針と墨汁

何かを考えすぎた後の景色は、すべてが私の皮膚を通り越して、私の体の中へ浸透してくる。私がみている天井から吊り下がった暖色の明かりは、次第に私の見ている世界を余白に飲み込んでいき、輝きを増していく。たぶん、これからもずっとあの電球はひとりでに輝き続けるだろう。たとえ、わたしの目の収納スペースが限界を迎えても。不思議とそんな予感がする。そういえば、いまどれだけの時間がたったのかわからないけれど、こんなにも照らされつづけた私のからだは、無事なのだろうか。そのうち、蓄えた光の行き場を失い、エネルギーの発散として細胞もろとも爆発するんじゃないだろうか。首から下はいままさに、余白に侵され、頭だけが世界とかろうじて縫い合わされている。思えば、私は今までどうやってこの手足を動かして、どうやって歩いて、どうやって飯を食べて、どうやって19年間も私のまま、私でないものと溶け合う日常を許せていたのだろうか。とめどなく訪れる思考は、いつもなら私を絡み取り、どこか足の着く地へと結びつけてくれていた。なのに今だけはその糸も繊維も強引にほどかれている気がして、裸のまま夜の海に投げ出されることを想像してしまって、重くて息苦しい。でも、例えば光沢のある絹の裏には、隠れるようにして死んだ虫が眠っていることなど誰も見たくないのだから、私はその虫の気色悪さを必死に思い浮かべて、モゾモゾと体の所在を布団の中に探す。まるで羽化途中みたいに、右手だけ布団から突き出して、それがまだ爆発していないことを確認すると、さっきまで吸うつもりで布団の上に置き忘れていたタバコを手に取る。そういえば、成虫になった実物の蚕を見たことがないな、と思った。なんとか起き上がって火をつけると、煙は視線を沿うように登っていき、やがて視界を埋め尽くす様に広がる。ただ何かを乱す為だけにある煙の動きが、私の意識を纏めていく。ニコチンの粒子が血の重さを感じさせてくれる。けど私の血って私以外の誰かの血と繋がっているような気がして、ふと、その重さが嫌になる。やっぱりタバコを吸う女の人ってカッコいいなと思って、まだ灰も落ちないままのアイスブラストを空缶に放った。私は、一人でにアルミの中でうねる煙の姿を想像して、すこし嬉しくなって眠った。

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