見出し画像

反出生主義だけど本音は妊娠出産した人におめでとうと言いたい



本音を言うなら、妊娠出産した人に心から「おめでとう」と言いたい。
この世界にやってきた赤ちゃんを心から歓迎したい。
しかし現段階において、それは非常に難しい。


・反出生主義

反出生主義という考えをご存知だろうか。
ざっくり言うなら「生まれてくること及び生むことを否定する思想」である。
すべての子どもは同意なしに親の欲求によってこの世に送り出され、人生を強制スタートさせられる。
それは命の押し売りとも言える。
人生において苦しみは避けては通れないし、幸福の多い人生だったとしても、最後には死の苦しみを味わうことになる。
生まれなければ苦しみは一切感じずに済むのだから、私たちは子どもを生むべきではないというのが反出生主義の考えだ。


・反出生主義への反論

反出生主義への反論として、「子どもが幸せな人生を送れる可能性もあるじゃないか。生まれてこなかったら幸せを感じることもできないよ」という意見がある。
たしかに人間に生まれてきたからこそ感じられる幸せも沢山ある。
ここでサイコロの例えを出したい。
テレビ番組の反出生特集でコメンテーターが話していた例えだ。

「サイコロを振って、6人の子どものうち6分の1の確率で不幸な人生を送る子が出るとするならば、6人とも生まないほうがいいのか?」という問い。
反出生主義的には、即答でYesだ。
不幸な1人を出さないことは、幸せな5人を生み出さないことに圧勝する。

自分や自分の子どもが、不幸な1人に当たってもいいという人はいないだろう。
自分が嫌なことを人にしてはならない。
一定の確率で苦しむ人が生じるシステムになっているこの世界に新たな人間を連れてくることはエゴである。

そもそも生まれてこなければ幸せになりたいという欲求も無いのだ。
幸せを追い求めるばかりに人間関係や仕事、経済面、健康面に悩まされることもないのだ。
無こそ最強。無しか勝たん。 


・現段階で出産を祝えない理由1 この世界は全員が幸せになれる場所ではないため

私は色んな場所を転々とする人生を送っていて、その中で、何かしらの社会的弱者や、大きな困難を抱えた人々の姿を垣間見ることが多かった。

私の20代、知っている人間が一人、また一人と自死していった。
共通の友人を通じて知り合った人。
職場関係で知り合った人。
同じ部署で働いていた人。
市民活動仲間だった人。
自殺未遂をした人もいる。
一人一人とはさほど親しい関係ではなくて、顔を合わせたら世間話をする程度のものだったけれど、見知ってる人が次々と自ら命を絶っていく現実にはつらいものがある。

私たちのいる世界は平等ではなく、死を選ぶほどに苦しみ、追い詰められる人間は一定数出る。

自死を決行しなくとも、頭の片隅に自死という選択を置きながら、周囲を悲しませないため・社会の倫理観を守るため・死ぬ行為そのもの恐怖のため等、それぞれの理由で日々生きのびている人々がいる。

不幸とか自死とかそこまで極端にいかなくても、労苦・病苦・死別など、誰しも避けて通れないことは沢山ある。

特に日本で顕著なのは労苦だと思う。

労働基準法としては、1日の勤務時間は8時間、一週間だと40時間って上限のはずなのに気付いたらそれが最低働かなくちゃいけないラインになってない?
転職ガチャでたまたまハズレを引き続けた人が、どんどん不利になっていく労働市場、酷じゃない?
健やかな大学生だった若者が鬱病や適応障害になる社会、やばくない?


今のこの社会に子どもを産み出すことはギャンブルといえる。


・現段階で出産を祝えない理由2 子どもを産むのは100%大人のエゴであるため

断言する、子どもを望むのは100%大人のエゴだ。
「かわいいから」「親になってみたいから」「子どもがいるって幸せそうだから」「周りがみんな子ども産んでるから」
どれも親の欲を満たすためだ。
お国が少子化対策に躍起になっているのも、未来の納税者・労働力・介護要員が減っては困るからというのが本音だ。
生まれてくる子ども側からしたら、お国の狙いなんて迷惑でしかない。



・ここまで読んでくださった方へ

全員が確実に幸せになれる世界なら、たとえ大人のエゴであったとしても新しい人間の誕生を心から祝えるだろうが、現段階では非常に難しい。
これからも難しいだろう。
上がっていく税率、削られていく年金、改善されぬ労働環境、増加する非正規雇用、拡大していく格差、低迷しつづけるジェンダーギャップ指数、終息する気配のみえない新型ウイルス、爆速する温暖化で熱帯と化してゆく日本の夏…

この世界に新たな人間を連れてくることの是非を、今一度考えていただきたい。