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学校のナゾ、ぜ~んぶぼくらにおまかせ!『歩く。凸凹探偵チーム』を丸ごとためし読み✨

🍀みんなの凸凹をつなげると、真実が見える!?🍀

だれにでも、「ニガテ」とか「クセ」とかあるよね。
どうして自分はうまくやれないんだろ…
みんなとちがうんだろ、って、どうしたって考えてしまうけど。

引っこめるんじゃなくて、
いっそ、みんなで出っぱっていかない⁉

この話のメインキャラは、
自閉症のアルクくんと、
いとこで、親友でもある理人くん。

そして…凸凹いろいろ🌈

読んだらわかるよ! ぜひためし読みしてね(よんさんのイラストも最高です!)

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1 怪奇かいき!? 真夜中に鳴るチャイム事件

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「おはよーございます!!!」
 今日も7時ジャスト。
 アルクが、ぼくんちの玄関のドアを開けた。
 ………………朝から元気よすぎ……。
理人りひとくん、おはよーございます!!!」
「ふが」
 リビングに入ってきて、そのままソファーに座るアルクを横目に、ぼくは、どうにかひと口目のトーストを飲みこんだ。
「おはよう、アルくん。理人は、つい3分前に起きてきたばかりよ。朝が弱いにもほどがあるわ」
 母さんはためいきをつきながら、慣れた手つきでアルクに新聞をわたした。
「理人も、あいさつくらいしなさい」
「ふぁい……おはよ、アルク」
 アルクは、母さんの弟の、1人息子だ。
 つまり、ぼくのいとこ。
 マンションの、となりの部屋に住んでいる。
 ぼくと同じ、6年生。
「歩」という漢字で、「アルク」と読む名前をつけたのは、アルクのお母さんだ。
 そのお母さんは、アルクが小学生になる前に、死んでしまった。
 だから、アルクは、ぼくんちですごすことが多い。
 夕飯も、ぼくんちで食べる。
 だけど、夜は決まった時間に自分ちにもどる。
 アルクの父さんが出張で家にいないときでも、1人で、自分ちでねむる。
 朝ごはんは、自分ちで食べ、それから、ぴったり7時になると「おはよーございます!!!」とぼくんちにやってくる。
 それが、アルクの「ルール」だ。
 毎日、規則正しい一日をおくることが、アルクは好きだ。
 アルクがやってくる朝7時は、まだぼくは、もうろうとしている。
 でも、高学年って、そんなもんじゃないの。
 遅寝おそね&遅起き。
 ぼくを待つあいだ、アルクは新聞を読む。
 アルクは国語が苦手で、小説はぜんぜん読まない。
 けど、新聞は好きらしい。
 ぼくが朝ごはんをたいらげるあいだに、新聞のすみからすみまで、キッチリ目を通すのが日課なんだ。

 そんなアルクを喜ばせることが、この朝あった。
 アルクといっしょに家を出たぼくが、太陽のまぶしさに、めまいすら感じながら、どうにかたどり着いた学校の門のところで。
 同じクラスの小月守おづきまもる、通称オヅが、なにか紙を配っていたんだ。
「さあさあ、押さないで押さないで。虹小新聞創刊号にじしょうしんぶんそうかんごう、たっぷり用意しておりますので、みなさまにございまーす!!」
 ……うーん、こいつも朝から、やたら元気がいい。
 オヅのやつ、先週はおなかが痛いって保健室でてた日もあるのに、もう、ぼくの倍は元気だ。
 どうやったら朝からそんな大きな声が出るんだろう。
 だれも新聞をもらいに殺到さっとうしてないし、押してもいないのに。
 オヅの配ってる紙は、普通の新聞より小さい。
 ページも少ない。
 それでも「新聞」と聞いて、アルクの目がかがやいた。
「アルクだけじゃけえのぉ、ぶちうれしそうに、もろうてくれるのは」
 オヅが、ばりばりの広島弁でこたえる。
 そりゃそうだろーオヅ。
 いきなり「新聞」なんて紙を手わたされても、とまどうのがフツーの反応なんじゃないかな。
「──お天気コーナーが、ありません」
 さっそくその場で紙に顔をつっこんだアルクが、ぼそりと言う。
 アルクは、新聞の天気予報のコーナーが好きなんだ。
「次号では、ちゃんと作るけぇ、期待しとってえや、アルク」
 オヅは、うれしそうにこたえる。
 そのユーモラスな口調とはイメージがちがうけど、几帳面きちょうめんで、律儀りちぎなやつだ。
 きっとアルクとの約束は守るだろう。

「オヅって、新聞係だったっけ?」
「ちがうわい。あんな子どもだましな新聞づくりなんか、やっとれるわけなかろー。『先生にインタビュー!』なんて、ぬるいかべ新聞、おもしろいって思えんわ。新聞づくりってのは自分でニュースを拾ってこなくちゃだめなんじゃ。自分の目と足でなっ!」
 オヅは、自分ではかっこいいこと言ったと思っているんだろう。
 なんかポーズを決めている。
「はあ。だけど、よく先生が許可したなあ」
「ばーか。なんでそこへ先生が出てくるんじゃ。全部自分でやっとる。市役所で、無料で印刷機を使えるんじゃ。紙は持ちこみじゃけどな」
「紙はこづかいで買ったのか?」
 紙だって、買えばけっこう高い。
 あっというまに、こづかいがなくなっちゃうだろう。
「それも考えてあるわいの。新聞、見てみなって。宣伝せんでんが入っとるじゃろ」
 宣伝?
 アルクの持ってる紙を見ると、たしかに書いてある。
「虹小そばの文房具店には、『ドリーム』にはない、こんな商品がありますよ」──なんてことが、くわしく書いてある。
 ドリームっていうのは、大きなショッピングセンターだ。
 そのとなりには『おはだの手入れをしてみたいと思っている人に!』なんてキャッチフレーズといっしょに、化粧品店けしょうひんてん紹介しょうかいもある。
 大人気のキラキラパフュームが、お試しさせてもらえるとか。
「『広告宣伝費』いうことで、協力してもらう約束をつけとるんじゃ」
「えっ、それ大丈夫なのか?」
「学校にはナイショじゃけえ。お店には、学校の校外学習なんじゃいうて説明しとる。だから新聞名は、ダサいけど学校の名前を入れたんじゃ」
「へ─────」
 オヅの悪知恵……というか、行動力に、すなおに感心する。
 あらためてアルクの広げた新聞に目を落としてみる。
 新聞の1面トップ記事の大きな文字は「怪・真夜中にチャイムが鳴る!?」だ。
「深夜0時に学校のチャイムが鳴りよったって、学校の近くに住んどるやつが言うててさあ、記念すべき第1号の記事にした、いうわけよ」
「へえ……」
 夜中のチャイムか。それは近所めいわくな話だなあ。
「あれ? 理人ならここは『先生がタイマーセットをまちがえただけだろ』とか言うんじゃ」
「それはない」とぼく。
「へ? なんでじゃ?」
「この学校のチャイム、旧式きゅうしきだろ。いったんセットしたら、変更するのがめんどうなんだよ。だからさ、短縮授業の日なんかも、いつもどおりの時間にチャイムが鳴って、校内放送で訂正ていせいするんだ。たった1日のために、セット変更なんかしてられないってこと」
「へえ~~。理人。おまえって、いろんなこと知っているのぉ。じゃあ、なんで、夜中に鳴るんじゃろ」
「それは今のところ、わからない」
「今はわからんでも、いつかはわかるいうこと?」
 オヅがつっこんだそのとき、ぼくのとなりでアルクが言った。
「────チャイムは、3月14日の放課後から、正しいです」
 オヅに言ったというより、つぶやいたっていう感じだ。
「ん、なにアルク?『14日から正しい』って……それまでは時間が正しくなかったってことか?」
 ぼくがたしかめると、アルクは、こくりとうなずいた。
「1分、遅れてました」
 ふむ……。
 カシャッ
 そのとき音がして振りむくと、オヅがスマートフォンでぼくたちの写真をとっていた。
「理人、腕をくんで考えこむポーズ、ぶち探偵たんていっぽいで!」
「るせー勝手にとるな」
が新聞社は探偵を募集しとるんじゃ。オレがなぞを探してくるから、それを解決する探偵がいるんだ、そしてオレが記事を書く!」
「知るか。それよりオヅ、通学路でスマホ使って、大丈夫なのかよ」
 オヅんちは、今年、校区外に新しく家を建てた。
 本当は転校しなきゃいけなかったけど「小学校生活もあと少しなのに」って言い分が通って、そのまま、この学校に通っている。
 お母さんの車で送迎そうげいしてもらうために、連絡れんらく用のスマホを持つことを特別に許可されている。けど、校内では使用禁止。
 登校したらすぐに、先生に預けることになっている。
「まだ、校門の中に入ってないんだから、いいじゃろ。新聞はパソコンで作るんじゃけど、スマホは校内じゃ使えんじゃろ。校内では、これで撮影さつえいするつもりよぉ」
 と、使い捨てカメラを見せてくれる。
「でも、これだと使い切ってからじゃないと現像げんぞうするのがもったいないし、プリント代もかかるし、大きさ変えたりできないし、不便なんよのぉ。そのうち、先生に見つからんような、こまいデジカメ買おうと思っとるんじゃ。こづかいためて」
 ためいきをつきながらも、オヅは横を児童が通ると、シュビッと近づいて新聞をわたしている。
 文章力もあるし、カメラやパソコン、機械はなんでも得意。
 なのに、その能力もバイタリティも、勉強にはちっとも使わずに、授業中のいねむり率ナンバーワンなやつだ。
 ぼくとアルクは、オヅをほうって、先に教室にいくことにした。

 教室に入ると、みんなけっこうオヅの新聞を読んでいる。
「なあ、夜中のチャイムって、やっぱ、れいのしわざかなあ? だって、この学校の横って、昔は墓地だったんだって」
 と、前の席の川野が振りかえって、ぶるっと震えてみせた。
 新聞で『霊がチャイムを鳴らしている』って断言してるわけじゃない。
 真夜中のチャイムの記事の最後に『昔、学校のそばに、墓があったらしい』とあるだけだ。
 うそはついてないけど、バッチリ興味をひける。
 オヅの悪知恵にひっかかってる川野にむかって、ぼくは冷静にこたえる。
「あのさ、人類の歴史は何千年ってあるんだぜ。あちこちでいろんな人は死んでいるだろうよ。それがいちいち化けてでて悪さしたら、日常生活なりたたないだろうが。それに霊がわざわざ真夜中にチャイム鳴らす意味がわかんねえ。うったえたいことがあるなら、昼間にリンゴンリンゴン鳴らしたらいいだろ?」
「理人くん、虹丘にじおか小学校のチャイムの音はリンゴンリンゴンではありません」
 アルクが横から、細かいことにつっこむ。
 ちょうど朝のチャイムが鳴り、オヅがすべりこんできた。
 ぼくの右横の席についたオヅは、
「のぉ、新聞読んでくれた?」
 と、つついてくる。
 真夜中のチャイムの記事のなかには、学校の近所の人のインタビューが数人分のせてあった。
「夜中ごろ、たしかにチャイムの音を聞いた」と。
「その音は、どこか不気味ぶきみ怨念おんねんめいたものが感じられた」と。
 さらに「チャイムの機械の時間設定を先生にたのんで確認してもらったが、0時にセットはされていなかった」と……。
 ふむ。
「オヅ、質問。真夜中のチャイムは、いつから鳴りはじめた?」
 記事にそこは書いていなかったから、気になった。
「おおっ。理人、記事に興味持ってくれたんかー。うれしいのぉ。……いつからか正確なことはわからん。春休みに夜更よふかししたやつが気づいて教えてくれたんじゃ。それで、あちこち聞きこみしたら、そういえば夜中に聞いたような気がするって人が、たくさんいたんじゃ」
「職員室のチャイムの機械、『0時にはセットされてない』って確認したのはいつ?」
「3日前。先週の金曜日じゃ。高木たかぎ先生にたのんで、見てもらったんじゃ」
「金曜日以後も、0時のチャイムは鳴ったのか」
「いや、金曜夜は確認できなかった。土日はチャイムが鳴らない設定じゃし……」
 そして今日は、月曜日。
 ────なるほど。
「なあ、オヅ。もう0時のチャイムは、鳴らないんじゃないかな」
 そう言ったぼくの顔を、オヅがじっと見る。
 そのとき、担任の田野たの先生が入ってきた。
 日直の「起立」の言葉に立ちあがりながら、そのつづきは、指文字でオヅに伝えた。
 オヅとぼくは、手話を習ったことがある。
 手話は少ししか覚えられなかったけど、指文字は覚えている。
 指の動きで五十音を表現するんだ。
 オヅも覚えているはずだ。
 ぼくの指の動きを読んだオヅは、なにも返事せず、まっすぐ前をむいた。
 その日、オヅが、真夜中のチャイムの話題をぼくにすることはなかった。

 その日の真夜中。11時半。
 母さんはまだ起きている。
 ぼくの部屋から玄関げんかんへは、リビングを通らないといけない。
 ぼくはベランダに出る。
 3階だからそんなに高くはないけど、飛びりるわけにはいかない。
 ひもをしっかり体にくくりつけて、ゆっくりと降りる──なんてことも、もちろんしない。
 高所恐怖症こうしょきょうふしょうだよ、ぼくは。
 じつは、もっといい方法がある。
 となりのアルクのベランダと、ぼくんちのベランダの間のしきりは、外してあるんだ。
 おじさんが出張のときも、アルクは夜、自分の部屋へ帰る。
 夜中、心配でも、いちいち合鍵あいかぎで玄関をあけて、入っていくのは不便だし。
 アルクのほうからも、いざというときは簡単にぼくんちへ来ることができるよう、ベランダをつなげたんだ。
(それでも、朝はかならず玄関からうちへやってくるアルクだけど)
 くつはベランダに持ってきておいた。
 それを持って、ぼくはアルクの部屋へ入った。
 おじさんは、今日は出張でいない日だ。
 ぼくはアルクんちの玄関を通って、外に出るつもりだ。
 ベランダを通ってアルクの部屋へ。
 ベランダへのガラス戸は、いつも鍵を開けておくルールだ。
 起こさないように、そっと入る。
「○△※×◎◆───っ!!!!!」
 痛い!
 大声を出さないようにするのに苦労した。
 フィギュアだ。
 本格的なやつではなくカプセルトイで出てくる小さな人形。
 アルクはプロ野球にハマっていて、いや、正確にはプロ野球選手の人形集めにハマっていて、ならべて遊んでいることが多い。
 それを片づけずに眠ったらしい。
 小さな人形のくせに、ふむと、とんでもなく痛い。
 声を出さずに悶絶もんぜつしながら、それでもどうにか玄関へむかおうとしていたら、
「理人くん?」
 アルクがベッドから起きあがった。
「あ、起こしちゃった? ごめん、アルク。まだ11時半だよ。眠っている時間だよ。もう一度寝てください」
 と言うのに、アルクはてきぱきと着替きがえはじめた。
 アルクには、「こだわり」が多い。
 だれにだって、こだわりの1つや2つあるだろうけど、レベルがちがう。
 アルクは徹底的てっていてきにキッチリと守る。
 夕飯はぼくんちで食べても夜には自分ちへもどり、10時ちょうどにねむる。
 朝6時に起きて、7時ちょうどにぼくんちに来る。
 ほかにも「こだわり」は、たくさんある。
 そのうちの1つが、
麻田あさだアルクは、有川ありかわ理人といっしょに行動する」ということ。
 ぼくも、それはいやじゃない。
 アルクは、兄弟のようで親友のような、不思議な存在なんだ。
 だけど、今日だけはついてこなくていい。
 ただ真夜中の学校に行って、あることを確認したいだけなんだから……。

 0時少し前。校門前についた。
 結局、アルクもついてきた。
 しゃがんで、目を閉じている。眠いんだろうな。
 アルクは苦手な音がする場所では、イヤマフをつける。
 ヘッドフォンみたいなかたちのもので、今はそれを首にかけている。
 真夜中だから、アルクの苦手な音なんてしないのに、習慣で持ってきたのだろう。
 その数分後のことだ。
「小月くん、こんばんは」
 顔もあげずにアルクが言った。
 ぼくが気づくと、すぐそばにオヅが立っていた。
 ぼくには、なにも聞こえなかったのに。
 イヤマフをしてないときのアルクは、やたら耳がいい。
 かすかな足音を、ちゃんと聞きわけていたのだろう。
「こんばんは、アルク、理人」
「来たんだな」
「そりゃあ来るわいのぉ。指文字で、今夜0時にチャイムが鳴らんかったら犯人はオヅ──なんて言われたらのぉ。──でも、なんでオレが犯人なんじゃ、理人」
「犯人はオヅだ、なんて言ってないだろ。オヅなのかってきいただけだろ」
「似たようなもんじゃろ。なんで、そう思った?」
「動機と、可能性からだよ」
 ぼくはまっすぐにオヅを見つめながら、説明をはじめた。
 オヅは、機械に強い。
 チャイムの時間変更だって、やればきっとできる。
 だけど、職員室には、いつも人がいる。
 でも、あれは3月14日。ホワイトデーのこと。
 クッキングクラブがクッキーを作って、職員室へ差し入れをして、先生たちはみんな、そのまわりに集まっていた。
 ぼくは科学クラブの先生に用があって職員室をのぞいた。
 けど、科学クラブの先生はいなかった。
 そのとき、職員室のすみっこに、オヅがいた。
 色画用紙などの備品がおいてある場所だったので、選んでいるのかなってそのときは思ったんだけど……、チャイムの機械は、あのおくにあるんだよな。
「──チャイムは、3月14日の放課後から、正しいです」
 しゃがんで地面に顔をむけたまま、またアルクが言った。
 アルクの「3月14日からチャイムの音が正しい」って言葉を聞いて、その日の職員室でオヅを見かけたこと、思いだしたんだ。
「そのとき、オヅは、0時にチャイムが鳴るようにセットしたんだろ。そのついでに、チャイムの機械本体の時間が1分遅れていたのを、直したんだ。オヅ、そういうところ几帳面だよな」
 オヅはなにも言いかえさずに聞いている。
 ぼくはつづける。
 0時にチャイムが鳴ってることを何人かが気づいたら、今度はセットを解除かいじょしないといけない。
 真夜中のチャイムのことがあまりにさわぎになると、先生がチャイムを調べるだろう。
 だれかが勝手に0時にセットして鳴っていただけじゃ、ただのいたずらで、謎でもなんでもなくなってしまう。
 はやめに解除したい。
 だけど、なかなかできなかった。
 春休みは職員室に入る用もないし、新学期もチャンスが少ないからだ。
 先週金曜日は、避難訓練ひなんくんれんがあった。
 そのときオヅは「おなかがいたい」と言って、保健室に行った。
 保健室の先生も外に避難していたのを見かけた覚えがある。
 オヅは「1人でねてますから」とか言って、残ったんじゃないのか。
 保健室のとなりは職員室だ。
 職員室には事務じむの先生だけ。
 オヅが1人しのびこんでも、気づかないかもしれない。
 事務の先生の席からは、チャイムの機械の場所は、見えにくいし。
 無事に解除して、その放課後、0時にはセットされていないことを先生に確認してもらった。
 そして、土日のあいだに新聞を完成させて、印刷した。
 市役所の印刷コーナーは土日もあいているから、できたんだ──。
 ぼくが長い推理すいりを言い終えると、一瞬いっしゅん、あたりがシンとなった。
「──って、どれもただの想像だよ。オヅには、0時にチャイムが鳴るようにすることができたってこと。そして、新聞のネタがほしかったっていう、動機があるってこと。ぼくがわかってるのは、それだけだ」
 と、ぼくは両肩りょうかたをすくめた。
 オヅが、うっすら微笑ほほえんだ。
「今日の放課後、理人は職員室へ行って、0時にセットされとらんか自分でも確認したんじゃろ?」
「うん。セットはされてなかった」
「もし今夜0時にチャイムが鳴ったら、オレが犯人じゃないって証拠しょうこになるわけじゃね」
 オヅが、挑戦的ちょうせんてきな顔になる。
 ……たしかに。
 セットされてないのにチャイムが鳴ったら、ぼくの推測は全部くずれる。
 オヅは、校舎の真ん中にある時計を見上げた。
 その時計は正確だ。
 少しひんやりした風が、ぼくたち3人の間をきぬけた。
 そのとき、時計の短いはりと長い針が重なった。
 0時だ。
 キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン
 0時になると同時に、レトロなチャイムの音が鳴った。
「チャイムが……鳴った?」
 学校のチャイムは、たしかにセットされてなかった。
 先生には帰るときにも、もう一度チェックしてくれるようにたのんでおいた。
 鳴るはずがない。
 すると、アルクが立ちあがった。
「音が、ちがいます」
 ぼくの顔を見て、きっぱりとそう言った。
「……!」
 鳴らないと思っていたチャイムに、おもわず動転していたけれど、そう言われてみれば……。
 音の大きさもひびきも、ちがってないか。
 アルクが校門を乗りこえた。
 夜、校庭に入っただけでは、警報機けいほうきは鳴らなかった。
 でも、校舎に入ると、きっと警報機が鳴る。
 アルクが校舎に入らないか心配したけど、アルクは、校庭の桜の木のそばで立ち止まった。
 大きな枝の根元にスマートフォンがおいてあった。
 そのブルーのスマホには、見覚えがあった。
 オヅのだ。
 オヅがやってきて、スマホを取りあげてポケットにしまった。
「……チャイムの音を出せるアプリがあるんじゃ。理人が来るまえにセットしといたわ」
 オヅは、それだけ言うと、ぼくらに背中せなかをむけて、校門のほうにむかう。
 そのうしろすがたに、なんだかぼくははらがたってきた。
「おいオヅ! インチキしてまで、特ダネがほしかったのか? 新聞ってのは、真実を書くもんじゃないのかよ!」
「わかっとる」
 オヅは、りむいてはくれなかった。

 翌朝よくあさ
 寝不足で、ぼくがいつもよりいっそう重い足をひきずって学校に近づくと、
号外ごうがい! 号外~!」
 と元気のいい声が聞こえた。
 新聞を配っているオヅのすがたが見えた。
 ……おい……。
「おはようさん、理人、アルク」
 オヅはぼくのすがたを見つけると、笑顔で1部、さしだした。
 ぼくたちは1部ずつ受けとって、そのまま教室にむかう。
 ゆうべ、あれから号外を作ったのか?
 無料印刷へいく時間はない。
 家のプリンターか、コンビニでコピーしたのか。
 1ページ片面だけとはいえ、広告もなく、赤字覚悟で作ったんだろう。
「新聞には真実だけ」
 っていうぼくの声に心を動かされて作った号外か……ん?
 号外なのに、天気予報コーナーがある。
 アルクとの約束だからか。
天気予報コーナー ずっといい天気
 そう書いてあるだけだけど、オヅオリジナルのお天気マークを見て、アルクが笑顔になる。
 少しなごんだ気持ちが、記事を読んで、ふっとんだ。

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『真夜中のチャイム事件の真相』
前号掲載ぜんごうけいさいの「真夜中のチャイム事件」。じつは、あの記事は我が新聞社からの挑戦状であった。
3月14日、記者の1人が、ひそかに職員室のチャイムの機械を0時にセットし、この謎をしかけた。その音を聞いた人が現れたあと、セットを解除したのだ。
真相はごく単純なものであった。だが、ある2名が、この真相をつきとめたスピードは、評価にあたいする。
我が新聞社は今後もさまざまな謎の解明をしていく予定である。それには謎解きが得意な記者が必要であった。そのための推理力をためす、採用試験をかねたのが創刊号であった。
晴れて2名が、我が新聞社専属せんぞくの探偵となった。
探偵の力を借りたい読者は、ぜひ情報をお寄せいただきたい。
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 なんだっ、このつっこみどころ満載まんさいの号外は!
「記者の1人が」って、そもそも記者はオヅ1人しかいないだろうが!
 そもそも、推理力がいるほどの事件でもない。
 そして、この写真はなんだ──っ!
 記事の中に小さな写真があって、よく見ると、校門のところでとられたらしいアルクとぼくだ。
 しかもまるで犯罪者のように、目のところに黒い線をいれて!

