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逆時の住人(4)

 星たちは、いつも決まった場所に現れる。貴音には、それが心地よく感じられ、魅力的にも感じていた。
  ――貴音、星はバランスを保ちながら宇宙に存在している。宇宙では、それぞれの位置が重要な意味を持っている。この星、地球だってそうさ。星たちは、秩序を守って今日も明日も存在し続けていくんだ。
 幼い頃に祖父が話していた言葉を貴音はふいに思い出した。書斎の窓辺で、夜空を見上げる天体望遠鏡を貴音の手が優しく撫でる。三年間分の埃が貴音の指に付いた。祖父が大切にしていた天体望遠鏡――もう一度、あの頃のように星を観測してみたいな。貴音の脳裡には、祖父と毎晩星を観測していた光景が浮かんできた。月明かりに照らされた天体望遠鏡を見ると、いつものように祖父がレンズを覗いている姿が貴音には見えた。
 ――おじいちゃん!
 貴音は心の中で、そう叫んでいた。三年間遠退いていたこの書斎は、貴音を待ちわびていたかのように優しくそっと貴音を包み込んだ。まるで生前のおじいちゃんのように。
 貴音は、書斎のデスクの引き出しから布切れを出して天体望遠鏡を拭いた。三年分の埃を拭きとりレンズ用のふきんでレンズを丁寧に磨いた。
 すっかり元通りになった天体望遠鏡を見て、心なしか貴音はおじいちゃんが喜んでいる気がした。
 早速、貴音は幼かった頃のように天体望遠鏡で星空を覗いた。二月の夜空には、オリオン座やおおいぬ座。おうし座などの冬の星座が綺麗な配置で瞬いている。次に貴音は、オリオン座の中心の三つの星より少し下にある小さな三つ星を探した。その小さな三つ星をぼんやりとさせている雲のようなものがオリオン大星雲だ。貴音は幼い頃、オリオン大星雲のことについて祖父から話を聞いていた。
 「貴音、あれがオリオン大星雲だ。オリオン大星雲は、星の生まれる場所として知られているんだ。そこには巨大なガスの集まっていて、星の卵となる分子雲がそのガスを大量に集めると新しい星が誕生する。この大星雲のことを正式には「トラペジウム星団」と呼ぶんだが、私は「オリオン大星雲」と呼ぶ方がロマンがあっていい!と思っとる」
 おじいちゃんが言っていたことを貴音は天体望遠鏡を覗きながら思い出した。
「トラペジウム――」貴音は、声に出して言ってみた。その言葉をもう少し詳しく調べると祖父の考えていることに近づくのではないかと考えたからだ。すると、「かぐや姫物語」の絵本が突然に赤い光を放ち、そこに再び祖父の映像が現れた。

「貴音、私が再び現れたということは『トラペジウム』を思い出したのだね。さすがは、我が孫。貴音は賢い。『トラペジウム』は太陽の10倍の質量を有している。それはブラックホールと呼ばれる空間の歪みを生み出す物体と類似しているのだ。星の生まれる場所では、星の墓場も存在している。これは飽くまで仮説にすぎないが。私はワームホールを使って、オリオン大星雲の中の一つの星に行くことができた。なんとそこには文明があったんだ! 私が記録した日記を貴音に託したい。それと、……腕時計を彼らに返してほしい。これは、おじいちゃんの勝手なお願いだ。だから、聞かなくてもいい。そして、危険だと思うならば向こうの世界に行かなくてもいい。私の愛する貴音は、賢い選択のできる子だ。私は、貴音がどんな決断をしても賛同する。だから、自分の思うままに進んでほしい」

 祖父の優しさが、貴音の頬に一筋の涙を流させた。
――おじいちゃん。ずるいよ。
 貴音は、零れる涙を指で拭って笑った。冷たい夜風が書斎の窓から入ってきていたが、貴音の周りには温かな空気が流れていた。夜空にはオリオン座がひと際明るく輝いていた。
                     「逆時の住人(4)終わり」

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