ババロア~エッセイ的な散文詩~

うつ、うつ、うつ、気分ダウナー。死にたがりの救世主。自分だけ楽しんで、自分だけひとりぼっち。未来を見通す神通力で、10年先を見て、今年の他人が見えなくなる。

流行りだしたボードゲーム、2008年から注目して、やっと2018年にNHKで取り上げられるまでに成長。一つのことに集中していれば、もっと波に乗れたのかなあ。昔から知ってるわりに、今一つ儲からない。

次の10年のために僕は何をする。次の10年は何が来る。たぶん創価の信仰が科学的に有益だと証明されて、流行る時が来る。あるいはTRPGの面白さに皆が気づいて、洗練されたTRPGがバンバン出て、仲の良い人と遊ぶ人が増える。他には三国殺が若者を中心に流行して、ボードゲームの市場が成熟へ向かう。ジュエリーが新たな使われ方をして、売れまくる。予言することは簡単だけど、その波に乗るのは難しい。

流れをつかめ。流れを拾え。流れに乗るんだ、大きな船で。さらに言うと、半身浴ダイエットなんか流行っちゃったりして。流れを創れ。

アイデアには価値がないと言われる。否、アイデアに価値がある。しかし、行動が伴って始めて価値が生まれる。

2時間祈って出来たことは、マックスむらいのカラオケ大会を見たことと、山田玲司のヤングサンデーを見たことと、モブサイコ一巻を読んだこと。

なんの意味がある?なんの価値がある?仕事のことを祈って、語学のことを祈って、運動のことを祈って、出た答えが今日は遊ぶ日だと決意した自分💫

貴重な休日の過ごし方はこれで良かったですか?貴重な人生の過ごし方はこれで良かったですか?時間を割いて手にいれたのは、エンタメのあり方に関するいくつかの着想か。

一つ、カラオケで上手いと感動する。一つ、一つの道を極めると、面白いコンテンツになる。一つ作品が面白いのは、作者が面白いからだ。

面白い人間ってなんだろう。面白いことを経験してきた人間かな。僕の書きなぐったこの「作品」は、僕の経験して、考察してきたものの残りかすなのか。猿は基礎を学んでないと、永遠に応用を身に付けることはできないらしい。

英雄でもなく、庶民でもなく、ただ劣等な存在としてのメタスラ(精神障害者)として生きて、理解されない言葉を吐き、繋がれない瞬間を生きている。

たまに繋がったとしても、繋がり続けることはまれで、時間が経つにつれ、馬脚をあらわしてまた一人になる。

僕らメタスラは、何を積み重ねることもなく、何を前進することもなく、ただ未来を憧れ、検討外れな一手を指す。

時に苦しい思いをし、時に楽しい思いをし、日々弱っていく心身を汚しながら生きる。

好きなことをして生きることこそが大切だと甘え、時に焦って好きなことをしないで生きては後悔に沈む。

ああ、ただ我に祈りを与えたまえ。ただ我の人生に、改善を継続する習慣を与えたまえ。人は年を重ねるごとに成長する。でも年を重ねすぎると劣化する。いつまでも若く成長していたいと願う心よ、翼になれ。

まだ僕は負けたつもりはない。周りは結婚して、子供を作って、社会で信頼を重ねていたとしても、すべてはこれからなはずだから。大逆転のシナリオは、ただ今の祈りの声に、その兆候が見えているだけ。

例え失敗してもいい。失敗したら、そのことを記録しておくから、この道を通れば失敗すると、後のメタスラよ学んでくれ。

生まれて、信仰を知って、信仰を呪って、信仰を受け入れて、信仰を実践して、僕の人生は何を示すのか。普通の人は10年で人生変わるという。僕は11年経った。あと10年は待とうか。

変わりたい、変われない、それでも、そのままで、その衝動のままで、花よ、咲け。

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