サンタクロースイズカミング

クリスマス。
今年は平日で、会社員の私はいつも通りに出社していたため、子どもにサンタさんは来たか、と複数の人から尋ねられた。
「いえ、今年はあわてんぼうのサンタクロースが、早めに来てくれました」
と答えると、あぁそうだね、今年はね、平日だもんね、との反応が返ってきた。

子どものところへ、サンタクロースは土曜の夜に来たらしく、日曜の朝には枕元にプレゼントが置かれていた。
子どものリクエストは、はらぺこあおむしのパズル、という、かなり具体的なものだった。
簡単すぎてすぐに飽きてしまうのも困るし、と心の中でサンタクロースともよく相談し、ピースが少なすぎず、いろんな形に切ってあるものにした。

ところで、サンタクロース。
私は、今もサンタクロースを信じている。
と言うと「は?いくつだよ」と言われそうだが…。
サンタクロース=親(もしくは親のように子どもを見守る立場の人)そのもので、つまりサンタクロースは本当はいない!
と、キッパリ思い切れないのだ。30代も後半に突入しているが、いまだに。

うちの父と母は、ずっとサンタクロースからのプレゼントとしてクリスマスプレゼントを用意してくれていた。
それを告白してきたのは、中学生くらいだったか…理由は忘れたが家庭の事情で、その年のクリスマスは家でないところ(たぶん祖父母の家とか)で過ごさざるを得なくなり、いつものように枕元にプレゼントを置くのは難しいと判断したようで、
「とうに気づいていたこととは思うが、われわれがサンタクロースの代わりをしていた」
と話してくれた。
でも、そのときに、続けて父と母は言った。
「私たちは、これは『代わり』だと思っている。どこかにいるサンタさんに代わって、やっていただけだと」

私も、それを信じている。
もしかしたらサンタクロースには形はなくて、そういう気持ちそのもの、かもしれなくて。
子どもに、楽しいわくわくする夢を見させてあげたい、と願う優しさ。
そういう気持ちを形あるものとして描き表したら、人間の、白い髭をたくわえた、恰幅のよい、優しげなおじいさんだった、という話なんじゃないかと。
そんな風に考える。

「サンタさんは、信じている人のところにしか来ない」
と言われるが、それは、そうだよね。
そういえば子どもが生まれる前は、「あ、今日サンタさんにばったり会ってさー」と、夫への(サンタさんからの)プレゼントを渡していたものだった(サンタクロースは複数人おり、エリアごとに分担している、と私は想像している)。
でも、私の分のプレゼントを担当しているサンタさんは、忙しいのか怠け者なのか、なかなか来なくて、数ヶ月遅れで夫にプレゼントを託してくれていた。

あのサンタクロース、元気にしてるかな。

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