小林化工の経口抗菌剤イトラコナゾール錠に睡眠薬リルマザホンが混入した事案の調査報告書に既視感しかなかった件

おはよう人類。

なかなかいい報告書だったのだけど、システム企画の目線から見ると「これMESでポカヨケが機能してない話だよなぁ」という感想で、システムだけでポカヨケを実現するのは難しい(というかシステムだけでやっちゃだめだ)という思いを強くした。

MES(製造実行システム)とは、工場やラインで製品の製造を統制するシステムのことで、実績の集計と管理、トレーザビリティなどの機能の他にポカヨケの実現がある。ポカヨケとは、ある製品の製造において、必要な4M(Man:人/Machine:機械治具/Material:材料/Method:方法)が正しく使われているかチェックしたり、正しく使われるようにする仕組みを言う。

ある製造工程で、ロットの製造を開始する際、段取りという段階が発生する。段取りでは、製造に必要な材料がそろっていて、その製造方法を機械の指示して機械が生産できる状態に整える。その前段階として同じ機械でも、製造しようとしている製品が作れない機械だったりするとダメだし、そもそもその製品の製造に対して必要な教育と訓練を受けた作業者である必要がある(同じ工程でも製品によって作業ができる・できないという問題が発生する。人間はやったことがないことは正しく作業できない)

MESは、基本的には製品の加工自体を直接制御するシステム(これはFAシステムが担当する)ではなく、工程と工程の間の製品の流れを統制するシステムだから、基本的には生産の開始と終了時の二つのところで処理が発生する。製品の加工における人為的なミス(ポカ)はほとんどが段取り時の4Mの間違いによって発生するので、MESにポカヨケの機能を入れるのはある意味で合理的な考え方でもある。

ところが、実はMESだけでは実はポカヨケの実現するのはとても難しい。

歴史的な話をすると、MESはもともと製造ラインにおける実績管理システムとして発展してきた歴史がある。MESが登場する前は、作業者がロットの開始と完了の際に、作業伝票と実績伝票に開始時刻と取扱数や不良数、完了時刻と実績数を記入して生産ラインの管理部門に回して、これを管理部門が手で集計していた。それを作業者が直接コンピューターに入力することで集計管理できるようにしたのが始まりだ。

なので、MESによるポカヨケは、段取り時の4Mのチェック機能としては働くのだが、それは作業者が標準書と作業指示に従って、正しい作業をすること前提にミスを防ぐシステムとしか働かない(ある種のダブルチェックシステム)。悪意ある作業者が、意図的に逸脱した作業を防ぐ機能はないのだ。

これを防ぐためには、MESとFAが連動して作業指示で規定された作業をできなくするインターロック機能が必要だし、加工中にもFAが常に加工中の製品状態を確認して逸脱があれば止める機能が必要となる。これはかなり大がかりなシステムとなり、MESを運用する製造系ITシステムだけでなく、FAシステムを運用する生産技術、加工条件を決める製造技術、品質検査基準を決め統制を行う品質管理部門が一体となって運用にあたる必要がある。

何しろ、加工条件にないものは作れなくなってしまうし、サンプル品や流動確認用のイレギュラー条件で流動させる際にも、事前の流動計画を立てて正規の手順で流さないといけなくなるので手間が増える。ただ、こういった例外を作ってしまうと、何かの手段で悪意ある作業者が回避手段として常態化させてしまって、労災や品質事故の原因になってしまう。ポカヨケをシステムで実現するならば、システムの枠組みを超えて徹底的に行う必要がある。

だから、ポカヨケシステムはMESやFAとは独立したシステムとして実装されている例が結構ある。MESは、最近ではERPとしてパッケージとして提供されていう例もあるのだが、MESでポカヨケ実現自体が難しいのに、カスタマイズに制限があるERPで実現するのはさらに困難だからだ。そもそも、MES自体がスタンダードになるようなパッケージが存在しないことからもわかるように、あまりERPに適したシステムとは言えない。

また、小林化工のケースでは、そもそもの材料の取扱にも問題があった。MESでは材料の在庫数量の管理は一般的に行う機能がない。材料の在庫と、払い出しの管理はSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)と連動したWMS(倉庫管理システム)が実現する機能に近いので、MESだけで抑制できる話とはちょっと違う。

WMSは、自動倉庫を制御するシステムと思われがちであるが、一番重要な機能は倉庫が持っている物品の品種と数量を管理する機能だ。SCMと連動してMESに生産指示を出す前段階で、SCMはWMSに必要な材料の引き当てを指示する。WMSは製造指示に紐づいた払い出し指示に従って、必要な品名と数量を払い出し、MESの生産完了実績から「おつり」を再入庫して、原材料を適切に管理する。また、システム上の管理だけでなく、経理部門と連携して棚卸を定期的に実行することで数量差異を把握して、必要な是正を行う。

加工材料の管理統制は、仕掛品の管理統制と並んで重要な管理項目である。材料が余剰になればB/Sがおかしくなるし、期限切れによる廃棄だけでなく、廃棄を偽装して有価物を横領する事例すらある。航空機などの製造では治具や材料の置忘れが重大事故につながる例もあり、厳しい管理システムが構築されている。

また、システムとはちょっと離れるが、品質管理部門の異常ロット管理の方法にも問題がある。抜き取り検査で異常値のある製品が発見されたにもかかわらず、品管の裁量で合格とされてしまっているが、管理図に基づく管理が行われていなさそうだ。粉体を取り扱う製造工程では、特にコンタミネーションを常に疑う必要がある。悪意で標準から逸脱したわけではないケースでも、製造装置の洗浄の不十分や、隣接ロットからのコンタミは常に発生しうる。同一品種のロット間のばらつきは、品管として常に把握すべき項目だ。

こういった内部統制にかかわる工程システム設計は、精神論ではなく法制度や標準規格によってフレームワークが作られていて、フレームワークの展開によって実現できるものも多いのだが、実現手段としてITシステムを使うので、システム設計の基本構想の段階でITシステム部門に丸投げするような事例が後を絶たない。小林化工のケースがそうだとは言わないのだが、管理を強化すれば解決する問題ではなく、運用フェーズにおける統制と管理へのフィードバックをどう考えるかが重要だと思った事例だと思う。

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