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【SD】フェルナンド・タティス薬物規定違反で80試合出場停止

米国8月12日、MLB機構はサンディエゴ・パドレスのフェルナンド・タティス・ジュニアが禁止薬物を使用したとして、80試合の出場停止処分を下したと発表。タティスによると当初異議申し立てを行ったが、自らの不注意による結果のため取り下げたという。同日から無給出場停止、$3MM弱の減額となる。今季は残り試合48試合と、来季最多32試合の欠場が決まった。加えて今年のポストシーズン戦と、来春行われる予定のワールドベースボールクラシックへの出場も不可能となった。なおポストシーズン戦は出場停止試合数にカウントされる。

タティスは今年1月故郷ドミニカ共和国でのバイク事故で手首を骨折。ロックダウン中で球団と連絡が取れず、3月半ばのキャンプ開始直後にようやく手術。今月ようやくAAサンアントニオ・ミッションズでリハビリ出場を開始し、来週にも今季メジャー初出場と見込まれていた。

先のバイク事故とPED違反で今季全休となったタティスは、1961年以降MVPトップ3以内に入った翌年全休する3人目の選手に。 残りの2人であるヒューストン・アストロズのモイゼス・アルーはNLのMVP3位だった1998年後のオフシーズンにトレッドミルの事故でACL裂傷、ロサンジェルス・ドジャースの伝説的左腕サンディ・コーファックスはNLのMVP2位の票を獲得した1966年を最後に突如引退している。

タティスが使用したとされる薬物はクロステボルという弱いアナボリックステロイドの一種で筋肉増強剤として作用する。1960-70年代の東ドイツで使われ始め、効力は他種に比べ弱く検知しづらかったが、検査方法が発達し近年は尿検査で検知が容易になったという。2012年にフィリーズのフレディ・ギャルビス、2016年にマーリンズのディー・ゴードンが同薬物で陽性反応が出て処分を受けている。

打撃練習を始めてからのタティスは以前より身体が大きく見え、実戦のブランクが長いゆえに太ってしまったのかと思っていたが、今にして思えばクロステボルの効果だったのかもしれない。

衝撃的なニュースが流れた後ほどなくして、タティスはMLB選手会を通して声明を発表。オーナー、GM、球団やチームメイトまたファンらに詫び、プレーできないことに衝撃を受けているという。また過ちに対して言い訳のしようがないと述べ、白癬治療の為に(禁止薬物)クロステボルが含まれていた治療薬を不注意に使用してしまったと釈明。

しかし米国では白癬治療薬の軟膏に含まれているステロイドはクロベタゾールという抗炎剤であり、名前こそ似ているがアナボリックステロイドの一種であるクロステボルは薬品への使用を禁止されている。ただ一方で、欧州や中南米で使われている軟膏には含まれているものもあるという。

パドレスGMのA.J.プレラーはタティスの関係者からの電話で事態を知った。東部時間午後3:45、試合開始まで3時間少々というタイミングだった。すぐにMLB機構に電話し状況を確認。タティスはAAミッションズの遠征先テキサス州フリスコからチームに連絡することなく一般の旅客便でサンディエゴに向かったという。一方プレラーはワシントンに遠征したパドレスに帯同している。

タティスの声明についてプレラーは「まだ直接話をしていないけれど、つまるところこれは彼側の釈明だ。最も大きな点は、MLBには薬物規定があるということ。彼は検査で陽性となり、プレーが出来ないと。それが一番大きな問題だ。ルールの遵守を確実にするのは選手の責任だが、彼はそうしなかった」とコメント。

「球団の立場からすると、彼は多くの時間と金銭を投資された人間だ。フィールド上で違いを見せる事が出来るが、この状況から学んでもらわなければならない」「オフシーズンから成熟を望んでいたけれど今日のニュースを受ける限り、これは寧ろパターン化したより深掘りしなければならない問題だ。彼は失望していると思う。ただ言うは易しだ。行動によりその気持ちを示さなければならない」

