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【まるごと無料公開】『理花のおかしな実験室(2)』

お菓子×理科の超人気シリーズ💫
最終巻『理花のおかしな実験室(13) 究極のこたえ』11月13日(水)発売予定!!

シリーズの完結を記念して、 【第1巻・第2巻・第3巻がまるごと読めちゃう】スペシャルれんさいを公開するよ📢

『理花のおかしな実験室(2) 難問、友情ゼリーにいどめ!』
やまもとふみ・作 nanao・絵

わたし理花(りか)! 理科が超トクイな小学5年生。
〈究極の実験〉めざして、あこがれのクラスメイト・そらくんと、お菓子作り=実験をしてるんだ!
わたしのクラスに、季節はずれの転校生がやってきた!
転校生――シュウくんは、勉強がシュミで、わたしとすごく話が合うんだ。
好きなことの話をたくさんしているうちに
「理花の隣には僕のほうがふさわしい」なんて、シュウくんがまさかの相棒宣言!?そらくんとはすれ違っちゃって、これって、まさかのバディ解消危機!!!
そんな中、いっしょにお菓子を作ることになったのは――ゆりちゃん!?
二人だけのヒミツの実験、さっそく終了!?
理花とそらの、問題だらけの夏がはじまる!!

理花のおかしな実験室(2) 難問、友情ゼリーにいどめ!


1 図書館での不思議な出会い

「あー、涼しい……!」
 わたし──佐々木理花(ささき りか)は、市立図書館の自動ドアをくぐり抜けると、そうつぶやいて大きく深呼吸をした。
 エアコンで冷やされた空気が胸に入ると、汗がすうっと引いていくのがわかってすごく気持ちがいい。
「夏だねえ」
 パパもハンカチで額の汗を拭きながら言う。
 窓から外を見ると、七月に入ったばっかりの空はカラッと晴れている。
 この頃ずっと空はどんよりしていたから、きれいな青空を見るのは久しぶりだ。
 そういえばそろそろ梅雨明けだって、朝のニュースで言っていたような気がする。
「この暑さじゃあ、外での運動も心配だなあ。そらくん、大丈夫かなあ。野球の練習って言ってただろう?」
 わたしはうなずいた。
 そらくん──広瀬蒼空(ひろせ そら)くんは、わたしのクラスメイトで、最近一緒にお菓子作りをするようになった男の子だ。
 そらくんはパティシエになることを目指して修業をしているんだけど、わたしはそのお手伝いを『実験』として一緒にやっているんだ!
 といっても、ここひと月くらいは、そらくんが野球の大会で勝ち進んだものだから、あんまり修業は進んでいない。そらくんって、ピッチャーだからどうしてもお休みできないんだって。
 だけど大会が終わって──今日は、久々に練習だけの日だから、午後からわたしの家にある『実験室』にやってくる予定なんだ。
 ……あぁ、楽しみだなあ!
 空を見つめたまま、思わずにんまりしてしまう。
「じゃあ、理花。パパは二階に行ってくるから。後で迎えにくるよ。借りたい本があったら選んでおいて!」
「うん。わかった」
 うなずくと、パパはいそいそと専門書コーナーがある二階へ階段を登って行った。
 パパは大学で科学を教えている理学博士なんだ。
 だから、科学が大好き。
 家にない専門的な資料が欲しいって今日は図書館にやって来ている。
 行く? って聞かれたから、わたしもついてきたんだ。
 パパの影響で、わたしも科学──理科が大好きだから!
 この市立図書館は、学校の裏にあるんだけれど、一階に一般書や児童書や図鑑がたくさん置いてあるんだ。
 理科がキライになっていたときはあんまり来なかったから、本当に久しぶりでワクワクしてしまう。
 家にない本がたくさんあって、どれだけたくさんの本があるんだろうってびっくりしちゃう。
 わたしはウキウキと図鑑を選びながら奥へと進んだ。
 全部借りるのはムリだから、気になるものはここで読んでしまうのだ。
 そして、気になる情報があったらメモをしておくんだ。
 わたしは手に持った実験ノートを見る。
 このノートには理科の情報がたくさん書きこんである。そのデータが後になって役に立ったりするんだけど、前にお菓子を作ったときも何度も助けられたんだ。
 もちろん、そらくんとやったお菓子作りについても細かく書いてある。
 どうやったら失敗して、何が原因だったのか。そして、どうやったら成功して、それは何が良かったのか。
 そんな情報が、いつか、わたしの目標──『究極の実験』に役立ったらいいな、って思ってる。
「えーっと、これは読んだことがあるから……次は児童書コーナーにも行ってみようっと」
 いくつかピックアップして、ほくほくと閲覧コーナーへと向かう。
 だけどお料理の本が置いてあるエリアを通りかかったとき、足が止まった。
「料理かあ……」
 家でそんなにたくさんお手伝いをしていないのもあって、わたし、実はお料理にはあんまり興味がなかったんだ。
 だけど、そらくんとお菓子作りをはじめてからは、ちょっとだけ興味がわいた。だって料理って、本当に実験にそっくりなんだよ!
 おいしそうなお菓子の写真がのった雑誌の表紙を、右から左にニコニコしながらながめていると、
「……ん?」
 ちらっと視界の上の方に何か気になるものが映った気がして、わたしは視線を上に向けた。
 雑誌のコーナーの上にはずらりと本の背表紙が並んでいる。
 分厚くてちょっとムズカシそうな料理の本。
 プロ用なのかな、そんなことを考えて見ていると、わたしの目にある言葉が飛び込んできた。
「あ」
 それは、わたしの大好きな『理科』という言葉だった。
 だからちょっと気になってしまったらしい。まるで目にセンサーがついてるみたいで、笑ってしまう。
 下から見上げると、棚に隠れてタイトルが全部見えない。だけど確かに理科って書いてある。
「でも料理のコーナーなのに、なんでだろう?」
 上から二段目。ギリギリ手が届くか届かないかのところにその本はあった。背伸びをするとようやく本に手が届いた。
「『理科と料理の美味しい関係』……?」
 タイトルを一目見て、借りたいって思った。
 だって、料理と科学の本だよ……?
 パティシエのそらくんのおじいちゃんも、理学博士のわたしのパパも「料理は科学だ」って言ってたのを思い出した。
 パラリとめくると、絵や図がたくさんですごく面白そうだった。
「あ……でもふりがながない……」
 わたしは顔をしかめる。
 これ、読むのはちょっと大変かもしれないな。
 だけどわたしはその本をギュッと抱きしめる。ムズカシイ漢字は辞書で調べればいいし、やっぱり借りようって思ったのだ。
 とそのとき。
「君、理科が好きなの?」
 後ろから声がかかった。
 静かで透き通った声に振り返ると、そこには一人の男の子。
 さらさらの髪。スッとした三日月形の眉毛。メガネの奥の目は猫に似ていてちょっとだけ吊り上がっている。

 レンズ越しに澄んだきれいな目と目があって、わたしはどきんとする。
 背はわたしと同じくらいだけど歳は上に見える。それはまとうフンイキが大人っぽいからだ。
 この辺では見かけない子だった。
 え? 誰?
 理科が、好き?
 初対面なのにどうしてそんなことを聞くんだろう。
 そう思って目を瞬かせていると、男の子はクスリと笑った。
「これ、君のだろう? ──佐々木理花ちゃん」
 男の子が差し出したのはわたしの実験ノートだった。
 えっ、あれ!? 落としちゃった!?
「そこに落ちてたんだ。理花ちゃんって、何年生?」
 名前で呼ばれて、かあっと赤くなる。
 ノートには名前が書いてあったから、それを見ただけなんだろうけれど、なんていうか、男の子に名前を呼ばれるのって慣れないよ!
 そらくんに呼ばれるのにもようやく慣れてきたくらいなんだよ~!
「ご、五年生……」
 そう答えると、ドギマギしながら受け取る。
 だけどふと不思議に思った。
「どうしてわたしのだって……」
 名前が書いてあっても、わたしが佐々木理花だと知らなかったら、持ち主だってわからないと思うんだ。
 なのに妙に自信満々で、正解だと確信してる感じだった。
 すると、男の子は言った。
「このノートを持っていそうな子は君しかいなかったから」
 そして、わたしの腕の中の本や図鑑の一番上にあった『理科と料理の美味しい関係』を指さしたのだ。
 あ、なるほど!
 ふと男の子の腕の中にある本に目がいく。
 あれ? なんだか見たことが──。
 ハッとしたわたしは思わず言った。
「元素図鑑だ! うちにもあるよ、それ」
 すると男の子がうれしそうに目を丸くした。
「へえ、家に? それは、すごいな」
「すっごく面白いよ、それ」
 思わず力説してしまう。だって、同じくらいの歳の子で、その本に興味を持つ子なんて初めて見たんだ!
「うん。ちょっとだけ読んだ。理花ちゃんはどの元素が面白かった?」
 ふわりと笑うと男の子はたずねた。
「う、うーんと、例えば『炭素』とか。ダイヤモンドと鉛筆の芯が一緒の元素なんだよね。全然ちがうのに」
「僕は『銅』が面白かったな」
「あ、電気を通しやすくて電線に使われてるってところでしょ!」
 興奮して、わたしの声がちょっと大きくなったとき、
「しー!」
 と係の人が口の前に人差し指を立ててこちらを見た。
 あ、図書館ではお静かに! だった!
「ごめんなさ~い……」
 思わず小さくなると男の子がクスクス笑った。
 とそのとき、階段からパパが降りてきた。
「あ、理花。そろそろ家に帰るよ。本は選んだかな?」
「パパ」
 パパはにっこりと笑ったあと、隣の男の子を見た。
「その子は? 同じ学校の子?」
 パパは窓から見える学校を指さす。
「えっと」
 そういえば名前も知らないままだ。
 だけど、男の子はなぜかちょっとうれしそうに笑っただけ。
「じゃあ、またね。佐々木理花ちゃん」
 ぺこり、と頭を下げると男の子は去っていく。
 またねって……会えるかどうかもわかんないのに。
 あぁ、もうちょっと話してみたかったな。あんな話、同じくらいの歳の子としたことなかったし。
 ちょっと惜しく思ったけれど。
 あ、でもそらくんが待ってるんだった!
 思い出したわたしは、いそいそとパパについていく。

2 もしも究極の菓子が作れたら

「理花! 久しぶり~!」
 元気な声が実験室にひびきわたる。声の主は、そらくんだ。
 キリッとした眉の下で大きな目がキラキラしてて、お日様みたいに眩しく感じてしまう。今日の晴れた青空がぴったりのさわやか男子だ。
「野球はどうだった? 暑かった?」
 わたしがたずねるとそらくんはカラッと笑った。
「んー、このくらい真夏に比べたら全然平気──ってそれよりさ! 相談があるんだけど」
 え、いきなり!?
 わたしがたじろぐと、真剣な目をしたそらくんはぐい、と顔をわたしに寄せてきた。
 うわあああ!
 いつも思うんだけど、そらくん、お願い事がある時ってキョリが近いんだよ~!
 たぶん夢中なんだろうけど、きれいな顔が近くに来るとものすごくドキドキするからやめて欲しい!
「え、えっと、相談って何?」
 少しのけぞりながらたずねると、そらくんは言った。
「それがさ! じいちゃんが『幻の菓子』のレシピ、教えてくれるって言ったんだ!」
「えええ!?」
 わたしはのけぞっていた体を戻して、そらくんの方へと身を乗り出した。
「幻の菓子はないって言ってたよね?」
「前に新しいスタッフが来たって言ったろ? その人、叶さんっていうんだけど、歓迎会をしたときにじいちゃんに向かって言ったんだ。『幻の菓子なんてウソでしょう? 大袈裟に言ってるだけで本当はないんでしょう』って。おれメッチャびっくりしてさ! だってあのじいちゃんにそんなこと言った人とか初めて見たし!」
 想像してわたしもびっくりした。だってあの怖そうなおじいちゃんにウソつきとか……言えないって!
 そらくんはわたしの反応を見ると満足そうに続けた。
「だからじいちゃん──酒飲んで酔っぱらってたからかもだけど──ムッとしてさあ。いつもは『そんなものはない!』って言い張るくせに、『ある』って言っちまったんだよ」
「ええ!? 認めたの?」
 あのガンコそうなおじいちゃんが!

 わたしがびっくりしていると、そらくんはうなずいた。
「だけど叶さんは『そんなのはウソですよ』って納得しなくって。じいちゃんは『あるって言ってるだろうが!』って怒りだしてさ。そこで叶さん、『じゃあ、本当にあるんなら教えてください』って言ったんだよな。そしたらじいちゃん、いまさらないなんて言えなくなってさ」
 そらくんはものすごく楽しそうにひひひと笑った。
「しぶしぶだけど『わしが唸るような菓子を作ったら教えてやる』って! だからおれ、すかさず言ったんだ! 『おれが、じいちゃんが唸るような菓子作ったら、おれにも教えてくれるのか』って。そしたら──」
 わたしはごくん、とのどを鳴らした。
「『しょうがないな』ってさ!」
「うわああ! すごい!」
『幻の菓子』に一気に近づいたよ!
 わたしが興奮すると、そらくんは力一杯うなずいた。
「だから、理花、協力してくれ!」
「もちろん!」
 わたしもうなずく。するとそらくんはぱああっと顔を輝かせた。
 あれ……だけど……。
 わたしはふと首を傾げた。
「おじいちゃんを唸らせる菓子って……どんなの?」
 そらくんが目を見開いたあと、反射的に答える。
「究極の菓子!」
「でも究極の菓子って……どんなお菓子?」
 わたしがたずねると、そらくんはぐっと言葉に詰まり、リュックからタブレットを出す。
 そして「究極の菓子」と入力した。
 だけどお菓子屋さんの宣伝がヒットするだけだ。
「検索でカンタンに答えが出るんだったら、究極も何もないか。わかんねえ……」
 二人とも一気にテンションが下がっていく。
 究極、究極……かぁ。
 つぶやいていると、ふと、わたしは図書館で見たプロ仕様のレシピ本を思い出した。
 分厚くてムズカシそうな、あの本になら書いてあるかもしれないなって。
「おいしいのは当たり前だろうけど、プロのおじいちゃんを唸らせるってことは、やっぱりムズカシイお菓子……なのかなあ」
「ムズカシイ菓子、か」
 そらくんはつぶやきながらそう入力する。すると「難易度高め! 絶品スイーツ」というページが現れた。
 とたん、そらくんの目が一気に輝き、わたしはあせる。
「それはまだムズカシイんじゃないかな……?」
 恐る恐る声をかけるけれど、そらくんは聞こえてないかのように集中した様子でタブレットをにらんでいた。
「そら、くん?」
「……え?」
 もう一度声をかけると、そらくんはタブレットから顔を上げる。
 だけどそのキラキラした目には、タブレットのおいしそうなお菓子の画像が焼き付いているように見えて、わたしはなんだかすごくイヤな予感がしたんだ。

3 ちょっと変わった転校生

 次の日の朝。登校すると、クラスの空気はなんとなくソワソワと落ち着きがなかった。
 どうしたんだろう? そう思っていたら隣の席の子が教えてくれた。
「転校生だって」
 ひそひそとささやかれて、興味をひかれた。
 この地域は転校してくる子が結構多いけれど、たいていが学期の初めだから珍しいなって思った。
 どんな子だろう。
「チョーかっこよかったんだけど!」
 高い声がひびき、顔を上げて教室の入り口を見ると、そこにはゆりちゃんたちがいた。
 一瞬ゆりちゃんと目が合う。
 だけどゆりちゃんは、わたしのことが見えなかったかのようにすぐに目をそらした。
 ……あぁ、なんだか、うまくいかないな。

『理科が好き』

 そう告げたあとから、ゆりちゃんとはなんとなくギクシャクしているんだ。
 どうつきあったらいいのかわかんないって、そんなフンイキ。
 わたしもだから、気持ちはわかる。
 ケンカをしたわけじゃないけど『三年生の時のことで傷ついていた』って言ったようなものだから。
 でも『変わってる』って悪口ではないし、ゆりちゃんだって悪気があったわけじゃない。
 わたしが勝手に傷ついたようなものだなって思ってるから、謝って欲しいわけじゃない。
 でもゆりちゃんは、わたしが謝って欲しがってるって思ってるのかも。
 だから、わたしは悪くないよ! って態度をとってるのかもしれないなって思う。
 ケンカにもなっていないこの状況、いや、ならなかったから余計に仲直りをするのはムズカシイのかなって思っている。
 どうすればいいのかな。
 わたし、ゆりちゃんとは、ずっとこのままなのかな……。
 ちょっと心が沈んだとき、
「ほらほら、席に戻れ~!」
 先生が入り口で大きな声を出すとみんなが席につく。
 担任の中山先生は、男の先生でいつも元気がいい。フレンドリーで、ちょっとだけ抜けていて、みんなに慕われている。
「今日から新しいともだちが増えます!」
 クラスのみんながざわめいた。
 直後、先生が入り口から教室に入ってくる。
 先生の後ろにいた男の子を見て、わたしはあっと小さく声を上げた。
 昨日会った子だ!
 教壇に上がると先生が言った。
「自己紹介、できるかな?」
 先生が促すと男の子はうなずいた。
「石橋脩です。父の転勤で、引っ越してきました。シュウと呼んでください!」
 男の子がスラスラと落ち着いた声で言うと、先生が黒板に「石橋脩」と名前を書いた。
 へええ、シュウくんっていうんだ。
 みんなが興味津々な目でシュウくんを見た。
 すると一番前にいた男の子が「質問!」と手をあげた。
 先生がシュウくんを見ると、彼はいいですよとうなずく。
 そのやりとりがやっぱり落ち着いていて、大人っぽいなって思った。
「どこに住んでたの?」
「福岡県だよ」
 福岡県って確か九州の一番北にある県だったよね。遠いところからやってきたんだ。
「兄弟はいる?」
「妹が二人。まだ幼稚園に行ってるんだ」
 次々に質問が飛んだあと、一人がたずねた。
「じゃあ、趣味は?」
 シュウくんは一瞬迷ったように口をつぐんだあと、ニコリと笑って言った。
「勉強」
「え、趣味だよ?」
「だから、勉強だよ」
 一瞬クラスが静まり返ったあと、
「……えええええ!?」
 みんなが同時に叫んだ。
「信じられない!」
 誰かがうんざりとしたような声をあげ、
「うわっ、ガリ勉かよ!」
 そんな声も上がり、わたしの隣にいた女の子もそっとささやく。
「勉強が好きとか信じられないよねぇ! 変わってる~!」
 だけど、クラス中に広がる『変』って声に、わたしは急に息苦しくなった。
 シュウくんもそんなふうに感じてるような気がして、全然『変』じゃないよって言いたくなった。
 だってわたしだって、お休みの日に何をしているかっていうと、図鑑を読んだり、テレビで動物ドキュメンタリーを見たりしてる。
 それも『勉強』だってパパは言うし、そらくんとのお菓子作りだって、ほとんど理科の実験だもん。
 ──だとしたら、わたしは『勉強』が好きだし、みんなだってそうと思わずに勉強してることあると思う!
 ふと、そらくんが気になって、ちらりと後ろの出入り口付近の席を見た。
 するとそらくんはなんとなくフユカイそうな顔でシュウくんを見つめている。
 なんとなくだけど、わたしが感じている気持ちとおんなじなんじゃないかなって思った。
 そんなそらくんに勇気づけられたわたしは、『変』って声を少しでも消そうと、なんとか小さな声を出した。
「でも、わからないことがわかるのって楽しいよね」
 そのとき、パン、パン、と先生が手を叩き、みんなのおしゃべりを止めた。
「じゃあ、ひとまず自己紹介はここまで。──石橋の席は、ええっと」
 先生がぐるりと教室を見回したとき、シュウくんがメガネを指さしながら言った。
「黒板が見えないと困るから、そこがいいです」
 シュウくんが指さしたのはなんと、わたしの隣だった。
 わたしは目を丸くする。
 わたしの席は窓際で前から二番目。
 確かに前の方だけど、なんていうか、ちょっとだけだけど……フシゼンな感じがしたんだ。
 だけど先生は「お、そうか。じゃあそこ、替わってやってくれるか?」とあっさり決めてしまった。
 指名された子はギョッとしたけれど、元々前の方がキライだって言ってたから、ラッキーと言いながら机を抱えて後ろにずれた。
「じゃあ佐々木、わからないことがあったら教えてやってくれ。みんなも困ってることがあったら助けてやるんだぞ!」
 シュウくんは新しい机を抱えると、「よろしくね」と言いながらわたしの席の隣に置く。
 席が一つずつ後ろにずれていく。
 ガタガタと音がする中、シュウくんはわたしにむかって笑う。
「会えてよかった」
 え?
 目を丸くしてシュウくんを見る。
 え、今なんて……?
 するとシュウくんはメガネの奥の目を細めて、にっと笑う。
 そして小さな声でささやいたんだ。
「黒板見えないってのは、ウソ。──僕、かしこい子が好きなんだよね」
 ウソ? え、好きって……。
「え……ええええっ!?」
「どうした、佐々木」
 先生がたずねて、わたしはあわてて言った。
「な、なんでもないですっ!!」
 そう言いながらわたしはうつむく。
 顔が真っ赤になるのが止められなかった。
 ──だって、だって! 今の、何!?