 ぐぬぬぬぬ。
 オヅが来たら、山ほどの苦情を言ってやる。
 謎解きなんか、だれがするものか。
 朝礼のチャイムすれすれ、オヅが教室に飛びこんできた。
「理人! アルク! さっそく、謎解きの依頼がきたぞ──!」
 うれしそうなガッツポーズのオヅを見て、ぼくは、かるくめまいがした。


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2 それはのろいのラブレター!? 事件

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「なあ、理人……本当にだめかぁ?」
 今日の体育は、サッカーだ。
 校庭へむかう間も、オヅはまだ、ぶつぶつ言っている。
「あのなあ。ラブレターの相手がだれか、そんなこと調べるのが探偵の仕事なのか?」
 オヅの新聞を読んで、探偵への依頼がきた。
 いつのまにかかばんに入っていたラブレターの、差出人をさがしてくれというものだ。
 名前が書かれていなかったらしい。
 ぼくはオヅにむきあって、言った。
「まず、第一に、ぼくは探偵ではない。第二に、かりに探偵だったとしても、ラブレターの差出人捜しは探偵の仕事ではない」
「そんなことないと思うんじゃけど」
「だいたいいまどき、ラブレターってありえないって思わないか。ラブレターなら名前書かなきゃ意味ないだろ。わかってほしければ自分で名乗ってくるだろうし、名乗らないなら名乗らないなりの理由があるってことだ。それを、関係ない人間がほじくっていいわけがない」
 うん。われながらリクツが通っている。
「でも依頼人は知りたい思うとるんよ」
「オヅがやってるのは探偵社じゃなくて、新聞社だろ。これ調べたからって、『○○くんが○○さんにラブレター!』、なんて記事にできないだろ。意味ないじゃないか」
「それが……それだけじゃないかもしれん」
 そのとき、先に校庭に出ていた女子が、数人走ってきた。
 ぼくらの数メートルうしろにいた田野先生のところへかけよる。
「先生。大変です。三田東みたひがしくんがケガして」
 それを聞いて、オヅがとびあがる。
 ミタのことを心配して……というわけではないらしい。
「理人、やっぱりこれ新聞社と探偵の仕事じゃ! ラブレターをもらったやつには不幸がおこっとるんじゃ!」
「……は?」
「差出人不明のラブレターをもらったやつは、これまでに3人いたんじゃ。一応ネタとして調査中だったんじゃけどな。そこに今朝、差出人を捜してほしいって依頼がきたんじゃ。そいつが、無記名のラブレターをもらった4人目なんじゃ」
 オヅがいきごんで言う。
「最初にラブレターもらった2組の喜多川一也きたがわかずやは、最近ケガしとるんじゃ。じゅくから帰ろうとしたら、自転車がパンクしていて、転んだらしい。2番目にラブレターもらったオレらのクラスの丸谷信二まるたにしんじは、自転車のかごに入れていた物をぬすまれたって言うてた。そのうえパンクもさせられていたって。そこまで聞いて、なんかのぉ心がざわざわしてのぉ……。ミタはなにも事件はないって言うていたんじゃけどな。ほいじゃけど、なんか心配でのぉ。これは調べんといけん思うて、3人のラブレター、預からせてもろうたんじゃ。結局、ミタも、ケガしたろ……! ラブレターをもろうた3人ともトラブルっておかしいじゃろ」
 うーん……。
 ビミョーだ。
 たまたま、その3人によくないことがおこったと考えられないこともない。
 ただ、ちょっとだけ気になることはある。
 3人の共通点を見つけてしまったから。
 ぼくの見つけた共通点は、2種類ある。
 そのうち1つの共通点を持っている人は、ほかにも数人思いうかぶ。
 だけど、もう1つの共通点は──ほかにあてはまる人は、虹丘小6年には、あと1人しかいない。
「今回依頼してきた『もう1人のラブレターもらった人』って2組の桐野美波きりのみなみじゃないよな?」
 ぼくの言葉に、オヅがとびあがった。
「どどどどうしてわかったんじゃ理人! やはり理人は名探偵じゃわ!」
「4人には共通点があるんだ。だけど、だからといって、それがラブレターをもらう理由にも、ケガさせられる理由にもならないよ」
 ミタが、校庭を横ぎって、こっちにくる。保健室にいくんだろう。
 自力で歩いているし、大ケガじゃない。
 でも、派手はでにすりむいたひざが、いたそうだ。
 ゲタ箱で、ミタがいだ靴を、手にとった。
 かかと部分がやぶれている。急にやぶれたせいで、ころんだのだろう。
 だけど、そのかかとのいたみ方が不自然だ。
 切り目でも入れられていたんじゃないかな……。
 自然にやぶれたにしては、靴はかなり新しい。
 ミタは早く校庭に行きたくて、靴の、はきごこちがいつもとちがうことなど気にとめず、走っていて、かかとがやぶれてころんだんじゃないかな……。
 もし、ころんだ場所が階段だったら?
 車が走っているようなところだったら?
 もっとひどいケガだったろう。
 そう考えると、ぼくの眉間みけんにたてじわが寄った。
「──なあ、オヅ。もし、これがだれかが故意にやったことなら、ゆるせないな」
 すると、我が意を得たりというように、オヅがとびあがった。
「じゃろ? 探偵の出番じゃろ!?」
「ちがうだろ。先生に言うべきだろ。これから桐野さんにもなにかあったら、どうすんだよ」
 ぼくが指摘すると、オヅはちょっと肩を落とした。
「ほうよのぉ」
「ただ……、先生にわたす前に、ぼくもそのラブレターってやつ、見ておきたいかな」

 次の休み時間、まずぼくたちが行ったのは、「依頼人」の桐野さんのところだ。
 桐野さんがもらったラブレターは、まだ預かってない。
「このラブレターの差出人、調べてくれるんでしょ?」
 桐野さんが言う。
 桐野美波さんは、くるっと上むいたまつげと、くちびるをつやつやさせた女の子だ。
「いや。これは先生にわたしたほうがいいよ」
「えっ、どうしてよ?」
 桐野さんが、不満そうに口をとがらせる。
 ぼくはまじめな顔で言った。
「ほかに、無記名ラブレターを受けとった3人がトラブルにあっているんだ。桐野さんにもなにかあったら困るだろ。先生にきちんと調べてもらったほうがいい」
「3人? 三田くんにも、なにかおきたの?」
「さっき体育の前に、ころんでケガしたんだ」
 桐野さん、自分以外に、3人がラブレターをもらってるって知っているのか。
 そして、さっきのミタはともかく喜多川くんと丸谷にトラブルがあったことも、知っている……。
 桐野さんが手わたしてきた封筒ふうとうは、ピンク色だった。
 百均で売られているのを見たことがある。
 なかに入っている紙もピンク色だ。
 開くと、手書きではなく、パソコンで打った手紙だった。
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美波さんの大きな目が好きです。
くちびるもキュートです。
笑顔が素敵すてきです。
だれよりも美人だと思います。
心もやさしくて最高です。   匿名とくめいより

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 …………。
 なんじゃこりゃ。
 桐野さんがちょっと得意そうに言う。
「こんなにほめてもらったら、お礼の一言も言いたいでしょ。探偵なら、さがしてくれるわよね」
 ぼくが手紙を封筒にもどそうとすると、ふわりとあまい香りがした。
 ……この香りは……、と手をとめると、
「キラキラの香りよ」
 と桐野さんが答えた。
「キラキラ?」
「ええ? まさか知らないの?」
 人気アイドルのキラキラは、男子より女子に人気のファッションリーダー的な存在で、キラキラがプロデュースしたファッションアイテムは、なんでもバカ売れ。
 特に、自分と同じ「キラキラ」と名付けたパフュームは、大人気で売り切れ状態。
 手に入らない……とのこと。
 桐野さんが熱く語ってくれた。
「ああ、あれか。うちの新聞に広告のせてくれた化粧品店のおばちゃんが言うてたやつじゃ。ドリームでは売り切れのパフュームが、うちにはまだあるって。けど、そんなに手に入らんもんなら、たくさんの人に使うてもろうたほうが楽しいから、この店で自由に使わせてあげるんじゃ、言うてたわ」
 女子たちは、ときどき店にいって、おばちゃんに手首にほんの少しかけてもらうらしい。
「キラキラ」の香りは、バラの香りに似ていて、その香りが消えるまで、ゴージャスな気分になれるそうだ。
「わからんのぉー。どうしてそがあな香りがついとるんじゃろ。この手紙って男子からじゃないんか?」
 オヅが首をかしげる。
「バラのパフュームを使うのが女子だとはかぎらないだろ」
「まあ、そりゃそうじゃな」
「キラキラパフュームを手紙につけると願いがかなうって、有名なのよ。だからじゃない? あとの3人の手紙もこのにおいだったでしょ」
 桐野さんの言うとおりだった。
 3通の手紙も、あまく香った。
 だけど、手紙の内容は、桐野さんのとはぜんぜんちがう。
 あとの3人の手紙は、同じ文面だった。
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好きです。
大好きです。
あなたのこと、いつもかげから見ています。
私がだれなのかわかるように、秘密ひみつの合図をおくるね。
この手紙のことは、だれにもナイショだよ。

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 桐野さんがもらった手紙より本気っぽく感じるけど、またもやパソコンで打った文字。
 どんな子が書いたのか、気配がまるで感じられない。
 それに、本気のラブレターなら、たとえ3人同時に好きになったとしても、同じ文面で送ったりするわけないと思う。
 喜多川くんたちにぼくも話を聞いた。
「最初はさあ、初めてもらったラブレターかといあがったんだー。塾のかばんに入っていて、だれからだろうって、どきどきして」と喜多川くん。
「塾から帰ったら、いつのまにかかばんのなかに入っていたんだよ。オレらの塾、虹丘小から通っているのは男子ばっかりでさあ、よその学校の女子がくれたラブレターだと思ったよな。それで学校で自慢したら、喜多川くんも三田くんも塾で同じのをもらったって言うから、がっかりさ。こりゃ、からかわれたんだなって」と丸谷くん。
「でも、なんでこの3人なんだろうな?」とミタ。
 3人とも青葉塾あおばじゅくに通っている。
 ここから自転車で15分。新しくできた、かなり大きな進学塾だ。
 3人は、学校でおたがいのラブレターを見せあったらしい。
「学校にこの手紙を持ってきたとき、ほかの子にも見せた? 桐野さんも見た?」
「うん。まわりにいた何人かは見たよ。オヅにもそのとき見せたんだし、桐野さんもいたよ」
「桐野さんに来た手紙は、塾ではなく学校でかばんにいれられている。文面もちがう。だけど香りはいっしょなんだよな」
 すると、
「ちがいます」
 それまでだまってそばにいたアルクが急に声をあげた。
「この手紙は、立石化粧品店たていしけしょうひんてんさんの匂いです。桐野さんの手紙は、デパートの匂いです」
 立石というのは、ただでキラキラを使わせてもらえる化粧品店さんのことだ。
 でも、デパートの匂いっていうのはどういうことだ?

 うちの街には、駅前に、そんなに大きくないデパートがあって、2階に化粧品コーナーがある。
 放課後、ぼくたちはそこへむかった。
 階段をかけあがったアルクは、外国メーカーの高級化粧品売り場を指さした。
 男子小学生だけじゃ、ちょっと近づきにくいなあ……。
 せめて、だれか知り合いでも通ってくれたらいいのに。
 アルクが、まっすぐに売り場へ入っていく。
 あの売り場に、キラキラと似た香りのものがあるのか?
 アルクはこのあたりを通ったときぐうぜんいで、覚えていたんだろう。
 アルクは、あるブースの前で、ピタリと足を止めた。
「ここ」
 でも、記憶力きおくりょく抜群ばつぐんでも、会話がうまいとは言えないアルクが、お店の人にうまく事情が説明できるとは思えない。
 ぼくにだって、できる気はしないけど……しかたない。
 売り場の店員さんたちは、つんとすましてるように見えて、めちゃくちゃ話しかけにくい。
 どう見ても、ぼくたちはお客じゃないもんな。
「あ、あの、すみません。ここ、キラキラと似た香りのもの、ありますか」
「キラキラ?」
 店員さんの眉間にしわがよる。
 ガラスケースのなかを見ると、びっくりするくらい高い化粧品が並んでいる。
 キラキラは、小学生だって買おうと思えば買える値段ねだんのはずだ。
 ここのは、うちの母さんにだって買えない値段だ。
 母さん……その単語で、いい案をひらめいた。
「あのぉ、山手町やまてちょう丁目ちょうめの桐野といいますけど、母にたのまれたんです」
「ああ! 桐野さまの? 息子さんもいらっしゃったのねえ。おじょうさんも気に入ってくださっている、いつものパフュームでよろしいのかしら」
 と、小さなびんの入った箱を出してくれる。
「言われてみればたしかに、キラキラに少し似た香りですよね、でも深みがまるでちがいますもの。そのちがいがわからない方には、キラキラをつけているとかんちがいされてしまうって、買うのをやめる方もいらっしゃって……。あら、私、ぼっちゃん相手になにを言っているんでしょう」
「あ、ぼくお金を忘れてきたみたいです。またあとできます。すみませんっ」
 アルクの手をひっぱって、化粧品売り場から走り去りながら。
 ぼくの頭の中で、きりのようだった真実が、ぼんやりと形になっていくのを感じた。

 アルクといっしょに、待ち合わせの公園に行く。
 ほどなくオヅが来た。
「先生に手紙をわたして、これまでの状況じょうきょう、話しておいたけぇ。それから、オレなりに3人の共通点、4人の共通点を考えていたんじゃけど、たいしたのが浮かばないんじゃ。3人は同じ塾じゃけど、桐野は行ってないし。あ、そうそう、喜多川くんと丸谷は同じ自転車じゃ。あれ、かっこいいけど高いけえのぉ。うちの母ちゃんは絶対買ってくれんわ」
「同じ塾……それが一番大事な共通点だったかもね。ぼくが最初に気づいたのは、数字と方角なんだ」
喜多川一也
丸谷信二
三田東
桐野美波
 4人には、キタ・ニシ・ヒガシ・ミナミが、名前のなかにかくれている。
 3人には、一二三がふくまれている。
「喜多川くんがケガしたのは塾より北じゃし、ミタは塾より東でケガしたんじゃ。方角も関係あるんじゃないかのぉ」
「どこでケガするかなんて、しかけた人間にもわからないから、方角は無関係だ。そもそも桐野さんも、この事件に無関係だ」
「へ、なんでじゃ? ラブレターをもろうてるのに?」
 オヅが間のぬけた声を出した、そのとき。
 そこへ、桐野さんがやってきた。
 差出人がわかったと言って、ぼくが呼びだしたからだ。
「こんなところに呼びださなくても、メッセージで教えてくれたらよかったのに」
 わざわざ呼ばれたことに、ちょっと不機嫌ふきげんそうだ。
「で、だれなの。ラブレターの差出人は」
 桐野さんの大きなひとみの奥に、真実がうつってないか。
 見つめてみたけど、なにも見えない。
 証拠も、自信もないけど、ぼくの考えを言うしかない。
「ぼくの推理では────差出人は、桐野さん自身だよね?」
 桐野さんの目は、一瞬さらに大きくなって、またなにごともなかったようにポーカーフェイスにもどった。
「桐野さん、気づいたんだよね、ラブレターをもらったって騒いでた3人の名前のなかに、たまたま方角が入っていることに。そして、自分の名前にも、その方角が入っている。それで、このラブレター事件に便乗しようと思ったんだよね。自分だけ女子で、1人の人間がラブレターを書いてるって設定はちょっと不自然だけど、どうもこのラブレターは、本気っていうより、不幸の手紙っぽいところがある。それなら便乗できるって。
 なぜ便乗しようなんて思ったか。それは、3通のラブレターからキラキラの香りがしたからじゃない? キラキラの香りの手紙は、願いがかなうって言われて人気だけど、キラキラの香りの手紙を受けとったら悪いことがおきるってイメージがつけば、キラキラの人気が下がるかもしれない。それが目当てだったんじゃない?」
 桐野さんは数秒間、ぼくをにらみかえしていた。
 けど、すぐにケラケラ笑いはじめた。
「有川くん、すごーい。本当に探偵なんだ」
 あたった……あたったのか?
「そう。立石化粧品店さんだっけ。ただでためさせてくれるから、もー、あっちこっちでみんな、キラキラの香りをさせてるの。でも私、あんな安物とはいっしょにされたくないのよね」
ピンクローズドリームPRD
「あら。探偵さんって、そんなことまでわかっちゃうの。私がママに買ってもらってるパフューム、PRDの香り、キラキラとちょっと似ているの。めいわくよ。『美波ちゃんもキラキラ使っているんだね!』なんて言われちゃって。ちがうっつうの!」
 桐野さんが、鼻息をあらくする。
「だからキラキラをイメージダウンさせたかったわけね」
「そ。適当なときに、ケガしたふりしてね、『キラキラの香りのラブレターをもらうと不幸がおこるらしい』って騒いで、うわさにしたかったの。そして、みんながキラキラ使わなくなって、香りを忘れたころ、私はまたPRDを使えばいいでしょ。でもねー、私がもらうラブレターなら、内容は、あの3人がもらったのみたいな、そっけないのはいやだわ。だから熱烈ねつれつなのを書いたの。でも、そしたら、もっとみんなにこの事件のことを知ってもらいたくなって……それでオヅくんにたのんでみたわけ。あなたたちが動くと目立って、うわさになりそうでしょ」
 熱烈……だったかな? あの手紙。
「みごと、正解よ、探偵さん! お礼はどうしたらいいの?」
「それはええから」
 ぼくより先に、オヅが桐野さんに答えた。
「そのかわり、事件が全部解決したらこれ、新聞に書いてええ?」
「え───っ。どうしようかな? 私が悪者にならないように、上手に書いてくれる?」
 図々ずうずうしいことを言うなあ。
 オヅが、「ええっと……」と、あいまいな返事をして鼻をかいた。
 帰りかけた桐野さんが数歩歩いてから振りかえり、ほおに片手をあてて、かわいらしく言った。
「ところで、探偵さんたち。あとの3人にラブレターだした相手のほうは、わかったの? あれは、私じゃないわよ」
 そうだ。
 男子3人がもらったラブレターは、桐野さんが書いたものじゃない。
 ラブレターは、塾でかばんに入れられた。
 桐野は塾には行ってない。
 わかってる……けど、犯人はまだ不明だ。
 答えられないぼくらに、桐野さんがクスッと笑った。
「あのラブレターを書いたのは、男子だと思うわよ」
 得意そうにくちびるのはしを上げた桐野さんに、ぼくらは目を丸くする。
「な、なんでわかるんじゃ?」
「そんなの、ちょっと推理すればわかるわよ。──女子が、あの3人にいたずらでラブレターを書くなら、きっと手書きにするわよ。わざとかわいい文字でね、ハートとかも入れちゃって。いろんなカラーペンも使って。でも、あれはパソコンで打った文字だったでしょ。女子からだって思わせるために、わざと香りをつけたんだと思うの。犯人は、あの3人が女子からラブレターをもらったってうかれるところを、かげから見て楽しもうとしたんじゃない?」
 桐野さんがサラサラと推理を披露ひろうする。

「でも、手に入りにくい『キラキラ』のパフュームを、男子が持ってるとは思えないでしょ。お姉さんか妹がいて、キラキラを持っているか……でなかったら、立石化粧品店でキラキラを使わせてもらったんじゃないかと思うのよ。だから一応、立石で、『最近、手紙にパフューム使った男子がいなかったか?』って、きいたらどうかしら」
「桐野───おまえって、おしゃれしか興味ないアホだと思ったら、じつはかしこかったんじゃなー」
 ……オヅ、それはぼくも一瞬思った。
 だけど、口に出すのはやめておいたほうがいいと思うのだが……。
「まあね」
 桐野さんは、ふふんと鼻で笑って、帰っていった。
 ええっ。おこらないのか。
 もしかして、ほめられてると思ったのか?
 桐野さんって……利口りこうかアホかわからん。

 立石化粧品店のおばちゃんは気のいい人で、化粧品店なのに店先でなぜか売っているアイスを、たまに買うだけのぼくらのことも、ちゃんと覚えていた。
 そして「いつか恋人こいびとができたらプレゼントはここで買うこと」を条件に情報提供じょうほうていきょうしてくれた。
 この店にはアイスだけじゃなく、ファンシーグッズもおいてあって、小学生もよく出入りする。
「キラキラを使った男子、ねえ……。いたわね」
「「えっ!!!」」
 ぼくとオヅは、思わず身を乗りだした。
「虹丘小の子ではなかったわ。これまで顔を見たことないもの。こんなに学校に近いし、1学年2クラスの小さな学校だもの。たいていの子の顔は覚えているんだけど。特徴とくちょうって言われても……目が2つに、鼻が1つ、そうね口も1つだったわ」
「「…………」」
「あ。そうそう。これから塾だったのかな。青葉塾のテキストがはみだしたバッグを持っていたわ。あそこのテキストって表紙がさおでしょ」
「写真を見たら、その子かどうかわかりますか」
「んー。多分ね」

