自動車業界のサプライチェーンを襲う「電動化」の波

おはよう人類。

先日、こういう話を書いた。

要約すると、半導体の供給問題は大別して「先端製品」と「枯れた製品」の双方で発生していて、解消は容易ではない(そもそも解消する手立てがない)といったような話だが、半導体供給不足が自動車業界にどのようなインパクトを生じているのか、という話を今回は書いてみたいと思う。

自動車と半導体を語る前に、実は自動車と広く「電装部品」というのは自動車が生まれた頃から切っても切れない両輪のような深い関係がある。トヨタ系のサプライヤーにDENSOというメガサプライヤーがあるが、この会社はもともとはトヨタの電装部品部門(トヨタ自動車電装部から分離したので元の社名は日本電装)がスピンアウトしたという歴史がある。また、同じく米系のAptiveも、元はGM系のDELCO(後のDelphi)として長らく傘下にあった。欧州系だと、自動車会社よりもメガサプライヤーの方が力が強いという逆転現象があるが、Robert Boschのような老舗や、(祖業はタイヤメーカーだが電装メーカーとして新興の部類に入る)Continentalなども有名だろう。

電装部品というと、エンジンのスパークプラグや、ライト類、ワイパー、オーディオといったものが思い浮かぶが、最近ではADAS(運転支援システム)やxEVなど走行に電気を使うものが出てきている。世の中を騒がせる「自動車の電動化」という話も、だいたいこのADASとxEVに関連する文脈で語られることが多い。

そう考えると、自分の周りをちょっと見渡してみても、ハイブリッド車(HEV)も増えてきたし、自動ブレーキのようなADASも増えてきたこともあるし、半導体不足というのはこういった車向けで発生しているかのような感覚を得る人も多いのではないか。しかし、「広い意味での電動化」はxEVに限らず普通のエンジン車でも広く広がっている。言い換えると、半導体の供給不足という問題は、特定の車種に限定した局所的な話ではないのだ。

https://www.renesas.com/jp/ja/application/automotive

上のリンクは、車載半導体でも大手のルネサスの車載半導体サイトなのだが、大体どこの車載半導体でも大別して、アプリケーションは「ボディ」「シャーシ」「パワートレイン」の三つに集約できる。このうち、走行に電気を使う領域(xEV)が関係してくるのがパワートレイン系で、ステアリングの力を補助するパワーステアリングやブレーキなど、走行に関係する領域をシャーシ系、エアコンやワイパー、空調など車内に関係する領域をボディ系と呼んでいる。

こういった電装系部品は、元々はエンジンの存在が前提で動いているものだ。エアコンを例にとってみると、元々エンジン車のエアコンというのは家のエアコンと違って「冷やす」能力しかなく、「温める」能力というのはエンジンの排熱を利用していたり、冷やすためのコンプレッサの動作もエンジンの回転を利用していた。また、ブレーキを例にとると、ブレーキは油圧で動作しているのだが、フットブレーキの力だけで制動力を得ることは難しいので、制動力を補助するために真空ポンプを使ってフットブレーキの力を油圧を駆動させるだけの大きな力に変換している。この真空ポンプの駆動も、エンジンの回転力を使っている。

走行のすべてを、バッテリーとモーターに力に頼るBEVの場合、こういったエンジンから得られていた熱や力を得ることができないので、様々な装備を電動に置き換える必要が出てくるのは容易に想像できると思う。ところで、エンジンとモーターの力を併用するハイブリッド車(HEV)や、走行に主にエンジンの力だけで走るアイドリングストップ機能を持った車でも、同様に装備の電動化が急速に進んでいる。

HEVの場合モーター走行モードが発生するので、BEVと同じく装備の電動化は必要になるが、主にエンジンの力で走るアイドリングストップ車の場合でも電動化が必要になるのは、エンジンから得られる熱や回転力の供給が止まってしまっても、走行や車内の環境の維持に必要な機能は維持する必要がある。例えば、アイドリングがストップした状態でもエアコンは動いていてほしいし、ブレーキはかかる必要がある。そうすると、従来のようにエンジンの力だけでこういった機能を維持するのではなく、バッテリーを介してモーターを動かすことで、エンジンが止まっていても機能を保持できる必要が出てくる。

また、在来型のエンジン車でも低燃費化や排ガスのクリーン化要求は強くなっている。エンジンに力をエアコンやブレーキに必要な動力として取り出すと、大きな損失になる。こういったエンジンから直接取り出していた動力を、バッテリーとモーターの力に置き換えることで、必要な時に必要なだけのエネルギー消費に抑えられる。

そして、エンジンそのものも電動化の塊になりつつある。EGR(エンジン排気再循環)やダウンサイジング化の進展によるターボ加給などの仕組みでは、吸排気に多数のバルブが使用されるようになっていて、制御の緻密化の要求からECU制御による電動バルブが山ほど使われるようになってきた。パワートレインやシャーシ系でもこれほど大量の電動部品が使われるようになっているのだが、これらのモーターとその制御には大量のパワー半導体とEUCが使われている。

ボディで見てみても、パワーウィンドウだけでなく、自動ミラーやバックカメラ、カーナビ、インターネットや衛星ラジオ、テレビなどの運転を楽しく、快適にする電子装備にも大量の半導体が使われるようになってきている。そういった装備に使われる半導体は、厳しい車載使用環境と、自動車の長いライフサイクル(1車種あたり数年、プラットフォーム関係の部品に使われると10年単位、補修部品としての供給を考えると長くて30年)を背景に、「枯れて、安く、長く供給できる」部品が要求されがちになる。

「広い意味での電動化の進展」は、自動車に必要とされる半導体の数量を爆発的に増加させることになった。自動車業界だけでなく、半導体業界自体も急激に進展する電動化の波の恩恵にあずかってきた。車載以外の半導体市場自体が成長して、莫大な利益を背景に技術と生産能力の拡大につながるスーパーサイクルの中で、業界は莫大な投資資金を呼び込むことに成功した。

車載半導体が虚構の上に成り立っていたというわけではなく、むしろ既存技術の延長がうまいことスーパーサイクルの波に乗ったと言った方が近いと思うのだが、その世界は過去の半導体産業の「遺産」に依存している側面もある。バブルではないが、大きなサプライチェーンの輪に綻びができた、というのが最近の供給問題を発端とする自動車業界の苦境に繋がっているのではないか。

半導体業界だけでなく、自動車業界そのものが、この電動化の大波の中でどう変化していくのか、そこにどんなテクノロジーがソリューションとして登場して世の中を変えていくのか、そういった転換点に今我々はアクターとして立ち会っていると思うのだ。

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