短編小説【オッサンと女子中学生】
宮木 綱夫(みやぎ つなお)
夜間警備の仕事をしている。
独身なので、四十歳には、見えない風貌だ。
少しブラウンなセミロングで、片方だけ前髪が長い髪型…いわゆるアシメというやつか。
身長も百八十センチ前後で、モテそうな感じは、あるのだが…
自ら、人間関係を全て切り、
一人、気ままなな生活をしている。
宮木が、人嫌いになった理由_____。
元々無口で、人の悪口も一切言わず、
男女問わず、かなりの信用を得ていた。
しかし…
「あの人には、内緒で…」と、悪口を聞かされ、
色んな友人が、宮木を頼り、
宮木自身が、あの人には、これを言っちゃいけない…
この人の前で、あの人の名前を出しちゃいけない…
その繰り返しにより、
いつしか、宮木は、完全に貝のように、口を閉じて、
一切、誰の前でも、喋れなくなってしまった…。
また、性格的に、人の悪口を聞かされるのが…
苦痛だった…愚痴ならともかく、悪口は、しんどかった。
その繰り返しにより、宮木は、ケータイに入っている番号を全て消し、遮断した___。
この日は、いつものように、
昼間寝て、夕方位に起き、洗濯、掃除、食事を済ませ、風呂に入って、仕事に行く準備をしていた。
職場は、汗臭い男ばかりで、皆、良い連中だが、
また厄介な人間関係に巻き込まれたくないため、
挨拶と、仕事の話以外、孤立していた。
それでも、回避出来ない…。
休憩中、一人の男が、一服中の宮木に近寄り、
こう言った。「聞いてよ宮木さん…釜田の奴、仕事中に、座ってスマホ弄っていたんだぜぇ…班長だからって、役職特権使っているんじゃねぇーよ。どう思うよ?」
やはり…悪口を言って来たかぁ…
勤務中でも、多少のケータイ弄りは、許されている。
だから、この場合、釜田さんは、悪くない。
適当に、相槌をして、その場を凌ぐが…
意見を求められるのは、正直勘弁だ…。
数時間後____。
辺りは、すっかり明るかった。
すずめが、チュンチュン鳴いている。
新聞配達のバイクも、通る。
夜明けと、共に仕事が終わる時間になった。
事務所で、タイムカードを押し、
着替えている最中に、
釜田さんがやって来た…。
今度は、さっきの男の悪口を言ってきた。
(はぁ…。)
心の中で、思わずため息が洩れる。
お互いに、陰でこそこそ言うなら、
面と向かって、言い合えばいいのに…
といつも、そう思うのだが…
それが出来たら、誰も苦労はしない。
解放されたのが、十五分後、
腹の虫が、グーグー鳴き、牛丼屋か、ファーストフード店の朝メニューで、食事をしようと、車を走らせた。
朝食を済ますと、家に帰り、軽くシャワーを浴びて、
ビールを飲みながら、YouTubeを見るのが、日課だ。
これと言った趣味もなく、休みの日も、
一日中、動画を見ながら、ゴロゴロしている。
時刻は、十一時半_____。
少し早い昼飯に、インスタントラーメンを作り、
食べて、寝る寸法だ。
同時刻_____。
一人の女子中学生が、宮木の家の近くのバス停で、
時刻表を見ていた。
田舎なので、一時間おきじゃないと、運行していない。
お昼のお弁当を食べて、時間を潰すことにした。
辺りを見回しても、ベンチが無い。
しばらく、歩いて公園を探すことにした。
そんな時、ふと彼女の足が停まった。
視界の先に、小さな一軒家の前に、ベンチがあった。
黒茶色のベンチは、ペンキが剥げて、色落ちしているものの、清潔だった。
勝手に、腰をおろして、座り心地も確かめた。
