AUKUSに潜む期待と不安感

おはよう人類。

先週突如として、英仏豪の新しい安全保障枠組みAUKUS(オーカス)なるものがぶち上げられた。オーストラリアが、米英の支援を受けて原子力潜水艦のを取得して、緊迫度を増す太平洋地域における対中国戦略を新たに構築するものと言われている。この突如ぶち上げられたAUKUSの背景には何があるのだろうか?

きっかけはオーストラリアの切迫した事情

AUKUSの背景には、オーストラリアの次期潜水艦計画アタック級の進捗状況が極めて悪く、早急に代替とする潜水艦の入手が必要という点が挙げられる。

現在、オーストラリア海軍には、1996年から就役を開始したコリンズ級攻撃型潜水艦を6隻保有している。この潜水艦は、スウェーデンのコックムス社が開発した通常動力型潜水艦で、ディーゼルエンジンとエンジンの発電を蓄電池(鉛バッテリー)して、モーターで推進するディーゼル・エレクトリック型という通常動力型潜水艦ではポピュラーな方式を取っている。

1番艦のHMSコリンズが就役して25年ほどなので、そろそろ更新が必要なのかと思われるかもしれないが、船体が老朽化しているという問題よりも、むしろこのコリンズ級、運用成績があまりよくないという点が大きい。導入直後から、故障に悩まされ続け、最近でも全潜水艦が修理中で作戦行動に出られないという致命的な問題もあるが、そもそも騒音が大きく潜水艦に求められる静粛性が乏しいというこれまた致命的な問題もあり、コリンズ級の代替についてはかなり早い段階で検討が続けられてきた。

そもそも、このコリンズ級を建造したコックムス社という会社なのだが、スウェーデン国営の造船会社で、現在は防衛複合企業SAAB社(乗用車を作っていたSAAB Carとは同根だが現在は別会社)の傘下にある。主にスウェーデン海軍向けの艦船の建造で知られ、日本でもそうりゅう型潜水艦に使われたAIP機関(非大気依存機関)の一つであるスターリングエンジンの開発元として知られているが、少数ではあるがヴェステルイェトランド級などの潜水艦も建造している。

コリンズ級は、このコックムスのヴェステルイェトランド級をベースに設計され、建造はオーストラリア国有の造船会社であるASC社で実施されている。ところが、このコリンズ級はベースとなるヴェステルイェトランド級は水中排水量1100トン級の小型潜水艦であるのに対し、コリンズ級は3倍近い3300トンという大型の潜水艦で、これだけの大型化改設計は技術的にもかなり難しいものだったと思われる。

オーストラリア海軍も手をこまねいていたわけではなく、コックムス社との協議や修理を進めているのだが、これが思ったように進んでいない。コックムス社は、経営状態がずっと悪くて1999年にドイツの造船会社HDW社(2005年に製鉄複合企業ティッセンクルップ社に買収)に買収され、2014年になってティッセンクルップからスウェーデン国有の防衛複合企業となっていたSAABに売却されるなど、経営が安定していない。

ただ、その間にもコックムスは新しいシステムの開発(ヴェステルイェトランド級をそうりゅう型と同じスターリングエンジンによるAIP機関化したセーデルマンランド級の開発など)も進めているので、コリンズ級の設計自体にそもそも無理があったのではないかと思っている。

元々、スウェーデンのような北欧の国々では、北海やバルト海などの比較近海を活動範囲として、待ち伏せ攻撃を主体とする一般的な通常型攻撃潜水艦の戦法を取るため、そこまで大型の船体は必要ない。しかし、オーストラリアのように周囲を海に囲まれ、活動範囲も太平洋やインド洋といった大洋で、長期の作戦行動が必要となると、どうしても大型の船体の潜水艦が必要となる。この大型化設計と、潜水艦の建造経験に乏しいASC社による建造自体に問題があったのではないかと弊猫は考えている。

SEA1000

しかし、2000年代後半から開始されたコリンズ級の後継計画(SEA1000計画)についてはそう簡単には進まなかった。オーストラリアが必要とする大型の通常型潜水艦というのは同クラスのものがほとんどない。あるとすれば、ロシアのキロ級(3000~4000トン)や、日本のそうりゅう型(4000トンクラス)くらいなもので、選択肢は非常に限られる。

