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西藤智さん連作「満ち潮のこない部屋」

noteを作るにあたって、いちばん最初の記事は西藤智さんのこの連作にしようと決めてました。

「満ち潮のこない部屋」は、智さんが今年2019年の第65回角川短歌賞の応募作として作られた50首からなる連作です。
今年は703篇の応募があったそうで、そのうち31篇が予選通過しており、智さんはその31篇という狭き門を通過され、かつ、選考会で東直子さんが推薦する5篇の中のひとつとして選ばれています。
(ちなみに予選通過作品のなかに、うたの日やtwitterでお見かけするお名前が何人もいらっしゃって、すげえ……!ってなりました。)

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連作は、 はじめこそ平穏な日々の描写からはじまるのですが、そこから一転して、同居していた(おそらく恋愛関係にあった)相手が急に居なくなる、という展開を見せます。

足音は敷きものが吸う飲みこんだ息は行き場に惑い固化する  「5首目)
きみの温度を残さないきっちりと角の揃った毛布がひとつ  (6首目)

そこから主体の焦燥や孤独感が感じられる歌が続きます。智さんの歌の巧みなところは、主体や相手のことをはっきりこんな属性の人です、と書かないでおきながら、「たたまれるふたり分のブラジャー」や、「クイックルワイパーについた相手の白髪」という描写によってそれがわかるというところです。

クイックルワイパーに付くきみの毛に白髪見つけて響く秒針  (16首目)

選考会では「観念的で像が結びづらい」という意見が出されていましたが、わたしは個人的には、固有名詞やはっきりとした描写をあえて避けたうえで、ここまで人物像や関係を浮かび上がらせることができるのか……と感動しました。

また、タイトルの「満ち潮ののこない部屋」に呼応するように、「結露」「海風」「貝殻」「魚」「霧」と言った、海や水にまつわるワードを随所に使い、さみしさや後悔といった心情をあらわしていて、歌全体に統一感を持たせているところも素敵です。

ほんとうは見えてなかった屈折率込みで交わる魚の視線  (31首目)

連作のは、月日が流れ、相手の不在を受け入れられるようになった主体が前向きになっていく予感を匂わせ、エンディングを迎えます。

畳まれた毛布をくずし陽に当てるひとりよがりは朝に気化せよ  (49首目)

6首目で「きみ」によって畳まれた毛布をくずし太陽に当てる主体。選考会で東直子さんも言及しておられましたが、この回収はほんとうに見事だと思いました。また、5首目の「固化」とこの49首目の「気化」の対比もすごいと感じました。(ああっ、すごいって言葉使わないように頑張ってたんだけどここで使っちゃった)

全体的に構成も、ひとつひとつの歌もとても丁寧に練られた作品に感じました。ただでさえ、50首の連作なんてどうやって作るねんって想像もつかないのですが、完成度の高さよ……

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智さんと最初に出逢ったきっかけは共通の趣味である編み物で、それから同じゲームにはまったりしてゲームにゆかりのある展示を一緒に見よう!って感じでお会いするようになったんでした(まあぼかしてるけどそうです刀剣乱舞です)。

そして、そう、あれは、ある展示を観に行った帰りにお茶をしてるときでした。
「へし切長谷部に斬られたい、長谷部はあるじを斬ることをきっと躊躇うだろうけど主命といえば断れまい、でもね、主命を果たしたのち長谷部は思い出すんだよ?ひとを斬る悦びをさ……」
みたいな話を熱く語った流れで(どんな流れよ)
「短歌ってめっちゃいいんだよ、二次創作の短歌とかとくに……ぜひ、ぜひに智さん、作って……」
って感じで智さんに短歌をおすすめしたような気がします。でも当時はべつにわたしも短歌を作っている時期では無かったのですが……

智さんが短歌を作ってくれるようになり、めっちゃすてきな短歌がたくさん世に生み出されて、すごく嬉しいです。短歌を勧めたわたし、人類に貢献してるじゃん!そんな気すらしてきてしまいます。(いやいやおまえはなにもしていないだろうと)

ほんとうにありがとうございます智さん!そしていい働きをした昔のわたし……!



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