約束の絵を見ることはないとしても

 3月31日。ニューヨークの高級ホテル最上階スイートルーム。ルームサービスの御馳走が並び、外には自由の女神。日本人美大生、望(ノゾム)と優絵(ユエ)は窓の外を見ながら話している。
「子孫を残す目的ってさ、自分が死んだ後も生きた痕跡を残すことなんだよな。絵を描くこともまた、自分の死後も生きた証を残すことなわけで……。つまり作品のことを我が子って言うのはそういうことなんだろうな」
「何それ、もしかして賢者タイムってやつー? ウケるー」
 優絵はけらけらと笑った。
「意味分かって言ってんのかよ」
「分かってるよー。男の人が急に哲学的になることでしょー?」
「ちゃんと分かってるのか分かってないのか分からねえ……。その言葉俺以外の男の前で言ったりしてないよな?」
「望以外の男の子が哲学的なこと言ってるの見たことないなあー。って、そもそも男友達いなかったわ! でもさー、さっき望が言ってたとおりだとしたら私たち子だくさんだねえ。って、私たちだけじゃなくて世の中の芸術家みんなそっかー」
「優絵は特にたくさん描いてたよな。肝っ玉母ちゃんだ」
「またまたあ、望君ちのお子さんはみんな優秀じゃないですかあ。聞きましたよー。この間末っ子くんが栄えある星桜美術大学学長賞を受賞したんですって! 隣の奥さんが噂してましたよ~。うちの子にも日の目を見せてあげたかったなあ」
 遠い目をする優絵。窓の外では暴徒と化した群衆を警官が抑えている。
「あと5時間か……」
「うん。それまで思い出話でもする? 思い出すなー。望が入学式で、すごーくいらいらしてて怖っ! ヤンキーじゃん!って思ったらトイレ我慢してただけって言うね。終わった途端に、すごい剣幕で迫ってくるから、あ、死んだって思ったら『トイレどこですか!?』だもん」
「頼むから忘れてくれ」
「残念、死ぬまで忘れません」
「じゃあ、俺も優絵が新歓でそれ強い酒だよって言われたら、ただの水なのにプラシーボで酔っぱらって下手な歌うたってたこと死ぬまで忘れねえわ」
「やめてー忘れてー!」
「カラオケで初めて60点台出た!50点超えたことないのに!ってはしゃいでたら実は最低点が60点の機種でした。音痴な優絵さんのことは一生忘れませんよ」
「はあー。その音痴に告白してきたのはどこの誰ですかねー?」
 優絵は望の頬を抓る。

 回想。日本の公園のベンチで2人きりの夕暮れ。
「私、望に告白されたら絶対オーケーするよ」
「それ、信じるからな?」
「いいよ」
「一生幸せにするから、俺と付き合ってください!」

 回想終了。赤面する望。
「あれは実質優絵からの告白だろ!」
「望だって、もはや告白じゃなくてプロポーズだったじゃない!」
「はあー。約束守れなくてごめんな」
 望、俯く。空には不気味な影。

 回想。空き教室でファーストキスをする2人。手を繋いだまま外に出ると、キャンパス中が大パニックになっていた。「3月31日に隕石が衝突し、人類の99.99%が死亡確実」のネットニュースを各国首脳が発表し、阿鼻叫喚となっていた。

 回想終了。優絵、望の頭を撫でる。
「私は幸せだったけどなー。思い出作ろうって遊園地行ったり水族館行ったりさ」
「季節外れの花火やって、優絵を描いた絵が賞とって……」
「遊園地で迷子になったちっちゃい男の子を迷子センターに連れて行ってあげたじゃん? 望、いいお兄ちゃん通り越して優しいパパって感じだったのにさ、その子が『お姉ちゃん綺麗結婚して』って言った途端独占欲剥き出しでさ。ムキになってる望も可愛かったよー」
「だって、嫌じゃん。俺の優絵なのに」
 二人、顔を見合わせて笑う。
「メシア計画のニュースが出たのって、何の映画の帰り道だったっけ」
「もう覚えてねえよ。映画の内容とか全部吹っ飛んだわ」
「下手な映画の予告の5億倍印象に残るもんねー」

 回想。アメリカ大統領が隕石破壊プロジェクト「メシア計画」を発表。特殊な宇宙船にパイロットが1人で乗り込み、隕石を破壊する。ミッション成功率50%、パイロット生存率0.01%であること、特殊な宇宙船であるため乗ることができる人間は限られていること、全人類一斉パイロット適合遺伝子検査を行うことを発表。