 公園にもどって、オヅはリュックからデジタルカメラと使い捨てカメラを取りだした。
「青葉塾の入り口は、3カ所あるんじゃ。正面、裏口うらぐち、それから横に坂道があるじゃろ。直接2階に入る入り口もあるんじゃ。その3カ所に分かれて、入っていく虹丘小以外の学校の男子全員の写真を撮ろうぜ。それを立石のおばちゃんに見てもらおうや」
「それはいいんだけどなオヅ、おまえ大丈夫なのか?」
 オヅの家は遠い。
 今日は放課後いきなりぼくんちに来て、うちで預かっている、自転車で行動している。
 帰りはかなりおそくなるんじゃないか?
「ああ、心配いらんけ。『今日は理人が1人で留守番することになって不安がっとるから、つきあってやるんだ』って言っておいたけ。帰るときは電話したら、母ちゃんがむかえにきてくれるけ」
 おい。つくなら、もっとマシなうそにしろよ。
 オヅはスマホのカメラで、ぼくはデジカメ、アルクは使い捨てカメラを持って、3カ所に分かれた。
 オヅは自分の持ち物に油性ペンでサインとにがお絵をく。カメラに描かれたオヅの顔も緊張きんちょうして見える。
 隠し撮りなんて、してもいいのか?
 心臓がバクバク言っている。
 撮影をはじめて、まだ10分しかたってないのに、オヅが、ぼくの持ち場へやってきた。
「おい、オヅ……」
「のぉ、理人。これ、見てみいや」
 オヅのスマホ画面に映っているのは、うちの学校じゃないヤツだ。あ……!
「な?」
 こいつの乗っている自転車が、喜多川くんと丸谷のと同じだ。
 けっこう高い自転車で、あまり見かけない。
 そして、いている靴は、ミタと同じやつだ。
「──オレ、今からこの写真を見てもらいに、おばちゃんとこ行ってくる」
「ぼくらも行くよ」
 と言うと、オヅは首をふって言った。
「それより理人、オレ、ちょっと気になったんじゃけど。喜多川、丸谷、ミタって順番に事件があったじゃろ。一二三の順番だったじゃろ。次に四がつく名前のやつがねらわれるってことはないんじゃろうか?」
 オヅの質問に、ぼくは首をひねる。
「ぼくらの学校の児童だけねらわれているだろ。ぼくらの学校の6年に四がつく名前の子はいないだろ? 五は2人いるんだけどね、青葉塾には行ってないし」
 すると、オヅが言った。
「いや。四がつく名前のやつ、おるんよ。2組の貫井ぬくい、母さんが再婚さいこんして最近『四谷よつや』って名字になっとるんじゃ。理人、知らんかったか? しかも最近、この塾に通いはじめたんじゃ」
「!」
 貫井の家は坂の上で、2階玄関から入る可能性が高い。
 2階玄関には──アルクがいる!
「貫井がもう来たか、アルクにきいてみよう。貫井をつかまえられたら、ラブレターをもらってないかって、きいてみる!」
「じゃ、オレは立石のおばちゃんに写真を見てもろうてから、もどってくる!」
 ぼくとオヅは、うなずきあって二手に分かれた。
 塾の建物は、変わった形で、2階玄関は1階の玄関とはまるで方向がちがう。
 横は車が1台通るのがやっとのほそい坂道で、アルクはその道から撮影しているはずだ。
 いるはずの場所に──アルクはいなかった。
 えっ、どこだ?
 ぼくはあたりを見まわした。
 アルクはトイレが近いほうだ。緊張すると、特に近くなる。
 公園のトイレにでも行ったんだろうか。
 塾の授業がはじまる時間がすぎて、もう、入っていく子はほとんどいないから、ぼくと入れちがいに正面へむかったんだろうか。
 貫井も、もう中にいるんだろうな……。
 貫井をよびだしてまで、たずねることでもない。
 そのとき、男子が1人、目立たないように塾の建物から出てきた。
 靴が、ミタと同じ靴。あの、写真のやつだ。
 とっさに隠れたぼくには気づかず、まわりに、だれもいないことを確認すると、そいつは自転車おき場へとむかった。
 帰りは親に車で送迎してもらう子も多いけど、家が近い男子は自転車を使うやつもいるらしい。
 そいつが近づいた自転車に、見覚えがあった。
 電動式のママチャリで、貫井が、
「かっこよくないけど、これすげー楽なんだぜ。オレんち、坂の上だけどこれならスイスイさ」
 と自慢していたからだ。
 そのタイヤに、そいつがなにかしようとしている。
 ぼくは、デジカメを取りだした。
 気づかれないように撮影する……つもりが、あたりの薄暗さが増していて、自動でフラッシュが光った。
「「!?」」
 今まで光らなかったから、フラッシュの設定を解除してないことに気づいてなかった。
 そいつが振りむいた。
 全速力で走れば、逃げられるだろう。
 この写真を先生にわたして、注意してもらえばいい。
 それで事件は解決。
 新聞にのせるときは、一応個人が特定できない写真にしないといけないだろうけど、特ダネであることにはちがいない。
 オヅも満足するだろう。だけど……。
 ぼくはそのまま、そいつを見つめた。
 足がすくんだんじゃない。
 こいつと話してみたくなったんだ。
 なぜこんなことをしているのか、を。
「それ、貫井の自転車だろ。おまえの4番目の被害者か」

「へえ? おまえ、なにをどこまで気づいてる?」
 そいつは堂々と立ちあがって、ぼくにむきなおった。
 やつも逃げないし、言い訳もしない。
 うす暗くなってきたあたりで、そいつの目が光った気がした。
「──この塾に通う虹丘小の子に、うそのラブレターを出しただろ。そしてその名前のなかの数字の順に、悪質ないたずらをしてるんだよね? 自転車と靴が自分と同じで、むかついた? ラブレターをよそおったのは、相手の心を乱すためか? 勉強のライバルが減るもんな」
 ぼくが言い終えると、そいつはおかしそうに大笑いをはじめた。
 笑いすぎの涙をぬぐいながら言う。
「ライバル? ダントツ1位のオレに、そんなヤツいるかよ。あいつらは、この塾じゃあ劣等生だぜ。それがいらつくんだよね。価値のないやつがへらへら平気で交ざってると、すんごく邪魔じゃまだ。ここに来なくなるように、心のダメージを負わせてやろうかなって思ってね、ちょっと持ちあげて、落とすことにしたんだ。それがラブレター作戦ね。ラブレターでうかれさせておいてから、心をえぐるような手紙をおくって傷つけてやろうって。だけどね、2通目の手紙を送る前に、気づいたんだ。名前に数字が入っているってことに。だったら、その順にトラブルがおこったら、おもしろいじゃないかって思って、作戦変更へんこうさ。優秀ゆうしゅうでもないくせに、オレと同じ自転車や靴だってことにもむかついてたしね。自転車をパンクさせるのは簡単だったけど、同じ学校じゃあないのに、靴に切り目を入れるのはちょっと難しかったね。3人で終わる予定だったのに、四谷くんがこの塾に通いはじめただろ。せっかくなら、仲間にいれてあげなくっちゃって思ってね」
 なんだ、この気持ち悪いほどの饒舌じょうぜつさは。
「────なんて、オレが言うと思った? 優等生のオレがそんなことするわけないでしょ。悪いことをすれば、受験にも不利になるしね。学校でもいじめなんてぜんぜんしてないよ。言いがかりはやめてほしいな」
「自分の学校でいじめをして先生にばれたら受験にさしつかえるから、よその学校の子をいじめるわけか?」
「いじめられたって、本人が言ったかな? 言ってないよね。まぬけだから、気づいてさえないんだよな。ほら、いじめなんてないんだよ」
「証拠がある」
「さっきの写真か? ばーか。そんなの証拠になると思ってんの。まだ自転車はパンクしてないしね。オレはここにしゃがんだだけさ」
 そこへ、アルクが近づいてきた。
「理人くん……」
「どこ行っていたんだ?」
「バイクがきて、こわかったです」
 脈絡みゃくらくなく、アルクが言う。
 アルクは大きな音のバイクがきらいだ。
 音も苦手だし、小さいときバイクに接触せっしょくされてから、スピードを出して近づくものをこわがる。
 おそれるあまりパニックをおこして、かえって危険きけんな目にあうときさえある。
 そこへ、遠くから聞こえていた救急車のサイレンの音が近づいてきた。
 アルクはあわててイヤマフをはめた。
 救急車の音も、アルクは苦手だ。
「障害があるのか?」
 そいつが、ずけずけときいてきた。
 ただ、にらみかえすぼくの目を見て、そいつはニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「そのヘンテコなしゃべり方、音でパニックおこしそうになるとこ。障害だよね?」
「──それがどうした」
「いや、別に。ただ、おかしくって……。そいつ、おまえの兄弟? 友だち? そんな役立たずを連れてセイギの味方みたいなことしてるなんて、笑えるな」
 役立たず?
 ドクン
 頭に血がのぼっていくのを感じた。
「だってそうだろ。勉強も、人並ひとなみのこともろくにできないやつに、なんの価値がある」
 アルクは苦手科目や苦手なことは多いけど、得意なことは、かなりできる。
 勉強だって、ビリじゃない。
 そう言いかえそうとして、やめる。
 そうじゃない。
 勉強ができるかどうかで、人の価値がきまるわけじゃない。
 こいつが知らないといけないことは、そういうことだ。
 ぼくがすぐに反論しなかったから、やつはいい気になったみたいだ。
「勉強できないやつが交ざってたら低レベルな塾だと思われるだろ。運動のできないやつがいたら、運動会で負ける。それって、だめなやつは邪魔だってことだろ。オリンピックでもなんでも見てみろよ。1位をとったやつはすごいって言われるけど、2位3位って、順に評価がさがっていくもんだろ。世の中は『優秀なものじゃなきゃダメ』って言ってるんだ。だからさ、優秀でないやつらは邪魔だから塾をやめてほしかったんだよね。まさかケガしてもやめないなんてね」
「おまえはオリンピックのなにを見てるんだよ。1位になる人がすごいんじゃない。1位をとるための過程がすごいんだろ。実力と運をひきよせる努力がすごいんだ。2位だって3位だって、何位だって、そこにいたる努力のとうとさは価値が低いわけじゃない。それぞれがどれだけ努力しているかなんて、おまえはわかってないだろ」
「なにきれいごと言ってんだよ。こんなやつらはいないほうが世の中のためなんだ」
 怒りが、一気にマックスになった。
 そいつを、なぐろうと思った。人をなぐったことなんか、ないけど。
 ぼくが、そいつにむかって接近したときだ。
「うわああああ───」
 アルクが、さけび声をあげた。
 アルクはぼくをとめようとして、ぼくとそいつに、ぶつかった。
「理人くん。暴力はいけません」
 アルクが、ぼくに言う。
 ぶつかったはずみで、イヤマフが、はずれていた。
「おまえこそ、暴力じゃないか。死ねよっ」
 アルクにぶつかられたそいつが叫んだ。
 死ね。
 その言葉に、さっとアルクの顔色が変わった。
 アルクは、言葉をそのままの意味に受けとる。
 そいつは本気で「死ね」と命令したわけじゃない。
 だけど、アルクにとってその言葉は、本物のナイフをつきたてられて言われたような恐怖を感じるんだ。
「わあああああああ」
 恐怖きょうふふるえあがりながら、アルクは自分のひたいを自分のひざに打ちつけはじめた。
 容赦ようしゃのない、いきおいで。
「アルク……アルク、大丈夫だ、アルクは死なない、大丈夫だ」
 こうなるとぼくは、アルクの背中に手をあてて、落ちつくまで見守ることしかできない。
「な、なんだ、こいつ……気持ち悪いな」
 そいつの言葉に、アルクの心配より、そいつへのにくしみのほうが一瞬で上まわった。
 アルクの背中から手をはずして、ぼくは立ちあがる。
「────おまえの人生、本気でつぶす。受験なんて、できないようにしてやる」

 自分でもぞっとするような低い声がでた。
 今まで感じたことのないような、怒りだ。
「ふっ……。写真だろ? そんなの証拠になるかよ。塾でも1位、スポーツ万能、児童会長もやってんだぞ、オレ。その叫びまくっているやつやおまえと、オレ、大人はどっちを信じると思う? オレがにせラブレターやパンクの犯人だなんてだれが信じるか」
 ぼくはアルクのポケットからICレコーダーを取りだした。
 アルクは、目で見た情報を記憶したり、処理したりする能力はおどろくほど高い。
 でも、耳から聞いたことは覚えにくいらしい。
 だから、1人きりで行動するときは、これを持ち歩いている。
 アルクが来てからのここでの会話は、これに録音されているはずだ。
「────これがあれば、大人だって信じてくれるだろ。ケガしたやつには、警察に被害届ひがいとどけを出せってすすめるよ。おまえ、めがあまいな。あったま悪いんじゃないの」
 ぼくは、わざと言ってやる。
 そいつの顔が怒りにゆがんだとき、ふいにアルクが起きあがった。
 パニックはおさまったようで、いつものしずかな目をして、そいつに顔を近づけた。
「な、なんだよ」
 ただ、そいつの目をのぞきこんでる。
 アルクは、人の目を見るのが苦手だ。
 たまに人の目を凝視ぎょうしするときも、目を見ているというより、瞳を通りこして、ずーっと奥を見ているような顔をする。
 ぼくらには見えない、なにかを見ているような──。
 アルクは、くるりとむきを変えて、ぼくの手からレコーダーを取りあげた。
 あまりに動きが自然で、流れるようだったので、すなおにわたしてしまった。
 自分のものだから使い慣れている。
 アルクはいくつかのボタンを押すと、満足そうにポケットに入れた。
「ちょ、ちょっと待てアルク。それ、いるんだってば」
 アルクのポケットからレコーダーを取りだすと……録音が消されていた。
「ああああっ、アルク、おまえっ」
 口に出さなければよかったのに、ぼくは思わず叫んでしまった。
 それで、そいつも事態に気づく。
「ふふっ。もしかして、まちがって消去したのか? やっぱりマヌケだな」
 アルクのしでかしたことで、血の気が引いていたけれど、そいつのあざけりに、その血がまた頭に上ってくる。
 自分の顔は見られないけど、きっと目まで赤くなっている。
 怒りのあまり言葉がでないぼくに代わって。
 アルクがこたえた。
「消しました」
 アルクはうっかりまちがったんじゃない。
 消そうと思って、消したんだ。
 それにやつも気づいたのだろう。やつの顔から笑みが消えた。
「なぜだ」
 アルクは、またそいつの目の奥のずうっとむこうを見てこたえた。
「かわいそうだから」
 アルクの言葉にかぶさるように、
「ば……っ、バカにするなよっ!」
 と、そいつは、怒りをふくんだ声で叫んだ。
 これまでの人をバカにしたような言葉も。
 攻撃的こうげきてきな言葉も。
 どれも、こいつをおおっている着ぐるみのようなものなのかもしれない。
 そのすべてがはがれ落ち、たった7音、そいつの口から出た言葉は、静かな声なのに怒りがむきだしだった。
 空気がそのまま冷たく固まった。
 そこへ、オヅの声が近づいてきた。
「おーい、おばちゃんが証言してくれたぞー。写真のやつがキラキラを手紙にかけたのを覚えとるんとー!」
 オヅが、自転車をとばしてもどってきたんだ。
 オヅは、ぼくらのそばにその「やつ」がいるのを見て、ぎょっとした顔をする。
 一瞬逃げたそうな顔をしたあと、勇気をふるいおこしたらしい。
「独占インタビューさせてくれんかのぉ? なぜあんなことしたんか」
 こんなタイミングで突拍子とっぴょうしもないことを言うな、オヅ!
 いきなり言われて毒気どくけをぬかれたのか、そいつは、無言でこちらをにらみ、塾へともどっていこうとする。
 その背中に、オヅが、
「このことは先生に伝えるけえの」
 と声をかけた。そいつの肩はピクリとも動かなかったが、
「テンシンくん、さようなら」
 アルクの言葉には、言い終わらないうちに振りむいて、
「アマツだ!」
 と叫んだ。
 アルクはそいつの靴に目をやっている。
 かかとの靴底に近いところに小さく「天津」と書いてある。
 天津甘栗てんしんあまぐりの天津、か……。それ言うと絶対怒るな……。
「栗みてえな名前だな」
 あっ、オヅが口に出した。
 だけど、今度は振りかえらず、天津は行ってしまった。
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『呪いのラブレター事件の真相』
一郎くん(仮名)二郎くん(仮名)三郎くん(仮名)に、差出人不明のラブレターが届いた。
そののち、一郎くん二郎くんは自転車のパンク、三郎くんは靴の破損という不幸な事件に見まわれた。
ラブレターではなく、呪いの手紙だったのか?
だが、6年2組の桐野美波さんが、これは同一犯によるいたずらで、犯人は男子ではないのかと推理した。
その推理を参考に我が新聞チームが聞きこみをした結果、Aという人物が捜査線上そうさせんじょうにあがった。
張りこみの結果、たまたま四郎くん(仮名かめい)の自転車をパンクさせようとしているAを発見。
その後、我が新聞チームの探偵のたくみな誘導尋問ゆうどうじんもんによって、Aはその犯行を自供、事件の解決にいたった。
なおAの本名は公表しないが、虹丘小の児童ではないことを、念のためつけくわえておく。
なお、桐野さんにも差出人不明のラブレターが届いていたが、これは当事件とは無関係で、桐野さんのファンからのものだと思われる。
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3 激レア☆アイテム盗難ギワク事件

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 平和だ……。
 桐野さん……いや、もう呼び捨てでいっか。
 桐野が、やたらとぼくたちに期待の目をむけてくること以外は。
「ねえねえねえ。もう謎解きの依頼はないの? 私の推理の出番は?」
「…………」
 言われるたびに、オヅはしぶ~~~い顔になる。
 ラブレター事件を解決して以来、虹小新聞の評価はうなぎ上りだ。
 新しい新聞が出ると、喜んで読むやつが、アルク以外にも増えた。
 それはいいけど、オヅはネタ不足になやんでいる。
 桐野からの、しつこい売り込みも、めいわくそうだ。
「また勝手に捜査協力してくれたあげく、記事に注文だされちゃ困るけえの」
 捜査って……、いつからおまえ警官になった。
「しっかし……ネタがないのぉ! 事件がなさすぎるわい、この学校は!!」
 とオヅがえる。
 ハハハ。だれのせいか、自覚がないらしい。
 ネタ不足のオヅが、ちょっとした事件でもすぐ新聞に書くせいで、学校内でいたずらが減った。
 ちょっとしたいたずらをあばかれたあげく、新聞に書かれたらかなわないもんな。
 結果的に、先生たちを喜ばせる結果になってしまった。
 事件なんて、そうそうおきてたまるもんか……とぼくが内心でつっこんでいるうちに、季節は夏が近づいて、プール開き前の大掃除おおそうじの日が来た。

 ぼくらの学校は小さくて、1学年2クラスしかない。
 午前中、プールの中をデッキブラシでごしごしこするのは、6年2組。
 ぼくら1組は、午後。プールサイドの掃除をする予定になっている。
 この割り当てを聞いたとき、ぼくは内心ホッとした。
 ぼくのいとこけん親友のアルクは、池のにおいがとても苦手だ。
 そして、プールの中の掃除は、池に似たにおいがするらしい。
 去年、6年生が掃除しているわきを通ったとき、思いっきり顔をしかめていた。
 泳ぐのは大好きで、一度水にもぐったら、おぼれてるんじゃないかと心配になるくらい、水面に出てこないのにな。
 塩素のにおいがするプールの水のにおいは、平気。
 なのに、冬の間汚れっぱなしだったプールの中のにおいや、プールの横の更衣室に、かすかにたまる水のにおいは、いつもいやがっている。
 湿気しっけがこもる更衣室は、たしかにぼくでも気持ちのいいものではないけど……。
 ぼくが「気になっても無視できる」くらいのちがいを「とてもつらく感じる」のがアルクだ。
 2組は、ぬれてもいいように水着着用で掃除するらしい。
 掃除が終わったら、先生に水をかけてもらって、騒ぐんだろうな。
 楽しそうだ。だけど、アルクのためには、1組がプールサイドの掃除でよかったと思った。
 体操服での作業なら、プールの更衣室に入らなくてすむ。
 アルクはなにごともないときは淡々たんたんとしてるけど、心配事があると、ひとりごとが止まらなくなる。
 そうなっちゃうと、ちょっとめんどくさい。
 においだけじゃなく、アルクは音や光、手ざわり、いろんなことに人より敏感びんかんだ。
 低学年のころにくらべれば、最近では、うんとがまんできるようになってきたけど。
 それでもぼくは、アルクが不安やつらさを感じることは、なるべく避けたい……と思うんだ。

 プール大掃除の日の3~4時間め、ぼくら1組は図工の課題で校内を歩きまわっていた。
 校内の風景でも、人物でも、なんでもいいからスケッチをするという課題だ。
 場所を変えて、何枚か描かなくちゃいけない。
 ぼくが裏庭に行くと、アルクもついてきた。
 いつものことだけど、一応言ってみる。
「アルク、ほかに行きたいところがあったら自由に行っていいんだぜ」
「ここでいいです」
 アルクはたいてい、ぼくのあとをついてくる。
「有川理人といっしょにいる」というアルクのルールを守っていると、落ちつくんだろう。
 ぼくが裏庭で、ちょっとさびついた鉄棒の様子のスケッチをはじめると、アルクは、となりで、ぜんぜんちがう絵を描きはじめた。
 それは「6年1組の窓から見える風景」だ。
 今ここで見ている風景じゃない。だけど、まるで目の前のものを描いているようにリアルだ。
 アルクは「記憶している」んだ。
 見なくても、頭の中に写真を撮ったみたいに、すごく正確な絵が描ける。
 こんなアルクの特技を、あの天津に教えたいと思う。
 おまえにこんなことできるか!って言ってやりたい。
 別に「特技があるからアルクはすごい」んじゃなくて、なんの特技がなくても、ぼくにとってアルクは、大切な存在なんだけど……。
 鉄棒のスケッチを終えたぼくは、アルクに声をかける。
「──今度は校庭のくすのきの絵を描こうかな。アルクは?」
 きくまでもなかった。
 ぼくが立つと、いっしょに立ちあがる。
 裏庭から校庭へむかう通路を通っていくと、そこでクラスメートの曽良そらと、それから少しおくれて五木いつきくんとすれちがった。
「おー理人。今から校庭方面か? オレは今から裏庭行くんだ。じゃあなー」
 ソラはいつも、ほがらかなやつだ。
 一番仲のいい川野かわのといっしょだと思ったのに、別行動してるみたいだ。
 五木くんとは、連れではないんだろうな。
 たまたま場所を移動するのが同時になったのかも。
 2人とすれちがった瞬間だった。
 アルクが、パッと手を自分の鼻にあてた。
 苦手なにおいがするとき、アルクは鼻をおおって守ろうとする。
 遠慮なく、「くさい」と口にしちゃうときもあるけど、今日はがまんしたようだ。
 2人が完全に遠ざかってから、ぼくは言う。
「──だめだよ、アルク。クラスメートにむかって、くさいなんて言ったら。……いや、クラスメートでなくても、とにかく、だれかにくさいなんて言ったらだめだよ」
「言ってません」
 まあ、たしかに、言ってはいないか。
「鼻をおおうのって、『くさい』って言ったのと同じことになるんだよ」
 言いながらぼくは、見えなくなったクラスメートのほうを振りかえった。

 さっきすれちがった、五木くん。
 彼のことを、「ゴキ」って呼んで、いじるやつがいる。
 漢字の読み方を変えただけと言えばそうだけど、やっぱり、あまり口にしてうれしい音じゃない。
 仲のいいやつなら、ぼくはあだ名か呼び捨てで呼ぶけど、五木くんは「イツキ」と呼ぶほどは親しくない。
 ──その五木くんが、今日着ていた服は、昨日も着ていたものだ。
 一昨日も、着ていたのを覚えている。
 同じ服を何枚も持っているわけじゃないことは、一昨日おとといの給食で出たミートソースがちったしみが同じ場所にあったから、わかる。
 ようするに、着がえてない。
 このところ、だいぶ暑くなってきて……ほんのりにおった。
 以前は、こんなことなかった。
 最近の五木くんは、かみの毛もなんだか、べたついている。
 このあいだは、保健室の吉野よしの先生が、五木くんを呼んでいるところを見かけた。
 そのあと、五木くんの髪はさらさらになっていた……。
 ぼくは「ゴキ」だなんて呼んで、いじわるする気にはならない。
 だけど、なかよくするような接点もない。
 五木くんはいつも静かな子で、口数が少ないから、なにに興味があるのか、なんの話をしたらいいのか思いつかない。
 だけど、そんな五木くんに災難さいなんりかかったんだ。

