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しょうもな
髪をバッサリ切った。
ずっとショートにしたかったのもあるけど、髪の毛切れば全て断ち切れるような気がしていた。
書いてて照れるわ。
自分の周りにそんな単純な思考回路のヤツがいたらめちゃくちゃバカにするに決まってるのに、いざ自分がその立場になってみるとそうすることでしかどうにもできない気持ちってあるよね。
ありえないとわかっていても、どこかに少しの希望を見出したいような、そこに縋ることでしか前を向いて歩けないような、そんな気持ちになってしまっていた。
まあでもいざ切ってみたら髪の毛以外の何も断ち切れるわけはなかったんだけど、思ったより似合ってて幸福度は増した気がする。
インスタに自撮りを載せたら仲良い人はもちろんだけど、普段関わりないような人とか高校の時ですらそんなに話したことないような人からもめちゃくちゃ褒められて、承認欲求に溺れるSNS依存クソニートになりかけた、危ねえ
でも中には「なんで切ったの?失恋?笑」とか馴れ馴れしく聞いてくるような人もいて、民俗学的研究に非常に役立った!
令和にもこういうやつまだ存在してるんだな〜メモメモ
ショートヘアにしたらBase Ball Bearのshort hairが無性に聴きたくなって久々にイヤホン耳にぶちこんだけど、なんか、やっぱり、聴けなかった。
今、綺麗な歌聴けないな。
音楽聴けないし、映画も観られないし、本も読めない。
本来大好きなはずのものを全部拒絶しなくちゃいけなくてありきたりな言葉だけどなんのために生きてるんだろーってちょっと悲しくなる。
だけどクリープハイプだけは聴けるんだよな。
なんで?
憂、燦々で1回離れたけどまた戻ってこられてよかった。
新曲聴いたら涙出た。
涙出たけど、イヤホン外した瞬間にさっきまでの感動はあっという間に消えてTwitter見てインスタ見てYouTube見て桃鉄やってクソみたいな日常に自分が殺されていく。
結局自分を殺してるのは自分自身なんだよね、いつも他人のせいにしてたけど。
それに気づけただけで25歳になった価値あったわ。
教員やってた時に生徒から
「年を重ねるだけの大人になりたくない」
って言われたことが、ずっと心の中に残ってる。
18歳でそんなこと言えるか?
年を重ねるだけの大人、なりたくないよね。
でも年を重ねるだけで勝手に「大人」にカテゴライズされてしまから怖いよ、「大人」もラクじゃないな。
クリープハイプ聴きながらだと、note書けた。嬉しい。
明日は散歩でもするかな
って毎日言ってる気がするけど、
明日は散歩でもするかな。
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