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「ひらいて」の加筆修正①

小説Dear+フユ号に掲載された「ひらいて」が、この度めでたくディアプラス文庫「つないで」に収録されました!
読んでるときについ気になったのが、雑誌掲載時からの加筆修正。直された箇所から一穂先生や編集さんのこだわりが見えてくるようで、発見すると嬉しくなります!
……そんな嬉しさを抱えた勢いのまま、どのくらい加筆修正されているのか調べてしまいました。これまた大分果てしなかったです…が楽しかった…

発見できたのは約190カ所(数え方に迷うところがあったので“約”としておきます)。見落としもあるかもしれませんが…数えるなんて今まで他の作品でしたことがないので、多いのか少ないのかは謎。後ほど一覧にします!

また、せっかくなので加筆修正を独断と偏見で勝手に分類、パターン別に特に気になった箇所を上げてみたいと思います。パターンは次の通り。

A.類語などへの言い換え…64カ所
B.表記の変更…………………39カ所
C.加筆…………………………..26カ所
D.語尾の変更…………………20カ所
E.削除……………………………18カ所
F.文章の区切りの変更……..10カ所
G.別な語への変更…………….7カ所
H.その他…………………………6カ所


A.類語などへの言い換え

※小説Dear+フユ号は「雑誌」、ディアプラス文庫「つないで」は「文庫」と表記

◆雑誌p7、文庫p9
ささっと離れていった。
→ささっと逃げ出した。

◆雑誌p13、文庫p22
苦情もなければ感謝もない、
→苦情もなければおべんちゃらもない、

◆雑誌p62、文庫p133
今みたいに持ち帰りが発生すると便利だから
→今みたいにテイクアウトが発生すると便利だから

最も多かったのが、文脈の大きな変化はないものの、類語などに言い換えられているパターン。微妙なニュアンスの違いがあるのがたまりません…
「ささっと逃げ出した」は、栄さんがスタッフから恐れられている様子が強調されていて思わず笑ってしまいました!

「感謝」「おべんちゃら」になると、一気に皮肉げな印象に。もがき方も分からないのを自嘲している雰囲気が出ています。

ただでさえ軽口だった設楽さんの「持ち帰り」発言、「テイクアウト」だとさらにふざけている感がアップ。栄さんがイラッとするのも仕方ないのでは…


B.表記の変更

◆雑誌p32、文庫p64
おもしろいって言わせたい。
→面白いって言わせたい。

◆雑誌p38、文庫p80
「口固いか?」
→「口堅いか?」

◆雑誌p68、文庫p145
息や声で、跡がつけばいいのに。
→息や声で、痕がつけばいいのに。

漢字・かな表記を直している箇所の中で、目立ったのが「面白い」。雑誌では平仮名表記だったのが、文庫化にあたり全て漢字に統一されています。
見つけられたのは計25カ所!そんなに「面白い」と言ってたんだ!という発見もありました。

固い・堅いの使い分けについて。それぞれ反対語が固いは「ゆるい」、堅いは「もろい」と考えると「口が固い」なのかな?とも思ったのですが、「堅実」といった意味を踏まえると「口が堅い」の方がいいのかもしれません。辞書にも二通り書いてあるので、どちらが正しいというわけはないみたいですが。

「跡」と「痕」は、傷など皮膚におけるものは「痕」が使われる傾向があるそうです。身体に残す意味が強まっていていいなと思いました。


C.加筆

◆雑誌p20、文庫p38-39
注射針が沈むアップからカットは暗転し、黒バックに白い文字の日付が浮かぶ。死んだ日。
→注射針が沈むアップでまぶたを閉じるように画面の上下から黒くなり、日付が白く浮かび上がる。死んだ日。

◆雑誌p42、文庫p88
お義父さんみたいなものかなと」
何だこいつ。
→お義父さんみたいなものかなと」
「は?」
何だこいつ。

◆雑誌p52、文庫p109
―局に報告して、対応を協議します。
訊くべきことは訊いた。
→―局に報告して、対応を協議します。
―VTRを作っている時、オンエアの後、あるいは今、罪悪感は? 後悔していますか?
―事実確認以外の質問に答える気はない。
訊くべきことは訊いた。

◆雑誌p60、文庫p128
それだけ難しい。
―昔、この番組のプロデューサーに訊かれました。
→それだけ難しい。麻生が「自分の言葉じゃない気がする」とやらせに気づいたのは必然かもしれない。嘘と本音、本音と建前を瞬時に使い分けるのがアナウンサーだから。
―昔、この番組のプロデューサーに訊かれました。

やはり一番高まるのが加筆!
注射針〜の文章はどんな映像かが分かりやすくなっています。「まぶたを閉じるように」が加わることで、一気に死が強調されているように感じました。

そして小太郎の迷台詞「お義父さん」のシーン。こちらに栄さんの「は?」がプラスされているのです!そりゃそう返したくなるよね…素の驚きと戸惑いが見えて嬉しくなります。

三芳さんへのインタビューの最後には、罪悪感や後悔があるかを尋ねる問いが付け加えられています。答えてもらってはいませんが、栄さんが感情面も聞こうとしている様子が分かり、インタビューするときの姿勢が伝わってきました。加筆大サービスに感謝です…

国江田さんの言葉の前には、アナウンサーの仕事に対する考えが追加に。栄さん目線でのアナウンサーに関する言葉が貴重な気がします。


D.語尾の変更

◆雑誌p49、文庫p103
もうお昼食べました?
→もうお昼食べた?