「ゴ~キ! オレの本、盗んだだろ!」
 2組の武田たけだが、昼休みに1組の教室まできて、大きな声で言った。
 オヅが、すばやく立ちあがった。
 五木くんをかばうためっていうより、また、新聞記事のためなんだろうな。
 アルクも同時に立ちあがった。手を鼻にあてている。
 武田とその仲間たちは、アルクの横を通り抜け、五木くんをとりかこんだ。
「と、と、と、とってません……」
 五木くんの声は、がなくように小さい。
「オレらが、プールの掃除をしているとき、ゴキが更衣室に入ってったって、ソラが証言してるんだ、まちがいねーよ!」
 ソラが?
 そう言えば、図工の時間、すれちがったとき、ソラのそばに五木くんがいたな……。
 そのとき、ソラがぼくに声をかけてきた。
「あ、理人。おまえも見ただろ、ゴキが更衣室のほうから来たの?」
 ……武田だけじゃなく、ソラまで「ゴキ」って呼ぶのか。
 ぼくは、いやな気持ちになった。
「見てないよ。すれちがっただけじゃないか」
「で、で? なくなったもんは、なんなんじゃ?」
 オヅが、取材記者っぽく話に割りこんできた。
「ポケTゲームの特典ガイドブックだよ」
「あー、あの抽選ちゅうせんであたる激レアなやつか。武田、あたったんか、すごいな!」
 スマホで遊べる大人気の位置情報ゲームで、アプリを起動させながら歩きまわると、宝物をゲットできる。
 宝物と言っても、もちろんゲーム上のことだ。
 でも、その宝物によっていろんな能力を身に付けることができて、バトルで有利なんだそうだ。
 スマホを持ってないぼくには関係ないけど。
 どこへ行くとなにがゲットできるかを知るには、ぐうぜんか、口コミがたより。
 その攻略本こうりゃくぼんの抽選プレゼントのCMを最近見た。
「でも、そんなもの、なんで学校に持ってきて、なんで更衣室に持ってったんだよ」
「オレがあたったって、みんなが信じないからさ、見せてやろうと思って。プールの掃除の間に盗まれたらいやだし、教室においておかなかったんだ」
 そのとき、女子の声がわりこんできた。
「ばっかねータケダ。五木くんが、そんなもの、とるわけないじゃない」
 桐野だ。
「五木くんはスマホ持ってないんですもの。ゲームができないんだから、いらないでしょ」
 そのセリフ、オヅも言おうとしていたらしく、ちょっとくやしそうに桐野をにらんでいる。
 武田がむねをそらして、桐野を見下ろす。
「ばっかだなあ。高く売れるんだよ! それに桐野、おまえ、他人事ひとごとみたいに言っているけど、おまえも容疑者ようぎしゃの1人なんだからな!」
「はぁ? なに言ってるの?」
 容疑者って……。
「だって、おまえも男子更衣室に入っただろ!」
「ん? ……ああ。だって私、風邪かぜぎみだから、水着にはならなかったし。プール備品の文字の消えかけているのを書きなおす係だったでしょ。油性ペンをとりに行って、プールにもどるとき、男子更衣室を通過するのが近道なんだもの。だれもいない時間だったし、いいじゃない」
「今んとこ、オレらが掃除中に、更衣室に入ったのは、桐野とゴキだけなんだ! おまえらのうちのどっちかが盗ったんだろ!」
「ボ……ボクは更衣室に入ってないよ」
「私だってとらないわよ、そんなもの。私はスマホを持ってるけど、ゲームはしないもの。そもそもゲームのタイトルが『ポケT』って。Tはトレジャーの略かもしれないけど、ポケットティッシュみたいでダサい名前って思ってたもの」
「でもな、桐野、その本が入ってた袋、トレジャーエンジェルの限定袋だぜ?」
 武田がじろりと見ると、
「ええっ! それはほしいわ。トレジャーはトレジャーでも、そっちはほしいわ!」
 目がかがやいてる……。
 ──桐野は、演技ができるタイプじゃない。
 最近人気のアニメの限定袋ならほしい!っていうのは本心だろう。
 っていうことは、「盗んでない」のも本当だろう。
「そういえば、ゴキの妹が、うちの妹のトレジャーエンジェルのペンケース、うらやましそうに見てたって聞いたぞ。もしかしてゴキ、妹のために限定袋がほしかったとかじゃないか?」
 ソラが言って、みんなの目が五木くんにむかう。
 武田が言う。
「なあ、ゴキ。袋はやるからよ、せめて、本かえしてくれよ」
 まるでゴキが盗んだことが決定してるみたいな言い方だ。
「ボ、ボクじゃない」
「じゃあ、犯人は桐野だっていうのかよ?」
「き……桐野さんはそんなことするヒトじゃないよ……」
 五木くんは、武田の目をしっかり見て言った。

 結局、五木くんは認めず、本も出てこないまま、放課後になった。
 武田も、先生には言わなかったらしい。
 そんなものを学校に持ってきてたのかとしかられるだろうし。
 五木くんを犯人あつかいする空気だけ、そのまま教室に残ってしまった。
 でも、ギワクの根拠は、ソラの目撃情報だけだ。
 桐野なんて、更衣室へ入ったことを本人も認めているのに、五木くん犯人説のほうが有力っていう空気だ。
 気に入らない……。
 さいわいだったのは、1組の終わりの会のほうが早くて、武田たちがまたうちのクラスにおしかけてきたときは、五木くんは帰ったあとだったってことだ。
 だけど……。

 今日もあたりまえのようにオヅは我が家にランドセルをおき、アルクとぼくを(むりやり)さそって、市立図書館へむかっていた。
 新聞記事のための本を探したいらしい。
 ぼくは虹小新聞のメンバーじゃないっての……。
「あれから、妖怪ようかいのっぽキツネに出会わんのぉ」
「だれだ、それ」
「テンシンアマグリ」
 ああ。
 顔を思い浮かべて、ムカつくより先に、ふきそうになった。
 たしかに、あの仏頂面ぶっちょうづら、ちょっとキツネっぽいかも。
「あの事件のあと、塾やめたんだって。親が、被害者の4人のところへ謝りにいったみたいじゃのぉ。大変だったらしいぜ」
「あいつの自業自得じごうじとくだ」
 ぼくは天津をゆるしてない。
「それはそうなんじゃけど……でものぉ、新聞って悲しいもんじゃのぉ。オレは自分がえろうもないのに、記事を書いたせいで人をさばいたみたいになって、後味あとあじが悪いんじゃ」
 新聞のためならリミッターがはずれるオヅでも、そんな気持ちがあるらしい。
「なに言ってんだよ。『捜査』『張りこみ』『誘導尋問』『自供』って、のりのりで書いてたじゃないか」
「特ダネを手にすると興奮してのぉ、ちょっと悪ノリしすぎたかのぉ。じゃけど、あのあとはオレ、ほんわかした記事しか書いてないじゃろ」
「たまたま大きな事件がなかっただけだろ」
「ま、その通りなんじゃけどさ。…………なんだかさあ、今日の事件、『盗み』じゃろ。同級生が犯人なら、オレ、記事書きたくないなって思っちゃって」
「オヅは、五木くんが犯人だと思っているのか?」
「そうは思えないんじゃ。かといって、犯人は五木じゃないって証明するには、別の犯人をさがすってことじゃろ。それもしんどいなあ。仲いいやつが犯人だったらどうするよ? 盗みはラブレターの送り主さがしとはちがうからなあ……」
「おまえ、絶対警察官にはなれないな」
「なる気ねえよ。オレがなりたいのは新聞記者じゃけえの」
「だろ。最初から言ってるけど、記者の仕事って、取材して記事を書くことで、探偵とか警察のマネはしなくていいと思うんだ」
「ほうじゃけど、学校内の事件なんて、自分で追っかけないと真実が見えないことが、ようけえあるじゃろ」
 しゃべりすぎて、のどがかわいた。
 図書館前の広場へとつながる石段に座って、水筒のお茶を飲む。
 アルクが、両手で水筒を持ちあげて、おいしそうに飲み、「ぷはっ」と言った。
 オヅと同時に、吹きだした。
 空気がゆるんだそのとき、
 ガシャーン!
 音がして、見ると、広場で数人の小学生が1人のランドセルの中身を派手にぶちまけていた。
「だせよ! 本、どこに隠しているんだよ!」
 聞きおぼえのある声、武田だ。
 じゃあ、ランドセルの中身を拾おうと、しゃがみこんでおろおろしているのは、五木くんか。
 そのとき。
 黒いかげみたいなすがたが、疾風しっぷうのように、武田たちにすっ飛んでいくのが見えた。
 そいつは武田を横からつき飛ばすと、すばやく五木くんとの間に割って入った。
「暴力だ! ここに暴力をふるってる人がいまーす!!!」
 そいつは甲高かんだかい声で叫ぶ。
 年はぼくらと同じくらいだろうか。
「うっ……なにしやがるんだよおまえ。あのな、こいつは泥棒どろぼうなんだよ。オレの本、とったんだよ」
「1人によってたかって、むちゃくちゃなことするやつなんか信じられるか。卑怯者ひきょうもの!」
「なにぃ!」
 武田が、そいつのむなぐらをつかむ。
 そいつはぼくくらいの身長はありそうだけど、武田は、うちの学年で一番、身長も体重もある。
 不利だろ。
「たすけてくださーい! いじめでーす!」
 そいつはひるむことなく、大声で叫んだ。
 武田のほうが、びびって手をはなした。
「チッ」
 舌打ちした武田は、歩み去ろうとしながら、落ちていた五木くんの筆箱を思いっきり踏みつけた。
 グシャッと音がして、筆箱がゆがむ。
「あっ……」
 その瞬間、黒い服のそいつが、すごい瞬発力しゅんぱつりょくあしをのばした。
 武田がみごとなくらいにひっかかって、つんのめる。
「てめえっ!」
「おい武田、行こうぜ」
 人目を集めていることを気にして、仲間が武田をひっぱる。
 武田は、すぐに立ちあがって、そいつと五木くんをにらみつけてから、去っていった。
 あっけにとられて足をとめていたぼくらもけよって、盛大に散らばったランドセルの中身を拾うのを手伝った。
「──五木くん、『遊びにいくときは、おうちにランドセルをおいてから』です」
 アルクが、落ちていた三角定規じょうぎをわたしながら、五木くんに言う。
 声かけるの、そこかっ!
 内心つっこみながら、どうフォローしようと思っていたら、
「……ボ、ボク……学校の帰りに、入院しているおばあちゃんとこへ行ってたんだ……今から帰るところ。あのぉ……、助けてくれて、ありがとう」
 五木くんは、黒い服のそいつに深々と頭をさげた。
「いや。通りかかっただけだから」
 そいつは、黒いキャップを目深まぶかにかぶりなおして、立ちあがる。
 すらっとして、姿勢しせいがいい。
 この声、どこかで聞いたことがある気がする。
 この顔も、どこかで見たことがあるような気がする。
 でも、うちの学校のやつじゃないな。
 するとそいつが、こっちにむきなおって、きいてきた。
「あのさ、ちょっときいてみるんだけど。5月に、この近くでバイクのひき逃げ事故があったの、知らない?」
 と、そいつは図書館前の広場にある看板を指さした。
 事故の目撃者をさがしてるっていう、警察の告知ポスターだ。
「事故があったのは、なんとなく知っているけど……」
「ひかれたの、兄なんだ。たまたま、このあたりの防犯カメラがこわれていて、目撃者もいなくて、犯人が捕まらないんだよ。もしなにか目撃したって人がいたら、教えてほしい」
 と、そいつは真剣しんけんな顔で言った。
 そのとたん、オヅがピコーン!と顔をかがやかせる。
「それそれそれだーっ! そういう事件のことじゃったら、新聞に書くのも、しんどうないけえの。よしわかった、力になるで! オレはオヅ! 虹小新聞ってのをつくって、学校で配ってんだ。それに目撃情報さがしとること書くけえの。情報が新聞チームによせられたら、キミに連絡したらええ?」
「ありがとう。じゃあ、連絡先交換しよう」
 いまどきのヤツは、みんなスマホを持っているのかよ……。
 オヅのスマホの画面に「KUROSAKI」と表示されている。
「きみは事故にあった人の、弟?」
 そいつは、一瞬迷うように目を動かしたが、
「そう。黒崎くろさきトモルだよ。よろしく」
 と、笑みをうかべた。
「こいつは理人、こっちはアルク。それと、五木。キミのことは、トモルでええ?」
 と仕切ったオヅが、
「ほいでほいで? 事件について聞かせてくれん?」
 と前のめりになる。
 トモルは、このあたりで目撃者をさがしているらしい。
 もし、目撃したのが子どもだったら、警察はちゃんと話をきいたりしなかったんじゃないか。
 子どもも、自分の見たことをわざわざ警察に言いにいかないんじゃないか、って考えて。
「目撃者はなにをするんですか」
 アルクが、ちょっと変わった質問をする。
 そのしゃべり方を、天津はあざけったけど、トモルはとまどわずに、ていねいに返事をする。
「ひき逃げの犯人は、どんな人だったか、どんなバイクだったか、警察に話してほしいんだ。犯人を捕まえるために」
「バイクはたくさんいるのに、どれが犯人か、どうしてわかりますか」
「事故の瞬間を見ていた人なら、どのバイクかわかるだろ。……だけど、ぼくは事故の瞬間、兄さんといっしょにいたのに、ひき逃げ犯をぜんぜん見てないんだ……」
 そう言って、くやしそうに手をにぎりしめた。
 むりもない。
 お兄さんのことが心配で、犯人のことを観察している余裕よゆうなんかなかったんだろう。
 でも、ざんねんだけど、ぼくが力になれることはないよなあ。
 ぼくが考えながらだまっていると、ふとトモルが顔を上げた。
 急に思いだしたように、ぼくをにらむ。
「さっき、五木がやられてるとき、そばにいたんだろ。なぜすぐに助けにこなかった? 仲間なのに」

 いや、距離きょりあったから……。
 それにぼくらが遅いんじゃなくて、おまえのダッシュが速すぎたんだろ……。
 と心の中で言い訳しながら、ぼくは「仲間」って呼ばれたことに、少しざわざわしてしまう。
 五木くんは「クラスメート」にはちがいないけど。
 トモルから見ると、五木くんはぼくの「仲間」なのか……。
 チラッと横目で五木くんを見る。
 五木くんの服は、いっそう、におっている気がする。
 トモルは、そんなことにまるで気づいてもいないって顔だ。
 そのことに、さらに心がざわつく。
 五木くんのことをはずかしく感じる、自分こそが、はずべき人間だと思ってしまって、言葉が見つからない。
「…………っ」
 そのときだ。
 バタバタバタッと派手な足音が近づいてきて、その足音より派手なキラキラ声が響いてきた。
「いた、いた、いた──っ」
 やってきたのは、桐野だった。
 桐野は近づいてくると、手に持ったスプレーをシュッと吹きだした。
 そのとたん、レモンみたいな香りが、あたりにひろがる。
「これ、もってきたのよ。新発売のパフューム。これ男子がつけるといいんじゃない? どう、使ってみない?」
 と、ぼくたちを見まわして、そして五木の顔を見る。
 そうなんだ。
 ぼくもときどき、なにかできないかな?って考えることがある。
 五木くんに、ぼくんちでシャワーあびて、そのあいだに服を洗濯せんたくしたら、って誘ったらどうだろうか?とか。
 乾燥機かんそうきで服はすぐにかわくし、さっぱりするんじゃないかって……。
 でも、そんなことを言うと失礼かもしれないと思って、みだせなかった。
 なのに、桐野はパフュームを五木くんに持ってきた。
 五木くんがどう思ったかはわからない。
 ぼくが迷っている間に、桐野は踏みだして、自分がいいと思ったことをしたんだ。
 そのとき、アルクがすすすす───っと、ぼくたちから距離をとった。
 両手で鼻を押さえている。
 あ、桐野がまき散らしたパフュームが苦手なんだ。
 レモンみたいだけどな……ぼくらには同じに感じられても、アルクにとっては「苦手なにおい」「そうでないにおい」に分かれるときがある。
 微妙びみょうなにおいをかぎわけ、それに反応するんだ……って。
 あれ……?
 そういえば、さっきまで、アルクは五木くんのそばにいたのに、くさいというしぐさをしなかった。
 つまり、アルクにとって、五木くんの発しているにおいは、問題なしなんだ。
 ──そういえば、武田たちが、うちのクラスに来たときも、アルクは鼻をおおった。
 あの日、武田たちは午前中、プール掃除をしていた。
 そっか。武田たちから、プール掃除のあとのにおいがしたんだな。
 ぼくには感じ取れなかったにおい。それをアルクは感じたんだ。
「……!」
 え……。
 待てよ、ということは?
 その前、図工の移動中、五木くんとソラとすれちがったときも、アルクは「くさい」って表情をした。
 2人は、プール掃除をしていない。
 2人のどちらかが、更衣室のにおいを、させていたんだとしたら……?
 それは……どちらだ?
 ぼくは、アルクのそばに寄って、きいてみる。
「──な、アルク。この前、図工の時間、五木くんとソラとすれちがったとき、アルク、くさそうにしただろう? あれって、だれの、なんのにおい?」
 五木くんに聞こえたら、気を悪くするかもしれない。
 けど、これははっきりさせないと。
 すると、アルクがはっきりとこたえた。
「ソラくんの。更衣室のにおいです」
「!!」
 そうか。やっぱり、そうだったのか。
 アルクの声は大きくて、みんなにも聞こえた。
「えっ、なんじゃ? どういうことじゃ?」
 ぼくは息を吸いこみ、ゆっくりとはいた。
 1人ずつの顔を見ながら、強く語りはじめた。
「──ゲーム本が更衣室から消えたっていう時間、ぼくたち1組は図工で、校内を歩きまわってただろう。そのとき、ぼくとアルクは、ソラと五木くんとすれちがったんだ。アルクが言ったのは、そのとき、ソラから更衣室のにおいがしたって」
 ぼくが説明すると、オヅがピ──ン!ときたという顔になった。
「待てよ?『五木くんが更衣室から出てきた』言うて証言してるのは、ソラだけじゃったよな?」
 そう。
 更衣室のにおいをさせていたのが、ソラなら……。
 すると桐野が腕組みして、ふふんと鼻を鳴らした。
「今度も、私の情報が役にたつことになりそうだわ」
 もったいぶったあと、桐野はその情報とやらを説明しはじめた。
「盗まれたっていう、あのゲーム本、最初のページに『注意力のある者だけが使う資格がある』って書いてあるんだそうよ。注意力がないと、活かしきれない本なんだって。でね、あのゲームの初代キャラクターが登場したのって、私たちが生まれた年なんですってね。そのキャラのバースデーの曜日がキーワードになってるステージがあって、そこで注意が必要みたい」
「??? なに言いよるかよくわからんのじゃけど……とにかく、それでソラがその本を持ってるか確かめられるいうことだな? よし、じゃあこれからソラをつかまえる作戦を──」
 オヅが身をのりだした、そのとき。
「!!!」
 オヅの背後はいごの道を、まさにそのソラが通っていくのが見えた。
 このへんは塾や習い事の教室が多くて、放課後通る子が多いんだ。
 それにしても、タイミングが悪い。
 五木くんといっしょにいるところを見られたら、ぼくらの質問を警戒けいかいするかもしれない……。
 どうか、ぼくらに気づかずに通りすぎますように……。
 なのに……。
「あ。ソラくーん」
「「「!!!!!」」」
 えええ─────っ!!!
 アルクがわざわざ声をかけたんだ。
 アルクってやつは、ぜんぜん人に興味がないようにクラスメートをスルーするときだってあるのに。
 どうしてこういう呼ばなくていいときは呼ぶんだ!

