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逆時の住人(6)

 ――かぐや姫は、どうして月に還ってしまうの?
 ――かぐや姫は、この世界に希望を抱いていた。しかし、現実にはそれが間違っていたことに気づいたのかもしれない。
 貴音は、幼い頃の夢を見た。祖父は、かぐや姫の絵本を読み聞かせするときに貴音が疑問に思ったことを一つ一つ丁寧に教えてくれた。
 貴音はベッドから起きると、祖父の書斎に行った。窓の外はまだ夜中だった。貴音の脳裡に、ふと一つの疑念が生じてそれが思考の大部分を占めていた。――なぜ、祖父はかぐや姫の月への帰還を「かぐや姫が間違いに気づいた」と言っていたのだろう。
 貴音は、祖父の書棚にあるいくつかの研究ノートから一冊取り出した。貴音は、1ページずつ丁寧にそれをめくりながら「かぐや姫の謎」を解き明かす鍵を探した。
 ――貴音、物事には必ずその「真実」がある。まずは、仮説を立て検証して、考察する。それを繰り返していくと、一つの事実が顕れる。それこそが、「真実」なんだ。
 貴音は幼い頃から、何度も祖父が口にしていた言葉を思い出した。いつも祖父は、貴音が疑問に思ったことを一緒になって一つ一つ「真実」へと辿り着くよう導いてくれた。でも、今はその祖父はいない。貴音は、書斎をぐるりと見回した。洋平と一緒に作成したスケジュール表が壁に貼られている。書棚には、まだ手に取ったことのないノートや本が並んでいる。デスクの上には逆時の時計。
 ――自分で「真実」を見つけなさい。
 祖父がそう言っている気がして、貴音は息を一つ吐いた。
 書斎の柱時計の針は、深夜の2時を回っている。部屋に戻ったところで、きっと寝られそうにない。貴音はソファーから祖父が使っていたブランケットを肩から羽織り研究ノートに再び目を通すことにした。
 「おじいちゃんも眠れない夜は、こんな風にしていたのかな?」
 なんだか、祖父がすぐ隣で笑っているような気がして貴音の胸は温かくなるのを覚え、微笑んだ。   「逆時の時計(6)終わり」

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