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【二次創作小説】ピク星の刹那

ピク星はこの銀河の無数の星々の中の一つ。人の住まない小さな星であり、表面は岩石で、この星に降り立つと一面灰色の景色のみが広がる。

ピク星と呼ばれる所以はピクという魔物がここに棲んでいたからだ。全長五メートルほどの赤黒い流動体のような魔物で、周辺の星に被害を出すため、周辺の宇宙人たちは大いに困っているとのことだった。
そこでピクを退治するよう依頼を受けたわたしがこの星に一人でやってきた。ピクは人の顔を狙い、その頭部を喰らおうとする。流動体なので物理攻撃が効かず、叩いても切ってもびくともしない。ダメージを与えられるのは、火で焼くという行為のみである。それでもよく効いているわけではなさそうで、殺すことは不可能だと言われるわけがわかった。わたしはピクとの戦いの最中、「適度に痛めつけて、弱ったところをどこかに封印するしかない」と判断した。
死闘の末、なんとかピクを封印できたものの、この星には入れ物になるものが何もなく、封印は、わたしの体の中にするしかなかった。ピクを体に入れたわたしは、ピクの容積のぶん、体が大きく重く膨れ上がり、宇宙船に入るための扉はわたしの体より小さくなってしまった。こうしてわたしはピク同様この星で孤独に暮らすことを余儀なくされたのである。

孤独だったが、確かな『ひとりぼっち』ではなかった。星には時々、金色の巻き毛の若い男の子が一人でやってきた。普段から色々な星を行き来している、郵便屋である。初めてわたしの星にやってきた時、彼は言った。
「初めまして、おばさん。ここいらの星、危険だから近づくなって上から言われていたんですが、もう安全になったようですね。これからはこのあたりにも届けに参りたいと思います。早速ですが、郵便です。どれも宛名のない手紙だから、好きな手紙を受け取ってよいのです。反対に、おばさんが手紙を出したい時は僕に言ってください。紙とペンも売っています」

わたしは彼が持ってくる手紙をこの星で唯一の楽しみにした。わたしが書き、どこかへ届けてもらうこともあった。
ある時は、『こんにちは。今日もたくさんの手紙が届きました。他の星の知らない人からのメッセージなのに、不思議と温かいつながりを感じます。わたしも温かな言葉を紡げているでしょうか。』
またある時は、『例の魔物、ピクだっけか? あれを倒した英雄とは私のことだが、何か質問ある?』
ふざけてこんなことを書くこともあった。

だがある時を境に、彼がぱったりと来なくなった。それまでは三日に一度くらいの頻度で来てくれたのに、何ヶ月たっても一向に姿を現さない。わたしは心配した。ちょうどこの頃、嫌な夢を見るのだ。
ピクがわたしの手のひらから流れ出て、郵便屋の男の子を襲う夢。男の子は顔を覆って守ろうとするも、完全にピクの赤黒い体にまとわりつかれてしまう。獲物を全て喰らい尽くしたピクがその場を離れると、そこには頭部が欠損したもう二度と動かぬ細い体だけが横たわっていた。

「夢でよかった。まだ心臓がバクバクしている」
もう何度目かのこの夢。あの子に何かあったというお告げの夢なのだろうか。失う夢を見るようになって初めて気が付いた。あの子はただの郵便屋としてだけではなく、もう、わたしにとってなじみであったんだ。まさか正夢なんかじゃないよね。どこにいるの。心配させないでよ。いなくなる前に何とか言ってよ。熱い、熱い、感情が溢れ出した。油断した。涙と一緒にピクまで流れ出てしまったことに、一瞬、気づかなかった。ピクは、スローモーションで空めがけて飛び跳ねたと思ったら、くるっと向きを変えてわたしのほうに飛んできた。ほんの一瞬の出来事だった。わたしの顔に食らいついた。

たくさんの手紙を持った男の子が来たのは、それから一月後のことだった。彼は頭のないわたしの死体の前で跪き、いまどこか別の星を襲っているであろうピクの存在に恐怖するのであった。


原作:星の王子様メッセージ

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