 ソラは、ぼくたちに近づいて、五木くんがいることに顔をしかめた。
「な、なんだよ、ゴキ。なんでおまえがオヅたちと……」
 たしかに。
 このシチュエーションは不自然だ。
 ぼくたちが待ちあわせて遊ぶほど仲がいいわけじゃないことは、知っているし……。
 桐野がなにか口をはさむかと思ったけど、作戦を練る前だからか、なにも言わない。
 ピンチだ……。
「そ……ソラくん、もしかして、あの、ごめん」
 口をひらいたのは五木くんだった。
 あまりしゃべらないやつだから、たどたどしいけど。
 でも、なにかを伝えようとしてる顔だ。
「ボ、ボク、きいていいかな。なにかソラくんにいやな思いさせたのかな、だからかなって、ずっと考えていたんだけど……もしかして、な、名前のことかな」
「?」
 いったいなんの話だ……?
 ソラも、うろんそうな顔になる。
「は? なに言ってんの、おまえ」
「ボ、ボクの名前、五木空だろ。キ、キミと同じ、ソラって名前。ボクなんかが同じ名前で、なにかいやな思いしたんじゃないか……だからじゃないかって、最近気づいて。も、もしそうなら──ごめん」
 五木くんから、頭をさげられて。
 ソラはちょっとおびえたように、その頭を見ている。
 五木くんの下の名前が「空」だなんてこと、すっかり忘れていた。
 でも、そんなことでソラが五木くんに、盗みの言いがかりをつけることってあるだろうか?
 もし、いやな思いをしたとしても、五木くんが謝ることじゃない。
 絶句しているソラに、アルクがまたしてもとつぜん、話しかける。
「──ソラくんが生まれたのは何曜日ですか」
「えっ??」
「ぼくは日曜日で、理人くんは月曜日で、小月くんが火曜日で、五木くんは水曜日です。桐野さんとトモルくんのは、誕生日を知らないので知りません」
 アルクの話題が、とうとつに変わることには、虹小6年のみんなは、なれっこだ。
 今までみんなと話していることと、まるでちがう話を平気でぶっこむ。
 そして、低学年のころ同じクラスだった子は、誕生日会があったので、記憶力のいいアルクはそれぞれの誕生日を記憶している。
「私の誕生日はね──」
 と、桐野さんが、自分の誕生日をアルクに教える。
 すると即座に、
「木曜日です」
 とアルクから答えがかえってきた。
 アルクの頭のなかには何十年分、いや、もしかしたらもっとたくさんのカレンダーが入っている。
「すごいなアルク……ちなみにオレは金曜日だよ。あ、これで月曜から金曜までそろったな」
 と、ソラが言った。
 するとまた即座に、アルクが言った。
「いいえ。ソラくんは土曜日です」
「え? いや、だって、たしか……」
 最近見た誕生日カレンダーでは……と、言おうとしたんだろうか。
 ソラは、誕生日カレンダーをなにで見たか、思い出したのか、焦った顔になった。
 うろたえたソラに、桐野がズバリと言った。
「ソラくん、あのゲーム本、使ったのね。あのゲームの中に、初代キャラクターのソイルのバースデーの曜日を入力すると、パワーアップできる問題があるんでしょ。あの本には、そのヒントとして、ソイルの生まれた月のカレンダーが見られる二次元コードがのってるのよね。それを見て、ソラくん、自分の誕生日の曜日を知ったんじゃない? でも、カレンダーの上には、ローマ字で『曜日を1つうしろにずらしてね』って書いてあるんだって。気がつかなかった? それに気がつかずに、まちがった曜日を入力すると、あまり強くならないんだって」
 桐野の上むきの長いまつげが、パチパチされる。
 ソラは、桐野の言っている意味がわからないかのように固まっていた。
 が、何度かのまばたきのあと、
「──それって、武田の本をとったのはオレだって言いたいの?」
 と、桐野をにらみつけた。
 その桐野とソラの間に、五木くんが割って入った。
「そ、ソラくん、本当のこと教えて。ボ……ボクは更衣室に入ってない。だ、だけどソラくんはボクが入ったのを見たって言ったんだよね? それはボクのこと嫌いだから? ソラくんがボクのこと嫌いでも、それはしかたない。だけど本がないままだと桐野さんも疑われっぱなしなんだ」
 ソラが、五木くんをにらみつけたけど、五木くんはひるまなかった。
 いつも五木くんは、人と目が合っただけで、すぐに下をむいてしまうのに。
 今日は、五木くんがソラをまっすぐに見つめている。
 2人のにらみ合いの間に桐野が割って入った。
「わかった。吉野先生ね?」
 桐野がソラの鼻先に人差し指をむけて、言いきった。
「!」
 そのとたん、ソラの顔が、サッと赤らんだ。
「ソラくん、吉野先生が好きよね?」
 えええっ!?
 吉野先生は、保健室にいる、若い女の先生だ。
 でもなぜ今ここで、吉野先生の話がでてくる?
「吉野先生が、五木くんのことを『空くん』って呼ぶのが気にいらないんじゃないの? その仕返しにぎぬをきせることにした?」
「ちょ……ちょっと、待……っ」
 真っ赤になったソラが、桐野のたてつづけの言葉に、へろへろになる。
「そ、ソラくん、ホント? も、もしそうならごめん。ちがうんだ。あの。えっと。ボクんち火事になって、ばあちゃん入院しちゃうし、か、母さんは最初からいないし、父さんは自暴自棄じぼうじきになっちゃうし。そ、そしたら、吉野先生が、シャワーだけ学校であびたらどうかなって言ってくれて。ボ、ボクがゴキって呼ばれているのも、いじめじゃないかって気にしてくれて。空っていい名前があるのにねって。そ、それからボクのこと、そ、空くんって呼んでくれて。でも、それ、ひいきとかじゃなくて、吉野先生がボクをかわいそうって思ってくれているだけで……。だ、だから、ソラくん」
「あ────────────、うるさいよっ!」
 ソラは、自分の髪の毛をぐちゃぐちゃにしながらその場に座りこんだ。
 ……うーん。
 もしかして、桐野の言うことが、ズバリあたったってわけか。
「…………ごめん……」
 ソラが、頭をたれたまま、小さな声で言った。
「聞こえねえよ。ごめんですんだら警察はいらねえよ」
 と、すごんだのは……五木くん、ではなく。
 さきほど知りあったばかりの、トモルだ。
 黒いキャップのつばのかげから、すようなするどい視線を送っている。
「モノ盗んで、人に罪をなすりつけて。オマエ、最低だな」
「盗んだのはオレじゃない!」
「は? じゃ、だれだよ」
「武田だ」
 えっ、武田?
 武田がだれのことかわからないトモルは、問うような目をぼくにむけた。
「さっきおまえがぶっ飛ばしたやつだよ。本をかえせって騒いでたやつ」
 そう。本の持ち主。
 それなのに、盗んだってどういうことだよ。
「ちがう! あの本は、本当は川野の本なんだよ! 川野が懸賞けんしょうにあたって、オレもいっしょに楽しんでたんだ。だけど……」
 川野はこっそり学校に本を持ってきていた。
 それが体育の時間の間になくなった。
 その直後、武田が懸賞で本があたったと言いふらしはじめた。
 その本は、川野の本なんじゃないか。
 疑ったけど、本人には言えない。
 川野の本には、裏表紙の内側に小さく名前が書いてあった。
 それを確認するために、ソラは川野といっしょに更衣室に忍びこんだ。
 さいわい、だれにも気づかれなかった。
 そして、本にはやっぱり「KAWANO」って書いてあった。
「これで武田にかえせって言えるな」
「ううん、だめだ。それを言っても、武田から『こっそりオレのものに名前書いただろ』って言われるだけだよ。このままオレ、持ってかえる。だまって家で使ってれば、とりかえしたこと、武田にばれないし」
 川野は、更衣室から本を持ちかえった。
「でも、武田ってねちっこいやつだから。絶対に川野につきまとってくるだろうなって、だから──」
 盗みの濡れ衣を着せるのに、とっさに五木くんを使った、と。
 保健室の吉野先生から「空くん、空くん」と気にかけられている五木くんのことが、気にくわなかったから。
 桐野の推理があたったってことか。
 ぼくとオヅが目を見合わせて肩をすくめていたら、トモルがぼくにむかって、
「で、おまえはどうすんだよ」
 と言ってきた。
「今、考えているところだよ。ただ、五木くんのこと、友だちになれそうって思ってる」
 オヅが横からつけ足す。
「トモル、おまえもじゃ。新聞チームの仲間じゃ」

 翌日の6時間目、音楽の時間のことだ。
 音楽室での授業のとき、ぼくは窓ぎわの席だ。
 窓から見ると、閉まっている校門の外に、黒ずくめのやつがすがたを現した。
 上下黒の服、黒い帽子、黒いマスクをしている。
 ぼくが椅子いすから立ちあがって、
「なんだ、あいつは!?」
 と、大声を出すと、みんながいっせいに窓の外を見た。
 そいつはその瞬間、ヒラリッと、閉まっている校門を乗りこえた。
 登下校の時間以外は、校門は一応閉まっている。
 まるで、体操の選手みたいな身のかるさだ。
 そいつの校門の乗りこえかたに、女子が、
「えっ、かっこいい……」
 と、語尾にハートマークがつきそうな声をもらした。
 そいつは、プールの更衣室の前になにかをおき、反対側の低めのへいを、またヒラリッとこえて、すがたを消した。
「なんかのぉ。ちょっと見てくるわ!」
 オヅが大声で言って、教室から飛びだしていった。
 するとみんながあとにつづいた。
 音楽の先生は、専科で、とてもおだやかな綿谷わたや先生だ。
「あらあら授業中よ~」
 と言いながらも、先生もいっしょに外に出た。
 綿谷先生が、みんなを制して、一番にあいつが残していったものに近づく。
 ゲーム本とトレジャーエンジェルの袋が、別々の透明とうめいな袋に入っていた。
 そして、1枚の黒い紙がおいてあった。
 黒い色画用紙に、白いペンで文字が書いてある。
 先生の横から、オヅが声をだしてそれを読んだ。
「しばし拝借はいしゃくしていた本を、かえしに参上さんじょうした。本の入っていた袋には『TAKEDA』と書いてあったが、本には『KAWANO』と書いてあった。念のため、本の発送元にきいたところ、シリアルナンバーから、本は川野くんのものだとわかった。よって、袋と本、別々の持ち主だろうから、別々の袋にいれてそれぞれにおかえしする。──ブラックライトより」
 オヅが読み終えると、ハチの巣をつついたような騒ぎになった。
「どういうことだよ、それ」
「武田のやつ、盗まれたって騒いでいたけど、自分こそ川野の本を盗んでいたってことかよ」
 トモルの書いたメッセージが、なんだかやたらと説明くさいことは、だれも気にしてない様子だ。
 この作戦を考えたのは、トモル。
 川野に本を持ってきてもらい、盗んだ犯人はこの学校の子ではないということにする。
 そうすれば、川野もこれで堂々と、本を自分のだと主張できる。
 五木くんや桐野も、犯人あつかいされなくなる。
 それにしても、まるで怪盗きどりだ。
 ブラックライトって……。
「黒崎」のブラック。
 ライトは、「トモル」からの発想なのか?
 さっきの、ド派手な登場のしかたを思いだして、ちょっと笑ってしまう。
 やたらと正義感のつよいやつだけど、こういうことにはノリノリなのな。
 ヒーローにでもあこがれてるのかもしれない。


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『怪盗ブラックライト現る』
懸賞で、人気のポケTゲームの本があたったAだったが、その本を紛失ふんしつ
Bが、その本を「Aからもらった」と勘ちがいして持っていたらしい。
だが、そのBも、本を紛失し、だれかに盗まれたのではないかと、何人かに疑いの目をむけていた。
が、盗んだ犯人は、虹丘小の児童ではなかった。
犯人の名は、ブラックライト!!
6年1組は、そのブラックライトが白昼堂々はくちゅうどうどうと本をかえしにやってきたところを、たまたま目撃した。
華麗かれいに校門を乗りこえ、本をおくと、風のように消えたブラックライト。いったい何者なのか!?
虹小新聞では、今後も彼の動きを全力で追いかけていく。
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 武田が本を盗んだこと。
 川野が勝手に取りもどしたこと。
 それを新聞でおおやけにする勇気は、オヅにはなかった。
 でも、武田も川野も、自分のしたことのつぐないは、しなくちゃいけない。
 それに、無実の五木くんをおとしいれようとしたソラも。
 そのとき、ぼくの読んでいた虹小新聞を、横からのぞきこんでくる人がいた。
「わ……綿谷先生」
 綿谷先生は、ふっくらしたほっぺに指をあてて、こくびをかしげる。
「ふうん。新聞にはこんなふうに書いたのね。あのさあ、ちょっと気になっているんだけどね。あの手紙。本にはKAWANOって書いてあっただけでしょ。なのに、なんでブラックライトは、持ち主を男の子だって決めつけたのかな?」
 ドキッ!
 たしかに、手紙のなかに「川野くん」って書いてあった。
「……シリアルナンバーを調べたとき、わかったんじゃないですか」
「懸賞がプレゼントがだれにあたったかなんて、問い合わせても教えてくれると思う? わたし、あれは、はったりだと思うんだけど?」
 綿谷先生は、そう言いながら、ぼくの顔をのぞきこんだ。
 ドキドキドキッ!
 な……なんてこたえればいいんだ?
 ぼくの頭がまっしろになっていると。
 綿谷先生は、ぼくの肩をぽんぽんっとたたいて、
「────まあ、いっか」
 と、去っていった。
 まあ、いっか。綿谷先生のくちぐせ。
 のんびりほんわかして見えるのに、じつはするどい人なのかも……。
 ともかく。
 事件はまた一つ解決した。


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4 探偵チーム、真夏の宝探し

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「はいはーい、みんなこっちよー、ちゃんと私についてきてねー」
 桐野美波が甲高い声を上げながら、先頭をきって歩いていく。
「…………なんでこうなったんだ?」
 ぼく、有川理人は、夏の日差しにくらくらしながらつぶやいた。
 梅雨があけたばかりの夏休み。
 まだ10時だというのに、太陽はぎらぎらと輝いている。
 桐野の手には「虹小探偵チーム御一行ごいっこうさま」と書いた旗が得意そうにかかげられている。
 そのうしろを、オヅ、イッキー(五木くんのこと、こう呼ぶことにした)、トモル、アルク、そしてぼくが、子分のようにつづく。
「いつのまに探偵チームになっとるんじゃ」
「新聞チームより探偵チームのほうがカッコいいでしょ」
 桐野が断言する。
 桐野に仕切られているのはしゃくでも、オヅは機嫌がいい。
 あれから気がついたら、週に一度は、『編集会議だ』と集合がかかるのだ。
 桐野は、オヅが呼ばなくても会議にやってくる。
 虹小新聞の探偵として、出席するのが当然という顔だ。
 これまでの桐野の実績を考えると、オヅも追いだせない。
 その桐野が、別荘べっそうに招待すると言いだしたのは、夏休みまであと数日の編集会議でのことだった。

「別荘? 桐野んち、別荘も持っとるんか。オレら、その別荘に行くわけ?」
 オヅはちょっとめいわくそうな声をあげつつ、口はうれしそうにゆるんでいる。
「うん、いくつかあるわよ。だけど今回みんなで行くのは、正確には、パパの会社の保養所。そのほうが、料理作ってくれる人もいるし、お風呂も大きいしいいだろうって、パパが貸し切りにしてくれたの。電車代も出してくれるけど自分たちだけで行けって。海も山も近くて楽しいわよ」
「行くメンバーは?」
「探偵チームだけよ。あ、トモルには、私が電話しておいたわ」
 トモルも探偵チームのメンバーだったのか。
 しかし桐野……。
 小学校最後の夏休みのせっかくのお泊まり会、このメンバーでいいのかよ。
 6年生の夏休みだというのに、だれも「夏季講習が」なんて言うものはいなくて、全員出席。
 アルクは、学校の合宿は苦手なのに、今回は、楽しみみたいだった。
 丸をつけたカレンダーを、日に何度もうれしそうに見てた。
 イッキーも、
「水着がいるよね? 帽子もいるよね? あと、なにを準備したらいいかなあ」
 と、目をキラッキラさせていた。
 桐野が強引につっ走っているようで、じつはみんな楽しみみたいだ。
 当日。
 トモルも、しれっと大荷物を持って、集合場所にやってきた。
 ぼくだって、楽しみでないわけじゃない。
 桐野に振りまわされている感と……集合時間が不満なだけだ。
 7時半というとんでもなく早い集合時間に、朝がにがてなぼくは、ヨレヨレだ。
 桐野のお母さんが、ぼくたちの家の人に、連絡をくれていたけど、桐野はぼくたちにくわしい内容をちっとも教えてくれてなかった。
 まずは、電車で2時間。それはまあ楽しかった。
 そこから、徒歩30分。
 炎天下えんてんか日陰ひかげのない道をひたすら歩く。
 その暑さに、まいっていたというわけ。
 やっと到着した保養所は、大きくて、豪華ごうかな洋館だった。
「保養所って言うけえ、学校の合宿で行くようなところを想像してたんじゃけど、こりゃあゴージャスじゃん」
「あら、私の家はもっと大きいわ」と桐野。
 イッキーは、ぽかんと口を開きっぱなしだ。
「この道を数十メートル行くと、海水浴場があるわ。遠浅とおあさで、ちゃんと監視員かんしいんもいる海水浴場だから、安全に泳げるわよ。泳ぎたい人は、『仕事』が終わったらご自由にどうぞ」
「仕事?」
 桐野が、不審ふしんな単語を出してきた。
 交通費も食費もいらない……なんて、なにかおいしすぎると思ったんだよ。
「仕事ってなんだよ、桐野?」
「これよっ」
 バーン
 桐野が、彫刻ちょうこくがほどこされた、ばかでかいリビングテーブルの上に紙を広げた。
 だけど、みんなまだ、気持ちがついていっていない。
 保養所に入ると、いきなり広いリビングだったので、呆然ぼうぜんと見まわしていた。
 イッキーが、
「この部屋だけで、ボクんちより広い……」
 と言うと、オヅもコクコクと首をたてに振っていた。
 トモルは、かざってあるガレのランプをうっとりと見ている。
 桐野は、もう一度テーブルをバンとたたきながら、
「これは宝の地図、バーイ桐野源きりのげん!」
 と言って、ぼくらを見回した。
「宝の地図だって?」
 眠気の次は、暑さでもうろうとしていたけど、いきなり目が覚めた。
「桐野源いうのは、だれなんじゃ?」
 みんながテーブルのまわりに集まってくる。
「私のおじいちゃんよ。ここに書いてある宝のありかを、探偵チームみんなで探すのよ!」

 桐野が得意そうに胸を張る。
「おじいちゃんとは、いっしょに宝探しをしないんですか?」
「できないわよ。死んじゃったんだから」
 死って言葉を聞いたイッキーが、にわかに不安そうな顔になる。
 イッキーのお母さんは亡くなっているし、病気がちのおばあちゃんもいるんだ。
 イッキーは涙目なみだめなのに、オヅは、
「宝って、遺産いさんでもかくしてあるんかのぉ!?」
 と、目を輝かせる。
「バッカじゃないの。遺産ならちゃんと遺言書を書くわよ。もっとおもしろいものに決まってるでしょ」
「じゃあ、宝ってなんなんじゃろ」
「それが知りたいから探すんじゃないの」
「ほうか。わかった。協力しちゃる。一宿一飯いっしゅくいっぱん恩義おんぎじゃ」
 オヅが難しい言葉を使ったが、本音はわかってる。
「新聞ネタなんですね」
 アルクにも、オヅの心のなかが見えたらしい。
「地図の説明をしてくれよ」
 ぼくもちょっとワクワクしてきている。
「去年の夏休み前、おじいちゃんがこの地図をわたしてくれたの。だけど、去年は私1人だったから謎が解けなくて。答えをおじいちゃんにきこうと思っていたのに、おじいちゃん、死んじゃって」
 地図に描かれているのは、この保養所の庭のようだった。
「この保養所は、会社の人も使うけど、庭は、うちの家族しか入れないようになっているの。おじいちゃんがこの庭が好きで、よくここで過ごしていたわ」
 地図には、赤い点が6つうってあり、「宝は、7つめの下」と書いてある。
「ここで考えているより、実際に、外に出て、印のところへ行ってみたほうがいいんじゃないか」
 と、トモル。
 保養所の裏には、広い庭が広がっていた。
 イングリッシュガーデン風で、手入れが行き届いている。
「うわー、すごい、めずらしい花がいっぱいだ」
 イッキーが、うれしそうに、ぴょんと飛びはねてる!
 えーっと。この「1」が横に書いてある赤い点は、池の東側。
 そこにあるのは、うさぎのブロンズ像。
「2の赤い印、あの小屋のことじゃろうか?」
「庭の手入れをする道具をいれるための小屋よ」
 そこに、なぜか、2時で止まったままの時計がかけてある。
「3は、池のなかにある小さな島のことじゃろうな」
「4は、このへんだろ? 謎に野球のホームベースがおいてあったぜ」とトモル。
「そして、5は、うさぎのブロンズ像のむこう。その位置にある木は、これだけ。……この木って、クリスマスの木だっけ」
 とぼくの問いに、すぐにこたえたのはイッキーだ。
「うん。もみの木だね」
 ラスト6がついている赤い点は、庭の外。となりの家の位置か。
 ──なるほど、見えてきた。
 ぼくは桐野を振りかえった。
「あの家には、男の子が住んでなかった?」
 そうきくと、桐野が目をみはる。
「どうしてわかるの? うん、少し年上の男の子が住んでたけど、今は引っこしちゃった」
「その子って、桐野の初恋の人じゃない?」
「えっ……ええええ? なに言ってんの!!!」
 桐野の頬が赤くなっている。
 図星だったらしい。
 なるほど、わかった。ぼくは言った。
「謎がとけたよ。『7つめ』は、『森の桜の下』だよ」
「ええええっ?」
「『ガチャ』シリーズだよ」
 探偵ガチャが活躍する小説シリーズ、ぼくは大好きなんだ。
 全7巻。
「1の赤い印は、1巻目のタイトル、『探偵ガチャと怪盗アリス』。『アリス』を名乗る怪盗と対決するんだ」
「アリスと言えば、うさぎだな」
 トモルが、うさぎのブロンズ像に目を向ける。
「2の、止まった時計はなんじゃ?」
 止まった時計が指しているのは2時だ。
 にじ。2巻目のタイトルは『ガチャ、虹の橋をわたる』。
 池のなかの島だって、一応「無人島」だよな。3巻目『ガチャ、無人島へ』。
 ホームベースは『ガチャのホームラン』。これが4巻目だ。
 そして5巻目『ガチャのクリスマス』。
 6巻目『ガチャの初恋』。
 そこまで聞いたオヅが興奮ぎみに言う。
「さっすが、理人、虹小の名探偵じゃ。でも、なんでそんなにすぐにわかったんじゃ!?」
「それは、ここ。地図のすみっこに描いてある星印、ガチャシリーズの作家さんの元野力もとのりきさんがよく描くマークなんだ。サインにいれるみたいで、本の表紙にもかならず描いてあるんだよね」
「パッと見ただけで、それに気づくのもさすがじゃな」
「で。ガチャ7巻目のタイトルは『ガチャと森の桜の木』なんだな」
 トモルが、腕組みしたまま、雑木林を見る。
 広い庭はそのまま、雑木林につながっている。
 それも保養所の一部らしい。どんだけ広大な保養所なんだ。
「今、花が咲いているわけじゃないけど、桜の木なんてわかるか?」
 すると、イッキーが自信まんまんにうなずいた。
 5分、木々の間を歩いただけで、オヅはためいきをついているが、イッキーはうれしそうに木の幹を見てまわる。
「イッキーが植物に強いなんて、知らなかったわ」
「た……食べるものがないとき、図鑑ずかんで植物調べてるうちに、興味がわいたんだ。ちなみに、雑草で一番おいしかったのはハコベラとイタドリ」
 真顔だから、本当にためしてみたのかも。
「あ、これ」
 イッキーが、白っぽい木の幹に手をあてた。
 木は背が高く、上のほうにしか葉っぱがついてなくて、よく見えない。
 だけど、幹に特徴があるんだと言う。
「山桜だと思うけど……」
 さっそくその根元を、スコップでろうとしたら、イッキーにとめられた。
「ううん。ここじゃない気がする。だって、地面は草の根もはっていて、掘りにくそうだよ。こんなところに、桐野さんのおじいちゃん、何かめるかなあ」
「じゃあ、どこなんじゃ?」
「庭のほうかも……。さっきは、桜の木があるか見てなかったんだ」
「だって、『森のなかの桜』なんじゃろ?」
「庭には、これと似た木が3本ありました」
「3本? じゃあそこだよ!」
 イッキーが走りだす。
 体育の時間以外で、走るイッキーを見るのは、はじめてかも。
 あとをおいかけて走りながら、ぼくも気づいた。
 なるほど、そこが「森」なんだな、イッキー。