荷物を黒い鉄の肘置きに、寄りかかせるように置き、
恐る恐る、家のチャイムを押す。
ピンポーン________。
数秒後に、宮木がやって来た。
見に覚えのない、女子中学生を見て…
キョトンとして、少しの沈黙の後に…問いかける。
「あのう…何でしょう?」
彼女は、見ず知らずの中年男性に、少し怖がっていた。
でも、宮木の心地よい優しい声と、落ち着いた接し方で、(悪い人では無さそう)と、直感で思った。
シャイな性格の彼女は、髪の毛を弄りながら、
やや、うつ向いた様子で、応えた。
「あのう…外のベンチ…お借りしたいのですが…えっと…その…お弁当食べる所、探してまして…」
宮木は、ニッコリした笑顔を見せ、囁いた。
「どうぞ。どうぞ。」
「ありがとうございます。失礼します。食べたら、すぐに帰ります。」
そう言うと、彼女は、頭を下げ、足早にベンチに戻った。
数分後________。
インスタントラーメンを食べ終え、
タバコに、火をつけようとしたが…止めた。
思い立ったように、冷凍庫を開け、
グラスを取り出し、氷を入れ、麦茶を注いだ。
ストローをさして、トレイに乗せ、
彼女の座っているベンチに、足を運んだ。
まだ彼女は、参考書を読みながら、食事していた。
そこへ、話かけた。
「あのう、これ良かったら飲んで下さい。」
「えっ!良いんですか?…ありがとうございます。」
トレイから、麦茶を受け取り、お辞儀して、お礼を言った。
「じゃあ、ごゆっくり」と声をかけてあげたかったが、それも変だと思い、宮木は、その場を後にした。
数分後_____。
家のドアから、彼女の大きな叫び声が聞こえた。
「どうもありがとうございました。お茶まで頂いて…お邪魔しましたー。」
駆け寄り、玄関先で、空のコップを受け取り、
こう言った。
「あのベンチで良かったら、いつでも使って下さいね。」
初対面の数分前より、彼女は、緊張も解き、
うっすら笑顔まで、溢れた。
そして、頭を深々下げて、去って行った。
宮木の年齢で、女子中学生とかかわり合うことは、
まず無い。
彼女が、色んな意味で、新鮮だった…。
歯を磨き、本日の夜勤に備えて、布団に入るが…
なかなか寝付けない…。
その理由は、自分の脇や、襟元の匂いを嗅ぎ、
加齢臭がなかったか!?チェックしていた。
数日後_____。
休日のこの日、宮木は、真っ昼間から、何本もビールを飲み、ゴロゴロしていた。
お昼過ぎ_______。
ピンポーン_________。
家のチャイムが鳴る。
先日、日にち指定で、ネットで注文した商品だと思い、印鑑を持って、玄関に向かった。
ドアを開けると…
この前の女子中学生が立っていた。
酒臭い口を、慌てて抑えて、
「どうも…こんにちは。」
「この前は、ありがとうございました。これお礼です。」と言って、紙袋を手渡された。
中を確認すると、有名店のイチゴのショートケーキが、入っていた。
思わず言葉が出た。
「困るよ…こんな気を遣わないでよ…。」
「良いんです!良いんです!」と、押し付けるように、宮木に渡した。
「ありがとう!」と、言って渋々受け取った。
彼女は、言葉を続ける。
「あのう、今日も、またあのベンチお借りして良いですか?」
「勿論!ゆっくりして行って。」
「ありがとうございます。」
お茶の準備をして、彼女の所に行ったら、
ベンチの座ってないサイドで、教科書を広げ、
勉強していた。
それを見て、ある提案をする。
「良かったら、中どうぞ。ベンチじゃ、勉強やりにくいでしょ?」
遠慮しているのか?