現在形を過去形に直すなどの語尾の変更が主でしたが、私が軽く衝撃を受けたのがこちら。
敬語がタメ語になっているだけといえばそうなのですが、この台詞、てっきり栄さんのものだと勘違いしていたんです…
待ち合わせして始めに声掛けるのは呼び出した方だろう、にしても栄さんがこんなにフレンドリーに話せるなんて!と驚きでしたが、少しすっきり。
向こうに話し掛けさせアテンドさせる、栄さんはやっぱり栄さんでした。


E.削除

◆雑誌p22、文庫p43
栄の作るものに嫉妬する、と打ち明けたことがある。
→削除

文章を整えるために不要な語を削除していたケースが多い中、文章が丸々削除されていたのが上記。これはその前の加筆(以下の通り)に伴った修正です。

◆雑誌p22、文庫p43
「あんた、俺に嫉妬するって言ってたな、昔」
→「あんた、俺の作るVに嫉妬するって言ってたな、昔」

質問の時点で嫉妬の対象を栄さんの作るVと限定しているため、後に書いていた説明が不要になったようです。Tシャツを脱がせながらの会話、テンポ良く進んだ方が確かにしっくりくる…笑


F.文章の区切りの変更

◆雑誌p31、文庫p62
首を締め上げられているように苦しくなった。
→首を締め上げられる。苦しい。

句読点の位置を変更したりと、文章の区切りを変えている修正も。
「首を締め上げられる」で切れると、苦しみの臨場感が増すように思います。栄さんにここまで苦痛与えてしまう、モーターコイルが恐ろしい…


G.別な語への変更

◆雑誌p11、文庫p18
栄のとげとげしい性格に
→栄のとげとげしい言動に

◆雑誌p20、文庫p38
苦痛より死を選んだ老人が、
→苦痛より死を選んだ青年が、

◆雑誌p22、文庫p42
楽しみな気がするのはなぜだろう。
→喉が渇いてくるのはなぜだろう。

◆雑誌p45、文庫p93
二〇〇ドルのギャラを
→三〇〇ドルのギャラを

始めに上げた言い換えのパターンと似ていますが、それよりは文脈や受ける印象が変わったように感じたものを、このパターンに入れてみました。

栄さんがとげとげしているのは「性格」ではなくあくまで「言動」なんだね!と微笑ましくなったお気に入りの修正。無愛想なのは武装だから…

次は「マイ・ドキュメント」の映像。尊厳死からは「老人」を思い浮かべがちかもしれないけれど、「青年」の場合ももちろんある。そのことにハッとしました。

ぬるくなって炭酸が抜けたビール。「喉が渇いてくる」の方が肉体的な渇き・飢えを感じて、この場面に合っているなと思います。あの後果たして飲んだのかどうか。

そして、ギャラの金額が上がってる!?良かったね、マコーネルさん!それでも少し安いような…?こんなものなのでしょうか。相場が分からない…


H.その他

◆雑誌p9、文庫p14
苦しまなければならないのか―
→苦しめられなければならないのか―

受け身になっている、言葉の順番が入れ替わっているといったパターン。数が少なかったので「その他」としました。
こちらは元官僚のゲストコメンテーターの、パワハラ問題についての思い。文章が受け身になったことで、怒りがより伝わってきます。


以上、加筆修正を8パターンに分けて取り上げてみました。

あともう一点、気になったことが。こうした加筆修正箇所、実は全ページにわたって万遍なく見られるわけではありません。
まず、文庫p48-53。この丸々6ページにわたり、加筆修正は見つかりませんでした。そしてp140-149。前述の「痕」の漢字修正2カ所を除き変更点は発見できず。

この二つの共通点といえば…そう、したさかセ...パートは雑誌掲載時のままなのです!
変える必要がないほど、完璧に練り上げられ文章なのかと感動しました!もちろんたまたまなのかもしれませんが、そう考えていた方が楽しいので。

ここまででかなり長くなってしまったため、加筆修正一覧は次の記事に載せたいと思います。


〈引用文献〉
一穂ミチ「ひらいて」(新書館、小説Dear+フユ号Vol.76、2020年1月)
一穂ミチ「つないで」(新書館、2020年8月)

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