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101人目と101軒目のstory〜Neverland dinerを読んで〜

タイトルの本を読んで、ふと、実家のお店のことを思い出した。私を育ててくれたあの店のことを綴ってみたいと思った。
あの店は、もうないんだ。切ないような寂しいような、心がキュッとなる気持ちをかき消すように書いたエッセイ。


黄色い照明にワインレッドのソファ
レンガの壁
出窓には古ぼけた船の置物
高めのカウンターに足がつかない椅子
サイフォンでコーヒーをたてる香り
着色料たっぷりのメロンソーダは特別な時しか飲めなかった
あの分厚い冷凍のホットケーキはどこのメーカーだったんだろう?
私の子供時代の特別なおやつは
もう口にすることはできない


私が生まれ育った場所は3軒並ぶ店舗向住宅(いわゆる長屋)の真ん中のお店。
『笑いじょうご』
笑いの絶えないお店にしたいとつけたのだろう。

私が生まれる前のこと。父と母が20代半ばで購入した15坪程の2階建ての家は、1階部分はお店で、2階は8畳と6畳とキッチントイレ、お風呂と洗濯機は場所がなくてベランダに無理やり増築。
物心ついた時にはそんな狭いところで家族4人で暮らしていた。

母が切り盛りしていた喫茶店はいつもタバコを吸うお客さんでいっぱい。それは2階にまであがってきて部屋までタバコ臭かった。子供ながらにタバコ臭い服を着ていくのが嫌だった。

うちには玄関がなくて、店のドアから入ってカウンターのドアを開いて2階に上がることも普通だと思っていた。でもお友達の家はみんなちゃんとした玄関があって、逆に不思議に思っていた。

小学校の放課後はいつも友達が何人も来て
店の奥にある個室スペースで絵を描いたり折り紙したりトランプしたり…そして夕方になるとみんな仕事帰りのお母さんが迎えに来て帰っていく。
父の話を聞くと、預かりボランティアを母はやっていたようだった。(今私がそういうところがあればいいのに!と思ったりしている)

肝っ玉母ちゃんみたいな母は、近くの大学の貧乏学生にご飯やお酒を大盤振る舞い(タダで!)。私や妹が幼稚園から帰ると昼間っから酔っぱらったお兄さんたちが2階に雑魚寝していたり、時には風邪をひいて看病してくれる人がいない学生さんを何人も引き受けて部屋が一つ埋まってしまったり(二間しかないのに。泣)
でもみんな私たち姉妹を面倒見てくれて、両親が働いていても寂しい思いをしなくて済んだ。授業参観にもきてくれてたことあったな(社会人になってから私や妹のおむつを変えたことをきいてこっぱずかしい思いもした…涙)今となっては笑い話だけど。


うちのお店は商店街の一角にあって
八百屋さん、魚屋さん、お肉屋さん、お米屋さん、クリーニング店、メガネ屋さん、薬局、牛乳屋さん、ピアノ教室、電気屋さん、床屋さん、美容院…
今はもう、全部なくなってしまった。
八百屋さんのバックヤードでかくれんぼをしたり、魚屋さんで魚捌いてるのをずーっと見ていたり、お肉屋さんのレジ脇にある駄菓子を買ってもらえるのを楽しみについていったり…私の世界の大半を占めていた商店街。

近くにスーパーができ、大型商業施設ができ、それでも頑張っていたあの商店街。
そんなうちのお店も、私が11歳の時に祖父の介護のために閉店した。


あれから28年
店を閉じてからも2階に住み続け、私も妹も巣立った。店を閉じ、祖父が亡くなり、近くでギャラリー喫茶として別の店を再開…それから10周年も迫ってきた頃、母は倒れ帰らぬ人となった。
母が亡くなって10年が経とうとしている2021年2月、父はその15坪を手放した。どんな想いだったのだろうか。

本当によく、あんな狭いところに住んでいたなと思う。でも私たち姉妹が大した反抗期もなく育ったのは、あの環境のおかげだったのかもしれない。朝から晩まで、一生懸命働いている両親をはじめとする大人たちを間近で見ることができたからだろう。

父はいつも、酒を飲みながらよく言う。
『うちは普通じゃない家庭だったからおまえたちに申し訳ないと思っていた』と。
むしろ私にはアレが普通だったから、なんとも思ってないよと言うと
父は困ったような笑いを浮かべる。
それはどんな意味を含むのか、親になった今なら少しわかる気がする。


母の夢だったギャラリー喫茶は
今は父と妹が、笑いじょうごからの常連さんとギャラリー喫茶の常連さんに支えられて今も存在している。


もうあの黄色い照明もワインレッドのソファもないし、カウンターの中に母もいない。
それでも私の記憶の中にはあの店が鮮明に思い出される。お店のドアを開けると、母や常連さんが『おかえり!』と出迎えてくれる。あったかくて、懐かしいあの光景。


私の生まれ育った笑いじょうごは、きっと母が空の上で移転オープンさせたんだろう。
笑い声の絶えない喫茶店を。

そう考えると、二度といけなくなったわけではないのかもしれない。


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