まだ素性を知らない中年男の家に入るのが、
怖いのか?…
躊躇したまま、彼女は、立ち尽くしていた。
それを、察知して、自己紹介を始める。
「あっ!えっと…宮木綱夫、四十歳。夜間警備の仕事しています。もし、ちょっとでも、不信に思ったら、いつでも警察に突きつけて良いから。」
「そんな!宮木さんに一切、下心を感じません。四十歳ですか?ウチのお父さんより年上なのに、若く見えますね。」
「ありがとう。」と言って良いのか、わからなかった。
彼女は、家に上がる様子で、自己紹介をした。
「えっと、私は、青嵜中学に通うJC2、高橋…小さい海と書いておみと言います。」
JC2とは、女子中学生2年の略、
流石に、それくらいオジさんでも知っている。
「小海ちゃんかぁ。いい名前だね。さぁあがって。」
「本当に迷惑じゃないんですか?」
「あぁ、全然!むしろ嬉しいよ。」
そう言って、すぐに訂正した。
「そんなこと言ったら、誤解するし、セクハラだよね。」
小海が笑い、場がにこやかになり、
「お邪魔します。」と言って…
女子中学生が家の中に入ってきた。
ほとんど使ってない部屋を案内した。
テレビも何も無く、畳に机があるだけの和室だ。
「ここ自由に使って。」
「ありがとうございます。」と言って、テンションがあがっている様子だった。
そして、彼女は、すぐに勉強を始めた。
隣で、宮木は、YouTubeを見てくつろいでいた。
勉強の妨げにならないように、音量を小さくした。
普段見ている大好きなチャンネルの新作動画を視聴していても、全く内容が、頭に入ってこない。
小海のことが、気になる…。
変なことを考えると、官能小説に、なりかねないので、平常心を心がけた。
二時間後______。
小海が勉強している部屋にノックした。
コンコン_____。
「はい。」
ドア越しに、彼女の甲高い声が、聞こえてきた。
そっと引き戸を開け、呟く。
「そろそろ休憩にして、お茶にしない?」
「あっ!はい。」
彼女が持ってきてくれたケーキとコーヒーを出した。
教科書やノートを閉じて、嬉しそうに、
ケーキを頬張った。
美味しそうに食べるので、こっちまで食欲がそそり、
甘い物は、あまり好きじゃなかったが、口にした。
コーヒーを一口啜り、彼女が問いかけてきた。
「独身ですか?」
「うん。」
「イケメンでモテそうなのに…。」
苦笑しながら、否定はせず、こう答えた。
「人間関係が嫌になり、ひっそりここで、一生独身で生きて行こうって思ってます。」
「寂しくないんですか?」
「たまに…そう思うことあるけど…一人の方が、気が楽かな。って…JCに何言っているんだろうね。」
「いや、私こそ、ずかずかと変なこと聞いてすみません。」
「いえ全然!小海ちゃんは、学校楽しい?」
「うん!学校は楽しい…。」
(学校は?)他に嫌なことがあるのか?何となく気になったが、聞いちゃいけないような気がして、その場を適当にあしらった。
しかし、その疑問は、すぐに知ることになる。
それは、小海ちゃんが、夏休みになって、
ウチに来た、ある日の出来事______。
夕食と、入浴を済ませ、出勤支度をしていた時、
憂鬱そうで…少しイライラした面持ちで、
玄関先で、小海ちゃんが呟いた。
「あのう…勉強したいのですが…部屋お借り出来ます?」
何があったか?聞いてあげたいが、
黙って、首を縦に振った。
机に、参考書や、筆箱を力強く置く…
やはり、怒っている…。
下手に詮索しないように、心がけ、話かけた。
「もう少ししたら、仕事行くから、冷蔵庫にある、飲み物や食べ物は、自由にやって。それと、俺出て行ったら、必ずカギかけて下さいね。」
そう言って去ろうとしたら、
「少し時間あります?」
「うん。」
「話聞いて貰えます?」
「俺で良かったら。」
彼女の方から、ゆっくり語りだした。
「私も含め、ウチは…五人兄弟なんです。」
「へぇー。」
