浮乃ちゃん歌蓮ちゃん41「えびでおたねが釣れる」

※作中のカフェは架空の店で、フィクションです。

鳥取県日野郡江府町(こうふちょう)。
鳥取県の西部、日野郡に属し、大山(だいせん)を湛え、「奥大山」とも呼ばれている。大山からの水資源が豊富で、人口は鳥取県内で一番少ない。

はわい東郷浮乃と三朝歌蓮は、車で倉吉市関金町から岡山県真庭市の蒜山を経由し、江府町へと向かっている。
鳥取県ご当地VTuber・江府町公認VTuberなど、鳥取県内で活動している「おたね」から、こんな招待を受けたのだ。

「この度、江府町に新しくカフェがオープンしました。浮乃さんと歌蓮さんをご招待いたしますので、ぜひいらしてください。」

浮乃が運転しながら、歌蓮と新しいカフェについて話している。
「江府町にカフェか…。おそらく、飲食店も少ないよね?」
「道の駅や、個人のお店が数軒…くらいですよね。」
「どんなお店なのか、楽しみだね。」
「ですね。」

そして、車は峠を抜けて江府町に入り、江尾(えび)駅辺りまで下って、日野町方面に向かった。
「歌蓮ちゃん、ここら辺かな?」
「おたねちゃんは、確かこの辺りと言って…、あっ、あそこに、おたねちゃんが立ってない?」
道路沿いに、おたねが手を振っていた。
浮乃がそれを目印にして、カフェの構内に入り、駐車スペースに車を停めた。

『浮乃さん、歌蓮さん、こんにちは〜。遠くまで、ようこそいらっしゃいました〜。』
おたねが浮乃と歌蓮に挨拶をし、続けて二人が挨拶をした。

「おたねちゃん、こんにちは。元気そうだね。」
「去年の、湯梨浜町での痛車フェス以来ですね。」
『そうですね〜、ご無沙汰してます。』

おたねの後ろに、件の新しいカフェがあった。入口の両脇に新規オープンを祝う花も立てられている。
「まだオープンして、間もないんだね?」
浮乃がおたねに尋ねる。

『そうなんです〜。元々は別の事業所だったんですけど、カフェに改装して新しくオープン、ということなんですよ。』
「確かに、外観はカフェっぽくないですね…。」
歌蓮がうなづく。

『立ち話もなんですから、店内に入りましょう〜。今の時間は、お二人のために貸切にしてもらってるんですよ〜。』
「そうなんだ。そこまで気を遣わなくても良いのに。わざわざありがとう。」
おたねに促され、二人は店内に入った。

カラン…。

店の中はリフォームされており、カフェらしいおしゃれな椅子やテーブルが設えてあり、観葉植物やドライフラワーが室内に彩りを添えている。

「おおっ、綺麗な店内だね。」
「素敵な作りですね。」
二人が内装の美しさに驚く。

「外からは、こんなカフェがあるように見えないね。」
『外壁もリフォーム出来たら、もっと良いと思うんですけどね〜。』
「おたねちゃんを描いたりとか?」
「どんなリフォームですか!」
「だって、江府町の公認VTuberでもあるんだから、宣伝になるかなって…。」
『いえいえ〜…。浮乃さん、それには私がもっと頑張らないと…。』
「おたねちゃんも、ボケに合わせなくていいですから!」

「いらっしゃいませ。」
店員があいさつをし、三人の前にメニューが出される。
「注文が決まりましたら、お声掛けください。」

メニューは日替わりの構成になっており、

ランチ
・チーズだらけのハンバーグ
・エビフライ
・豚肉のしょうが焼き
・さばのみそ煮
・オムライス

スイーツ
・飲めるチョコレート
・チーズケーキ
・フォンダンショコラ

で、品数は少なめだが、鳥取県産の食材を積極的に使用しているなど、いずれも店主のこだわりが感じられる。

「メニュー写真がおいしそうだね。」
「何を食べようか、迷いますね。」
浮乃と歌蓮は、二人でメニューを見ながら目移りしている。

『どれもおいしいですけど、私のお勧めメニューは、「チーズだらけのハンバーグ」と「飲めるチョコレート」ですよ〜!』

それを聞いた浮乃は、
「じゃあ、私は『チーズだらけのハンバーグ』にしようかな。」
とメニューを決めた。

続けて歌蓮がメニューを言おうとして、
「それじゃあ、私は…、へびっ、へっ、へっくしゅん!」
途中でくしゃみをした。

その時、
『ー!』
おたねの顔が青ざめた。

「おたねちゃん?」
「どうしたんですか?」

『歌蓮さん…、今、「へびフライ」って、言いませんでしたか…?何て、罰当たりなことを…。』
「えっ?…あっ、ごめんなさい。『エビフライ』と言おうとしたのを、くしゃみで噛んじゃったんですよ。」
『あっ?…何だ、そうだったんですね〜…。噛んだだけですか、アハハハ…。』
おたねの顔色が普通に戻った。