 あせりにあせっていたわたしだったけれど、そのあとのシュウくんはごくごく普通の態度でわたしに接してきたんだ。
「夏休みって何日からかな?」とか「先生は怖い?」とか。
 そんな普通のことばかり、休み時間のたびにわたしに話しかけてきたものだから、放課後には「かしこい子が好き」──っていうのは聞きまちがいかカンチガイだったんじゃないかなって思い始めた。
 それはそっか。
 そうだよ! ──だいたい、わたし別にかしこくないじゃん! 理科だけはちょっとだけ、得意だけど!
 ああああ、なんてカンチガイ! うぬぼれてるって思われる!
 恥ずかしくなりながらもホッとして家に帰ろうとすると、シュウくんはわたしについてきた。
「佐々木さん。家、そっち?」
 わたしがうなずくとシュウくんはうれしそうに笑った。
「僕もそっち。あのマンションなんだ」
 そう言うと、シュウくんはわたしの家の少し先にある大きなマンションを指さした。そこは転校してきた子が住んでることが多いマンションだった。
 へええ、やっぱりあそこなんだ。
 そんなことを思いながら歩きだすと、シュウくんは自然な感じでわたしの隣に並んだ。そしてたずねる。
「佐々木さんってさ、普段はどんな本を読んでるの?」
「……えっと……図鑑が多いかな」
「元素図鑑とか?」
 そう言われて図書館での出会いを思い出す。すごく楽しかったことも。
「うん──そう!」
「この間の話の続き、してもいい? 『銅』の話が途中だったよね」
「ええと……う、うん」
「銅って十円玉にも使われてるよね。じゃあ一円玉は何か知ってる?」
 ドキドキと同時に、ワクワクしてくるのがわかった。
 だって、わたし、今までこういう話ってともだちとは全然できなかったんだ。
「一円玉は『アルミニウム』だよね。すごく軽くてかたいから、飛行機なんかにも使われているって書いてあった……」
「へえ。ジュースの缶とかもアルミ缶って書いたものがあるけど、あれも確かに軽いよね」
 ……うわあ、ひかれない!!
 うれしくなってわたしはどんどんと話にのめり込む。

『……か!』

「じゃあ五十円玉は何でできてるか知ってる?」
 今度はわたしから質問だ。するとシュウくんがちょっと視線を泳がせた。
「確か白銅だろう? 銅とニッケルの合金だって書いてあった」
「すごい!」
 わたしはわっと高い声をあげる。シュウくんって合金とか、知ってるんだ! すごい!

『理花!』

「すごいね、十円と一円は知ってる人多いんだけど、五十円とか、五円とかはあんまり知られてないんだよ! じゃあ──」
 そう続けようとした時、シュウくんがふと右を見た。
「さっきから『理花』って聞こえてたけど、それって佐々木さんの名前だよね?」
 理花?
 そう呼ぶ子といえば──まさか。
 ハッとして辺りを見回す。
 見あげるとそこは大きな桜の木のある分かれ道。
 右に行くとそらくんの家がある曲がり角では、そらくんがまちぶせしてることが多かったんだけど……。
 道をのぞき込んだけれど、そこには誰もいなかった。
「そら……くん?」
 つぶやくとシュウくんが「そら? それって誰?」とたずねた。
 わたしはかすかに首を横に振る。
 気のせい……だよね?
 だって、誰もいなかったし。
 そう思うものの、なんだかそらくんがわたしを待っていたような気がして仕方がなかったのだった。

4 趣味がおんなじ!

「えっ、石橋くん、その図鑑って最新版じゃない!?」
 それは次の日の休み時間のこと。
 シュウくんは持ってきた図鑑を読んでいて、わたしは思わず声をかけてしまった。
 だって、それはわたしが欲しいなって思っていた最新版の昆虫図鑑!
 映像特典がついていて、いいなあ、誕生日に買ってもらおうかなって思っていたんだ。
「シュウって呼んで欲しいんだけど。よそよそしくされてる感じがしてイヤなんだ。早くクラスに馴染みたいし。みんなもそう呼んでくれてるよ?」
 シュウくんはちょっと困ったような顔をして不満を訴える。
 そう言われてしまうと、苗字を呼ぶのは悪いなって思ってしまう。
「しゅ、シュウくん……」
 そう呼ぶとシュウくんはニッコリと満足そうに笑って「じゃあ、僕も理花ちゃんって呼ぶね」とあっさり言う。
 り、理花ちゃん?
 とまどっていると、シュウくんは意外そうに眉を上げた。
「理花ちゃんって、もしかして、虫好きなんだ?」
 名前呼びはもう決定事項なんだ!?
 強引だと思ったけど、問いかけの方が気にかかってしまう。
「う、うん」
 わたしはうなずくことができた。
 まだちょっとだけ声が小さくなってしまうけど、ちゃんとうなずけたのは、そらくんのおかげだと思う。
 そらくんといえば……。
 わたしはチラッとそらくんの机の方を見た。
 だけどそらくんは、なんだかぼうっと窓の方を見ている。
 いつも元気いっぱいなそらくんらしくないなと思って、昨日の放課後のことを思い出す。
『理花!』
 あれって、やっぱり気のせい……だよね?
「どんな虫が好きなの? 蝶とか? それともカブトとか?」
 シュウくんの質問が飛んできてわたしはハッとした。
「んーと……えっと……タマムシとか……あとはトノサマバッタとか?」
「あ、結構ガチな感じなんだ」
 シュウくんはうれしそうだ。
「石橋──」
 そう言いかけると、シュウくんのメガネの奥の目がちょっと鋭くなる。
 どうやらそこはゆずらない気みたい。
「シュ、シュウくんは?」
 仕方なく言い直すと、シュウくんはおだやかに笑った。
「僕はやっぱりクワガタかな。家にいっぱいいるんだ」
「飼ってるんだ?」
「去年幼虫をたくさん捕まえてきたんだけど……この辺だとどこで取れるかな? いいところ知らない?」
「えーっと」
 考え込むと、シュウくんはちょっとわたしの方に頭を寄せて、ささやくように言ったんだ。
「できれば連れて行ってもらえたらありがたい。場所がまだよくわからないんだ」
 引っ越してきたばっかりだもんね。
 そう思いながら、わたしは頭の中でいくつかの場所をピックアップしていく。
 うん、川沿いの公園とか、公民館の裏の林とかも近くていいかも。
 昔パパとたくさん取ったことを思い出すと、だんだんウキウキしてきた。
「いいよ」
「じゃあ、今日の放課後とか?」
 虫取りかぁ。久しぶりだ!
 わたしがうなずいたとき、「みんな席につけ~!」と言いながら先生が入ってきた。
 おしゃべりは中断し、授業が始まる。

 だけど、その日の放課後のこと。
「理花!」
 わたしが桜の木の曲がり角を通りかかったとき、そらくんが声をかけてきた。
「今日、フルールに来ないか? 見せたいものがあって」
 わあ、ひさびさのフルールへのお誘いだ!
 この間言ってた『究極の菓子』のレシピの話の続きかな?
 反射的にうなずこうとしたわたしだったけれど、思いとどまった。
 あ、だめだ!
「ご、ごめん、今日は先にシュウくんと約束してて」
「シュウ……ってあの転校生の石橋? え、また? ってか、なんで名前呼んでるわけ?」
「えっと。シュウくんが名前で呼ばれたいって言ってたよね? ……あれ? みんな呼んでるって言ってたけど……」
 なんとなく責められている感じがして、声が小さくなってしまう。
 え、なんか怒ってる? なんで?
 そらくんは不満そうに顔をしかめる。
「で、シュウとなんの約束?」
「この辺で虫が取れる場所を教えて欲しいって言われて……」
 そらくんの顔がみるみるうちに曇っていく。
 そして少しふてくされたように言った。
「……理花さぁ、おれには学校で話しかけるなって言ったくせに、なんでシュウならいいわけ?」
「え?」
 思ってもいなかったことを言われてわたしはキョトンとした。
「え、え……なんでって、それは」
 そんなの当たり前だよ。
 シュウくんは、転校してきたばっかりだし。
 先生もわからないことがあったら教えてやれって言ったし。
 席が隣になったわたしが親切にしてあげないとだめだよね?
 でも、そらくんの場合は、学校で仲良くして、万が一つきあってるとか変なウワサになっちゃったら大変──
 そう言おうとしたわたしはハッとする。
 ダメじゃん!!!
 そんなこと本人に向かってなんてゼッタイ言えないよ~~~!!
 うまく説明できずにあわあわしていると、そらくんはムッと顔をしかめた。そのフキゲンそうな顔にビクリとする。
「……わかった」
 だけどそらくんはため息をついて、心細そうに笑った。見ているとずきん、と胸が縮み、息苦しくなる。
 わ、わかったって──何が?
 わたしはあわてた。
「あ、あのっ、さっき言ってた見せたいものって、何? 虫取りの後でいいなら……」
 言い訳するように言うと、そらくんは表情を無理やりのようにカラッとした笑顔に切り替えた。
「いいんだ。大したことじゃないし。ジャマしてごめんな! ……そうだよな。理花は理科が好きなんだし、虫取りの方が楽しいよな!」
 そらくんはフルールの方へと駆け出す。なんだか、様子がおかしくない?
「そらくん? ちょっとまって」
 虫取りの方が楽しいって──何かゴカイしてない!?
 不安がむくむくとふくらんでいく。
「そらくん! でも、幻の菓子は? ──究極の菓子は!?」
 たまらずわたしが叫ぶと、そらくんはピタリと足を止めた。
 そしてくるりとわたしを振り返る。
「大丈夫、一人でなんとかするし」
 そらくんの口元は笑っている。
 だけど目が泣きそうで、すごく寂しそうな笑顔だと思った。
「なんとかって」
 どういうこと? 協力してくれって言ったのは、一昨日のことだったよね?
「理花は……理花の好きなやつと、好きなこと、すればいい、から」
「理科の好きなやつ……?」
 そりゃあ、シュウくんは確かに理科が好きだけど……。
 だからといって、そらくんとの実験をやめる理由にはぜんぜんなっていない気がした。
 そらくんが言いたいことがよくわからなかった。
 いつもだったら、そらくんってすごくわかりやすいのに。
 そらくんは一瞬答えに詰まった。だけどそのまま何も答えずにフルールの方へと歩き出した。
 そして、
「そらくん!?」
 わたしが何度呼んでも、まるで聞こえなかったみたいに振り返ってくれなかったんだ。
 え、え、ええええええ!?
 ど、どういうこと?
 もしかして、これって……バディ解消っていう大ピンチなんじゃない……?

5 弟子候補剝奪!?

「ちゃんと自主練しろよ。じいちゃんも言ってたろ。毎日の積み重ねが大事だって」
 おれ──広瀬蒼空は、自分に言い聞かせる。
 だけど泡立て器を持った腕はまったく動かない。
 力がぜんぜん入らなくて、小さくため息をついた。
 フルールの定休日は水曜日だ。
 じいちゃんとスタッフの叶さんが唯一休みを取れるのが、火曜の午後から水曜の午前中なんだ。だから火曜日の夕方は店の工房が空く。
 それが工房を使って練習ができる唯一の時間。
 家でキッチンを使うとジャマって言われるし、何より狭いから。
 週に一度のこの時間、楽しみにしてる……はずだった。
 そしてテーブルの上に置いてあるものに、心がおどっているはずだったんだ。
 だけど……。
「あーあ。これ、理花に見せたかったんだけどな……」
 おれは、髪の毛をぐしゃっと握るとガシガシとかき回す。そして丸椅子にドカンと腰掛けると頭を抱えた。
 菓子作りより、虫取りの方が楽しいのか?
 それとも……。
 もしかして、おれより、シュウといる方が、楽しい?
 考えが浮かんだとたん、胃のあたりが重たくなった。
「メチャクチャ楽しそうだったよな」
 理花が菓子を作るよりも虫取りの方が楽しいんだったら、強制はできないよなって思う。
 好きなことあきらめるのはもったいないって言ったのは、おれなんだから。
 そんなおれが理花の足を引っ張ってどうするんだよ。
 ジャマなんかせずに、ちゃんと応援してやれよって思う。
「理花がいなくても……一人でも、大丈夫だろ?」
 じいちゃんも戻ってきたし。
『幻の菓子』のレシピも教えてもらえるかもしれないんだし。
『究極の菓子』……そのヒントだって手に入れたんだしさ。
 そう自分を励まして、おれは立ち上がると作業台の上の本を開く。
「一人でも、究極の菓子、作ってみせるし」
 もう一度自分に強く言い聞かせる。
 一人でも平気。平気だ。
 一昨日タブレットで調べたときヒットしたムズカシイ菓子──『究極の菓子』はザッハトルテという『チョコレートケーキの王様』だった。
 そのページにはレシピは書いていなかったんだけど、この工房には、実は……秘密兵器があるんだ!
 おれがこっそり取り出したのは新しいスタッフ、叶さんの持ち物。
 洋菓子の専門書だ。
 たくさんのムズカシそうなレシピが載っている、プロ仕様のレシピ本だ。
 おれが読みたいって言ったら棚に置いて、いつでも見ていいよと言ってくれた。じいちゃんとちがってあの人は太っ腹なのだ。
 ウキウキとページをめくったおれだったけれど、一瞬固まってしまう。
 ページは見つかった。
 ザッハトルテというのはチョコレートケーキの一種で、フランス語ではザフートルトゥというらしい。
 ケーキを丸ごとチョコレートでコーティングしてある写真は、確かに見るからに王様といった感じだ。
 だけど……。
「ん……うーん???」
 め、メッチャクチャ、ムズカシくねえ???
 細かい字がびっしり書いてある。
 写真も多いけれど、圧倒的に字! しかも小さい字!
「しかも漢字じゃん! ……ううん? チョコレートの存在感を……した味わい?」
 画数の多い漢字ばかりでめげそうになる。
 だけど分量とかならわかるし。だいたいわかればいけるだろ。きっとなんとか、なる。してみせる。
 おれはページをめくってレシピをにらんだ。
「まずは材料……っと」
 小麦粉、ココア、チョコレート、バター、グラニュー糖、卵黄、卵白にカカオバター、バニラエッセンス、アプリコットジャム。
 材料も多い。だけどここはケーキ屋だ。全部そろっている。
 冷蔵庫をのぞくとアルファベットの書かれた紙箱に、板チョコレートが大量に入っていた。
 うん、これだけあるんだったら少しくらい使っても大丈夫そうだよな。バレないバレない。
「ええっと、まずは型にバターを塗る? それから冷蔵庫に入れる? バターを固めて小麦粉をふる……って、最初からメチャクチャめんどくさいな……」
 少しなら飛ばしても大丈夫か?
 ちょっとだけだし。大したことないはず。
 おれは、バターを塗って粉をふると次の手順に移る。
「小麦粉とココアをふるう。ボウルに細かくきざんだチョコを入れて……湯……で溶かす……って、コレなんて読むんだ?」
 溶かす……。ま、溶かすってことは温めればいいわけで。
 おれはチョコレートを鍋に入れると火にかける。
 だけど……。
 少しするとチョコがぷくぷくと泡立ち、湯気とともに甘ったるいにおいがしはじめる。
「う、わ!? なんだこれ!」
 溶けたというより、茶色い塊から油がダラダラと出てきている。
 しかも煙っぽいものが鍋から上がっていて、甘いにおいが体に染み付くんじゃないかっていうくらいに広がっていた。
「ま、まずそ……」
 写真とはまるでちがう。
「ってか、うわっ、鍋が焦げた! やばい!」
 あわてて火を止めたときだった。
「こらああああ! そら! おまえ何やっとるんだ!」
 工房の入り口を見ると、鬼みたいな顔をしたじいちゃんが立っていた。
「うわあああ、じいちゃん!?」
 やばい!
「変なにおいがすると思って来たら……なんだ、これは! 焦げついてるじゃないか! こうなったらもうこの鍋は使えんぞ……」
「え、あ……洗ってもだめなのか?」
「これだけ焦げてしまうと、においが変わるからな」
 じいちゃんは静かに言う。その静かさが余計にこたえる。
「それから……チョコレートはな、湯煎で溶かす」
「ゆせん?」
「お湯を使って溶かすことだ。油分が分離するからな。菓子作りの基本だから覚えておけ」
「……読めなかったんだ」
「読めるってことがどれだけ大事かわかっただろう? これも、読めたら使わなかっただろうが」
 じいちゃんはチョコの包み紙を指さした。
 よく見ると、スーパーでは見たことがないような見慣れないパッケージ。英語か? と思った直後、ハッとする。
「このチョコレートはな、フランスから輸入してあるんだ。国産のチョコだとうちのケーキの味が出ないから。同じチョコレートという名前でもぜんぜん味がちがう。だからこそ作る菓子に合わせて一つ一つ、こだわり抜いて選んでいる。カンタンに無駄にするな」
 がん、と頭を殴られたような気がする。たくさんあるから大丈夫って思ってたけど、まさかそんなに手に入りにくいなんて。
 おれ……基本も知らずに、大事な材料をダメにしたってこと?
 弟子候補、失格だ。
「……じいちゃん、おれ……ごめん」
 なんとか謝りの言葉を絞り出す。
「ここに入れるには、まだ早いのかもな」
 がっかりした様子のじいちゃんを見ていると、ズンズンと落ち込んできた。
 基本中の基本もわかってないとか。それで弟子になりたいとか言ってるとか。
 おれ、ぜんぜんダメじゃん。
 地面に沈み込んでいくくらいに落ち込んでいると、じいちゃんは心配そうに眉を寄せ、ぐるりと工房の中を見回した。
「そういえば、そら、おまえ……今日は一人でやってるのか?」
 一人だから失敗したのか? 一人じゃ何もできないのか?
 そう言われている気がして、おれはぐったりと床にしゃがみこんで膝を抱えたんだ。

6 理花の悩み、ママの悩み

 放課後、わたしは約束通りにシュウくんと虫を取りに行くことにした。
 そらくんのことは気になるけれど、だからといって約束を守らないわけにはいかないから。
 わたしの住む街は東京から一時間くらいのところにある住宅街。
 いわゆるベッドタウンというものらしい。
 都会からちょっと離れているからか、あちらこちらに自然が残っている。
 山こそないけれど、公園にはたくさん木があったし、住宅街から少し離れると雑木林や野原もある。
 そんな中でわたしがシュウくんを案内することにしたのは、わたしの家から十五分ほど歩いたところにある川沿いの公園だった。
 細くて浅い川の両岸にススキとかイネ科の植物がたくさん生えていて、それを食べるバッタがいっぱい取れるんだ。
 特におすすめはトノサマバッタだ。取るのがムズカシイんだけど、取れた時の喜びは他のバッタの数倍……のはずだった。
 虫取り網がひらり、空を舞う。
「ゲット!」
 シュウくんがうれしそうに捕まえたトノサマバッタを見せてくれる。
 本当に虫が好きみたいで、網の使い方も慣れている。見るからに上級者だった。
「わあ、やったね!」
 だけど、なんとなく心から喜べない。
 そらくんが頭の半分くらいを占領しているからだ。
 わたしが小さくため息をつくと、
「どうかした?」
 シュウくんが心配そうにわたしの顔をのぞきこんだ。
 わ、ため息を見られてた! 感じ悪いよね!?
「な、なんでもないよ」
 ごまかしたとき、七つの子が流れはじめて、
「あ、もう帰らないと」
 わたしはちょっとホッとしてしまう。そして、そんな自分にちょっとびっくりする。
 だって、前までは大好きな虫取りをしてるときにこの音楽を聞くと、楽しい時間が終わったってがっかりしていたのに。
 シュウくんはちょっと不思議そうにわたしを見た。
 だけど「そうだね、今日はありがとう。すごく楽しかった」と笑う。
 その顔を見ていると、なんだか楽しみきれていない自分が、すごく悪いことをしているような気持ちになってしまったのだった。