2010年代になって本格化した後継艦計画では、武器輸出三原則が緩和された日本のそうりゅう型を最有力候補になった。対中政策では融和的な労働党のラッド首相から、政権が(保守政党の)自由党のアボット政権に移ったという点も大きく、技術的な問題から建造は日本で実施してメンテンナンスに必要な技術を供与するという形で一時は固まりつつあった(特にアメリカの支援もあった)。

入札は、アボット時代の2015年の春から開始され、この時点で候補は、日本のそうりゅう型、ドイツのHDW(ティッセンクルップ・マリーンシステムズ)の214型改造案、フランスDCNS社のバラクーダ級の3案の中から選ばれることになった(コックムス社もセーデルマンランド級の大型化を提案していたのだが入札候補からは排除されていた)

そうりゅう型以外では、HDWの214型は燃料電池を使ったAIP潜水艦で、輸出専用設計ということもあってこのクラスを要望する国々の需要に合わせて2000トンクラスで、オーストラリアの要求に合わせるためには大幅な再設計が必要だった。また、初期には燃料電池のトラブルが多く採用した国では運用に苦慮しているところもあるが、輸出は現在までに13隻が稼働するなどベストセラーとなっている。

もう一つのバラクーダ級は、フランスの次期原子力潜水艦計画のことで、現在ではシュフラン級と呼ばれている。フランスの攻撃型原子力潜水艦は、ちょっと特殊な設計で、一般的に原潜は原子炉の熱で蒸気タービンと減速ギアを介してスクリューを稼働する原子力ギアードタービン方式が一般的なのだが、フランスは最初の攻撃型潜水艦(現在の主力でもある)リュビ級の設計において、小形原子炉で発電した電力でディーゼルエレクトリック機関と同じようにモーターを使って駆動する原子力ターボエレクトリック機関を採用している。

これはもともとリュビ級がディーゼルエレクトリック機関を採用した通常型潜水艦のアゴスタ級をベースに開発されたという点にある。バラクーダ級は最初から原潜として設計された潜水艦で、リュビ級の2600トンから2倍近く拡大して5000トンクラスになっているが、オーストラリアに提案されたバラクーダBlock1Aと呼ばれる設計では原子力機関をディーゼル機関に変更してオーストラリアが希望する4000トンクラスの設計としている。

この時点での候補は、すでに実用済の潜水艦があるが海外への武器輸出や技術移転の実績が乏しい日本のそうりゅう型(4200トン)に対して、HDWの214型は輸出実績は多いが大幅な設計変更が必要で、フランスのバラクーダに至っては原型となるシュフラン級(バラクーダの原潜版)が就役しておらずペーパープランである点からすると、そうりゅう型が有利な状態にあった(あとオーストラリアと深い関係があるアメリカの激プッシュもあった)

アタック級の誕生と迷走

ところが、入札過程にあった2015年の秋、自由党政権内で経済政策をめぐる対立からアボットが首相を辞任し、同じ自由党の中でもリベラルよりのターンブルが首相に就任する。オーストラリア経済は、このころ資源価格低迷と旺盛な消費を背景とするインフレに苦しめられていて、製造業を中心に不振が続いていた。

当初、アボット政権はコリンズ級後継艦に関してはオーストラリア国内での建造を求めていたものの、性能の方を重視している傾向にあり、国内生産にあまり積極的ではなかった日本側がオーストラリア側に譲歩するなど歩み寄りが見え始めた頃だった。

しかし、ターンブルに政権が変わったころ、このオーストラリアでの建造はその内容についても重視されるようになった。コリンズ級を建造したASCは、クィーンズランド州に造船所があり、12隻調達する予定の一部の艦を建造するだけでは経済効果は薄い。12隻を全部ASCで、しかも単なる建造だけでなく主要な構造部品を生産すれば、多少割高でも元は取れるはず・・・。