 3本の桜の木は、「森」という文字のように三角形の配置で、植えてあった。
 その3本の真ん中あたりを掘ってみると、カチンと手ごたえがあって、水色の缶がでてきた。
 これか?
 缶をあけると、「初恋のバルコニーの赤」と書いた紙がでてきた。
「おとなりの、桐野の初恋の彼の家かな」
「ちょっ! 初恋って決めつけないでよね!」
「でも桐野のおじいちゃんはそう思っていたんじゃろ? で、今は、空き家なんかのぉ?」
「そう。もうだれも住んでないわ」
 となりの家に近づいていく。
 すると、その家の2階のバルコニーのさくに、赤いかんがくくりつけられているのが見えた。
「あれをとりにいかにゃいけんの? 不法侵入ふほうしんにゅうじゃろ?」
「……いや、いける」
 言いながらトモルが足もとから、小石を拾う。
 そして、缶めがけて、投げた!
 カーン!と石があたる。
 トモルのコントロールは、かなりいい。
「おまえ、野球でもやってんの?」
 そう言うぼくこそ、野球をやっていたけど。過去形だ。
 今はやってない。
 トモルは意味ありげに、にやりと笑っただけ。
 次に投げた一球は、さっきよりスピードと重みがのっていた。
 缶がまた、カーンと(缶だけに)音をたてて、下向きの缶のふたが、はじけとんだ。
 缶は、くす玉のように、下から布か紙のようなものが幕状まくじょうにのびた。
 が、ちぎれて、吹いた風にのって、垂れ幕はとんでいってしまった。
「なにか書いてあるぞ!」
 追いかけようとしたら、トモルにとめられた。
「いや、読めたから」
 えっ?
 あの紙に書いてあった文字が読みとれたという。なんちゅう視力。
「『小屋の鍵の番号は車のナンバー』だと」
 小屋?ってなんだ?
 振りかえると、桐野が教えてくれる。
「庭の手入れ道具入れの小屋のなかにね、さらに小さな部屋があるの。そこの入り口に番号式の鍵がついているわ。4桁の数字にあわせると開く鍵よ」
「車のナンバーっていうのは……? 桐野、この保養所、車があるの?」
「この保養所専用の送迎車があるの。今日は歩いてきたけど、いつもは送迎してもらうのよ」
 ……ん? ちょっと待て。
「じゃあ、今日、ぼくたちを炎天下を歩かせたわけは?」
「みんなといっしょなら、歩いたほうが楽しいと思って──。え──っとね、車は敷地しきちの中に停めてあったでしょ。え──っとナンバーはね……」
「4515でした」
 横からさらりと、アルクがこたえる。
「サンキューアルク。おお、シッコ行こう、って覚えやすい番号じゃ」
「下品ねオヅ。覚えやすくても覚えてなかったでしょ」
「おまえもな。とおりすがりの車のナンバー覚えてられないよ」
 そんなものも全部覚えてるのが、アルクだ。
 番号を合わせると、小部屋のドアの鍵が、カチリと鳴って開いた。
 ドアをそっと押す。
 ギィィイイ
 なにかとびだしてくるんじゃないかって、どきどきしたけど、もちろんなにもない。
 なかには小さな机が1つ。
 そこに、本物を見るのは、ぼくははじめてかもしれないテープレコーダー。
「なに、これ」
「おじいちゃんのレコーダーだわ。こういうのおじいちゃん好きなの。私は使い方知らないけど……」
 オヅがスイッチを押すと、中のリールがまわって、音が出始めた。
 ボリュームをあげる。
 オホンオホンという咳払いのあと、録音のなかのその人は話しはじめた。
「おじいちゃんの声よ……」
 がさがさとした、ちょっと聞きとりにくい声の再生がはじまった。

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 美波。
 自力でここまで来たのかな。
 本を読まない、運動も苦手、植物のことも機械のことも知らない美波には難しいだろうなって思ったけど、もし1人でここまで来たのならたいしたものだ。
 ぜんぜんわからなくて、大人の力を借りて、ここまで来たんだとしても、それでもいいよ。
 おじいちゃんは病気だから、もしかしたら、美波が宝探しの答えを知りたくなったとき、死んじゃってるかもしれない。
 だけど、美波が、ワクワクしながらここへたどりつくことを想像しただけで、おじいちゃんもワクワクするんだ。
 美波は友だちがいないんじゃないかな。
 ひとりぼっちでいることの多い美波を見ていると、おじいちゃんは心配でたまらなかったんだけど、ある日気づいたんだ。
 美波は1人でもちっともさびしそうじゃない。
 美波は1人でも大丈夫な子なんだ。それはすごいことだと思うよ。
 美波は強いんだ。
 友だちがいないことは悪いことじゃない。
 友だちって作るものじゃない。
 いつのまにかできているものなんだ。
 いつの日か、もし、友だちができたら、大事にしなさい。
 大事にするってことは、なにかをあげることじゃない。
 相手のことを思うってことだ。
 1人でもへっちゃらな美波のこと、おじいちゃんは好きだ。
 だけど、いつの日か、美波には信頼できる仲間ができる、そんな気がするんだ。
 美波、宝物は、2階の奥の部屋にある。
 その鍵をおいておくよ。
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 赤いリボンのついた鍵がレコーダーの横においてあった。
 桐野は、じっとして動きださない。
 ひさびさに聞いたおじいちゃんの声に、涙ぐんでいる。
「桐野ぉ、早く2階に行ってみようやー」
「───うんっ」
 デリカシーのないオヅの大きな声に、桐野は元気に返事をした。
 鍵を握りしめて、保養所内にもどっていく。
 階段までもが豪華で、みんな遠慮がちに階段のすみっこを上がっていくのに、桐野は真ん中を、背すじをのばして、女優のように上がっていく。
 2階の奥の部屋の前、桐野が鍵を差しこみ、一瞬目を閉じた。
 深呼吸して、鍵を回した。
 ドアが、おそらく1年ぶりに、だけど、音もなく、開いた。
 部屋に入ると、桐野以外が感嘆かんたんの声をあげた。
 本の山だった。
 おじいちゃんからの手紙がおいてある。

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美波、がっかりしているだろうな。
でも1冊くらい読んでくれ。
あとは喜びそうな子がいたらあげておくれ。
物をあげるのが友情ではないと言っておきながら……。
本は別。プレゼントしてOKだ。
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 オヅは組み立て式の模型もけいが付録の本を手に取っている。
 イッキーは植物図鑑。
 トモルは野球の本。
 アルクはなぜか食材事典。
 ぼくは……ガチャシリーズを手に取ってみる。
 宝探しにも使ってあったし、ここにも全巻ある。
 え……?
 手書きの原稿用紙のたばがある。
 そこには元野力のサインと、あの星印のマーク。
「これ……え……?」
「ああ、おじいちゃん、手書きで原稿書いていたから」
「え?」
「ガチャシリーズの作者は、おじいちゃんなの。本名も、亡くなったことも公表してないけど。会社で働きながら小説書いていて、引退して会社をパパにまかせてからは、ここで書くことが多かったみたい」
 元野力。
「元」は「げん」とも読める。
「力」は「りき」、ひっくりかえせば「きり」。
 きりのげん。
 その原稿は、ガチャシリーズのつづきで、でも書きかけだった。
 つづきが読みたかったな……。
 生きてらっしゃるときに会ってみたかった。

「桐野、おまえ、おじいちゃんの書いた本、読めよ」
「言われなくてもそうするわよっ」
 おじいちゃん、桐野が仲間といっしょにこの部屋へくるって、信じていたんだな。
 桐野がぜんぜん興味なさそうな本のチョイスだ。
 でも、みんながわいわい言いながら本を手にとるのを、桐野はうれしそうに見ている。
 桐野がここへ、スポーツや、植物や、機械や、それに、自分の書いた本が好きな仲間といっしょに、おとずれたこと。
 空の上で喜んでいるんじゃないかな。
 おじいちゃん。
 桐野にはとりあえず5人、仲間がいます。

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夏休み明け 特大号『本物の宝探しとブラックライトの秘密』
我が新聞チームに宝探しの依頼がきた。
この6つの写真を見て、これらが意味するものを考えてほしい。
謎解きができたものは解答を新聞チームまで。答えは次号で発表する。
我がチームは、すでに謎解きに成功し、宝物を手にいれた。

さて、この宝探しは、ある海辺の町であったことだったのだが、そこでブラックライトだと思われる人物を発見。
これまで何度も新聞に登場のブラックライト。記者にはうしろすがただけで、彼だということがわかった。
(黒い服と帽子のブラックライトのうしろすがたの写真)
ところが海水浴場では、2日間とも彼を発見できなかった。
猛暑もうしょの海水浴場。泳がないなんて普通ありえないのではないか。
記者は推理する。
運動神経抜群うんどうしんけいばつぐんのブラックライトだが、じつは泳げないのではないか、と。
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5 運動会の不審火!? 事件

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 2学期がはじまり、運動会が近づいてきた。
 でも今年の運動会は、かなり気が重たい。
 小学校最後の運動会だというのに……。
 というのは、緑川みどりかわ小学校と合同でやるっていうんだ。
 来年、虹丘小学校は、近隣の緑川小学校と統合するらしい。
 2つの小学校を1つにまとめるってこと。
 ぼくらは小6だから、そのころには卒業しているのだけど。
 とにかく統合の前に、「両校がなかよくなるため」におこなわれる運動会らしい。
 練習は、それぞれの学校でやり、当日いきなり合同にするという、なかなかのむちゃ。
 勝負は学校対抗ではなく、混合チームでの紅白戦だというのに。
 運動会本番がおこなわれるのは、緑川小の校庭。
 小学校最後の運動会がアウェイな感じだと思うとがっくりだし……、なによりアルクは「知らない場所」が苦手だ。
「運動会」っていう定番イベントも苦手だ。
 せめて、うちの学校でやるのならよかったんだけど……。
 そしてもう1つ、最大の不安ポイント。
 緑川小には、あいつ──天津がいる。
 あの天津だ。
 ためいきばかりついていたら、運動会の当日は雨になった。
 火曜日に延期されたけど、それだと保護者が見にこられない子も多い。
 うちの親たちも、むりみたいだ。

 その火曜日当日。
 また雨だったら、延期ではなく、中止になる予定だったけど、空はきれいに晴れあがった。
 その空と対照的なアルクの顔。
 低学年のころだったら、走って逃げだしていたかも。
 泣きそうな顔をしながらも、ぼくといっしょに登校した。
 いったん虹丘小学校に集合してから、緑川小学校まで歩く。
 アルクは、不安そうに、ずっとぼくのシャツのはしを持ったままだった。
 緑川小の校庭の配置図や、校内のトイレの位置を、前もって先生が図面で説明してくれた。
 きっとアルクは全部記憶しているに違いない。
 だけど、それだけじゃ、アルクの不安は消えない。
 イッキーが、アルクの背中に手をあててくれている。
「不安だよね。ボクもだよ」
「緑川でやるっていうのが、納得いかないわ、私」
 いつのまにか桐野までそばに来ていて、いつものメンバーで歩いている。
「トモルの学校は昨日運動会で、今日は代休らしいから、見にくるとか言うてたよ」
「はあ? よその運動会見にきて、なにがおもしろいんだよ」
「オレの代わりに走ってくれんかのぉ」
「トモルくん、運動神経抜群だから、うらやましいな」
「そんなトモルが、泳げないとはのぉ」
 けけけっとオヅがうれしそうに笑う。
 弱みを見つけたようで、うれしいらしい。
 ──夏休み、桐野の家の保養所へ行ったとき、みんなで海水浴に行く直前、桐野がジュースをひっくりかえしてトモルにぶっかけた。
 どうせ水着になって泳ぐんだから、服なんてどうでもいいだろうに、「服を着替えていくから先に行ってて」と言う。
 そして結局、桐野とトモルは、海にはこなかったんだ。
 2人は早いお風呂をすませ、すずしい部屋でトランプをしていた。
 翌日も、2人は泳がなかった。
 桐野はどうせ日焼けするのを気にしたんだろうけど……トモルのほうは「泳げないからじゃないか?」というのがオヅの推理(っていうか妄想もうそう)だ。

 緑川小学校について、開会式が終わり、児童席のうしろのあたりで、5人でトモルの話をしていたら、そのトモルが、
「よっ!」
 学校のへいを乗りえて、校庭に入ってきた。
 おい。目立つことするなってば。
 おまえがブラックライトだってばれたら、どうする気だ。
 それに、なんだ、そのかっこうは!
「なんでトモルが、うちの体操服を着てるんだよ!」
「美波に借りた。目立たないようにって」
 美波、だって?
 いつのまに、この2人、そんなになかよくなってんだ。しかも、体操服借りるって……。
 それに!
 目立たないようにしたいなら、へいなんか乗り越えずに正門にまわれよ!!
 虹小新聞に「怪盗ブラックライト」がのった号は、とくに読者の食いつきがいい(顔は写らないように用心しているが、イケメンの気配を女子は感じとるらしい)。
 だからオヅはネタにこまると、すぐブラックライトの記事をのせる。
 ブラックライトが謎解きをしたかのように書くときもある。
 オヅはさっそくカメラをかまえて、トモルを撮ろうとする。
 トモルも慣れたもので、サッと顔が見えない角度をつくる。
 運動会の記録用にと、オヅはカメラの使用許可をとっているらしい。
「全員の写真も撮りましょうよ」
 と、桐野が新聞チームメンバーの集合写真を自撮りした。
「オヅ、トモルと私の2人のも撮って」
「あのなあ、これは取材用カメラで、個人的な写真を撮るもんじゃないんじゃ」
 その騒ぎに気をとられていた。
 ぼくが気づくと、いつのまにか、そばにアルクがいない。
 いったいどこにいったんだろう?
 虹小だったら、どこにいるか想像がつく。
 だけど、ここではわからない。
「6年生は入場門に集まってください」
 アルクが帰ってこないのに、放送係の声が響いた。
 午前中、最後の競技、6年生の50メートル走の番が、もうすぐくる。
 アルクを捜しながら、入場門へむかう。
 もしかしてピストルの音のせいか……。
 アルクは、ピストル型のスターターの、ターン!という音が苦手だ。
 小1の初めての運動会のとき、アルクがこわがって泣いたから、次の年はピストルをやめて、笛にしてくれた。
 でも、「笛の音だと運動会らしくなくてもりあがらない」と言う保護者もいる。
 その後、電子音のピストル型のスターターにしてくれたが、今回の運動会は、借りられなかったと先生が言っていた。
 学年が上がって、以前よりも音をがまんできるようになったアルクは、「イヤマフをしたら大丈夫」って言っていた。
 けれど、やはりちょっとつらそうだった。
 ほかの学年のときは、イヤマフをして、離れたところにいればいいけど、自分の学年のときは、すぐそばで何度も聞くことになる。
 競技への緊張と、至近距離しきんきょりでの音で、二重につらいだろう。
 入場門についたが、やはりアルクはいない。
「……どうしよう……」
 ぼくがつぶやいたとき、なぜかいっしょに来たトモルが言った。
「じゃあ、ぼくがアルクのかわりに走るか」
「は────!?」
 ぼくがおもわず声を上げると、すかさず桐野がしっ、と制する。
「いや、待てよ、さすがに代走したらばれる気がするこれ」
「大丈夫だって。2つの学校の子、おたがいの顔を知らないんだろ? 知らない顔の子がいても、ああ、もう1つの学校の子か、って思いこむもんだよ。それで、あとでオヅが『どっちの学校でもない子がいた、ブラックライトが入りこんでいたのか!?』って記事にすんの。どうよ?」
 いや……、まずいだろ。
「ええのぉ! それ! そのネタもらったァ!!!」
 まわりに聞こえないように、小さな声で話しているのに、オヅの声はやたら響いた。
 でも、まわりにはなんの話かわからないだろう。
 まもなく、入場だ。
 アルクがいないのは、かなりまずい。
 本当にトモルにかわりに入ってもらっちゃうか?
 目立たないように、ほどほどのスピードで走ってもらって……。
「5番目に走るグループ、1人足りないけど……」
 緑川小の先生が、人数のチェックをしている。
 まずい、どうしよう……。
 気が気じゃないまま見まわすと、ふと5番目のグループに天津がならんでいるのが目に入って、思わず顔がけわしくなった。
 天津は、まだこっちには気づいてない。
 やつは自分のこと「スポーツも万能」って言っていたっけ……。
 心の中の悪魔が、ぼくの背中を押した。
「──トモル、あのグループに入って。あと、全力で走っていいから」
 天津のくやしがる顔が、どうしても見たい。
「ラジャー」
 トモルが、うれしそうに敬礼けいれいをしてくるのが、ムダにカッコイイ。

 5番目に走るのは、天津ともう1人緑川小の男子、そして、イッキーだ。
 アルクのかわりに、帽子を深くかぶったトモルがサッととなりにならんで、一瞬イッキーがおどろいた顔をした。
 が、すぐになにもなかったかのように、表情をもどす。
 トモルたちがスタートラインに立つ。
 校庭がそんなに広くはないので、直線コースではなくカーブがある。
 トモルは一番内側のコースなので、スタート位置はうしろのほうだ。
 ターン!
 アルクのきらいな、スターターのピストルの音がひびく。
 天津が、いいスタートダッシュをする。
 たしかに運動神経がよさそうだ。
 だけど、うしろからトモルがぐんぐん追いついていく。
 そして、ゴールのテープを切ったのは、わずかにトモルのほうが早かった。
 しかも、ゴールした直後、天津に、
「足の速さじゃ人間の価値は決まらないからさ、気にすんな。次はキミが勝つかもしれないしさ」
 と声をかけて、立ち去ったらしい。
 天津が、思いっきり、ぐぬぬぬぬぬっとなっている様子が、走る順番を待つぼくからも見えた。
 それだけでも、かなりスッとした。
 ぼくらが児童席にもどったとき、アルクがふわりと列にもどってきた。
「アルクー、どこに行っていたんだよ、心配してたんだぞ」
 ぼくが言った直後、
「火事だァ」
 という声が響いた。
 校舎のほうからだ。
 ここの学校の校舎は、ちょっと複雑なつくりになっている。
 第2校舎のむこうから、けむりが流れてきた。
 先生たちが走っていき、騒がしくなった。
 けど、裏庭でちょっと段ボール箱が燃えただけで、消防車をよぶまでもない火だったみたい。
 すぐに騒ぎはおさまり、そのまま昼休憩になった。
 アルクがどこにいっていたのか、事情をきくのはあとにして、とりあえず校庭で弁当を広げた。
 食べていたところに、田野先生が来た。
 声をひそめて、
「火事騒ぎの少し前、第2校舎の方へむかう麻田くんを見かけたって子がいるんだけど」
 と、ぼくらにきいてきた。
 新聞チームメンバー全員が、ピタリ。と動きをとめた。
「「「「「「……」」」」」」
 まずい……。
 アルクが50メートル走のとき、いなかったのはたしかだ。
 だけど、それを言って、アルクがあのボヤ騒ぎに関係しているように思われたらいやだ。
 どう答えよう。
 みんなの視線がアルクにむかう。
 アルクは、流れているBGMが苦手なのか、イヤマフをしたまま、弁当を食べている。
 イヤマフは、まるきり音が聞こえなくなるわけではないけど、食事をしてると、自分の食べる音がひびいて、ほかの音が聞こえなくなるらしい。
「あのとき、ぼくらは、50メートル走だったので、第2校舎へ行けません」
 ぼくがかわりに先生に答える。
「そうだよなあ」
 アルクは、うそがつけない。
 この会話を聞いたら、「ぼくは走ってません」って言いかねない。
 アルクが、先生に気づいて、イヤマフをはずさないか、ヒヤヒヤする。
「……だけど、麻田くん、50メートル走のとき、いたっけ?」と先生。
 ドキッ
 先生が、アルクの顔をのぞきこもうとしたとき、
「いました。ぼくらと同じとき、走りました」
 いつのまにか天津がそばに立っていた。
 緑川小の子にまで言われて、先生は、「そっか」と納得したらしい。
 立ち去る田野先生を、ぼくは胸をなでおろしながら見送る。
 先生のあとを、オヅがなにげなく、つけていった。
 ちょっと振りかえって、「取材」と指文字でぼくに合図した。
 ボヤ騒ぎについて調べて、新聞のネタにするつもりらしい。
 田野先生が見えなくなると、天津は肩でふうっと息をした。
 こんなやつでも先生にむかってうそをつくのは緊張するらしい。
 でも、なんでこいつはうそを?
 まさか、アルクをかばってくれた?
 いや、まさか。それはないない。
「50メートル走のとき、こいつ、いなかったよな。さっき、オレと走ったやつ、こいつの代理だろ」
 う……。
「なんだか知らないけど、これは貸しだ。オレの言うこと聞けよ」
 う……。まずいことになった。
「言うことって、なんだよ?」
 用心ぶかく、ぼくがききかえすと天津は、
「午後のリレーのとき、さっきのやつとオレが走れるように順番変えておけよ」
「はい?」
「次はあいつに負けねえ」
「い、いや、そんな簡単に順番変えておけって……。おまえ、何番目だよ」
「アンカーに決まってるだろ」
 そ、そりゃそうだよな……。
「絶対だからなっ」
 その絶対って、絶対負けないの絶対ですかー。
 それとも絶対約束まもれ、さもないと、の絶対ですかー。
 ぼくは、弁当を食べるのを中断したまま、頭をかかえた。
 当のトモルは、じつは桐野のピンクのパーカのフードをかぶって、これまた桐野が用意した弁当を、うつむきぎみに食べながら、ぼくらに交ざっていた。
 ブラックライトだとばれないようにするには、女子っぽくしておけばいいじゃないと、桐野がパーカをはおらせたのだ。
 天津も、まさかライバルが目の前にいたとは気づかなかったろう。
 トモルは、桐野にもアルクにも体格が似ている。
 その細い脚に、どれだけのバネや筋肉が隠れているんだろうと思うくらいだ。
「どうすりゃいいんだよ……」
 むりだー。さすがに目立ちすぎる。
 リレーのアンカーに、うちの学校じゃない子をいれるなんて。
「かーんたんなことじゃん」
 と桐野が笑う。
「虹小のリレーアンカー、川野でしょ。彼には私、貸しがあるわ。オヅの順番に川野に移動してもらって、川野のかわりにアンカー、トモルが入ればいいのよ」
「そんなにうまくいくのかよ」
「順番の前後の子には、私から適当に説明しておくわ。オヅはリレー嫌いだから、走れなくてラッキー」
「あとで問題になったらどうすんだよ」
「問題になんかならないわよ。オヅも川野もご両親来てないでしょ。先生たちは、なれない緑川小での運動会でばたばた。多分、ばれない。ばれたときは、適当なうそを言っておくわ」
 あいかわらずの悪知恵を、そんな簡単そうに……。
 そして、トモルまで、
「大丈夫。ぼくもあいつともう一回走りたいし。先生たちが気づく前にうまく隠れる自信もある。──それより理人はアルクのほう、解決つけたほうがいいんじゃないか」
 そうだった……。
 第2校舎裏庭のボヤ騒ぎ。
 火事になってないんだから騒ぎが続くとは思えないけど、アルクが関係ないこと、はっきりさせておきたい。
「アルク、ちょっとあっちにいこう」
 肩に手をおいて合図すると、アルクはついてきた。
 アルクの言うことをゆっくり聞けるように、みんなからちょっと離れたところで、アルクのつけているイヤマフをはずす。
「なあアルク、さっき、50メートル走のとき、どこへいってた?」
 第2校舎にいくには、屋内のわたり廊下ろうかを通らないといけない。
 そこの窓が、いくつか、中途半端ちゅうとはんぱに開いていたことを覚えている。
 アルクは、窓が全部開いているか、全部閉まっているか、どちらかが好きだ。
 ボヤ騒ぎがあったって言われたとき、わたり廊下の窓を見ると、全部閉まっていた。
 天気がよすぎてけっこう暑いのに、わざわざ窓を閉めるなんて、アルク以外にだれがする?
 それに、運動会の音から逃げるためなんだから、全部開けるより全部閉めるほうを選ぶだろう。
 ぼくはアルクが、
「音が怖くて、第2校舎に逃げていました」
 と答えると予想していた。
 火をつけたのはアルクじゃないと思う。
 だけどアルクの答えは、まるっきりぼくの想定外だった。
「バイクの人、いたけど、見失いました」
 ?
 どういうことだ?
「え──っと……アルク? アルクは、バイクの人を? 追いかけていたの?」
「はい」
 こくりとアルクがうなずく。
「バイクなんか、ここにきてたか?」
「前に、バイクに乗っていた人です。今日は歩いていました」
「その人を追いかけて、アルクはどこにいったんだ?」
 アルクが指さしたのは、第2校舎だ。
「見失いました」
「アルク、ここが大事なところなんだ。裏庭の火事は見てない? アルクが火をつけたんじゃない?」
「見てないです。つけてないです」
 アルクはうそがつけない。
 アルクは犯人じゃない。証拠はないけど。
「おー、こんなところにいた。おーい、理人──」
 オヅがぼくを手招きする。
 アルクも関係する話だから、聞かせたくないのかも。
「一応消防署にも連絡したみたいじゃけど、段ボール箱が燃えただけじゃけえ、いたずらじゃろうって言うてた。悪げな若いやつ2人の目撃情報もあったようじゃから、アルクへの疑いは消えた思うな」
 黒くなった地面を撮った写真を見せてくれる。
 いたずらだったとしても、一歩まちがえれば、大変なことになっていたと思う。
 ゆるせない。
 だけど、今は、運動会にも集中しなくては。
「オヅ、さらに特ダネがある。ラストのリレーで──」
 桐野がたてた計画を聞かせると、オヅは止めるどころかもちろん大喜びだ。

