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しろくろコンチェルト〜第二楽章〜

左神原 ソナタ(さがみはら そなた)靴のサイズ 22.0センチ幼い頃から英才教育を受けて育った秀才美少女ピアニスト。機械のように正確で狂いのない演奏で着実にコンクールで勝利を重ねている。理詰めで精緻な演奏だが、時に感情のなさを指摘されることもある。コンクールでは黒系のドレスと靴を好んで着ている。

日が傾き始めた音楽室、私はいつも日課にしている数曲の練習曲を奏でる。もう何年も何年も弾き続けた曲だから、譜面は頭に入っている…でも、しっかりと私は目の前の譜面台に置かれた楽譜を見つめ、一音一音確認するように鍵盤を叩いた。

音楽。

一つ一つの音は、文字通りただの音。例えば「ラ」の鍵盤を叩く、良く調律されたピアノならば正確にラの音が出るだろう。だけど、それは音楽的にはAと呼ばれる、物理的には440Hzの音が一つ出る。ただそれだけ…しかし、それが連なれば…音楽になる。ただの音が意味を持った旋律に変わる、古今東西、幾人もの音楽家たちがこの音たちを使って、その時の思い、感情、その人の考え方や編み出した物語を形にしてきた。

やがて時を経て、その作曲家も世を去り、作品だけが残る。その時の感情や思いは作曲家と共に揮発して、楽譜というデータだけになる、五線譜に記とされた音階と演奏記号以外の情報は、後世の人が勝手に後付けしたもの…本当のところは本人しか知らずもう聞くこともできない。

私にとって音楽とピアノは幼い時から常にそばにあった。そしてそれをずっと愛してきて、私のかけがえのないものだと思う。

私だって…これまで様々な作曲家の様々な作品に自分なりの思いを馳せてきた…だけど大切なものだけに、作曲家の意図にまだ未熟な私が主観を挟んでいいものかといつも迷う。

だから私は、楽譜に書かれている情報を何一つ違えることなく正確に演奏する。一つ一つ…大切なものを、こぼしてしまわないように…

もし、もっと精進すれば、譜面の向こうに作曲家の真意を見ることが…できるようになるのだろうか?

曲がピリオドを迎える、最後の余韻が室内に反響して複雑な音を作るのを感じる。私の学校は自分でいうのもなんだけど、かなりの伝統校…通り一遍の防音を施しただけの音楽室とは違い、複雑に組み合わされた重厚な木材による音響はちょっとした音楽堂よりも良く、私もここはお気に入りの場所。
私は最後まで気を抜かず…これは武道の残心に似ていると思う、鍵盤から手を降ろし、注意深く踏み込んだペダルから足を離した。

後に残るのは静寂、歴史の重みと言えばいいのか、分厚い緞帳の微かに埃っぽい匂い、うっすらと漂う丹念に塗り重ねられた壁や床のワックスの匂い…音楽室の空気といえばわかってもらえるかな?その中にあるのは、私と、ピアノと、あと一人。

その一人が私に語りかける。

「素晴らしい演奏だったわ、左神原さん」

「はい、ありがとうございます」

髪をしっかりと結い上げて、金縁の眼鏡。こんな夕刻なのに真っ白なシワ一つないブラウスに墨で染めたような黒いロングスカート、足元は黒革のパンプス。絵に描いたような音楽教師といった容姿の女性。私の担当講師の先生だ。

「ミスもひとつもなし、完璧な演奏と言っていいわ…でも」 

「はい」

「左神原さんの音楽は硬いのよ…」

「硬い、ですか」

分かってる、そんな事はもう何度も飽きるくらい聞かされてきた。

「楽譜を正しく演奏する技術はすごいわ、多分、多分先生でも左神原さんには及ばないと思うの」

「……」

「でもね、表現力が足りないわ、申し訳ないけど今の演奏のままではプログラム通りに再生された自動演奏とそれほど変わらない、先生はあなたは世界でも通用するピアニストになれると思ってるの」

「はい…」

「ただ、ここから先は楽譜をきれいになぞれるのは当たり前で、表現力が大事」

「それは…充分理解しています」

「きっと左神原さんが豊かな表現力を身につければ、国内では追いつけるピアニストはいない、先生もそんなあなたの演奏を聴いてみたいの」

「ありがとうございます…」

「さぁ、もうこんな時間だし、今日はこの辺りにしましょう」

「はい、ありがとうございました」

学校を出て、帰宅ラッシュの最中の街を家に向かって歩く、途中何組かのストリートミュージシャンが路上でパフォーマンスをしている所をすれ違う。
彼らが各々手にしたキーボードやギター、そこから奏でられる音は私にはまるでデタラメな音に聞こえる…ただ思いの丈を無軌道に叫んでいるような…

「これが表現力なの?」

であれば私にとっては全く理解ができない世界だと思う。表現力ってなんなのか?思えば表現とかそういうものの前に、私はもしかしたら心が動かなさ過ぎるのかもしれない…

古い記憶を思い起こす…ピアノは幼い時からそばにあって、聞くのも弾くのも好きだった。初めて出場した発表会、今まで見た事も無いような可愛いドレスと靴を与えられ、こんなきれいな服を着て弾けるのかと思うと嬉しくて、毎日遅くまで続く練習も何の苦にもならず、舞い上がって前日の夜などは眠れなかった事を良く覚えている、そして発表会の当日、自分の出番となりステージ袖から舞台中央のピアノに向かう、ピアノまでがとても遠い…降り注ぐ照明は眩しいを通り越して熱いと感じるほど、その照明の向こうの暗がりに潜むたくさんの顔が自分を見ている…張り詰めた沈黙。
聞こえるのは高鳴る心臓の音と履き慣れないエナメルのストラップシューズが床を踏む音だけ…

怖い……

私は、たくさんの人が見ているのに、この世にはもう、私一人だけになってしまったような孤独感と、たくさんの視線が全て自分に注がれる緊張感に苛まれながらどうにかピアノにたどり着く、なんとか椅子に腰掛け、震える指を鍵盤に向けて演奏を始めようとしたが…

何も、出来なかった。

何度も何度も練習して譜読みをして、完全に頭の中に入っていたのに…目の前の楽譜を見ても何か書いてあるのかさっぱりわからない…最初の一音、これだけでも弾ければ何とかなるかもしれない、けど、どこの鍵盤を叩けばいいのかすら分からなくなってしまった…

どうしよう…

もう私は混乱しきってしまい、視界が滲んできた。その後、当然結果はひどいものだった、泣き出してしまった私は演奏不能のまま退場。厳しかった親からもひどい叱責を受けた。

その夜も、私は泣きながらピアノに向かった、譜面の通り、演奏記号の通り、一つ一つ確かめるように音を奏でで行くと不思議と心が落ち着いてきて、昼間の失態が恥ずかしくなってきた。それから私は、何があっても冷静でいよう、正確に、機械のように鍵盤を叩き続けられていれば冷静でいられると信じ、気が付けば10年…譜面には書いてある事は全て作曲家の考えがあり、私情を挟んではいけない、自分の気持ちが混じると冷静さを欠いてしまうと思うようになり、周りにはクールな人などと言われるが、すっかりと感情表現も心の動かし方も忘れてしまった人間になってしまった。

「いざ表現力、心の動かし方なんて言われても…困る…どうしたらいいんだろう…」

一人、誰にも聞かれないように呟いて家に帰ることにした。

翌日。
先生には今日は早く上がりたい旨を伝えて、足速に学校を後にした。

「よしっ!」

目指す先は都心部の駅ビル。年頃の女の子のように寄り道でもすれば何がヒントの一つも掴めるかもしれない…まずは洋服と思い、ティーン向けショップが多く入るエリアへ向かう。

「……」

目の前には色とりどりの服が、あるものはマネキンに着せられ、あるものはズラッとハンガーにかかって売られている。自分の周りには同年代くらいの女の子が何人か、みんな思い思いに服を手に取り楽しそうにしている。別に、客観的に見れば私だってこういうお店にいても不思議ではないと思う、でも…

「なんかすごい視線を感じるような…」

突き刺さる視線をなんとか耐えて、私は手近な服を手に取って自分の体に当ててみて、すぐに戻す。

「なっ…なんて大胆な…」

それは、店頭に大きく陳列されていた流行りの商品のようだが、肩が切り裂いたように大きく開き素肌が丸見えになっている…思えば、毎日遅くまで練習に明け暮れて、普段はこの制服とパジャマ代わりのジャージしか着ていない。休日も、服にはあまり頓着しない方なので、代わり映えのしない地味な服はかりだ。

「スカートもこんなに…」

制服のスカートも伝統校という割にミニ丈のスカートだが、これはさらに短い…周りをもう一度見回すと、ショッピングを楽しんでいる女の子たちのスカートは皆一様に恐ろしく短い、しかもタイツなどを履くでもなく、素足が短いスカートから伸びている。

「み、見えたりしないのかな…?」

手に取った服を自分が着ている姿を想像する、腰回りのあまりの心許なさに顔が赤くなってきて、ちょっとドキドキしてきたような気がする。

これが、心が動くということでは…
いや、断じて違うと思う。

「何かお探しですか?」

「ひえっ!?」

すると、店内で試着するでもなく、買うわけでもなく立ちすくむ私にお店の店員さんが声をかけてきた。

「あ、あの…大丈夫で…」

「あ、こちらは新作なんですよ、お客さんスラっとしてすごく綺麗だし、きっと似合うと思います!!」

「えっと…」

「こちらもおススメですよ!わぁ、ほんとにお客さん綺麗…うらやましいですっ!お勧めしてるとこっちも楽しくなっちゃいます」

「……」

私が突然のことにしどろもどろになっていると店員さんは私を着せ替え人形のように取っ替え引っ替え商品を持ってきては勧めてくる。

「ありがとうございました〜」

言われるがままに、何着か買ってしまった…でも、自分が着るのではなく、他人に着せて楽しくなるというのはどういうことだろう?単に営業トークなのか、それとも本心なのか?

ショップの手提げを持って1階に降り、コスメを見ていたら、今度は美容部員さんに声をかけられた。

「よろしければお試ししてみませんか?」

「え?」

ただ眺めていただけなのに買うかどうか迷っていると思われたようだ…美容部員さんは私を椅子に座らせると、慣れた手つきでメイクを施してゆく。目の前の鏡に映る自分の顔がまるで別人のようになってゆく…昔見た女の子向けのアニメの変身シーンのようで、少し胸が高鳴るのを感じた。

「とても良く似合っていますよ」

「あ、ありがとうございます…」

「普段お客さまはあまりメイクはしませんか?」

「あ、はい」

もちろんコンクールで舞台に上がる時くらいはメイクをするが、特段技法やブランドにこだわった事はない…

「失礼ですが、ちょっともったいない」

「え?」

「こんなに綺麗で整ったお顔の方はあまりいませんよ?ほら」

美容部員さんが最後にペールピンクのグロスを私の唇に塗ってくれる、すると…

「すごい…」

自分ではろくにメイクなどしないし、それほど整った顔だとは自覚していなかった、むしろ地味なほうかと…それが目の前の鏡に映る自分は大人びていて華やかな印象を受けた。

「チークを乗せている時に、選んだ色より少しだけ濃い気がしまして、もしかしたらお客さまはちょっとドキドキして頬が赤くなってるのかもって思いましてね」

「……あの」

「はい?」

「変な事をお聞きしますけど…ご自分ではなく他人のメイクって、楽しいですか?」

「そうですね…とても楽しいですよ、まして、お客さまのように、私がしたメイクで新しい自分を発見できて、ときめいていらっしゃる様子を見ると、この仕事をしていて良かったと思います」

「もっとも、それが過ぎてしまって、次はこんな風にと自分流のアレンジをしてしまい規定以上のメイクを使って上司に怒られることもありますけどね」

美容部員さんはそう言って少しだけ悪戯っぽく笑う。

「今日のお客さまのメイクはちょっとサービスしてますよ?」

「…ありがとうございます、変なことを聞いてごめんなさい」

「いいえ、どういたしまして」

結局、このお店でもおすすめのコスメを何点か買って家へ帰る事にした。家へ向かう途中、電車の車窓から流れる街の灯りをぼんやりと見つめながら、ショップ店員さんと美容部員さんの言葉が心によぎる