 回想終了。望、虚ろな目で溜息をつく。
「ほんとになー、何で適合しちまったんだろうな」
 スーツケースには遺伝子検査適合通知とファーストクラスの航空券2枚が入っていた封筒と手紙。手紙の内容は、
「親愛なる救世主様
大切な人と安らぎのひと時をお過ごしください。
貴方に、人類に神の御加護がありますように。
アメリカ大統領」
 優絵、望を見つめる。
「死ぬかもしれないって、怖い?」
「優絵には言わねえよ」
「私ってそんなに頼りないかなあ。じゃあさ、生き残ったら何したいか話そうよ。幸せな未来のこと考えてみたっていいじゃん」
「画家になりたかった」
「何で過去形なのさ」
 望、泣きそうな顔をする。
「怖かったらさ、私の胸で泣いたっていいんだよ。誰だって死ぬのは怖いよ」
 優絵、両腕を広げる。
「絶対泣かねえ」
 望、顔をそむける。
「望が女の子だったら、私の子供を遺してあげられたのにね」
 優絵は望のお腹を何度もさすった。遺伝子検査適合通知には優絵の名前。
「隕石壊す技術は作れてもさあ、私の赤ちゃん望に産んでもらえる技術は作れないんだねえ。あれかなあ、パイロットの命と引き換えですとか、特殊な遺伝子の人しかパイロットになれませんみたいな欠陥機械しか作れない人類にはまだ早すぎたんかねえ」
 望のお腹に呼び掛ける。
「男の子なら和也(かずや)。女の子なら和香(のどか)。平和な感じの名前つけてあげたかったなあ。適合遺伝子とか持たない普通の子。絵は下手でもいいし、私より音痴でもいいや」
 優絵、笑う。
「優絵こそ、何で無理して笑うんだよ」
(さっきまで怖いから時間まで抱きしめて、なんて言ってたのに)
「だって、最後に見る私が泣いてたら、望立ち直れないでしょ? 望繊細だし」
「立ち直ったところでどうするんだよ。優絵のいない人生なんて考えられねえよ。好きな奴も、絵のモデルも。優絵しかいねえよ」
「うん。私も望が好き。だから、私が守るよ」
 両手で望の頬を包み込む。
「でもさあ、やっぱり怖いなあ。私が失敗したら、望も死んじゃうんだよね。望のことはさ、幸せにしてあげたいよ。私、望と恋人になれて幸せだったからさ」
 少しずつ優絵の声が震えていく。
「でも、もし願いが叶うなら、ずっと望の絵のモデルでいたかったし、望と結婚したかったなあ」
 優絵の目から涙が溢れる。
「死にたくないよ……!怖い、すっごく怖い。私、死にたくない」
 優絵、望に抱きついて泣く。
「やめようぜ」
「え?」
 優絵、顔を上げる。
「俺、優絵に全部背負わせてまで生きたくない。2人で逃げちまおうぜ。隕石ぶち当たるまで2人で誰にも見つからないところに隠れるなり、この部屋にバリケード作るなりしてさ」
「正気……? 80億人死ぬんだよ?」
「俺は、地球より優絵が大事なんだよ! 優絵を犠牲にした世界なんかより、優絵が最後まで笑ってられることの方が大事なんだよ!」
 望、優絵を抱きしめる。
「わー、反逆者だねえ。そういえば、恋愛って背徳が最高のスパイスだって誰かが言ってたねー」
 優絵、泣きやみつつあるもしゃくりあげながら。
「全人類敵に回すとか最高のスパイスだな」
「スパイス効きすぎじゃない?」
「俺、カレーは激辛派」
「だからすぐお腹壊すんだよ」
 2人、顔を見合わせて声をあげて笑う。その後見つめ合っていいムードに。望が優絵を押し倒そうとしたところで優絵が制止。
「ごめんね。やっぱり私は行くよ。望に死んでほしくない。明日も明後日もずっと望には笑っててほしいし、素敵な画家になってほしい」
 優絵、起き上がって上着を着る。
「私がちゃんとうまくやれたらさ、望は他の子をモデルにしてもいいし、他の女の子と家族になってもいいからね。私は望が幸せになるために出撃するんだから、絶対に幸せにならないとだめだよ」
「やめろよ……何でそんなこと言うんだよ……」
 望号泣。
(泣かないって決めてたのに)
「優絵じゃなきゃダメなんだ! 誰も優絵の代わりになんてならない。優絵以外の恋人なんていらない。優絵以外描きたくない。子供もいらない。優絵しかいらないんだよ……!」
 優絵、望を抱きしめる。
「ダメだよ、幸せにならないと。望は天才だからさ」
 優絵、望の頭を撫でて諭す。
「いやだ、行かないで。優絵、行かないで」
「うーん。じゃあさ、こういうのはどうかな。もし、他の女の子を絵のモデルにするとしてもお嫁さんにするとしても、1個だけ約束してほしいな。ほら、望って想像力最強じゃん? だから、もし私が望のことを守れたら」
(あー、私結構独占欲強いんだなー。今更気づいたわー)
「私たちの子供の絵を描いて」

Fin


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?