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こつこつ京都学

Vol.5 20240131 #現地へGO 01「知恩院」その2

こんにちは、「こつこつ京都学」主宰の佳子(よしこ)です。
「知恩院」のフィールドワークを続けます。

御影堂から渡り廊下を通って集会堂(しゅうえどう、重要文化財、法要の際に僧侶が集合する場所)の方向へ出ると、残る「七不思議」の4つが展示されています。

鶯張り(うぐいすばり)の廊下

御影堂から集会堂、大方丈、小方丈に至る廊下を歩くと、キュッキュッと音が出て、それが鶯の鳴き声に似ているのだとか。
忍者もその音を消せなかったと言いますが、イーサン・ハントなら、そのミッション・インポシブルもできるんちゃう?
おもしろかったのは、その鶯張りを生む構造見本が展示してあったことでした。

抜け雀

狩野信政筆で、大方丈菊の間の襖に描かれた絵には、かつて万寿菊の上に数羽の雀が描かれていたが、あまりにも上手に書かれていたので、命を得てどこかへ抜け出したと言われています。
上方落語好きの私は、「抜け雀」の噺を思い出しました(後日、小ネタとして取り上げますのでお楽しみに)。

三方正面真向き(まむき)の猫

方丈廊下の杉戸に、これも狩野信政筆の猫の絵があります。どこの方向から見ても、みる人を正面から見ている猫の絵です。
実際に私も、正面、右、左、三方から眺めてみましたが、いつも猫は真正面に見えました。


「三方正面真向きの猫」:知恩院のHPからお借りしました

大杓子(おおしゃくし)

大方丈入口の廊下の梁に、長さ2m50cm、重さ30kgもある、巨大な杓子が架けられています。
三好清海入道(みよしせいかいにゅうどう)が大阪の夏の陣の時に杓子をもって暴れ回ったとか、ご飯をすくってふるまったとか、すべての人を「掬い取る」阿弥陀の慈悲の深さを表しているんだとか、諸説あります。

瓜生石(うりゅうせき)

七不思議のうち瓜生石だけは、知恩院の外にあります。黒門の前、道路上に瓜生石が囲われています。
知恩院ができる前からあるという石で、八坂神社の牛頭天王(ごずてんのう)が君臨して、一夜のうちに瓜が生えて実ったとか、二条城へ続く抜け道の出入り口だとか、諸説あります。

大晦日への準備が着々と

私が知恩院に行ったのは、12月30日。その翌日は大晦日。
ここから「ゆく年くる年」が放送されるらしく、境内のあちこちに準備のためNHKのスタッフが忙しく働いています。50人ぐらいはいたのではないでしょうか。
特に「大鐘楼」のあたり。この大きな鐘が鳴らされるのは、法然上人の御忌大会(4月)と大晦日の除夜の鐘だけ。
特に除夜の鐘は、親綱1人、子綱16人の計17人で撞く京都の冬の風物詩。その練習風景の試し撞きをテレビで見たばかりです(トップの写真は、大晦日の除夜の鐘の風景で、知恩院のHPからお借りしました)

最古の建築物はじめ見所はほかにも

知恩院最古の建築は、中世までに遡る「勢至堂(せいしどう)」。
法然上人が教えを広めた大谷の禅房の故地であり、知恩院発祥の地。
堂内正面に掲げられている額「知恩教院」は後奈良天皇の宸翰、知恩院の名の起源がここです。
見た目には地味で小規模な建物でした。

知恩院最古の建築物「勢至堂」知恩教院が知恩院の名の起源(知恩院のHPからお借りしました)

このほか見学したのは下記の建築物です。
方丈庭園   僧玉淵(そうぎょくえん)作
千姫のお墓  戦乱を生き延び、ここで眠っている
濡れ髪大明神 縁結びの祠が一番奥にあった
権現堂    歴代徳川家将軍の位牌を祀っている
山亭庭園   霊元天皇の皇女浄琳院宮吉子内親王の住居を移築、眺め良し
友禅苑    友禅染の始祖宮崎友禅生誕300年を記念し、昭和29年に改修

浄土宗大本山、知恩院の山内には、本当にお宝てんこ盛り。特に忘れてはならない国宝は二つ。

法然上人絵伝四十八巻 (鎌倉時代 48巻 紙本著色)

法然上人の誕生から入寂に至る行状のほか、法語、消息、著述などの思想もあらわし、さらには門弟の列伝、帰依者(天皇、公家、武家)の事蹟までを含む48巻からなる高僧絵巻(知恩院HPより)。

阿弥陀二十五菩薩来迎図」 (鎌倉時代 1幅 絹本著)

別名「早来迎(はやらいこう)」。
京都検定公式テキストでは、「臨終の往生者の元へ急ぎ下向してくる阿弥陀如来と諸尊を表現している」と記載されていますが、知恩院のHPでは表現が違います。

「高くそびえ立つ山岳に沿って、観音菩薩・勢至菩薩を先頭に阿弥陀如来と諸菩薩が、念仏行者のもとに急ぎ来迎する様が描かれています。行者の前の机には経巻が置かれ、虚空に宝楼閣や多数の化仏が描かれていることから、上品上生(じょうぼんじょうしょう)の来迎を表していることがわかります。桜や滝をあしらった彫りの深い山水や、速度感あふれる来迎雲の表現はみごとで、速やかな来迎を願った鎌倉時代の人々の願望を物語っており、通称「早来迎(はやらいこう)」と呼ばれています」(知恩院HPより)。

確かに、絵には、机を前にした行者が見えるので、臨終の往生者というイメージではありません。
こうしてフィールドワーク第1回「知恩院」が終わりました。
昼飯を食べ損ねていたので、見終わったら腹ペコでふらふらでした〜。

重要ポイント
知恩院の七不思議
「白木の棺」「忘れ傘」「鶯張りの廊下」「抜け雀」「三方正面真向きの猫」「大杓子」「瓜生石」と、それぞれのエピソード

最古の建築「勢至堂」と、知恩教院という知恩院の名の起源

国宝の法然上人絵伝四十八巻阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)

参照:知恩院のHP(写真をたくさんお借りしました。ありがとうございます)
https://www.chion-in.or.jp

<続く>

#こつこつ京都学
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