 あ~あ。
 なんか、だめだ、わたし。
 全部中途半端で、そらくんにもシュウくんにもイヤな思いさせちゃったかもしれない。
 色々考えて落ち込んでいると、ママの声がキッチンから飛んできた。
「理花~! 虫かごは外に置いてきて! 虫は家の中に入れちゃダメ!!」
 虫かごは、片付ける気力がなくて放置してしまっていた。
 あ、ママって虫がちょこっとニガテなんだ。カブトムシもクワガタも、ゴキブリと同じに見えちゃうんだって。ぜんぜんちがうのにね!
 だけど、捕まえた虫も、帰る途中で逃がしてしまったから、ママがいやがるようなことはないはず。なんとなく連れて帰る気分じゃなかったんだ。
 それでもよろよろと立ち上がる。
 虫かごを片付けて戻ってくると、ママがユウウツそうにため息をついた。
 まるでわたしのため息がうつったみたい──って、一瞬そんなことを考えたけど、そんなわけないよね!?
 いつも明るいママが悩んでいるのって、実は珍しいかも。
「ママ、どうしたの?」
「それがねえ……今年、子供会のバザー係が回ってきたんだけど」
 ママは困った顔のまま言った。
「バザー? って夏祭りの?」
 もうそんな時期なんだ。
 毎年、夏休みに学校の校庭を借りてお祭りが開かれる。
 出店とかもたくさん出ていて、夏休みの楽しみの一つだった。
 だけど、それをママが準備するなんて考えもしなかった!
 大変だ! でも──。
「まだあと一ヶ月はあるよね?」
「一ヶ月とかあっという間よ。準備って大変なのよ~。しかも去年まで出してたお団子屋さんが急につぶれちゃったから、新しい商品を考えないといけないの!」
 あー、めんどくさい~、とママが頭を抱えた。
「新しい商品? 他のお団子屋さんじゃダメなの?」
「それができたらよかったんだけど、調べても、引き受けてくれるお店がなくてね」
 わたしもムズカシイ顔になってしまう。売り物を決めるところからってなるとかなり大変そう!
「それってピンチなんじゃ……」
「そうなのよー、大ピンチ! だから理花も一緒に考えて!」
「えー!?」
「じゃないと夕食が毎日納豆ご飯になっちゃうわよ!」
「ひどい!」
「だって考えるの大変で疲れちゃうんだも~ん! お願い!」
 納豆ご飯はキライじゃないけど、毎日はカンベンしてほしい!
 わたしはおいしいご飯をゲットしようとがんばって考えることにする。そして思いつきを口に出す。
「アイスとかは?」
 アイスは大好物だし、夏だからみんな喜ぶと思うんだ。
 だけどママはムウッと口を尖らせた。
「それがね、冷凍庫が一台しか借りられないみたいなのよ。で、それはかき氷に使っちゃうんだって」
「ええぇ……じゃあ溶けるからダメだね」
 うーん、うーん……。
 夏祭りといえばどんな食べ物が出てたかな。
 わたあめ、ジュースに焼きそば。
 口にするけれど、毎年出している食べ物はもう他の人がやることになっていて、つぶれたお団子屋さんの代わりだけが決まってないみたい。
「お団子の代わりだったら、甘いものがいいんだよね」
 他にいいアイディアが浮かばない。
 そもそもわたしってこういうの考えるのそんなに得意じゃないよ。
 そう。こういうのを考えるのが得意なのって……。
 ふと一人の男の子の顔が思い浮かんだとき、
「そらくんと相談してみてよ」
 ママが言ったものだから、わたしは思わず息が止まった。
「そらくんってこういうの得意そうでしょ」
「……う、うん……」
 確かにいままさにそう思ってた。
 だけど──と思いかけたわたしはハッとする。
 そうだ!
 今の話題を振ってみたら、話すきっかけになるよね?
 ついでに今日のゴカイ、解いちゃえばいいよね!?
 ナイスアイディアだ!
「ママ! ありがと!」
 思わずそう言うと、
「ど、どういたしまして?」
 ママはすごく不思議そうな顔をした。

7 夏祭りが近づいて

「なあなあ、見た? 裏門に貼ってあったポスター!」
「見た見た。今年は八月五日かぁ。楽しみだよな!」
「あ、でも花火大会もその日じゃなかった? どっちに行く?」
「お祭りに決まってるじゃん! うまいもの食えるし!」
 翌朝学校に行くと、クラスでも夏祭りの話題で持ちきりだった。
 門のところにポスターが貼ってあったのをわたしも見かけて、ああ、これのことかあって思ったんだ。
 そして。
 それこそが仲直りのチャンス!
 わたしはギュッとこぶしをにぎりしめると、そらくんの方を見た。
 だけど──そらくんの周りには人垣ができていた!
 うわあ、なに!?
 目を見開いて立ちすくんでいると、取り囲んでいた女子がそらくんに話しかけた。
「そ、そらくん、ポスター見た? 夏祭りのやつ」
「夏祭り?」
「その日って、そらくん……用事あるのかな?」
「んー、まだわかんね」
 そらくんは答えたけれど、どこか上の空だった。
 それっきり会話が途切れ、女の子たちがもぞもぞとイゴコチが悪そうにする。
 なんだか恥ずかしそうにしていて、見てるだけで何が言いたいのかわかってしまう。
『夏祭り、一緒に行かない?』
 そんな声が今にも聞こえてきそうだと思った。
 って、これって、まちがいなく夏祭りのお誘いだよ! そらくん!
 自分が誘われた訳でもないのに、なんだかハラハラしてしまう~!
 だけどそらくんはまったく気づいてない感じ! なんだか不思議そうにキョトンとしている。
 相変わらずそらくんってニブい……。
 苦笑いしそうだったけど、わたしはあることに気づいてあせる。
 これじゃ、話しかけられないよね!?
 あぁあああ、どうしよう……。
 せっかくのチャンスが今にも消えていきそう。朝の会まであと五分もないけど、そらくんの周りから人は消えそうになかった。
 この調子だと、もしかしたら今日は放課後まで話せないかも……。
 あ、でもひとまずランドセルを置いて準備をしないと。
 自分の席に向かおうとしたわたしは、席の周りにも人がいるのに気づいてびっくりした。
 こっちも女子ばっかり。そらくんの周りにいる女子以外、残りの半分がここに集結してるって感じ。
 え、なんで?
 まさかわたしに用事? ……そんなわけないか。
 と思った直後、人の輪の中心にシュウくんがいるのに気がついた。
 あ、もしかして……?
 わたしはハッとする。
「……あの、夏祭りがあるんだけど」
 そうだ、ゆりちゃんたちが「チョーかっこよかった」って言ってたじゃん!
 シュウくんって、そらくんとは別タイプのイケメンだった~!
 だけど、シュウくんはそらくんとはちがって、しっかりと言われていることの意味がわかっているらしく、
「もしかして、誘ってくれてるの? ありがとう」
 とほほえんだ。
 その、クラスの他の男子にはない大人っぽい新鮮な反応に、女子たちがドギマギしているのがわかった。
 ひえええ……すごい返しかた……!
 ひょっとして言われ慣れてるのかな?
 そう考えたわたしは、忘れかけていたシュウくんの発言をふと思い出してヒヤリとする。
『かしこい子が好きなんだよね』
 じゃあ、あれって……どういう意味だったんだろう?
 好きって……もちろんともだちとしてだよね? 話してて楽しいとか、だよね? ま、まさか……ね?
『好き』の意味について悩んでしまっていると、シュウくんはおだやかな顔をして言った。
「でも、やめておこうかな」
「えー」
 みんなが残念そうに声を上げる。
 わたしはちょっとびっくりする。
 だってお祭りっていったらもっとウキウキするものじゃない?
 わたしだって楽しみでしょうがないのに。なんだかちょっと冷めた感じがする。
 シュウくんって大人っぽいから……お祭りくらいではしゃいだりしないのかな?
「用事でもあるの?」
「まぁそんなところ」
 用事ならしょうがないか。
 そう思っていると、シュウくんはなぜかわたしをチラリと見て、ふわりと笑ったのだった。

8 みんなで調理実習!

 先生がやってきて朝の会が始まると、そらくんとシュウくんの周りにできていた人垣は消えた。
 あー、やっぱり、そらくんに話しかけられなかったよ~!
 しょんぼりしていると、先生が言った。
「えー、連絡していた通り、今日は三時間目と四時間目で調理実習をやります! みんなちゃんと持ち物は用意してきたかな?」
「はーい!」
 あ、そうだった。
 みんな元気に手をあげる中、わたしもそっと手をあげた。
 持ち物はエプロン、三角巾に布巾を一枚。
 空色のエプロンを机の上に出すとちょっとウキウキした気持ちになる。
 空色はわたしの好きな色だ。
 なんとなく気になってチラリと見ると、そらくんはフルールの白いエプロンを借りてきていた。
 あれをつけて一緒にいろんなお菓子を作った。
 そんな思い出深いエプロンだ。
 見ているとグッと胸が苦しくなる。目をそらすとシュウくんがじっとわたしの顔を見つめていた。
「どうかしたの?」
 たずねられたけれど、カンタンに話せることじゃなくて、わたしは笑ってごまかした。

 調理実習は六年生と合同だった。
 春にも合同授業があったけど、うちの学校って五、六年生の人数が少ないからか、よく合同授業が行われているんだ。
 メニューは『白玉みつまめ』だそうだ。
「ふつうのみつまめに一工夫加えるぞ!」
 黒板の前で、先生がはりきって説明をしている。
「寒天って知ってるか?」
「はい! ゼリーみたいなやつです」
「正解! ふつうのみつまめだと、そのゼリーみたいなやつは透明だったり白だったりするんだが、それだけだとあんまり面白くないだろう? だから今回はその中にフルーツを刻んで入れてみるんだ! 一気にカラフルになるからな!」
 説明が進むのをわたしはぼうっと見ていたんだけど、ふと思いついた。
 あ……そうだ。
 そらくんと同じ班になれれば、会話のきっかけがつかみやすいかも!
 期待したわたしだったけれど……。
 結果はあっさりと玉砕!
 くじ引きで別の班になっちゃった!
 しかも、代わりにわたしと同じ班になったのは、なんとゆりちゃんだった!
 あぁあああ……どうしよう。気まずいまんまなのに。
 うーん……やり過ごすしかないか。仲が悪いってわけじゃないんだしね。二時間くらいなんてことないよね……。
 そう言い聞かせてユウウツさを吹き飛ばしたわたしだったけれど、役割分担の段階になると、がっくりと落ち込んでしまった。
 まず包丁の係が決まったんだけど、お料理の手伝いをたくさんしてて、包丁が得意な子が立候補して選ばれた。
 ちらりとそらくんを見ると、予想通りに包丁の係になっていた。
 それはそうだよね。
 卵も割れるし、かき混ぜるのもすごく上手だし。
 今まで包丁を使っているところは見たことがなかったけど、きっと修業してて上手にちがいなかった。
 次に決まったのは、寒天を鍋に入れて溶かす係。
 火を安全に使える子ってことで、やっぱりお手伝いをしている子が選ばれた。
 器用そうな子から先に手をあげて、どんどんと係が決まっていく。
 そして、わたしが担当になったのは、最後まで残った係。
 なんと、切ってもらったフルーツを、溶かしてもらった寒天の液に入れて、氷水で冷やして固めるだけのお仕事!
 他にもう一つ最後まで残っていたのは、白玉団子を氷水で冷やす係。
 どちらもカンタンすぎて不人気な係だった。
 いいなぁ、かっこいいなぁとフルーツを切る係のテーブルを見ると、ちょうどそらくんがキウイフルーツの皮をむいているところだった。
 するするとすばやく、そしてきれいに皮がむけていく。
 そらくんの手つきに他の子達が手を止めて食い入るように見つめている。
 そしてそらくんの手元からキウイフルーツの皮がポトリと落ちる。
 一回もちぎれずに落ちた皮は長く、見ていた子達がうわあああと歓声を上げた。
「そら、まじでうまい! 菓子職人になりたいって冗談じゃなかったんだ?」
「まーな」
 そらくんはまんざらでもなさそうだ。
 その後もオレンジの皮、リンゴの皮をどんどんむいていく。そのたびにざわざわと声がさざなみのように広がっていく。
「うわ、かっこいいね……」
「メッチャ上手じゃん!」
 そらくんをほめる言葉を聞きながら、切ってもらったキウイ、オレンジ、リンゴとイチゴをバットに並べて寒天液を注ぐ。そしてバットごと氷水につけた。
 ただそれだけ。あまりにもあっけなく終わって、わたしはそらくんとのチガイに泣きそうになってしまった。
 そらくんって、やっぱりすごいよね……。
 もしかして、わたし……実はそらくんの重荷になってるんじゃ……?

 そんな考えがふと沸き上がって、わたしは不安になる。
 だから、あんなふうに一人で大丈夫って言ったのかな。
 わたしの力なんて、もういらないって、足手まといだって……そういう意味だったのかも。
 どんどんと暗い考えに心が染まっていく。
 だけどそのとき、
「白玉冷えたよ。ここに置いておくね」
 柔らかい声が耳に届いて、そらくんへのほめ言葉が耳から遠ざかった。
 ハッとして顔を上げると、シュウくんが白玉団子を手に目の前に立っていた。
 あ! シュウくんってもしかして白玉を冷やす係!?
 とたんに仲間意識が芽生えてしまう。
 だってわたしといい勝負だ!
 するとシュウくんは笑った。
「不器用仲間とか思った?」
 うわああ、心を読まれた! 顔に出てた!?
 あせっていると、
「それで落ち込んでるわけ? 得意なやつがやればよくない? 僕もだけど、君も別の特技があるんだし、自分の得意分野でがんばればいい話だと思う。虫取りとかだったら、僕たちきっと誰よりも上手だと思うし」
 シュウくんの言葉に少し救われた気になる。
「そ、そっかな……」
「そうだよ。それより、この間の『ワクワク昆虫ワールド』見た? セミの特集してたけど」
 シュウくんが言ったのは、わたしが好きなテレビ番組だ。
 毎回一つの昆虫に絞って、何を食べるのかとか、どこに住んでいるのかとか、どうやったら上手く捕まえられるのかとかを詳しく教えてくれる、大好きな番組。
 昔からずっと好きだったけど、わたしが虫ギライになっていた間も続いていて、今も人気番組のまま。
 録画して何回も見てしまうくらいに、虫好きにはたまらない番組だった。
「あ、録画したけどまだ見てないんだ。タガメの回は見たけど、すごく面白かった!」
 楽しい話題にユウウツさが消えていく。わたしはいつの間にか笑みを浮かべることができるようになっていた。
「あー、あれすごかったね」
「次はなんだっけ?」
「オニヤンマだって」
「わあ、楽しみ~!」
 二人で虫の話で盛り上がっている間に、近くでタイマーが鳴った。
 わたしの担当だった寒天が固まったらしい。
 カンタンな作業なのに失敗したら大変! とバットの方を見ると。
 ちょうど視線の先にいたそらくんと目が合った……──と思ったんだけど。
 直後、そらくんは、ふっとわたしから目をそらしたんだ。

 え、いま、目を、そらされた?

 胸がバクバクと大きな音を立てはじめる。
 なんで? わたし、そこまで嫌われるようなこと……何かした?

9 牛乳寒天パニック

「どうかしたの?」
 シュウくんの声にハッとする。
 わたしはまだ頭が混乱していたんだけど、
「な、なんでもないよ」
 となんとか答える。
 そして、自分にも言い聞かせる。
 大丈夫。きっと、きっと気のせいだよ。
 目が合ったって思ったのが、わたしの思いちがい。
 だってそらくんが目をそらしたりするわけないし。
 そういうキャラじゃないよ。
 どんな子とだって仲良くしてるし、いつもニコニコしてるし。
 だからきっとわたしのカンチガイだよ!
「で、できたから、切らないとね」
 そう言って、気持ちを調理実習に切り替える。
 バットを軽くゆすると、寒天はちゃんと固まっていた。
 うん、さすがに注ぐだけだから失敗もなさそう。
 ほっとしながら、出来上がったフルーツ寒天を、包丁の係のゆりちゃんのところに持っていく。
 するとゆりちゃんは、なんとなくとまどったような顔でわたしと、それからシュウくんを見た。
 なんていうか、言いたいことをガマンしてるような。
 あれ? どうしたんだろ……。
「あの、これ、おねがいできるかな?」
 思い切って声をかけると、ゆりちゃんがハッとしたようにバットを受け取った。
「じゃあ、これも頼む!」
 後ろから牛乳寒天を作る係だった男の子がバットを持ってきた。
 ゆりちゃんが包丁で、わたしが固めたフルーツ寒天に切り込みを入れる。
 そして、別の包丁係の子が牛乳寒天に包丁で筋を入れていった。
 バットの中では、一センチ角の小さなキューブがたくさんできあがる。
 牛乳の方は白くてなんだかサイコロみたいでカワイイ感じ。
 そしてフルーツの方は、キウイの緑とオレンジのだいだい色、そしてリンゴの白と、イチゴの赤。色とりどりで宝石みたい。ちょっとうっとりしてしまう。
「次は、盛り付けだね!」
 誰かが言って、お皿をテーブルに並べはじめる。
 二つの寒天を同じ量ずつお皿に盛るのが次の手順だった。
 だけど、
「一気に混ぜたほうが楽じゃない?」
 ゆりちゃんが一つのボウルで二種類の寒天をどさっと混ぜた。
 そしてゆでたアカエンドウも加えてぐるぐるとかき混ぜる。
「あ、ゆりちゃん、あったまいい!」
 他の子達も真似をしはじめる。
 だけどわたしはふと気になって、黒板に書かれた手順をじっと見た。
『フルーツ寒天と牛乳寒天は分けてつぎわけること』
 赤字で書いてあるんだけど……大丈夫かな?
 お料理って小さなチガイが大きなチガイになることが多いんだよね。
 ぼうっとしてたから、だいじなことを聞き逃してたらどうしよう。
 とそのとき、
「あああ、金子! ちょっと待った!」
 先生があわてた様子で駆け寄ってきた。
「ああああ、遅かったかぁ……」
 先生ががっくりと肩をおとした。
 突然の中断にびっくりしてしまう。
「全部混ぜちゃったかあ、他のも残ってない?」
 必死な先生に、ただごとじゃないと思っていると、みぃちゃんが急に泣き出した。
 ええええ、どうしたの!?
「町田は牛乳アレルギーでね……だからフルーツの方しか食べられないんだ。すまんな。先生の説明足りなかったな……」
 町田っていうのはみぃちゃんのことだ。わたしはハッとする。
 そういえばみぃちゃん、給食でいつも牛乳飲んでなかったかも!
「アレルギー……」
 つぶやいたゆりちゃんは、いつの間にか真っ青になっていた。
「みぃ、ごめん!!!! わたし、忘れてた! ともだちなのに……ごめん!!」
 泣きそうなゆりちゃん。するとみぃちゃんの涙が止まる。
「だ、大丈夫だよ。大したことないよこのくらい!」
「そんなことないよ。ごめん、わたし代わりに何かおわびするから。あ、そうだ、フルールのクッキーとか!」
 フルールの名前が出てきてビクッとする。
 ちらりとそらくんの方を見ると、そらくんが困った顔で言った。
「あー、たぶんうちの菓子はほとんど乳製品入ってるかも……大体バターが入ってるから」
 それを聞いたゆりちゃんはがくぜんとした様子だった。
 どうしようどうしようって困ってるのがわかって、わたしまで落ち着かなくなる。
 みんなが作業を止めて、ゆりちゃんとみぃちゃんの様子をうかがっていた。
 注目が一気に集まる。
 うわあ……この状況、わたしなら耐えられない。
 ピリピリとした空気は、ふくらんだ風船みたいに今にも弾けてしまいそうだと思った。
 とそのとき、
「だ、大丈夫だからほんとに!」
 みぃちゃんが先に大声を出した。
「デザートないのとか慣れてるし、ほら、わたしみつまめって実はそんなに……好きじゃないし!」
 だけど泣いてたよね?
 わたしはみぃちゃんが、ゆりちゃんのためにグッと悲しみを飲み込んだのが見えた気がした。
 ゆりちゃんに悪気がないのなんてわかってる。
 だから、これ以上あんな顔させたくないよね。
 だってともだちだから。
 わかるなって、そしてお互いに思いやっている二人がなんだかうらやましいとも思った。
 でもゆりちゃんは黙ったまま。大きな目からは今にも涙があふれるんじゃないかって思った。
 な、なんとかならないかな。
 ハラハラと見守る。
 ゆりちゃんはごめん、って気持ちを形にしたい。だけど、みぃちゃんは大袈裟にはしてほしくないかんじ。
 じゃあ、仲直りするにはどうすればいい……?
 ふとあることが頭に浮かんだとき、チャイムが鳴った。
「いったん、作業に戻ろうか。うーん、町田には特別に先生のおやつを進呈しよう!」
 先生の冗談めかした言葉に、ワハハと声が上がり、ひとまずその場は落ち着いた。
 だけどゆりちゃんの泣きそうな顔だけは、最後まで元に戻らなかったんだ。

10 理花の隣にふさわしいのは

 目をそらした直後、視界のはしに理花の寂しそうな顔が映った気がした。
 その顔を見て、おれは、あー、やっちまったと後悔した。
 でもさ。なんだか見てられなかったんだ。
 あんなふうに楽しそうに理科の話をしてる理花を見てると、やっぱりおれってジャマモノって思うじゃん?
 理花は虫が好きで、理科が好きで。
 そんな理花はやっぱり菓子作りをしてるより、虫を取ったり実験したりしてた方が楽しいんじゃないかって、どうしても考えてしまうんだ。
 ゼッタイ、シュウと理科の話してる方が楽しいに決まってる。
 だから目をそらしたって、理花はきっと平気に決まってる。
 そう思うけれど。
 もやもやと考えているうちに、やがて放課後になった。
「あー。やっぱだめだ」
 そもそもおれ、頭の中でウジウジ考えるのってニガテだし。考えて答えが出る問題でもない。
 一言謝った方がきっとスッキリするし、実際理花がどう思ってるのかも本人に聞かないとわからないし。
 理花が菓子作りより虫を取りたいって言ったら、そのときはキッパリあきらめたらいい。
 ウジウジ悩むよりそうしようって決めた。
 おれはランドセルを背負うと、帰り支度の済んだ理花をちらりと見る。
 そのまま声をかけようかと思ったけど、やめた。
 いつもみたいに桜の木のところで待ってた方がいいか。
 理花は学校で話しかけられるのをいやがっている。
 はっきり言わないけど、冷やかすような奴がいるからかも。おれも冷やかされるのはムカつくし。
 ……じゃあなんでシュウはいいんだよって思うけど。
 なんだかムカムカしながら昇降口へ向かう。
 靴を履き終わったところで、そのシュウが目の前に現れたから、おれは思わずギョッとした。
 シュウは出入り口の扉に寄りかかっている。誰かを待っているような、そんな様子だった。
 気になりつつも前を通り過ぎようとすると、シュウは、「今日もまちぶせ?」と聞いてきた。
「は?」
 おれは足を止める。
 どことなく言葉にトゲがあったような気がした。なにを言っているんだろうと考えたおれはハッとする。
 まちぶせ。
 この間、おれが桜の木のところにいたのをシュウは見ていたのかもしれない。
 シュウはいつものおだやかな目ではなく、挑戦的な目をしていた。
 見たことがない顔にぎくりとしたとたん、シュウは言った。