「いやだ、恥ずかしいですね…。『へびフライ』なんて言っちゃって、うふふ。」
『ですよね〜!…「へびフライ」なんて、あるわけないですよね〜!…アハハハ!』
歌蓮とおたねが、二人で笑い合った。
その隣で、浮乃がおたねをじーっと見ていた。

『ねぇ?「へびフライ」なんて、面白いと思いませんか〜?』
おたねがうかつにも、浮乃に話を振った。
「アハハハ、そうだよね。おたねちゃんにとっては一番避けたい話題だよね。」
『うっ!え〜っと…。』
浮乃のストレートなツッコミに、おたねが固まった。

「浮乃ちゃん!それ以上はよしなさい!」
「だって、明らかに挙動不審だったし…。」
『そっ、それは、突然「へび」なんて言葉が出て来て驚いたんですよ〜!私は普通のニンゲンですからね〜!』
「キャラ設定というものがあるでしょ!」
『いえいえ、歌蓮さ〜ん!キャラでも設定でもないですよ〜!』
「歌蓮ちゃんも、全くフォローになってないし…。」
『じっ、じゃあ、歌蓮さんは、「エビフライ」ですね〜!』
ごまかすように、おたねが無理矢理メニューに話を戻した。

「う〜ん、怪しいな…。」
「おたねちゃんは、何を頼むんですか?」
『そうですね…、私は今日は「飲めるチョコレート」にしましょうか。』
「これって、チョコレートシェイクのことですか?」
『ドリンクはシェイクよりあっさりしてますけど、上にアイスや生クリーム、チョコレートが乗ってて、濃厚なんですよ〜!』
「…おたねちゃん、一口食べさせてくれない?」
浮乃が両手を合わせて、拝むようにおたねに頼んだ。

「浮乃ちゃん!お行儀が悪いですよ。」
「いや、ランチと一緒だと、お腹いっぱいになるかなと思って…。」
『大丈夫ですよ〜!スプーンも三本お付けしますから。遠慮なく食べてくださ〜い。』
「ありがとう、おたねちゃん。」

そして、
浮乃「チーズだらけのハンバーグ」
歌蓮「エビフライ」
おたね「飲めるチョコレート」
を、それぞれが注文した。

「お待たせしました。」

まずは、浮乃の頼んだ「チーズだらけのハンバーグ」が来た。
ごはん、味噌汁、小鉢が付いていて、メインのハンバーグにはデミグラスソースと、ソースとほぼ同じくらいの量のチーズがたっぷりかかっている。

「うわぁ、本当にチーズがたくさんかかっているね、すごい!」
「申し訳程度のとは違いますね。写真より量が多く見えます。」
二人が驚く。

『そうですよ〜!名前の通りですよ〜。』
おたねが驚く二人を見て、ドヤ顔をしている。

「どうしたの、これ?何か、やけでも起こしたの?」
「何ですか、それは!」
「いや、シェフの気まぐれ的に『昨日100円落としてくやしいから、今日はチーズを増量しました!』みたいな…。」
「そんなやけや気まぐれ、一番起こしたらダメなところでしょ!」
「見た目のインパクトも抜群だね。」

「お待たせしました。」

続いて、歌蓮が頼んだ「エビフライ」が来た。
こちらもごはん、味噌汁、小鉢付きで、メインのエビフライが、ぜいたくに3本ある。

「エビフライの3本も、見た目にすごいですね。」
「うん、そうだよね…。…えっ、これもやけ?」
「だから、違うって言ってるでしょ!」
「こっちなら『昨日、おたねちゃんがへびと見破られてくやしいから、エビフライを増量しました!』みたいな。」
「根本的に商売に向いてません!」
『いやいや、浮乃さ〜ん!私はニンゲンですよ〜!』
「メイン料理がドンとあるけど、他の副菜やごはんの量はバランスが取れているね。」
「ボリュームが考えられていて、どなたでも満足しそうですね。」
『ごはんとかの小盛りも相談出来ますからね〜。注文の際に、遠慮なく言ってくださいね〜。』

