「半導体の供給不足」とはどのような原因なのか?

おはよう人類。

ロイターの記事を引用して、こういうツイートをしたら思いもかけず多くの人の反応をもらった。


弊猫の駄コメント付きの引用よりも、元のロイターの記事は大変な力作だと思うので是非読んでいただきたいと思うのだが、そもそも「半導体の不足って何が起きてるの?」というお話をしたいと思う。

端的に言えば、今起きている半導体の不足というのは、「半導体の生産に必要な部材の不足」「半導体の生産能力の不足」「部材や半導体製品の輸送力の不足」の三つが原因になっている。

このうち、輸送力の不足というのは、昨今のCOVID-19による航空輸送の停滞が原因になっている。航空貨物というのは、貨物専用機による輸送の他に、旅客便の貨物スペースを使ったベリー便輸送の比十が高い。人の往来が停滞する中で、航空会社は旅客便を減便したり、サイズが小さい飛行機を飛ばしているため、ベリー便能力が不足して貨物専用機による輸送に集中している。しかも、海上コンテナ輸送もコンテナ不足という問題から航空貨物にシフトする傾向があり、半導体の原材料や製品の輸送に大きな支障が生じている。

ただ、輸送の問題は「部材の不足」や「生産能力の不足」と比べるとそこまで大きな問題ではない。特に自動車産業が苦境に陥ってる生産能力の問題がなぜ発生しているのか、本稿ではなるべく簡単に説明したいと思う。(但しわかりやすくは説明しない)

半導体の生産能力の不足は、主に「先端プロセスでの需要の集中」と「8インチプロセスの生産能力の不足」という二つの問題がある。これはよく混同される話なのだが、直面している問題は大きく異なる。

まず先端プロセスへの需要集中という問題だが、これは主にGPUやCPUといった先端プロセスが求められる半導体の需要が10nmから5nmといった、生産量がまだ少なく安定的に生産できないプロセスノードに集中しているという点だ。自社では生産を行わないファブレス半導体メーカーは、ファウンドリと呼ばれる生産請負企業に生産を委託しているのだが、このファウンドリも持つ先端プロセスでの生産能力が不足しているという問題がある。Intelやサムスンのように、自社で設計から工場をもって生産まで手掛けるIDM(垂直統合デバイスメーカー)でも生産能力が不足している。

これは、ロックダウンによる「巣ごもり需要」により、PCやゲーム機の需要が高まっているという問題もあるが、先端プロセスを持つメーカーが非常に限られているという供給面の問題も大きい。ファウンドリでは、TSMCの他にサムスンやGlobal Foundriesといった会社が有名だが、7nmより微細なプロセスではTSMCとサムスンくらいしか供給能力がないという問題がある。

もう一つの8インチプロセスの供給不足という問題だが、これがより問題を複雑化している。半導体は、円形の薄いシリコンの円盤であるシリコンウェハに回路を形成して、これを切り離してチップを作っている。ウェハのサイズが大きければ大きいほど生産性が高いので、20年くらい前まではどんどんウェハのサイズが大きくなっていた。現在主流なのは12インチ(約300mm)ウェハで、全体の供給量の7割から8割くらいが12インチで生産されている。

ところが、12インチプロセスというのは、「小ロットでちょっとだけの数量を長く供給する」ような用途には向かない。1枚のウェハから取れる取り個数が多すぎるので、頻繁にロットを切り替えて別の製品を作るような作り方には無駄が多いのだ。例えば、自動車に使われる各種の電子制御コントローラー(EUC)などが典型的で、1台の車には数百個のECUが使われているが、それぞれ種類が異なるので、一品種の生産量として考えると、少量のものを長期にわたって生産するのには向いていない。

また、電子製品はすべてが最先端の半導体チップを使って作られているわけではない。例えば、PCのマザーボードを見てみると、CPUやGPU、メモリのような先端プロセスを使って作られる半導体チップがある一方で、CPUやGPUに電源を供給するDC-DC変換回路に使われるディスクリート(単体半導体)のMOSFETや、電源ボタンを押したら電源ユニットに通電を指令するような1個数百円のマイコン、BIOSやファームウェアを収める数十KB(!)程度の低容量EEPROMなど、先端プロセスを必要としない、小さなチップ面積の半導体部品が無数に必要となる。先端プロセス製品だけでなく、そうでない製品の需要も高くなっているのだ。

こういった少量で、先端プロセスを必要としない(≒チップの面積が小さい)チップの生産は、現在主流の12インチではなく、8インチや6インチといった小口径ウェハを使って生産されることが多い。半導体需要の高まりで、こういった8インチ品の需要が高まっているのだが、8インチ品というのは実は生産能力が簡単には増強できない。

半導体の生産量の8割近くが12インチに移行している中で、生産性の低い8インチの生産能力はもともと小さい。8インチのような古い生産設備は、まったく生産されていないわけではないが、新規に製作されることはほとんどなく、ほぼ中古の設備を買い集めて構築するのが普通だ。しかも、8インチよりも小口径の生産設備で作られる製品は、単価が安くメーカーとしては利幅が小さい製品がほとんどで、今足りないからと言って生産能力を増強しても将来的に利益になる可能性は低い。

これは、部材にも同じことがいえる。シリコンウェハの生産も、将来的には、単価が安くて少量生産の分野でも12インチに移行していくだろうから、旧世代の8インチ向けのシリコンウェハの製造装置を増強するインセンティブはない。小ピンパッケージ向けに必要なリードフレームや、チップと端子をつなぐボンディングワイヤーのような部材にしても、職人芸のような製造装置が必要なので、わざわざ新規で作って生産能力を増強するという意欲があまりない。

それでなくても、半導体部材そのものが利幅が大きい先端プロセスや、パワー半導体のような分野と、単価が安くて利幅が小さい分野で奪い合いになっている。部材メーカーとしては、最大限に供給責任を果たしてはいるとは思うが、利幅が大きい分野に流れていかざるを得ない。

特に、8インチ品は生産量が少ない点もあって、供給不足が語られるようになった4年くらい前から、部材メーカーは長期供給を前提とした生産体制をとるようになった。数量が少なくて、単価が安いわけなので、生産設備の維持のためにも当然の動きだったんだけど、これが短期的な需要の爆発という状況にうまく追従できてない。

そういうわけで、メルケル首相に泣きついて政治的な圧力をかけて供給量を増やせ! と発破をかけたとしても、半導体の供給は短期ではそれほど増産する余力がないのだ。ないもんはないんである。残念なのだけど。

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