吸血鬼

「吸血鬼は恋ができない。」
吸血鬼の出てくる伝承では、大体美しい女性を襲う。更には血を吸うだけで繁栄ができる。だから吸血鬼は恋愛をしたことがないのだろうと思う。
吸血鬼である僕が言うのだから間違いないだろう。
ただ、残念ながら、僕は伝承通りの吸血鬼ではない。
十字架も怖くはないし、ニンニクも嫌いではない。それでも自分自身を吸血鬼だと思う。
小学生の頃には既に血が好きだった。鬼ごっこをしていた時に友達が転んで膝から赤く綺麗な液体が流れ出した。とても魅力され、その液体を拭いたハンカチからはとても豊潤な香りがした。
その時から血がどんな味がするのか興味があった。自分が怪我をした時には舐めて味わい楽しんでいたが、人の血を舐めてみたいという欲求が募り募った。
1度人の怪我を舐めようとした際に、そこにいた人から
「気持ち悪い止めて。」
と言われた。その場では冗談ということですんだ。
その時に、血を舐める、血を好きだという感情は人類皆にあるものでは無いと知った。同時に世の中には吸血鬼という血を吸うことで生きている生物が存在するということを知った。その後は変なやつだと思われ同級生から煙たがれる存在となってしまうことを恐れ、人の血を舐めることをしなくなった。また、この事は誰にも共感されないと分かってから、自分は人とは違う存在と感じてしまい、それ以降人と深く関わることを避けるようになった。

