私は傘。そう。ただの傘。あの人を忌々しい雨から守る、それだけの傘。なんの感情も抱いてはいけない。私はどうして傘なのだろうか。傘でなければあの人の隣であの人を守ることが出来ただろうか。

雨の日、あの人は家を出る時に私を手に取り、外に出る。あの人にとって私とあの人ははただそれだけの関係だろう。しかし、私はどうだろう。たかが傘の分際であの人を好きになってしまった。あの人にとっては私は換えがきくが、私にとってはあの人が最初で最後なのだ。雨の日しか一緒に居られないのがもどかしい。雨の日にはいっそこのまま一生やまなければ良いのにと思う。
だが、あの人は雨が嫌いだ。あの人が嫌なことは望んではいけない。こんな一生、私は望んではいないのに。運命とは残酷なものだ。自分が傘ということを自覚したくなかった。そうすれば私はもっと幸せな気持ちであの人を思えていたのではないだろうか。

冬になったある日、今年初の雪が降った。この日が来てしまった。考えてみてくれ、世の中には雪の日に傘をさす人もいるだろうが、雨とは違い、私のような傘の役目はおわってしまう。あの人は私を閉じ、空を見上げた。ああ、なんて美しい笑顔なんだ。そう思った。しかし、私は彼女のその美しい笑顔に触れることは出来ない。
こんな思いをするくらいならば、もういっそのこと雨なんて一生降らなければいいのに。そうすればあの人は幸せで、私もあの人を忘れられるかもしれない。太陽よ、永遠に輝き続けてくれ、この醜い気持ちが強くなる前に。

あの人と私が出会い、2度目の春がやってきた。雪がなくなり、雨が降り始める。ああ、来てしまった。私は喜びと悲しみの両方の感情に襲われた。しかし、運命には抗えないものであの人は私を開く。しかし、今日はいつもとは少し違った。彼女がさす私に、1人の男が入ってきた。そう。私があの人に使われていない間にあの人には相手ができていた。まあ、そうだろう。どうして今までいなかったか不思議なくらいだ。私は仲良く歩く2人を守った。私の役目はあの人を雨から守る、ただそれだけなのだから。

2人は店に入った。店の入口には傘置き場があった。案の定私はそこにいれられた。2人は私を置き、買い物をしに行った。その時、雨があがった。ああ、なんだ。私はあの人を雨から守ることさえ出来ないのだろうか。2人は帰ってきて、外を見た。彼女は雨がやんでいるのを見て嬉しそうに外に走った。置いていかないで。嫌だ。そんな。今まで頑張ってきたのに。もう全てが嫌になった。

もう。やめよう。僕は傘、ただの傘。
忘れたことさえ忘れられてしまったような傘だ。

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