「自分のした事が誰かを楽しませて、誰かが楽しんでいると自分も楽しい…か」

その言葉に、良く知った友人の顔が浮かぶ、彼女もそういえばそんな事を言っていた。

「カノンに教えを乞うのは少し癪だけど…」

彼女のスタジオを訪ねることにしよう。

次の休日。

「よしっ!」

いつも会う時はやれ、服が地味だの、メイクくらいしたらどうかだのと何かとうるさいカノンだが、これならば文句ばないだろう。
私は朝から、美容部員さんに教わったやり方で試行錯誤しつつもメイクをして、いつも見る鏡の自分よりは華やかで大人びて見える。

服も当然、先日ショップでいつの間にか購入した服だ。
肩は抉り取ったかのように開いていて自分の素肌が見える、白と薄灰色のトップス。
スカートは濃紺でハイウェストのミニスカート、流石に腰回りが心許ないので濃いめの黒いストッキングを合わせた。

靴もショップ店員さんに勧められて新調したもので、黒い厚底のヒールローファーだ。
真新しい靴に足を滑り込ませると、ステージでは何度か履いたハイヒールとは違う感覚。靴底自体が厚いので爪先立ちをしているようなそれの感覚ではなく、普通の靴の感覚だけど、視線が高くて玄関の姿見に映る姿もシルエットが違う。

いつもの地味な自分とは違う姿に自然と高揚感を感じる、自分には変身願望でもあったのだろうか?
何となくだけど心が動くという事を感じることが出来て来たような気がしてきた。

家を出て、電車で数駅…高級住宅街の端っこにある工場跡、ここが友人の右見野カノンの練習用スタジオだ。
かつて彼女の祖父が経営していた工場を改装して専用のスタジオにしたという…まったく、本物のお金持ちはスケールが違う。
もっとも、しっかりした防音のおかげで時間を気にせず練習ができるので、私も時々ここを借りてピアノを弾いているのだが…

「カノン…いるかな?」

先程、彼女の自宅を訪ねたが、留守のようなのでこちらに来てみたが、外からでは彼女がここにいるかは…

「ピアノの音がする…」

入り口だけは防音が少し甘いらしい、微かに中からピアノの音色が聞こえる。

ガチャ…

「鍵もかかってない…カノン、いるの?」

奥に向かって声をかけて見るが反応はなく、ただ、ピアノの旋律だけが聴こえてくる。

「…相変わらず、めちゃくちゃな弾き方…」

良く言えば情熱的で自由闊達、悪く言えば譜面を無視してるのかという、うねるような音色だが、今日のそれはどことなくカノンらしくない…何と言えばいいのか、大人っぽいというか、いつも以上に感情的というか…

「普段となんか、雰囲気が違う…」

途中、カノンの衣装部屋の前に差し掛かる、ここには膨大な量の彼女の衣装が収められているが、今日は扉が開いている。
私はそっと中を覗くと、カノンの服と思われる普段着が綺麗に畳まれて置かれ、傍には彼女の靴が綺麗に揃えられている。

「衣装を着て練習…どう言うつもりなの?」

ますます不可解な状況、練習するのにわざわざドレスを着てやらなくてもいいと思うのだけど…

「カノン、いるんでしょ?入るよ?」

ピアノの音色の出所であるスタジオのドアを開けた。

「あ…」

「え?」

そこには私の理解の斜め上を行く光景が広がっていた。
まずソナタ、わざわざドレスを着ているが、そのせっかくのドレスを汗まみれにしている。
頬は上気して、彼女の亜麻色の髪も汗に濡れて肩に張り付いている…そして何より、普段は鉄板が渡されていたと記憶しているピアノの下の床、今はその鉄板が取り外されている。
どうやらその下は溝になっていたようだが…溝の中には見知らぬ男性が裸のまま横たわっていた。
しかもペダルの脚がその男性の下腹部のあたりにあり、男性の…その…せ、性器が露出していて、ダンパーペダルの上に乗っている。
その男性の性器をカノンは何故かペダルごと靴で踏み付けていて、床やペダルの脚には白く濁った液体が飛び散っている…

「……」

「ソ、ソナタ?なんで…?」

これは一体どういう事なのだろう?いや、迷うことはない、これは事件でカノンはなんらかの危機に陥っているのだ!

「……け、警察を!」

「ちょっと待って待って!!ちゃんと説明するから」

「カノン!離しなさい!」

警察に電話をしようとする私の手からスマートフォンを取り上げて肩で息を切らせているカノン、彼女のミルクのような香りと汗の匂いが混じった香りは、女の私もなんとも言えない変な気分になってくる。

「とりあえずお兄さんはシャワー浴びて服を着て来て!まずはソナタの誤解を解かないと話が始まらない!!」

「う、うん…」

「ソナタも落ち着いて、ね?大丈夫だから、あなたが考えてるような犯罪的なことじゃないから」

「え、ええ、カノンがそういうなら…」

カノンは時々奇妙な行動をする事があるが犯罪に巻き込まれたり、犯したりするような子ではない…私も少し落ち着いて来て、カノンに勧められるまま、スタジオの隅の椅子に座った。

しばらくして…

「……」

「……」

テーブルを挟んで例の男性と向かい合う、線が細く、良く言えば繊細なそうな、悪く言えば若干陰気な気配の漂う男性で、取り敢えずこうして差し向かいでいても見境なく襲ってくる気配は無く、気まずい沈黙が続いている。

「お待たせ」

そこにシャワーを浴びて来たカノンが戻ってきた、服は先程衣装部屋に脱いであったシンプルな普段着。
髪も洗って来たのか濡れた亜麻色のロングヘアを拭きながら椅子につく。

「まず、これはどういうことか説明してくれる?」

「う…アハハ、あ〜まずは紹介するね、お兄さん…じゃなくてこちらは田中イチロウさん」

「あ、あの田中…イチロウです」

「あ、はい、私は左神原ソナタといいまし…じゃない!」

「「ひっ!?」」

二人は同じタイミングで怯む。

「コホン…で、カノンとイチロウさんはここで一体何をしていたの?」

「そっ…それは、なんていうか、アタシの音楽性の表現?」

「カノンの音楽っていうのは裸の男性の、しっ…しかもその…ぺ、ペニスを踏みつけて、そのうえ、えっと…し、射精させながら演奏するものだっていうの?」

「そ、それは……」

私も混乱して、自分が何を話しているかよくわからなくなって来たが、カノンとイチロウさんが知り合った経緯やここで何をしていたのか説明を受けた。

「なるほど…まだ許容しがたい話だけど、二人は知り合ってまだそれほどではなくて…」

「はい…」

「イチロウさん?」

「は、はい…」

「あなたは女の子に足で踏まれるのか好きなんですか?」

「た、単刀直入ね…」

「…はい」

「それも靴で、大切なペニスを踏み躙られるのがいいんですね?」

イチロウさんは恐縮しきって私の問いかけにか細い声で答える。

「す、好きです」

「そんなことされて、嬉しいんですか?プライドとかないんですか?靴で踏まれるんですよ、何を踏んだかわからないような靴底で、ゴミみたいにペニスを踏まれちゃうんですよ!」

「あ…ぁ…」

あ、あれ?
私は何を言ってるんだろう?目の前のイチロウさんは羞恥で顔を真っ赤にしている…彼は私より遥かに年上のはずだけど、羞恥に歪む顔がかわいくて、私の口が止まらなくなる…同時に次はどのような言葉を言えば彼の性癖を煽って、辱める事ができるだろうと考えている。

「ソ、ソナタ?」

カノンが私の異変に気がついたのか心配そうに声をかけるが、イチロウさんを言葉で辱める快感に溺れている私はそれを無視する。

ああ…心が動くってこういうことなんだ…

自分の行動、それに対する相手の反応、その反応を見て相手がより求めるものを提示しようと考える自分…その上向きのスパイラル。

気持ちいい…先生も、私のピアノを聴く聴衆も…これを求めていたのかな?

「イチロウさん」

「はぃ…」

「射精って…気持ちいいですか?」

「!!」

私の質問に彼の体は電気が走ったように一度引き攣る。

「教えてください、私は女なので射精がどんなものか知りません」

「あ、あの…き、気持ちいいです…」

「どのようにですか?」

男の人を言葉で辱めるなんて今まで考えもしなかった、私がこんな事をするなんて…私には嗜虐嗜好でもあったのだろうか?
イチロウさんは悩んでいるのか、恥ずかしがっているのか…それとも、私の行為に興奮しているのか、もう、真っ赤な顔をくしゃくしゃにして、モジモジと居心地悪そうにしている。

「その…最初は、ペニスに感じる感触が気持ちよくて…」

「女の子に靴で踏まれても?」

「はぃ…」

「そうですか…続けてください」

「そのうち、腰の奥の方からペニスの根元にかけて…何かが上がってるような感じがして…」

「……」

「それがペニスの芯の尿道に詰まってきます、そうしたらもう止めることは出来なくて…あとは詰まった精液が押し出されて…」

イチロウさんは自分で射精の説明をしながら想像でもしているのか、息がだんだんと荒くなる。
私はテーブルの下で足を伸ばし彼の足の間、ふくらはぎの内側にヒールローファーの側面を押し当てる…そのまま靴先を足の間を掻き分けるように上がっていき…

「想像して射精しそうになってしまいましたか?」

閉じようとする膝をこじ開け、タンクソールの靴底がイチロウさんの足の間の最奥部…彼のペニスが隠されている股間に迫る。

「ぁ…ぁ…ぁ…」

次の瞬間を想像して息に声が混じってしまっているイチロウさんの股間に靴底を食い込ませようと足に力を入れたその時。

ペチンっ!!

「いたっ!?」

「そのくらいにしておきなさいソナタ!お兄さんも困ってるじゃない!」

カノンに後頭部をはたかれて私は我に帰った。

「第一ソナタ、いつからそんなドSキャラにキャラクター変更したのよ?」

「わ、私は…その…」

「しかも珍しいわね?ソナタがそんなに可愛い格好で…どうしたのピアノ弾きにきたの?」

「いや、その…実は…」

私は、昨日の件を一通り説明して、カノンのいう「自分のした事が誰かを楽しませて、誰かが楽しんでいると自分も楽しい」という感覚について話を聞こうと思って訪ねたこと。
先ほどのカノンとイチロウさんの姿に驚きつつも、彼を言葉責めにした際に、自分の中で何か掴みかかった事を打ち明けた。

「ふーん、それで昨日買った服を着て、いつもはしないメイクまでして…」

「う……」

「でもソナタがお兄さんを言葉責めにしてるの…なんか凄かったよ、なんかアタシまでハァハァしてきちゃって、いつ止めようか迷っちゃた、ね?お兄さんもゾクゾクしてたでしょ?」

「あ、うん…」

「ソナタってあんまりミニ履かないからわからないけど、脚がすらっとしてて綺麗だもんね、しかもそんな靴履いちゃって」

イチロウさんはよほど私のした事が衝撃的だったのかまだモジモジしている、申し訳ない事をしてしまったかな…

私がそんな考えを巡らせていると、カノンがそっと耳打ちをしてきた。

「ねぇ、お兄さんのおちんちん…踏んでみない?」

「ひえっ!?」

「ソナタさ、いつも大人しいけど、それって色んなものを抑圧してて、そのせいで音楽も感情とか心とかが乗らないんだよ」

「そ、そうかな?」

「絶対そうだって!表現力、身に付けたいんでしょ?アタシがいうのもなんだけどさ、たまには解放してみたら?」

「……」

「ソナタの本性ってやつ」

耳元でカノンが悪戯っぽく笑う。

「!!?」

私たちがヒソヒソと話し込んでいると、イチロウさんが不安そうにこちらに声をかけてきた。

「ね、ねぇ…なにを話してるのかな?」

カノンはイチロウさんの問いかけに答える。

「ん〜今からソナタと久しぶりに連弾してみようと思って」

「そ、そうなんだ…」

「そうそう、聞いてたと思うけど、ソナタはそれはもう、譜面を完璧に一つも間違わずに弾けるんだけど…」

「はい、先日も担当教師から表現力が足りないと指摘されまして、カノンの表現力というか感情を乗せるというか、そう言ったものを参考にしようと思ったんです」

「なるほど」

イチロウさんは私たちの言葉に一応納得したようだが、そこにカノンが続ける。

「だからお兄さんも早く服を脱いでね」

「え!?」

「お兄さん…さっきソナタにあんな事されておちんちんカチカチに勃ってたでしょ?アタシのパトロンになってくれるって言った矢先に他の女の子に興奮するなんて浮気者にはお仕置きしなきゃ」

