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幸福な復讐を

十数年間私は引っかかっていることがある。
私の中には23歳の私が今でも生きていることだ

私は前にもnoteに書いた通り八王子でバンドを撮っていてたくさんの仲間ができた。
それなのに八王子を去った理由は本気でカメラマンを目指すだけではなかった。

当時私には好きだった人がいた。
私の写真をやたら褒めまくるスポーツ万能で明るくて元気な周りに愛されている人だった。
「いつか写真を撮ってもらいたい」私に会うと彼はよくそれを言っていた。年が近いということもあり話すことは多かった。よく彼とは話した。覚えてないぐらいだ。熱い魂、飾らない言葉、彼のカリスマ性に私も見事に惹かれてしまった。

大人になってわかるけどあいつ相当モテたのでは…?笑

悪い言い方だけど告白した後、私は見事に彼に利用されてしまった。私の写真の能力も女としても、理由は私が「元カノに似ていた」という理由だったはず。
私も偉そうにいい女ぶって理由を詳しく聞かなかったのがいけないんだけど、私は無言で去った。

つらかった。

そのあと彼らのバンドのアーティスト写真を撮影したんだけれど独立した後も滅多にない台風の直撃を喰らったのだ。
私の友達や知り合いは知っているが私が仕事に出ると9割晴れるのに見事な大嵐。
まさに私の心情そのものだったことを覚えている。

撮るのはめちゃくちゃ嫌だった。

でも彼らのバンドには罪はない。
全力で撮るしかなかった。

私はそれから八王子を去った。

表では本気でカメラマンを目指すからだったけど裏では二度とこの人に会いたくないという理由だった。
みんなには言ってない。薄々感づいてた人もいるかもしれないけど。私は人気のある彼を悪人にしたくなかったし、私がかっこわるくてそんな姿を見せたくなかったからだったというのもある。

それに後から知ったことだけど彼はうつ病だったのだ。

3年後偶然ライブハウスで彼に会った。
私は嫌で嫌でたまらなかった。作り笑いまでしてなんで会わなきゃいけないんだと。行きたくなかったけど多くの友達に会えるなら、私はここで引くわけにはいかない、アシの修行でしばらく会えなかった友人と会える事の方が私は楽しみだったのかもしれない。
夫と当時付き合ってたので夫の陰に隠れていた。不幸な事にアイツは夫とは友達だ。頭の回転の早い夫には私がどんなに彼を憎んでいるかきっとバレてると思う。
仕方なく撮った写真は、私の複雑な気持ちを表してるみたいで妙に変な写真だ。

「としこちゃん、君に謝らなきゃいけない事がある」

いきなり乗りかけたエレベーターの前で声をかけられたんだけど嫌でたまらなかった私はすぐに夫の服の裾を握りエレベーターの閉まるボタンを押した。

私はきっと許したくなかったのではないだろうか?閉まる扉の向こう側のアイツは少し寂しそうにお辞儀をしていた。

当時は独立したばかりだった。仕事もお金も無くて華々しいプロデビューなんて世界とはまるで真逆。馬鹿馬鹿しいぐらいプライドの高かった私はそのことに対して自分の不甲斐なさを感じて周りに何も言えなかった。プロになりたいと出ていったくせに師匠には怒られっぱなしで終わった修行。
親にも言われた「独立しても仕事ないの?なんで?」この世界を知らない人々の生々しい言葉が突き刺さってきて焦っていた。

そしてアイツに

「必ずプロカメラマンになる。お前が私の名前を聞くときは私はこの世界で飯を食ってるときだ!」

振られた時に震える声で唯一言えた事を回収できていなかったから、私は真っ先に離れたんだのかもしれない。

ほんと気が強くて笑っちゃうよ。

それからも私はアイツを憎しみ続けていた。私に対する行為がずっと許せなかった。そりゃ振られてもへっちゃらです。何度も振られたことはありますし。
そうじゃなくて曖昧に私を弄んだことがどんなに傷ついたかわからない。

いい人ぶった人は大体言う
「そんなバンドマン、星の数ほどいるよ。よかったじゃない相手がクソ野郎ってわかって」
そうだけど…そうだけどさ!
信頼してた、尊敬してた、憧れていた!
そんな人の裏切りに私はどんなに傷ついたか。
誰もきっと認めてくれない。そんな女の子は山ほどいるって戦場の遺体たちを指差すみたいな目をする人々を知っていた。
「私は死人じゃない!」
だからずっと黙っていた、何年も、何年も…

それから10年、ぴったり10年だ。やっと自分は何かを言える立場になれたんじゃないかと思うようになった。というか、もうこの気持ちを引きずって生きていく事に疲れてきたのかもしれない。

どんなに忘れようと思ってもf2.8で後ピンのアイツの顔。ボヤけた声、思い出せないけど…
仕事でつらい時にあの時のことを思い出して「あの時に比べたら!アシでもない!捨てられた女でもない!私はカメラマンだ!」
そう叫び、生きてきた。

toeのグッドバイを聴きながら。
よく人知れず泣いた。

何も夫にも話せなくて、辛い時は高めの美味しいお酒とおつまみを買って、夫と笑って映画と音楽の話で全て忘れようとそれを繰り返す。

その過去の影が辛すぎて、どうしたらいいかずっと一人で苦しんできた。

復讐?憎しみをぶちまける?
私にはできない。私は知ってる。

私ももう大人だ、憎しみは自分の破滅だという事を。許したら負けだとは思わない。あっちはどうせ許さないも許すももう私を覚えているかもわからないかもしれないし…

幸福な復讐を起こそう。許すという復讐を起こそう。

復讐なんて物騒な言葉、永遠に使いたくなかったけど「不幸にされた相手に幸せを見せつける」事が最高の仕返しだと私は思ってる。
誰も傷つかない最高のやり返しだとわたしは思っている。

もう終わりにしよう。
アイツの幻を殴る事はもうやめにしよう。

アイツがどこで何をしてるかなんて知らない。
向こうはきっと私の友達と繋がってるから私がどんな立場かきっと知ってる。
相変わらずズルい立ち位置だ。
もし私を覚えているなら「やっぱりとしこちゃんは天才なんだね」って笑うのでしょうか
「天才は努力と諦めの悪い人間になら言える言葉だね」とわたしは笑って返せるかな

私は大人になった。
取引先の若い女の子に羨望の眼差しで見られるような逞しいカメラマンに。
若い女の子達は私に相談する。
恋の話、仕事の話。

ああ、そうだった、私にもこんな時代があったと思うたびにあの頃いて欲しかった大人を演じようとする。いや演じるんじゃなくて自分の過去の過ちを彼女たちにはしてほしくないなという私なりの強い願い。

仕事が終わり最寄駅に送る他愛のない話の時、心の中ですすり泣く声が聞こえる。

23歳の私だ

その時35歳の私にいて欲しかった?
でもごめんね23歳の私。アイツを殴るとかアイツにケンカを売るとか、そういうことはできないんだ。「許してあげたら楽になるよ」と言ったら彼女は意固地だからもしかしたら怒るかもしれないけど…

35歳の私は許す事に舵を切った。

暴れる23歳の私を抱きしめて落ち着かせるにはまた随分時間がかかりそうだけど、膿んだ傷が癒せるのは自分自身だとわかったから、のんびりと許してみることにします。

遠い昔の音楽に酔いしれる若者のよくある話。
私も昔はバンドマンの一人に「殺された」一人だったんだ。

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