも精液に塗れて滑っているので、オフセット気味の踏み込みにペニスは身をくねらせてハイヒールから逃れようともがく。
そんな不安定な状況でもソナタちゃんのペダル操作は正確で、音が乱れる事は全くない…
むしろ弾き進めるごとに逃げるペニスを正確に追い詰めて、爪先を器用に使いペダルを踏み込みながら僕の先端の皮を剥く。
敏感な亀頭が露出し、金属のペダルの冷たさを感じたかと思うと、ソナタちゃんはそこにハイヒールを絡みつかせて先日のブーツの時のように擦り込むような足運びを交えたペダル操作で、僕に二度目の射精を促してきた。
やがて、第二楽章も中盤から終盤に差し掛かってきたのか、カノンちゃんの感情をたっぷりと込めた静かな雨の窓辺のような、訥々とした旋律からソナタちゃんが合流し、主題を繰り返しとなり、その間もソナタちゃんの清楚でお淑やかなイメージからは想像がつかない、ねっとりと靴底で精液を絡め取ってペニスに塗りたくるような、執拗で一定のリズムで繰り返されるペダルの操作で…
「あっ、出る…出るっ!!」
「えっ!? もうちょっと…まだ…」
ブピュッ!
「きゃっ!?」
ソナタちゃんに導かれて駆け上がって来た衝動を抑えきれず、演奏を残しているというのに、粘つく精液が盛大に吐き出されて、ペダルの支柱に跳ね返り、ソナタちゃんの足にまで降りかかってハイヒールの艶やかな黒い甲革をべっとりと汚した。
ピュッ…ピュッ…ピュッ…ピュッ…ピュッ…
それでもなお、二度目だというのにソナタちゃんのハイヒールの下でペニスの痙攣が収まらず、何度も何度も吐精を繰り返す…
しかし、二人は演奏を止めてはくれない、僕は今は人間として扱われていない…ただのペダルだから…
射精の余韻が醒めぬまま、終盤に入り、曲調が変わりドラマティックとでも言えばいいのか、熱を含んだ響きを持ち、最後に高いヒールを利用して振り上げられた靴底の一踏みで……
ブジュルッ……
僕の二度目の射精は意地汚く尿道に残った最後の一塊りを、ソナタちゃんのハイヒールに搾り取られて終えた…
「はーっ…はーっ…はーっ…」
溝の中に横たわっているだけなのに激しい鼓動が収まらず、呼吸も乱れっぱなしだ…
「「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」」
第二楽章を終え、優雅なソナタにもかかわらず二人も興奮しているのか、肩で息をするような荒い吐息が聞こえてくる。
「い、イチロウさん…大丈夫ですか?」
「お兄さん…すごい、アタシの足にも精子がたくさん……」
「うん、大丈夫だよ…」
僕は身体を少しだけ起こしてカノンちゃんとソナタちゃん、二人の様子を見るとうっすらと頬を赤らめて、今や僕の精液まみれになった互いの足元を蕩けたように見つめている。
彼女達の体温に温められた二人の香水が汗の匂いをはらんで、扇情的に香ってくる…
「お兄さん…まだ…大丈夫だよね?」
「あと一楽章です…頑張りましょうイチロウさん…」
「う、うん…」
「第三楽章です、こちらはAllegretto ハ長調 4分の2拍子 ロンド形式となっていて、ロンドの通り繰り返す主題が特徴的です…」
「ソナタ、今回はどっちがやるの?」
「……」
…カノンちゃんが担当について話を切り出すが、二人は一度見つめ合って、カノンちゃんはソナタちゃんの言わんとしていることを察したようだ…
「…カノン、できるよね?」
「…うん、分かった、任せて!」
「……」
そして最終章、第三楽章の二人の演奏が始まる、ソナタちゃんの解説どおり、ユーモラスさを感じる主題の繰り返しが続く中にふと、合流してくるsecond主体の重々しい音色にハッとさせられる。
重い響き相応しい余韻と重たいペダルの踏み込み…ソナタちゃんのハイヒールが二度の射精を経てすっかり萎み切った僕のペニスを容赦なく踏みしだく!