「カ、カノンちゃん、それは誤解で…」

「ウソウソ、分かってるってソナタのえっちで綺麗な脚でおちんちんをスリスリされそうになったら誰だってあんなになるよ、アタシが男の子でもなると思う」

「……」

「それにね、ソナタは昔からあんまり怒ったりしないけど、笑ったりもしなかったの、あの子のピアノはすっごく上手いんだけど色々抑えてる所があるみたい…アタシもソナタが表現力を身につけた演奏、聞いてみたい…だから、お兄さんもさっきいっぱい出したけどもう一回がんばってね」

「じゃあアタシも着替えてくるからソナタは準備して待っててね」

「あ、ちょっと…」

バタン。

またスタジオに私とイチロウさんだけが取り残された、さっき調子に乗ってしまいあんな事をした手前、気まずい沈黙私たちの間で流れる…とりあえず、何か言わないと…

「あ、あの…不慣れですが、よろしくお願いします」

「あ、いえ…こちらそこ、よろしくお願いします」

「「……」」

また沈黙。な、何か言わないと…

「あのっ!なんていうか…2回目だって話ですけど、大丈夫ですか?」

「えっと…た、多分大丈夫だと、した事がないからわからないですけど」

「こんなことになるんだったら、もうちょっと痛くない靴に…ほらっ、靴底がツルツルだったり…えっと…」

自分でなにを言ってるのか分からないけど、ふと自分の足元を見て思いついた事を口に出す。先日買ったヒールローファー、色は黒いエナメルでヒールは高いけど靴底も厚いのでそれほどヒールを履いて歩いているという感覚ではない、靴底はアウトドア用の靴のようなタンクソールと言われる形で深い滑り止めの山が刻まれている。こんなのでいくら勃起して硬くなっているとは言え、男性のペニスを踏みつけて大丈夫なのだろうか?しかもただ踏むのではなく、ピアノのペダルとして踏むことになるので、加減もできない…

「い、痛かったら遠慮なく言ってください」

「う、うん…」

ガチャ…

「お待たせ…って、まだ準備出来てないの?なんか、話題の糸口が掴めないお見合いみたいになってるよ?」

私たちがカノンの指摘通り、噛み合わない会話をしているうちに彼女が着替えを済ませて帰ってきた。白いセーラーカラーのブラウスに胸元は黒い大きなリボン、ピンクのフリルワンピース、スカートの丈は短く、太ももまで見えている。その太ももは真っ白なオーバーニーソックスに包まれていて足元は白い3段ストラップシューズという姿だった。彼女は一体どこにこの服を着ていくつもりなのか分からないが、カノンの緩くウェーブした亜麻色のロングヘアと合わさって人形のような印象を受けた。

「ソナタ、今日は地雷ちゃんみたいな服着てるでしょ?」

「じ、地雷!?」

「あー、今日のソナタの服みたいなファッションの事、だからアタシは量産ちゃんっぽくしてみたの、どう?」

「どうも何も、私はファッションには疎くて…」

可愛いとは思うが、地雷と量産とは…今度よく調べておこう。

「お兄さんも早く準備して」

「い、いいの?」

「はい、イチロウさんさえ構わなければ…私からもお願いします」

彼も誘いに乗っていいのか迷っていたようで、ピアノの影に隠れて服を脱ぎ始めた。

「アタシがprimo(プリモ)でいいかな?ソナタがリードして?」

「じゃあ私はsecond(セコンド)で」

基本的にペダルの操作はsecondが担当することになる。

「お兄さんも準備出来たみたいだし、そろそろ始めようか?」

「そうね、よろしく」

私はピアノの椅子を弾いて席に着く、secondは低音部、主にハーモニーやベース部分を担当し、曲のテンポとかを管理することとなる、私にはもしかしたら向きなポジションかもしれない。
そしてカノンが私の右側に並んで座る、彼女はprimo、メロディー部分の担当だ、いつも弾いている曲でもカノンが弾けばもしかして全く違うものになるかもしれない…
そして…

クニュッ……

「あんっ…」

「あっ!?」

ピアノの下から吐息混じりの声が聞こえた、連弾の場合、ペダルを担当する私はソロで弾くときよりも低音、つまり左寄りに座ることになる。
当然、ペダルは正面の足元ではなく、もっと右の方、普段よりも体を捻って右脚を伸ばして踏まなければいけない。
見た目よりずっと重いペダルを不自然な体勢で踏む為、ダンパーペダルにイチロウさんのペニスがある事を忘れて、調子を確かめようと無意識につま先を捻りペダルを踏み込んでしまった。
厚い靴底の角でペニスの先端を踏んだコリッとした感触に驚いて…

「ご、ごめんなさいっ!」

鍵盤下を覗き込むと、彼のペニスもまだ私たちが弾き始めると思っていなかったのか、私の不意打ちを受けてヒクヒクと痙攣していた。

「あ、うん大丈夫だよ、ちょっとびっくりしただけだから」

「すみません…」

今度は一つ、二つ鍵盤を叩きながら足元にイチロウさんのペニスがある事を意識しながら、出来るだけ丁寧に優しくペダルを踏む…私はちゃんとペダルが機能して思う音が出ること確認しながら、踏み込むたびに靴底に感じる硬いけど柔らかい、人が踏んだり歩いたりする、石や木や金属が返すものとは全く違う感触に意識を奪われてしまった。

私、今男の人のペニスを靴で踏みつけてるんだ…

男性の雄々しさの象徴などと言い、その大きさなどで悩む男性もいるという、とても大切なもののはず、それが私の足の下、いえ、素足ならともかくここまで歩いてきて何を踏んだかわからない汚いはずの靴底で踏みつけている…
その事実に、私は今まで感じた事のない優越感を感じはじめていた。

「ソナタ、始めて」

私はカノンに促されて呼吸を整え、足元のイチロウさんのペニスを意識して演奏を始めた。

曲のテンポはbpm60くらい、一秒間に一音、
ゆったりした曲はペダル操作も慎重にやらないと…足の指の付け根でペダルの先端に狙いを定めて、つま先に向かって徐々に体重をかけてペダル全体を踏み込む、足を離すときも急に離すのではなく、足指の付け根でペダルの先端をしっかり押さえ付けて、つま先をゆっくり上げて、戻るペダルが常に足の裏に触れているように…

あっ…すごい…ペニスがどんどん硬くなって私の足を押し返してくる…

何年も繰り返し練習して身に染み付いたペダル操作だが、靴底に感じる異質な反応、イチロウさんのペニスが時折脈打つように痙攣し、私に踏まれて喜んでいるように感じた。

「あっ…ハァ、ハァ…すごい…ソナタちゃんのペダリング…靴の裏全体で…あっ!?」

はぁ、はぁ…

テンポは決して早くないのに、私は息が荒くなって、鍵盤の下から立ち上ってくる男の人の匂いで頭がくらくらしてくる…テンポが乱れたりはしていないだろうか?
今のところ、カノンは私が作るペースに合わせて弾いてくれている。

グリッ!ゴリリッッ!!

「んんっー!!あっ…!!」

あっ…

しまった、慣れない体勢のせいでペダルが踏みにくい…
思わず体勢を直そうと腰を浮かせ、体重をかけて踏み込んだままヒールローファーのつま先を思いっきり捻ってしまった。
分厚く、深いタンクソールの靴底で全体重をかけてペニスの先端を踏み躙ってしまったような形だ。

い、痛かったかな?

しかし今は連弾中のため曲を止めるわけにもいかない、イチロウさんには申し訳ないけどこのまま踏み続けるしかないかない。
私は、分厚いタンクソールの角をイチロウさんのペニスの先端に食い込ませたまま譜面に従ってペダルを踏み込む。

「あっ!あっ!あっ!いいっ!ソナタちゃんの踏み方…あっ、ああっ!!」

え…イチロウさん…こんなに痛そうな踏み方なのになんか気持ちよさそうにしてる。

「に、二回目だけど…ハァ、ハァ…出ちゃいそう…」

最初は、なぜこんな事をするのか理解できなかった、わざわざ男性を踏みつけながら、痛みを与えながら、ピアノを演奏する事が表現力に繋がる事が想像もつかなかった。
でも、演奏…というか私の足のペダリングを通じて、今イチロウさんは確かに気持ち良くなってるし、私自身もしていることはさておき、今気分がいい。
彼が悦ぶにはどんなペダリングがいいのか?
そのペダリングに最も適した演奏法は何か、この曲で使える方法なのか?
ただ譜面を追うだけではない、今この場所で求められている音楽はなにかを考えている。

今求められている表現を…

「ソナタ、なんだか楽しそうね!今の弾き方とっても素敵だったよ!!」

「え?」

「いつもの正確に譜面をなぞるソナタの弾き方じゃないね、ペダルの記号とちょっと違ってるよ?」

「!?」

「お兄さんもなんかすごく気持ち良さそうだし、ちょっとヤキモチ妬いちゃったからアタシも混ぜてね!!」

私の演奏に合わせてくれていたカノンが急にメロディーのテンポを変えてきた!

「ちょっ!カノン!?」

今度は私が慌ててカノンのペースに合わせる、今まで規則的に踏み込んでいたペダルが少し乱れた。

「ああっ、んっ!?ソナタちゃん?」

「こ、これはカノンが…」

「エヘヘ、ちょっとルール違反だけど、お邪魔しま〜す!」

「!!?」

私がペダルから足を離した隙に、カノンの左足…3段ストラップの白い靴がダンパーペダルに滑り込んでペダルごとイチロウさんのペニスを踏み付ける。

「カノン、ちょっと!」

「お兄さんの、交代で踏もうよ?ソナタならそんなの簡単でしょう?」

「……もう」

演奏を続けながら、目の前の楽譜を一目見る、今の場所はここ、だから…
私は譜面上のペダル記号のうち、自分が踏むところだけを改めて記憶する。
でも、カノンもカノンだ、こんなめちゃくちゃな弾き方なのに演奏が乱れていない。

曲は終盤に差し掛かってきた、気のせいか、靴底が始めより何かで滑るように感じる。
足元はよく見えないが、黒いヒールローファーと3段ストラップの白い靴が交互にダンパーペダル…何かでヌメるイチロウさんのペニスを執拗に絡め取って舐め取るように踏み付ける、私のタンクソールから滑って逃げても、逃げた先でカノンのストラップシューズに踏み潰され、またそこから逃げても今度は私が逃がさない、ペダルもろともペニスに靴底の深い滑り止めを食い込ませて踏み込む。

「すごいっ…ソナタちゃんとカノンちゃんの足で僕のがめちゃくちゃに…あっ、いっ、痛いっ!…でも、もっと…あと少しでっ!…」

痛いはずなのに、イチロウさんは痛いって言ってるのに、私の足は曲を止められないっていう言い訳を自分にして何度も何度も彼のペニスを踏みつける。
もう、曲なんてどうでも良くなってきた、今は踏みつけると音が出る足元の「イチロウさん」という楽器の操作のためにペダルを踏んでる気がする。

足元から聞こえる吐息混じりの声と、変化をつけて踏み込むたびに靴底に返ってくる敏感な反応に、私も気持ちが昂ってくる、決して早くないテンポの曲なのに息が上がって来て、普段あまりかかない汗が止まらない…横を見るとカノンも頬を紅く染めて、着替えたばかりのブラウスは汗に濡れ、素肌が透けて見えている。

スタジオに充満した、カノンの洗い上げの髪から漂うシャンプーと甘いミルクのような香りにイチロウさんの男性の匂い、私に体臭なんてあるのかわからないけど、この空気を吸っていると、頭の芯が熱くなり、隣で演奏するカノンの姿が同性だというのにとても魅力的に見えてきて、ピアノの旋律に煽られて理性を失いそうになる…

私とカノンとピアノとイチロウさん…言葉では言い表せない何かが一つになって、今までの演奏では感じだことのない高揚感にもみくちゃにされて、下腹部の奥がムズムズし心臓が高鳴ってきて…

ああっ、楽譜なんて無視してイチロウさんのペニスをこのまま踏み潰したらどうなるのだろう?
痛いって泣くの?
痛いって悦ぶの?
痛いって…射精するの?