「じゃあ、食べようか。お腹もすいたし。」
「そうですね…。あれっ、おたねちゃんは食べないんですか?」
『私は先に食べたので、大丈夫ですよ〜。お二人には、スイーツも食べて欲しかったですからね〜。』
「もう食べ尽くしたから?」
『うっ!…それは、え〜っと…。』
またも、おたねが浮乃のツッコミに固まる。

「浮乃ちゃん!その聞き方は何ですか!」
『…いっ、いえいえ〜!私は、言われるほど食いしんぼうではないですよ〜!私が先に食べておいた方が、失礼にならないかと思って…。』
おたねがしどろもどろながらも、弁明をする。
浮乃が、見透かしたような表情で言った。

「はいはい、分かったよ。そういうことにしておくから。」
「全然分かってないでしょ!私たちのために、いろいろ考えて下さってるんですから。…おたねちゃん、ごめんなさいね。」
『いっ、いいえ〜…。心臓に悪いですね〜…。』
「やっぱり怪しいな〜。じゃあ、遠慮なく…。」

『いただきます。』

浮乃がまず、ハンバーグを食べた。
「おいしい!チーズが濃厚だけど、ハンバーグも肉厚で、噛むと肉汁がたくさん出て、ソースに負けてないね。」
「ねぇ、浮乃ちゃん…、私も一口、食べていい?」
「ええっ?さっき、お行儀が悪いって言ってたじゃん。」
「ごっ、ごめんね…。見てたら、食べたくなっちゃって…。」
「もちろんいいよ。その代わり、歌蓮ちゃんのエビフライもちょうだいね。」

歌蓮も、浮乃に分けてもらい、続いてハンバーグを食べた。
「うん、本当にハンバーグとソースの風味がマッチしてますね。これは、ごはんが進みますね。」
『そのチーズソースを、付け合わせのブロッコリーやポテトに付けて食べてもおいしいですよ〜。』
「そうだね。それでも、まだソースがたっぷりだね。」
『チーズが飲み物みたいですからね〜。』
「…それ、『カレーは飲み物です』と、同じ意味じゃない?」
『そうですよ〜!だって、そのハンバーグを見たらそう思いますよ~。』
「なるほど。歌蓮ちゃんで言うなら、『お酒は飲み物です』みたいなものか。」

ゴンッ!
歌蓮がテーブルに頭を打った。

「何でそこで私が出て来るんですか!」
「いや、お酒は飲み物だし…。」
「何もひねってないじゃないですか!むりやり私に、飛び火させないでくださいよ…。」
『まあまあ、お二人とも…、おいしい料理が冷めちゃいますよ〜!』
「アハハ、ごめんね。」
「あっ、ごめんなさい…。」
『ケンカをするのも、仲の良い証拠ですからね〜!』
おたねになだめられ、二人が平静に戻る。

「じゃあ、私もエビフライをいただきますね。」

ザクッ!
歌蓮がエビフライにかじりついた。

「うん、揚げたてで、すごくおいしいです!エビも大きくて、食べ応えがあります。タルタルソースもおいしいです。」
「エビフライにタルタルソースは、最高の組み合わせだよね。」
『揚げ物は、音もごちそうの内ですからね〜。揚げたてなら、なおのことですよ〜。』
「歌蓮ちゃん、私にもエビフライをちょうだいよ。」
「そうですね。さっきハンバーグをもらったから…。」
歌蓮がエビフライ一本を半分に切ろうとし、しっぽを取った。

その時、
『ー!』
またも、おたねの顔が青ざめた。

「おたねちゃん?」
「また、どうしたんですか?」

『歌蓮さん…、エビフライの「しっぽ」を取りましたね…?…「しっぽ」を粗末にするんですか…?』
「えっ?…いや、つい、取っちゃって…。」
「歌蓮ちゃん、私はエビフライのしっぽも食べるから、そのままで大丈夫だよ。」
『…そうですよ〜!「しっぽ」を残すのは、大変よろしくないことですよ~…。』
「ごっ、ごめんなさい。私も食べるけど、浮乃ちゃんは食べないかと思って…。」
おたねの狼狽ぶりに、歌蓮が理由も分からないままに謝る。

「いいから、そのままちょうだい。」
と言い、浮乃は尾の方のエビフライを取って食べた。

「うん、おいしい!こっちもぜいたくなランチだよね。」
『エビのおいしさが詰まってますからね〜。』
「これは、本当に最高だよ。」
と言いながら、エビフライのしっぽを皿に置いた。

