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私たちが山でお店を始めたわけ。

(こちらの記事は当初2021/02/06に公開されたものです)

紡ぎ舎は、長野県の最北部、新潟県と境を接する人口わずか3,000人に満たない過疎の村「小谷村」にある日用品と暮らしの道具のお店です。小谷と書いて「おたり」と読みます。山と緑に囲まれた、日本の原風景とも言うべきうつくしい村です。

私たち夫婦は、会社を辞めて2020年5月にこの小さな山間の村に移住してきました。

移住してくる直前は、仕事の赴任先であるオーストラリア(シドニー)に住んでいましたが、基本的には毎日千代田線の満員電車に押し込められて通勤するような、いわゆる普通の共働き「サラリーマン」夫婦でした。

シドニーは夕方が特にうつくしい街です。

海外に住んでみると分かることがあります。それは日本のいいところです。住んでいると当たり前で意識されないけれども、当たり前でなくなった途端にその有り難さは分かるもの。この15年ほどの間、海外に住んだり日本に住んだりの生活をしていましたが、何度目の海外生活でもやはり同じことを思います。あぁ、日本って素晴らしい。

では、具体的にどこが素晴らしいのでしょうか。私たちが思うそれは「食」と「もの」です。

「食」とは、もちろん食べ物自体の美味しさもありますが、それだけではなく、食に対する姿勢とか、食にまつわる文化とか、こだわりとか、お作法とか、美しい所作とか、そういう全てを包含した「食」です。

例えば器一つとっても、陶器、磁器、漆器、白木、ガラス、銀、銅、錫、・・・。飯椀、汁椀、丼、豆皿、小鉢、平皿、深皿、箸置き、銘々皿、向附、蓋物、そば猪口、湯呑み、徳利、ぐい呑、猪口、・・・。素材も種類も挙げればキリがありません。そこにさらに、角、丸、楕円、四方、六角、八角、割山椒、輪花、松皮菱、・・・と形も多種多様。こんなに多彩な器を持つ国は他にありません。料理の一品一品に対して、どうすれば最も美味しく見えるか、美しく見えるか、料理と余白のバランス、料理を引き立たせる色の組み合わせ、手に持った時の収まり具合、持った人の所作、口に触れる触感、と、ここまで考え抜くからこそ、これ程に多様な器が作り出されているのだと思います。

想像力を掻き立てる多種多様なうつわ

語彙の数は、その文化の現れです。雪と氷の世界で暮らすイヌイットは、その他の言語でいうところの「白」や「雪」を表す言葉を数十種類も持っているとも聞いたことがあります。同じく古代エジプトには「砂」を表す言葉が50種類あったとも言われています。生活に深く密着して深く関わっているからこそ、細かな違いも大切にして言葉が細分化されていくのですね。これはまさに日本人が「器」を表す言葉をこれほど多く持っていることと同じです。

もう一つ私たちが海外で実感した日本のいいところ。「もの」。

例えば海外で初めて生活する人が最初に日本のものの素晴らしさを感じる瞬間は、食べ物にラップをかける瞬間だったりします。基本的には延々と続く以下のループです。

① ラップの端っこが剥がれない
② ラップの芯が箱から飛び出すのは当たり前
③ 縦に切れて半分の幅で出てきたりする
④ ラップを切る刃は何の働きもしない(なので引きちぎるしかない)
⑤ ラップの端っこがクルッと中に入り込んでしまう
⑥ ①に戻る

そしてたまに「⑦ 箱が崩壊する」、というのも加わります。

日本に暮らしていて、食品ラップにストレスを感じることってありますか?多分ほとんどないと思います。ないからこそ、日本のラップがどれほど素晴らしいものかあまり意識する人も少ないのではないでしょうか。でも私たちは声を大にして言いたい。日本のラップは素晴らしい。たまに日本に帰国すると「大人買い」して帰るのでした。

食品ラップは一例ですが、同じようなことはたくさんあります。日本のものはどうして素晴らしいのでしょうか。それは「使う人のことを徹底的に考えている」からだと思います。使う人、使う状況や場所、仕舞っておく場所、メンテナンス、末長く使えること、そのものの立ち位置(主役なのか脇役なのか)などの細かな部分にまで思いを巡らせて作られているからだと思います。「気配り」と言い換えても良いかも知れません(「気を配る」ってすてきな表現ですね)。前述の多種多様な器を作る人にもまさに当てはまります。

端を丸く仕上げてご飯が詰まらないおひつ。心憎い気配りです。

この「食」と「もの」が私たちの原体験です。

そして、広く「食」も含めた意味での「もの」と、その背景にある文化や習慣といった「こと」を日本や世界に、そして未来に、しっかりと正しくつないでいくことが私たち紡ぎ舎の使命です。

自然に学び、自然の恩恵に感謝しながら受け継がれてきた日本のものづくりや農業や漁/猟は、私たちが自然から分けてもらい、また自然へと還していく先人たちの知恵が詰まっています。”SDGs”や”sustainability”は時代のキーワードですが、今こそ日本のものづくりに学びこれを世界に伝えていくべき時だと思います。そんな思いで私たちは、未だ手付かずの自然の残るこの山里で暮らし、ヒントを得ながら、ほんとうに将来につないでいきたい「もの」や「ものづくり」のカタチを探究していきます。

いいものを、つないでいく。

この私たち紡ぎ舎のテーマには、そんな想いが込められています。


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