見出し画像

雑記(三一)

 池袋の新文芸坐は、毎年夏に戦争や戦後史に注目した特集上映を企画している。今年の企画は「東京裁判から75年 映画を通して戦争や日本の歴史について考えよう」。名画座の特集の標題としてはいささか教育的な気配が強いようにも思われるが、こうした企画が続けられていることは嬉しい。来年もぜひ、この期間に足を運びたいと思う。

 今年の企画は八月十一日にはじまった。初日と十六日は市川崑監督の『野火』と塚本晋也監督の『野火』。一九五九年と二〇一四年の、同名タイトルの二本立てである。十二日と十五日が『日本のいちばん長い日』と『軍旗はためく下に』、『日本のいちばん長い日』は一九六七年のほう。十三日と十七日が『あゝ同期の桜』と『日本暗殺秘録』、十四日は『東京裁判』の4Kデジタルリマスター版。

 上映作品は全部で七本、アジア太平洋戦争と直接的に関わる作品が多いなかで、『日本暗殺秘録』がやや異色だ。監督は中島貞夫、脚本は笠原和夫、一九六九年の公開である。桜田門外の変から大久保利通の暗殺、大隈重信の暗殺未遂、星亨の暗殺、安田善次郎の暗殺、摂政宮の暗殺計画、血盟団事件、五・一五事件、相沢事件、そして二・二六事件を順に扱う劇映画で、映画の比重は戦前・戦中期にある。特集上映の標題に「戦争」だけでなく「日本の歴史」ともあるのは、この映画のせいだろうか。

 これが映画として、しかも非常に見ごたえのある映画として成立しているのは驚異的だが、日本の近代史上の暗殺事件の数々をとりあげて並べて、一貫した内容になっている。もっとも時間をかけて描かれるのは、血盟団事件で井上準之助を殺害した小沼正の境遇だが、千葉真一の扮する小沼の一代記としてのみこの映画をとらえるのは、いかにも不十分である。それは、暗殺という行動そのもの、そこに流される血そのものが主人公になっているからであろう。

 桜田門外の変で井伊直弼の首級を取ったのは、薩摩の有村次左衛門である。映画の冒頭、若山富三郎の扮する有村が吹雪のなかで大立ち回りを演じて駕籠を襲い、首を取り、傷を負いながら雪のなかをしばらく歩み、やがてみずから首に刃をあてて絶命する。真っ白の雪のうえを、次第にひろがってゆく鮮血の色が印象的である。

 相沢事件で永田鉄山を殺害した相沢三郎を演じるのは、高倉健。陸軍省の一室で永田を襲い、刀を鞘におさめる。絨毯の上を、やはり血がひろがってゆく。二・二六事件の描写はさほど多くないが、一九三六年の七月に処刑された十五名の青年将校らの銃殺の場面は、ひとりひとりを丁寧に映す。白い布で目隠しをされた顔面の、額のあたりから血が噴き出す様子を、香田清貞からひとりずつ、氏名と当時の年齢を示す字幕とともに見せるのである。執拗な描写と言っていい。暗殺が、暗殺者の死とも切り離せないということも、映画は訴えようとしている。

 なお、この場面では、「秩父宮殿下万歳」を叫んだのは、はっきりと、安藤輝三だということになっていた。磯部浅一の手記が踏まえられているからであろう。磯部の手記を収めた河野司の著書も、クレジットされている。

お気持ちをいただければ幸いです。いろいろ観て読んで書く糧にいたします。