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人生に乾杯 38(いいこと、わるいこと)

9月29日はいいことが2つあった。千葉・幕張で検査を受けた、その帰りだった。

「K」(仮名)。JR千葉駅近くにあって、毎日新聞千葉支局勤務時代、行き付けていた飲み屋だ。人生で行きつけたと言えるのはここだけになってしまった。記憶を辿るとお世辞にも広いとは言えない店内が頭に浮かぶ。今となっては妙齢のマスター・ママさん2人が切り盛りしていた。最後に行ったのは県庁勤めだったお偉いさんとで、彼は「昨日飲みすぎて」とほとんど飲まなかった。自分は毎日新聞を辞めた後だった。2006年ごろだったと思う。

当時も10年ぶりくらいに行った。カウンターに座り、昔からお気に入りだった「とり軟骨」「生牡蠣」がメニューからなくなっていたのに気付き、がっかりしたのを覚えている。

今回、検査がお昼で終わったのをいいことに、帰りに寄ってみた。国道14号線を南下、「登戸」交差点を左折し千葉駅に向かった。店は右手(南側)にあるはず。が、見つからなかった。「もうなくなったか。お2人とも歳だったしなあ、コロナだしなあ」。

道路の上は千葉名物のモノレールが通っているので、その下を駅に向かって走り、駅の手前で14号に戻るのにUターンした。やっぱり諦めきれない。と、その矢先。左側にあるではないか!「K」(仮名です、仮名)。看板は変わったが、題字の形はひらがなのまま変わらない。この日午後1時ごろか。

シャッターが下りていた。「コロナなので」とアルコールの提供は当分しない旨の張り紙が出ていた。(今日10月1日から宣言などが解除されたから、恐らく今夜は賑わっているだろう。)

思わずメモを残すことを閃いた。メモには「毎日新聞にいた佐藤です」から始め、簡単にこれまでの来歴と昨年の帰国、今の連絡先などを書いた。そこで名刺を挟むことを思つき、メモと一緒にシャッターの下に挟み、杉並から乗ってきたレンタカーで店を後にした。

夕方、自宅に戻ったところへ携帯に電話がかかってきた。見知らぬ番号。「千葉のKにいるSです」。嬉しかった。

ダミ声は変わらず、聞けば70を超えたという。電話口、15年ぶりに旧交を温めた。コロナで大変なこと、もう閉めようかと思ったができるところまでやろうと決めたことなど、色々と話してくれた。携帯番号は、今使っているヤツの1つ前、前回来た際にお伝えした番号をずーっと自分の携帯に入れていたという。「いや〜登録していた番号に掛けたけど違う人が出ちゃってさ、『もうだめだなあ』と思ったらメモに名刺が挟んであるじゃない。その裏に新しい番号があったから掛けたのよ」。有難い有難い。

僕からはシンガポールに家族でいたこと、体調を崩して昨年帰国したことなど、尽きない中でも話題を絞りつつ話を続けた。

ママさんにも変わってもらった。「さとーさん、娘さんいなかったっけ?」よく覚えてるなあ。「だってそう聞いてたもん」俺、自分で言った?「うん、言ってたよ」あらまあ。じゃあ、県庁のお偉さんと伺った時だから、やっぱりお邪魔したのは娘が生まれた2005年よりは後になるはずだ。

「女の子はいいわよ。帰ってくるから」そう?息子もいるけど、やつはかあちゃんべったりだよ。「いいのいいの。男の子は結婚すると奥さんの方へいっちゃうから。娘さんはいいわよ」。この夫婦には子供はいなかったことを思い出しながら、次の句に困った。

「今度来る時は知らせてね。美味しいもの用意しとくから。お酒飲めるの?」少しだけ。昔に比べたら凄い減ったよ。「あらま、じゃあ温かい...(お茶っていうかな、と思うくらいの間はあった)日本酒でも用意しとくね」。がくっ。

Kに寄った後、次はかつての職場、毎日新聞千葉支局にも行ってみた。京葉線千葉みなと駅のそばにあるはず。車で少し迷ったが、昔の場所に建っていた。自分が在籍した頃は、最初の年(1992年)は建て替え前で別の場所にあったが、自分が県の「へそ」に位置する茂原市、所謂通信部と呼ばれる職住一体型の一軒家にいた時に支局建て替えが進んだ。あれから30年。当時は新築だった支局は古めかしくなっていたのは当たり前。広大な駐車場だった後背地はマンションが支局建物の手前まで迫っていたのには驚いた。建物の前に車が1台、止まっていた。泊まり明けの記者のだろうか。

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で、検査について。訪れたのは交通事故専門の病院で「千葉療護センター」と呼ばれる。首都圏では数少ない脳腫瘍向けのPET検査(保険外)を受け付けている。9月のMRIで「やや気になる所見」があったので、ここを紹介してもらった。結果は?「次の主治医受診の時に三田で聞いてください。それまでには画像を送っておきますから」だって。「あ、次は10月12日ですね」とセンターの先生。これこそ俎板(まないた)の上の鯉、がっかり。

(冒頭写真は、左はシンガポールに行った2012年の長男。アリん子の行列に関心を示していた。マラソン大会で自分、妻、長女が走った時に撮影した。右は小学生当時の自分。体型が似ているのがなんとも。記事中挿入写真は「千葉療護センター」。「ドクターマップ」(https://www.doctor-map.info/dtl/10000000000000037612/)から転載した。続く)