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子だくさんの家庭を築くつもりだった人が反出生主義者になるまで


人間の一生における幸福の量と不幸の量は平等だと考えていた。
若いときに苦労の多かった人は人生の後半で幸せになれる。
そう考えていた。
でも現実はそうではなかった。
一人で何十人分もの苦難を抱えた人や、ひなたに出ることなく人生を終える人がいることを知ってしまったのだ。

私は反出生主義者になった。



* * *



昔から反出生的な考えを持っていたわけではない。
むしろ出産賛美の価値観に染まっていた。
子供を産み育てるのは立派なこと、幸せなことだと信じていた。
良くも悪くも純粋だった私は、世間一般において良しとされている価値観を鵜呑みにしていた。

私は田舎の公営団地で生まれ育った。
そこはマイルドヤンキー層の多い団地で、ごく若いときに結婚して子供を3人とか4人とか産んでいる家庭が多かった。
田舎の狭い世界にいた当時の私にとっては、その団地が全てで、自分も将来は二十歳前後で結婚して、子だくさんの家庭を築くのだろうなと考えていた。


結局、高校卒業後は地元を離れ、大学の看護学科に進学した。
大学の病院実習では産科も回った。
命が生まれる瞬間に立ち会う機会もあり、生まれたての赤ちゃんの生命力溢れる産声に胸が熱くなったりもした。
赤ちゃんは小さくて可愛くて本当に天使のようだった。

この頃までは出産賛美の価値観に染まっていた。
しかしその後、社会経験を通して様々なことを見聞きする中で反出生思想へと移っていく。



学校を卒業後は、精神病院に就職した。
閉鎖病棟に配属され、そこで一年だけ働いた。
短い期間ではあったけれど、そこで見聞きしたことは私の価値観に大きな影響を与えた。



それまで私は、人間の幸せの量と不幸の量は等しいと考えていた。
村上春樹の小説『ノルウェイの森』にわかりやすい例えがあったので引用する。

大学生の女の子、緑さんの言葉だ。

「人生はビスケットの缶だと思えばいいのよ。缶にはいろんなビスケットがつまっていて、好きなのとあまり好きじゃないのがある。それで先に好きなのどんどん食べちゃうと、あとあまり好きじゃないのばっかり残るわよね。私、辛いことがあるといつもそう思うのよ。今これやっとくとあとになって楽になるって。人生はビスケットの缶なんだって。」

私も緑さんのような考えを持っていた。
人より発達が遅く、集団に馴染むことが苦手で、幼少期や学童期には苦労が絶えなかったので、その時期に不運を使い切ったはずだ、あとは幸せに穏やかに暮らせるだろう、そう思うようにしていた。
自分の未来を悲観しないためにも。


でもそれは現実離れした考えだった。


好きなビスケットばかりの人生もあれば、腐ったビスケットばかりの人生もあることを知ってしまったのだ。


閉鎖病棟には、一人で何十人分もの苦難を背負った人がいた。
大きな苦難が重なり、周囲の助けも得られずに孤独の中で耐えた結果、重度の精神疾患を発症してしまった人々がいた。
閉鎖病棟の保護室から一生出られないだろうと言われる人々もいた。
進行した重い精神症状として、理性が保てなくなり、暴れてしまうから身体拘束をされて、幻覚や幻聴で苦しんで、トイレで排泄することもできなくなってしまってオムツをつけて・・・
一般社会から見えないところにそういう人々がいることを知ってしまった。

重度の精神疾患の人の話は特殊なケースで、自分と関係ないと思う人もいるかもしれないが、そんなことない。

私だって、壮絶な虐待やいじめを受けていたら、精神が壊れていたかもしれない。精神病棟と外の世界は紙一重だ。

人の何十倍、何百倍もの苦しみを背負った人生は、重度の精神疾患の人に限った話じゃない。

出産時の事故や、交通事故、難病などで寝たきりとなり、意思疎通も困難になり、呼吸器をつけられ、自分で食べることもできずに胃に開けられた穴から栄養を入れられ、ただ生かされている...に近い状況で暮らす人もいる。
社会の中で孤立してホームレスとして暮らす人もいる。
家庭環境にも友人関係にも恵まれず、自暴自棄となって重罪を犯し、刑務所で一生を送る人もいる。
そういった境遇に陥ることは誰しもありうる。

人間社会は完璧じゃないから、そのひずみによって、苦しみの絶えない人生を送る人は一定の確率で生じてしまう。
この世に生まれてくること自体がギャンブルだ。
生まれたときは皆んな同じように愛らしい赤ちゃんなのに、人生は恐ろしいほど残酷に分かれていく。

100人のうち生まれて良かったという人が99人いたとしても、生きる義務に苦しんでいる人が一人でもいるのなら、100人とも生まれてこないのが一番いい。
そう考えるようになった。


一昨年、難病ALSを患った女性が安楽死を依頼し、それに応じた医師が逮捕される事件が起こった。 

彼女が生前に書いていたブログでは、安楽死を切に求めながらも、日本ではそう簡単に死なせてもらえない苦悩が綴られていた。
彼女は最終的に、法を犯してでも安楽死させてくれる医師と巡り合えたが、これは特殊なケース。
日本で安楽死をすることはほぼ不可能で、生まれてしまったら嫌でも生きるしかない。

生きる権利はときに生きる義務にもなりうる。

子供を生むことは、人を殺すことあるいは自分を殺すことと同じくらい重いことに思えてならない。 

私は反出生主義となった。