 午後のプログラムは順調に進み、最後のリレー。
 桐野の計画通り、トモルは走者の列にまぎれこんでいた。
 帽子を深くかぶって、顔をかくしている。
 トモルにバトンをわたす前の走者は、ぼくだ。
 赤白2人ずつで、ぼくは2位で赤のバトンを受けとった。
 ぼくの前を走る白は、天津のチームだ。
 トモルにバトンをわたす前に、少しでも差をちぢめておきたい。
 風が耳もとでゴウゴウ鳴る。
 こんなに本気で走ったのは久しぶりだ。
 ぼくも、脚はそこそこ速いほうだ。
 でも、今日は「そこそこ」じゃだめなんだ。
 天津にゴールのテープを切らせたくない。
 前を走るやつとの差がちぢまってきた。
 ぼくがトモルにバトンをわたす一瞬前に、天津がバトンを受けとった。
 天津とトモルの走りは3位4位を大きく離し、ほんの少し天津が前をいくまま、ゴールが近づいた。
 天津が勝った喜びをくちびるに浮かべて、ゴールのテープを切ろうとしていた。
 しかしトモルが飛びこむようにゴールへむかった。
 ゴール! 同時に!
 天津の顔がショックにゆがむ。
 天津が天にむかって吠えた。
 怒っている? 自分自身に。
「勝負、つかなかったな」
 トモルが天津に握手あくしゅをもとめて手をさしだした。でも、
「バトンを受けとったのはオレのほうが先だ。リレーとしては同着でも、オレはおまえに負けた」
 天津は、トモルの手を握らなかった。

「虹小新聞でーす、読んでくださーい!」
 運動会が終わるなり、いそいで着替えたオヅは、校門前で、帰っていく緑川小の子に新聞を配っている。
 運動会のあと配ろうとつくっておいた特別号だ。
「今日の運動会の記事は、でき次第また配りにくるけえの。お楽しみに!」
 緑川小の子たちとは中学でいっしょになるし、今のうちから愛読者を増やしたいと言っている。
 オヅのやつ、中学になっても新聞チームを続ける気らしい。
 オヅの今の家は遠いから、本来は中学は別になる。
 それでもオヅはどうしても虹丘中学に通いたくて、虹丘学区のおばさんの家に下宿するかも、とまで言っている。
 それもこれもこのメンバーで新聞チームを続けたいから、らしい。
「トモルの兄ちゃんの事故の目撃者、緑川小にいるかもしれんじゃろ」
 5月10日に、トモルのお兄さんをひき逃げしたバイクの目撃情報をつのる記事を、オヅは何度も新聞にのせている。
 だけど、今のところ、目撃者は現れていない。
「虹小新聞読んでくださーい。はい、そっちの人も読んでくださーい。虹小し……」
 オヅの声がとまった。
 わたそうとした相手が、天津だったんだ。
 天津はオヅをひとにらみにして、だけど、新聞は受けとった。
 その場で読みはじめる。
「5月10日って……」
 トモルのお兄さんの事故の日にちに、天津がひっかかるような顔をする。
 そうだよ、天津。
 おまえとぼくたちが初めて顔を合わせた日だ。
 おまえはとんでもなく悪いことをしていて、ぼくがそれを目撃した。
 あの日の事件のあった時間。ぼくらは、呪いのラブレター事件の犯人を捜すために、塾に、はりこんでいた。
 ぼくらは事故があったことすら、知らなかった。
 救急車のサイレンの音を聞いた覚えは、うっすらとあるけど……。
「あの日、オレ、塾の横の道を、けっこうなスピードを出したバイクが通りすぎていくのを、2階の窓から見たぜ」
 新聞から目を上げた天津が、真顔でこっちを見た。
「え?」
「おまえと会う少し前だ。あのときのバイクがひき逃げ犯って可能性、あるんじゃないのか。時間的にちょうど合うような気がする」
「────!」
 頭をなぐられたようなショックだった。
 トモルのお兄さんをはねたバイクは、その場で止まらず走り去ったという。
 たまたま、近くの防犯カメラは故障|《こしょう》中で、目撃者もいなかった。
 事故現場から逃げたバイクは大通りへむかったものだと、ぼくは思いこんでいた。
 だけど、そうじゃなかったとしたら──。
 塾の1階玄関と2階玄関は方角がちがう。
 2階玄関の前の道は、1階玄関前につながっていない。
 天津が見たというバイクは、ぼくのいた1階玄関前の道を通っていない。
 天津に言われるまで、犯人のバイクが塾のそばを通る可能性を考えてもいなかった。
「まさか犯人が、自分たちのすぐそばを通っていたかもしれないなんて。思ってもなかった。ずっと、目撃者を探していたのに……」
 オヅの新聞作りを手伝って、探偵みたいに呼ばれていたのに。
 ぼくはバカだ。
 ひき逃げの犯人がどっちへ走っていったかの、予想の幅がせまかった。
「天津。そのバイクに乗っていたのが、どんなやつだったか覚えてないか」
「顔なんて見てないし、ナンバープレートどころかバイクの色だって見えてない」
 天津は仏頂面でこたえる。
 協力する気はまったくないらしい。
 そうか……すぐそばを犯人が通っていたとしても、だれも覚えてないなら意味もない。
 あの道は住宅地へと続いていて、途中とちゅう、店もない。
 防犯カメラも、きっとない。
 がっくりと肩を落とすぼくに、天津が、
「あいつは見ているんじゃないか」
 と、アルクにむかって、あごをしゃくった。
「アルク……?」
 あ…………。
 あの日、ぼくは1階ではりこみをしていた。
 2階玄関へいったとき、アルクはそこにいなかった。
 そして、もどってきたとき、「バイクがきて、こわかった」って言っていたっけ……。
 どうして今まで思いださなかったんだ。
 バイク……!
「──アルク、教えて。今日、第2校舎へいったのは『バイクの人を追いかけて』って言っていたよね。そのバイクの人って、いつ見かけたんだよ?」
 するとアルクが、ぼくをしっかり見て答えた。
「5月10日に見たバイクの人です」

『ひき逃げ犯人、運動会に現る』
今年の運動会は緑川小との合同運動会。(運動会の様子は2面に掲載)(ブラックライト登場については4面に掲載)
午前中の競技が終わりに近づいた11時20分、裏庭でボヤ騒ぎがおこった。(くわしい記事は3面に掲載)
その犯人らしき男を児童A君は目撃していた。
A君は5月10日夕方、青葉塾近辺で、バイクと接触しそうになった。そのバイクは図書館前でおこったひき逃げ事件の犯人の可能性があると我が新聞チームは考えている。
A君は、運動会でそのときのバイクの男を見かけ、あとを追った。見失い、その後、ボヤ騒ぎがおこった。その男は仲間1人とボヤのあった裏庭方面へむかった可能性が高い。2件の事件の犯人の可能性として警察には話してある。
A君は、青葉塾2階玄関あたりで、バイクを撮影した使い捨てカメラを紛失した。それが出てくれば、犯人逮捕の決め手となる。カメラを現在捜索中。
5月10日。青葉塾近辺で暴走バイクを見かけた方、使い捨てカメラを拾った方、虹小新聞チームに連絡いただきたい。


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6 ひき逃げ犯との鬼ごっこ!?

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「────ごめん」
 ぼくは深く頭をさげた。
 今日の午後は、母さんが出掛けていてだれもいない。
 それで、いつもの「編集会議」を、ぼくの部屋でおこなうことになっていた。
 最初にうちにやってきたのがトモルで、2人きりになった。
 それで、ずっと言おうと思っていたことを伝えることにしたんだ。
「なにが」
 ぼくがなにを謝っているのか、トモルもきっとわかっている。
 だけど、トモルはあぐらの上においた野球雑誌をぱらぱらめくりながら、顔もあげずに言った。
 トモルのお兄さんがバイクにひき逃げされた、5月10日。
 その日、呪いのラブレター事件解決のために走りまわっていたぼくらは、青葉塾にいて、事故を目撃しているわけがないと思いこんでいた。
 あの日アルクが「バイクがきて、こわかったです」と言ったことを、ぼくはすっかり忘れていた。
 そのバイクに乗っていたやつが、ひき逃げ犯だと決まったわけじゃない。
 だけど、細い道を猛スピードで走り抜けようとしたバイクは、かなりあやしい。
 アルクは、記憶力はすごいけど、推理力があるわけじゃない。
 ぼくが、もっと早く気づくべきだったんだ──
 そいつが、犯人である可能性に。

 あのあと、ぼくらは警察にも行って、話をした。
 5月10日、バイクが塾の横の道を通りぬけたこと。
 そして、そのときバイクに乗っていたのと同じ男が、運動会の日、ボヤ騒ぎのあった裏庭へむかっていたこと……。
 どちらも、「アルクが目撃した」ってだけで、なんの証拠もない。
 子どもの言うことを、警察がどこまで本気で調べてくれるかわからないけれど……。
 そのとき、アルクが自分の部屋からベランダを通ってやってきた。
 アルクも、ぼくのとなりに並んで、トモルに頭をさげる。
「ごめんなさい、トモルくん」
「まったく、アルクまで……2人が謝ることじゃないだろ」
 言いながら、気まずそうにトモルが顔を上げた。
 そのトモルに、アルクが小さななにかを握らせる。
「これ、あげます」
 トモルの手にのっていたのはフィギュアだ。
 野球選手のフィギュアはアルクの宝物で、レアなレジェンド選手のは、特に大事にしている。
 おわびのしるしに、あげたかったんだろう。
「……谷繁たにしげ選手と、古田ふるた選手と、達川たつかわ選手……?」
 一瞬考えたあと、トモルは大声で笑いはじめた。
「────アルク、おまえ本当にすごいなあ。理人の数倍、えらい!」
「?」
 トモルがどうして大笑いしているのか、ぼくにはさっぱりわからない。
 どういう意味だときこうとしたとき、トモルはとつぜん話をもどす。
「それで、ききたかったんだけど。どうしてアルクは、運動会のときの男が、バイクに乗ってたやつだって気がついたんだろう?」
「においだよ」
 アルクのかわりに、ぼくがこたえる。
 アルクは、においの記憶力も、すごくいい。
「学校で、その男の顔を見たんだろ? 似顔絵とか描けないかな。アルク、そうとう絵がうまいだろ」
「風景画はかなり、ね。でも人の絵は、幼稚園児が描いたほうがうまいくらいなんだよ。そのうえアルクは、人の顔を覚えるのがへたで……だから難しいな」
 そのとき、ピンポーンとインターフォンが鳴った。つづけて、
「よーよーよー待たせたのぉ!」
 勝手知ったるオヅが、そう言いながらぼくの部屋に入ってきた。
「お邪魔するわよ」「こんにちはー」
 桐野とイッキーもいっしょだ。
 オヅは、黒崎兄のひき逃げ事件についてデカデカと書いた新聞を、近所のコンビニやスーパーに、はらせてもらっている。
 もし、犯人がその新聞を目にしたら、とっさに防犯カメラをうかがうような、目立つ行動をとるんじゃないか──というのが、オヅの予想だ。
 オヅは記事の中で「通りすぎるバイクを撮影したカメラ」のことを、わざと書いた。
 5月10日、バイクにおびえたアルクは、オヅから預かったカメラをなくしてしまった。
 なくなったカメラに、バイクがうつっているかどうかは、わからない。
 新聞記事に書いたのは、はったりだ。
 でも、ぼくら新聞チームに今できることは、その反応があるのを待つことくらいだ……。
 ピンポーン
 また、インターフォンが鳴った。
 もうメンバーはそろっているのに、だれがきたんだ?
 インターフォンの画面を見て、ぼくは固まった……。
 天津だ……。
 どうして天津が、ぼくんちを知っている?
 どうにか、インターフォンの受話ボタンを押す。
 すると、天津がいかにも優等生の姿勢をとって、話しはじめた。
「ぼくは天津と言いますが、理人くんは……」
「……ぼくだけど」
 とたんに、画面の中の天津が、いつもの仏頂面にもどる。
「わたしたいものがある」
 なんだ、わたしたいものって。
 ぼくが玄関のドアを開けると、いきなり天津がなにかを差しだしてきた。
「なんだよ……これ……」
「見てわからないか? おまえやっぱり、そうとうのバカだな」
「!!!」
 天津の手の上にのったものを見て、ぼくは目を疑う。
「落としたっていうカメラ、これじゃないのか」
 そのとき、オヅが走ってきて、その使い捨てカメラを手にとった。
 オヅは自分の持ち物に、似顔絵とサインを入れるクセがある。
「これじゃーっ! オレのサインが入っとる! あのときになくなったカメラじゃ、これいったいどこで!?」
 5月10日のアルクの持ち場だったあたりは、さがした。
 4ヶ月以上たっていたから期待はしてなかったけど、たしかになかった。
 天津が冷めた顔でこたえた。
「青葉塾の、落とし物おき場にあった。カメラにアホな落書きがしてあるから、塾に来てる子どものものだろうと、拾った人が持っていったんじゃないか」
「思いつかんかったわ……! おまえ頭がええのぉ。それにしても、なんで理人の家がわかったんじゃ?」
「おまえらが頭悪すぎるんだ。貼ってあった新聞の連絡先に電話したら、今日ここで集まってるって言うから、わざわざ来てやったんだ」
 オヅの母さんはごていねいに、ぼくんちの場所の説明をしてくれたらしい。
「じゃあな」と言って、天津がきびすを返す。
 そこに、玄関まで出てきたトモルが声をかけた。
「ありがとう。よかったら、あがっていかないか。ジュースとお菓子があるぞ」
 待てトモル。だれの家だと思ってるんだ!
 それに、天津がジュースやお菓子につられるやつとは思えないだろ!
 トモルの横からアルクも、にこにこしながら言う。
「こんにちは、テンシンく…」「アマツだ」
 アルクが「テンシン」とよぶのにかぶせて天津が言ったせいで、「テンシアマツ」に聞こえた。
「天使天津……っ!」
 ブハッとオヅが吹きだした。
 ぷいっと背をむけようとする天津の手を、すかさずトモルがつかんだ。
「ぼくにとっては天使だ。ホントにありがとう」
 たしかに、塾をやめた天津が、そこに足をはこぶのは、イヤだっただろう。
 事件解決の力になりたいという気持ちは……ありがたい。
 トモルの真剣な言葉に、少し機嫌をなおしたように、天津が、ぼそりと言う。
「……放火犯が第2校舎へむかったとしたら、6年生の50メートル走の前だろう。緑川小だけの応援合戦のパフォーマンスのときだと思う。応援合戦を撮った写真に、不審なやつが写ってないか、先生に調べてもらったけど。見つからなかったようだ」
「!」
 運動会の写真か……! ク────ッ。
 天津に思いつくことが、思いつかなかったなんて!
 トモルが、感激したように顔を輝かせる。
「そんなことまで調べてくれたのか……ありがとう。どうしてそんなに親切にしてくれるんだ?」
「……オレんちの近所の……親しかった人が、同じような事故にあったから」
 それを聞いたとたん、イッキーが泣きそうな顔になる。
「だいじょうぶ。ケガは少しずつ治っているみたいだし」
「そっか……。あ、改めて。ぼくは黒崎トモル。よろしくね、天津」
 トモルが、天津の手を両手でつつみこんだ。
 ……おもしろくない。
 ぼくがモヤモヤしていると、オヅが天津のわきをすりぬけて、外に飛びだしていく。
「オレ、ちょっとこれ持って、2丁目のカメラの店まで行ってくるけえ! あそこならすぐに現像してくれてじゃけえ。テンシン、上がって待っとってくれえの。いっしょにたしかめようや!」
「オレはテンシンじゃあ……」
「ない」と言い終える前に、オヅのすがたはピューッと見えなくなった。
 ……どうしてどいつもこいつも、天津をうちにあげようとするんだ。
 トモルに手をひっぱられて、気がつくと天津は、ぼくの部屋に入ってしまった。

 天津はぼくの部屋をめずらしそうに見まわす。
「野球しているのか?」
「昔な」ぶすっとしたまま、ぼくはこたえる。
「なんでやめたんだ?」
 ぼくがこたえるより先に、桐野が言った。
「理人とアルクね、前に野球していたんだけど、理人がチームの監督かんとくとケンカして、2人してやめちゃったのよ」
 そう。監督は、アルクのことを、迷惑そうな顔をした。
 だから、やめた。それだけだ。
 それにしても、なんで桐野は知ってる? オヅに聞いたのか?
 ぼくが監督とケンカした理由を想像したのか、天津がチラッとアルクを見た。
 けど、何も言わなかった。桐野はさらにつづける。
「前はそんなこともあったけどね、アルクを見てると、理人にべったりのようで、少しずつ『理人ばなれ』してきてるって思うんだ。1人で行動することも増えてるし。中学になったら、もっと変わるんじゃないかな。それぞれでやりたいこともあるだろうし、理人もアルクもそれに気づいているから、中学に入ったら、理人、また野球をはじめるかもしれないわよね」
 な……。桐野、なに言ってる!?
 中学になってからのこととか、ぼく自身がまだちゃんと考えてもいないことまで、よりによって天津に話すなよ!
「オレも中学に入ったら野球部に入る気だったけど」と天津。
 なんだって!?
 緑川小と虹丘小は、どちらも虹丘中学校に進学する。
 こいつとクラスメートになるかもっていうだけで冗談じょうだんじゃないのに、チームメイトになるのは、もっとごめんだぞ!
「オレは中学受験するから、おまえと同じチームにはならない。安心しろ」
 と、すかさず天津が、ぼくの心を見すかしたようなことを言う。
 く────むかつく!
 天津ってやつは、なにをしても、なにを言っても腹がたつ!
 ぼくが言いかえそうとしたとき、
「す、す、すごい。テンシンくん、中学受験するんですかあー」
 と、横からイッキーが心底感心したような声を出したので、力がぬけた。
 天津も同じなんだろう。もう名前を訂正もせず、ぶっちょうづらのままだ。
 その場へ座りこんで、トモルがさしだしたジュースを飲んだ。
 ぼくの部屋だし、ぼくんちのジュースだけどな。
 そのとき、桐野のスマホが鳴った。
「──オヅ? どうしたの」
 桐野は、すぐにスピーカーに切り替える。
『写真な、現像できた。バイクがうつっとるぞ、ナンバープレートがうつっとるんじゃ! アルクがぐうぜん、シャッターをきったんじゃと思う。……だけどな、オレが写真ができるのを待つ間、店の外にずっと知らん男がおるんよ。オレが店の外に出たら、ずっとあとをつけてきよる……この写真がねらいなんじゃと思う。人が多いところにいたほうがいいと思って、中央病院へ入ったんじゃけど、まだあとをつけてきよる。今、逃げまわってるところじゃけ……』
 そこで、電話がきれた。
「オヅッ!?」
「え……ちょ、オヅくん、悪い人につかまっちゃったのかなあ?」
「しゃべりながら逃げるのに限界がきたんだと思うわ。近くの大人に助けをもとめればいいのに、オヅって、本当にアホよね」
 桐野があきれ顔で、ぼくたちを振りかえる。そして言った。
「探偵チーム、出動よ! ──理人とトモル、オヅのところに走って。私のスマホは理人に貸すわ。私とイッキーは自転車で来てないから、ここに残る。あ、アルクもいっしょにここにいてね。私が、理人んちの電話から警察に連絡して、うまく説明しておくから。さあ、いそいで!」
 パンッ!
 桐野が両手をたたくと同時に、ぼくらはいっせいに動きはじめた。
「理人くん!」
 アルクが、ぼくのあとについてこようとする。ぼくは一瞬ふりむいて言った。
「アルクは、ここにいて」
 アルクの自転車のスピードは、ぼくほど速くはない。
 いまは、一刻いっこくを争うんだ。
 ダッシュしたトモルとぼくが、自転車を走らせはじめると、なぜか天津もついてきている。
 帰るのか──と思ったら、同じ方向へ進む。いっしょに来る気か?
 チラッと見ると、天津はぼくをにらみつけてきたけど、そのまま走りつづけた。
 病院につくと、ぼくらは同時に自転車をとめる。
 オヅが入ったと言っていた中央病院は、カメラ店のすぐそばで、総合病院とリハビリセンターがいっしょになった、この近くで一番大きな医療施設だ。
 病院内には、たくさんの大人がいる。
 オヅのやつ、だれか大人に「あやしい男に追いかけられてます」って助けを求めればよかったのに、ひたすら逃げまわっているんだろうか。
『どこだ? 理人より』
 桐野のスマホからメッセージを送ると、
『4階』とオヅからすぐに返信がきた。
 エレベーターがくるのを待っていられなくて、ぼくらは4階へ駆けあがる。
 総合病院の入院病棟だ。オヅをさがして、あたりを見まわす。
「……!」
 そのとき天津が、なぜか、ある病室の扉|《とびら》の前で足をとめた。
「どうした?」
「いや……」
 そこへ、スマホの着信音がした。オヅからメッセージだ。
『リハセンの4階な』
 はよ言え! ちがう建物に来ちゃったじゃないか!
 ぼくらはまた、いそいで階段を駆けおりる。
 1階からリハビリセンターの建物へ移動して、その4階へと駆けあがり、部屋のほうの廊下にむかおうとする。
 と、廊下の少し先に、まわりを見まわしているサングラスの男が見えた。
 もしかしたら、あれがオヅを追っている犯人かもしれない……。
「こっちだ」と天津が小さく言って、静かに走る。
 車いす用スロープの5階部分から、4階の様子が見える。
 エレベーターホールに、車いすに乗っている子がいた。
「おい。おまえ、オレンジ色の服の男の子はどっちに行った!?」
 男が車いすの子にむかって、あらっぽい口調できく。
 オヅのことだ! オヅはオレンジ色のパーカを着ていた。
 声をかけられた車いすの子は、なにも言わずに、ゆっくりと腕を持ちあげ、左の廊下へむかってのばした。
 手を動かすのもやっとなのか、腕は弱々しくふるえていた。
 男が礼も言わずに、そっちにむかって走っていった。
「……しゃべることもできないやつのこと、信じるんだな」
 天津のつぶやきが、その車いすの子をばかにしたように聞こえて、カチンとくる。
 いや、いまはそんな場合じゃない。
 ぼくたち3人は、4階におりた。
 あの男のあとを追うべきだろうか……。
 迷っていたら、車いすの子が、ぼくらに気づいた。
 その子は、ぼくらを見て、ニコッと笑った。
 その子は、ふるえる腕を持ちあげて、エレベーターを指さした。
 エレベーターは1階のランプが点灯している。
「……オレンジ色の服の子は、1階におりたってこと?」
 ぼくがたずねると、その子はかすかに、うなずいた。
「ありがとう」
 と天津が言うなり、階段を駆けおりはじめた。
 ぼくもすぐに、そのあとにつづく。