またオフシーズンに詳細について話す必要があると続け「まず(サブラクセーションを頻発した)肩と手首についてだが、それ以上についてもだ。信頼が持てる状況に辿り着かなければならない。過去6-7ヶ月においてそれはなされなかった」「彼は素晴らしい才能の持ち主で実績もある。だがそれは互いの信頼があっての機能するものだ。今後彼と多くの会話をする時間を持つだろう。もしそこで本物の関係とパートナーシップを結べれば、それが強固なものであると確認しなければならない」

普段は面白みに欠けるとすら感じるほど淡々としたコメントしか発さず、前回手首骨折の時はタティスをフォローする発言をしていたプレラーだが、今回はさすがに失望と苛立ちを露わにしていた。

打撃練習後プレラーはメルビン監督に連絡し、パドレスの選手に事の顛末が伝えられたのは試合開始の直前。タティスのPED違反について知らされた選手達は愕然としたという。 「試合開始30分前以内に集合を掛けられることは本当に一大事以外はない」とジョー・マスグローブ。「で、その話を聞いて誰かが亡くなった訳ではないと知ってある意味ホッとした」

当然試合は予定通り行われ、早い古巣ナショナルズへの凱旋となったフアン・ソトを初めとする打者の活躍で10-5の勝利を収める。

試合後のインタビューマニー・マチャドは「タティスは今年ずっと居なかったけれど自分達はここまでやってきた。彼が戻って来て起爆剤になってくれることを望んでいたけれど、自分達でここまでやってきた、そしてやり続けるだけだ。初日からメッセージは変わらない。ここに居る仲間を信じ続ける事だ。目標に辿り着くための仲間は揃っている。明らかにトレード期限前に戦力は格段に強化された。チームとしてプレーし続けるだけさ。まだ同じ目標を掲げているよ、ワールドシリーズに行って優勝をサンディエゴに持ち帰るとね」とプロフェッショナルに徹した前向きなコメント。

メルビン監督は「大きな打撃だ」と言いつつも「うちのラインナップを見て欲しい。まだ素晴らしい打線だ。だから前に進むべきだと思う。タティスを待ち望む前からも、キャンプを終えた時も、デッドラインで大物4人を補強した時も良いチームであると思っている」と話す。また翌日タティスと話し「とても反省している様だった。言えることはそれだけだが確認しておきたかった」とコメント。

ウィル・マイヤーズフアン・ソトらもショックを受けているとはいえ戦力は整っているし前に進まなければならないという意図の返答。

一方タティスの振る舞いに不満を露にする選手も居る。先述のマスグローブ「タティスはまだ若い。教訓やすべきでないことをこれから学ぶだろう」と言いつつも「ただ突き詰めると自責の念と献身、チームの一員で居たいという姿勢を示し始めるべきだと思う」とコメント。

また今日の試合に先発し5イニング1失点で4勝目を収めたマイク・クレビンジャーはさらに辛辣で「彼に失望させられたのはこれで二回目だ。成長して今回の件から学び、単に自分自身についてだけの出来事では済まないと知ることを望むかだ」「他に誰も要らないよ。必要なメンバーは全員ここに揃っている」とタティスを半ば見捨てるような歯に衣着せぬ厳しい発言を残した。

しかしそんなクレビンジャーも2年前インディアンス時代にコロナ禍中の外出禁止令を無視してかつ虚偽の報告をするという失態を犯し、ベテラン投手の元パドレス左腕オリバー・ペレスに「あいつと一緒にプレーは出来ない」と言われるほど逆鱗に触れていたので、あなたは何故パドレスにトレード放出されたか覚えていらっしゃいますかという気もするが、少なくとも今回の怒りの内容についてはもっともではある。

またサンディエゴの人気スポーツラジオ朝帯番組Ben & Woodsが、タティスのPED違反報道を受けて夜に緊急生放送。失望、苛立ち、また今のチームの強さへの希望などファンの気持ちをダイレクトに代弁していた。ちなみに各Podcastのプラットフォームで試聴可能だ。

見解

プロスペクトを大放出し大型補強を行ったシーズン後半の勝負期、さらに起爆剤となってもらうべく復帰を待ち望んでいた状況でのPED違反でプレーオフの出場不可という、これ以上ない最悪のタイミングでの不祥事だ。8月半ばの復帰でも1後半台のfWARを残すと見込まれていたので、ゲーム差によってはワイルドカード争いやポストシーズンでの勝敗に影響する可能性がある。

