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野球部の挨拶に学ぶ小さな成功体験

「こんにちは!」

顔を上げてはじめて自分が挨拶されたことに気がついた。
そこには自転車に乗った高校の野球部とおぼしき集団がいた。

7、8人くらいの頭を丸くした学生たちがおれの目をまっすぐ見て「こんにちは!」とハッキリ言いながら自転車で颯爽と過ぎ去っていく。
(中にはおそるおそるといった雰囲気の子もいたが)

一瞬、「あれ、今どきの野球部って坊主にする必要ないんだっけ?ってことは何かしらの問題を起こした非行少年たちか?」と思ったが
ローマ字で記された学校名の入った、ぼこっとした感じのリュックが彼らを野球部たらしめていた。


彼らにおれはどう見えていただろう?
1日の疲れがそのまま出たような、くたびれたシャツを着て犬の散歩をしているサラリーマンの姿が彼らの目には映っていただろうか?

そして同時に気が付づく。
おれは犬の散歩中とはいえ、どれだけ目線を落として歩いていたんだ、と。


おれは彼らから挨拶に目を見て「こんにちは」と返したとき、とても爽快な気持ちになった。
例えるならば春の草原にふっと風が吹いたような爽快さだった。

漠然と抱えている将来への不安を一瞬でも忘れることができた気がしたのだ。
このままじゃいられない、何か自分を変えたい
そんなことを日々思って過ごしていたおれにひとつの考えが思い浮かんだ。

そしておれは目を見て挨拶をすることを決めた。


***

手始めにその犬の散歩中にほかの散歩してる人に「こんにちは」と自分から声をかけるようにしてみた。
顔馴染みの人は何人かいるが思えばいつも向こうから挨拶してもらっていた気がする。

目の前から2軒隣のAさんがフレンチブルドッグを連れてやってきた!

・めをみてあいさつをする
・あいさつされるのをまつ
・にげる

脳内にゲームの選択肢のようなものが浮かび上がる。
おれは少しためらいながらもコマンドを入れる。

「こにちは!」
慣れないことをすると人は口が追いつかないことがあるようだ。いつも使ってるはずの当たり前の言葉のはずなのに舌がもつれた。

「こんにちは〜」
Aさんはおれのそんな様子にはもちろん気づかずにこやかに返してくれた。
自らが勝手に抱いた不安も瞬時に消し飛んだ。


次は帰宅してすぐ
リビングに入ると妻がいた。
「ただいま!」
妻の目を見てそう言った。

「おかえり〜」と言う妻の目線は、おれの目を見ているのか判断に迷う微妙な場所に据えられていた。

その日の夕食時に「え、どうしたの?」と妻に尋ねられた。
今日はいやに目を見てくると思ったのだろう。
「いや、実は…」と散歩の出来事を話した。

「そうだったんだ。何日持つかねぇ〜」
話を聞き終わった妻は少し嬉しそうにも見えた。


次の日
会社へ向かう途中のコンビニでコーヒーを買う。
毎朝会う定員さんの目を見て「ありがとうございます」と言ってみる。
定員さんはおれの顔を見ることなく「アザシター」と返してくれた。ま、こんなもんか。

そして会社である。
何を隠そうおれの勤め先は社内の雰囲気が暗い。一人一人は話すと明るく、陽気な人も多いのだが業務時間内はもちろんのこと始業前や休憩時間も静かなのである。

出社時の挨拶もみんなするにはするのだが
反応はあまりない。唯一、社長の声が大きな声で返す程度だ。

そんな雰囲気のなか、元気に挨拶をするのはなかなか勇気のいる行動に思えた。
「急に元気に挨拶しだしたなコイツ」とか思われるんじゃないかという不安が脳裏に浮かぶ。


社員証をかざして事務所に入る。
中には社員がまばらにいた。スマホやPCの画面に集中しているのがわかる。

一息吸う。

「おはようございます!」


一瞬、視線が集まるのを感じた。
同時に自分の顔が少し赤らむことも。
「おはようございまーす」
何人かがぼそぼそと返してくれた。

おれは周囲の反応よりも言い切った満足感で、なんだかホクホクした気分になり自席についた。

その後に出社してくる人たちにも意識的に挨拶をした。横をすれ違えばその人の目を見て「おはようございます」と言った。


そんなことを続けて早ニ週間。
何かが大きく変わったわけではない。

それでも自分の中で変化はあった。

まず、目線が自然と上がるようになった。
人の顔をみようというのだから当然といえば当然だ。

そしてそれに伴い姿勢が良くなり、歩くときもスッと背中をまっすぐにするようになった。
仕事で初めて顔を合わせる方からは
「なんだか仕事ができそうですねェ」と言われた。そんなこと今まで言われたことなかったのに。

そして個人的には一番良かったと思うのが、
相手からの反応を心配することが減ったことだ。

自ら挨拶をするときに相手からの反応をいちいち気にしていたらキリがない。
スルーされても目線を合わせてもらえなくても
全然良いや、くらいの軽い気持ちで挨拶ができるようになったら
他のことでも「こんなことしたらどう思われるかな」という不安を抱きにくくなった。

全くないわけではないが、すぐに「まぁいいか」くらいの軽い気持ちでいられるようになったのだ。

たかが挨拶

されど挨拶

自分を変えるために必要なのはこんな小さな一歩なのかもしれない。

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