美術監督 渥美裕治が気になる
これはSHIROBAKO Advent Calendar 2020の11日目の記事です。
『SHIROBAKO』は、アニメ制作の現場を描いた群像劇作品です。
登場人物の数が多いというのは、『SHIROBAKO』の魅力の1つだと思います。繰り返しみていると、気になるキャラクターや、感情移入するキャラクターが自分のなかで毎回変わっていきます。
さて、『第三飛行少女隊』の美術監督を依頼された渥美裕治という人物がいます。割と登場しているにも関わらず、あまり注目されていないキャラクターです。今回『SHIROBAKO』を全話見直した際、渥美氏のとある台詞に惹かれ、急に気になる存在となりました。この記事では渥美氏の台詞から、彼が一体どんな人物なのかを紐解いていきたいと思います。
「で、どんな入道雲ですか?」
第13話にて、渥美氏に好きな雲を聞かれた監督が、入道雲だと答えた際の台詞です。
渥美「監督が好きな曇ってなんですか?」
監督「えっと入道雲かな(中略)」
渥美「入道雲 あの量感は絵心をそそるものがあります」
監督「ですよね〜」
渥美「で、どんな入道雲ですか?」
監督「えっ?」
「入道雲 あの量感は絵心をそそるものがあります」と監督に寄り添った風にみせて、「で、どんな入道雲ですか?」と聞くあたりに、渥美氏の不器用さ、そして自分の領域に関するこだわりの強さを感じます。一方で、与えられたテーマ(入道雲)を掘り下げて考える姿勢には、プロ意識も感じ取れます。
「それは...」
第13話にて、宮森が渥美氏にとっての雲の魅力を聞いた時の返答です。
宮森「渥美さんにとって雲の魅力ってなんですか? 雲そのものもそうだし 美術として雲を描く魅力とか」
渥美「それは…」
強めな姿勢で監督に質問をしていた渥美氏ですが、宮森の問いにはすぐに答えられず、ちょっと考えさせてください、と一旦持ち帰ります。ちょっと抜けているところもあるんですね。ただ、その場しのぎの返答をしてはぐらかしたりせず、きちんと考えて答えを出すところに、真面目さを感じます。
「頭の中にはいつも完璧な雲がある」
第14話にて、先日の宮森の質問に対する返答の一部です。
渥美「その答えは描いても描いても まだ満足のいく雲が描けていないことだと思ったんです」
監督「それは理想が高いから?」
渥美「もちろんです 頭の中にはいつも完璧な雲がある ですがそれが100%完璧に 自分の手で再現できたことはないんです ものすごいストレスです 分かりますか?」
「描いても描いてもまだ満足のいく雲が描けていない」という発言からは、渥美氏のストイックさを感じます。アスリートのようですね。なかなか満足いかない、という経験がある人は多いと思います。ただここで特筆すべきなのは、渥美氏が「満足のいく雲が描けていない」ことを雲の魅力と捉えている点ではないでしょうか。おそらく、なかなか満足いかないことがネガティブ方向へ働いてしまう人も多いと思うのです。
さらに渥美氏は、「頭のなかにいつも完璧な雲がある」とはっきり言います。すごいですね。これは相当雲を観察し、自分で描いてきていないと不可能だと思います。完璧な雲があるだけでもすごいのに、それを渥美氏は「100%完璧に自分の手で再現」しようとしています。それはもう「ものすごいストレス」だと想像に難くないです。勉強家であり、完璧主義な渥美氏の一面が垣間見られますね。
「空の色で描き分けてみたい」
第15話にて、ロケハンに行った際の台詞です。
渥美「調布 ウクラインカ ランス オハイオ 空の色で描き分けてみたい」
渥美「監督、この青は空戦の青ですか?それとも平常時の青ですか?」
美術監督としては当たり前の発言なのかもしれませんが、「空の色で描き分けてみたい」ってすてきな表現ですよね。渥美氏には、自ら挑む壁を見つける力、それに付随する挑戦心があると思いました。
そして、私が渥美氏を気にするきっかけとなった「この青は空戦の青ですか?それとも平常時の青ですか?」という台詞です。こんな風に色について考えることってあるでしょうか。渥美氏の探究心の強さや、詩的な着眼点を感じます。
「それには雲の高度が低すぎます」