「理花の隣には僕の方がふさわしいと思う」

 昇降口に満ちていたざわめきが一瞬消えた気がした。
「……は?」
 何を言ってるんだ、こいつは。
 隣? 席のことか?
 だけど……ふさわしいって……。
 いまいち意味がつかみきれなかったおれに、シュウはクスリと笑って付け足した。
「さっき見てたんだろ? 僕の方が話は合うし、趣味も同じだ。理花も君といる時より楽しそうだったろ?」
 さっき、と聞いて調理実習中のことが頭によみがえった。
 ニコニコと楽しそうに、ちょっと興奮した様子で、目をキラキラさせて夢中で話す理花を見たら、クラスのほとんどのやつがびっくりすると思う。
 あんなふうに笑うんだって、話すんだって。
 てっきりおれと実験してるときだけだと思ってた。
 でもちがった。カンチガイだった。
 ……ああ、その『隣』って意味か。相棒っていう意味。
 わかったとたん、とどめを刺されたような気になった。
 そうだよな。
 おれ、算数も理科もニガテだし。きっとシュウには敵わない。理花の話にはたぶんついていけない。
 言い返すことができずに、シュウを押しのけるようにして外に出ようとする。
 そのとき。
「そらくん!」
 どこかで理花の声がした、ような気がした。
 だけど、今は理花の顔は見られない。ゼッタイにひどい顔をしているっていう自覚があった。
 おれは、うつむくとそのまま昇降口を出て行った。

11 僕と組もうよ

「聞こえなかった……のかな」
 そう思いたかった。だけど隣にいたシュウくんが振り向いたんだから、そらくんに聞こえていないわけはなかった。
 あぁ、目をそらされたのって、カンチガイじゃ、なかったんだ……。
 目の前が暗くなってくる。
 もうダメなのかも。
 お菓子作り、あれだけ楽しかったのに。
 ずっと、『幻の菓子』を作ることができるまで続くって信じてたのに。
 こんなふうにカンタンに終わっちゃうだなんて、びっくりすぎて涙も出ない。
 信じられないって気持ちが大きすぎた。
 とぼとぼとそらくんの消えた昇降口へと向かう。
 しょんぼりと靴を履き替えて外に出ると、シュウくんが待っていた。
 だけど話題がぜんぜん思いつかない。そのくらいにショックを受けていた。
 だんまりのまま歩き始めるとシュウくんはついてくる。
 一人で帰りたいな。
 だって、シュウくんがいたら、泣きたくなっても……泣けない。
 けれど、家の方向が一緒だからしょうがない。
 わたしはグッとガマンして下を向いたまま歩き続ける。早く家に着けば良いのにって思う。
 桜の木の曲がり角に差しかかり、わたしは万が一の可能性を夢見て、そらくんの家の方を見た。
 だけど、そこには誰もいなかった。
 いない。
 そらくんはもう、いない。
 このごろ毎日があんなに楽しかったのに。世界が終わったような気さえした。
 信じられなくてぼうぜんとしたわたしに、シュウくんが言った。
「大丈夫?」
 シュウくんの存在を忘れていた。だけど、そのことを悪いって思える余裕もなかった。
「夏祭り」
 シュウくんがぽつりと言った。
「え?」
 急に言われたから、頭が混乱した。
 そらくんのことばっかり考えてたから、余計に話がつながらない。
 するとシュウくんは続けて言った。
「夏祭り、僕と一緒に行かない?」
「え?」
 さらに頭が混乱する。どういう、意味?
「え、……だってシュウくん、朝、行かないって言ってなかった?」
 そう言うとシュウくんは笑った。
「ああ、あれ。単に理花ちゃんと行きたかったから」
「え」
 わたし「え」ってばっかり言ってる。そんなことをぼんやりと考えたあと、
「ええええええ!?」
 わたしはさらに「え」の数を増やしてしまっていた。
 え、でも、だって。それって。
 シュウくんが前に言った言葉が頭の中でぐるぐると回り出す。

『かしこい子が好きなんだよね』

 え、えっと、す、好きって、ま、まさか、つ、つきあいたいとか、そういう意味ってこと!?
 ど、どどどど、どうしよう!? いきなりそういうのって、ぜんぜん頭がついていかない!
 あせったわたしはとっさに答えた。
「む、ムリだよ!」
「なんで?」
「えー、え、えっと……」
 な、何かない!? いい言い訳! わたしは必死で頭を使った。するとふとママの顔が浮かぶ。
 そ、そうだ!
「ま、ママの手伝いをしないといけなくって! お祭りで係になっちゃったから」
「……ふうん」
 シュウくんはわたしの目をじっと見る。メガネの奥の目がわたしの心をのぞき込むように光った。
「ウソが下手だなあ」
 わっ、ウソだってあっという間にバレた!
 あわあわしてしまう。
 だけど、シュウくんは怒ったりせずにふわりと笑った。
「広瀬じゃないとだめ?」
 わたしはもしかしたら一瞬飛び上がってしまったかもしれない。体が震えた。
 シュウくんの言葉が、わたしの気持ちにパズルみたいにピタッとはまった。
 夏祭り、きっとそらくんに誘われてたら、喜んで行ったと思うんだ。
 シュウくんの口から漏れたフレーズにわたしは目を見開いた。

 どくん、どくんと体がイヤな感じに脈打つ。さっきまでとは別のドキドキに体が支配される。ブクブクと煮立っていたような体中の血が、今度は氷みたいに冷えていく感じがする。
「な、なんで、それ」
 なんでシュウくんが知ってるの?
「図書館で拾ったあのノートに書いてあっただろ。あれを見た時から、気になってた。『究極の実験』ってひびきがサイコーにワクワクしたし。僕もやってみたくなった」
「で、でも」
 だとしても……なんでわたしと?
 顔に出ていたのか、シュウくんは少しだけほほえんだ。
「理花ちゃんは僕が勉強が好きって言っても『変』だって言わなかった。それって……君も勉強がすごく好きだからだろう? 僕は、そんな君とならいい相棒になれると思ったんだ」
 シュウくんはマジメな顔になって、まっすぐにわたしを見た。
「広瀬じゃなくって、僕と組もう。僕と二人でやれば、本当に『究極』になるよ」
 考えてもみなかったことを提案されて、わたしはぼうぜんとした。
 頭がクラクラして、今にも倒れそう。
「……ごめん!」
 逃げるようにしてわたしはシュウくんから離れると、そのまま走り出す。
 そして、いつもとはちがう道──公園のある道へと逃げ込んだんだ。

12 久々の約束

 あぁ、びっくり、した……。
 シュウくん、なんであんなこと。
 大混乱のまま公園の前を通り過ぎようとしたわたしは、ぎい、という音がした方向を何気なく見て、思わず足を止めた。
 ブランコに座っている女の子に見覚えがあったのだ。
「……ゆりちゃん?」
 ランドセルが地面に置いてある。
 あれ? まだ家に帰っていないってことは寄り道してる? それって……なんだか、らしくないな。
 そして調理実習のときのゆりちゃんのことを思い出した。
 あぁ、そっか。まだ落ち込んでるんだ、きっと。
 どうしよう。
 ケンカ、してるわけじゃない。だけど気まずいままだし。ゆりちゃんだってわたしと話したくないって思ってるかもしれないし。
 今気づかなかったふりをしてここを通り過ぎても、きっとゆりちゃんはなんとも思わないと思うし……。むしろ放っておいてって思うかもしれないよね。
 わたしは公園を過ぎ去ろうとしたけれど、足が動かなかった。
 ──でも、だけど! やっぱりあんなゆりちゃんを放っておけないよ!
 わたしは方向転換して、公園に入っていく。
 一歩一歩進むたびに胸の音がどんどん大きくなっていくのがわかった。
 引き返す? 今からでも遅くないかも。
 そんな弱気と戦いながらわたしはゆっくりと進む。
 やがてブランコまでたどり着くと、ドキドキしながらゆりちゃんに声をかけた。
「ゆりちゃん、大丈夫?」
「……理花ちゃん?」
 ゆりちゃんはちょっとびっくりした様子だったけれど、
「大丈夫……じゃないかなぁ」
 はは、と力なく笑った。
 いやがられていないみたい。ホッとしたわたしは隣のブランコに腰掛けた。
「調理実習のときのこと?」
 わたしがそっとたずねると、ゆりちゃんは小さくうなずいた。
「……みぃちゃんってさ、お菓子とかあんまり食べられないの悲しいって言ってたんだ。だからきっと楽しみにしてたはずなんだ……なのに、よりによってわたしが台無しにしちゃった。ともだちなのに」
 辛そうな様子に、わたしの胸はギュッと苦しくなった。助けてあげたいって思った。
「それならさ、家でもう一回作って持って行こう?」
 それは調理実習のときに考えついたことだった。
 どうしたら、ゆりちゃんもみぃちゃんも元通りになれるかなって。
「……作る?」
「そんなにムズカシくなかったよね? フルーツ寒天ならきっと食べられるから、みぃちゃんも受け取ってくれるよ」
 ゆりちゃんの顔がパッと輝きだした。
「そ、そっか……作るって手があるんだ! どうして思いつかなかったんだろ!」
 そう言ったあと、ゆりちゃんは渋い顔をする。
「あ、でも……ママがお仕事忙しいから、一人で作らないと……できるかな……」
 ゆりちゃんが考え込むのを見て、わたしはまたドキドキしてしまう。
 ああ、一人で作るつもり?
 ってことは……わたしの手伝いとか、いらないかな。
 誘ったら、いやがられないかな?
 悩んだけれど、心細そうなゆりちゃんを見ているとやっぱりお手伝いしたくなった。
 そもそも、あれってゆりちゃんだけのせいじゃないし。
 わたしだって、手順がちがってるのに気づいたのに止められなかったんだもん。
「それなら……わたしも手伝うよ!」
 勇気を出してそう言うと、ゆりちゃんは目を見開いた。
「え、いいの? ほんとに!?」
 あぁ、断られなかった! うれしくなったわたしは続けて言った。
「わたしも一緒に作りたい」
 わたしがうなずくとゆりちゃんは顔を赤くして叫んだ。
「ありがと……! あ、でもうち、おねえちゃんがともだち呼ぶの嫌がるんだ……。うるさいって。おねえちゃんだってともだち呼んだときはうるさいのに!」
 むーと口を尖らせるゆりちゃんを見てクスリと笑ってしまう。
「じゃあ、うちでやろう?」
「いいの? じゃあ、今度の土曜日とか、空いてる?」
「土曜日?」
 土曜日の予定は、ない。
 あるはずだったのに、すごく楽しみにしてたのに、ない。
 ……そらくんと実験すること、もう二度とないのかな。
 急に心がずしんと重くなったとき、ゆりちゃんが心配そうにわたしの顔をのぞき込んだ。
「どうかした? あ、ムリならいいんだよ! 理花ちゃんの都合の良い日にしてくれて」
 ゆりちゃんの言葉がわたしの心をふっと軽くした。
 そして気がついた。
 あれ、いつの間にか、ギクシャクが、消えてる?
 まるで……前に戻ったみたいじゃない?
 わたしは、グッと顔に力を入れて笑う。
「ううん、なんでもないよ! 土曜日で大丈夫。じゃあうちに来て!」
「わかった! 理花ちゃん、ありがとう!」
 ゆりちゃんが元気よく家に帰っていくのを見送る。
 ありがとうって言葉が、じわじわと心にしみ込んでいく。
 ゆりちゃんに声をかけなかったらきっと、わたし、一日中そらくんとシュウくんのことで悩み続けていたかも。
 思い切って声をかけてよかった。心からそう思った。

 だけど。
 ゆりちゃんのおかげで、一瞬頭の中から消えたそらくんとシュウくんの問題は、次の日になったらまた戻ってきてしまった。
 だって今日は木曜日で、約束の土曜日まであと二日もあったんだもん!
 ビクビクしながら席に着く。なるべくシュウくんの方を見ないようにと……、
「おはよう……」
 うつむいたまま小声で挨拶をすると、
「おはよう」
 ごく普通の声で挨拶が返ってくる。
 それを聞いてホッとしたわたしだけど、直後、
「昨日の返事、いつでもいいから」
 シュウくんはささやくように言うと、にっこりと笑って前を向く。
 え、えええええ、返事って言われても──。
 途方に暮れてそらくんを見る。
 ばっちり目があった。
 ──確実に目があった。
 なのに、そらくんはそっとわたしから視線を外すと「おはよー」とともだちのところへ向かってしまった。
 わたしの心はあっという間にぺしゃんこだ。
 本当に……なんでこんなことになってるんだろ。
 悪いところがわかったら、直すことだってできるのに、心当たりが全然ないんだもん。
 ぐったりと机に突っ伏すと、シュウくんがひっそり「ほら、あんなヤツより、ゼッタイ僕を選んだ方がいいと思うけど?」とささやく。
 ぼ、僕を選ぶ!? ひえっ! やめて~!!! 誰が聞いてるかわかんないのに! ゴカイをまねくよ!
 わたしはワタワタとふたたび周りを見回す。
 だけどシュウくんの声が小さかったから、誰も聞いていないみたいだった。
 ホッとする。けど、すぐにぐったりする。
 気まずかったり、びっくりしたり。がっかりしたり、あわてたり、なんとなく怖かったり。
 少しの間にあまりにもいろんな感情が次々に出てくるもんだから、わたしはまだ朝だというのにヘトヘトに疲れてしまったのだ。
 あぁ、もう、わたし帰りたいよ……。
 学校、来るのイヤだよ……。
 そう思ってると、誰かが「おはよっ」と小さく挨拶をしてくれた。
 顔を上げると、それはゆりちゃん。
「昨日はありがとね」
 みぃちゃんに秘密にしておくつもりなのかな。
 ゆりちゃんはひそひそとナイショ話のようにわたしにささやいた。
 ニコッと笑われて、わたしの心はようやく少し上向いた。
 ああ、なんだかゆりちゃんが天使に見えるよ!

13 リベンジ、フルーツ寒天

 ゆりちゃんとの約束を支えに、なんとか木曜日、金曜日をのりきり、やっと土曜日がやってきた。
 ああああ、ついに! 待ちに待った休みだ~~~!!
 ピンポーン、とチャイムが鳴り、ゆりちゃんがやってきた。
 ゆりちゃんの手にはエコバッグ。家にあったフルーツと寒天を持ってきたんだって。
「いらっしゃい!」
 ママはうれしそうにキッチンに案内すると、自分はパパの部屋に向かう。
「ごめんねえ、ちょっと忙しくって。何かあったらすぐに呼びにきて」
 やっぱり夏祭りの準備が忙しいんだって。
 他の係の人の意見が分かれて、結局まだメニューも決まっていないらしくって、ちょっと切羽詰まっているんだ。
「じゃあ、作ろうか」
 わたしは手を洗うとエプロンをつける。
 ゆりちゃんのエプロンは薄紫でフリルがついている。やっぱりカワイイなって思う。
 でもわたしがつけると、きっと似合わないんだよね……。
 うらやましく思っていると、
「理花ちゃんの空色のエプロン、カワイイよね。その色、理花ちゃんにすごく似合ってる」
 ゆりちゃんが材料を並べながら言う。おんなじことを考えていたのでちょっとびっくりした。
 するとゆりちゃんがわたしのエプロンをじっと見つめながら言う。
「うちのママ、青とか緑とか黒とか買ってくれないんだよね、男の子の色だって。だから女の子らしいカワイイ色にしようって」
「そう、なんだ?」
 男の子の色?
「理花ちゃんって青が似合うよねえ」
 ゆりちゃんのママの言葉が気になりつつも、わたしはうなずいた。
 わたし、青系の色が好きで、ランドセルも空色だ。
 ランドセルは、うちのパパもママもわたしの好きな色でいいよって、選ばせてくれてた。それって実は珍しいのかな。
 そんなことを考えながら道具を出す。
 包丁を握ると冷や汗が出る。
 だって尖ってるものってちょっと怖くない?
 ドキドキしながら包丁を出したものの、はたと気がついた。
 まな板の上にはキウイフルーツと缶づめのパイナップルとみかん。あ、キウイフルーツの皮、どうしよう!?
「あ、あの……ゆりちゃん、皮むくのできる? じ、実はわたしちょっとニガテで」
「いいよ」
 そう言いながら、ゆりちゃんはキウイフルーツの皮をむきはじめる。
 わたしよりは上手だけれど、やっぱり慣れていない感じ。
 プツプツと皮が細かく落ちていくのを見ていると、そらくんの鮮やかな包丁さばきを思い出した。
 ゆりちゃんが皮をむいたキウイフルーツや缶づめのパイナップルを、わたしが刻んでいく。
 寒天のパウダーを煮溶かしたものにフルーツを混ぜる。
 あとは冷蔵庫で固めるだけ……とホッとしたものの……。
 フルーツの大きさがバラバラだ。
 わたしは自分の不器用さに、しょんぼりしてしまう。
「ご、ごめん……ね、なんかバラバラになっちゃって……」
 そう謝ると、ゆりちゃんは首を横に振った。
「いや、わたしもそんなに上手じゃないじゃん。表面、デコボコになっちゃったし。……やっぱり、そらくんみたいに上手にはできないなあ……すごかったよね~!」
 ゆりちゃんのつぶやきにビクリ、と体が震える。
 するとゆりちゃんはおや? という顔をした。
「様子が変だって思ってたんだけど、理花ちゃんってそらくんとケンカしたの?」
「…………」
 ちょっとためらったあと、わたしはうなずいた。
「ケンカっていうか、なんか一方的に嫌われちゃったみたいで」
「あー……」
 ゆりちゃんがどこかナットク顔でうなずいた。
「え、原因知ってる!?」
「知ってるっていうか……たぶん石橋くんのせいじゃない?」
「シュウくん?」
 シュウくんのせい? どうして?
 キョトンとしていると、ゆりちゃんは「ほら、それだよ」と言った。
「それ?」
 首を傾げていると「気づいてないのかぁ」とゆりちゃんはものすごくおかしそうにする。
「石橋くんが転校してきてから、なんとなく理花ちゃん変わった気がする」
「わたしが変わった?」
「理花ちゃんって大人しくて物静かなタイプだって思ってたけど、石橋くんとだったらよくしゃべるし、すごく楽しそうに笑うよね」
 そう、かな?
 あ、でも今まで、理科の話できる人いなかったから、楽しかったのは本当だ。
 でも学校で理科の話ができるようになったのって、そらくんのおかげなんだけどな。
 わたしが変わったっていうんなら、きっとそらくんに「堂々としてろよ」って勇気づけられたからだ。
 そらくんのことを思い出してしんみりしていたわたしは、
「なんだかすごく楽しそうで……『二人の世界』を作ってるように見えるっていうか」
 ゆりちゃんがそう言ったので飛び上がりそうになった。
「ふ、『二人の世界』!??? シュウくんと!?」
 で、でも、理科の話してただけだよ!?
 ゆりちゃんはニヤニヤ笑った。
「何より、その名前呼び!」
「え、でもみんなシュウくんって呼んでるんじゃ……」
 シュウくんがそう言うからわたし、名前を呼ぶことにしたんだよ!?
「ほとんど呼んでないし。理花ちゃんが名前で呼ぶとか珍しいから、石橋くんのこと好きなんじゃないかなって、わたしちょっと疑っちゃったよ? まだみんなそのことに気づいてないみたいだけど、このままだと理花ちゃんのことよく知らない子もゴカイしちゃうんじゃないかな……?」
「えええええええ!????」
 好き!? わたしが、シュウくんを!? なにそれ!
 思わず叫んでしまうと、ママがバタバタとあわてたようにキッチンにやってくる。
「ど、どうかした!?」
 ひえっ! ママにはゼッタイ聞かれたくない話だよ!!
「な、なんでもないよっ!! ママはお仕事がんばって!!」
 ママを必死でキッチンから追い出すと、ゆりちゃんがお腹を抱えて笑い出した。
「り、理花ちゃん! 面白すぎ……!!」