しかし、人の血を吸ってみたいという欲求は年々増していった。そして、中学2年の夏ある出来事が起こる。
事故を起こしてしまったのだ。車に轢かれたとかいう大きな事故では無い。ただ、当時の僕にとっては大きな事故だった。思い切り女子とぶつかってしまったのだ。
正面衝突だ。
遅刻をしそうになっていた僕はかなり焦って全速力で走っていた。
怒られることは苦ではないが、遅れて入っていって目立つことが嫌だった。平凡を貫くために目立たないようにするために走った。それでも間に合うか怪しかった。だから、普段使っていない近道を使うことにした。通学路とは逆走になるが、真っ直ぐ抜けたら3分ほどは短縮できる道だ。そこを使おうと決意し、その道に続く角を曲がった。
曲がった瞬間、その角から出てきた女の子にぶつかってしまったのだ。
ぶつかった彼女はパンを咥えて走っていた訳でもないし、僕は転校生でもない。
中学生の僕はそこまで身長が高い訳では無かった。彼女と僕の身長は同じくらいだったため、顔と顔からぶつかってしまった。
その時恐らく彼女唇と僕の唇が触れた。
偶然ではあるが、僕のファーストキスに奇しくもなった。
彼女がどうかは分からないが。
ただそれはキスと呼ぶには程遠い痛みを伴った。
お互いの歯が自分自身の唇に押し付けられ、歯と歯がぶつかったのと同じであり、唇は緩衝材としての役目を果たしはしなかった。
その結果唇は切れ血が出た。お互いの唇から垂れた血はどちらのものとも分からなくなりお互いの唇の上に落ちた。
その血を舐めた時に衝撃が走った。
いつもの自身の血とは違う味であり、深みがあり自身のものよりもはるかに美味しい。
これが人の血か。
目の前にぶつかって倒れている女子がいるにも関わらずそんな感傷に浸っていた。
そのことに気がついた僕は慌てて
「すみません。怪我は無いですか。」
と自分自身が唇を怪我をしてるにも関わらず、怪我の有無を聞いてしまった。その時顔を見て気づいたのだが、彼女はクラスメイトの1人だった。
あまり社交的な人物とは言えず、僕と同じような雰囲気を出していた。僕は勝手に彼女に同族感を抱いていたのでこんなことが原因で会話をするとは思わなかった。
彼女も突然の出来事に驚いたのか少し呆然としていたが、声を掛けられたことに気が付き、
「あ、大丈夫です…。」
とだけ言い残しその場を去っていった。
彼女は僕が誰かに気がついていたのだろうか。
そもそも彼女はどうしてこんな遅い時間に登校しているのだろう。
思い返せば彼女はよく遅刻をしてきていた。
にも関わらず目立たないように生活出来ていたことに驚いていた。
そんなことを考えてる場合ではない。
そこから僕は教室まで走り抜けどうにか遅刻せずに済んだが彼女は少し遅れて来た。
それでも彼女は何も無かったように過ごしていた。誰にも何も言われることも無く。
僕はそんな彼女に興味を抱くようになった。なぜ彼女は遅刻が多いのか、なぜ誰とも関わりたがらないのか。
気がつけばいつも彼女の様子を探るようになった。
話しかけたりはしない。
それこそ他のクラスメイトの注目の的となってしまう。
あれから数日彼女のことが気になり、彼女の観察を続けていた。
観察すればするほど彼女には謎が多いことがわかった。
彼女は転校して来たのだが、2年経っても友人が恐らくいない。転校生という境遇が大きいが、全く人と話をしない。彼女がするのは必要最低限の会話だけだ生徒とも先生とも。
彼女は少食だ。出された給食を半分程残している。全てを少しずつ食べてあとは残している。
彼女は外に出ない。休み時間もいつも席から動かずに読書するか伏せて寝ている。
授業は真面目に受けているようだ。熱心という程ではないが人並みには少なくとも僕よりは真面目に受けている印象だ。
1番気になったのは登校も下校も遅い時間に1人きりでしている。
帰る友人が居ないことは何となく分かっていたが、特に用事もなさそうなのに1人で教室に残り、最終下校の時間まで居る。
そしてそこからも日が暮れるのを待って同じ頃にゆっくりと帰り始める。
流石に家がどこということまでは突き止めなかった。
今までは特に意識しなかったが、観察してみて彼女のおかしな部分が気になり始めている。彼女が何者なのか、何故そんなことをしてるのかが気になっていた。しかし、これ以上観察をして他のクラスメイトに何かいわれても嫌だった。
なにより彼女にこのことに気づかれて嫌われるのが嫌だった。
この数日間、彼女を観察する中で彼女のこのような姿に惹かれていた自分がいた。
自分が完全に遮断できていない日常を彼女は完全に遮断している。
そんな所が魅力的だったのだ。
少食な彼女のその細い身体は抱きしめてしまえば折れてしまいそうなほど脆く見える。
彼女の生気のないほどの白い肌の下にはうっすらと血管が見える所もある。
彼女の血を味わってから彼女の味にも彼女自身にも恋をしているのだ。
できれば、2人だけの秘密としてもう一度血を飲ませて欲しい。
しかし、彼女にはこのままであって欲しいと思う自分がいる。
日常を遮断してるからこそ美しい彼女なのだ。
無感情でそこに座っている姿が美しいのだ。
外界の僕が声をかけていい存在では無いのだ。
まさかこんな形で恋をするとは思わなかったが、叶わぬ恋だ。これ以上は自分自身を苦しめることになる。その日から彼女の観察を止め、今まで通りの生活を送ることにした。
それから数日経ったある日、朝登校すると机の中に手紙があった。
そこには
「今日、屋上に下校時間の後に来てください。」
とだけ書いてあった。
誰からは分からないけども、下校時間の後という所から彼女を連想した。この手紙を確認できたのは今日だったから今日行けばいいのだろう。
もし昨日から置いてあったら誰かを待たせていたことになる。
これはイタズラかもしれないけれども、もし彼女だったら彼女と会話するチャンスを彼女からくれたのだ。
その少しの望みにかけて僕は今日、屋上に行くことにした。