第16話にて、渥美氏と監督が背景について話し合っている際の台詞です。
渥美「空の高さによって出来る雲が違うんです」(中略)
渥美「この雲はキャラクターの心情を語る雲です」
監督「なんかちょっと寂しい感じするよね」
渥美「はい 未来を信じて飛んだはずなのにどこかむなしい そんな気持ちを表現してみました」
監督「1話の帰還シーン サンジョの編隊の下にこういう雲が走ってるといいな〜」
渥美「それには雲の高度が低すぎます」
監督「じゃあ飛行機が高度を下げるよ」
渥美「えっ?」
監督「もちろんウソの高度にはなっちゃうけどさ そこは心情を優先させたいな 音楽のっけてず〜っと空と雲を映すって絵も作りたいな〜」(中略)
渥美「分かりました 主役になりうる空と雲を描かせていただきます」
渥美氏の雲をみて、この雲の上に飛行機を走らせたいという監督。それに対してすかさず「雲の高度が低すぎます」と答える渥美氏。私はこのやり取りを聞いて、ライターである舞茸さんの発言を思い出しました。
監督「(航空機が)その高度で飛べるんだっけ?」
舞茸「飛べますが燃費が変わってくるかな」
監督「そこはあんまりこだわらなくても」
舞茸「でも分からないまま描くのと分かった上で忘れるのは違いますからね」
第14話にて、航空機等の設定制作の話をしている際の台詞です。何かを表現する上でも、そうでなくても、この考え方はとても重要に思いました。プロとして最低限知っておくべきことはあると思います。でもそれ以上に、知識によって見え方を広げることや、表現を深めるという点において、渥美氏の雲に対する知識は重要であり、仕事における堅実さを感じました。着眼大局でもあり、着手小局でもある。バランスがいいですね。最終的に、監督の提案を受け入れ「主役になりうる空と雲」を描くことを決意した渥美氏に、柔軟性すら感じます。
「確かに自分で全部やれるならやりたいです」
第18話にて、大事なシーンの美術を大倉氏に頼みに行った際の台詞です。
大倉「そんな大事なシーンこんなおっさんに投げるなんて俺だったら死んでもイヤだけどな なんで自分でやんねえの?」(中略)
渥美「確かに自分で全部やれるならやりたいです 私にもプライドがあります」(中略)
渥美「でも今は飛行機が飛ぶ空と雲を最高にすることで頭がいっぱいで 廃墟の話を聞いた時 思いついたのは大倉さんの描かれた「町立」の死に絶えた町のイメージなんです でもあれに追いつく絵なんて私にはとても」(中略)
渥美「お願いします 勉強させてください」
「自分で全部やれるならやりたい」という熱意が素晴らしいですね。「今は飛行機が飛ぶ空と雲を最高にすることで頭がいっぱい」という状態もさすが完璧主義という感じです。ただ、自分の限界を把握し、作品をより良くするために自分のキャパ以上のことは責任を持って他の人にお願いをするあたりは、渥美氏の冷静な判断力を感じます。また、「廃墟の話を聞いた時 思いついたのは大倉さんの描かれた(中略)」というように、なにかキーワードをきいて、それに関連して思いつくものがあるというのも、勉強熱心な渥美氏の素晴らしい点だと思います。そして「勉強させてください」という渥美氏。いくつになっても、学び続ける姿勢、向上心を持ち続ける姿勢を見習いたいです。
まとめ
渥美裕治という男は、おそらく不器用で真面目な優等生です。自分に対しては冷静な目を持ち、表現する対象には強い探究心を持っています。完璧主義ゆえの頑固さもありますが、芸術家らしい詩的さや柔軟性もあります。渥美氏は、着眼大局・着手小局な美術監督なのではないでしょうか。
でもなぜでしょう、ここまで渥美氏について書いても、渥美氏より、酔っぱらいのもさい大倉氏に惹かれてしまう...笑。
私が渥美氏を通して感じたことは、ひとつのことをじっくり深めて考えることの素晴らしさです。また、渥美氏を通して考えさせられたのは、完璧を求めていくことが芸術なのか、完璧を生み出すことが芸術なのか、ということです。
以上、来年のSHIROBAKO Advent Calendarも楽しみです!
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