 笑いすぎでゆりちゃんの目尻には涙が浮かんでいる。
「からかったの? ゆりちゃん……ひどい~」
 そう言うとゆりちゃんは笑いを引っ込めて、ちょっとマジメな顔になった。
「からかってないよ。だけど、わたしは理花ちゃんがなによりも理科が好きって、この間知ったから、理科の話が楽しいんだなってわかるけど……そらくんは、もしかしたらゴカイしちゃってるんじゃないかな。仲良さそうだし、ジャマしちゃいけないって思ってるとか?」
「そらくんが……ゴカイ?」
 すごく怖くなってきた。
 それは、イヤだ。
 わたし別にシュウくんのこと特別に好きとかじゃないのに。
 そんなふうに思われてるのは、イヤだ。
 胸が苦しくなってきて、思わず心臓の上あたりの服をギュッとつかむと、ゆりちゃんがそっと言った。
「一回、そらくんとちゃんと話してみた方がいいんじゃないの? ゴカイされたままじゃイヤだよね?」
 わたしはうなずいたあと、ふと不思議に思った。
 仲直りをすすめられてる気がしたけど、もしそらくんのこと好きだったら、一緒に実験してるわたしはたぶんジャマだよね?
「えっと……ゆりちゃんって……そらくんが好きって言ってなかったっけ?」
「うーん……それがね、ママがね、そらくんのこと変だって言うから、ちょっとわかんなくなっちゃって」
「変?」
「ママは、男の子がお菓子作りなんて変だって。かっこよくないって」
 わたしは思わず目をぱちぱちと瞬かせた。
 びっくりと同時にナットクした。
 そっか。ママが言ってたからゆりちゃん、わたしのことも変って言ったんだなって。
「そらくんは、かっこいいと思うんだけどな……」
 思わずぼそっとつぶやいたわたしはハッとした。
 ひえっ、かっこいいとか言っちゃった!?
「え、ええと」
 ちがう! かっこいいっていうのは、その、なんていうか深い意味はなくって……!
 あわてていると、ゆりちゃんはニヤッと笑う。
「うん、そらくん、わたしもかっこいいって思うよ。みんな思ってるよね、きっと」
 認められるとそれはそれでフクザツなんだけど。
 一体わたしはゆりちゃんにどうして欲しいんだろう……。
「でもママがかっこよくないって言うの聞いてると、なんだか、そうなのかなって……」
 ゆりちゃんって、ママが大好きなんだな。
 ママがいやがることは一つだってしたくないんじゃないのかな。
 わたしもママが大好きだから、ちょっと気持ち、わかる。
 だけど……。
『笑うやつなんか、気にすることない。そんなやつのせいで自分の好きなことあきらめるの、メチャクチャもったいない』
 そらくんの言葉を思い出してしまうと、誰かが何かを言ったからって好きなことをあきらめるのって、ちがうんじゃないかなって思う。
 ママが言うからって、自分も合わせることはないんじゃないかな。
 だってそれって、ちょっと前のわたしみたい。
 みんなが変って言うから、理科がキライってウソついてたわたしみたい!
 うん、それって、きっとメチャクチャもったいないよ!
 お腹の底から熱いかたまりが上がってきて、口から飛び出した。
「さっきゆりちゃんさ、空色のエプロンほめてくれたよね」
「え?」
 ゆりちゃんはキョトンとした。
「ママが男の子の色って言ったんでしょ? だけど、そんなことないと思うんだ。わたしは女子だけど、青が好きだし。似合うって言ってくれたよね? お菓子作りもおんなじじゃないのかな……ってわたしは思う」
 ゆりちゃんはハッとした顔になった。
 そして少し考え込んだあと、「そうかも」とうなずいたんだ。

 寒天が固まるまでの間に白玉団子を作った。
 できた寒天をきざんでまぜると、フルーツみつまめのでき上がりだ。
 持ってきた容器に入れると、ゆりちゃんはキンチョウしてるのか、ちょっと赤くなった顔で言った。
「わたし、みぃちゃんのとこ、行ってくるね!」
「うん、がんばって!」
 少し不恰好になっちゃったけど、きっと、みぃちゃんなら食べてくれると思った。
 ホッとすると同時に、あぁ、楽しかったなって思った。
 でも、こんなことってもう二度とないかも。
 だってゆりちゃん、仲直りしたらまたみぃちゃん、ななちゃんと遊ぶだろうし。その中にはちょっと交じれる気がしない。
 なんだか寂しく思いながら玄関で見送っていると、「理花ちゃん」とゆりちゃんはわたしを振り返った。
「お菓子作り、楽しかった。またやろうね!」
「……うん!」
 そのとき、わたしはゆりちゃんとの間にあったキョリが一気に縮まったような気がした。
 ゆりちゃんが大きく手を振るのを見ながら思う。
 そっか。目標がおんなじなら、好きなものがちがっても仲良くできるんだ……。
 あれ? それって、つまり、同じ目標を持っているそらくんとも仲良くできるってこと、じゃないのかな?
 そう思うと希望でちょっとだけ心が軽くなる。

「ゆりちゃん帰ったの? 大丈夫だった?」
 家の中に戻るとママがげっそりした顔でパパの部屋から出てきた。
「うん。一応ちゃんとできたよ。喜んでた」
「そう、よかったわねえ」
 そう言って笑うママだったけど、元気がない。
「ママ、まだメニュー決まらないの?」
「そうなのよう……みんな色々なアイディア出してくれるんだけど、これぞっていうのがなくってね。揉めちゃって揉めちゃってたいへん」
「パパに聞いてみた?」
 忙しい時って、パパは土曜日曜関係なくお仕事に行ってしまうんだ。
 昨日も遅くなってたみたいだけど、今日はどうかな。
「聞いてみたけど、全然使えないのよ! 『地球まんじゅう』と『宇宙まんじゅう』だって。青い肉まんと黒い肉まんらしいけど、誰が食べるっていうの。っていうか、それ、どうやって作れっていうの」
 青い、肉まん? 黒……?
 想像したわたしはげっそりしてしまう。
 うーん、あんまりおいしそうじゃないかなあ……。
 地球とか宇宙とか、パパの発想は面白いけど、ちょっと食べ物にはむいてないかも。
「理花も何かなぁい?」
 何にも考えつかなくて、困ったなあと思いながらひとまずキッチンに向かう。
 本だらけのパパの部屋だと、いつ本がくずれてくるかわからないし。
 キッチンにはゆりちゃんと作ったフルーツみつまめがぽつんと置いてあった。半分はお礼に置いていってくれたのだ。
 中のフルーツはいびつな形だったけれど、透明なキューブの中に閉じ込めて細かく切ってしまうと宝石みたいできれいだった。
 うん、すずしげでカワイイしおいしそう……ん?
 ふと思いつく。
 こんな感じのゼリーが売ってたら、わたし食べたいかも。
「ママ……フルーツゼリーとかどうかな?
 前に出したアイディアの中には、ゼリーはなかった気がする。ゼリーなら、冷たくって喜ばれそうだし、溶けないしで、いいんじゃないかな?
 ママはハッとしたあとリストを確認する。
「理花、ゼリーはないよ! ナイスアイディア!」
 やったあ!
 ママの顔がようやく笑顔に戻ってホッとする。
「じゃあ、試作してみようかな。カンタンでおいしいってわかったら企画がスムーズに通りそう」
 ママがウキウキと言うけれど、わたしは思わずギョッとした。
 え、大丈夫なのかな?
 だって、ママはお菓子作りニガテだよね……?
「ママ、ゼリーってお菓子だよ? 作れるの?」
「失礼ねえ! 理花たちが作れてママに作れないわけないじゃない! ゼリーくらいならゼリーの素を溶かして固めるだけだし、大丈夫よ!」
 ママは自信満々だ。
 まぁ、でも確かにママ、コーヒーのゼリーとかオレンジジュースのゼリーとかは作ってくれたことあったし。ちゃんとおいしかったし!
 わたしとゆりちゃんの二人でもちゃんと作れたんだから、きっと大丈夫!
「ええっと、材料ってあるかなあ……」
 ママが「ゼリー、ゼリーっと。この間作った残りが……」と言いながら戸棚と冷蔵庫で材料を探しはじめる。
「ゼリーの素と、フルーツはみかんとパイナップルの缶詰があるわね……それと……あ、キウイフルーツもある!」
「ゆりちゃんの持ってきたのとおんなじ!」
 思わずわたしが言うとママは笑った。
「──うん、試作だしとりあえずこれでやってみようかな」
 ママは腕まくりをすると手を洗いはじめた。

14 固まらないゼリー

 ママと一緒にゼリー作りをはじめる。
 レシピはパソコンで調べた超カンタンゼリー!
 まず、材料はフルーツ缶ひとつ。あとはゼリーの素を6g。たったそれだけ!
 すごい! メチャクチャカンタンそう!
 お好みで他のフルーツを加えても良いらしく、アレンジレシピではももが入っていた。
「じゃあ、アレンジしてパイナップルとキウイフルーツを入れようね」
 ママとそう決めて作業をすすめる。
 ママはさすがに包丁さばきは上手だった。
 キウイフルーツの皮をそらくんと同じくらい上手にむいて、きれいな形に切っていく。
 その間に、わたしは缶詰をシロップと具のフルーツに分ける。
 そしてシロップをお鍋で温めて、ゼリーの素を溶かす。
 溶かした液をプラスチックの容器に流し入れると、その中に分けておいたみかんとパイナップルを並べていく。
 うん、学校でやったのと大体おんなじみたい。
 プラスチックの容器の中にはオレンジ色のみかんと黄色のパイナップルがお行儀良く並んだ。
 隙間にママがキウイフルーツを並べていき、オレンジと黄色と緑色が混ざってもっときれいになった。
「これ、きれいでいいわねえ。イチゴも入れるともっときれいかも」
 わたしはうなずく。
 イチゴはわたしの大好物! イチゴの入ったゼリーとかきっとおいしい!
「で、待ち時間は……っと」
 ママが言い、わたしはレシピを見て、あれ? と思った。
 レシピには固まるまで大体二時間って書いてあったのだ。
 長くない?
 さっきゆりちゃんと作ったとき、こんなに待たなかった気がするんだけど……。
 不思議に思ったけれど、書いてあるものはしょうがない。
 お昼ご飯を食べたあと三時のおやつにしようってことになった。
 デザートにはフルーツみつまめをママと半分こする。
「みつまめって素朴でおいしいわよねえ」
 ママがうっとりする。わたしもうなずきながら、寒天を口に含む。
 ひんやりしててぷりぷりっとした食感はたしかにおいしい。
 だけど……。
 学校で食べたのと同じなんだけど、固くて、あっさりしていて……いつも食べているようなつるんとしたゼリーとはなんだかちがうなって思ったんだ。

 いよいよ三時になって。
 わたしとママはウキウキしながら冷蔵庫を開ける。
 だけど──。
「あれっ?」
 ゼリーがまだドロドロのままだったのだ。
「おっかしいなあ……量はあってるよね?」
 ママがレシピを見直す。
 わたしも一緒に見てみるけれど、ゼリーの素の量もフルーツの量もまちがっていなかった……と思う。というか、もともとがカンタンすぎてまちがいようがない。
 どうして?
 学校でも、さっきゆりちゃんと作った時も、ものすごくカンタンにできたのに。
 わたしはわけがわからず混乱する。
「うーん……ゼリーの素の量、増やしてみようかなぁ」
 ママがさっきの倍の量を溶かしたものを追加で入れる。
 でも、一時間後に確認したゼリーは、やっぱりドロドロのまま。しかもなんとなく変なにおいがする。
「うーん、これゼリーの素のにおいかも」
 ママが一口食べて顔をしかめる。
「おいしい?」
 たずねるとママは首を横に振った。
 固まらない上に変なにおい。そしておいしくない。
 それだと買ってもらえないかな、やっぱり。
「ちょっとこれじゃあお店には出せない感じだよねえ……。せっかくカンタンでいいアイディアだと思ったのに。どうしよう」
 ママがしょんぼりしてわたしはあせった。
 せっかく解決したと思ったのに! ふりだしに戻っちゃった!
「ママ、パパに聞いてみよう!」
 パパならきっとわかるんじゃないかな!
 ママがうなずくとスマートフォンを取り出した。
 どうやら電話をするらしい。
 キンキュウジタイだし、メールより早いもんね。
 期待してパパが電話に出るのを待っていると、
 ピロリン、ピロリン、ピロリン。
 ん?
 部屋のどこかで音がした。
 ママがギョッとして目を見開くと立ち上がる。そして顔をしかめてテレビの横をにらんだ。
「ウソッ! パパ……スマートフォン忘れていってる~!!!!」
 うわあああ! なんなの、パパったら!
 でもパパってよく忘れていっちゃうんだよね……あんまり使わないからって。
 がっくりしていると、ママはわたしの手をガシッとつかんだ。
「理花! 今は理花だけが頼みの綱よぉ!」
「えええええ!」
 いきなり重大な役割を押し付けられて、わたしはあせった。
「理花ならきっとできる!」
 いや、そんな根性でなんでもできるみたいに言われても!
「えっ……ムリだよ!」
 そう言い返すとママは「あら?」と不思議そうに首をかしげた。
「変ねえ、ムズカシければムズカシイほど燃えてたじゃない? 自分で考えないともったいないって」
 そう言われてわたしは思い出す。
 そうだよね。
 わたし、ちょっと前まではどんな難題だって解決してみせるって思えてた。むしろ、ムズカシければムズカシイほどワクワクしてたのに。
 原因は一つしか思い当たらなかった。
 そらくんが隣にいないからだ。
 そらくんとお菓子作りをする前、パパの実験も楽しくて大好きだった。
 だけどそらくんと実験するようになって、もっと楽しくなった。
 それはたぶん自分たちで考えて、答えにたどり着く楽しさを知ったから。
 サクサククッキー、ふんわりホットケーキ、それからあったかカスタードクリーム。
 そらくんと二人で何度も実験して、ケンショウして、正解にたどり着いたときのワクワクを、わたしはどうしても忘れられないんだ。
 気がついて、わたしはがくぜんとしてしまう。
 ワクワクを取り戻したい。仲直りしたい。でも……。
 勇気が出なかった。またあんな風に冷たく目をそらされたらって思うと、怖くてたまらないんだ。
「理花? どうしたの?」
 ママが心配そうにわたしの顔をのぞきこんだときだった。
「ただいま~」
 のんびりした声に、
「パパ!?」
 わたしとママは同時に玄関の方を見た。
「どうかしたの? びっくりした顔して」
 パパはのんきに笑っている。ママはそんなパパを見て怒る気が失せてしまったみたいだ。
「パパ、スマホ忘れるのやめてね? 電話したのに」
「あ、ごめん。これで許して!」
 パパが謝りながら手に持った荷物を差し出して、わたしは一瞬でそれに目が釘付けになった!
 だって、ビニール袋には見覚えのある花のマークとロゴ!
「──パパ、そ、それって!」
「あ、おみやげだよ~! フルールのケーキ!」
 わたしは思わずビクリとしてしまう。だってフルールに寄ったってことはそらくんに会ったってこと?
 そらくん、どうしてたかな……。そう思ってパパを見る。
 だけどパパは予想外のことを口にした。
「でもめずらしくそらくんはいなくってねぇ。このところ、いつもお店のお手伝いをがんばってたのに、どうしたんだろうね」
「え、お店にそらくんいなかったの?」
 もしかして、修業……してないの?
 一人で大丈夫って言ってたのに。
 心臓がドキドキしはじめた。
 手にはじとっとイヤな汗が出てくる。
 パパはじっとわたしを見ていたけれど、ふと言った。
「そらくんは理花のこと、待っているんじゃないのかなあ」
「え?」
 そらくんが、わたしを待っている?
「いつもそらくんが理花のこと誘ってくれてたけど、たまには理花から誘ってあげてもいいと思うよ?」
「わたしから誘う?」
 パパはうなずく。
「そらくんはいつも、当たり前のように理花を誘ってくれるけれど、人を誘うのって本当に勇気がいることだろう? 断られたらって考えたら余計に次に誘うのをためらってしまう。そんな覚えはないかい?」
 パパはそう言った。ママを見るとママもにっこり笑ってうなずいた。
 で、でも、あのそらくんだよ? ためらうとかそんなわけ……。
「あ」
 わたしはふと思い出した。
 そらくんとギクシャクしだしたのって、そらくんの誘いを断ったあとだった。
 また断られたらって考えちゃった? そらくんがそんなこと考えるわけないなんて思ってたけど……。
 わたしだってさっき、目をそらされたらとか、断られたらどうしようって怖がってた。
 それに、この間、公園でゆりちゃんに声をかけるのも、ものすごく勇気がいったし。
 そうだ。ゆりちゃんも言ってたよね。ジャマしちゃいけないって思ってるとか? って。
 そらくんって、いつも怖いものなんかなにもないっていう顔してるけど。
 もしかして、そんなそらくんでも……怖いのかな。
「理花はどうしたいのかな? 理花はどうすればいいと思う?」
 パパがたずねる。
 すぐに答えは出る。
 わたしがそらくんと実験したいんだから、待っているんじゃなくって、わたしから動かなきゃダメだ!
 それも、今すぐに!
 そらくんが修業お休みしてるなんて聞いちゃったら……月曜日までなんて、待ってられないって思った。
 足がムズムズとして、わたしはガマンできずに立ち上がる。
「わたし、ちょっと行ってくる! そらくんとゼリーのナゾ、解いてくる!
 パパとママはうれしそうにうなずく。
 わたしはフルールに向かって駆け出した。

15 一緒じゃないとダメなんだ

 はあはあと息が上がったまま、わたしはフルールに飛び込んだ。
 甘いにおいのする店内にはおじいちゃんと、なんだかすらっとしたかっこいい男の人がいて、わたしのことをびっくりした顔で見ていた。
「理花ちゃんか。どうしたんだ?」
 おじいちゃんが聞き、わたしは挨拶も忘れて言った。
「そ、そらくんはどこにいますか?」
 わたしが聞くと、おじいちゃんはわたしをじっと見つめたあと、大きくため息をついた。
「あいつなあ。大失敗をやらかしたから、クビにしようかって思ってるところで」
「く、クビ!? ってそらくんは今どこに!?」
「今頃家でゲームでもしてるんじゃないか?」
 ゲーム!? お菓子作りの調べ物のためにゲームをやめてたくらいなのに……!?
 わたしはそらくんの情熱が消えてしまった気がして怖くなる。
「ありがとうございます!」
 わたしはフルールを飛び出すと、隣にあるそらくんの家に向かった。
 ダメだよ! そらくん、あきらめないで!
 チャイムを鳴らそうとしたところで、ぴこぴことかすかな音が耳に飛び込んでくる。
 あれ?
 音のする方を見ると、庭でそらくんがタブレットを叩いていた。
「あ~~~~クソっ!」
 そらくんはタブレットを放り出すと、芝の上に倒れ込む。
 芝の上にはバットやグローブ、縄跳びにボール。いろんな道具が転がっている。
「あー……つまんねえ。時間の無駄! ゲームで菓子作ってもぜんぜん意味ねえ! 本物の菓子……作りてえ……。でもなぁ……」
 わたしは恐る恐るそらくんに近づいた。
 タブレットの画面にはお菓子のイラストがたくさん表示されていて、中央にゲームオーバーの文字があった。
 どうやらお菓子作りのゲームらしい。
 クラスにハマってる子がいるって聞いたことがある。
「そらくん」
 声をかけると、そらくんは初めてわたしに気づいたのかビクッと体をふるわせ、飛び起きた。
「理花? どうして」
 そらくんは目を見開いた。そしてわたしが真っ赤になるくらいにじっと見つめる。
 言わないと。
 ここまで来たんだから、勇気をふりしぼって言わないと。
 でもなんて言えばいいの!?
 考えていると、だんだん頭が真っ白になってくる。
 そうしてるうちに、そらくんがスッとマジメな顔になって口を開いた。
「理花、おれさ、この数日で色々考えてたんだけど──」
 そらくん、何を言うんだろう。
『もう、理花と一緒に菓子作るの、やめようと思ってるんだ』
 そんなイヤな想像がよぎってしまう。怖くて逃げたくなってくる。
 だけど、ダメ。
 本当にやりたいことなんだから、あきらめたらダメなんだ。
 言おう。言おう!
「わたし、そらくんと──」
「おれ、理花と──」
 わたしと同じくらいに必死な様子で、そらくんは口を開きかける。だけどそらくんの言葉を待たずにわたしは言った。
「「一緒にお菓子作りしたい」」
 言葉が見事に重なった。
 びっくりして目を見開く。
 そらくんもびっくりした顔。
 もしかしたらおんなじ顔をしているかもしれないって思った。
 一瞬の間のあと、そらくんは、
「はぁあああああ……」
 と大きなため息をついて、その場にしゃがみ込んだ。わたしもなんだか足の力が抜けて同じように座り込む。
「このままもう二度と理花と一緒にやれないかと思ってた」
「わ、わたしも」
「「……よかったぁ」」
 言葉がまた重なって笑ってしまう。
 そっかぁ。そらくんも、おんなじ気持ちだったんだ。
 あぁ、勇気を出せてよかった! じゃないとずっと後悔するところだった!
 元通りになれたことに、なんだかじんわりとひたっていると、
「おれ、おれさ! 理花に見せたいものがあったんだ!」
 そらくんがすごくうれしそうに言うと、立ち上がってフルールの方へ向かう。
 わたしも後ろをついていきながらふと思い出す。
 あ、そうだ!
「さっきおじいちゃんにクビとか聞いたんだけど……」
「あー……材料の高級チョコをダメにしちゃってさ。ちょっと工房立ち入り禁止になってるんだよな」
 そらくんはガシガシと頭をかく。
 だけど声はのんきで、あんまり大したことないって感じでびっくりする。
「そ、それってまずいんじゃ……」
 わたしが青ざめていると、そらくんは「大丈夫だって!」と笑った。
「だって、理花が戻ってきてくれたから、いくらでもバンカイできる気がするし。あの実験室で『究極の菓子』を作ってみせる!」
 振り返ったそらくんは元の自信満々な顔。
 久しぶりに力強い光が戻った目に見つめられて、わたしはちょっとドキッとしてしまう。
 あぁ、やっぱりそらくんはこんな顔してるときが、一番かっこいいなって思ってしまったんだ。
「で、見せたいものって?」
「それがさ! この間もらった誕生日プレゼントなんだけど」
 え、誕生日?
 プレゼントもらったってことは、……もう過ぎちゃったのかぁ。
 何かお祝いできたら良かったな。せめて、おめでとうくらい言いたかった。
 ちょっと残念な気持ちでたずねる。
「そ、そらくんの誕生日っていつだったの?」
「んー、八月五日! 理花は?」
「えっと、わたしは十月二十三日なんだけど……え? あれ?」
 今って、まだ七月だよね……?
 目を瞬かせると、そらくんはにっと笑ってフルールの工房に入る。
 そして、
「じいちゃん! おれまた修業はじめるから!」
 そらくんはおじいちゃんに訴えた。
 すると振り返ったおじいちゃんは、怖い顔でそらくんを見て「また、すぐに泣いて逃げ出すんじゃないのか?」と言った。
 そらくんはちょっとあせったようにわたしを見る。そして、
「泣いたりしてねえし! ゼッタイ『究極の菓子』を作ってギャフンと言わせてやる──で、『幻の菓子』のレシピ、ゼッタイ教えてもらうんだからな!」
 と言う。
 おじいちゃんは大きくため息をつくと「そうか」と言って作業に戻った。
 おじいちゃんのそっけない返事に、
「な、なんだよ! もっとなんかないのかよ! がんばれよとか、そういう感じの!」
 そらくんはブツブツ言いながら戸棚の方へと向かった。
 その間におじいちゃんはわたしの方を見ると、にっと笑う。そして声を出さずに口だけを大きく動かした。
 ん? あ、り、が、──ありがとう!?
 あ、そらくんが立ち直ったことを喜んでる……!? きっとそうだ!
 思わず笑いそうになっていると、そらくんがなにか大きな袋を持って戻ってきた。
「行こうぜ!」
 外に出ておうちの庭に戻ると、そらくんは袋の口を大きく開いた。
「プレゼントの前倒ししてもらったんだ。すぐに必要だったからさ。ほら──」
 ジャジャーン! という声とともに現れたピカピカのものを見て、
「すごい!」
 わたしは思わず叫んでしまったのだった。