放課後、下校時間が過ぎ校内には誰も居ない。
ひっそりと教室で隠れて見回りの先生が通り過ぎていくのを確認してから屋上に向かった。
屋上の扉を開けると夕日が山に沈むギリギリの所から見えており、上を見上げれば星が見えるような空だった。
その景色の中に誰かが居た。
夕日の影になって顔が見えない。
その誰かはこちらに気がつくと近づいてきた。
やはりそれは彼女だった。
ずっと下を向いていたが、髪型、身長、佇まいから彼女であると判別ができた。
そして目の前に彼女はやってきた。
しかしそこから少しの間沈黙が続いた。
夕日が完全に沈みきってしまった。
代わりに僕らを照らした月は白く屋上全体を照らしている。
「えっと、今日ここに手紙で読んだのは貴方ですか?」
沈黙に耐えられなくなった僕から質問をした。
彼女は少ししてから頷いた。
彼女は何も話さない。
また僕が
「この間は本当にごめんなさい。急いでて。」
「…」
「あの、今日僕をここに呼んだ理由を教えて欲しいんですけど…。」
「…」
彼女は何も喋らずに俯き続けている。
また沈黙が続く。
気まずい。
かなり時間が経った。
流石にそろそろ帰らないと親が心配するだろう。
「何も用事が無いなら帰りますね。じゃあ、
さようなら。」
そう言って振り向き帰ろうとした。
扉のドアノブに手をかけた時急に後ろから彼女が走ってきて抱きついた。
「……ごめんなさい。」
「……!」


「吸血鬼は恋ができない。」
物心ついた頃に私が父親から教えられたことだった。吸血鬼は人の血を吸うことで数を増やしているが、今はこの増やし方をしていない。
吸血鬼同士が人間で言う結婚という方法で子供を作っている。それも恋愛でなく、吸血鬼の長が決めた2人でらしい。
このような方法をとる理由は、以前吸血鬼と人間が恋に落ちたことがあったからだそうだ。
吸血鬼に命を救われた彼女は吸血鬼に恋をし、吸血鬼の全てを許した。そして2人は恋に落ちた。
しかし、吸血鬼の一族はこれを認めなかった。
そのため吸血鬼と彼女は行方をくらまし、ひっそりと生きていた。その2人に出来た子供は血を吸わないでも生きていけたらしく、人間とほとんど変わらなかったため、その後も人間として生きていたらしい。
しかし、その後その子供には吸血欲が存在し、吸血鬼の存在が明るみにでそうになった事があったらしい。
そのため、吸血鬼と人間の恋は禁止された。
だから吸血鬼は恋愛ができない。
恋愛を出来ないからといって困ることは何も無いのだけれども。
そもそも吸血鬼が存在していることは1部の人間しか知らない。
ほとんどの人は伝承であり昔の話だと思っているだろう。
しかし、実際には存在しており、1部の人間と協定を結ぶことでどうにか人間社会を生きている。
こちらからむやみやたらと襲わない代わりに、色々な動物の血を仕入れて貰っているとの事だ。
これは人間から持ちかけてきたことである。
時代の流れによって吸血鬼も進化したことが原因だろう。
弱点は変わらず十字架とニンニクであり、見たり食べたりしたら気分をかなり悪くする程度の弊害がある。
また日光も浴びたら死ぬとされているが、今では長時間晒されなければ死ぬことは無い。
今は太陽の光を遮る手段が増えているというのもあるけれども。
それでも若いうち、日光に慣れないうちは外にいるだけで気分が悪くなることが多いけれども。
最近の吸血鬼がこうだから人間は私達を殺すことが出来ないだからこういう決まりを作ったのだろう。
おかげで人間社会の中で吸血鬼と隠しながら生活ができる。
私達も元々は人間だったらしいのだ。
昔1人の貴族が血を吸うという変な趣味を持っており、色々な人の血を過剰に摂取したのが原因で、吸血鬼は存在してしまったとされている。
吸血鬼の弱点にどんどん強くなっているのは私達が人間に戻りかけてる証拠だと言われている。
今の私には空を飛ぶ力もない。人よりも少し力はあることと、暗く中、ものがよく見えることだけが残っている。
それ以外は色白と八重歯が特徴として残っているだけだ。
「人間の血を吸わないように生きること」
が人間になるための方法だとされている。
だから私達は基本的に人間との関わりを絶って生活している。
私自身、もしくは私の子供が人間になれるように今生きている。
それなのに、あの日…。

