- 運営しているクリエイター
2015年7月の記事一覧
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 10
「ずいぶんと森が深くなりましたね」
クリスは退屈していた。食事を済ませ、こうして森の中を進み続けてもう六時間経っている。時折、嵯峨は小休止をとりそのたびに端末を広げて敵の位置を確認していた。共和軍の主力は北兼台地の鉱山都市の基地に入り、動きをやめたことがデータからわかった。そこから索敵を兼ねたと思われるアサルト・モジュール部隊がいくつか展開しているが未だ嵯峨の部下達との接触は無い。
「なる
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 11
「青銅騎士団ねえ。ムジャンタ王朝末期のムジャンタ・ラスバ女皇の親衛隊だな。じゃあナンバルゲニア団長。君の仕える主は誰だ?騎士なら主君がいるだろう?」
タバコをくわえたままニヤニヤしながら嵯峨は少女に近づいていく。
「アタシの主はただ一人。ムジャンタ・ラスコー陛下だ!」
少女がそう言いきると嵯峨は腹を抱えて笑い始めた。クリスは一瞬なにが起きたのかわからないでいたが、少女の主の名前を何度
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 12
獣道を進む軍用の小型四輪駆動車。跳ね上がる前輪が室内に激しい衝撃を伝えてくる。
「シャムちゃん。ずっと一人だったの?」
しばらくの沈黙のあと、ハンドルを握るキーラが耐え切れずに口を開いた。セニアに比べると人間らしい感情が見える彼女の言葉を聞くとクリスは少しだけ安心することが出来た。
「そうだよ。ずっと一人」
こんな少女がただ一人で森の中でひっそり生きてきたのか、そう思うとクリスは
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 13
次の朝からクリスはこの取材の目的のために動き出した。それは兵士達へのインタビューだった。北兼軍閥。この内戦の勝敗を握り続けてきた中立軍閥が急に共和軍に牙を向けた事実はクリスには非常に不可解に見えた。それを引き起こしたのは嵯峨と言う一筋縄では理解できないカリスマだが、彼になぜついていくことを選んだのか。自分でできる限りの情報を集めてみたい。そう思いながらインタビューを続けた。
先の大戦では人民
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 14
嵯峨の言葉の意味をしばらく考え、そのある意味的を得ているところと受け入れられないことを考えてみるクリス。だが彼はどこまで行っても傍観者に過ぎない自分の立場を再認識するだけだった。嵯峨は崩れるような笑みを浮かべるとそのまま加えていたタバコを手に取った。
「じゃあ行きますか」
そう言うと吸いかけのタバコを灰皿でもみ消す嵯峨。そのまま立ち上がると彼は書類に埋まっていた電話を掘り出した。
「あ
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 15
静かに着地する嵯峨の四式とシャムのクローム・ナイト。
「シャム。そのまま待機していろ」
「了解!」
わざとらしく敬礼する少女にクリスの頬は緩んだ。
「すいません、ホプキンスさん。右側のラックにヘルメットが入っているでしょ?」
嵯峨は帽垂つきの戦闘帽を脱いで操縦棹に引っ掛けると振り向いてきた。クリスはそこに奇妙なヘルメットがあるのを見つけた。頭と顔の上半分を隠すようなヘルメット
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 16
格納庫の隣の休憩室のようなところにクリスは通された。物々しい警備兵達の鋭い視線が突き刺さる。
「会談終了までここで待っていただきます。そこ!お茶でも入れたらどうだ!」
伍長はぼんやりとクリスを眺めている白いつなぎを着た整備兵を怒鳴りつける。明らかに士気が低い。クリスが最初に感じたのはそんなことだった。
共和軍は北天包囲戦での敗北から、北兼軍閥との西兼の戦いでも魔女機甲隊に足止めを食ら
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 17
「そんじゃあ、出ますよ」
嵯峨はそう言うと包囲している共和軍兵士達に手を振りながらコックピットハッチと装甲板を下ろした。全周囲モニターがあたりの光景を照らし出す。そんな中、クリスの視線は検問所の難民の群れを捉えた。水の配給が開始されたことで、混乱はとりあえず収束に向かっているように見えた。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言うと嵯峨は四式のパルスエンジンに火を入れる。ゆっくりと機体は
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 18
「それでは私も基地まで同行させてもらいますよ」
「ええ、どうぞどうぞ」
シンの言葉に嵯峨はそう返す。そんな姿を見ながら翻すようにシャレードに乗り込む。
「実直な好青年ですねえ。うちの餓鬼の婿にでも欲しいくらいだ」
そう言うと嵯峨はタバコをくわえながら黒い愛機に乗り込む。クリスもせかされるように後部座席に座った。
「なにか言いたいことがありそうですね、ホプキンスさん」
嵯
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 19
バルガス・エスコバルは北兼南部基地司令室から出て大きくため息をついた。直後に一発の銃声が響き、ドアの前に立っていた警備兵が部屋に駆け込んでいくのを落ち着いた様子で見守っていた。
「ずいぶんとわかりやすい責任のとらせかたですねえ」
エスコバルの顔が声を発した共和軍の制服を来た青年士官の方に向く。
「怖い顔することは無いんじゃないですか?新しいクライアントさんですから。それなりの働きを見せ
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 20
「起きてください!クリスさん!」
ドアを叩く音、そしてキーラの甲高い声が部屋に響く。起き上がったクリスは隣のベッドにはまだハワードは戻ってきていないことを確認した。昨日の一件を記事にまとめて、そのままシャムとキーラの二人と雑談をしたあと、難民が現れたら起こしてくれるよう頼んでクリスは仮眠を取っていた。
「ああ、ありがとう。来たんだね」
クリスはいつものように防弾ベストを着込むとドアを
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 21
嵯峨が立ったまま目の前のワインを飲んでいる老人に頭をかいて照れ笑いを浮かべているのが見えた。その老人のとなりに点滴のチューブがあるのを見てクリスはその老人が無理を押して嵯峨を尋ねた人物であると察しがついた。近づいていくクリスの視界に映ったその横顔を見ただけでそれが誰かを知った。
「ダワイラ・マケイ主席……」
握った手に汗がまとわり付く。意外な人物の登場にクリスは面食らっていた。
「やあ
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 22
ゲリラが去り、難民が去った本部前のテントは手の空いた歩兵部隊と工兵部隊の手でたたまれている最中だった。
「元気だねえ!」
「今度、あんぱんあげるからな!」
シャムを見つけた兵士達が声をかけるのに笑顔で手を振って答えるシャム。
「人気者だね」
「まあ、これが人望と言うものだよ……うん」
シャムは腕組みをして頷いている。おそらく誰かに吹き込まれたのだろう。笑顔のシャムを熊太郎
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 23
本部は主を失ったと言うのに変わらぬ忙しさだった。事務員達はモニターに映る北兼軍本隊のオペレーターに罵声を浴びせかけ。あわただしく主計将校が難民に支給した物資の伝票の確認を行っている。
「要人略取戦……いいところに目をつけたな」
カリカリとした本部の雰囲気に気おされそうになるクリスにそう言ったのはカメラを肩から提げたハワードだった。
「すべては予定の上だったんだろうな、多少の修正があった