#005:2022/2/11 status:♀
※この文章はフィクションです。
日付ログ:2022/2/11
今日も淡々と仕事をした。
ブログを書くときはいつもMelanie Martienzを聞く。
みんなはババ臭いって言うけど、私はレコードで聞くのが好きだ。
ノイズの心地よさと聞くたびにすり減っていくレコードが身体性を感じさせてくれて安心できる。
帰り道では雪が降っていた。
ジトジトとしていてすぐ溶けてしまうような雪
そういえば今日は夢を見なかった。
お酒を飲まなかったからかも?
お酒を飲むと夢を見ている気分になる。
現実世界が寸劇のように思えて、自由になれる。
怖い夢を楽しむことができるのも同じような理屈なのかな?
人を殺してしまうような恐ろしい夢でも、恐怖心を覚えないのは夢の中でこれがフィクションであると言う感覚があるからかもしれない。
その感覚は身体に由来するものな気がする。
呼吸が鼻を抜ける感覚、肌に服が暮れている感覚。瞼の重さ。椅子と接しているお尻の感覚。
夢って、脳が見ていると言う意味では身体的なのに、身体的な感覚は全くない。
もう一つの体で読んだ本にも書いてあった。
なんだっけ?フロイト?
覚醒時の感覚器はインプットの役割があるのに対して、睡眠時の感覚器はプロジェクターのように投影されるものとして機能するって話。
私たちの体は睡眠をきっかけに入れ替わる。
私の体から精神が抜けてもう一つの身体にうつる時に夢を見るのかしら?
そう考えると、昨日もこの体だったし、夢見てないのは不思議ではないかも
ちょっとだけ愚痴を書かせて
昨日も書いたけど、やっぱり誰がダサいとかそう言う話は苦手
まあ、私が言われてるから嫌悪感を抱いているんだろうけど、彼女らとは根本的に分かり合えない気がするの
感情ってもっと理由のない独善的なものだと思うから、、、
反論しないのは、それに理由つけても人の考えなんて変わらないって諦めているんだと思う。
私にとって嫌いってはじまっているなら気に入らないっていえばいいのに、ダサいって一般的な価値観にして共有しようとされるとなんだか、、、
この話はやめよう!!!
気分が暗くなる!
昔の夢の話をしましょう。
小さな頃によく見ていた夢
白黒の世界、というか鉛筆で塗りつむしたような線だけで成り立っている黒い世界。
いっつも夢は崖の前で始まる。
先には真っ黒な代用のようなものが浮いていて気づいたら、ブラックホールの中みたいな場所で私は引き伸ばされている。
何か棒状のものが捲れ上がったり、裏返ったり、中に入ったり、、、
その夢には身体的感覚もあった。
足がニョキニョキ伸びていく感覚。
この夢は成長期を超えるとピタリと見なくなった。
多分背が伸びていたのだと思う。
違う身体に乗り移る精神と身体感覚が渋滞を起こして、不思議な感覚になっていたのだと思う。
私とは物質的なものなのか観念的なものなのか?
そんなことをよく考える。
第一人称は身体によって自然に変わるし、物質的なものに影響は受けているのだと思う。
そういえば、最近の面白いアニメで進撃の巨人を見ている。
そもそも面白い話。
人が国を作って争っている。
そして、身体も一つだけ。
先代の巨人を食べることによって記憶の共有もするし、巨人化することでもう一つの肉体も手に入れている。
巨人になれる時間は短いけど、車力の巨人は長く巨人化できるから精神への影響ってどうなるんだろう。
我々と同じとすると、他の巨人はグラデーションみたいになるのかな?
それで、思い出したけど、こっちの肉体が死んだ場合って、私の精神はどうなるのかしら。
記憶を共有しているだけで、それを動かすハードウェアの違いこそが自分なのだとしたら、私は死んでしまうのかしら?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?