「ああっソナタちゃんっ!カノンちゃんっ!も、もう…出そうっ!!」

「…射精しそうですか?気持ちいいんですか?…私も少し気持ちいいです、変な気分になってきました!」

「ハァハァ…いいよ、出して、アタシの靴、お兄さんので汚していいよ…」

ビュッルッ!!ブッピュッ!!ピュッ…ピュッ…ピュッ……

ペダルを踏み込む靴底に一際大きなイチロウさんのペニスが痙攣する感触を感じ、曲が終わる……
しっかりと余韻を残してから、私は注意深くペダルから足を離す。
そっと床に、今までイチロウさんのペニスを踏みつけていた足を下ろすと、ニチッという水っぽい粘性のある液体が靴底に絡みついて糸を引くような音がした。

「「「ハァ…ハァ…ハァ…」」」

スタジオが静寂に包まれ、三者三様の荒い吐息だけが聞こえる。
私は、演奏を終えて初めて足元のイチロウさんのペニスを見つめた。
初めて見る男性の性器…まだ余韻が冷めないのか硬く膨張したままの姿がペダルの上にある。先端のくびれのあたりに一本筋のようなものがあり、私たちに踏みつけられて真っ赤に腫れ上がって、靴底の痕だらけになった陰茎本体は所々皮膚が擦り切れてうっすらと血が滲んでいるように見える。

その様子を見ていると、こんな事をして良かったのかという疑問も湧いてくるが、未だ満足そうにヒクヒクと痙攣し先端から白く濁った体液を吐き出しているところを見るとイチロウさんもイチロウさんのペニスも喜んでくれたのだと満足感が湧いてきた。

「ハァ、ハァ…ソナタ…」
「ええ…」

今まで見当もつかなかった表現力というものを、まだ切れ端程度だけど、掴んだ気がした。
ただ譜面を正確に追うのは技術じゃない、その場の空気、曲目、演奏順…それだけじゃない、その日の天気や時刻といったものまで、表現には関わってくる。

客席の観客が今どんな音を望んでいるのか、それを演奏曲でどう表現するのか?
私も観客の一人となって、観客を代表して音で表すんだ…

「カノンの言ってる話が、何となくわかったよ…」

「よかった、じゃあアタシも頑張らないとね」

「え?」

「アタシもついさっき、もっと基礎から勉強するからお兄さんに応援してほしいって約束したところなの、早くしないとソナタに表現力が身に付いたら勝ち目がなくなっちゃう」

「……」

「早速勉強したくなってきたな…」

「だったら明日の天気は大荒れね」

「さぁ、お兄さんもご苦労様、おちんちん…痛くない?薬とか…塗って大丈夫なのかな?」

「起き上がれます?手を貸しましょうか?」

「だ、大丈夫だよ、それより随分汚しちゃったから掃除をしないと…床も二人の靴もベトベト…」

「大丈夫ですよ、そんなに気にしないでください」

「こういう時拭けば綺麗になるからエナメルの靴って便利よね、あ、お兄さんアタシたちの靴も磨いてくれる?」

「えっ!?」

「アハハ、冗談だよっ、今掃除道具持ってくるね!」

その後、イチロウさんが汚れたピアノ周りと床を綺麗に掃除して、ついで汚してしまった私たちの靴を磨かせて欲しいと申し出て来た。
私は、申し訳ないので固辞しようとしたが、彼に押し負けてしまい、靴の溝の隅まで磨かれてしまった。

椅子に座り、イチロウさんにそっと足を手に取られ、そのまま彼の太ももの上に乗せられる、靴の踵が彼の太ももを踏む感覚を返してくる。
先程まで、ペダルとして自らのペニスを踏み躙って、脂と精液と陰茎からこそげ落とされた彼の皮膚だったものを自ら隅々まで磨き上げる心境とはどういうものだろうと想像し、またも妙な優越感と少しの嗜虐心が私の中で疼いたのは…また別の話。

数日後。

「違う…」

私は学校の音楽室で先日掴んだ感覚を手繰り寄せようと、ピアノに向かっていた。
しかし、どうもうまくいかない、どういう表現をすればいいのか?
求められるものを返すという感覚はわかって来た、でも、こうして一人で弾いているとそれがわからなくなる。

「連弾専門のピアニストになった方がいいのかな?」

そういうジャンルのパフォーマンスもあると聞くし…

「いえ、もっと頑張らなきゃ…カノンもこうしている間に勉強してる事だろうし…」

とはいえ…ここ数日ずっと心に引っかかっていた事…男の人を、イチロウさんのペニスを踏みつけることで得た感覚をヒントにピアノを弾くというのはいささか不道徳ではないかという気持ちと、彼を踏んで虐げた時に感じた快感が私を悩ませていた。

「帰ろう…」

私はこれ以上ピアノを弾いていても、答えに至らないと思い、今日は帰宅することにした。

自宅、深夜。

ピアノの練習もそこそこに、今夜は早々に床に就く事にしたが、やはり昼間と同じ疑問に苛まれ、眠ることが出来ない。
ぼんやりと、スマホの画面を眺めていると、チャットツールのある連絡先が目についた。

『田中 イチロウ』

先日の一件の後、連絡先を交換したもので私の数少ないアドレスの一つ。

「こんな時間に失礼かな?」

一人でいると例の疑問に苛まれ、私としては珍しく、誰かと話をしたい気分だった。
だが、残念ながら私には、夜更けのおしゃべりに付き合ってくれる友人などほとんどいない。
カノンがいるが、彼女に電話をしたら今度はこっちが話をする隙なく一方的に夜明けまで会話に付き合わされそうなので、今夜はやめておこう…

糸口のきっかけであり、ここ数日の悩みの原因でもある、最近知り合った男性、その連絡先のアイコンをほとんど無意識にタップしていた…

「あの、もしもし…田中です」

「!?」

当然電話をかけたのだから繋がるのはある当たり前だが、こちらから連絡したのに、相手が応答した事に驚いて声が出なかった。

落ち着いて…

「こんばんは、左神原です、夜分にすみません」

「あ、大丈夫ですよ、先日はありがとうございました」

「こ、こちらこそ、あんな事しちゃって…そ、その…もう、痛くないですか?」

一体何を聞いているんだ私は!?

「えっ、あ、はい…痛みはないですよ、でもこんな時間にどうしたんですか?」

「あ、その…イチロウさんさえよろしければ、少し話し相手になってほしくて…あっ、夜も遅いですし、明日もお仕事でしょうから無理には…」

「大丈夫ですよ、まだ寝るのは先ですから、僕でよければ」

「ありがとうございます」

私は、この数日間感じていた事、求められる表現に対する応答という感覚は掴めて来たが、自発的な表現となると思うように出来なくなる事、感覚を掴んだきっかけが、先日の行為であり、それが正しかったのかという疑問。
それらを全部、彼に話しその答えを待つ。

それに対してイチロウさんが電話の向こうで答える。

「僕が言えたものではないけど、ソナタちゃんはビデオって見る?」

イチロウさんの口調が他人行儀なものから幾分親しい雰囲気に変わってきた頃に私に問うてくる。

「ビデオですか? DVDとかでしょうか?」

「ああ、そうか…もうそんな時代なんだね、VHSって言う、黒い本のようなものだけど…」

そういえば、古い発表会を撮影したもので見たことがあるような…

「多分見たことがあります」

「うん、昔は映像…動画とかを撮影したり編集したりするのはプロか一部の人だけだったけど、これのおかげで家庭でも手軽に発表会の記録を残したり、好きなテレビ番組を録画して何度も見たりすることができるようになったんだ」

「はい」

「でも、もともと一部の人のものだったビデオが何で急に普通の家庭に広まったかと言うと…」

そこでイチロウさんは言い淀む、一体どんな理由があって普及したのか?

「女の子に言うような話ではないけど…VHSが生まれてしばらくして、アダルトビデオが生まれたんだ」

「そうなんですか…それで、イチロウさんは何か言いにくそうにしていたんですね?」

「う、うん…まぁ、それで、昔は動いているエッチなものを見たければ、そういう映画をやってる映画館に行かなきゃいけなかったのが、家でこっそり見ることができるという事で、ビデオが急に広まったと言うんだ」

「……」

「えっと、何か言いたいかと言うと…ことの始まり、入り口は不純な動機だったかもしれないけど、結果として、ビデオの存在がその後にDVDとかになって、有名なオーケストラの演奏を、いつでも鑑賞できたり、動画配信で楽しいコンテンツを見たり、現代の便利で、当たり前にある生活に繋がっているんだ、入口が不純だと言って、結果…出口も不純だとは限らないんだと思う」

「な、なるほど…」

「きっかけは…例の件だったかもしれないけど、だからといって、そこから得たものを不純として忌避する必要は、無いと思う」

「泥沼から綺麗な蓮の花が咲く…ということでしょうか?」

「…そっちの例えの方が詩的で綺麗だね」

腑に落ちた気がした。
別に恥じることではなかったようだ…少しまだモヤモヤするが、入口は入口、出口まで避けることはない、か…
しかし、もう一つ…

「では、求められる音楽を表現することはいいとして、自分から表現力を発揮するにはどうしたらいいでしょう?」

「……そうだなぁ」

「あの時さ、何で尋問するみたいに僕の…その、股間に足を伸ばしてあんなことを聞いたのかな?」

「そっ…それは……」

何で答えればいいんだろう?
オドオドするイチロウさんが可愛かったから?
多分、そういうことをされるのが好きだと思ったから?
いや、自分でも知らなかった嗜虐的な自分に流されたから?