「私が長女で、あとは全員まだ小学生なんです…部屋が…皆と一緒で、いつも集中して勉強できなくて…今日も、夕飯食べ終わって、ドタバタ走り回って…。」
「なるほど…小海ちゃん来年受験だしね…。」
「そうなんです。」
「ウチは、全然構わないから、いつでも、ここに来て勉強して。」
「そんな…迷惑じゃ?…。」
「全然!全然!ただ、お母さんかお父さんには、ちゃんと許可を得て欲しいというか…。」
「お父さんは、単身赴任で、東京に居ます。お母さんは、昼間介護の仕事で、夜運送会社の仕分けをしていて、ほとんど話す機会がないのですが…さっきLINE送っておきました。」
「そっか。お母さん大変だね…。」
「五人も子供いると…家計が…。」
「だよね…。あと子供達だけ、留守にさせて大丈夫?」
「次女が、もう小六なので、大丈夫です。」
「わかった。」と相槌して、「じゃあ、勉強頑張って。」と言い残し、職場に足を運んだ。
九時間後_______。
物音を立てず、そっと家に入って行った。
勉強の邪魔をしないようにと、忍び足で、廊下を歩く。
それでも一応、帰ったことを知らせようと、
ノックする。
しかし、反応がない…。
恐る恐る、覗いて見ると、寝落ちしていた。
静かに、タオルケットをかけてやり、
その場を後にした。
その足で、シャワーを浴びて、
出て来た頃には、「お仕事お疲れ様でした。」と言って、小海ちゃんが、話かけてきた。
「ごめん…。起こしちゃった?」
「全然違います。というか、いつの間にか…私寝ちゃったんですね…。」
彼女に、笑みが戻り、昨夜の不機嫌が、収まったようだ。
「朝食!一緒に食べない?」
「いいんですか!」
トーストをかじりながら、宮木がニヤける。
それを、見て不思議そうに、小海が問いかける。
「どうしたんですか?」
「いやぁー…JCと朝めし食べることが、嬉しくてさぁ!」
「私なんかで良ければ、いつでも付き合いますよ。」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ…。オジさん感激。」
「そんな大袈裟なぁ~。」と笑って答えた
彼女のことが…
眩しかった…。
凛子という友達を引き連れて、
小海ちゃんは、夏休み中、ほぼ毎日足を運んだ。
この日も、差し入れを持って、午前中から、
宮木の家にやって来た。
しかし、チャイムを鳴らしても、出て来る気配が、一向にない…。
二人は、顔を合わせ「留守?」
小海が、ドアのノブに手をかけた。
カチャ_____。
開いている!
奥から、ゲホゲホ…と咳する音が聴こえる…。
「勝手に入っちゃまずいよ。」と、
凛子の制止を振りほどいて、小海は、咳が聴こえる部屋に向かった。
具合悪そうに、横になっている宮木の姿があった。
すぐに駆け寄り、問いかける。
「宮木さん…大丈夫ですか?」
布団から、上半身を起き上がり、その問いに答えた。
「小海ちゃん。情けない…風邪ひいたみたいで…。」
「何か食べました?」
「それが…作れないし、買いにも行けなくて…。」
「私!作りますよ。何食べたいですか?」
「えっ…悪いよ…。」
「いつもお世話になっているし、これ位やらせて下さい!それに、普段弟達の食事、全部私がやっているので、一通り作れます。」
「じゃあ、お言葉に甘えて、うどんお願い出来る?」
「まかせて下さい!」
そう言うと、小海は、冷蔵庫から材料を取り出し、
チャチャッと作った。
具材は、ネギだけのシンプルな、かけうどんだったが、濃い味付けで、ペロッと平らげた。
「ご馳走様でした。凄く美味しかった。」
嬉しそうに、小海は、食器を片付けた。
風邪薬を飲み、ひと息つき、訪ねた。
「あのう、もう一つ頼みごとあるんだけど…」
鼻歌交じりに、口ずさんで洗い物をしていた小海が、
すっ飛んできた。
四人の弟妹の面倒を見ているだけあって、
それとも元から姉御肌なのか?