しかしそれ以上に深刻な問題は、周囲が持つタティスへの印象は80試合では到底回復しないという点だ。むしろ一生取り戻せない可能性が高いだろう。若きMLBの顔としてのイメージは地に堕ちた。コマーシャル契約もいくつかは終了するだろう。

そしてチームメイトや監督コーチからの信頼回復も容易ではない。ことMLBにおいて、チームメイトやGMが在籍選手を公然と批判することは滅多にない。タティスの無責任な振舞いは今回の件に限った話ではなさそうで、ドクターからゴーサインが出る前に独断で打撃練習を行なっている様子が目撃されている。またチーム関係者は以前からタティスは未熟で機嫌を損ねやすく、活力が良い方にも悪い方にも左右されやすいと指摘している。

また、過去PEDスキャンダルに塗れた選手と異なるのはタティスの若さだ。耳目を集める程の実績を残した後でPEDで処分を受けた、もしくは疑惑の目を向けられた選手の多くが30歳以上だったが、タティスはキャリア序盤の23歳で違反が発覚。契約残りの12シーズンに渡り活躍したとしても薬物のイメージが付きまとう。現行ルールでは2度目の発覚で162試合欠場だ。アレックス・ロドリゲスと比較される機会は多いがそこまで真似しなくて欲しくはない。

殿堂入りの可能性もほぼ無くなった。少なくとも2022年までにPED処分を受けたのちに殿堂入りした選手は皆無だ。メジャーリーグ史上最長14年$340MMの契約を結んだ際、パドレスでキャリアを終えペトコパークに銅像を建てる様な活躍を見せたいと話していたが、この後よほど活躍し且つフィールド内外で模範的な行動を取り続けない限りその希望は叶いそうにない。ちなみに完全トレード拒否権があるため、納得がいく代償を得られるトレードでの放出は不可能に近い。

また前回のバイク事故と同様に残念なのが、元メジャーリーガーだった父親から何らかの指導は無かったのかという点だ。もちろん成年した息子の責任を父親に被せるつもりはないが共に練習をしている仲で、怪我やPEDのリスクは世間一般の父親よりも数倍理解している筈だ。

またタティスの母親がインスタグラムで息子が実際に白癬を患っている事を示すため首部の写真を掲載していた。

息子を庇いたい気持ちは分かるが、仮に患っていて薬に禁止薬物が含まれていたとしても違反は事実であり選手としての責任から逃れる事は出来ない。白癬で水に流してもらいましょうってお母さんこれが本当の白癬流しってオチですかハハハハハ

プレラーはバイク事故の時は立証の困難さと関係を悪化させないため年俸の減額を求めない温情を見せたが、今回の件を受けタティスに対して様々な要求をするだろう。それは外野と遊撃の常時併用かもしれないし、球団やスポーツドクターが勧めながらも自らの判断で回避した左肩手術の可能性もある。後者はもちろんタティス本人に選ぶ権利があるが、先述の通り反省を行動で示すのであれば選択肢としてあり得るだろう。

というより行動で反省の意を示せる選択肢は実際にそう多くない。選手や監督コーチ陣の心情を慮ると単に好成績を残せば済む話ではなく、今までの様な特別扱いはケミストリーをさらに悪化させる可能性がある。

先のメルビン監督のコメントにある様に、幸い戦力は整っている。監督やチームメイトと同じくタティスの不在に気を取られることなく今後のシーズンを注視していきたい。


結びとして、タティスより前にペトコパークに銅像を建てたパドレスの英雄、トニー・グウィンが2007年の殿堂入りに伴ったクーパースタウンでの式典スピーチを紹介しよう。

「契約書にサインするということは、ただ野球をすれば良いというだけではないと深く思います。ここにお越しくださった皆さんをご覧ください。この方々もまた野球を愛しています。選手達はユニフォームを着た時に責任を負うのです。お金を払ってプレーを観に来る人たちが居るので、責任があるのです。選手達は正しい決断をして、なすべき事を示さなければならない」

タティスが正しい決断のもと、なすべきことを示すための80日が始まった。


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