国家間で行われる大口の武器取引では、こういった生産国と輸入国の間で、ライセンス生産の条件や関連した一般商取引を有利な形で実施させたり、輸入国側になんらかの投資を行わせるオフセットというのが兵器の性能や価格以上に重視されることがある。アタック級代替計画の最終局面では、このオフセットの条件をめぐってフランス案が急浮上してきた。

日本側も交渉が佳境に入っていた11月段階での防衛相会談で、生産拠点の譲歩を明言するなど巻き返しを行っていたが、実際にはオーストラリア側でのパートナー企業の確保に苦心していて、オーストラリア側が求める現地生産が実現できるかかなり怪しい雲行きだった。フランス側は全隻ASCでの生産に向けて積極的な広報活動や、兵装システム供給するアメリカ側パートナーの同意を取り付けるなど、短時間で効果的な受注活動を展開し、2016年4月にオーストラリアは正式にフランス案を採用すると発表した。

後にこれが1番艦HSMアタックの名前を取りアタック級計画と呼ばれるようになる。オーストラリアで建造し、プログラム全体の予算は500豪ドル(約350億USドル)なので、1隻辺りのコストに換算すると約30億ドルと通常型潜水艦としてはかなり高い部類に入る。ただし、この中にはオーストラリアで潜水艦を建造するための生産関連の投資金額も含まれているので、この時点でのプログラムコストはそこまで重視されていなかった。

ところが、一旦決まったアタック級の導入計画だが、実際に現地での生産に向けた協議や設計案がなかなか決まらなかった。2019年段階でプログラムコストは500億豪ドルから800億豪ドルに上昇し、USドルに換算すると1隻辺り46億ドルという途方もない金額に達した。ちなみに、日本のそうりゅう型の建造コストは後期型で800億円、アメリカのバージニア級攻撃原潜(初期型)やイギリスのアスチュート級攻撃原潜で30億ドル前後なので、開発費や現地生産におけるコスト増大分を考えたとしても高すぎる。

しかも、オーストラリアは性能が悪く稼働率の低いコリンズ級の代替を一刻も早く入手したいのだが、アタック級の1番艦が登場するのは順調にいっても2030年と10年も先の話だ。

AUKUSの誕生

自由党内の混乱にリーダーシップを発揮できなかったターンブル政権は短命で、2018年の自由党党首選で財務大臣を務めていたスコット・モリソンが勝利し、続く議会選挙でも野党をリードする健勝を見せて安定政権確立に成功した。が、アタック級プログラムの進捗は相変わらず悪く、プログラムを中止して代替計画を模索すべきだという国防省や議会の声は日増しに高まる。

2021年2月、アタック級を設計しているフランス国営造船企業DNCSは、最終設計案を提示したが、オーストラリア側は即座に却下し6か月以内の再提出を命じた。プログラムコストが900豪ドルまで増大(USドル換算で1隻52憶ドル)したためで、この途方のないコスト増大にモリソン政権は激怒したようだ。2021年6月のG7の豪仏首脳会談の席上、モリソンはフランスのマクロン大統領に対し9月までに工程表と設計案を、期限絶対厳守で提出するよう念を押したくらいだ。

実は、このG7の席上よりもかなり前から、オーストラリア側はすでにイギリスとの原潜導入に向けた"Plan B"に向けた協議を開始していた。そして、フランスの最終提案期限を経過した9月15日になって、突如AUKUSという新しい米英豪の防衛協定がぶち上げられ、アタック級計画の破棄と米英の原子力潜水艦導入が発表された。

オーストラリアの原潜導入にあたって、このAUKUS協定が新たに必要となった背景はなぜだろうか? おそらく、オーストラリアはイギリスからアスチュート級攻撃原潜の導入を希望しており、一部または全部の建造をオーストラリアで実施することも含んでいると思われる。この際に問題になるのが、オーストラリアは原潜以前に原子力発電所などの核関連技術がないことがまず問題になる。

商業用の原子炉技術と、潜水艦に使われる原子力機関の間にはあまり共通性がない(ともに加圧水型原子炉が使われることが多いが、炉心や補機の設計など要素は天と地の差と言ってもいいほど違う)。潜水艦としての設計は当然として、原潜の技術供与には核技術に関する協定新たに必要となる。