「はいはい。何でも言って下さい。」
その口調は、頼りがいがある感じだった。
「クリーニング頼める?」
「あっ!今度は、私行きます。」
友達の凛子が答えた。
「えっ!そう?玄関に袋詰めにしてある仕事着…じゃあ、お願いします。」
「はい。わかりました。」と言って、凛子は、足早に、クリーニング屋に行った。
宮木は、ハッと、何かに気づき…
「お金!凛子ちゃんお金忘れている!」
「あのバカ!」と頭を抱え、呆れている小海に、
お金を渡して、「小海ちゃんお願い。」と再び頼んだ。
笑顔で、それに応え、寝ている宮木に、毛布をかけて呟いた。
「行って来ます。安静にしていて下さいね。」
立ち上がり、お金を見て、疑問をぶつける。
「あれ?クリーニング代多くないですか?」
「お釣は、お駄賃だよ。帰りに二人でアイスでも買って。」
「そんな!悪いですよ。」
「本当に、気持ち程度だから、ねっ。」
「ありがとうございます。」
数分後_______。
二人は、クリーニングから帰って来た。
そして、小海が呟いた。
「じゃあ、私達、隣で勉強するんで、何かあったら、いつでも声かけて下さいね。」
「ありがとう。」
数時間後________。
カラスの帰る時間帯に、目が覚めた。
スッキリした顔で、小海達が、勉強している部屋に行き、呟いた。
「二人のおかげで、すっかり良くなったよ!ありがとう。」
嬉しそうに、小海が言った。
「え~私達、何もしていないですよ!でも、元気になって良かったぁ~。」
「お礼も兼ねて、寿司でも取ろうか?」
「良いですよ!クリーニングのお釣、お小遣いとして貰ったし。」
「俺の気がすまないから、ご馳走させてよ!」
二人は、顔を合わせて「じゃあ…頂きます。」と言って、特上寿司三人前を注文した。
寿司が来て、好きなネタ、嫌いなネタを三人で言い合いながら、「頂きます。」と、手を合わせて、
食べようとした時だった…。
ピンポーン_______。
「誰だろう…。」
ガチャ…
勝手にドアを開けて、こっちに向かって来る足音が聴こえる…。
小海と凛子は、抱き合って、怯えていた…。
誰だかわからない来客は、宮木達が居る部屋に、
入ってきた!!
「幹枝…。」
その女性を見て、思わず、声が洩れた。
幹枝という女は、深海魚のような冷たい目で、宮木を睨み…見下した口調で、言葉を発した。
「久しぶり…。」
小海は、(誰ですか?)と目で、合図した。
さっきまで、「一番好きなネタは、やっぱり中トロ!」とはしゃいでいた宮木の面影はなく、
下をうつ向いて、どんよりした声で、囁いた。
「元…カノ…。」
小海も、凛子も目を丸くして驚いた。
重苦しい空気の中…一人、平然とした幹枝が、
口を開く。
「この娘達、何?まさか…中学生に手を出したの?」
小海がクチコミを挟む。
「そんなんじゃありません!ここで、勉強させて頂いているんです!」
隣で、凛子が、小声で小海に囁いた。
「ちょっと…口出ししない方がいいよ…。」
幹枝は、鼻で笑い、こう言った。
「勉強?そんなもの、自分家で、やればいいでしょ?」
また小海が、刃向かう!
「訳あって…自宅で、出来ないんです。」
宮木が、幹枝を睨み、問いかける。
「要件は、何?」
「私…結婚するから!一応報告しに来たの。」
「あっそう…それは、おめでとうございます。」
「何それ?強がっているの?今でも、私のこと…好きなんでしょ?別れてからも、ずっと女々しく迫ってきたくせに…。」
「もう…何の未練もない…。どうぞ、幸せになって下さい。」
幹枝は、小海と凛子の方に顔を向け、呟いた。
「この人ねぇ…低所得者で、不幸になるだけだから…付き合うの、やめた方がいいよ。」
小海が熱くなる!
「だから!そんな関係じゃありません!それに…宮木さん、真面目だし、凄く優しいです!」
本心なのか?フォローで言っているのか?
どちらにしても、嬉しかった!