「まぁ、直前にあんなシーンを見たからだと思うけど、だからと言って、僕はドMだからいじめて下さいなんてソナタちゃんには言っていなかったと思う」

「はい…」

「でも、あの時は僕に対してはあの時のような方法が一番有効だと考えたからだと思う、それでいいんじゃないかと思うよ」

「それは、どういうことでしょう?」

「音楽も、自分はこう思うっていう音を表現すればどうかなって」

「ですが、それでは作曲家の意図と違ってしまうのではないですか?」

譜面に書かれていることが作曲家の考えるその曲の全て、後の解釈は勝手な妄想…私はずっとそのように考えてきた。

「確かにね、ベートーヴェンもシューベルトもショパンも、その曲を書いた瞬間の気持ちなんてどこにも残していない、でもたくさん記録は残ってるよね?」

「ええ」

「その時代のこととか、作曲家の性格とか、曲が書かれた理由とか、当時の作曲家の友人に宛てた手紙とか、そう言ったものを組み合わせて演奏というお芝居をするのはどうかな?」

「お芝居ですか?」

「作曲家になりきって、その時代、その場所で書いた曲を演奏する、自分だったらでなくて、その作曲家だったらどうするって考えてみるんだ」

「……」

「そうやって考えて、シナリオを立てて、作曲家になりきったソナタちゃんという女優がそれを演じる、お客からの要望だけじゃなくて、こうしてあげる、こうしてみたって言う自分からの提案を織り交ぜて演奏する、時にはあの時みたいにアドリブも取り入れて、会場で演奏を作り上げるんだ、それがうまく噛み合った時、気持ちのいい音楽になって、それがソナタちゃんの探している表現力っていうものになるんじゃないかな?」

「……ありがとうございます、やってみようと思います」

観客と演奏者、会場全てで演奏を作る。
そのために観客が思うような演奏と自分が思う演奏を噛み合わせる…今までひたすらに譜面通りに弾く事に腐心していた自分には思いつかなかった事だ…けど、まだ実際の演奏でそれをする自信が持てない。

「……」

私は、自分自身のために意を決してイチロウさんに申し出る。

「あのっ、イチロウさん」

「え?」

「お願いがあるんです、もちろん無理なら断っても構いませんが…」

「僕にできる事ならなんでもいいけど…」

「その、イチロウさんのこと、もう一度、踏んでいいですか?」

「!!?」

「あっ、へ、変な意味ではなくてですね、まだ実際の演奏では自信がないので、その場でイチロウさんが望んでる事、してほしい事、私が考えたしたい事、してあげたい事を突き合わせて、試してみたいと思うんです」

「……」

電話の向こうで、明らかにガタガタっという音がしてイチロウさんが驚いている様子が分かる、無理もないと思う、私自身でも奇妙なお願いをしていることは分かっているので。

「それで、ピッタリ噛み合ったら自信が持てそうな気がして…だ、ダメですか?」

「え、あ…いや、ソナタちゃんはその…いいの?」

「是非お願いします!イチロウさんの、その…ペニスを私に踏ませて下さいっ!」

夜も更けてきて、後日の奇妙な約束をして今夜の通話をお開きにした…

翌日。

「よしっ!」

と、気合を入れつつ人目を憚って図書館の奥の奥、誰もこんな場所まで立ち入らないところにある、ひっそりとした読書ブースに腰を下ろす。
手にした本は…男性器にまつわる書籍たち、この図書館になぜあるのか疑問に思えるような俗っぽいものから医学書まで検索にかかったものを一通り持ってきた。
目次を辿って、ページをめくる。

「っ!?」

いきなり、人間の男性器の画像と、あまりにリアルなその解剖図。

「男性器の概略…性交時等を前にして性的興奮を受けて膨張し…勃起状態となる…勃起状態のペニスを女性器に挿入し…あぅぅ…多くの場合前後に抽送を繰り返して、性的刺激を得ることで…この時副交感神経が優位になり、精神的にはリラックスした状態となるが…」

小声ながらうっかりと声に出して読んでしまっていた事に気がつき、慌てて周囲を見回す?

「よかった…誰もいない」

改めて文面を目で追う。

一方、ペニスは性交等の刺激によらない単純な刺激にも反応を見せ、自らの手で刺激するマスターベーション…オナニーや、何かに擦り付けることで刺激を得て射精に至ることが出来る…

「エッチな事をしなくても、靴の裏のような硬いもので擦ると射精してしまうのね…」

私は本を読み進めると次は大まかな性器の部位が図入りで記されている。

「こんな所誰かに見られでもしたら…」

もう一度、周囲を見回し無人を確認する。

男性器の外観はおおむね以下の部位に分かれ…先端の亀頭部、陰茎本体、陰嚢部…

「……」

陰茎本体と亀頭部を繋ぐように陰茎小帯が存在する。この陰茎小帯は俗称で裏筋とも呼ばれ、特に鋭敏な部位でありこの皮下にはいわゆる性感帯と呼ばれる性的快感を得やすい部位が存在する…

「ここを踏めば気持ちいいのかな?」

裏筋を狙って靴底で踏み付けるイメージをする、つま先を押し当て軽く体重をかける…私の重みで亀頭が靴の下で平たく潰れる。

私は陰茎の説明図を見て、ページに記された裏筋を亀頭の先端から陰茎の根元に向かって指でなぞる…ただの図表なのにまるでイチロウさんのペニスを焦らすように指で弄っている気分になってきて、無意識に呼吸が荒くなってきた…

「ハァ、んっ…この辺が特に敏感なのね…」

裏筋が陰茎に差し掛かり、まるで力こぶのように血管が浮き立ち膨れ上がった部分で指を止める。
ここをどんな風に踏めばイチロウさんは悦ぶかな?
靴底の滑り止めはこの間のヒールローファーのような粗いものが好きなのか、目の細かいヤスリのようなものの方が刺激的で好みなのか…それともハイヒールの靴底によくあるツルツルなものがいいのか?
それを私がイチロウさんになったつもりで考えて彼に提示するのも表現力か…

私は今履いている学校指定のショートブーツに目を向ける。
黒い革製のブーツは本来は冬用なのだが、高めのヒールのデザインが気に入って年中で履いている、今まであまり気にしたことのなかった靴底を見てみると、ノコギリの刃のような鋭いギザギザが縦横に並び、ただの滑り止めにしては少々過剰な感じだ。

「痛そうな靴底…」

だけど、この靴で彼のペニスを踏み躙った時に彼はどんな反応をするかと考えると少し胸が高鳴ってきた。
こんな、踏まれる人の痛みなんて少しも考えていないような靴の裏で踏み躙ったら…

イメージの中でイチロウさんを蹂躙する。
痛がりながらペニスはどんどん膨張して、亀頭の先から透明で粘つく体液が溢れ出して靴底の滑りがよくなってくる…ぬめりで逃げるペニスを靴先で小突き回し元の位置に戻してまた上から踏み付ける。

「こんなことしたらイチロウさんはどんな声を出すかな?」

イメージの中の私は彼の亀頭小帯…裏筋を意識的に靴底の滑り止めで引っ掻く…ねじ込むようにつま先を立てて一番敏感なところをなすり潰すように踏み躙った。
机上のペニスの図表を指でなぞりながら私の足が無意識のうちに動いて図書館の床をまるでそこにイチロウさんのペニスが生えているかのように爪先で踏み躙っていた…
ペダル操作ではあまりしないが、ヒールで踏むのはどうだろう…想像をしてみる、イメージはハイヒール、細く高いヒールが彼のペニスに迫る、そのまま脈打つペニスにヒールの先が食い込むが、私の足は止まらない、刻印を施すように何度も何度もヒールを突き立て、彼のペニスはヒール痕だらけになる…

「ハァ…ハァ…」

自分の想像…いや、もはや妄想に息が荒くなってきて、イメージはより嗜虐的で攻撃的になってくる…
今度は低いヒールでイチロウさんの陰嚢をペダル操作にかこつけて思いっきり踏み込む!
彼の苦悶の表情が思い浮かぶが、そのまま演奏を続ける、最後に爆発する様に射精し、精液を床にも靴にも盛大に撒き散らすが、曲はまだ終わっていない。想像だから出来る難しい踏み方や様々な靴で執拗に踏み付け、何度も果てる事なく射精させ続け、すねやふくらはぎに至るまでイチロウさんの精液まみれになるを想像していたら、また下腹部がムズムズしはじめて、自分の何かの体液で下着が濡れてきた、私は思わずそこを指でさすりそうになったところで我に帰った。

「ハァ、ハァ…なんとかイメージはできたかな…」

呼吸は荒く、心臓はドキドキしてこれ以上読書という感じでもなくなってきたので、席を立とうとした時…

「勉強熱心ね、ソナタらしい」

「いいえ、それほどでも…って、カノン!?」

妄想に耽っていて、カノンに背後に立たれていた事に気が付けなかった。

「ソナタ…ピアノやめて泌尿器科のお医者さんでも目指すつもり?」

「こっ、これは…その…」

「冗談だって、ソナタ…ここのところなんか悩んでたみたいだけど…大丈夫なの?」

「うん…この間のあれで、何か探しているものを掴んだ気がしたんだけど…本当にそれでいいのかって、少し…」

「そっか…で、何故かその本に繋がると」

カノンはどこか意地の悪そうな笑みを浮かべて私の背後にある本を見る。

「なんとなくわかってきたなぁ、ソナタの事だし真面目だからお兄さんに連絡つけて感覚を掴みたいからって、「お願いしますっ!もう一回踏ませて下さいっ!」とか言ったんでしょう?それで、またクソ真面目な事に男の人のおちんちんについて勉強していたら妄想が捗ってしまって…と」

「!!!」

まるで心を読まれているようだ。
私は観念して、昨日の夜にイチロウさんと話をカノンに話した。

「なるほどね…お兄さんも人がいいのか、それともソナタみたいな美少女に踏ませてくれ〜なんて言われて欲望に負けちゃったのかな?」

「い、イチロウさんには無理なお願いをしてるのはわかってるわ…」

「まったく、お兄さんはアタシのパトロンなのになぁ…まぁでも、ソナタがそれで何かを掴んだピアノってのはアタシも聴いてみたいからね…はいっ、これ貸してあげる」

カノンはスカートのポケットから小さなキーホルダーのついた鍵を私に寄越してきた。

「これは?」

「アタシのスタジオの鍵、ソナタ、お兄さんに何をするかは知らないけど、多分必要でしょ?」

「あ、うん…そうだった…」

イチロウさんのを踏むにしても、おいそれとその辺でするわけには行かない…ホテルとかも考えたが、結果イチロウさんに迷惑をかけてしまうかもしれない…どこでするか、大事な事を思いっきり失念していた。

「ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして、あ、そうだ…」

「?」

「衣装部屋にソナタのために作ったドレスがあるの、良かったら着てみてね」

「ドレス?」

「そう、まぁ半分アタシの趣味みたいなものだけど、返品不可で受け取ってよ、アタシからのライバルへの贈り物」

「カノン…」

「お代は要らないよ、きっと似合うと思うから、今度アタシにも見せてよね?」

「う、うん」

「さてと、ソナタは何か掴んでるみたいだし、アタシも勉強しないとなぁ…」

今まで気がつかなかったが、カノンが図書館にいる事自体が珍しいし、手に持った本は…

「楽典?」

「そう、感覚だけでピアノを弾いていてもダメだからね、基礎からやり直し」

「お互い無いものねだりだね、私はそういうのをあまり考えないで自由に弾くカノンのスタイルは羨ましくて好きなんだけどな…」

「アハハ、お褒めの言葉と受け取っとくね、じゃあまたね」

楽典を手に読書ブースに向かうカノンの背を見送り、私は図書館を後にした。

帰り道、帰宅ラッシュの都心部、私は電車を降りると真っ直ぐ家に向かう私鉄に乗り換えをせず、先日立ち寄った駅ビルに向かう。
目的地は一階のコスメ売り場。

「いらっしゃいませ、あら?」

「先日はありがとうございました」

「いいえ、どういたしまして、今日は何かお探しですか?」

先日と同じ美容部員さんが応対してくれる、私は欲しいものは決まっているがどれを選べばいいか分からないので彼女にアドバイスを受ける事にした。

「その、マニュキュアが欲しいのですが」

「はい、かしこまりました、お色はどうされます?」

しまった、色までは考えていなかった…

「えーと…」

「もしかしてデートですか?」

「えっ、あっ…いや……そんなものでは…」

「そうですか?今日はメイクもされているようですし、先日とは少しだけ…雰囲気が違いますので、てっきり彼氏さんが出来たのかと…」

「そ、そうですか?」

「ええ、なんだかとっても素敵な感じですよ、でも…デートではないとなると…」

「あっ、そうだ、コンクール、ピアノのコンクールに出るんですよ、それで…」

「なるほど、かしこまりました、当日のお召し物はお決まりなんですか?」

「えっと…黒です」

というか、頭の中で家のクローゼットを思い出すが、演奏会やコンクールに着ていくようなドレスは大半が黒か紺色しかなかった。

「黒ですか、お客さまの雰囲気で黒いお召し物だと…」

美容部員さんは商品の並んだカウンターからイメージに合うものをいくつかピックアップしてゆくが…

「ああ、こちらが良いですね」

やがてその中の一つを選び、私のもとに戻って来る。

「お手を失礼します、ピアノをなされているだけあって、きれいな手ですね…マニュキュアは普段はされてますか?」

「あ、いいえ、実は初めてでして…」

「わかりました、ではこちらで一度塗ってみましょう」

先日と同じスツールに掛けると、美容部員さんがカウンター越しに手をとって、一本一本の爪に丁寧にマニュキュアを塗ってくれる。

「…綺麗な色」

「お客さまが黒いドレスなどをお召しになったらきっと、もっと綺麗に見えますよ」

美容部員さんが選んでくれた色は深みのある青緑、目の細かいラメの入っており、高い天井から降り注ぐ照明の光を浴びてキラキラと輝いて、自分の手ではないように思えてくる。