キュゥゥゥ!
「あっ、はぁっ!!」
既にペニスは射精し過ぎで根元の方が締め付けられるように痛い…しかし重々しくも優しく揺り起こすようなソナタちゃんの足の運びに反応して、弱々しいが三たび充血が始まり、ゆっくりと身を起こした。
一方primo担当のカノンちゃんがsecondのソナタちゃんの間隙をつくように軽やかな旋律を披露する。
「カノンっ!」
「うんっ!」
僕のペニスを踏み付けるソナタちゃんの黒いハイヒールが一瞬離れ、即座に今度はカノンちゃんの白いハイヒールがペニスに覆い被さり、ペニスごとペダルを踏み抜く!
通常の連弾ではあり得ない、各々のパートのペダル操作を二人は自分で行う。
ともすれば演奏が崩壊してしまいかねない変則的な演奏、二人のハイヒール、二人の異なる踏まれ心地のペダル操作…複雑で寄せては返す波のような快感で僕のペニスは三度目にもかかわらず完全に勃起してしまった。
「お兄さんのおちんちん…すごく硬くなってる、足が滑りそう…」
「うん、でも…まだイチロウさん、この感じ…出し足りないみたい…」
二人の演奏は円を描いて、螺旋を成すような掛け合って。でも二つの異なる曲を聴いているような、異なるのにピッタリと噛み合い一つの曲になるような錯覚…
代わる替わるカノンちゃんとソナタちゃんのハイヒールに僕のペニスは嬲られて、弄ばれてその都度、強制的に脳に送り込まれてくる快感で視界に星が飛び交い、心臓の鼓動は天井知らずにテンポアップして、踏まれすぎてジクジクとするペニスの芯に精液が充填されてくる。
「カノンちゃん、ソナタちゃんっ、ま、また…出そうっ!!」
「ええ、もう最後です、このまま…」
「うん、じゃあ行くよ、ソナタっ最後は二人でっ!」
演奏は徐々にテンポを上げて、二人の足がペダルの上の僕のペニスに添えられる。
一糸乱れぬ動きでソナタちゃんが亀頭を、カノンちゃんが根元を二人同時にハイヒールのつま先を捻り込むように踏み込んで余韻を響かせる。
そしてキラキラと煌めくようなカノンちゃんのprimoの旋律…それはモーツァルトの死後およそ20年後に生まれたショパンの音色に通ずるものを感じさせ、当時としては先進的な響きであったのだろうと想像を掻き立てさせながら…
ビュルッ!!ビュルッ!! ビュルッ!!!
その旋律とともに二人のハイヒールに踏み躙られ…僕は、最後の射精を果たした…
『ここにもし、モーツァルトがいて、自分の曲を弾きながらペダルに乗せたイチロウさんのペニスを踏みつけていても、彼はきっと怒らないでしょうね…それどころか、面白がってわざとペダル操作で射精させるような曲を書き出すかも知れないですね』
頭によぎるソナタちゃんの言葉に、もう既に書いているよ…と不謹慎な感想を抱きながら、虚脱感に身を委ねる…
「…お兄さん、お疲れ様」
「お疲れ様様ですイチロウさん」
水気を含んだ靴音を立てて二人が僕を覗き込んできた。
二人とも汗でドレスや髪の毛が肌に張り付いて、足元のハイヒールは僕の精液でベトベトだ…
「大丈夫だよ…ありがとう、すごい演奏と…ペダル操作だったよ」
僕は溝から這い出す。
「ソナタもすごかったね、あんなに…なんていうのかな? あんなに情熱的でえっちな演奏ができるんだ」
「か、カノンこそ…最後のペダル、あんな状況なのにきっちりとイチロウさんの気持ちいいところをしっかり踏みながら操作してたよね?」
感想を述べ合う二人だけど突然カノンちゃんが…
「あっ! いけない…」
「ど、どうしたの?」
「写真撮るの忘れてたよ…入賞の記念写真、3人で撮ろうと思ってたんだよね」
そう言って彼女はスマホを三脚にセットする。
「ほらっお兄さんも早くスーツ着てっ!」