いつものように日が少し昇ってきて家の影を辿って登校していた。
家の角を曲がって太陽の下に出される瞬間に、その角で人とぶつかった。
その人は走っていたのだろうから、止まることができず、更には同じくらいの身長だったため、顔と顔もぶつかってしまった。
その時、自分の八重歯が自分の唇を突き刺し血が出た。
相手の勢いに負けて倒れてしまった。
その時にその人の唇から同じように出たと思われる彼の血を飲んでしまったのだ。
人間の食事よりも普段飲んでいる血よりも美味しく、たまらなかった。全身に衝撃が走った。
何も考えられないほどにその血の余韻に浸ってしまった。
すると、
「すみません。怪我は無いですか。」
と、声をかけられ我に返った。
顔を見ると同じクラスの男子であった。
そして彼の唇から血が出ているのを確認できた。
やはり人の血を飲んでしまったのだ。
頭の中では人の血を飲んでしまったことを後悔しているが、それよりも彼の唇の血が魅力的で眺めてしまっていた。このままではもう一度その血を吸ってしまいそうになったために、
「あ、大丈夫です…。」
とだけ言い残してその場を立ち去った。
学校に着きはしたのだが、その道中、あの血のことしか考えられていなかった。
もう一度飲んでみたい。
できれば、血管から直接。
その日から私の中の人の血に対しての欲求は他の動物の血を飲んでも満たされることはなかった。
その欲求は日に日に増していき段々と我慢が出来なくなった。

ある日ついに彼を人目のつかない場所に呼び出してしまった。下校時間の後の屋上。
生徒も先生も来られない。
鍵がかかっていたが、こじ開けた。
そのくらいの力はあった。
普段ならここまで力は出せないのに。
これが血を欲求することに対しての力なのだろうか。
少しすると彼がやってきた。
実際に彼を見た時私の理性は半分無くなっていた。
無意識のうちに彼のもとに歩き出していた。
彼の元にたどり着いてハッとした。
私は彼に何を言えばいいのだろうか。
血を吸わせてください。
そんなことを言ったらそれこそ今まで隠してきた吸血鬼の存在を人間に知らせるきっかけになってしまう。
それでも私は彼の血がもう1度飲みたくてこうして呼び出してしまった。
実際に彼を目の前にしてよく我慢できていると思う。
頭の中で血を吸いたいという欲求とそれだけはしてはいけないという考えがぐるぐると回る。
彼は何かを言っていたようだがそんなことはひとつも頭に入らない。
私の頭の中の考えは徐々に血を吸いたい欲求が勝ちつつあった。
幸いにもここには誰もいない。
誰も来ない。
彼1人なら。
最悪、死んでしまっても。
ここは屋上。
転落死が妥当だろう。
そこまでしなくてもいい。
彼を気絶させたら彼は血を吸われたことによ気づかないだろう。
ならば。。。
そんなことを考えていた時、彼が急に帰ろうと振り返った。
その瞬間無防備に晒されたうなじを見て私の理性は無くなった。
「…ごめんなさい。」
何に対して謝ったかは分からない。
目の前には首筋から血を流して倒れている彼の姿があった。
あぁ、やってしまった。
考えていたことを何もかも無視してただ欲に負けてしまった。
私はもうここには居られない。
父と母にもこのことは言えない。
私は泣きながらその場から逃げ出した。



目が覚めると朝だった。
昨日確かここに彼女に呼び出されて。
帰ろうとしたら彼女が。
首に噛みついて。
血を吸っていた。
そこまでしか覚えていない。
理解に時間はかからなかった。
彼女こそ本当の吸血鬼だったのか。  
首筋に痛みはある。噛まれた跡も。
夢ではない。
しかし、彼女の姿はどこにもない。
恐らく彼女はもう僕の前に姿を表してくれないとだろう。
その考えがよぎった時に恐ろしい後悔に襲われた。
僕は唯一の運命の人を失ってしまった。
血に対しての興味を理解してくれる人であり、共感してくれる人であり、憧れの存在。
もう彼女以上の人は現れない。
今後の人生僕は人を好きになることはないだろう。
彼女が僕から奪っていったものは大きすぎる。
あぁ、やっぱり。
「吸血鬼は恋ができない。」

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