「出来上がりました、とっても素敵ですよ」

「ありがとうございます、じゃあこちらを一つ下さい」

「はい、少々お待ちください、そうだ、塗る前にヤスリで形を整えてこちらの爪磨きを掛けるともっと綺麗に塗れますよ、サービスでお付けしておきますね」

会計を済ませて、美容部員さんから丁寧に放送された商品を受け取って…

「あの、先日お聞きしたお話…自分のした事で誰かが喜んで、それが自分にまた返ってきて嬉しくなる…その感覚、やっと分かってきたんです、今日はその事のお礼とお話したかったんです」

「そうでしたか、お客さまはピアノをされていらっしゃるので、それは音楽で…という事でしょうか?」

「ええ、私は楽譜を正確に演奏することばかりにこだわって聴いている人の気持ちとか、自分の気持ちとか、そういうものをこれまで全然考えていませんでした、でも店員さんの言葉で大事なものに気がつく事ができました」

「恐縮です、それでどこか先日と雰囲気が違っていたのですね、私の言葉がお客さまの心を動かして、そのお話をいただいて私もとても嬉しいです」

「ありがとうございました」

売り場の出口まで見送ってくれた美容部員さんにお礼を述べてお店を後にする。

「またいつでもお越しください、いつか、私にもお客さまのピアノを聞かせてくださいね?」

「ええ、是非とも」

改めて家へと向かう私鉄に乗り込んで電車の車窓から流れる街の灯りをぼんやりと見つめながら…

「自分のした事が誰かを楽しませて、誰かが楽しんでいると自分も楽しい…か」

今ならなんとなく解る、この掴んだ何かを手放さないようにしないと…

手にしたスマートフォン、最近知り合いに加わった唯一の男性、彼らしい頓着しないアイコンと「田中イチロウ」の表示名をタップ。

トークに「次の休日、カノンのスタジオに来てください、時間は…」

少し事務的すぎたかもしれない、カノンならもう少し可愛げのある誘いも出来るのだろうが…トークを送信して、まもなく既読がつき、数分後「必ず行くよ」と短い返信。

準備はできた、出場者は私一人、審査員はイチロウさん一人のコンクールが始まる…

数日後、休日。

ガチャ…
カノンに借りた鍵でスタジオに入る、準備があるので、イチロウさんに指定した時間まではまだ随分ある。

「…本当にコンクールに出場するみたい」

無人のスタジオは音一つなく、しかし中央に置かれたグランドピアノに工場だった時の名残の天窓から午後の日差しが降り注ぎ、重厚な光沢を放つ様子は誰よりも厳格な審査員のようで、コンクールの前の緊張感と同じものを感じた。

続いて、着替えの為、衣装部屋へと向かう。
一応、昨晩悩んだ末に自前で黒いドレスと靴を用意してきたが…

「すごい…」

部屋に入ると、中央の一番目立つ場所に、マネキンに着せられた一着のドレスがあった。
デザインはカノンのお気に入りのウェディングドレスのような真っ白のドレスとほぼ同じもの。
レースを幾重にもふんだんに使い、無数の精緻な刺繍で彩られている。
スカートの丈は彼女のものと同じ膝上でミニスカートと言っても良いくらい…しかし重層的なトレーンを従えてゆったりと尾を引く姿は俗っぽさを全く感じさせない。
色はカノンのドレスと対照的に黒、だが、単純な黒一色ではなく濃度の違う何色もの黒が複雑に重なり、合間にグレーや紺色、青緑などが差し色として使われている。
トレーンの一端を手に取ってみると、複雑な色合いと刺繍が煌めいて、まるで夜空のオーロラを切り取ってきたかのようだった。

「綺麗…これ、私が着てもいいのかな?」

こんな高価そうなドレスを勝手に作ってプレゼントしてしまうなんて…やっぱり本物のお金持ちの考えることは解らない…

側のドレッサーには、カノンが用意していったと思われる、このドレスと一組をなすアクセサリーやピアノを演奏する際には外した方が良いのだろうが、精緻なレースで編まれた手袋なども置かれている。 

部屋の一端にあるシューズボックスには記憶ならば、カノンが好む白やパステルトーンの靴が並んでいたはずだが、今は黒いエナメル革の靴を中心に黒系の靴たちが形もヒールの高さも装飾もよりどりみどり、ずらりと並んで、この部屋は今日に限っては完全に私…左神原ソナタ用になっているようだ。

「ありがとう…カノン」

ドレッサーの前に座り、自身にメイクを施す。美容部員さんのアドバイス通り、濃くはなくナチュラルな雰囲気で…まぶたの淵に青緑色のシャドウを少し、チークは薄めで、最後に唇にペールピンクのグロスを乗せると、自分では彫りが浅く平面的で地味だと思っていた顔が別人のように華やかになった。

次いで、手入れをしておいた爪に先日購入した青緑のマニュキュアを塗る…幼い頃に私が生まれる前に放送していたというアニメの変身シーンは確かヒロインの爪にマニュキュアが乗る所から始まっていたことをなんとなく思い出す。

用意されていたストッキングに脚を通す、こちらも黒地だがよく見ると、精緻な模様が入っていて、手触りは恐しいほど滑らか…このまま歩いたら確実に脚を滑らせそうだ。

「…こんなので優しくスリスリって、さすってあげたらすぐ出ちゃうかな?」

ここ数日、ずっとイチロウさんの目線をイメージしてきたせいで考え方が靴やストッキング、靴下など足回りの身につけるものが全て踏みつける前提になっている。

そしていよいよドレス…マネキンに丁寧に掛けられそれを身に付ける。

「ところでこんな服、一人で着れるのかな?」

例えばウェディングドレスなどは着るというより装備するに近く、それを着る女性は立っているだけで、介添人たちが数人がかりで着せていくのだという…

「んっ…っと、大丈夫そうね」

しかしこのドレスはやはり一人では着なくてはいけないシーンも想定しているのか難なく着ることが出来た。

あとは用意してあったアクセサリー…月と星をモチーフにした髪飾りに揃いのイヤリングとネックレスを身に付け、レースの手袋をはめて、最後に…靴は色々悩んだが、このドレスを着て、やはり演奏には不向きだがハイヒールにする、しかも鏡のような光沢でヒールは10センチはありそうな黒いエナメルのピンヒール…ヒールの先は細く小さい、1センチ四方にも満たない面積に私の全体重が掛かることになる。
先日の、イチロウさんのペニスに細く高いヒールを突き立て、ヒール痕を刻印する妄想を思い出し、姿見に映る自分の姿を見て私の中で書き上げたシナリオのスイッチが入った。

カツン…カツン…

甲高いヒールが床を踏む音を響かせてスタジオに向かう。

予定通り、準備をしている間に日が落ちて、入り口からスタジオまで、誘うように灯る間接照明とピアノの手元を照らす燭台型のライト、あとは天窓の淵に登り始めた満月から淡い光が注ぐだけとなった。

しばらくして…

ガチャ…

入り口の扉が開く音が聞こえる。
ほぼ時間通り、多分イチロウさんだろう。

「ソナタちゃん…いるの?」

スタジオのほか扉が開いて、暗い通路を抜けてきたイチロウさんが恐る恐るこちらをうかがう。

「ああ、ソナタちゃんいたんだね、どうしたの?こんなに真っ暗にして…」

「遅いわイチロウ…何をしていたの?」

「え?」

ピアノの前で彼に背を向けて立っていた私はドレスのスカートとトレーンを翻らせて…

カツン…カツン…

大きな歩幅でゆっくりと、イチロウさんに聞かせるようにヒールの音を立てて彼の前に詰め寄る。

「ソ、ソナタちゃん?」

カツン…カツン…

「すごいね、そのドレス…よく似合ってるよ」

「……」

カツン…カツン…

この暗がりでもイチロウさんの顔がよく見えるほど…密着と言ってもいい距離。
10センチのハイヒールのせいで視線が高い、それでもまだ彼の方が背が高いのだが、なぜか彼を見下ろしている気分になる。

「ちょ…ソナタちゃん…その…近くないかな?」

カツン…カッ!!

「!!?」

狼狽えて呆然としているイチロウさん。
私は、最後の一歩で精緻な膝上丈のスカートから伸びた、滑らかで手触りの良いストッキングに包まれた私の脚を彼の脚の間に滑り込ませ、太ももを彼の股間に押し当て、そのまま耳元で囁くように…

「さぁ…始めましょう、一夜限りの特別なコンサートを…」

「あっ…んっ…うん」

「光栄に思いなさい、イチロウ…観客は貴方一人よ…貴方の為のコンサートなのだから…」

「は、はぃ…あっ、あっ…」

んっ…イチロウさん…興奮してるのかな?
股間に押し当てた太ももが熱い…それに…もう、少し大きくなってる…やっぱり、こういうのは好きなのかな?

「こんな事で興奮していては先が持たないわ」

私は黒いレースの手袋をした両手で包み込むようにイチロウさんの頬を撫で、そのまま首の方へ降りてゆく。
他人から見れば、ドレスの女が男性の首を絞めているように見えるだろう。

そのまま、彼のシャツのボタンを一つ一つ外してゆく。やがて全てのボタンを外し、彼の上半身をはだけさせた。

「…イチロウ、脱ぎなさい」

私は努めて自分の描いたシナリオ通りに冷厳な女王のように振る舞う。
イチロウさんは普段の私との違いにオロオロしながらもベルトに手を掛けてズボンと下着を脱ぎ、私の前で生まれたままの姿になった。
こちらはドレスとハイヒールで完全武装し、他方イチロウさんは今や守るものなど何もない全裸姿…あまりの彼我の差からくる優越感に自分の中で作ったキャラクターがどんどんエスカレートして、まるでこっちが自分の本性だったかのような気分に胸が高鳴ってくる。
一方、イチロウさんはやはりこの状況に興奮しているようで、呼吸は粗く半開きになった口から息遣いが聞こえてくるようだ。
そして視線を下に向けると、必死で隠そうとしているが、彼のペニスはこれから起こる事を想像して何かを期待するように既に完全に勃起して、亀頭が天を突き、その先端は何かが滲んでいるようにも見える。

ドレスの衣擦れ、ハイヒールの感覚、薄暗いスタジオ、裸のイチロウさん…周りの空気…イチロウさんがしてほしい事を感じる、私が全部それをしてあげる、いや、それ以上のことをしてあげる。

「イチロウのペニスは堪え性が無いようね…まだ、何もしていないのにこんなに勃起させて」

レースの手袋に包まれた手でイチロウさんの陰嚢を軽く揉みしだき、次いで陰茎を根本からさすり上げる、そして私の指は亀頭の先端に至り、鈴口を指でこじ開け、透明で粘つく彼の体液を掻き出した。

「あっ…あっ、あああっ!?」

イチロウさんの口から声の混じった息が漏れる。

「…跪ずいて」

私がイチロウさんに命令すると、彼はその場で膝を突き、まるで土下座をする様に私の黒いハイヒールの爪先の目の前で額を擦り付ける。

「ほら、イチロウ…よく見て」

「あ…ぁ…」

私は彼の目の前でわざと一度爪先を捻り、コンクリートの床を踏み躙る。
靴底が細かい砂粒を噛み、ザリッという音がスタジオに響き渡った。

「どうかしら?しっかり目に焼き付けておきなさい、このハイヒールが貴方を踏み躙るのよ?」

「!!」

鏡のように滑らかなエナメルの甲革でイチロウさんの頬を撫で、これから彼がどうなろうと演奏が終わるまで彼のペニスを踏みつけることになる滑り止めのギザギザが刻まれた靴底をこれ見よがしに見せつけ、最後に爪先を彼の鼻先に突きつける。