16 フルーツはフルーツでも

 そらくんのプレゼントに見とれていると、七つの子のチャイムが鳴った。
 あ、帰る時間──と思ったわたしはハッとする。
 そうだ。大事な用事があったんだ!
「あ、そういえば。あのね、そらくん」
 わたしは大急ぎで、ゼリーが固まらない事件について話した。
「へぇ、ゼリーが固まらない、か。……ってあれ? 調理実習で作ったのってゼリーじゃなくって寒天だけど」
「え? ゼリーと寒天ってちがうもの?
 わたしはびっくりする。
 てっきり同じものだと思ってた!
 ほら、同じものでも呼び方がちがうことってあったし。重曹とベーキングパウダーのときみたいに。
「うん、似てるけどちがう。本に書いてあった。寒天はテングサっていう海藻からできてて、ゼリーは動物の骨とか皮からとれるコラーゲンってやつから……だったかなあ」
「え、そんなにちがうの!?」
 じゃあ固まらないのはそのせいなのかも。
「ってことは、寒天で作ればうまくいくってことかぁ……」
 ホッとしていると、そらくんはムズカシイ顔をした。
「でもさ、だいぶん味がちがうと思うんだけど。おれ、単品で食べるならゼリーの方が好きだ。食感がかなりちがう。寒天ってなんとなくもそっとしてるっていうか。ゼリーはつるんってしてて口の中で溶けるだろ。好みはそれぞれだけど」
 なるほど。そう言われてみれば……。
 みつまめの寒天を食べて、ちょっと固いなって思ったことを思い出す。わたしもつるんとしてる方が好きかも。
 どうせなら好きなものを出したい。その方が楽しそう。
「うーん、やっぱりゼリーで作りたいかも……」
 なにより──。
「ナゾが解けないのはやっぱり気持ち悪い!
 そらくんがわたしの心の中の言葉と同じことを言った。びっくりしていると、
「──だろ? そういう顔してた」
 とニヤッと笑う。あ、顔に出ちゃってた!?
 恥ずかしくなりながらもうなずく。
「じゃあ『実験』して、『ケンショウ』か」
「──うん! やろう!」
 すっかり元通りになったことにホッとしたあと、じわっと感動した。
 一人で考えてもぜんぜんダメだったのに、そらくんの料理の知識のおかげで、一気に解決に近づいた。
 そらくんの知っている世界はわたしの知っている世界とちょっとちがう。ちがうからこそ一緒にいるとわたしの世界が広がっていくんだ。
 じんわりと実感する。
 ああ、わたし、やっぱりそらくんと実験がしたい。
『究極の実験』──それはもう、どんな実験でもいいわけじゃない。そらくんとやる『究極のお菓子作り』じゃないとこんなにワクワクできない!
 ふたつはひとつ。セットなんだって気がついた。
 わたしが思わず笑うと、そらくんもうれしそうに笑ったんだ。
「あ、でも時間! 帰らないと、もうチャイム鳴り終わってだいぶん経つぞ?」
「わ!」
 夏は夕暮れが遅いけれど、時間はしっかり進んでいる。わたしは大あわてで家に帰ったのだった。

 月曜日。
 結局ゼリーのナゾは解けないまま。
 しかもバザーの売り物は、ゼリーに決定してしまったらしい!
 パパもママも『理花とそらくんが解明してくれるから一安心だね』と言ってニコニコしてたけど、よくよく考えると解明するのって、ママの仕事であってわたしの仕事じゃないような……?
 でももう、二人でやるって決めてたから、文句はないんだけど。
 お祭りまでそんなに時間がないから、あんまりゆっくりはできないな……。
 うーん……寒天とゼリーとで何がちがうんだろう?
 わたしは実験ノートのはしっこに表を書いてみる。比べるときには表を使うのがわかりやすいはずだから。
『フルーツ寒天』『フルーツゼリー』と一番上の欄に書き込む。
 次に何を書こうかと悩んで、二つをじっと見つめた。
 まず『材料』。
『材料』と欄を作って、隣に『寒天とフルーツ(みかん、パイナップル、キウイフルーツ)』『ゼリーの素とフルーツ(みかん、パイナップル、キウイフルーツ)』と書き込む。
 次に『作り方』はどうだったかな。
 寒天もゼリーもお湯で溶かしてた。
 だけど、寒天は煮溶かす、ゼリーはお湯で溶かす。ちょっとだけちがう?
 考えながら、わたしは『作り方』の欄を作って、『煮溶かす』『お湯で溶かす』。そして、『冷やして固める』と書き込んだ。
 そこでわたしは首をひねった。
 あ、固める時間も、ちがったんだっけ。寒天は三十分もかからなかったけど、ゼリーは二時間かかる。一行欄を増やして『三十分』『二時間』と追加する。
「じゃあ、原因は……?」
 わたしは『材料』の欄と『作り方』の欄を交互に指さす。
 ちがいがたくさんありすぎる! うーん、これじゃあ、うまく比べられない。原因が絞りきれない! もっと比べやすいようにしないとダメだ。
 だけど、それってどうしたらいいんだろう?
 なんだか行き止まりにきてしまったような気分で心細くなる。ふと気づくともう給食の時間だった。
 今日の献立はなんだろ? と思い出していると、ふとあるものが目についた。
「……フルーツゼリー?」
 ゼリーのことばっかり考えてたから、頭の中から出てきたんじゃないかって思っちゃう。
 え、あれ?
 でもこれ、家で作ったのと同じでみかんとパイナップルが入ってるけど、普通に固まってるよね……?
 わたしは実験ノートを出して表の右端──『フルーツゼリー』の隣に『給食のゼリー』の欄を付け加える。
 何か気になる。
 ここにヒントがあるような気がしてドキドキしてくる。
 他の料理を食べ終わったあともじっとゼリーを見つめていると、シュウくんが声をかけてきた。
「どうしたの? なんかすごいムズカシそうな顔でゼリー見てるけど……もしかしてニガテ?」
 わたしは頭がゼリーでいっぱいで、生返事だ。
「ううん。……ええとね、このゼリーってみかんとパイナップルが入ってるよね」
 シュウくんは「は?」と目を瞬かせる。
 そして給食の食器置き場の方を指さした。
「なんの話? ところで、もう給食時間終わりだよ? 給食当番が待ってる」
 ハッとして周りを見ると、ほとんどの人が給食を食べ終えて片付けに入っていた。
 給食当番が食器を集めて給食室へと戻しにいくんだ。そして片付けがすむと、待ちに待った昼休みだ。
 当番以外の子が、勢いよく校庭へと飛び出していく。
 取り残されそうになったわたしは、あわててゼリーを食べ終えると食器を片付けに行く。
 すると、ちょうど給食当番だったそらくんが「理花!」と小声で話しかけてきた。
 わたしは反射的にそらくんに言った。
「そらくん、さっきのフルーツゼリー、みかんとパイナップル入ってたのにちゃんと固まってたよね
 言ってしまったあとに、あ、話しかけちゃった! とあせったけれど、今はなんだかそれどころじゃない。ゼリーのナゾが気になって仕方がない。
 そらくんはうなずいた。どうやら同じことを考えていたみたいだ。
「あぁ。確かに……でも、フルーツゼリーってスーパーとかでも売ってるよな? ちゃんと固まったやつ」
 確かに。
 わたしは思い浮かべる。
 ええと、スーパーで売っているゼリーには何が入っている?
 みかん、パイナップル、もも、さくらんぼ──いろんな果物がゼリーになっているように思える。
 じゃあ、家で作ったあのゼリーはなんで固まらなかったの?
 何かわかりかけている気がして、ノートを取りに席に戻ろうとすると、そらくんが引き留めた。
「理花、給食室に聞きに行ってみようぜ」
 ハッとする。
 そらくんはにっと笑うと全員分集まった食器を指さす。今からそらくんはこれを給食室に戻しに行くのだ。
「作った人に聞くのが早いって!」
 確かにそうだ! すごい、そらくん!
 その思いつき、行動力に感心しながらわたしは、そらくんと給食室へと向かった。

 給食室に入るのは、入学後の学校探検以来かもしれない。中には大きなお鍋、大きなボウル、大きなお玉……と何もかもが大きい。
 同じ料理を作る場所なのに、フルールのとも家のキッチンとも全然ちがってびっくりだ。
「質問にくる子は珍しいねえ。なに? 家で作るの?」
 調理員さんは作業の手を止めて相手をしてくれた。
 さっそく、フルーツゼリーがなんで固まったのかを聞くと、
「あー、缶詰だからねえ」
 と気さくに笑った。
「缶詰?」
「生だと固まらないんだよ。だから家でゼリーを作るときは缶詰を使うといいよ」
 調理員さんはそう言うと、お仕事に戻る。
 忙しそうなのでこれ以上ジャマをしちゃいけないと、わたしたちは教室へと戻ることにする。
 教室に戻るとがらんとしていた。
 クラスメイトはほとんど校庭に遊びに出たり、図書室に行ったりしているらしい。
 わたしは自分の席に戻ると椅子に座る。そらくんはわたしの前の席の椅子を借りるとわたしに向き合った。
 わたしは机の上に実験ノートを出す。
 そして表の『給食のゼリー』の『材料』の欄、『フルーツ』の隣に『(缶詰)』と書き込んだ。
「缶詰フルーツのゼリーなら作れるのかあ……」
 言われてみれば、家で作ったとき、みかんとパイナップルの缶詰の他にキウイフルーツを入れた。
 キウイフルーツは缶詰じゃない。
「でも……うーん」
 フルーツを入れたゼリーでも固まるのはわかったけれど、結局ナゾは全部解けていない。それがキモチワルイなって思う。
 だって、じゃあ、なんで缶詰じゃないとダメなの? とか。
 寒天だったら固まるのになんで? とか。
 ナゾが頭の中をグルングルンと回っている。
 うーんとうなると、そらくんがはははと笑った。
「理花、さ。缶詰ゼリーにぜんぜんナットクしてないだろ?」
 わたしは素直にうなずく。
「だって、問題はぜんぜん解決してないよね?」
 するとそらくんは面白そうに言った。
「だよな。それにさ、缶詰でゼリー作っても、普通すぎねえ? 給食で出てくるくらいだし。やっぱさあ、生のフルーツとか入れた方がうまそうだし、特別感出るよな! 祭りで普通のゼリーとか食べても面白くないし。おれ、メロン好きだから、メロン入れたい」
「そ、そうだよね! わたしもイチゴ入れたい!」
 賛成してもらって、わたしは力一杯うなずいてしまう。やっぱり好物が入ってる方がテンション上がるよね!
「それに、生のフルーツ入れても、寒天だと固まったんだよ? ゼリーだからってあきらめるのもったいないっていうか」
「だよな! じゃあ、やっぱりケンショウだ! 生のフルーツを入れたゼリー作り、成功させようぜ!」
「うん!」
 がんばるぞって気合いを入れていると、
「二人でなんの話してるの?」
 校庭から戻ってきたのか、ゆりちゃんが近づいてくる。みぃちゃん、ななちゃんも一緒だ。
 ふと時計を見ると、もうすぐ昼休みは終わりだった。
 他のクラスメイトも続々と教室に入ってくる。そして机で向かい合って話しているわたしとそらくんを見て、驚いた顔をする。
 わぁ、そらくんと二人で話してるの見られた!
 わたしがあわてていると、ゆりちゃんが「あ、お菓子の話でしょ?」とあっさり言った。
 おかげでみんなの「なになに? 二人でどうしたの」っていう視線が和らいでホッとする。
「そ、そうなんだ。実は──」
 わたしがカンタンに説明をすると、ゆりちゃんはパッと顔を輝かせた。
「え、理花ちゃんのママってお祭りでゼリー出すの? すごい!」
「メロンとかイチゴとか入れたらうまそうだろ?」
 そらくんが胸を張るけれど、わたしはあせった。
 待ってそらくん、まだできるって決まってないよ! 出すって言っちゃって、出せなかったらみんながっかりするよ!
「でもまだ問題が残ってて……生のフルーツだとだめなんだって」
「大丈夫だって、理花ならゼッタイナゾが解ける!」
 そらくんが言うと「そこは自分で解けよ!」と男子がヤジを飛ばして周りの子が一斉に笑った。あぁ、持ち上げられると……ちょっと恥ずかしい!
「だけど、わたしキウイフルーツ入ってるゼリー見たことあるよ。キウイって普通缶詰とかないよね?」
 みぃちゃんが不思議そうに言うと、ななちゃんもうなずいた。
「おみやげでもらったゼリーに入ってた気がする。他にもブドウとか、なしとかもあったかも?」
 え、じゃあ缶詰以外のフルーツでもゼリーにできるってこと?
 やる気がみなぎってくる。
「できるのなら、わたし、やりたいな、フルーツゼリー。メロンとかイチゴとか入れたやつ」
「だな! やろう!」
 そらくんがにっと笑う。
 うん、そらくんと一緒ならできそうな気がする!
 それに、やっぱりすごくワクワクする……! 思わず笑ったとき、
「そこ、僕の席なんだけど」
 ひんやりした声が割り込んでハッとする。

 振り向くと、シュウくんが立っていた。
 シュウくんの腕にはたくさんの本が抱えられている。どうやら図書室に行ってきたみたいだ。
「あ、ごめん! ちょっと借りてた~」
 シュウくんの椅子に腰掛けていた男子がへらりと笑う。
 だけどシュウくんの表情は動かない。
 あ、あれ?
 いつもだったら「いいよ」って笑いそうなのに。
 なんだか冷たいフンイキに気まずい空気が漂いかけたとき、チャイムが鳴り、掃除が始まった。
 みんな持ち場へと移動していく。
 わたしとシュウくんは同じ班だから、階段へと向かった。
 なんとなく険悪になりかけた気がしてたからちょっとホッとしつつも、シュウくんの様子がちがうのを不思議に思う。
 どうかしたのかな……? 席に座られたのがそんなにイヤだった?
 でも……どんなことでもおだやかにさらっと流してる、大人っぽいタイプだと思ってた。
 そう思いながら様子をうかがっていると、シュウくんが小さくため息をつく。と同時に、硬かった表情がゆるんだ気がした。
 シュウくんはわたしをチラッと見ると「理花ちゃんって広瀬の前で、あんな顔するんだ」とちょっとだけ口を尖らせる。
 え、あんな顔って、どんな顔!? へ、変な顔してたらどうしよう! わたしがとまどっていると、シュウくんがたずねた。
「この間のことだけど」
 この間って──。
 わたしはギョッとする。それってあのことかな。
「あの、『究極の実験』を一緒にしようっていう……?」
 シュウくんはじっとわたしを見つめてうなずいた。
 だったらもう、答えは出ている。わたしは、『究極のお菓子作り』っていう『究極の実験』がやりたいんだ!
 わたしはぐっとお腹に力を入れると、口を開いた。
「わたし、やっぱりそらくんと実験したい」
「どうして? 僕の方が理科も得意だし、興味があることも似てるのに?」
「そらくんは、たしかに理科がそんなに得意じゃないけど……でも、料理に関してはすごくいろんなことを知ってる。わたしが知らないようなこと、たくさん。だからそらくんと実験してると、わたしだけじゃ考えつかないような、すごいことができちゃうんだ!」
 だから、ごめんね。そんな気持ちを込めてまっすぐにシュウくんを見つめる。
 怒っちゃうかな。そう思った。
 だけど、ウソはつけないよ。
 ドキドキしながら返事を待っていると、やがてシュウくんは小さく息を吐いた。
 だけどぜんぜん怒った様子はない。
 ちょっと不思議に思っていると、
「んー……深さより広さをとるってことか。楽勝って思ってたけど……あんまり舐めてたらダメかな」
 シュウくんはなんだか不思議なことをつぶやいて、それっきり黙り込んでしまったのだった。

17 ヒントはお肉!