特上寿司を見て、幹枝が嫌みを言う…。
「年収二百万しかないくせに…見栄を張ってお寿司?カッコつけちゃって…。」
ここまで、ずっと黙っていた凛子が、反論する。
「違います!宮木さんは、そういう方では、ありません!」
高飛車な言い方で、幹枝がそれに答えた。
「ふーん…。まぁ、君達に忠告しておくよ。この男だけは、やめ時なさい。」
最後まで、見下した目つきと態度で、
幹枝は、去って行った。
凛子が謝る。
「すみません…。なんか余計な口出しして…。」
宮木に、笑顔が戻り、「いえいえ。むしろかばってくれて、嬉しかった!何か…恥ずかしい所…見られちゃったね…。」
すぐに小海が、フォローする。
「さっきも言いましたけど、宮木さん、とても尊敬できる人間です!あの女の言うことなんか、気にしない方が良いですよ!物凄く感じ悪い人でしたね…。」
さらに、言葉を続ける。
「あんな女!別れて正解ですよ!」
苦笑しながら、「そうだね~。」と言って、
改めて、寿司を食べようとした。
そうは言っても、突然の幹枝の登場により、
動揺して、病み上がりと重なって、食欲が失せた宮木は、一貫も、口に運ぶことはなかった…。
そして、小海にある提案をする。
「口つけてないから、弟さん達に、良かったら、これ持って行ってあげたら?」
「いいんですか?お寿司なんて久しぶりだから、喜びます。」
そう言うと、タッパーに寿司を入れ、
「ちょっと行って来ます。」と言って、
一旦、自宅に帰った。
宮木と凛子が、二人きりになって、
しばらく沈黙が続く…。
元々、口数が少ない凛子は、無言の空気に耐え切れず気まずくて、懸命に話題を振ろうと…考えていた。
それを察知した宮木が、切り出す。
「でも、風邪薬飲まないといけないし、何か口にしないとね?」
「そ、そうですよ!」
冷蔵庫から、ソーセージを取り出し、重い口で、
かぶりつく…。
凛子は、心で疑問に思ったことを、口にしてしまう…。
「でも…本当の所…どうなんですか?元カノさん…結婚することに対して…。」
慌てて、我に返り、「ごめんなさい!変なこと聞いて…!!」
ニコッと笑みを見せて、凛子の問いに答えた。
「全然いいよ。本当に未練なかったんだけど…せっかく忘れかけたのに…少し動揺したかな…。」
夏休みも、終盤に差し迫った頃______。
幹枝のことなど、すっかり忘れ…
三人で、お茶を飲んでいた______。
未成年二人を前に、堂々と缶ビールを飲みながら、
宮木が呟いた。
「俺なんかさぁ…遊びっぱなしで、夏休みの最後の方で、急いで宿題したけど、二人は、そんなこと絶対ないよね!」
さっき「私も、大人になったら、ビール飲んでみたい!」と呟いていた小海が、答えた。
「私は、夏休み初日で、自由研究以外、全て終わらせますね。」
ポッキーを咥えながら、今度は、凛子が口にする。
「私は、気分次第かなぁ?」
そこへ、家のチャイムが鳴る…。
あの日…幹枝が来た悪夢が…
三人の脳裏を思い出させる…。
カチャリと…またしても、ドアを勝手に開け…
こっちに向かって来る…相手は…
幹枝しかいない…。
ずかずかと、宮木の家と心に、入ってきた…。
呆れた様子で、口にした。
「また、三人でいるの…。」
小海が険しい表情と、口調で問いかける。
「何しに来たんですか!?」
「アンタ達、お子様に用はないの!」
小海と幹枝は、今にも、一触即発だった…。
宮木が、割って入る。
「おい!物の言い方に気を付けろ!…それで…何の用?」
「私の婚約者のことを、教えてあげようと思って。」
「別に聞きたくねぇーよ!」
「彼は、ねぇ…年収一億五千万。」
「だから何?」
「素直に負けを認めなさいよ!ひがんでいるんでしょ?」
「心底ひがんでない!」
「男のくせに、悔しくないの!?」
「全然!!」
「そういう所…変わってないね…。昔から大嫌いだった…。」