 1階まで駆けおりながら、ふと防犯カメラに気がついた。病院内のあちこちにある。
 ……もしかして、オヅは、防犯カメラに犯人の映像を残そうとして逃げまわっているのか。
 だとしたら、もうじゅうぶん映っただろう。
 このあと、オヅはどこへ行く?
 そのとき、窓の外に、警察官のすがたが、ちらりと見えた気がした。
 そこは裏口の外。多分、病院関係者の駐車場。
 桐野が呼んだ警察官が、きてくれたのか!
 ぼくと天津は、裏口へのドアを開けた。
 駐車場にいたのは警察官……のように見える肩章がついたワイシャツと、制帽をかぶった、若い男の人だ。
 そして、そのそばには、アルク。
 ぼくが「アルク!」と声をかけるのと同時に、オヅもかくれていた車のかげからホッとした顔で出てきた。
「アルク! おまわりさんを、よんできてくれたんか」
 病院にはたくさんの人がいたけど、その駐車場にいるのは、ぼくらと、その警察官だけだ。
「きみが持っているのは、ひき逃げ犯がうつっている写真かな?」
 警察官がオヅに、やさしい口調で言いながら手を差しのべた。
 こちらにわたせ、と言うように。
 オヅがこたえようと口を開こうとしたときだ。アルクが言った。
「いいえ小月くん、この人はおまわりさんじゃありません。おまわりさんの服によく似たものを着ていますが、本物ではありません。だけど、親切な人で『写真を持っている男の子をさがしているならリハビリセンターにいるらしいよ』と言って、ぼくをここまで連れてきてくれました」
 アルクの言葉に「警察官風の服を着た男」の顔が、ひきつる。
 えっ……それって、どういうことだ?
 ぼくが、アルクの言葉がうまく頭のなかで整理できないうちに、アルクは、その警察官の服装の男のほうにくるりとむきなおって、言う。
「写真にうつっているのがひき逃げ犯かどうかわかりませんが、小月くんは、バイクのナンバープレートがうつっているって言っていました」
 ああっ!
「……あいつ、なんでニセ警察官ってわかっているくせに、しょうじきに本当のことを言うんだ」
 天津がつぶやく。
 ごもっとも。でもそれがアルクなんだ。
 アルクは決して、うそがつけない。きかれたことには、こたえてしまう。
 ニセ警察官も、アルクの言葉にとまどったように、絶句している。
 ぼくは、必死で頭をめぐらせる。
 想像だけど……このニセ警察官は、さっきオヅを追っていた男──ひき逃げ犯の仲間じゃないだろうか。
 警察官のふりをして、写真をとりあげようというのだろう。
 こいつらは虹小新聞を見て、オヅをマークして、追いかけてきたんだ。
 こちらをちらりと見たオヅと目が合う。
 ぼくは指文字で「にげろ」と伝える。
 オヅがうなずき、走りだそうとした、そのとき──さっき廊下で見かけたサングラスの男が、駐車場に出てきた。
 男は、サングラスに帽子にマスク。表情さえも読みにくい。
 だけど、その腕に、トモルをかかえている……!
 トモルのことを忘れていた……。
 ぼくと天津がオヅのあとを追ったとき、トモルはこいつめがけて走っていたのか!
 トモルにとっては、お兄さんを傷つけた憎い相手かもしれないんだ。
 でも、反対に攻撃をうけ、捕まってしまった?
 ああ、なんでだれも通りかからないんだよ。
 だれか、助けてくれ。
 サングラスの男にかかえられたトモルは、気を失っているようだ。
 男は、トモルを地面におろし、その首筋にナイフをあてた。
 ぼくらの動きを制するように、顔は、ぼくらのほうへむけている。
 もし動いたら、トモルを傷つけるぞということだろう。
 トモルは、ピクリとも動かない。
「こいつと、おまえの持っている写真、交換でどうだ?」
 サングラス男が、オヅにむかって言う。
 オヅは、じりじりと男に近づいた。
「そこから写真を投げろ」
「そいつと交換じゃなきゃわたさん」
「写真が先だ」
「その子が先じゃ」
 オヅが時間かせぎをしている。こうしている間に、だれかが通りかかってくれたら……!
 そのとき、
「その子を放せ」
 ニセ警察官が、サングラスの男にむかって言い、腰から拳銃けんじゅうをぬいた。
 え? え? なにがおこってる!?
 ニセ警察官の拳銃は、はっきりとサングラスの男をねらっている。
 ニセ警察官の口もとが、声を出さずになにか動いた。
 ぼくは、頭が混乱した。
 こいつって、サングラス男の仲間じゃなかったのか? 本物の警察官だったのか?
 もし本物だったとしても、拳銃を撃って犯人のそばにいるトモルにあたったらどうするんだ!
 アルクは拳銃を見るなり、小さい叫び声をあげてイヤマフを耳にセットしていた。
 ダーン!
 ピストルの音が響いた。
 サングラス男が、はじかれたように、うしろにふっ飛んだ。
 ぼくは、男の腕から投げだされたトモルにかけよった。無事だ。
 うしろをふりむくと、天津がアルクの目の前をふさいでいる。
「こいつ、いやなものを見ると記憶が消えにくいんだろ。見せないほうがいい」
 ああ……よく知っているな。そうだ。
 アルクは、普通の人は忘れてしまうような光景も、心に刻みこむ。
 自閉症の人すべてがそうではないけど、アルクはそういうタイプなんだ。
 血まみれで倒れた人なんてアルクの記憶にのこしたくない。いや、ぼくだって見たくないけど……。
 そのとき、アルクが天津の手をそっと押しやって、言った。
「──血のにおいがしません。警察官の服を着た人は『撃たれたふりして、すきをついて車とってこい』って言いました」
「!?」

 アルクはイヤマフをしているとき、相手のくちびるの動きを読むときがある。
 ふりむくと、倒れていたサングラス男のすがたがない。
 そこに、急ブレーキの音をたてながら、よごれた軽トラックがやってきた。
 ニセ警察官が、オヅの手からむりやり写真を奪いとると、一瞬横づけされたその軽トラの助手席に飛び乗り、犯人たちは去っていった。
「行っちゃった……」
 駐車場に、ぼくたちだけが残された。
 オヅ。アルク。天津。ぼく。そして、倒れたままのトモル。
 写真は持っていかれてしまったけど、みんな無事だ。
 あの拳銃が本物だったらと思うと、ふるえる。
 そのとき、トモルが目をさました。
「だいじょうぶか?」
 声をかけたが、ボウッとしている。当て身をくらって気を失っていたらしい。
「あ、あいつは!?」
 状況を思いだしたのか、トモルは急に立ちあがろうとして、よろける。
「逃げてった」
 ぼくがこたえると、トモルがくやしそうに「あ──────っ!!!」と叫んで、天をあおぐ。
 すると、オヅがいつもの元気いっぱいの声でうけあう。
「だーいじょうぶじゃ! 絶対に捕まるけえ!」
 なんなんだよ、その自信は……。
「なあおまえ、もっと早い時点で、大声で大人に助けを求めたら、よかったんじゃないのか」
 と天津がオヅに言う。
「じゃけど、オレが追いかけっこしたけー、この病院内のあちこちに、やつの映像が残っとる。こんなにしてまで写真をとりもどそうとしたのが、あいつがひき逃げ犯だって証拠じゃろ。証拠を取りあげようとして逆に目立つ行動するなんて、頭の悪いやつらじゃ。────それにのぉ、決定的証拠もあるんじゃ。写真はとられちゃったけど、写真の写真はある」
「!」
 オヅは、得意そうにスマホをつきつける。
 現像した写真を、スマホで撮影してあったなら、早く言ってくれ……。
 遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
 今度はきっと、本物の警察官が近づいてくる。
「桐野が呼んでくれたおまわりさんだな。よかった」
 と、アルクに話しかけたつもりで、ぼくは振りかえった。
 が、いない。となりにアルクがいない。
 ええ!?
 アルク? アルク────!

『ひき逃げ犯 逮捕 虹小新聞チーム大活躍』
読者諸氏も知っているとおり、わが新聞チームは、5月10日に図書館近辺でおきたひき逃げ事件の調査をおこなっていた。
記者Aが、犯人と思われるバイクのナンバープレートが写った写真を入手した。ところが、その写真を持っていたところ、記者は謎の男にあとをつけられていることに気づいた。男に追われ、記者Aは、近くの病院へ逃げこんだ。
記者は華麗に病院中を逃げまわり、病院の防犯カメラに男の映像をたくさん残すことができた。そして、記者B、Cの救出作戦が、Aを魔の手から救いだすことに成功したのだった。
男は仲間とともに、リハビリセンターにきていた業者の軽トラックを盗んで逃走。
だがしかし! そのトラックの荷台には記者Dがひそかに乗りこみ、追跡していたのだ!
記者Dの証言や数々の証拠から、ぶじ警察が犯人を逮捕することとなった。
犯人は、5月10日のひき逃げを認め、緑川小で行われた合同運動会でおきた火事についても自供した。
卒業した小学校の行事がなつかしく、しのびこんでタバコを吸っていたら、吸いがらから引火してしまったとのこと。
こうして我が新聞チームの活躍により、2つの事件が解決したのだった。


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7 グローインアップ! 凸凹探偵チーム

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「ああ──。どうして私も病院についていかなかったかなあ! いつものしょぼい事件とちがって、本当の事件じゃん!」
 桐野は今もざんねんがっている。
 あの事件は、あれからも大変だった。
 病院の駐車場からすがたを消したアルクを、みんなで必死に捜したけど、見つからなくて。
 警察から電話がかかってくるまで、ぼくらがどれほど心配だったことか!
 なんとアルクは、犯人の乗った軽トラの荷台に乗りこみ、荷台にあった布をかぶって隠れていたんだ。
 警察官のふりをしていた男を自宅で先に降ろし、サングラスの男が軽トラを乗り捨てにいった。
 乗り捨てられた軽トラを発見した警察によって、荷台にいたアルクも発見された。
 アルクは布のはしから少しだけ顔をだして、軽トラが走っている間に見えた反対車線の道路標識を全部、覚えていた。
 アルクの記憶によって、警察官すがたの男の家がつきとめられたのだ。

 犯人は20代の男だった。
 トモルのお兄さんをはねて、怖くなって逃げたのだそうだ。
 運動会のあの日は、小学校の裏庭で友人とタバコを吸っていて、吸い殻を投げ捨てると、箱が燃えた。
 その後、小学校のそばのコンビニに、虹小新聞がはってあるのを見かけた。
「証拠の写真がある」と書いてあるのに驚いて、新聞記事を書いている子を調べたら、近所に住んでいた。
 そのオヅを、たまたま見かけたとき、カメラ店へ入っていき、現像を待っている様子なので、あとをつけた。
 写真をとりあげなければ。だけど、案外すばしっこくて、捕まらない。
 おもしろ動画のネタのために警察官のコスプレ衣装を持っている友人のことを思いだした。
 友人に、警察官のかっこうで病院にきてくれと連絡して……というのが、犯人側の動きだったようだ。
 小学生が相手だからと、強引なことをしても平気だと思ったのかもしれない。
 そして2人は、事故をおこしたときも、小学校にきたときも、使うと逮捕されるような違法いほうの薬を持っていたそうだ。
 そのにおいを、アルクは「かいだことのないにおい」だと覚えていたんだ。
 ぼくのそばで、アルクはにこにこしている。
 警察の人たちは、アルクの記憶力にびっくりしていた。
「お手柄てがらだった……けど、もうこんなむちゃはしないでね」
 ってくぎを刺された。
 そうなんだ。いままでのアルクには考えられないような、むちゃだ。
「部屋で待っていて」というぼくの言葉を聞かずに、おいかけてきて。
 ぼくになにも言うことなく、1人で軽トラに忍びこんだ。
 ────探偵チームのメンバーとして。
 ううむ。
 ぼくは、アルクのこと、ほこらしいような、さびしいような、複雑な気分だ。

 事件は解決した。
 最後の事件については、天津の協力が大きい……というのが、ぼくとしては、これも複雑だ。
 天津にむかつくという気持ちより、あいつがアルクにはいた暴言をちゃんと謝らせないまま、気がついたらいっしょに走っていた自分に対してって感じだけど……。
「……天津な。交通事故にあった近所の兄ちゃんと、本当の兄弟みたいに仲がえかったらしいんじゃ。ほんでの、その兄ちゃん、障がいのある人をかばって事故にあったみたいじゃ」
 このところ、緑川小にも新聞を配りにいっていたオヅが言う。
 緑川で、だれかから取材したのかもしれない。
「それにの、あいつの親、きびしゅうて、『なんでも一番じゃないと価値がない』言うて、おこりまわすらしいんじゃ」
「…………」
 ぼくは鼻のつけねにシワをよせた。
 嫌いでいつづけるのが難しくなるようなことを言うなよな……。
 どんな理由があろうとも、アルクにむかって言った暴言はゆるせねえ。
 ──でも、このあいだ会ったあいつのアルクへの態度は、変わっていた。
 5月からの半年の時間は、あいつの中でなにかを変えていたんだろうか……?
 そこへ、
「お、テンシン、来てくれたか。ありがとのぉ」
 オヅの言葉に、振りかえると、天津がいた。
 ななななんで、またこいつが。
 まだ心の整理もついてないのに。
「緑川小で配る新聞、あずけよう思うて、ここで待ち合わせていたんじゃ」
 ここここいつが、緑川で新聞配ってくれるの?
 天津は、すなおにオヅから新聞を受けとる。
「オレがたのんだんだ。前の運動会号がほしいってやつもいたし」
 天津は、大事そうに、バッグに新聞のたばをいれる。
「そういえばの、そのまえ、オレが市役所に印刷にいっとったときの。トモルが1人で来たんじゃ。はよ、新聞読みたいから、言うての。そんとき、あいつ言いよったわ。みんなに、『ありがとう。心から感謝している』って言うといてって。天津にも言うといてくれえて」
「なあ……。あいつの名前って、黒崎トモルだったよな?」
 天津が、脈絡なく言う。
 そうだけど、それがなにか?
「黒崎トモルって、あのひき逃げ事故にあった人の名前だぞ」
「えっ?」
「新聞にも張り紙にも、18歳男子大学生としかのってなかったけど。このまえ中央病院の入院病棟で看護師がベッドの患者に『黒崎トモルさん』って声をかけてたんだ。そんなにある名前じゃないだろ。気になって、調べたら、事故にあった大学生の名前だった。病院へいってみたら、転院したみたい。転院先は個人情報で教えてもらえなくて。あと……黒崎トモルに弟はいないそうだ」
 どういうことなんだ?
 ぼくとオヅは、途方に暮れて立ちすくんでしまった。
 トモルのスマホに電話しても、つながらなかった。
 メッセージも未読のままだそうだ。
 そして、その日から、トモルのすがたを見ることはなかった。
 ぼくらが、ずっといっしょにいた、あいつは何者だったんだ……?
 放課後のいつもの編集会議も、1人いないだけで、みんななんとなく元気がない。
 もう、これからずっとトモルとは会えないかもしれないということが、気持ちを落ちこませる。
 友だちだと思っていたのに……。
 ぼくたちは、あいつの「黒崎トモル」って名前しか知らない。
 あと、ぼくたちと同じ6年生だってこと。
 運動神経がやたらいいってこと。
 正義感が強くて、つっぱしりやすくて、でも妙にノリのいいやつってこと。
 あと……。あと……。
 運動会の写真を見なおしていたオヅが「こんなところに……」と言う。
 見ると、50メートル走の前にとった写真だ。
 トモル1人をとった写真は顔がはっきりうつってないけど、桐野が自撮りした集合写真のトモルは、満面の笑みだ。
「あ、ここに写っていたとは」
 オヅが指さしたのは、ぼくたちのうしろだ。
 すごく小さいけど、第2校舎へ入っていく犯人たちが写っている。
 ぼくたちは名探偵にはなれそうもない。

 結局、トモルのゆくえはわからないまま、春がきた。
 ぼくたちは小学校を卒業した。
 4月1日には、入学証明書をもらいに、中学へいかないといけない。
 中学の体育館に、緑川小、虹丘小、そのほかの小学校(引っ越しなどの事情でこの学校にくる子)に分かれて、6年生のときのクラスの出席番号順に並ぶ。
 麻田歩、有川理人、出席番号順でもアルクとつづく。
 1番目と2番目だ。
 ふと横を見ると、天津がいる。
「なんでいるんだよ──!!」
 思わず叫んで、注意を受ける。
 入学前から目をつけられたら、天津のせいだ。
 アマツで、出席番号は1番目。
 なんでここにいる。中学受験するんじゃなかったのか?
「まさか、すべったのかよ」
「オレが不合格になるわけない。全部合格した」
「じゃあ、どうしてここにきた」
「なんとなく」
 な……なんだそりゃ。
 順に名前を呼ばれ、入学証明書を受けとる。
 そのあと先生方のちょっとした挨拶あいさつがあって、解散するらしい。
 まあ、儀式みたいなものだ。だけど。
 まっすぐ立っているのが苦手なアルクは、すぐにすわってしまって注意をうけている。
 イッキーは、返事があまりに小さな声だから、あたりからしのび笑いがおきていた。
 オヅは新聞に使う気なのか、やたらにあたりの写真をとって、やはり注意をうけていた。(オヅは中学も越境えっきょう入学が認められた)
 桐野は名前を呼ばれて立ちあがるとき、ぼくのあたりまでピンクローズドリームの香りがした。
 う────ん。これもきっと、いずれ問題になるんだろうな。
 まったく、みんな目立つことしてくれるよなー。
 地味なのは、ぼくくらいだよ。
 まわりにいるのは虹小と緑川小の子たちばかりで、2校以外からの入学者はたった1人らしい。
 女子だ。その子の名前が呼ばれた。
「黒崎あかり」
「はい」
 聞きおぼえのある声だった。
 姿勢のよい、すらっとした子が、歩いていく。
「トモル……?」
「そこ、座るように」
 思わず、ガタリと椅子から立ちあがったぼくが、注意をうける。
 そこに、少し髪がのびたトモルが、スカートをはいて立っている。
「おんな────っ!!!」
 大声で叫んだぼくが、注意をうけたことは、言うまでもない。

 やっと式が終わり、解散になると、新聞チームのみんなで、トモル……いや、あかりをとりかこんだ。
「お、おまえ、女だったのか……?」
 ぼくが言ったのはまず、そこ。
「女じゃないって言ったことはない」
 と、トモル……じゃない、あかりがしゃらっとこたえる。
「名前がちがうじゃないか!」
「図書館前で出会ったとき、理人がぼくを男だって決めつけて話すから。まあおもしろいし、そういうことにしておこうかと。男っぽい名前がとっさにうかばなかったんだよ。だから兄さんの名前を使った」
 本物の黒崎トモルに、弟はいない。
 ……妹はいたってわけね。
「なんで、あれからすがたをあらわさなかった?」
「あのあと、兄さんの意識がもどったんだよ。転院したり、リハビリしたり、忙しくって。それに、今日までに髪を伸ばしてイメチェンして、みんなを驚かせようと思って」
「でも、思ったより伸びなかったわねー」
 桐野が、トモルの、いや、あかりの髪をちょっとさわる。
「へ? 桐野……トモルが女だって知っていたの?」
「気づくわよ、普通。あんたらが観察力なさすぎ」
 ええっ。
「言えよ──」
「いやよ。おもしろいのにー」
 ぼくは、なにか記憶にひっかかるものを感じる。
 髪が伸びたらよけいに、なんだか……あかりのことを前から知っているような気がしてくる。
 ふと見ると、アルクがポケットから野球選手のミニフィギュアを出して遊んでいる。
 こんなもの、ここへ持ってきちゃって……。
 そういえば、アルクがトモル──あかりにフィギュアをプレゼントしたことがあったな。
 あの選手たちって、そういえば、全員キャッチャー……。
 そのとき、ぼくの頭の中で、パチリとつながった。
「くろさきあかり────っ!!!」
 また叫んだぼくの声に、帰りかけてた何人かが足をとめ、「なんだ、あれ?」「告白?」とか笑っている。
「なに、どうした理人」
「黒崎あかりって……っ、レッドファイターズの……っ!」
「やっと気づいたのか」
 と、あかりがなにか言うより先に、アルクが横からこたえる。
「4年生の7月31日。理人くんがホームインすればサヨナラ勝ちだった試合で、理人くんをタッチアウトにしたキャッチャーです。バッターとしては、理人くんに対して4打席2安打です」
 アルク……!
 気づいていたなら早く言ってくれ────!
 あかりは、レッドファイターズのスタメンだった。
 キャッチャーとしても、バッターとしても、男子にも上級生にも勝ってた。
 姿勢がよくて、度胸どきょうがよくて、印象に残っていたんだ。
 あのときのあいつが──。
 そこへ、ふっくらした小柄な女の先生が近づいてきた。
 え? ここは中学校だよな?
 虹丘小で音楽を教えてくれていた、綿谷先生だ。
「7人、さっそく仲がいいわね。あなたたちがそろってると、まるで虹みたい。カラフルで」
「綿谷先生、どうしてここにいるの?」
 と、桐野。
「わたしね、小学校では非常勤講師ひじょうきんこうしだったの。このたび、中学の音楽教師に正式採用されましたー。あなたたち全員のクラスの副担任よ。って、これはまだナイショだから新聞に書かないでね」
 あなたたち全員のって……。
 天津も同じクラスなのかよ──っ。
 職員室へ帰りかけた綿谷先生が足を止めて振りかえり、あかりにいたずらっぽく囁きかける。
「──あの『怪盗ブラックライト』とまた会えるなんて、驚いちゃったー」
「!」
 音楽の時間、プール前に現れたブラックライトを綿谷先生は見ている。
 だけど、距離があったし、一瞬だったのに。
 ううむ。やっぱりこの先生、あなどれない。
「がんばれ、虹色探偵チーム。これからも新聞楽しみにしているわよー」
 ああ……。
 4月の空はどこまでも青い。
 ぼくらの、中学生活がはじまった。

おしまい


8月7日に、2巻め『転ぶ。凸凹探偵チーム』が発売されたよ!
中学に入って、ますますパワーアップした探偵チームをお見のがしなく♪

転ぶ。凸凹探偵チーム(作:佐々木志穂美、絵:よん)

ISBN:9784046323149
定価:880円(本体800円+税)
ページ数:216ページ

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