イギリスは、原潜や核兵器に関する技術開発は独自に行ってはいるが、マンハッタン計画での米英の協力関係(ケベック協定)以後も米英の協力関係は続き、1958年の米英相互防衛協定以後は核兵器や核運搬手段の技術で相互的な交流がある。イギリス最初の原子力潜水艦ドレッドノート(攻撃原潜・同型艦はない)は、米国のスキップジャック級攻撃原潜に搭載された、ウェスティンハウス・エレクトリック性のS5W型加圧水型原子炉がそのまま搭載されている。以後、イギリスはこのS5Wを原型に、PWR1型原子炉とその後継PWR2型原子炉を開発して、攻撃型原潜と戦略原潜双方に使用している。

イギリスは次期戦略原潜計画としてドレッドノート級戦略原潜(先ほどの攻撃原潜と同名)を計画しているが、これに使われる原子炉は現在使われているPWR2 CoreH炉心の設計を大幅に改めたPWR3の採用を決定している。この原子炉は、アメリカのバージニア級で使用されているS9G原子炉のような、燃料交換が必要ない次世代炉心設計(アメリカ海軍ノルズ原子力研究所の設計)が使われている。オーストラリアが採用する原潜で、PWR3が採用されるかはまだわからないが、いずれにせよイギリスから原潜を導入しようとすると、アメリカの同意がどうしても必要となり、新しい防衛協定の枠組みが必要となった、と弊猫は理解している。

フランスの激怒

アタック級計画の破棄を宣告されたフランス側は、今のところ過敏な反応を示している。オーストラリアによる事前の通告と根回しがなかったことに不快感を示しているようだし、日本での報道では4000人以上の新規雇用が確保でいると宣伝していた共和国政府の立つ瀬がないという話も出ている。フランスは保守政権だろうと、国内の雇用問題にはかなり敏感な傾向にある。

しかも、フランスへの通告は米英ではなくオーストラリア側に一任されていたようで、実際に通告は協定発表の直前だったようだ。しかも、オーストラリア側がこれまで否定してきた原潜導入をフランスの頭ごなしに発表したわけだから、激怒するのも当然かもしれない。原潜導入ならば、フランス側としても昨年ようやく1番艦が就役したシュフラン級を提案するなど方法はあったまずだ。ただ、これまでのアタック級のプログラム遅延とコスト増大を棚に上げて何をいうのか、というのがAUKUS側の思いでもあるだろう。特にオーストラリア側では、フランスへの不信感が強く、シュフラン級原潜の供与を提案されたとしても、協議に応じたとは考えにくい。

しかし、駐在米英大使の召還という強硬な姿勢に出ているのはどうもそれだけではなさそうだ。約半年にわたる米英豪の協議が外に全く漏れなかったというのは驚きなのだが、その間フランス側に何も伝わらなかったというのも確かに問題だろう。一方で、Brexit後に巧な外交戦術で孤立化を回避しつつあるイギリスに外交上の失点を食らわされたという思いが強いのではないか。

また、これはバイデン政権にとっても失敗ではないかと思っている。対中対露戦略でEUとの連携を強化すべき時期に、フランスを激怒させるような行動に出ているのは、どうも外交としては稚拙な感が否めない。特に、アフガニスタン撤退問題では、イギリスからさえも同盟国扱いされていないと嘆息される始末で、手法の乱暴さが目立つ。トランプ政権以降の独善的な外交は、バイデン政権でも顕在ではないか、という声すらもある。

いずれにせよ、今後米英豪は18か月をかけて、オーストラリアへの原潜供与に向けた具体的な作業を開始する。アスチュート級攻撃原潜の供与を希望と書いたが、あくまで想像に過ぎず、供与される潜水艦が既存の設計をベースとするのか、それとも大幅に設計を改めるのか、オーストラリアでの現地生産がどの程度の範囲で行われるのか、また明らかになってない点は多い。また、長年フランスの南太平洋での核実験に反発して、非核政策を取ってきたオーストラリア国内を原潜導入に賛成させるだけの説得が可能なのか、といった問題もある。不安の方が大きいAUKUS協定の船出だと思っている。



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