「もう…話は終わりかい?」
「新婚旅行はねぇー…グアム行って、彼の所持している高級ホテルで、過ごすの!」
誰よりも、大人しく、気か弱い凛子が、
冷静な口調で言った…目は笑っていない…。
「帰ってくれます?確かに、お金持ちって、魅力的だし…立派だと思います。」
「何が言いたいの?それに中学生の分際で、何が分かるって言うの?」
「あなたは…幸せかも知れないですけど…端から見れば、嫌みにしか聞こえません…。でしゃばってすみませんけど…無神経過ぎます。」
宮木が、連ねるように、ぼそっと呟いた。
「俺のことは、いくらでもバカにしていいけど、中学生の前で、所得の話とか、やめて欲しい…。大事な時期なんだから、もう少し考えてくれよ…。」
「現実を言ったまでよ!あなた達だって将来結婚するでしょ?何が悪いの!?」
「とりあえず…もう帰ってくれ…。」
無言で、背中を向け、すんなり宮木の家を後にした幹枝…。
しかし、その姿は、どこか寂しそうだった…。
この日は、激しく雨が降っていた_____。
一日中、止むことはなく…
小海と凛子は、宮木の家に泊まることにした。
風呂を沸かして待っている時、小海が呟いた。
「あ~あ…夏休み終わったら…すぐにテストだぁ…。」
凛子が、ムッとして口にする。
「良く言うよ!頭いいクセに…。」
「今回は、マジで自信ないの!」
痴話喧嘩の仲裁に、「まぁーまぁー。」と言って、
宮木が止めに入る。
すると、そこへ…
ピンポーン…。
また幹枝!?…三人は、顔を合わせて、
露骨に嫌な顔をする…。
小海が、ムクッと立ち上がり、こう言った。
「私!はっきり追い出して来ます!」
凛子が止めに入る。
「ちょっと、やめなよ!」
力強く、ドアを開け…
幹枝の姿を確認すると…
「もう来ないで下さいよ!!」
幹枝にいつもの強気な覇気がなく…
顔を隠して、全身を震えながら、
小海に、いきなり抱きついて来た。
「ちょっと…何なんですか?離れて下さ…」
小海は、幹枝の顔を見て、言葉が止まった。
顔と、腕に…数箇所殴られたようなアザがある…。
そして、泣きながら…訴えた…。
「助けて…。彼に暴力振るわれているの…。今晩…ここに泊めて…。」
「どうした?」と言って、宮木が駆けつけた。
数分後…
コーヒーを飲み、幹枝は、少し落ち着いた。
ピーピーと、風呂が沸いた音が聞こえてきた。
宮木が、口にした。
「幹枝…とりあえず、風呂入れば。」
コクりと頷き、浴槽にふらふらしながら向かった。
宮木は、小海と凛子に問いかけた。
「あんな状況だからさぁ…泊めるよ…。悪いけど、幹枝と一緒に寝てあげてくれない?」
「ええ、勿論」と二人は、首を立てに振る。
数時間後…全員、入浴を済ませ、
重たい空気が、流れる…。
誰一人、口にする者は、いない…。
この状況を打開しようと、宮木が切り開く。
「じゃあ…そろそろ寝ようか?」
「そうですね。」と言って、小海と凛子が頷き、
席を立った瞬間だった…。
幹枝が、口を開く。
「あのさ…何で…何も聞かないの?」
「プライド高い…幹枝のことだから、言いたくないと思って…。それに、今日は、ゆっくり何も考えずに、休んだ方がいい!」
幹枝は、再び涙を流し、呟いた。
「どうして!何で…そんなに優しくするの…?」
「別に…優しく接してないけど…。人それぞれ事情があるんだから、変に詮索しないし…困っている時は、甘えても良いんじゃない?」
「私…あなたに…お嬢さん達にも…酷いこと言った…。なのに…」
「皆、気にしてないよ!ねえ?」
「そうですよ!そんな弱気なの…幹枝さんらしくないですよ。」
「…ありがとう…。」
凛子は、幹枝の手を握り、「行きましょう。」と言って、寝床に誘導した。
これから、長い夜が、始まる_____。
つづく
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