「こんなに目の前で女性が履いている靴を見れる機会なんてないわよ、どうしたいの?言ってごらんなさい?匂いを嗅ぎたい?舐めてみたい?それとも…」

「あ…」

「もう、踏んでほしい?貴方のしたい事を…させてあげる」

「あ…踏んで…」

「聞こえないわ」

「ふっ、踏んでくださいっ、ソナタちゃん!お願いしますっ!!僕をペダルにして演奏をしてくださいっ!最後まで頑張りますから…どうか…」

ただハイヒールを履いた足で、踏んで射精させるわけでもなく、見せつけて、いくつか彼の被虐心を煽る言葉を掛けただけでイチロウさんを屈服させた瞬間だった。
凄まじい優越感も達成感…同時にこのまま続けたらこの快感で私自身が本当のサディストになってしまいそうで怖い…
そろそろ月が高くなってきた。
天窓から差し込む冴え冴えとした満月がスタジオを青みかかった光で満たしている。

お芝居はこのくらいにしてピアノを弾こう。
でも…その前に。

ハイヒールを目の前に懇願するイチロウさんに、できる限りの優しい声で…

「いいですよ、でも演奏を始める前に一回、イチロウさんのペニス、踏ませてください」

「え?ソナタ…ちゃん?」

「ごめんなさい、ちょっとお芝居で悪ノリしてしまいました、本当は私からお願いしていたのに…」

「あ、いや…き、気にしないで」

「ありがとうございます、ペニスのこと、どうやって踏んだら気持ちいいか勉強してきましたから、今夜はたくさん射精してもらいますから、ここに仰向けになってもらえますか?」

「う、うん」

スタジオの床の上に裸で仰向けにイチロウさんが横になる。
私はドレスを揺らしてカツカツとヒールを鳴らし、彼の周りを焦らすように歩く。

ペニスの作りは勉強した、射精の仕組みも、男性の心理も、フェチズムも…理解したつもりだ、そして、私の表現でイチロウさんのペニスをペニスとして踏んで射精させる。
よく考えたらこれからすることは、ピアノなんて全く介在しないし、ただのフェティッシュな行為の一種なのではないかという思いに思わず赤面しつつ、羞恥心と同時に気持ちが昂ってきた。

カツン…

「じゃあ、踏みますね」

「……」

イチロウさんの身体を大きく一度跨いで、長く尾を引くトレーンを彼の体にかける。
私は背後にイチロウさんの顔…ちょうどお尻を向けて腰元に立つ。
この位置なら彼も自分のペニスがハイヒールに踏みつけられる様子が見えると思う。

そして…波型のヤスリのようなハイヒールの靴底でイチロウさんの陰嚢を踏みつけ、針のように鋭いヒールで陰茎小帯…裏筋に狙いを定める。

「あっ…ソナタちゃん…」

「怖いですか?大丈夫、安心してください、こう見えても発表会などで幼い頃からハイヒールを履いています、バランスを崩してイチロウさんにヒールを突き立てたりはしませんよ」

「う、うん…」

陰嚢とペニスの根元を靴底でしっかりと押さえつけ、裏筋をヒールの先端で啄むように踏み付ける。

「あっ!あっ!あっ!ヒ、ヒールっ!?ヒールの先っぽが…ああっ!?」

「私…お話ししましたよね?昔から譜面に書いてあることだけが全てで、楽譜を正確に弾く事に腐心していました、鍵盤の叩き方も、ペダルの踏み方も…何回弾いても全く同じように演奏できるようにしてきました、だから…ずっと同じテンポで、ずっと同じ踏み加減で、ずっと同じ、イチロウさんの一番感じるところを踏み続ける事なんて、私には簡単な事なんですよ?」

「あっ、す、すごいっ!」

「男性のことは勉強しました、瞬間的に強い刺激を与えるよりも、刺激が弱くてもずっと同じリズムで継続的に刺激を与えてあげた方が射精しやすいんですよね?」

決して強くは踏み込まない、裏筋の筋肉に軽く触れて押し込み、ヒール痕が残る程度に連続的に途切れることなく何度も何度も踵を踏みおろす。

「イチロウさん…好みのテンポ、教えてください、その速さで踏んであげます、どのくらいがいいですか?」

「あっ…はんっ!?ハァ…ハァ…じ、じゃあbpm120で…」

「120ですね、わかりました」

私は頭の中でメトロノームを思い起こし120に合わせる…一秒間に2拍、ヒールで踏む速度をそれに合わせてゆく。

トットットットットットッ…

イチロウさんのペニスをミシンのようにヒールで連続的に踏み付ける。
これは…射精させる方法としてネットで見かけた電気按摩という行為に近いと思う。

「あああああああっ、で、出そうっ…ヒールだけで、射精しちゃいそうっ!」

「いいですよ、女の子の踵だけで踏まれて射精してしまうのはどんな気分ですか?」

「はっ、初めて…こんなの…い、痛いけど、あっ!
あっ…ぁ…」

後ろをチラリと振り返るとイチロウさんが息を荒げて、切なげな表情で私のヒールを見つめている…いま私の中に湧いてきた感情は何というのだろうか?
ヒール捌きでこのまま射精させてあげることもできるし、嬲り続けて先走りを垂れ流しにさせながら射精には至らせないこともできると思う。
そこで私はイチロウさんに問う。

「まだまだこれから演奏の本番ですよ?こんなのは準備体操にもなりませんが…」

射精について調べていた際に見かけた、敢えて俗っぽい言葉を使う。

「もう…イきたいですか?」

私の言葉に対する彼のレスポンスを待つ…

「ぁ…イきたい…ソナタちゃん…お願い、イ
かせて……」

イチロウさんの反応が私の胸に突き刺さる…こんな事をしているにも関わらず、歳上の男性にも関わらず、懇願するイチロウさんに湧いた保護欲のような、優しい気持ちになる感覚を覚える。

「はい、わかりました、待っててください、すぐにイかせてあげますからね…」

その間もずっとbpm120を維持して彼のペニスをヒールで踏み続ける。

「あっ、あっ、あっ、あっ、あああああっ!?」

その時がきた。

「あんっ、あっ、ソ、ソナタちゃんっ!出るっ!出るよっ!!」

ビュッルッ、ドピュッ…ビュッ、ビュッ、ビュッ…

あっ…

先日、ペダルとしてイチロウさんのペニスを踏みつけた時は、彼が射精した感覚は靴底を通して分かったが、こうして目の前でペニスから白く濁った精液が激しく噴き出し、その快感に震えるイチロウさんを見ると…

よかった…ちゃんと気持ち良くなってくれた…嬉しい…

ヒールで規則的に踏むやり方…私が考えて、彼が悦ぶだろうと思った方法、これが私の表現だ。
それにイチロウさんはしっかりと反応をしてくれた。
そして、彼の反応を受けて私が感じた素直な気持ち…

「イチロウさん…分かりました、私…しっかり掴みました」

射精の快感からか、まだ軽く痙攣するペニスを今度は軽く靴底で踏み付け、最後の一滴まで彼の尿道から搾り出してあげてから…そっと足を離した。

「ハァ…ハァ…ハァ…」

「イチロウさんのおかげで表現という事がどうすればいいのか分かりました」

「ハァ…あ…よ、よかった…」

「はい、ありがとうございます」

私は手袋を外し、傍に用意しておいたティッシュで、彼の身体とペニスに飛び散った精液を優しく拭う。

「あの…どうしますか?これから演奏ですけど、そのあまり無理をするのは…」

「その…ソナタちゃんの女王様みたいなの…すごく良かったし、メトロノームのようにヒールで踏まれて…射精するのは…ちょっと恥ずかしいけど、すごく気持ちよかった」

「はい」

「これが、ソナタちゃんが見つけた表現のしかたなんだよね?」

「はい…」

「聞いてみたい、ソナタちゃんの表現で解釈で演奏する音楽を、僕はペダルになって、いちばん近いところでソナタちゃんの表現力を感じたい」

「わかりました、ところでイチロウさん?」

「え?」

「さっき、女王様みたいな私って言いましたけど…」

「あ、いや、なんていうか…」

「ゾクゾクしました?ああいうの、やっぱり好きですか?」

「え、あぁ…その、好き…かも」

「そうですか、ではもう一度、やってみます…そこに跪いてください」

イチロウさんが膝をつくと、私の背丈にヒールを加えた分でちょうど、彼の頭が私の胸元にくる。

「ちょっとスイッチ入れますね」

私はイチロウさんを胸に抱いて…

「イチロウはこっちの方が好きなのね?」

イチロウさんを抱き締めたまま囁き、彼を立たせてピアノ下の溝に誘う。

「そこに入りなさい、貴方だけの特等席で聴かせてあげるわ」

「は、はぃ…」

イチロウさんは何かに取り憑かれたように自ら溝に潜り込む。

カツン、カツン…

私は靴音を響かせてピアノの椅子に腰掛ける。

「靴を替えるわ、こんなハイヒールで…しかも貴方の精液が付いている靴じゃ演奏できないもの」

「ご、ごめんなさい…」

今度は演奏の為に、靴を履き替える、ヒールは低く3センチほど、踵の面積もあるリボンがあしらわれたストラップパンプス…脇に脱ぎ捨てた10センチのハイヒールと比べるとこのドレスには少し子供っぽく見えるが、こちらの方がペダルを操作するには向いている。

「いいのよ…さぁ私のペダルになりなさい」

足元の溝に手を差し入れて、イチロウさんの陰嚢をそっと取り出しペダルの手前に、まだ射精の余韻が残り、先端を体液で湿らせているペダルをダンパーペダルの上に乗せ、音色を確かめるように、新しい靴底をペニスに押し当て、ペダルごと踏みながら鍵盤に指を走らせる。

「あっ…んんっ!?」

「いい音ね…この靴の具合はどうかしら?」

「く、靴の裏のギザギザが…ペニスに噛んで…あっ、い、痛いけど、気持ちいい…」

イチロウさんのペニスが再び勃起して硬く、靴底を押し返してくる感触が私の足の裏に伝わってくる。
私は足元で彼のペニスが完全に勃起した事を靴底で確認して、今度はヒールをイチロウさんの陰嚢…そしてその中に大切に守られた二つの睾丸の片方にあてがい、軽く踵に体重をかけた。

「ひぐっ!!?あっ…ああああぁぁぁ…」

睾丸を踏みつけられた痛みのせいで、イチロウさんが今まで聞いたことのない悲痛な声を出す。

…痛そう、踏み潰してしまわないように気をつけないと…

でも、私はそれに気付かないフリをして一呼吸。

今まで何度も弾いてきた得意曲、満月が照らす今日この舞台装置に最も相応しい曲…
ルートヴィヒ=ヴァン=ベートーヴェン作曲、ピアノソナタ第十四番嬰ハ短調…通称「月光」。

ベートーヴェンの3大ソナタと称される楽曲の一つ、ベートーヴェンの死後、詩人によりスイス、ルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のようと評した事から月光ど呼ばれるようになったという。

その第一楽章、ゆったりとした旋律から始まる。
ベートーヴェンが楽譜に遺した「可能な限り繊細に」という指示、今回はこれに従い
、足元の操作もヒールからジワリとゆっくり体重を掛け、靴の全体で、ペダルは決して強く踏み込まない…結果、足元にあるイチロウさんの陰嚢とペニスを靴の裏…爪先からヒールまで全てを使って、優しくマッサージをする様な踏み込みになる。

「ああっ…ソナタちゃん…ああっ…気持ちいい」

ピアノの下の溝からイチロウさんの声がする。既に一度、射精しているのにイチロウさんは早くも息を荒くして、私の靴底をもっと強く感じようと…私の足を求めて次の踏み込みをせがむ様に腰を浮かせている。

「まだ第一楽章よ?先は長いわ…」

「はぁっ…ソナタちゃんっ!ソナタちゃんの足が優しくて…いいっ!気持ちいいぃぃ…」

この楽章はゆったりした、まさしく月明かりの湖面をイメージした旋律、ペダルになったイチロウさんのペニスにも最大限の優しさで踏みこみ過ぎないように注意を払って慎重に刺激を繰り返す、寄せては返す湖面の波のように…そっと亀頭と裏筋を意識して靴底を押し付けると一回目の精液の名残と既に二度目の射精に向けた粘液で湿ったペニスの皮が靴の裏に貼り付いて、ゆっくりとペダルを離す時にそれが粘りながら剥がれる。