「でもカノン…私たちも汗でびっしょりだし、それに…」
ソナタちゃんは僕の精液で汚れきったハイヒールの爪先を見る、黒いスエードだけにシミが酷く生々しい…靴を汚した張本人だけにちょっと申し訳なく思う。
「ちょっと拭けば大丈夫だし、写真は足元までは写らないよ」
カノンちゃんに急かされて僕はそそくさとスーツ着て、二人はタオルで体を拭き、軽くメイクを直す。
「じゃあいくよーっ!」
カノンちゃんはセルフタイマーをセットしてソファに座る僕の横に座った、二人の胸には彼女たちが獲得した準優勝のトロフィー。
カシャカシャカシャ…
何度かシャッターが切られる音がして撮影が完了した。
画面の中には、僕も含めてちょっと疲れた感じの3人が笑顔で写っている、見方によっては何かをやり遂げた後のように見える。
「いいんじゃない、後でみんなに送っておくね」
「う、うん…」
「ありがとうカノンちゃん」
こうして、長い長い1日が終わった。
コンクールの結果は上々、総じていい日だったと思う…
後日…金曜日の午後11時45分…
ガチャ…キィィ…
相変わらず立て付けの悪いドアを開けて室内に入る。
例によって先輩職員の罵声を浴びながら変わり映えのしない1日を過ごして、テッペン直前の帰宅だ。
ガサガサ…バサッ!
遅い夕食と安いお酒の入ったコンビニ袋を置き、何日着てるかわからない部屋着に着替える。
プシュッ…
壁にもたれて缶入りの安酒を開けて一口呷り息をつく、ささやかな最近の楽しみだ。
「……」
スマホを見るとグループチャットに二人からのメッセージ…着信は約2時間前。
『夜分にすみません、お仕事お疲れ様ですイチロウさん』
『お兄さん、お仕事お疲れ様! 急で申し訳ないんだけど、明日ってお休みかな?』
二人のメッセージに遅ればせながら返信を送る。
『明日は休みだよ、本当は休日出勤になる所だったけど今日中に終わらせてきた』
メッセージを送信して、また一口お酒を飲む、程なくして着信を告げる電子音が鳴った。
『よかった、明日ソナタと買い物に行くんだけど、お兄さんもよかったらどうかなって思って、この間のロングブーツ、すっごく気に入っちゃったからアタシも買おうと思うんだ』
『私もそのつもりなのですけど、イチロウさんの意見がお聞きしたくて…宜しければ是非』
『僕でよければ、また何かご馳走するよ』
その後何度かメッセージのやり取りが続き、明日の予定が決まった。
「……」
スマホを置き、薄暗い部屋のテーブルを見る、そこには白と黒のブーツの箱、そして写真立てが一つ。
元来僕には写真を部屋に飾るような趣味はなかったのだが、先日撮影した3人で写る写真がこの部屋には若干浮いている可愛らしい写真立てに入れられてそこには飾られている。
写真の中のトロフィーを抱いて写る二人を見てふと思う。
カノンちゃんもソナタちゃんも僕に気さくに接してくれるし、どうしてそんなにと思うくらい良くしてくれる。
だが、彼女たちは先日のコンクールの通り…着実に明るい栄光に向かって歩みを進め…そして遠いところに行くのだろう。
いつか二人ともかつて出会った僕の事など忘却の彼方で、僕だけが何も変わらず…中年になってもこの薄暗い部屋で一人、安酒を飲みながらこの写真を見て浸っているのだろうか?
あまりに寂しいが、最も公算の高い未来の姿…でも、それでいいのか?
カノンちゃん、ソナタちゃん…あの二人を見ていると、彼女たちと知り合ってまだ間もないが、可能な限り彼女たちと同じ世界に立っていたい…そう思い始める自分がいる事に気がついた。
「僕も…変わらないとな…」
<続く>
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