 なんだかもやもやしたまま家に帰ったあと、わたしはふたたびゼリーの問題と戦っていた。
 だって、色々考えることが多すぎる!
 せめてこのゼリーのことだけでも解決して、スッキリしたかった。だってスッキリしないと夜も眠れないし! 期限だって迫ってるし!
 リビングのテーブルの上にノートを広げる。
 新しいページに『缶詰じゃないフルーツでゼリーを作る方法』と書きかけたわたしだったけれど、ふと湧いてきた疑問に途中で手を止める。
「缶詰じゃないって……どういうことだろう……?」
 そもそも缶詰ってどうやってできてるんだろう?
 そう考えたとき、何だかすごくいいにおいが漂ってきた。
「おいしそう……」
 思わずキッチンをのぞきに行ってしまう。
「今日の夕ご飯ってなに?」
 たずねると、ママは得意げに笑う。
「ステーキ! お肉が安売りしてたのよ!」
 うわああ! お肉、大好き!
 ウキウキしているとママはえへんと胸を張った。
「しかも、安いお肉をおいしくする方法って書いてあったから、試してみてるのよぉ」
「え……それって大丈夫なの?」
 一気に不安になってしまう。ママ……それ騙されてたりしないよね?
 するとママはムウッと頰をふくらます。
「そこの本に書いてあったのよ。キウイフルーツの果汁に漬け込むとお肉が軟らかくなるって!」
「キウイフルーツ……?」
 わたしは思わず繰り返した。それはゼリーが固まらなかった原因のフルーツだったから。
 いや、缶詰じゃなかったからで、キウイフルーツだからじゃないんだろうけど、なんとなく気になる。
「ママ、その本って?」
「テーブルに置いてあるやつ」
 テーブルを見たわたしはハッとする。それは『理科と料理の美味しい関係』──わたしが図書館で借りてきた本だった。
 え、これ!?
 パラパラと目次をめくると『キウイフルーツがお肉を軟らかく!?』という項目が確かにあった。
 わたしは本を読み上げる。
「キウイフルーツに含まれる『タンパク質分解酵素』が肉を軟らかくする……かぁ」
 だけど『タンパク質分解酵素』ってなんだろう。
 確か、タンパク質っていうのは、三大栄養素っていうのの一つだった気がする。
 血や肉になるものって、給食の時に先生が言ってた。
 だけど分解酵素はわかんない。
 分解とか酵素って洗剤のコマーシャルとかで聞いたことがあるけど……それがどう関係するのかは、ちょっとムズカシイな……。
 関係ない、よね? だってお肉の話だよ? ゼリーとはぜんぜんちがうし。
 そう言い聞かせて本を閉じようとする。
 だけどなぜだか頭の中からキウイフルーツが出ていかない。気になって仕方なくて、パラパラとページをめくった。
 あれ?
 とある言葉が目に入ったとたん、思わず「あっ」と大きな声を出してしまう。
 見つけたのは『ゼリー』という言葉。目を凝らすとページの隅っこに、なんと『生のフルーツではゼリーが固まらない』というコラムが載っていたのだ。
 大人向けだからかちょっとムズカシイ言葉がたくさん書いてある。しかもコラム欄は小さくて字も小さい。だけど、それでも読むのをやめられなかった。

ゼリーが固まらないのは、キウイフルーツにアクチニジンというタンパク質分解酵素が含まれているためです。ゼリーの素であるゼラチンは、タンパク質が主成分なので、タンパク質分解酵素を含むフルーツを入れると凝固力が弱くなってしまうのです。

 わたしは辞書を持ってくると、ちょっとわからなかった単語「主成分」「凝固力」を調べる。
「主成分」は、主に含まれているもの。そして「凝固力」はものを固める力!
 つまりタンパク質でできているゼリーは、キウイフルーツに入っている『タンパク質分解酵素』のせいで固まらないんだ!
「そ、そっか! わかった~!!」
 すごい!
 興奮したわたしは思わず叫ぶ。
 するとママが「どうしたの?」とリビングに来た。
「ママ! こ、ここに書いてあった!! フルーツゼリーがどうして固まらないのか!」
「え、すごい」
「って、ママ、おんなじ本読んでたのに!」
「だって、お肉のページしか見なかったのよ~」
 ママがごめん、と謝る。
 おかげで自分で発見できたんだけどね!
「あ、でも、原因はわかったけど、どうしたら固まるかは書いてない……?」
 わたしはまた悩んでしまう。
 本を見ると、他にはパイナップルやイチジクにもおんなじような酵素が入っていると書いてあった。
「パイナップル……」
 それが気になった。だって給食のゼリーにはパイナップルが入ってた。だけどゼリーは固まった!
 それは『缶詰』だから!
 開いたままのノートの表をのぞきこむと、缶詰という文字が目に飛び込んできた。
 調理員さんも『缶詰』なら固まるって言ってたけど……。あれ、そういえば、缶詰ってどうやって作ってるんだろうって考えてる途中だった!
 わたしはパソコンを出してきて、「缶詰の作り方」と打ち込んだ。
 するとヒットしたページに書いてあった。
『食品を缶に詰めて密封したのち、加熱によって食品の腐敗の元となる微生物を殺菌(加熱殺菌)し、常温下での長期保存性を与えた食品』
 またもやところどころ読めない字があったり、意味がわからない言葉があったりする。だけどわたしは辞書を使ってコツコツと調べていく。
 つまり、ええっと、缶に詰めてふたをして、熱を加えて消毒してくさらないようにするってこと……?
 途中で出てきた『加熱』という言葉のせいで、わたしは作り方が半分くらいしか頭に入ってこなくなっていた。
 熱を加える。それは生のフルーツと缶詰のフルーツの明らかなチガイだ。
 これだと直感がうったえる。
 だけど、まだこれはわたしの勘でしかない。ケンショウしないとはっきりしない。
 そのためには──。
「実験、しなきゃ」
 わたしは顔を上げる。明日、朝一番でそらくんに言おう。今日、放課後実験しようって。

18 失敗は成功のもと?

 次の日、わたしはそらくんに会うなり、生のフルーツと缶詰のフルーツのチガイを伝えて、放課後にケンショウをする約束をした。
 すると、学校から帰ったとたん、そらくんがダッシュでやってきた。
 わたしも相当急いで帰ってきたんだけど! なんで一緒の時間で着いちゃうの?
 足の速さにびっくりしつつも、わたしはママにたずねる。
「ママ! ゼリーの材料って買ってきてくれた?」
「もちろん!」
 ママが袋につめた材料を見せてくれる。
 ゼリーの素、みかんの缶詰、パイナップルの缶詰、それからキウイフルーツ。
 この間と同じ材料なのは、同じ条件で実験がしたかったからだ。
 前にやったふくらまないホットケーキの実験と同じ。
 比較するときは、比較する部分以外はできるだけ同じ条件でやることが重要なんだ。じゃないとなにが原因かわかりにくくなっちゃうから。
「今日はキウイフルーツを『加熱』することでゼリーが固まるかどうかを調べたいから、他の条件は同じにするのがいいと思うんだ」
「だけど、加熱といっても方法は色々あるだろ? 焼く、炙る、蒸す、煮る……どうする?」
「うーん……焼いたり炙ったりしたら焦げるよね?」

「じゃあ、蒸すか煮るか、か。蒸し器がないし……煮てみるか」
 そらくんが言い、わたしは賛成する。
「フルーツを煮るのってなんだか変な感じ」
「だけどジャムって砂糖で煮てあるわけだし」
「あ、なるほど」
 ナットクしつつ、そらくんが切ってくれたキウイフルーツをお湯で煮る。
 どのくらい煮たらいいのかちょっとわからないけど、ひとまず沸騰したお湯で一分間煮てみた。
 そしてそれを、ゼリーの素を溶かしたシロップに、缶詰のみかんとパイナップルと一緒に入れる。
「あとは待ち時間だな」
 そらくんが言い、わたしはハッとする。
 よく考えたら固まるまでの待ち時間は二時間だ! ……そんなに待ってたら帰る時間になってしまう!
「そらくん、固まるまで二時間かかるんだけど……」
 タイマーをセットしてみせると、そらくんがげんなりする。
「あー……そっか。ゼリーのほうが固まる温度が低いんだよ。10℃、とかだったっけ。体温より低いから、ゼリーは口に入れたときに溶ける。それでとろっとしてなめらかなんだ。この間、じいちゃんに教えてもらった!」
 へええなるほど!
 そう感心しながら時計を見ると、もうすぐ七つの子のチャイムが鳴る時間だった。
「でも長い! 今日中に終わんねえ!」
「長いよね……」
 なんとか今日中に結果が知りたいなって思ってたら、そらくんがぽん、と手を叩いた。
「なぁ、冷凍庫に入れてみない?」
 わたしは思わず笑う。
 そらくんって、こういうところあるよね! でも、ダメです~!
「それだと条件が変わっちゃうからダメだよ。失敗した時に冷凍庫のせいかもってなっちゃうよね? わたしが二時間後に確かめて明日報告するから」
「ちえっ、理花だけずるい!」
「もちろん食べないでとっておくよ! 成功したら明日のおやつにしよう!」
 わたしだって、そらくんに食べてもらいたいもん!
「……うーん……それなら、わかった」
 そらくんは口を尖らせながらも、仕方なさそうにうなずいて、その日は家に帰ったんだ。

 そして日が暮れたあと。
 わたしはタイマーを前にドキドキしながら実験室で待っていた。
 タイマーがゼロになったのを見ると、冷蔵庫からゼリーを入れた容器を取り出す。
 蓋を開けると、思わず大きな声が出てしまう。
「うわああ! ちゃんと固まってる! 成功だ~!!」
 様子を見についてきていたママも「やった~~! これでお祭りも大成功まちがいなし!」と大喜び!
 食べてみたいなって思ったけれど、ガマンガマン! そらくんが怒るよ!
 わたしは興奮したまま、容器の蓋を閉めて、大事に冷蔵庫の一番下の段に仕舞い込んだ。
 そして実験ノートに大きく「成功!」と書いた。
 あー! 明日、そらくんと一緒に食べるの楽しみだな~!
 わたしはその日、ウキウキしながら眠りについたんだ。

 次の日、朝一番で成功の結果をそらくんに伝えると、そらくんもメチャクチャうれしそうだった。
 放課後が待ちきれないな! って言っていて、わたしもおんなじ気持ちで一日をウキウキと過ごした。
 やっぱり味が一番重要だしね!
 家に帰ると、そらくんが昨日と同じくらいすぐにやってきた。二人で実験室に向かい、冷蔵庫を開ける。
 だけど。
「ほら、ちゃんと固まって……って……あれ?」
 わたしは容器の蓋を開けてびっくりする。
「うわあああああ! 凍ってる!」
 冷蔵庫なのになんで!?
「あー、そういえば一番下って冷えやすいんだ……じいちゃんが言ってた。ショーケースの上の方に焼き菓子、下の方に生菓子を入れてるし」
 そ、そうか。そういえば冷たい空気ってたしかあたたかい空気より重いから、下に流れるんだった!
 でも冷蔵庫なのに凍るなんて、ひどい!
 がっかりしていたけど、そらくんはからっと笑う。
「実験成功したのは確認したんだろ? じゃあいいじゃん! これ食おうぜ! っていうか、これはこれでメチャクチャうまそうじゃねえ?」
 あっさり言うと、さっとナイフで切り分けてお皿にのせていく。
 そらくんってほんと、切り替え早いな~!
 励まされたわたしはスプーンを握る。
 だけどツルツル滑るのでスプーンじゃ食べにくそう。
「フォークの方が食べやすいか?」
 そらくんがフォークを差し出し、わたしはそれを恐る恐るゼリーに刺す。
「あれ? 刺さった」
「ガチガチじゃなさそうだな」
 どちらかというとぷるんとしている。不思議な感触。
 そしてさらにフォークを刺し込むと、凍ったゼリーはきれいに切れる。
 かけらを口に運んだわたしは目を丸くした。
「お、おいしい……これ!」
 ぷるんとしたゼリーの食感が半分くらい残っていて、だけどフルーツの部分は凍っているから、シャーベットっぽいサクッとした食感もある。
 口の中で溶けると、つるんとした食感に戻っていくのが面白い。
「なにこれ! うまい!」
 そらくんも叫ぶ。
 しばらく二人とも夢中で食べる。
 ほとんど同時に食べ終わった後、お互いに顔を見合わせる。
「これ、これ、すごくよくねえ? 夏祭りなら、ゼリーよりこれが出てきた方がおれはうれしい。だって八月とかゼッタイ暑いし!」
 力一杯うなずいた。
 わたしもこれが食べたい! と思ったけれど、ふと思い出した。
「あ、でも冷凍庫は使えないんだって」
「そうなのかぁ……」
 そらくんはなんだかすごく残念そうだ。だけど、使えないものは使えないんだし……どうしようもないよね。
「ま、しょうがないか。おれたちが店を出すんじゃないしな」
 ちょっとがっかりした様子で帰っていくそらくんを見て、わたしもしょんぼりしてしまっていた。

19 冷凍庫を作っちゃえ!

 ゼリーが固まらない問題は解決したはずだった。
 メニューも決まったし、これで夏祭りは無事にやれそう。だけど、なんとなくもやもやが残ってしまっていた。
 もっとおいしくて面白いものを知っちゃったからだ。あきらめるのはもったいない気がしてしょうがない。
 うーん、うーん。何かいいアイディアないかなぁ……。
 考えに考えていると、目の前に人影が現れる。
「理花ちゃん? もうみんな校庭に遊びに行ったけど、行かないの?」
「え?」
 声をかけてきたのはシュウくんだった。
 わたしはハッとして辺りを見回す。
 教室にはわたしとシュウくん以外誰もいなかった。いつの間にか昼休みになっていたらしい。
 給食でなにを食べたのかもあんまり覚えていない。ちょっとどうかしてるかも!
 とあわてたわたしは、ハッとする。
 シュ、シュウくんと二人っきりだ!
 意識するとなんか、気まずい!
 あれ以来、シュウくんとは最低限の会話しかしていない。わたしも挨拶くらいしかできなかったし、シュウくんもそうだった。
 だから嫌われちゃったのかなって……仕方がないことだけどって……気にしてた。
「今日、ものすごくぼうっとしてるね」
「そ、そうかな?」
「先生の話も全然聞いてない感じだったし。広瀬と何かあった? 気が変わったんなら、大歓迎だけど」
 シュウくんはにっこり笑った。
 わたしはびっくりする。なんていうか、この間の返事なんて、全然関係ないってフンイキだったから。
 え、わたし、ちゃんと返事したよね?
 だったらもうちょっと……なんていうかちがう態度になりそうなものなのに。もしわたしだったら、逃げちゃいたくなりそうなのに。
「ええと、あのね、シュウくん?」
 だけど、ふとシュウくんが持っていた本を見たとたん、わたしは直前に言おうと思っていたことがぽんっと頭から飛んでしまった。
「──わたし、その本持ってるよ」
 なんでだろう。本から目が離せない。
 胸がざわざわする。
 ヒントがそこにあると、誰かが訴えているような感じ。この感覚には覚えがある。
 シュウくんは一瞬キョトンと目を瞬かせる。
 そして本に目を落として答えた。
「あぁこれ、さっき図書室で借りてきたんだ。もうすぐ夏休みだし」
 シュウくんが持っていたのは『夏休みの自由研究』の本だった。
 これをもとにパパとたくさん実験した。──と思い出しているとき、わたしは、あっ! と小さく叫んだ。
「シュウくん、その本ちょっと貸してくれる?」
「いいけど、……どうしたの?」
 シュウくんは眉をひそめる。
 わたしは本を借りるとすごい勢いでめくる。そして見つけた。
「……あった!」
「なに? えーと……これを作るの?」
 興奮したわたしは、説明をする余裕がないままうなずく。
 とにかく、これで、冷凍庫がないっていう問題が解決すると思う。きっと!
 うわあああ、やったぁ!!
「シュウくん、ありがとう! シュウくんのおかげですごくいいアイディア思いついちゃった。すごーく助かったよ!」
 感動してお礼を言うと、シュウくんは目を見開いた。
「え……あ、どういたしまして」
 シュウくんはじっとわたしの顔を見つめたあと、ふと目をそらした。
 あれ? なんだか顔が赤いような……?
 って、あ、わたし、夢中になりすぎて完全に『返事』のこと忘れて普通に話してた! シュウくんのことぜんぜん言えないじゃん!
 あわあわとしていると、
「理花ちゃんって……その」
 シュウくんはそっと顔をあげる。その顔はやっぱりちょっと赤い。
「な、なに?」
「ええと……」
 またうつむいてしまう。なんだかさっきとぜんぜん様子がちがう。
 どうしたんだろうと思っていると、音楽が流れはじめる。……あ、掃除の時間だ!
「あ、じゃあ、本当にありがとう! ええと……掃除、行こうか?」
 そう声をかけてみるけれど……。
「あぁ、うん」
 シュウくんはまだうつむいていて、なんだか様子が変なままだったんだ。

 その日の放課後。思い付いたアイディアを伝えると、そらくんは三日連続で飛ぶようにして実験室にやってきた。
「冷凍庫の問題、解決したって!?」
「やってみないとわかんないけど、できると思う」
 わたしはテーブルの上に材料を並べはじめる。
 お店で買ったゼリーを一つ。大きなボウルに氷。
「なにこれ?」
 そらくんが首を傾げた。
「昔ね、パパと作ったことがあるんだ。アイスキャンディ。これでできるんだよ」
「え、でも、氷に入れて冷たくなっても凍りはしないよな?」
 そらくんは意味がわからない、と目をぐるぐるさせている。
 そんなそらくんの前にわたしはあるものを差し出した。
「そこで、『塩』の出番なんだ!」
「塩?」
 わたしは実験ノートを取り出すと、前の方のページをめくった。
 そこにずいぶん昔にやった実験の手順が書いてある。
「塩を入れるとね、凍らせることができる氷に変身するんだ」
「まさかぁ」
 そらくんは信じられないという反応だった。
 うん。見てもらったほうが早いのかも。
 わたしは話を進めることにする。
「今日はゼリー作る時間がないからお店のを使うことにするね。ゼリーから作るのは明日にする」
「わかった」
 パパとやった実験を真似してみる。
 パパとやったのはジュースを使ったアイスキャンディ作りだったんだけど、なんとなくおんなじ方法でうまくいくような気がしたんだ。
 お店で売っているゼリー50gを、密封できるビニール袋に入れる。
 そして氷2カップを大きめのビニール袋に入れると、そこに塩を大さじ2振りかけた。
 氷を入れた大きめのビニール袋の中に、ゼリーの入ったビニール袋を入れて、シャカシャカ振ること三分。
 ドキドキしながら袋を開けてみると……。
「うわっ、まじ!? 凍ってる! 魔法みたいだ。なんで!?」
 わたしはノートを見ながらパパの説明を思い出す。
「魔法じゃないよ、科学なんだ。えーっとね。まず氷って、水になるときに周りから熱をうばうから、周りの温度が下がっていくんだ。さわったら冷たいのって、体から熱をうばわれてるからで」
 氷で冷やすと冷やした部分が冷える代わりに、氷が溶けて水になる。
 ふつうはそう考えるけど、逆に考えると、氷が水になるときにものの熱をうばって冷やしているってことになる……のだそうだ。
「だけど、周りの温度が下がるって……それは塩を入れなくても同じだろ?」
「うん、そうなんだけど、塩を入れると、塩が氷になるのをジャマするからふつうの氷水で冷やすよりもさらに冷えるんだって」
「意味がぜんぜん分かんないんだけど」
 わたしもパパに理由を聞いたとき、よくわからなかったんだ。
 どうやったらわかりやすいかなあって考える。
 そして思いついた。パパが見せてくれたのは、とある数字だ。
「そらくん、水って何℃で凍るか知ってる?」
「0℃?」
 わたしはうなずいた。
「じゃあ、この氷水は何℃だと思う?」
「そりゃ、まだ氷があるんだから0℃だろ」
 わたしは氷水の中に温度計を入れた。温度が表示されるとそらくんが目をまんまるにする。
「うわっ、マイナス18℃だ! ウソだろ!?」
 わたしもおどろく。前はここまで下がらなかったんだ。
「氷はさらに溶けて水になる。そして水になるときに周りの熱をうばうから、どんどん温度が下がっていくんだけど、塩がジャマをするせいで氷になれない……。どんどん溶けて周りの水がどんどん冷えていく……って感じで温度が下がり続けるんだって」
 塩を入れると、マイナス21℃まで温度が下がることがあるってノートには書いてある。
これなら、冷凍庫の代わりになる! アイスもできそうだな!」
「……うん!」
「じゃあ、明日、またゼリー作りからやってみよう。そしたら、ついに完成だ!」
 わー! すごい!
 ゴールが見えて、達成感に胸がいっぱいになっていたけれど、
「でも……形とか、中になにを入れるかとかは全然考えてなかったよな……? 売り物だから見た目が結構大事なんだけど……。じいちゃんのケーキも、メチャクチャうまいのに見た目がダメだと売れないんだ」
 不安そうにそらくんが言い、わたしも不安になってしまう。
 そうだった、わたし、そういう、デザインとかニガテなんだった!
 だけど、あっと思い付いた。
 ほら、すごーくセンスがいい子が近くにいたよね!?
「それなんだけど、いい考えがあるんだ」
 わたしがアイディアを口にすると、そらくんは一瞬意外そうにしたけれど、「すっげえいいアイディア!」とうなずいてくれたんだ。

20 いよいよ本番、夏祭り

 いつしか夏休みに入り、夏祭りの日がやってきた。
 だけどお祭りの準備は本当に大変で、ママもわたしも、そしてそらくんも大忙しだったんだ。
 原因の一つはものすごく大きな誤算! フルーツゼリーの許可がカンタンには下りなかったんだ!
 実はフルーツゼリーって直前で加熱しないナマモノだから、食中毒が起きたら大変だし、そのまま出すのはダメなんだって!
 だけどママはあきらめなかったんだ。
 わたしとそらくんがせっかく考えたのにもったいないからって、知恵を絞った末に思いついたのは……。
「お待たせ!」
 フルールから出てきたのはそらくんだ。
 そして、そらくんの手にはクーラーボックス。
 その中には──。
 クーラーボックスの蓋を開けてのぞき込むと、キラキラの宝石みたいなゼリーがぎっしり詰まっていた。
 実はゼリー作りだけフルールにお願いすることになったのだ。
 フルールはちゃんと営業許可をもらったお店だから、そこで作ったものをお祭りで出すのは問題がないらしい。
 そらくんとわたしが「手伝うからゼリーを作ってください」って一生懸命お願いしたんだ。
 だってここまで考えたのに、作るのに参加できないのって残念すぎるよね?
「そらくん、おじいちゃんは? お礼を言わないと」
 ママがたずねると、
「まだ冷やしているゼリーがあるので、それ持って後から祭りに来ます」
 とそらくんは答える。
「それでは、数の確認をお願いします!」
 キリッとお店の人っぽく言われて、わたしは笑いながらゼリーを手に取った。
 容器はハート形。透明なゼリーの中に、小さくカットされたフルーツがいくつも浮いている。
 うん、やっぱりカワイイ!
 これ、どんなフルーツを入れるのかとか、形をどうするのかとかを考えてくれたのは、なんとゆりちゃんなんだ!
 こういうカワイイアイディアを思いつくのに、ゆりちゃん以上の子はいないなって思って協力をお願いすると、ゆりちゃんは喜んで色々と考えてくれて、絵まで描いてくれたんだ。
 その絵を元に考えたのがこのゼリー。
 そしてこのゼリーは──これから『科学の力』で変身するんだ!
 ワクワクしていると、ママがそらくんにたずねた。
「そらくん、売り子もやってくれるって言ってたけど本当にいいの? お手伝いしてたらお店回れないよ?」
「お店手伝うほうが楽しそうなんで」
 そらくんが元気に答えると、ママはうれしそうに笑った。
「心強いわねえ。なんたってフルールのシェフのお孫さんだし」
「それに弟子なんだよ!」
 わたしが付け加えると、そらくんがちょっと情けなさそうに「まだ弟子候補だけどな! 早く弟子になりたい!」と言って笑った。