ゴンッ!
おたねがテーブルに頭を打った。

『浮乃さ〜ん!食べてないじゃないですか〜…。』
「アハハ、冗談だよ。」
と言い、しっぽを口に運んだ。

「ごはんとお味噌汁も、すごくおいしいですね。」
「炊き方もいいし、味噌もちょうどいい濃さの具合だね。」
『それと、江府町はお水がとても綺麗でおいしいんですよ〜!飲料メーカーの工場もあるくらいですからね〜。』
「なるほど。水がおいしいから、お料理もおいしくなるんですね。」
「食後に、コーヒーも頼んでみようか。」
『追加注文、大歓迎ですよ〜!』



そして、二人はランチを食べ終わり、デザートの「飲めるチョコレート」が運ばれて来た。

『これは、三人で分けて食べましょう〜。』
三人がそれぞれ、一口ずつ食べた。

「バニラのアイスに、チョコレートがビターなアクセントになってるね。」
「白と黒で、色のコントラストも映えてますね。ドリンクもチョコレートの風味が効いてて、おいしいです。」
『スイーツはランチタイムに食べると、お昼が眠くなりますね〜。』
「これは、ランチとスイーツと、別々の機会に来た方が良いかもね。」
「どちらも満足度が高いですね。」

『ごちそうさま。』

食後のコーヒーが運ばれて来た。

「コーヒーもおいしいね。」
「江府町の水で淹れてるから、地元感を感じられますね。」
『江府町のお水は、何でもおいしく仕上がりますからね〜。』
「お供えの水も?」
『うっ!そ、それは…。』
「浮乃ちゃん、もうやめてあげなさい!」
『だから、私はニンゲンですよ〜!』

「失礼ですけど、こんな山あいで本格的なお料理が楽しめるなんて、すごいですね。」
『確かに、江府町は山に囲まれてて、人口も少ないですけど、いろんな取り組みをしてるんですよ~。』

江府町は近年、教育や医療等の分野にITを積極的に取り入れたり、若年層を主なターゲットにした集合住宅を建てたりと、規模の小ささを逆手に取った、フットワークの軽いまちづくりを推進している。

「肩ひじを張らずに、続いて欲しいよね。こういう、過疎のところに新しいお店がオープン!ってなると、どうしても拠点づくりとか、活性化や地域振興という話になると思うんだけど、江府町に一軒料理店が出来た、くらいの感覚でいいと思うんだよ。」
『ゆる〜く続けていくことが、大事ですからね〜。』
「私達もそうだけど、短期で急展開は難しいというか無理だからね。あとが続かないし。」
「一歩ずつの取り組み、ということですね。」
『私もニンゲンらしく、江府町や鳥取県のPRを、一歩一歩進めて行きますよ〜!』
「あれっ?おたねちゃん、足があったっけ?」

ゴンッ!!
おたねがまた、テーブルに頭を打った。

『…浮乃さんっ!…何度でも繰り返して言いますけど、私は普通のニンゲンですからね〜!』
「私達は温泉むすめだから、人間じゃないよ。」
「キャラ設定に合わせなさい!」
『…でっ、ですから、キャラじゃないですよ〜!』
「それを言い出したら、今ここにお店の店主さん以外、人間はいないでしょ!」
「歌蓮ちゃん、追い打ちをかけてるよ…。じゃあ、怪しむのはここまでにしとこうか。」
「区切れることじゃないでしょ!」

カラン…。
「いらっしゃいませ。」

店内に、他のお客が入って来た。時計を見ると時刻は12時。ランチタイムの時間である。

『あいたたた…、そろそろ、貸切の時間は終わりですね〜。』
「そうか。じゃあ、帰ろうか。ありがとう。」
「そうですね。おたねちゃん、今日は本当にありがとうございました。」
『またいつでも、江府町に遊びに来てくださいね〜!』

帰りの車の中。

浮乃が、ぽつりとつぶやいた。
「…はるの、ゆず…。」
「何ですか、それ?」
「いや、お店に書いてあったんだよ。いい響きだなと思ってね。」
「はるの、ゆず…。おたねちゃんなら、『秋の柿』になりますか?」
「うーん…、おたねちゃんなら『年中食べ物』でいいんじゃない?」
「うふふ、そうですね。」


『へっくしょん!』
おたねがくしゃみをした。

『…誰か、私のことを話してますか…?私は、普通のニンゲンですよ〜!』

終わり。

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