#003:2021/11/25 status:♂

※この文章はフィクションです。

日付ログ:2021/11/25

面白い夢を見た。

一つの身体にいくつもの意識が宿っている夢だ。
今我々が生きている世界を「多重身体」と形容するのであれば、「多重人格」と呼ばれるような夢だった。
我々は複数の身体に一つの精神が行き来している生命体になった。
それは高度に発展した遺伝子組み換え技術とアバター工学の発展による複数身体への抵抗感の排除、さらに増えすぎたイデオロギーを減らすべく精神の減少傾向による必然の結末だ。

これは、何十年も前の話だ。
逆に僕には一つの身体に一つの精神が宿る状況なんて考えられない。
ましてや、複数の身体なんて、、、

精神的に耐えられないことが起きれば、環境を変えればいいだけだ。
それは別の身体に入ることで容易に行うことができる。
そもそも、精神的に耐えられない状況なんて、そうおこらない。

皆が多重人格の世の中になればイデオロギーはあふれかえり、さらに分断は進むだろう。

エネルギーの面を考えれば良いのかもしれないが、核融合によって支えられた社会ではそんなことは考えなくていい。
テロリズムの問題を減らすためにも人格は少ない方がいいだろう。

そういえば他の夢も見た。

昔の夢だ。
自分はアーティストになるために大学生として勉強していた。
毎晩あまり寝付けていない。
恋と表現と探求を間違えていた。

アーティストとしての、また研究者としての、焦燥感を常に抱いていた。
表現と探求は全く逆だ。
Inputが探求で、Outputが表現。
恋と表現も全く違う。
恋は特定の対象がいるものだ。
表現には特定の対象がいない。

夢から覚めて思う。
十代の頃は恋に必死だった。
なんとなくヘタレな自分が許せなかった。
しかし、これは恋に恋をしていただけで、本当は表現がしたかっただけだと気付いた。

それくらいからかな、、、
女優の仕事もうまくいきはじめた。

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