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逆時の住人(5)

 青空に飛行機雲が走る昼休み。校庭のベンチに座り、貴音は洋平に昨夜書斎で起きたことを話した。そして、祖父が遺した日記と腕時計を貴音は洋平に見せた。
「なんだこれ? 時計の針が逆に進んでいる!」洋平は目を丸くして腕時計を手に取った。
「そうなの。『逆時の世界』に行ったときに、そこから持ち帰ったものだって。おじいちゃんの日記に書かれてた」貴音は祖父の日記を開いて洋平に渡した。洋平は日記に書かれている冒頭文を声に出して読んだ。

 ――この世界は、時針が逆に時を刻んでいる。「逆時の世界」である。私はワームホールを通って、この世界にやってきた。私は、この逆時の世界に住む人々のことやどのような文明であるかをこのノートに記す。

 「逆時の世界。……」洋平は驚いて貴音を見た。
「そう、ワームホールは逆時の世界に繋がっている。おじいちゃんはそこで三日間居たみたい。そして、この逆時の腕時計を持ち帰ってきた。昨日の夜、おじいちゃんがね、これを逆時の住人に返してほしいって言ってた」貴音は洋平が持っていた腕時計を手に取った。
「それじゃ、貴音。行くの? 向こうの世界に」洋平は貴音を見つめた。
「おじいちゃん、ずるいよね。そんな風に頼まれたら、行くしかないでしょ。……ねえ、洋平も一緒に『逆時の世界』へ行ってくれる?」今度は貴音が洋平を見つめた。
「もちろんさ! 俺は前から『行く!』って言ってたろ。今日は2月4日だから、あと八日で満月か。いろいろと準備しなきゃな!」洋平はうきうきした様子で青空を見上げた。
「ピクニックに行く子どもみたい」貴音は笑って洋平を見た。

 その日の夕方、貴音と洋平は書斎で祖父の日記をもう一度読んだ。細かな所まで読んでいくと、「時間の矢」や「エントロピー」という言葉があった。インターネットでそれらの意味を調べても詳細がよく分からなかった。二人は祖父の書斎デスクに置いてある名刺から、祖父が以前に出入りしていた大学で教授をしている人を見つけた。連絡を取ると、二日後に大学で会えることになった。貴音と洋平は、スケジュール表を作成し予定を書き込んだ。こうして二人の冒険は着々と前に進みだした。
                    「逆時の住人(5)終わり」

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