 テントにたどり着くと準備をはじめる。お祭りが始まるまであと三時間くらい。
 ママたち大人が表に看板を飾ったりとがんばっている間に、わたしとそらくんも『実験』の準備だ。
 わたしが持ってきた大きなクーラーボックスには、氷が満タンに詰まっている。
 塩も念のために3キロも用意してある。
 発泡スチロールのケースの中で材料を混ぜ合わせたら、即席冷凍庫の出来上がり!
 だけど、わたしは準備がひと段落すると急にソワソワしてしまった。
 あぁ、アレ、いつ渡そうかな……。
 ドキドキしてしまう。
 夏祭りの準備をしながら、わたしはもう一つの大事なイベントの準備もしっかり進めていたんだ。
 もう一つのイベント。それは、そらくんの誕生日!
 夏祭りと一緒の日だって気づいてるのって、もしかしたらわたしだけかもしれないよね……。
 できれば、一番に渡したいな。一番におめでとうって言いたいな。
「そ、そらくん、あのね」
 もぞもぞとカバンの中をあさる。紙袋に手が触れた時だった。
「理花ちゃん」
 聞き覚えのある声にどきりとして、紙袋から手を離す。
 振り返るとそこにはシュウくんがいた。
「ど、どうしたの?」
 そ、それにこんなふうに声をかけてくるのがびっくりだ!
 だって、シュウくんとはずっと気まずいまんまだったし。
 用事があって話しかけても、なんとなくだけどギクシャクして、前みたいに会話が続かなかった。
 それがなんとなく前──虫のことで盛り上がってたときに戻ったような感じ。どうしてだろう?
「まだぜんぜん勝負はついてないし。あのまま引き下がるのって僕らしくないなって思ったから」
「え?」
 意味がわからなくて聞き返すと、シュウくんはちょっと苦笑いをして言い直した。
「理花ちゃんがお店やるって聞いてたから、手伝いに来たんだ」
「え、手伝い!?」
「うん。本当はお祭りを一緒に回りたかったんだけどね。……なにか手伝うことない?」

 そうにっこり笑ったシュウくんに、わたしはどきんとしてしまう。
 あ、あれ、あの話ってもう終わってたんじゃなかったの~!?
 だけどシュウくんのおだやかな顔は、そらくんがわたしの後ろにひょっこり現れたせいですぐに曇った。
「遅かったな! もう手伝いは間に合ってまーす」
 そらくんはなんでかドヤ顔で、ものすごくうれしそうに言った。
 シュウくんが眉をピクリと跳ね上げる。
 ビリリ、と空気が尖ったような気がした。
 まさかケンカとかしないよね? と不安になってくる。
 いや、でも二人とも学校ではほとんど話してないはずなのに。
 なんでこんな仲が悪そうなわけ?
 理由を考えながら、わたしは気まずいフンイキをなんとかしようと話題を探した。
「え、えっと、シュウくん、せっかくだしアイス食べていく?」
「アイス? 確か学校ではゼリーの話してなかった? 冷凍庫もなさそうだけど……」
 ふふふと笑ってしまう。
 そうだよね、たぶんみんなびっくりするだろうな。
 わたしはクーラーボックスから、まだ凍らせていないフルール製のハート形ゼリーを取り出した。
「ほら、やっぱりゼリーじゃないか」
 そう言うシュウくんの前で、
「今はね」
 わたしは氷を入れたタライの中に塩を振り入れて、トングで大きくぐるぐるとかき混ぜた。そしてゼリーを中に入れたんだ。
 氷がじわっと溶けていって、やがて氷水になる。
 かき混ぜやすくなったところを、さらにぐるぐるとかき混ぜる。透明なゼリーは中央でくるくると回っていたけれど、氷に触れているところからだんだん曇ってきた。
「あ! これって……アイスキャンディの実験! なるほど、自由研究の本で喜んでたのって、これか」
 シュウくんが言ってわたしはうれしくなる。
「シュウくんならわかるかなって思ってたんだ!」
「やったことなかったけど、本当に凍るんだ」
「あ、指入れたらだめだよ。けがしちゃうから」
「凍傷か」
「そう。一番冷えてマイナス21℃だから」
「うわ、すごいな!」
 盛り上がりながらわたしは氷水からトングを使ってゼリーを取り出す。
「まだ凍りきってないから、凍ったの食べたかったらまた後で来てね」
 ちょっとだけ凍ったゼリーを水ですすぎ、シュウくんに手渡そうとする。シュウくんの差し出した手に、わたしの手が触れそうになったとき。
 そらくんがわたしの手からすばやくゼリーをうばうと、「どーぞ!」とシュウくんに手渡した。
 は? え、今のなに?
 目を白黒させていると、シュウくんは呆れたように、
「広瀬ってさぁ……ほんっとコドモだよなぁ。なにそのジャマのしかた」
「は? ジャマ? 渡してやっただけだろ」
 ドヤ顔だったそらくんはムッとする。
「やっぱり理花ちゃんって見る目なさすぎ。コドモな広瀬よりゼッタイ僕を選ぶべきだと思う」
 とシュウくんは言う。
 え、なんでわたしの話?
 僕を選ぶべきって……もしかして、究極の実験のこと、あきらめてなかったの!?
 ひゃあ──って……シュウくん、実はメチャクチャ自信家じゃない!?
 びっくりしていると、
「はぁ!? コドモコドモって、なんだよ。同じ歳だろ?」
 そらくんはイラッとした顔。うわああ、まずい! ケンカ!? わたしが顔を引きつらせたとき、
「お取り込み中悪いけど……」
 と大人っぽい低い声が響いた。
 振り返ったわたしは目を丸くした。背の高い男の人が立っていたからだ。
「え」
 おだやかな笑顔の、すごくかっこいい男の人。どこかで見たことがあるような……でもどこで……だっけ?
 男の人はそらくんに向かって言う。
「シェフに頼まれて追加のゼリー持ってきたんだけど、ここでいいのかな?」
「叶(かのう)さん! ありがとうございます、ここに置いてください!」
 そらくんが元気よく言うけれど、
「かのう、さん?」
 どこかで聞いたような……わたしは首をかしげる。そんなわたしに男の人は言った。
「フルールの新しいスタッフの新田叶です。佐々木理花ちゃんだね。初めまして。シェフからよくウワサを聞いてます」
 言われてわたしはハッとする。
 そういえばこの間お店に飛び込んだときにいたかもしれない!
 今日は制服を着てなかったからわからなかった!
 え、でも……今、ウワサって言った……?
 な、何かした? わたし!?
 あせっていると、叶さんはわたしとそらくんとシュウくんの三人を順に見つめた後にクスリと笑う。
「そらくんに強力なライバル出現、ってところ? 面白くなってきたね」
 シュウくんはちょっと眉を上げたけれど、ふっと楽しげに笑う。だけど、
「はぁ? ライバル? それ、どういう意味ですか? なにも面白くないんだけど!」
 そらくんはフキゲンそうに叶さんに食ってかかる。
「そういうところがコドモなんだって……」
 シュウくんが言うと、そらくんの鋭い視線はシュウくんに向けられる。
 あああああまずい!
 と思っていたところに「理花ちゃん!」と高い声が割り込んだ。
 やってきたのはゆりちゃんとみぃちゃんとななちゃん。
 険悪なフンイキが吹き飛び、みんなが天使に見えてしまう!
 そして他のクラスメイトの顔もちらほらと見え、どこからか「あれ? 石橋くんだ! 来ないんじゃなかったの?」という声が聞こえた。
 シュウくんはちょっとあせった顔をして、「今日のところは帰るね」とすばやく店を出ていく。
 あぁ、な、なんだか助かった!?
 ホッとしていると、ゆりちゃんが言った。
「お店はまだ?」
 三人とも色とりどりの浴衣を着ていて、すごくカワイかった。
「まだ準備中だけど……ちょっと待ってて」
 ママに聞いてみることにする。すると、
「協力者だしこっそり先に出してもいいわよ! お礼にサービスしてあげて!」
 とお許しが出た。
 ゼリーを出すとゆりちゃんが「メチャクチャカワイイ!」と高く叫んだ。
「ゆりちゃんのアイディアのおかげだよ~!」
 わたしが言うと、ゆりちゃんはちょっと照れくさそうにする。
「乳製品入ってないから、みぃちゃんも食べられるよ!」
「ありがとう!」
 わいわいとしたところで、ゆりちゃんたちが手を出す。だけど、ゼリーを渡すのはまだだ。
「ちょっと待ってね」
 そう言うとみんなキョトンとする。すぐに食べるのだと思っていたみたい。
「今からちょっとだけ『実験』するね!」
「実験?」
「このゼリーを凍らせます!」
「えっ? でも冷凍庫ないよ?」
「見てて」
 わたしはさっきと同じように氷をタライに入れると塩を振りかける。
 そしてできた氷水にゼリーを沈めて、ぐるぐると混ぜること三分。
 見せた時の反応が楽しみすぎて、わたしとそらくんは顔を見合わせて思わずニヤッと笑ってしまう。
「「じゃじゃ──ん! 『科学のフルーツゼリーアイス』です!」」
 そらくんと同時に言うとわっとその場が沸き立った。
 取り出したゼリーを見てみんなびっくりだった!
「ウソおおお! なんで凍ってるの?」
「え!? 氷水に入れただけだよね?」
「実は塩がキーアイテムなんだ!」
 わたしがそらくんにしたような説明をすると、みんな面白そうに顔を輝かせる。
「面白い! っていうか理花ちゃんすごい!」
 みぃちゃんとななちゃんが感動している。ちょっと照れてしまう。
 するとゆりちゃんがニヤッと笑う。
「なんたって、理花ちゃんは理科のスペシャリストだから!」
 まるで自分のことみたいに言うゆりちゃんを見て、わたしは目を丸くする。
 わあ、なんだか、……すごく、うれしい!
 こんなふうになれるなんて思いもしなかったから余計にだった。

 クラスのみんながお祭りを楽しんでいる間、わたしとそらくんは大忙し!
 みんなの反応を見ていたお母さんが、さっきみたいに凍るところを他のお客さんにも見せて欲しいって言ったんだけど、それが大当たり!
 ゼリーが凍る『実験』が評判になって、ゼリーアイスのお店には長蛇の列ができたんだ!
 そして、ゼリーはいよいよ最後の一個になる。
 うわああ、やった! 売り切れだ!
 感動しながら最後のお客さんに手渡す。
「これが最後の一個です!」
 すると聞き覚えのある声が返ってきた。
「よかった。食いっぱぐれるところだった」
 そう言ったのは──なんとそらくんのおじいちゃんだった!
 おじいちゃんは笑う。
「ほー、これはこれは」
 おじいちゃんはゼリーアイスを受け取ると、上から横から下からぐるりとながめた後に、パクリと一口。
 わたしとそらくんは思わず息を止めて反応を見つめてしまう。
 するとおじいちゃんは十分に味わったあと、ごっくんと飲み込むとにっこりと笑ったんだ。
「うまい。味はわしが作ったんだから当たり前だが、食感がすごく良くなっている」
「わああああ! やった!」
 そらくんとわたしは思わずハイタッチだ! やった!!!
「よく自分たちだけで考えたなぁ」
 モグモグとゼリーを食べ終わったおじいちゃんは、感心した声を出した。
 わっ、すごくほめられてない!?
 びっくりしていると、おじいちゃんはそらくんの頭に手をのせてクシャッと髪の毛をかき回した。
「そらは理花ちゃんがいると百人力だな」
「だろ!? やっぱりな~!」
 うわああ、なんか照れる!
 でも、わたしの方こそ、そらくんがいると百人力なんです!
 そう答えようとしたわたしだったけれど、なんだか別の意味に聞こえそうで、直前で恥ずかしくなってしまって言葉を飲み込む。
 言えなかったけれど。
 本当に、そらくんがいればわたし、どんなムズカシイ問題にもチャレンジできそうな気がするんだ。
 ──『究極の菓子』だって、いつか。
 そんな言葉が頭の中にぽんと浮かぶ。
 やっぱりそらくんと作りたいな、『究極の菓子』。
 そらくんとならいつかきっと作れるんじゃないかな。そんな予感を胸に、わたしは夜空を見上げる。
 星がキラキラときれいな夜だった。

21 お祭りのフィナーレには

 お店が大繁盛だったおかげで、ママたちからはものすごく感謝されてしまった。
 なんたって売り切れるくらいの大人気だ。
 フルールのゼリーってこともあって味も良かったし、その場で凍らせるっていう『実験』が子どもには大人気だったみたい。
「来年もよろしくって言われちゃったね」
 祭りの後片付けが行われている中、わたしとそらくんは、校庭のジャングルジムのてっぺんに腰掛けてご褒美にもらったラムネを飲んでいた。
 ラムネはきんきんに冷えていた。だけど、飲んでも飲んでも喉がすぐにからからになってしまう。
 きっと、さっきからずっとドキドキしっぱなしだからだ。
 ……だって、プレゼント、今渡さなかったら、もう渡せないんだもん。
 そらくんのラムネの残りはあと半分。
 飲み終わったら帰っちゃうかもしれないよね。……わたし! しっかりして! 勇気を出して!
「そ、そ、そらくん」
「なんだ?」
「ええっと、あの、あのね! おめでとう!」
 わたしはエイッとお腹に力を入れると、そらくんに向かって紙袋を突き出す。
「え、何?」
 そらくんは目を見開いて驚いている。
「えっと、今日、お誕生日なんだよね」
「あ……そうだった」
「わ、忘れてたの!?」
「いや、プレゼント前倒ししてもらったし、ケーキも明日でいいやって言ったから特別なことってないと思ってて」
 そらくんはちょっと照れくさそう。
「お、誕生日、おめでとう」
 もう一度言うと、そらくんは「ありがとな!」とカラッと笑って紙袋を受け取る。
「開けていい?」
「うん」
 そらくんは紙袋から中身を取り出した。
「うわ、すげえ。これって……」
 そらくんの目が星みたいに輝いた。
 わたしはうなずく。
「これをね、二人で考えたレシピでびっしり埋められたらステキだなって思って。そしてわたしのと二つを合わせたら、いつか、『究極の菓子』にたどり着ける気がするんだ」
 一息で言うと、そらくんはしばらくじっとわたしの渡したプレゼントを見つめていた。
「おれ一人だったらさ、ムリって思いそうだけど」
 そらくんはわたしを見るとニコッと笑った。
「理花となら、できそう」
 そらくんの笑顔にどきんとしたとき。
 どんっと大きな音がして、そらくんの肩越しにパッと光が舞う。
「あ、花火! すごい! きれい!」
 そういえば、誰かがお祭りの日に花火大会があるって言ってたかも。
 でも、ここからこんなにきれいに見えるなんて知らなかった!
 花火はお祭りのフィナーレを飾るようにどんどんと打ち上がる。
 黄色、赤、緑、白。まるでわたしたちが作ったゼリーアイスみたい。
「実はここ特等席なんだよな! 知らなかったろ?」
 にしし、といたずらが成功したような顔でそらくんが言う。
「来年もまた見ようぜ、ここで」
「……うん!」
 来年も。そのまた次の年も。ずっと一緒に見られたらいいな。そんなふうに思いながら、わたしはそらくんを見つめる。
 そらくんの輪郭を、花火の光がキラキラと彩っていた。

22 記された最初のメニュー

「おっじゃましまーす!」
 元気な声がひびく。見ると門のところからそらくんが実験室に向かって来ているのが見えた。
 夏休みのとある日。わたしはそらくんと久々の実験の約束をしたんだ。
 本当は毎日でも実験をやりたい気分だったけど、五年生ともなると夏休みの宿題もたくさんだし、それからそらくんは算数と理科が得意になるために夏休みだけ塾に通っているし、野球もあるものだから結構忙しいのだ。
 ん?
 そらくんの背中にはまるで山登りに行くような大きなリュックがあった。
「ど、どうしたのその荷物」
「あれだよ、アレ!」
 そらくんが笑う。ああ、アレか!
 わたしはこの間見せてもらった、そらくんが前倒ししてもらったっていう誕生日プレゼントのことを思い出した。
「まずボウル! それから泡立て器! 計量カップにヘラにバットに温度計!」
 リュックからは次々に道具が出てくる。
 そうなんだ。そらくんがもらった誕生日プレゼントっていうのは、実はこの料理道具セットなのだった。
 実験室にも道具はあるけれど、やっぱり理科の道具だから本格的な料理には向かないことも多いんだ。
 ビーカーと計量カップは似てるけど、やっぱりフンイキが出ないしね!
 これから究極の菓子を作るんだから、道具は重要だもんね!
「来年は何頼もうかな~」
 ずらりと並んだ道具の前で、そらくんはもう一年後のことを考えているらしい。気が早すぎる!
 クスクス笑っていると、そらくんが「それから」とリュックに手を入れる。
「一番重要なもの!」
 そう言って取り出したのは一冊のノートだった。
 うれしくて思わず口元がゆるんでしまう。
 だって、それはわたしがプレゼントした『レシピノート』だったのだ。
 普通の大学ノートなんだけど、表紙に油性ペンで絵を描いたりシールでデコレーションしたりしたんだ。
 中央にわたしが書いた『レシピノート』というタイトルの前には、そらくんの字で大きく『究極の』と付け加えてあって笑ってしまう。
「最初のレシピはどうするの?」
 ワクワクしながらわたしがたずねると、そらくんは意外そうに片方の眉をあげる。
「決まってる。二人で考えた菓子を全部ここに書くんなら……最初はこれだろ?」
 そらくんは鉛筆を取り出すと一行目に大きな字でタイトルを書き込んだ。
 わたしは目を見開いた。

『科学のフルーツゼリーアイス』

 これが、究極の菓子につながる道への、わたしたちの第一歩なのかも。
 なんだかしみじみしていると、そらくんはわたしの顔をのぞき込んでにっと笑ったんだ。

「──さぁ、次は、何を作ろうか?」

23 集合写真に写るのは

 その日の夜のこと。寝ようとしていたおれは、ガバッと布団から飛び起きた。
「やべっ! 道具片づけるの忘れてた!」
 実験室で洗ってきたけれど、リュックに入れっぱなし。きちんと乾かさないと錆が出たりするのだ。
 じいちゃんは道具を大事にすることは、菓子作りの基本だって言っていた。思い出せてよかった。
 ムワッとした空気にうんざりしながら工房に向かうと、まだ電気がついていた。
 あれ? じいちゃん? ──と思ったけれど違った。叶さんだ。ムズカシイ顔で壁にひっそり貼ってある古い写真をじっと見つめている。
 それはじいちゃんが昔修業していた工房の前で撮ったものだそうだ。写真には白い制服を着た人たちがたくさん写っていて、隅の方にじいちゃんとばあちゃんもいる。
 二人ともまだ若くてじいちゃんの髪は黒い。工房の人の髪は赤や茶や金と色とりどりで、黒い髪の人がいないからじいちゃんは妙に目立っていた。
「叶さん?」
 扉を開け、声をかけると、叶さんはビクッと大きな体を震わせる。だけど振り返った顔はいつも通りにおだやかな笑顔だった。
「そらくんか。どうしたんだい? こんな夜中に」
「いや、道具の手入れしようと思って。叶さんは?」
「僕もだよ」
 そう言う割には、どこにも道具がない。
 不思議に思っていると叶さんは写真に目を戻し、赤い髪、青い目のばあちゃんを指さした。
「そらくんに似てるけど、おばあちゃんって、この人?」
 おれはうなずく。おれはばあちゃんに顔立ちがよく似ているらしい。
「名前はなんていうの?」
「フルール。店の名前ってばあちゃんの名前からつけたんだ」
「やっぱりそうか。──Je l'ai finalement trouvé.(ついに見つけた)」
 叶さんは、小さくつぶやく。
 え? どこの言葉だ?
 意味のわからない言葉に眉を寄せると、叶さんはにっこりと笑った。
 その笑顔が妙に嬉しそうで──
 おれはなんだか心がざわりとしたのだった。

🍀本の情報はコチラ!

『理花のおかしな実験室(2) 難問、友情ゼリーにいどめ!』
作・やまもとふみ 絵・nanao
ISBN:9784046320407
定価: 814円 (本体740円+税)

★作品情報ページ
https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000338/

🍀第1巻・第3巻のスペシャル連載はコチラから↓

第1巻『理花のおかしな実験室(1) お菓子づくりはナゾだらけ!?』

第3巻『理花のおかしな実験室(3) 自由研究はあまくない!?』