「あっ、あっ!踏まれるたびに…皮がっ!」

「ええ、靴の裏にイチロウの皮が張り付いて剥がれる感触を感じるわ…それにどんどん硬くなっていく…出そうなの?」

「なんか…あっ!奥の方がなんか詰まってきて…」

イチロウさんの切なそうな喘ぎ声に私の下腹部も疼いて、ぐちゅりと何かがしみだして下着が微かに湿ってくる。

「出そうですか?んっ…私も…イチロウさんのを踏んでると…何か…こ、こういうのはどうでしょうか?」

興奮が高まってきて、もう芝居を続けていられない…私はペダリングをしながら、イチロウさんの睾丸にそっとヒールを添えてチューブを搾るように軽く押し潰す。
そのままペダル操作に合わせて連続的に…

グニッ、グニッ、グニッ…

「あっ、あっ、あっ!!」

この曲はベートーヴェンが30歳の時に弟子に取ったある16歳の伯爵令嬢のために作曲された作品とされている、今までの私にとってはそのような注釈もただの情報で、特に意味を持つものではなかった…
私は30歳の彼のつもりで曲を弾く、本当にただの献呈だったのか?
当時は一介の音楽家、そして相手は14歳も年下の伯爵令嬢、身分違いの恋だったのかもしれない…
この曲はもしかして、叶わない願いと分かって書いた恋文だったのかもしれない。
もし自分がそんな立場だったら…そんな事を考えながら演奏していると、普段は姿勢を正してまっすぐ演奏しているのに、旋律に身を任せて体が揺れ、鍵盤を走る指も自分でも驚くほど大ぶりになる。

気がつけば、イチロウさんのペニスをペダルごと踏み付ける右足も若干大袈裟な動きになり、体液で滑りが良くなった彼のペニスを滑り止めが刻まれた靴底で擦り上げ、足元から立ち上ってくるイチロウさんのペニスの匂いなのか、青臭いような少し生臭いような…でも不快じゃない匂いで頭がぼんやりしてくる。

「あっ、あっ!出るっ、もう出るよ!!」

私の足の動きで射精感が高まってきたイチロウさんの叫びが足元から聞こえてくる…

この奇妙な依頼に付き合ってくれた彼に応えなければと言う気持ちに突き動かされ、私の右足は彼を射精へと導く。
演奏が狂うのは覚悟の上で踏み込んだペニスにさらに靴先を捻じ込んで踏み躙るような動作を加えた。

グリッ!グリッ!

「いいですよ!待っててください、今、気持ちよくしてあげますからっ!もう出ますか?出して下さい、たくさん出してくださいっ!!」

グリッ、グリッ、グリッ、グリッ…グリ…

彼のペニスに靴底で刺激を注ぎ込み続けると次の瞬間…

ビュッ!ビュッ…ビュッルッ!!

「あああああっ!ハァ、ハァ」

「ハァ、ハァ、ハァ…あっ!んんんんっ!?」

靴底に感じるペニスの脈動と、一層濃く立ち昇る青臭い精液の匂いに自分の体が熱く一度脈打ち、私の足の間…秘部からも体液が溢れてくる感覚があり、演奏をしている事を忘れて声が出てしまった。

「……」
「……」

第一楽章が終わり曲が中断する、本来は間断なく第二楽章に進むのだが、身体を少し休めないと鼓動も息もめちゃくちゃで演奏が出来ない…

「ハァ、ハァ…ソナタちゃん、大丈夫?もう無理しなくても」

「ハァ、ハァ…いいえ、大丈夫です、ちょっと恥ずかしいですけど、ピアノを弾いていてこんなに気持ちいいのは初めてで…イチロウさんは大丈夫ですか?まだ二楽章ありますけど…その、ペニスが痛かったら…」

「大丈夫…だと思う」

「…わかりました、聴いてください、ベートーヴェンの月光、第二楽章です」

普段ならばこの曲を通しで弾いても息が上がるようなことはない、しかし、こうして作曲家に思いを馳せ、足元で自分の行為に直接的な反応があると…それに応えようとすると、気持ちが昂り、またその気持ちが演奏に反映されて、違う反応が返ってくる。

今まで感じたことのない一体感と快感。

私はまたそれを求めて鍵盤に指を走らせる。
第二楽章は、抑制的な第一楽章、激情的な第三楽章の間で対照的な軽やかな旋律が特徴とされ、二つの深淵の間に咲く一輪の花とも評される楽曲だ、当然、ペダル操作も小刻みなものになる。

私は二度目の射精を経て自らの精液に沈みながら萎むイチロウさんのペニスの先端、鈴口をペダルと共に靴先で軽くつつくように踏む。

リズミカルなペダリングで靴底の滑り止めが彼の精液を掻き取る粘ついた感触と、包皮に埋もれ眠ろうとするペニスが私に踏まれ、三度身を起こして雄々しくそそり立つ感触の両方を足の裏で感じて、なお濃くなるイチロウさんの匂いに、自分の秘部に指を這わせ弄り回したくなる衝動を抑えて演奏を続行する。

何度も弾いて、何度も聞いてきた自分の演奏、しかし、今夜のそれには耳慣れない揺らぎのようなものが混じっている。
これが表現力なのかはまだわからない、けど、イチロウさんペニスは私に踏まれ続け既に満身創痍なのに、尚そそり立ち三度目の射精を望む。

不純極まりない行為かもしれない、決して誰かに言えることではない。

「イチロウさん…第三楽章まで、頑張りましょう…私も、心を込めて弾きます、一緒に気持ちよくなってくださいっ!」

誰かを想って演奏する事がこうも心が躍り、昂るものだったなんて…

「今のソナタちゃんのピアノは、あっ!?こ、このつま先でつつかれるのが…あっ、あっ!じゃなくて…演奏にすごく気持ちが乗ってのが僕にも分かるよ!」

「はい、ありがとうございます!」

第二楽章からいよいよ第三楽章へ移る、軽快な旋律から一転、激しく重々しい旋律、ペダル操作も第二楽章と比べると強い踏み込みで行うことになる。

イチロウさんのペニスの根元を抑えつけるようにヒールを添えて、傷だらけの亀頭と裏筋をペダルごと深々と踏みつける…

「んんっ!?ハァ、ハァ…」

「大丈夫ですか?」

「う、うん…大丈夫だよ」

勃起したとはいえ既に三度目、最初よりいくらか柔らかい踏み応えに加え、精液で滑るペニスが私の踏みつけから逃げてゆく、私はイチロウさんのペニスが逃げた方向へ…右に逃げれば右へ、左に逃げれば左へ爪先を振って靴底を亀頭に覆い被せ、そのまま踏み潰す。

「あっ、ああっ!あんっ!?」

「イチロウさん…そろそろいきますよ?」

曲が中盤に差し掛かったところでイチロウさんに宣告する。

「ハァ、ハァ…えっ?」

私はペニスを踏みつける足を一度離し、勢いをつけて靴底をペニスに叩きつける!

タァン!

「んぁぁぁぁっ!!!」

突然の衝撃にひときわ大きいイチロウさんの叫びがピアノ下から響く。

「…んっ!!」

タァン!!

「あっ!だめぇぇ、ソナタちゃんっ…つ、潰れちゃうよぉ…」

「……」

声を無視して、まるで急ブレーキを踏むようなペダル操作をしながら演奏を続ける。
硬質なペダルではなく、靴底がペニス…人の肉を打ちすえる鈍い感触を足の裏に返し、その度に背筋にゾクゾクとした感覚が走って秘部がキュッと締まる…

「ハァ…んっ…イチロウさん…」

あと数小節、楽譜には激情的なフレーズそのままの荒々しいペダル操作の指示。
私は叩きつけた足を目一杯ペニスを踏み潰すように踏み込んで…そこで指示にあるはずのない動き、爪先を思いっきり左右に捻って、イチロウさんのペニスを躙り潰す。

ジュリッ!ジュリッ!!ジュリッ!!!

靴の裏の細かい滑り止めがペニスにまとわりついた精液を絡め取って、泡立ちながら筋を責め上げる音が旋律の隙間から聞こえてくるようだ…

「あああああああああっ!?あっ、痛い、痛いっ…あっ!でっ、でも…あっ、あっ出る!精子出そうっっ!!」

「も、もうすぐピリオドですっ!頑張って…出してくださいっ」

「あっ、あっ、ああっ!」

タァン!!!

擦り潰すような踏み込みから一気にペダルを解放し、足を浮かせた急ブレーキのような踏み込みで爪先からヒールまで靴の裏全体を使ってイチロウさんのを踏み潰すと…

ベシャァッ!!!ブビュッルッ!!ビチャッッ!!

気付かず水溜りに足を踏み込んだように彼から放たれた、とても三回目とは思えない大量の精液が飛沫になって、ペダルと私の靴どころか、右足首から脛の辺りまで飛び散り、ストッキングに点々とシミを作る。

特殊な状況で演奏をしきったのもあるが、靴の中にまで侵入してきたイチロウさんの精液が想像していた以上に熱く、立ち昇る特有の匂いと合わせて頭の芯がぼんやりし、疲労感が襲ってくる…

「ハァ、ハァ、ハァ…」

「ハァ、ハァ、ありがとう…ございました…大丈夫ですか?ペニス…痛くないですか?」

「ハァ、ハァ…大丈夫だよ、それより凄かった」

「え?」

「ソナタちゃんの演奏、譜面通りに弾いていたらあんな風にはならないよ」

「はい、はっきり掴めたと思います、作曲家の心情、書かれた経緯、時代背景…もうどれもはっきりとは残っていないですが、推測して…シナリオにして、観衆の期待を汲んで…自分の気持ちを乗せる」

「うん、ところであの、女王様みたいなソナタちゃんは…?」

「!!?」

すっかり忘れていた事だったが、あの芝居をしていた時の事を思い出して、急に恥ずかしくなってきた。

「あ、あれはですね…いくら了承を得ているといってもその…イチロウさんのペニスをいざ踏むとなったら少し恥ずかしくて…それで…お芝居を…」

「そうなんだ…もしかしてソナタちゃんって本当はああ言う感じなのかと…」

「ち、違いますっ!その…実はちょっとイチロウさんに痛い事してる時は…少しドキドキしましたけど、でもイチロウさんもああいうのは好きですよね?」

「うっ…うん、少し」

「では、イチロウさんの期待と要望に応えたと言う事にしておいてください」

「うん」

「イチロウさん、改めてありがとうございます」

「……うん」

「後一つ、お願いがあります」

「え?」

「カノンだけじゃなくて、私の…パトロンにもなってくれませんか?」

「僕で…いいの?」

「いいえ、イチロウさんでなければいけないんです、今夜がなければ、私は未だに自動演奏と変わりなかったと思います、表現力に気づかせてくれたのは貴方なんですから…」

「そう言う事なら…精一杯、応援するよ」

「ありがとうございます…今後とも、よろしくお願いします」

月光に照らされたスタジオに静寂が戻る。
残ったのは新しいドレスを汗でびっしょりにして、足とストッキングは精液塗れの私とピアノ下の溝に横たわるイチロウさん。
まだお互い呼吸は粗く、二人の息遣いだけが静寂の中に聞こえていた。

<続く?>

一方…
スタジオにいくつかあるドアの向こう…
この月下の演奏会にはもう一人観客がいた。

月夜でもなお鮮やかな亜麻色のロングヘア、今夜はそれをきつく言いあげて、この人物にしては珍しい、暗色のパンツスタイル。

そう、このスタジオの本当の主、右見野カノンだった。

彼女はこのある種、奇妙な儀式めいた事の一部始終をここから見ていたのだ。

「ハァ、ハァ、ハァ、んっ…ソ、ソナタ…す、すごぃ…」

<続く>


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